魔物娘とカニを食べてイチャイチャする
・マンティスさん
「……!」
緑色の一閃。
僕の目には到底追いきれない速度で、彼女の鎌が振るわれる。
そう、僕の恋人はマンティスだ。
「……」
鎌が振るわれた先は、皿に盛られた蟹の脚。
関節ごとにもいであって、普通ならば、後はハサミで半分に切るなり、端っこを切るなりして、中の身をほじくり出すのだが…
目の前のそれのうち、一番手前の物には、綺麗に長辺方向に筋が入っている。
「………相変わらず、凄い斬れ味だなぁ」
早速、箸でそれの上部を掴むと、いとも容易く、ぱかりと外れる。
それをひっくり返して皿に置き直し、半分になった殻に収まる中身の蟹の身を、箸で摘まむ。
「はい、あーん…」
そのまま、茹で蟹の身をぺろりと殻から外す。
そして、そこはかとなく誇らしげな感じで隣に佇む彼女の口に、それを運んでやる。
「………」
ぱくり。
無表情に、箸を咥える彼女。
もぐもぐと、可愛らしく口が動く。
しっかり咀嚼し、味わった後に、こくりと喉が動き、蟹を飲み込む…その様子を見届ける。
「はい、もう一つ」
続け様に、もう半分の蟹も、口に差し出す。
「……」
ぱくり。
もぐもぐ。
こくり。
同じようにして、彼女が食べるのを見届ける。
「…………美味しい」
そして、彼女は僕の目を見て、口元を僅かに緩め、ほんのり頬を染めて、呟く。
「ハハハ…それは良かった」
いつもは無表情な彼女が見せてくれる、些細な、しかし確かな表情。
それが堪らなく愛おしい。
自然と、笑みが零れる。
「………」
だが、彼女は、すぐに蟹の方に向かってしまう。
…もう少し見ていたかったのになぁ。
などと思っていると、またもや、目にも止まらぬ速度で鎌が振るわれる。
今度は一閃ではなく、何度も、何度も。
そして、またたく間に、蟹の殻に切れ目が入れられていく。
「……凄いなぁ、本当」
斬れ味、速度。
その両方に、感嘆の台詞をこぼす。
「………」
その間に、蟹は全て彼女によって食べやすくカットされていて。
彼女は、切り終わった蟹が並べられた皿を、僕に差し出してくる。
そして、じぃっ…と上目遣いに僕の目を見つめてくる。
その手に箸は握られていない。
「はいはい、幾らでも食べさせてあげるよ」
頼れるようで、中々甘えん坊。
無表情だけど、感情豊か。
そんな愛しい恋人の口に、再び蟹を運んであげるのだった。
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・アマゾネスさん
「で、まだ出来ないのか」
ぐらぐらと煮立つ鍋を覗き込むのは、アマゾネスである僕の妻。
夫である僕は、その責務を果たすべく、彼女の好物である蟹を茹でています。
「まだです。それ、さっきも言ってましたよね」
これで、何回目でしょうか。
一分に一回ぐらいは聞いている気がします。
まったく、仕方の無い人です。
「もっと火を強くしろ。そうすれば早く出来るだろう?」
僕の横に立って、腕組みをして、大きな胸を張って…
つまり、偉そうにして、彼女は僕を急かしてくる。
「もう沸騰してますって。意味がありませんよ」
しかし、沸騰してる水の温度を上げろと言うのは無茶な話。
どうにも、料理関係が疎い彼女は、それを分かっていない様子で…
「……そうなのか?」
小首を傾げて、僕の目をじっと見つめてくる彼女。
「そうです」
整った顔立ちの彼女がそれをすると、中々ギャップがそそるのですが…
今は料理中です。僕は真剣です。
美味しく蟹を茹でる使命があるのですから。
きっぱりと事実を告げて、鍋を見張る作業に戻るとしましょう。
「…………」
頬の辺りに突き刺さる、じとっ…とした視線。
「なんですか、その目は」
彼女に向き直ると、案の定、不機嫌そうに、僕をジト目で睨んでいました。
待ちきれないのは分かりましたが、だからといって不機嫌になられても困ります。
僕は貴女のために料理をしているんですよ?
なので、時々目線だけを横にやって、鍋の様子は欠かさずチェック。
「お前こそなんだ、その態度は。妻が腹を空かせているのだぞ」
やはり偉そうにふんぞり返りながら、さも当然かのように、彼女は言い放ちます。
食べ物に躍起になる辺り、子供っぽくて可愛いと思いますが、それでも早く茹でろというのは無理な相談。
というか僕達、少し前に晩御飯食べましたよね。
「…おっと、そろそろ良い具合ですね」
気がつけば、蟹は良い具合に茹であがっていました。
あんまり茹で過ぎると、身が殻にくっつくので、急いで引き上げましょうか。
「よし、早くしろ…!」
ちらっと横目で彼女を見ると、お預けを解除された犬みたいな表情をしています。
彼女がワーウルフであったら、尻尾をぱたぱた振っている事でしょう。
たいした食いしん坊ですが、料理好きの僕にとっては、結局チャームポイント。
「軽く水で洗って…」
火を止め、蟹を鍋から引き上げて、手早く蟹を水で洗います。
「ほら、早く持ってこい…!」
水を軽く切って、皿に蟹を乗っけていると、何時の間にか、彼女は僕の横から移動して、食卓についていました。
目を輝かせています。本当に食いしん坊です。
「お待たせしました…熱々出来たての茹で蟹ですよ。
…と言いたいのですけど、まだ殻を剥いてませんね」
「ああ。だから早く殻を剥くんだ」
食いしん坊さんの元に駆けつけ、隣に座り、彼女の前に皿を置いてあげると、さも当然のように、料理用のハサミを差し出してきます。
「自分でやろうとは思わないのですか?」
別に嫌というわけでは無い…むしろ、彼女の食事を手伝ってあげるのは好きなのですが、ハサミを受け取りながら、ついつい文句を言ってしまいました。
ただまあ、これは、僕なりの、僕に甘えてくれる事の確認でもあります。自分でも素直じゃないな、と思いますが、仕方ありません。
「お前が剥いた方が美味いだろう」
そんな様子の僕の目を見つめて、当たり前の事を言うかのような調子で、彼女は何とも嬉しい事を言ってくれました。
「…そう言われると、僕がやるしかなくなるじゃないですか。はい、どうぞ」
僕が剥いた方が美味しいと言うのなら、そうせざるを得ません。
料理好きとしても、夫としても、美味しい料理を食べさせてあげなければなりませんから。
一番太い脚をもいで、手早く両端の殻をハサミで切り落としてと…
断面から覗く蟹の身を、箸で摘まむと、するりと身が抜けて行きます。
…よし、完璧な茹で加減です。
内心ガッツポーズをしながら、取り皿に、殻を剥いた蟹の身を置いてあげます。
「…私に食べさせるまでがお前の、夫の仕事だぞ?」
ああ、またもや嬉しい言葉が。
さも当然かのように言ってのけるその姿が愛おしくてたまりません。
いや、彼女にとっては当然なんでしょう。だから可愛い。
わざわざ取り皿を用意した甲斐があったというものです。
「…はい、これで満足ですか」
というわけで、愛しい妻の口元に蟹を運んであげるとします。
「"あーん"を忘れているぞ?」
忘れてなんかいませんよ、貴女のその言葉が聞きたかっただけです。
「…あーん」
というわけで…はい、あーんしてあげますよ。
「あーん………ん…うむ、美味い。ひとしおだ」
あーんしてあげてようやく、口を開けて、ぱくりと蟹を食べる彼女。
満面の笑みを浮かべて蟹を味わい、またまた嬉しい言葉。
なんと夫冥利に尽きる事でしょうか。
ああ、緩んだ口元が戻りません。
「ハハハ…そう言って貰えると嬉しいですよ。
さて、僕も頂きま……」
あまり柄でもないのですが、たまには素直に喜ぶのも悪くないものです。
さて、僕も食べましょうか。
手早く蟹の身を取り出して……
「……」
口に放り込もうとしたその時、横からの視線を感じ、そちらを向くと…
案の定、彼女は、僕が食べようとしている蟹を凝視しています。
物凄く物欲しそうな感じです。
「……あーん」
そんな目をされたら、食べさせてあげるしかないじゃないですか。
再び、彼女に食べさせてしまいます。
「あーん…………んっ……愛してるぞ」
蟹を食べると、彼女はまた満面の笑みを浮かべます。
その幸せそうな表情は、食べさせてあげた甲斐があるというものです。
調子の良い"愛してる"も、可愛らしくて仕方がありません。
僕も愛してますよ。
「…今度こそ、僕が食べますからね」
さ、気を取り直して、蟹を食べましょう。
殻を切って…身をするりと。
三連荘。いやあ、上手に茹だりました。
「…別に寄越せと言ったわけではないぞ」
食い意地の張った女だと思われたくないのでしょうか。
彼女は、何処か言い訳がましい事を言います。
食いしん坊のくせに、変な恥じらいだけはあるんですから。
まあ、そこも可愛いのですが。
「それもそうですね。では改めて、頂きます……」
二回続けて食べさせてあげれば、少しは待つつもりになるでしょう。
「………」
ああ、また視線を感じます。
仕方ない人です。
少しぐらいは、せめて僕が一口食べるまでは、待っていて貰いたかったのですが…
「………………あーん」
じとっ…と彼女を見つけてから、少し焦らして、食べさせてあげます。
「………」
無言で端っこを咥えました。
素直な人です。食欲に。
「……」
さて、彼女に次を催促される前に、僕も一口頂きましょうか。
蟹に視線を向けます。
「……ん」
そうしたら、とんとん、と、指で肩を突かれました。
まだ催促するのですか。食いしん坊ですね。
そう思って振り向くと…
「……半分こですか。
…頂きます。……んっ」
あーんしてあげた蟹の身を咥えたまま、唇を突き出している彼女が居ました。
少し間抜けな絵面な気もしますが、気にする事ではありません。
こんな些細な事でも、キスをねだってくるのです。微笑ましくて、可愛らしくて、愛おしくてたまりません。
ゆっくりと顔を近づけて…ぷるぷるの彼女の唇ごと…頂きます。
ああ、柔らかい。舌を入れるわけでも、吸い付くわけでもないというのに、触れるだけでなんと魅惑的な感触が帰ってくるのでしょうか。
「んっ……………美味しいか?」
目を細めてキスを受けて、半分こした蟹を、美味しそうに食べる彼女。
誇らしげな表情で、僕に味を尋ねてきました。
「………ええ…ひとしおです」
その姿を見ながら、口の中の蟹を味わいます。
新鮮な蟹特有の旨味が口の中に広がり、生臭さも無く。
さらりとしたその食感は、完璧に茹でたという確信を抱かせてくれます。
文句無しの美味しさ。飲み込むと、また次が欲しくなります。少しだけ彼女の気持ちが分からないでもありません。
おまけに、愛しい人とキスをして、可愛らしい姿を眺めているのですから、さらに美味しく感じてしまいます。
彼女が言ったのと同じく、ひとしお、と応えて…
「ふふふ…そうか…ほら、次だ、早くしろ」
それを聞くと彼女は、幸せそうな、そして、何処か妖しい笑みを浮かべて、僕を見つめてきます。勿論、催促も忘れずに。
先程のキスのせいで、彼女の瞳の奥には、情欲の炎がチラついていて…
それに気づいた僕は、後片付けを明日に回す事を決め、彼女の催促に応えるのでした。
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・ラミアさん
「さて、出来上がったわよ…」
茹でたての蟹が乗った皿を手に、ラミアである俺の妻が台所からやってくる。
「おっと、楽しみにしてたんだ」
「蟹、好きだものね、アナタ」
そう言って、彼女は食卓に皿を置いて、俺の横にぴったりと寄り添ってくる。
対面で食べるのも悪くは無いが、やはり、距離が近い隣は良いものだ。
「やっぱり、冬はこれを食べないと…」
「そうね…さ、温かいうちに頂きましょう?」
するりと、彼女は胴に蛇体を一巻きしてくる。
腕の動きは邪魔されず、軽い締め付けが心地良い。
彼女曰く「照れ屋」の俺にとっては、これが落ち着いて食事が出来るギリギリのラインだ。
「ああ、そうだな…頂きます」
両手を合わせて、彼女の方を向く。
「頂きます…」
同じく彼女も両手を合わせて、こちらを向いて。
一瞬見つめあってから、食卓に向き直る。
「…よっと。あ、ハサミ頂戴」
さあ、待ちに待った蟹だ。温かいうちに美味しく頂かねば。
手早く蟹の脚をもいで、離れた所にあった調理用バサミを取って貰うように頼む。
「はい、どうぞ」
「ん、ありがとう」
差し出されたハサミを受け取り、カニの脚を半分に切る。
そして、彼女にハサミを返す。
「中々手慣れたものね。不器用なのに」
からかうように言いながら、彼女も脚をもいで、ハサミで殻を切っていく。
「ハサミで切るぐらいは出来るぞ、俺も…」
幾ら俺が不器用だと言っても、ハサミで切るのには関係無い。
それに、不器用なのを気にしてはいるんだ。
少し拗ねたように応答してしまう。
同時に、箸で殻から身を取り出そうとするが、上手く取れない。
「ふふ…それじゃあ、先に頂いちゃおうかしら
はむっ……んっ…美味しい…」
俺の様子を見てか微笑んで、彼女は半分の長さに切った蟹の脚を、そのまま口に運ぶ。
そして、細く、長く、先が二股に分かれた舌を殻の中に滑り込ませて…
見事に、蟹の身は取り出されて、彼女の口の中へ。
頬に手を当てて、美味しそうに目を細める。
「…しかし本当、器用だな」
感心半分、羨ましさ半分で呟く。
自分の手元の殻には、まだ身が詰まったままだ。
「アナタを悦ばせるための舌だもの、器用じゃないと」
舌舐めずりをし、妖しい笑みを浮かべながら、すっと顔を近づけてくる。
「………」
その言葉は嬉しい、嬉しいのだが、恥ずかしい。
顔も近いし、ドキドキして落ち着いて食事が出来なくなってしまいそうで、顔を逸らしてしまう。
そして、再びカニの身を取り出そうとするのだが…
先程に比べて?さらに上手く行かなくなってしまった。
「あらあら…苦戦中かしら?」
そんな俺の様子を見て、嬉しそうに彼女は言う。
これは、何か思いついた時の声だ。
「…大丈夫だ」
そして、そういう時は大抵、恥ずかしい事になる。
熱々で甘々で、俺には刺激が強すぎる愛情表現。
嬉しく無い訳では無いのだが…恥ずかしいものは恥ずかしいわけで。
そもそも、もう、カニが取れなくて情けない状態なんだ、勘弁してくれ…
「もう…全然取れて無いじゃない。ほら、貸しなさい…」
などと思っていると、手に持っていた脚が、ひょい、と彼女に奪われる。
「あっ…おい、何を…」
突然の行動に驚いていると、彼女はそれを口に咥えて…
「んっ…はふっ…んっ…れるっ……んむっ…」
おもむろに、舌で、殻の中の身を取り出し始める。
やたらと色っぽく声をあげながら。
取り出された身は、当然彼女の口の中に運ばれていく。
そして、いきなりに、俺の頬に片手が添えられ、彼女の顔が近づいて…
「んぅっ…!?」
彼女は俺の唇を奪い、そのまま、口の中のカニを舌で押し出すように、俺の口の中に送り込んでくる。
予想外の出来事に、俺はただ為されるがままだった。
「うふふ…美味しいでしょう?」
唇を開放した彼女は、目を白黒させている俺に向かって、楽しそうに問いかけてくる。
「………んっ…………あ、ああ……」
口に押し込まれたカニの身。
それをゆっくりと咀嚼する。
愛する妻の唾液がたっぷりとまぶされ、ほんのり甘みがついていて、カニの旨味を不思議と引き立てている。
これを美味しいと言ってしまうのは変態的で恥ずかしいのだが…実際、美味しいのだ。
ごくりと口の中の物を呑み込み、躊躇いながら、肯定する。
心臓はバクバクで、きっと、俺の顔は真っ赤になっているだろう。
「それじゃ、不器用で可愛いアナタのために、またまた私が食べさせてあげましょう…」
にこにこと、幸せそうに、そして、少し意地の悪い笑みを浮かべて、彼女は、両断済みの、もう片方の蟹の脚を手に取る。
「っ…いい、自分で食べられるっ…!」
口移しなんて恥ずかしくて、これ以上されたら堪らない。
慌てて顔を逸らして、身体を彼女から離そうとするが…
「うふふ、だーめ…はむっ…んっ…ちゅ…」
それより早く、彼女の蛇体が俺の身体を捉えて、腕も脚も拘束してしまう。
豊満な胸が押し当てられて、むにゅりと形を変える。
そして、彼女は、獲物を狙うような獰猛な笑みを浮かべて、再度、俺の唇を強引に奪う。
柔らかな舌が、素早く俺の舌に這い寄る。
そのまま、舌を捕獲するように巻き付いてきて…じっくり、ねっとりと、舌を舌で締め付けながら、うにゅうにゅと蠢く。
甘い唾液を舌に刷り込むかのように、余す事なく、ぎゅうぎゅうに。
「んっ…んぅっ…ふぁ…ぁぁ…」
強引なキスだというのに、そこから感じるのは、優しさ、愛情で。
舌と舌が擦れるたびに、甘く優しい快感が、頭を蕩けさせていく。
キスをされるだけど、あっという間に思考はとろとろになってしまい、恥ずかしさは何処かにいってしまって。
後には、ふわふわとした浮揚感と、幸福感。
「はぁっ……さ、食べましょう…?」
唇を離して、彼女は満足気に微笑む。
そして、俺の目を見つめて、甘く声を響かせる。
「…ぁ………うん……」
ぼんやりとしたまま、素直に俺は頷き、本心のままに甘えて、彼女と甘い食事を楽しむのだった。
「……!」
緑色の一閃。
僕の目には到底追いきれない速度で、彼女の鎌が振るわれる。
そう、僕の恋人はマンティスだ。
「……」
鎌が振るわれた先は、皿に盛られた蟹の脚。
関節ごとにもいであって、普通ならば、後はハサミで半分に切るなり、端っこを切るなりして、中の身をほじくり出すのだが…
目の前のそれのうち、一番手前の物には、綺麗に長辺方向に筋が入っている。
「………相変わらず、凄い斬れ味だなぁ」
早速、箸でそれの上部を掴むと、いとも容易く、ぱかりと外れる。
それをひっくり返して皿に置き直し、半分になった殻に収まる中身の蟹の身を、箸で摘まむ。
「はい、あーん…」
そのまま、茹で蟹の身をぺろりと殻から外す。
そして、そこはかとなく誇らしげな感じで隣に佇む彼女の口に、それを運んでやる。
「………」
ぱくり。
無表情に、箸を咥える彼女。
もぐもぐと、可愛らしく口が動く。
しっかり咀嚼し、味わった後に、こくりと喉が動き、蟹を飲み込む…その様子を見届ける。
「はい、もう一つ」
続け様に、もう半分の蟹も、口に差し出す。
「……」
ぱくり。
もぐもぐ。
こくり。
同じようにして、彼女が食べるのを見届ける。
「…………美味しい」
そして、彼女は僕の目を見て、口元を僅かに緩め、ほんのり頬を染めて、呟く。
「ハハハ…それは良かった」
いつもは無表情な彼女が見せてくれる、些細な、しかし確かな表情。
それが堪らなく愛おしい。
自然と、笑みが零れる。
「………」
だが、彼女は、すぐに蟹の方に向かってしまう。
…もう少し見ていたかったのになぁ。
などと思っていると、またもや、目にも止まらぬ速度で鎌が振るわれる。
今度は一閃ではなく、何度も、何度も。
そして、またたく間に、蟹の殻に切れ目が入れられていく。
「……凄いなぁ、本当」
斬れ味、速度。
その両方に、感嘆の台詞をこぼす。
「………」
その間に、蟹は全て彼女によって食べやすくカットされていて。
彼女は、切り終わった蟹が並べられた皿を、僕に差し出してくる。
そして、じぃっ…と上目遣いに僕の目を見つめてくる。
その手に箸は握られていない。
「はいはい、幾らでも食べさせてあげるよ」
頼れるようで、中々甘えん坊。
無表情だけど、感情豊か。
そんな愛しい恋人の口に、再び蟹を運んであげるのだった。
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・アマゾネスさん
「で、まだ出来ないのか」
ぐらぐらと煮立つ鍋を覗き込むのは、アマゾネスである僕の妻。
夫である僕は、その責務を果たすべく、彼女の好物である蟹を茹でています。
「まだです。それ、さっきも言ってましたよね」
これで、何回目でしょうか。
一分に一回ぐらいは聞いている気がします。
まったく、仕方の無い人です。
「もっと火を強くしろ。そうすれば早く出来るだろう?」
僕の横に立って、腕組みをして、大きな胸を張って…
つまり、偉そうにして、彼女は僕を急かしてくる。
「もう沸騰してますって。意味がありませんよ」
しかし、沸騰してる水の温度を上げろと言うのは無茶な話。
どうにも、料理関係が疎い彼女は、それを分かっていない様子で…
「……そうなのか?」
小首を傾げて、僕の目をじっと見つめてくる彼女。
「そうです」
整った顔立ちの彼女がそれをすると、中々ギャップがそそるのですが…
今は料理中です。僕は真剣です。
美味しく蟹を茹でる使命があるのですから。
きっぱりと事実を告げて、鍋を見張る作業に戻るとしましょう。
「…………」
頬の辺りに突き刺さる、じとっ…とした視線。
「なんですか、その目は」
彼女に向き直ると、案の定、不機嫌そうに、僕をジト目で睨んでいました。
待ちきれないのは分かりましたが、だからといって不機嫌になられても困ります。
僕は貴女のために料理をしているんですよ?
なので、時々目線だけを横にやって、鍋の様子は欠かさずチェック。
「お前こそなんだ、その態度は。妻が腹を空かせているのだぞ」
やはり偉そうにふんぞり返りながら、さも当然かのように、彼女は言い放ちます。
食べ物に躍起になる辺り、子供っぽくて可愛いと思いますが、それでも早く茹でろというのは無理な相談。
というか僕達、少し前に晩御飯食べましたよね。
「…おっと、そろそろ良い具合ですね」
気がつけば、蟹は良い具合に茹であがっていました。
あんまり茹で過ぎると、身が殻にくっつくので、急いで引き上げましょうか。
「よし、早くしろ…!」
ちらっと横目で彼女を見ると、お預けを解除された犬みたいな表情をしています。
彼女がワーウルフであったら、尻尾をぱたぱた振っている事でしょう。
たいした食いしん坊ですが、料理好きの僕にとっては、結局チャームポイント。
「軽く水で洗って…」
火を止め、蟹を鍋から引き上げて、手早く蟹を水で洗います。
「ほら、早く持ってこい…!」
水を軽く切って、皿に蟹を乗っけていると、何時の間にか、彼女は僕の横から移動して、食卓についていました。
目を輝かせています。本当に食いしん坊です。
「お待たせしました…熱々出来たての茹で蟹ですよ。
…と言いたいのですけど、まだ殻を剥いてませんね」
「ああ。だから早く殻を剥くんだ」
食いしん坊さんの元に駆けつけ、隣に座り、彼女の前に皿を置いてあげると、さも当然のように、料理用のハサミを差し出してきます。
「自分でやろうとは思わないのですか?」
別に嫌というわけでは無い…むしろ、彼女の食事を手伝ってあげるのは好きなのですが、ハサミを受け取りながら、ついつい文句を言ってしまいました。
ただまあ、これは、僕なりの、僕に甘えてくれる事の確認でもあります。自分でも素直じゃないな、と思いますが、仕方ありません。
「お前が剥いた方が美味いだろう」
そんな様子の僕の目を見つめて、当たり前の事を言うかのような調子で、彼女は何とも嬉しい事を言ってくれました。
「…そう言われると、僕がやるしかなくなるじゃないですか。はい、どうぞ」
僕が剥いた方が美味しいと言うのなら、そうせざるを得ません。
料理好きとしても、夫としても、美味しい料理を食べさせてあげなければなりませんから。
一番太い脚をもいで、手早く両端の殻をハサミで切り落としてと…
断面から覗く蟹の身を、箸で摘まむと、するりと身が抜けて行きます。
…よし、完璧な茹で加減です。
内心ガッツポーズをしながら、取り皿に、殻を剥いた蟹の身を置いてあげます。
「…私に食べさせるまでがお前の、夫の仕事だぞ?」
ああ、またもや嬉しい言葉が。
さも当然かのように言ってのけるその姿が愛おしくてたまりません。
いや、彼女にとっては当然なんでしょう。だから可愛い。
わざわざ取り皿を用意した甲斐があったというものです。
「…はい、これで満足ですか」
というわけで、愛しい妻の口元に蟹を運んであげるとします。
「"あーん"を忘れているぞ?」
忘れてなんかいませんよ、貴女のその言葉が聞きたかっただけです。
「…あーん」
というわけで…はい、あーんしてあげますよ。
「あーん………ん…うむ、美味い。ひとしおだ」
あーんしてあげてようやく、口を開けて、ぱくりと蟹を食べる彼女。
満面の笑みを浮かべて蟹を味わい、またまた嬉しい言葉。
なんと夫冥利に尽きる事でしょうか。
ああ、緩んだ口元が戻りません。
「ハハハ…そう言って貰えると嬉しいですよ。
さて、僕も頂きま……」
あまり柄でもないのですが、たまには素直に喜ぶのも悪くないものです。
さて、僕も食べましょうか。
手早く蟹の身を取り出して……
「……」
口に放り込もうとしたその時、横からの視線を感じ、そちらを向くと…
案の定、彼女は、僕が食べようとしている蟹を凝視しています。
物凄く物欲しそうな感じです。
「……あーん」
そんな目をされたら、食べさせてあげるしかないじゃないですか。
再び、彼女に食べさせてしまいます。
「あーん…………んっ……愛してるぞ」
蟹を食べると、彼女はまた満面の笑みを浮かべます。
その幸せそうな表情は、食べさせてあげた甲斐があるというものです。
調子の良い"愛してる"も、可愛らしくて仕方がありません。
僕も愛してますよ。
「…今度こそ、僕が食べますからね」
さ、気を取り直して、蟹を食べましょう。
殻を切って…身をするりと。
三連荘。いやあ、上手に茹だりました。
「…別に寄越せと言ったわけではないぞ」
食い意地の張った女だと思われたくないのでしょうか。
彼女は、何処か言い訳がましい事を言います。
食いしん坊のくせに、変な恥じらいだけはあるんですから。
まあ、そこも可愛いのですが。
「それもそうですね。では改めて、頂きます……」
二回続けて食べさせてあげれば、少しは待つつもりになるでしょう。
「………」
ああ、また視線を感じます。
仕方ない人です。
少しぐらいは、せめて僕が一口食べるまでは、待っていて貰いたかったのですが…
「………………あーん」
じとっ…と彼女を見つけてから、少し焦らして、食べさせてあげます。
「………」
無言で端っこを咥えました。
素直な人です。食欲に。
「……」
さて、彼女に次を催促される前に、僕も一口頂きましょうか。
蟹に視線を向けます。
「……ん」
そうしたら、とんとん、と、指で肩を突かれました。
まだ催促するのですか。食いしん坊ですね。
そう思って振り向くと…
「……半分こですか。
…頂きます。……んっ」
あーんしてあげた蟹の身を咥えたまま、唇を突き出している彼女が居ました。
少し間抜けな絵面な気もしますが、気にする事ではありません。
こんな些細な事でも、キスをねだってくるのです。微笑ましくて、可愛らしくて、愛おしくてたまりません。
ゆっくりと顔を近づけて…ぷるぷるの彼女の唇ごと…頂きます。
ああ、柔らかい。舌を入れるわけでも、吸い付くわけでもないというのに、触れるだけでなんと魅惑的な感触が帰ってくるのでしょうか。
「んっ……………美味しいか?」
目を細めてキスを受けて、半分こした蟹を、美味しそうに食べる彼女。
誇らしげな表情で、僕に味を尋ねてきました。
「………ええ…ひとしおです」
その姿を見ながら、口の中の蟹を味わいます。
新鮮な蟹特有の旨味が口の中に広がり、生臭さも無く。
さらりとしたその食感は、完璧に茹でたという確信を抱かせてくれます。
文句無しの美味しさ。飲み込むと、また次が欲しくなります。少しだけ彼女の気持ちが分からないでもありません。
おまけに、愛しい人とキスをして、可愛らしい姿を眺めているのですから、さらに美味しく感じてしまいます。
彼女が言ったのと同じく、ひとしお、と応えて…
「ふふふ…そうか…ほら、次だ、早くしろ」
それを聞くと彼女は、幸せそうな、そして、何処か妖しい笑みを浮かべて、僕を見つめてきます。勿論、催促も忘れずに。
先程のキスのせいで、彼女の瞳の奥には、情欲の炎がチラついていて…
それに気づいた僕は、後片付けを明日に回す事を決め、彼女の催促に応えるのでした。
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・ラミアさん
「さて、出来上がったわよ…」
茹でたての蟹が乗った皿を手に、ラミアである俺の妻が台所からやってくる。
「おっと、楽しみにしてたんだ」
「蟹、好きだものね、アナタ」
そう言って、彼女は食卓に皿を置いて、俺の横にぴったりと寄り添ってくる。
対面で食べるのも悪くは無いが、やはり、距離が近い隣は良いものだ。
「やっぱり、冬はこれを食べないと…」
「そうね…さ、温かいうちに頂きましょう?」
するりと、彼女は胴に蛇体を一巻きしてくる。
腕の動きは邪魔されず、軽い締め付けが心地良い。
彼女曰く「照れ屋」の俺にとっては、これが落ち着いて食事が出来るギリギリのラインだ。
「ああ、そうだな…頂きます」
両手を合わせて、彼女の方を向く。
「頂きます…」
同じく彼女も両手を合わせて、こちらを向いて。
一瞬見つめあってから、食卓に向き直る。
「…よっと。あ、ハサミ頂戴」
さあ、待ちに待った蟹だ。温かいうちに美味しく頂かねば。
手早く蟹の脚をもいで、離れた所にあった調理用バサミを取って貰うように頼む。
「はい、どうぞ」
「ん、ありがとう」
差し出されたハサミを受け取り、カニの脚を半分に切る。
そして、彼女にハサミを返す。
「中々手慣れたものね。不器用なのに」
からかうように言いながら、彼女も脚をもいで、ハサミで殻を切っていく。
「ハサミで切るぐらいは出来るぞ、俺も…」
幾ら俺が不器用だと言っても、ハサミで切るのには関係無い。
それに、不器用なのを気にしてはいるんだ。
少し拗ねたように応答してしまう。
同時に、箸で殻から身を取り出そうとするが、上手く取れない。
「ふふ…それじゃあ、先に頂いちゃおうかしら
はむっ……んっ…美味しい…」
俺の様子を見てか微笑んで、彼女は半分の長さに切った蟹の脚を、そのまま口に運ぶ。
そして、細く、長く、先が二股に分かれた舌を殻の中に滑り込ませて…
見事に、蟹の身は取り出されて、彼女の口の中へ。
頬に手を当てて、美味しそうに目を細める。
「…しかし本当、器用だな」
感心半分、羨ましさ半分で呟く。
自分の手元の殻には、まだ身が詰まったままだ。
「アナタを悦ばせるための舌だもの、器用じゃないと」
舌舐めずりをし、妖しい笑みを浮かべながら、すっと顔を近づけてくる。
「………」
その言葉は嬉しい、嬉しいのだが、恥ずかしい。
顔も近いし、ドキドキして落ち着いて食事が出来なくなってしまいそうで、顔を逸らしてしまう。
そして、再びカニの身を取り出そうとするのだが…
先程に比べて?さらに上手く行かなくなってしまった。
「あらあら…苦戦中かしら?」
そんな俺の様子を見て、嬉しそうに彼女は言う。
これは、何か思いついた時の声だ。
「…大丈夫だ」
そして、そういう時は大抵、恥ずかしい事になる。
熱々で甘々で、俺には刺激が強すぎる愛情表現。
嬉しく無い訳では無いのだが…恥ずかしいものは恥ずかしいわけで。
そもそも、もう、カニが取れなくて情けない状態なんだ、勘弁してくれ…
「もう…全然取れて無いじゃない。ほら、貸しなさい…」
などと思っていると、手に持っていた脚が、ひょい、と彼女に奪われる。
「あっ…おい、何を…」
突然の行動に驚いていると、彼女はそれを口に咥えて…
「んっ…はふっ…んっ…れるっ……んむっ…」
おもむろに、舌で、殻の中の身を取り出し始める。
やたらと色っぽく声をあげながら。
取り出された身は、当然彼女の口の中に運ばれていく。
そして、いきなりに、俺の頬に片手が添えられ、彼女の顔が近づいて…
「んぅっ…!?」
彼女は俺の唇を奪い、そのまま、口の中のカニを舌で押し出すように、俺の口の中に送り込んでくる。
予想外の出来事に、俺はただ為されるがままだった。
「うふふ…美味しいでしょう?」
唇を開放した彼女は、目を白黒させている俺に向かって、楽しそうに問いかけてくる。
「………んっ…………あ、ああ……」
口に押し込まれたカニの身。
それをゆっくりと咀嚼する。
愛する妻の唾液がたっぷりとまぶされ、ほんのり甘みがついていて、カニの旨味を不思議と引き立てている。
これを美味しいと言ってしまうのは変態的で恥ずかしいのだが…実際、美味しいのだ。
ごくりと口の中の物を呑み込み、躊躇いながら、肯定する。
心臓はバクバクで、きっと、俺の顔は真っ赤になっているだろう。
「それじゃ、不器用で可愛いアナタのために、またまた私が食べさせてあげましょう…」
にこにこと、幸せそうに、そして、少し意地の悪い笑みを浮かべて、彼女は、両断済みの、もう片方の蟹の脚を手に取る。
「っ…いい、自分で食べられるっ…!」
口移しなんて恥ずかしくて、これ以上されたら堪らない。
慌てて顔を逸らして、身体を彼女から離そうとするが…
「うふふ、だーめ…はむっ…んっ…ちゅ…」
それより早く、彼女の蛇体が俺の身体を捉えて、腕も脚も拘束してしまう。
豊満な胸が押し当てられて、むにゅりと形を変える。
そして、彼女は、獲物を狙うような獰猛な笑みを浮かべて、再度、俺の唇を強引に奪う。
柔らかな舌が、素早く俺の舌に這い寄る。
そのまま、舌を捕獲するように巻き付いてきて…じっくり、ねっとりと、舌を舌で締め付けながら、うにゅうにゅと蠢く。
甘い唾液を舌に刷り込むかのように、余す事なく、ぎゅうぎゅうに。
「んっ…んぅっ…ふぁ…ぁぁ…」
強引なキスだというのに、そこから感じるのは、優しさ、愛情で。
舌と舌が擦れるたびに、甘く優しい快感が、頭を蕩けさせていく。
キスをされるだけど、あっという間に思考はとろとろになってしまい、恥ずかしさは何処かにいってしまって。
後には、ふわふわとした浮揚感と、幸福感。
「はぁっ……さ、食べましょう…?」
唇を離して、彼女は満足気に微笑む。
そして、俺の目を見つめて、甘く声を響かせる。
「…ぁ………うん……」
ぼんやりとしたまま、素直に俺は頷き、本心のままに甘えて、彼女と甘い食事を楽しむのだった。
12/01/02 03:55更新 / REID