一夜目:ドラゴン 前編
困った。非常に困った。
冒頭から突然だが、マルクは現在突き付けられている問題を前に苦悩していた。
それはーーー
「お願いよマルクちゃん!お姉ちゃんと一緒に来て!そして一緒に暮らしましょうよ!」
目の前には、両手を握りしめて涙目で懇願するサキュバスのお客様。羊のような巻き角が可愛らしく、それでいてピンク色のルージュが女性の艶かしさをさらに際立たせる。
彼女は、魔王城で働く衛兵のエルヴィ。マルクを目当てにこれまで何度も来店している数多くの常連さんの一人である。
そしてマルクは、そんな彼女から何度目かもわからない求婚を受けていた。この部屋は特別な魔術を施され、サキュバスお得意の魅了魔法は使えない。そうなると、あとの女性の武器は涙くらいしかないわけで。
「お姉ちゃんとのセックス、気持ちよかったでしょ?マルクちゃん、泣きながら何度も気持ちいいって言ってくれたじゃない!ほら、マルクちゃん、お姉ちゃんの大きなおっぱい大好きよね!?私と夫婦になってくれたら、毎日でも挟んであげるから!好きにさせてあげるからぁああーーーっ!」
「こ、困ります、エルヴィさん。ほら、一緒にお店の前まで行ってあげますから、だから早く服をーーー」
「イヤイヤ!結婚してくれなきゃいやーーーっ!!」
普段は悪い人ではないのだが、ベッドの上に座り込んで駄々をこねる姿はまるで子供のよう。心優しいマルクの性格上、無理なお願いとあっても彼女の好意を無下にすることなど出来なかった。
とはいえ、このまま駄々をこねられてばかりでもいられない。どこぞの王子様風な容姿のマルクを目当てに、あとからあとから次のお客はやってくる。
すっかり困り果てたマルクだったが、急に静かになるエルヴィ。顔を俯かせたまま、ポツリと何かを呟いた。
「ーーー……して」
「は、はい……?」
「次に来たとき、私にお尻の処女くれるって約束して!」
「い、いえ、その……そこは、もう別のお客様に……」
「じゃあ二番目でもいいから!」
「二番目ももう……えっと……ご、五百番目くらいでよろしければ……」
「それならイヤ!結婚してくれるまで帰らない!」
ああ、どうすればいいのやら。
勇者の襲撃でもなければ、彼女に出会いの機会は滅多にない。そんな彼女達のために、この男娼館があるわけなのだが、マルクに身請けされるつもりは毛頭無くーーー
その時、マルクに電撃走る。おもむろに、彼女の耳元に口を寄せた。
「…エルヴィさんだけに、特別にお話しします。実は、最近になって元勇者の子が入ったんですよ」
「え……っ!?そ、それで?」
勇者を快楽堕ちさせるプレイが大好物の彼女にとってしてみれば、耳寄りな情報だろう。食い付き方が半端なく、既に口元からは涎が伸びている。
「その子、まだあまり他のお客さんにも知られてなくて、全然そういうこと知らないんです。だから、まだまだ仕込み甲斐がありますよ。あと……これ、どうぞ。お店の割引券です」
こそっと、エルヴィの手に小さなチケットを握らせる。街でも人気店とだけあって、男娼を買う金額は決して安いものではない。誰彼渡していいものではないが、多くの常連を抱えるマルクにはその権限が与えられていた。
ジッと食い入るように割引券を凝視するエルヴィに、マルクはさらに追い討ちを掛けた。
「それを使えば、普段の半額でお店を利用できます。あと、僕からエルヴィさんのことも話しておきますよ。そうすれば、他の予約があっても優先的にエルヴィさんをーーー」
「わかったわマルクちゃん!お姉ちゃん、今日はもう諦める!さぁ、次のお給料日まで頑張るわよ!」
「ふふっ……またの御利用、お待ちしています」
いつの間にか服を着込んでいたエルヴィの腕に自身の腕を絡ませ、バスローブ姿のままマルクは店の玄関まで彼女を見送る。エルヴィが鼻歌混じりにスキップをしながら帰る姿を見届けて部屋に戻ろうとしたところ、後ろから突然声を掛けられた。
「マルク、ちょっといいか?」
「はい?」
声の主は、アークであった。これから部屋の掃除に向かうのか、両手にバケツとモップを抱えている。
「どうされたんですか?もしかして、僕に何か用事でも?」
「いや、そうじゃねぇんだ。実はな……ほら、これが店の前に置いてあったんだ」
そう言って、アークが取り出したのは黄色い花弁の一輪の花。この辺りではあまり見ない何の変鉄もないただの花だが、これが届けられた意味を、マルクはすぐに察した。
それはどうやらアークも同じだったようで、困ったような苦笑いを浮かべている。
「お前の一番のお得意さん、久々に来るみたいだな。朝からクラウディアが張り切ってた理由がようやくわかったぜ」
「ええ、そうみたいですね。あっ、アークさん。今日の夜の予約は……」
「ああ、大丈夫だ。ちゃんとねじ込んでおいたぜ。じゃあ、あとのお客も頑張れよ」
「はい。では、失礼します」
アークと別れて、マルクは部屋に戻る。散らかった部屋の片付けとシーツの交換を済ませ、精力剤代わりのホルスタウロスの牛乳を一口。ようやく一息つきながら、ベッドに腰掛けた。
「今日は、あの人が……」
そう呟きながら、思わず笑みを浮かべてしまう。自分の一番のお得意様。そして、自分を初めて買ってくれた、あの人の顔を。
「ありがとうございました。またの御来店、お持ちしています」
とっぷりと日も暮れた頃、マルクは本日四人目のお客を送り出した。
この店で男娼が客を取るのは、一日に五人までと制限されている。というのも、あまり一日に魔物娘と性交をすることで彼女達の魔力が蓄積し、インキュバスに変わってしまうからである。
そのため、クラウディアの方針で男娼達には無理をさせず、一週間に一度は休みも与えられる。さらに、アーク達従業員と一緒であれば、街を出歩くことも許可されていた。
「お疲れ様、マルクちゃん。そのお洋服、似合ってるわよ」
「あっ、お疲れ様です、クラウディアさん。僕には、ちょっと早いような気がするんですけどね……」
カウンターに座っていたクラウディアに笑ってみせるマルクの服装は、男娼館にはあまり似つかわしくない黒のタキシード。しっかりとネクタイもつけて、見た目はまさにどこぞの貴族のようでであった。
「あら、そんなことないわよ。アークさんと出会う前だったら、私なら放っておかないわねぇ。もう、すぐ食べちゃう♪」
「あはは……そんな、御冗談を……」
クラウディアとそんな会話を交わしていたその時、扉の前に降り立つ気配。扉越しでも、その圧倒的な存在感がビリビリと伝わってきていた。
間違いなく、あの人だ。身を固くしながら、マルクは扉を凝視する。直後、蹴破るかのように扉が勢い良く開かれた。
「邪魔をするぞ!」
そんな鋭い言葉と共に現れたのは、真っ赤なルビーを連想させる輝きの鱗に身を包むドラゴンであった。
二本の角は天を貫き、しなやかな尻尾は時折鞭のように床を打つ。手足は強靭な鱗と鋭い爪によって武装されており、膝上から胸までを鎧のように鱗が覆っていた。
だが、それ以上に目を惹くのはその超越した美貌であった。切れ長の瞳は見る者を圧倒し、凛々しい顔立ちはさらにその美しさを際立たせる。胸ははちきれんばかりに胸元の鱗を押し上げており、スタイルはまるで高名な画家の描いたような曲線美を誇っていた。
唯一不可解なのは、その肩に担がれた大きな麻の袋だろうか。
「お待ちしていました、ローレットさん。本当に、お久しぶりです」
彼女こそ、マルクの待っていた客。ドラゴンのローレットである。
財宝の収集に熱心な彼女は四六時中世界を巡って飛び回っており、こうして店を訪れたのは実に数ヶ月ぶりであった。
歩み寄ったマルクを、ローレットは空いた腕で抱き寄せた。
「ああ、久しいなマルク。今回は少々遠出をしてな、なかなか店に来られなかった。私が贈ったその服も、実によく似合っているぞ」
そう言って微笑み、彼女はマルクの髪を撫でる。そしてその鋭い視線を、今度はクラウディアへと向けた。
しかし、マルクに向けたものとは対照的な、敵意に満ちた瞳を。
「久しぶりだな、店主。今日こそ、そのお高くとまった鼻っ柱をへし折ってくれる」
「あらあら、それは楽しみねぇ。今日はどんなガラクタを持ってきたのか、見物ですわぁ」
「な……っ!?私の選りすぐった品を、ガラクタだとぬかしたな貴様ァッ!!」
「あ、あの、お二人とも。他のお客様もいらっしゃいますし、ケンカはちょっと……」
牙を剥き出しにしてクラウディアを威嚇するローレットをなんとか諌めながら、マルクは内心重い溜め息をついていた。
何故、この二人は顔を合わせる度にこのようなことになるのやら。もう少し仲良くしてもらいたいというのがマルクの切なる願いなのだが、しばらくそれは叶いそうもない。
「マルクがそう言うのならば……仕方あるまい。勝負は、明日の明朝だ。今夜の内に、あのうだつの上がらない旦那と謝罪の言葉でも考えておくがいい」
「わ、私のアークさんを侮辱したら許しませんよ!マルクちゃん、私のこの怒りをしっかり晴らしてきてちょうだい!」
「ほう、それは楽しみなことだな。いくぞ、マルク」
「は、はぁ……」
結局、皺寄せは自分にやってくるのか。仕事前から疲れた表情を浮かべながら、マルクはローレットに引き摺られるように部屋へと向かっていく。
そんな彼を、柱の陰に隠れながら見つめていたのはアーク。マルクの後ろ姿に向かって、彼は静かに胸の前で十字を切るのだったーーー
冒頭から突然だが、マルクは現在突き付けられている問題を前に苦悩していた。
それはーーー
「お願いよマルクちゃん!お姉ちゃんと一緒に来て!そして一緒に暮らしましょうよ!」
目の前には、両手を握りしめて涙目で懇願するサキュバスのお客様。羊のような巻き角が可愛らしく、それでいてピンク色のルージュが女性の艶かしさをさらに際立たせる。
彼女は、魔王城で働く衛兵のエルヴィ。マルクを目当てにこれまで何度も来店している数多くの常連さんの一人である。
そしてマルクは、そんな彼女から何度目かもわからない求婚を受けていた。この部屋は特別な魔術を施され、サキュバスお得意の魅了魔法は使えない。そうなると、あとの女性の武器は涙くらいしかないわけで。
「お姉ちゃんとのセックス、気持ちよかったでしょ?マルクちゃん、泣きながら何度も気持ちいいって言ってくれたじゃない!ほら、マルクちゃん、お姉ちゃんの大きなおっぱい大好きよね!?私と夫婦になってくれたら、毎日でも挟んであげるから!好きにさせてあげるからぁああーーーっ!」
「こ、困ります、エルヴィさん。ほら、一緒にお店の前まで行ってあげますから、だから早く服をーーー」
「イヤイヤ!結婚してくれなきゃいやーーーっ!!」
普段は悪い人ではないのだが、ベッドの上に座り込んで駄々をこねる姿はまるで子供のよう。心優しいマルクの性格上、無理なお願いとあっても彼女の好意を無下にすることなど出来なかった。
とはいえ、このまま駄々をこねられてばかりでもいられない。どこぞの王子様風な容姿のマルクを目当てに、あとからあとから次のお客はやってくる。
すっかり困り果てたマルクだったが、急に静かになるエルヴィ。顔を俯かせたまま、ポツリと何かを呟いた。
「ーーー……して」
「は、はい……?」
「次に来たとき、私にお尻の処女くれるって約束して!」
「い、いえ、その……そこは、もう別のお客様に……」
「じゃあ二番目でもいいから!」
「二番目ももう……えっと……ご、五百番目くらいでよろしければ……」
「それならイヤ!結婚してくれるまで帰らない!」
ああ、どうすればいいのやら。
勇者の襲撃でもなければ、彼女に出会いの機会は滅多にない。そんな彼女達のために、この男娼館があるわけなのだが、マルクに身請けされるつもりは毛頭無くーーー
その時、マルクに電撃走る。おもむろに、彼女の耳元に口を寄せた。
「…エルヴィさんだけに、特別にお話しします。実は、最近になって元勇者の子が入ったんですよ」
「え……っ!?そ、それで?」
勇者を快楽堕ちさせるプレイが大好物の彼女にとってしてみれば、耳寄りな情報だろう。食い付き方が半端なく、既に口元からは涎が伸びている。
「その子、まだあまり他のお客さんにも知られてなくて、全然そういうこと知らないんです。だから、まだまだ仕込み甲斐がありますよ。あと……これ、どうぞ。お店の割引券です」
こそっと、エルヴィの手に小さなチケットを握らせる。街でも人気店とだけあって、男娼を買う金額は決して安いものではない。誰彼渡していいものではないが、多くの常連を抱えるマルクにはその権限が与えられていた。
ジッと食い入るように割引券を凝視するエルヴィに、マルクはさらに追い討ちを掛けた。
「それを使えば、普段の半額でお店を利用できます。あと、僕からエルヴィさんのことも話しておきますよ。そうすれば、他の予約があっても優先的にエルヴィさんをーーー」
「わかったわマルクちゃん!お姉ちゃん、今日はもう諦める!さぁ、次のお給料日まで頑張るわよ!」
「ふふっ……またの御利用、お待ちしています」
いつの間にか服を着込んでいたエルヴィの腕に自身の腕を絡ませ、バスローブ姿のままマルクは店の玄関まで彼女を見送る。エルヴィが鼻歌混じりにスキップをしながら帰る姿を見届けて部屋に戻ろうとしたところ、後ろから突然声を掛けられた。
「マルク、ちょっといいか?」
「はい?」
声の主は、アークであった。これから部屋の掃除に向かうのか、両手にバケツとモップを抱えている。
「どうされたんですか?もしかして、僕に何か用事でも?」
「いや、そうじゃねぇんだ。実はな……ほら、これが店の前に置いてあったんだ」
そう言って、アークが取り出したのは黄色い花弁の一輪の花。この辺りではあまり見ない何の変鉄もないただの花だが、これが届けられた意味を、マルクはすぐに察した。
それはどうやらアークも同じだったようで、困ったような苦笑いを浮かべている。
「お前の一番のお得意さん、久々に来るみたいだな。朝からクラウディアが張り切ってた理由がようやくわかったぜ」
「ええ、そうみたいですね。あっ、アークさん。今日の夜の予約は……」
「ああ、大丈夫だ。ちゃんとねじ込んでおいたぜ。じゃあ、あとのお客も頑張れよ」
「はい。では、失礼します」
アークと別れて、マルクは部屋に戻る。散らかった部屋の片付けとシーツの交換を済ませ、精力剤代わりのホルスタウロスの牛乳を一口。ようやく一息つきながら、ベッドに腰掛けた。
「今日は、あの人が……」
そう呟きながら、思わず笑みを浮かべてしまう。自分の一番のお得意様。そして、自分を初めて買ってくれた、あの人の顔を。
「ありがとうございました。またの御来店、お持ちしています」
とっぷりと日も暮れた頃、マルクは本日四人目のお客を送り出した。
この店で男娼が客を取るのは、一日に五人までと制限されている。というのも、あまり一日に魔物娘と性交をすることで彼女達の魔力が蓄積し、インキュバスに変わってしまうからである。
そのため、クラウディアの方針で男娼達には無理をさせず、一週間に一度は休みも与えられる。さらに、アーク達従業員と一緒であれば、街を出歩くことも許可されていた。
「お疲れ様、マルクちゃん。そのお洋服、似合ってるわよ」
「あっ、お疲れ様です、クラウディアさん。僕には、ちょっと早いような気がするんですけどね……」
カウンターに座っていたクラウディアに笑ってみせるマルクの服装は、男娼館にはあまり似つかわしくない黒のタキシード。しっかりとネクタイもつけて、見た目はまさにどこぞの貴族のようでであった。
「あら、そんなことないわよ。アークさんと出会う前だったら、私なら放っておかないわねぇ。もう、すぐ食べちゃう♪」
「あはは……そんな、御冗談を……」
クラウディアとそんな会話を交わしていたその時、扉の前に降り立つ気配。扉越しでも、その圧倒的な存在感がビリビリと伝わってきていた。
間違いなく、あの人だ。身を固くしながら、マルクは扉を凝視する。直後、蹴破るかのように扉が勢い良く開かれた。
「邪魔をするぞ!」
そんな鋭い言葉と共に現れたのは、真っ赤なルビーを連想させる輝きの鱗に身を包むドラゴンであった。
二本の角は天を貫き、しなやかな尻尾は時折鞭のように床を打つ。手足は強靭な鱗と鋭い爪によって武装されており、膝上から胸までを鎧のように鱗が覆っていた。
だが、それ以上に目を惹くのはその超越した美貌であった。切れ長の瞳は見る者を圧倒し、凛々しい顔立ちはさらにその美しさを際立たせる。胸ははちきれんばかりに胸元の鱗を押し上げており、スタイルはまるで高名な画家の描いたような曲線美を誇っていた。
唯一不可解なのは、その肩に担がれた大きな麻の袋だろうか。
「お待ちしていました、ローレットさん。本当に、お久しぶりです」
彼女こそ、マルクの待っていた客。ドラゴンのローレットである。
財宝の収集に熱心な彼女は四六時中世界を巡って飛び回っており、こうして店を訪れたのは実に数ヶ月ぶりであった。
歩み寄ったマルクを、ローレットは空いた腕で抱き寄せた。
「ああ、久しいなマルク。今回は少々遠出をしてな、なかなか店に来られなかった。私が贈ったその服も、実によく似合っているぞ」
そう言って微笑み、彼女はマルクの髪を撫でる。そしてその鋭い視線を、今度はクラウディアへと向けた。
しかし、マルクに向けたものとは対照的な、敵意に満ちた瞳を。
「久しぶりだな、店主。今日こそ、そのお高くとまった鼻っ柱をへし折ってくれる」
「あらあら、それは楽しみねぇ。今日はどんなガラクタを持ってきたのか、見物ですわぁ」
「な……っ!?私の選りすぐった品を、ガラクタだとぬかしたな貴様ァッ!!」
「あ、あの、お二人とも。他のお客様もいらっしゃいますし、ケンカはちょっと……」
牙を剥き出しにしてクラウディアを威嚇するローレットをなんとか諌めながら、マルクは内心重い溜め息をついていた。
何故、この二人は顔を合わせる度にこのようなことになるのやら。もう少し仲良くしてもらいたいというのがマルクの切なる願いなのだが、しばらくそれは叶いそうもない。
「マルクがそう言うのならば……仕方あるまい。勝負は、明日の明朝だ。今夜の内に、あのうだつの上がらない旦那と謝罪の言葉でも考えておくがいい」
「わ、私のアークさんを侮辱したら許しませんよ!マルクちゃん、私のこの怒りをしっかり晴らしてきてちょうだい!」
「ほう、それは楽しみなことだな。いくぞ、マルク」
「は、はぁ……」
結局、皺寄せは自分にやってくるのか。仕事前から疲れた表情を浮かべながら、マルクはローレットに引き摺られるように部屋へと向かっていく。
そんな彼を、柱の陰に隠れながら見つめていたのはアーク。マルクの後ろ姿に向かって、彼は静かに胸の前で十字を切るのだったーーー
17/11/09 01:30更新 / Phantom
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