連載小説
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一夜目:ドラゴン 後編
「どうぞ、ローレットさん。そこにお掛けになってお待ち下さい」

「ああ、悪いな」

部屋に通されたローレットは重そうな麻袋を置いて、どっかとベッドに腰を降ろした。少々お疲れの様子で、やや怠そうに首を回している。

「お疲れ様です。何か、飲まれますか?」

「うん?そうだな……よし、久々にお前の一番搾りを頼む」

「すみません、それは開店から一番に御指名されたお客様限定なんです。ウィスキーでいいですか?」

どこぞのオヤジのようなセクハラを慣れたように受け流すと、マルクはクリスタルのグラスに琥珀色の液体を注ぎ、銀色のトレーに乗せてローレットへと運んでいった。

「一緒に何か軽食でもいかがですか?簡単なものでしたら、すぐに御用意できますけど……」

「ククッ……すっかり営業上手になったな。私と初めて会った頃とは大違いだ」

そう笑って、ローレットはグラスに並々と注がれたウィスキーを一気に煽った。そこそこ度数の高い酒だが、彼女にしてみれば水と同然らしい。

マルクも彼女の隣に座り、ローレットの手元のグラスにウィスキーを注いだ。

「それはどうも、ありがとうございます。ところで、今回はどこまで行かれたんです?ずいぶん遠いところまで行かれたようですが……」

「ああ、行商の狸から良い情報を仕入れてな。大陸の西の果てまで行ってきたところだ。収穫としては、上々といったところだな。高い情報料を払った甲斐があったというものだ」

ローレットが財宝収集に向かうのは、常人では近付けないような危険なところがほとんどだ。以前聞いた話では、火山の火口近くに造られた遺跡から財宝をごっそり失敬したこともあるのだとか。

ちなみに、彼女の住まいは魔王城から少し離れた湖畔にひっそりと建つ古城である。不気味な外見とは裏腹に、幾重もの結界に覆われたその内部にはどれほどの宝物が積み上げられているのか、想像もできない。

「でも、無事に帰ってきてくれて良かったです。危ないことも、ほどほどにして下さいよ?」

「なぁに、心配は無用だ。しかし……まだ覚えていてくれたのだな。あの約束を」

ウィスキーの水面に映った自分の顔を見つめながら、ローレットはそう呟いた。

約束というのは、ローレットが店に来る時には必ず、店の前に遠い土地の花を一輪置くというものである。

マルクは彼女の言葉を聞いて、深く大きく頷いてみせた。

「もちろん、忘れるわけないじゃないですか。それに、ローレットさんが最初に言い出したんですよ?」

それは、遠い日の約束。マルクがこの店で働き始めて初めての客となったローレットは、ここで働くことの不安と、全く外の世界を知らないと言った彼にこう約束したのである。

自分が旅で訪れた土地の花を、店に来る日は必ず置く。だから、このまま店で働き、自分が来た時には翼を休ませて欲しいと。

それ以来、ローレットはその約束を欠かしたことはない。だから、マルクも今日この日に至るまで、この店で働くという約束を守り続けていた。

彼女に贈られた花は、いつも花瓶に生けて部屋に置かれたテーブルの中央を独占する。もちろん、枯れてしまいそうになった花は押し花にして、マルク愛用の小物入れに収納されていた。

「ローレットさんが来る日は嬉しくて……最初の頃は、仕事に集中出来ないこともありました。だから、僕……ローレットさんには、凄く感謝してるんです。本当にありがとうございます、ローレットさん……ローレットさん?」

何故か返事のない彼女の横顔をマルクはそっと覗き見る。すると、今夜は酒豪を豪語する彼女にしては酔いの回りが早いのか、すっかり顔と耳を真っ赤にして俯いていた。肩に触れてみると、火傷しそうなほどに身体は熱を持っている。

「ローレットさん、大丈夫ですか?アークさんに氷水でも貰ってきましょうか?」

「い、いや、大丈夫だ。よし、まずは軽く身体を流すとするか。お前も来い、マルク」

突然立ち上がり、マルクの腕を掴むローレット。しかし、彼は立ち上がらず、何故か申し訳なさそうに顔を俯かせていた。

「どうしたマルク。私ならば大丈夫だと言っているだろう?」

「あ、は、はい。えと、ローレットさん……その前にちょっと、謝らないといけないことがあるんです……」

マルクは立ち上がり、タキシードのボタンに手を掛けた。少し恥ずかしげに頬を染めながら、最後の一枚まで取り払ってしまい、ローレットの前にその素肌を晒した。

「…これは……」

ローレットの瞳が、一際大きく見開かれる。

マルクの服の下から現れたのは、まるで太い身体を荒縄か何かで縛られたかのような痣であった。真っ白な素肌にはじんわりと血が滲んでおり、淡いランプの光に照らされた薄暗い部屋の中でもはっきりと視認でき、見る者に痛々しい印象を与えるものであった。

「ど、どうしたのだ、その痣は?よもや、嗜虐趣味の客を相手にしたのか?あの店主め、それくらいは常に把握しておくべきだろうが……!」

「ち、違うんですよローレットさん!実は、最後のお客様がラミアの方で、お相手をしている時に強く締め付けられてしまって……」

クラウディアに殴り込みを掛けようと怒りを露にするローレットに、マルクは慌てて説明する。

様々な種族を相手にするため、こうした負傷は日常茶飯事である。もっとも、ヴァンパイアによる過剰な吸血など、下手をすれば男娼の命を奪いかねない行為はさすがに店側も禁止しているのだが、ラミアの巻き付き行為は体質的にも容認せざるを得ないのだ。

だが、こうした痣は、お客の欲求を減衰させてしまうこともある。だからこそ、マルクは大切なお客であるローレットを前にする時には万全の状態でありたかったのだがーーー

「…すみません、ローレットさん。今日は、灯りを全て落としてもよろしいですか?月明かりだけであれば、あまり痣も目立たないとーーーあっ!?」

突然手首を掴まれ、マルクは背中からベッドに押し付けられてしまう。目の前には、微笑みを浮かべたローレットの顔。どことなく、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。

「ローレット……さん……?」

「…バカ者め。私がそのようなことを気にするほど許容の狭い女と思ったか?本当にお前は……んっ」

ゆっくり彼女の顔が近付いてきたかと思えば、そのまま二人は口付けを交わしていた。ローレットの唇はマシュマロのように柔らかく、そしてほんのりと甘い。閉じた唇を強引に抉じ開け、入り込んできた彼女の舌はマルクの口腔内を己が唾液で塗り尽くすかのように激しく、そして滑らかに動き回る。

プニプニと柔らかな頬の内側を擽り、引っ込んでいたマルクの舌を捉えて蛇のように絡み付いた。ピリピリとした刺激が直接脳内の快楽神経に突き刺さるようで、唇を介してローレットの甘い唾液を飲まされたマルクの瞳は、唇が離れてなお蕩けたように表面に涙の膜を作っていた。

「んっ……なかなか上達したが、まだまだ未熟だな。お前には、私が一から教育してやろう」

「はぁっ、はぁっ……ローレットさん、待っーーーはぅ……っ」

軽い酸欠状態に陥り荒い呼吸を繰り返すマルクへ淫靡な笑みを浮かべ、ローレットは彼の肌に刻まれた痣に沿うように舌を這わせ始めた。小さな傷口に舌先が触れる度に痛みが走るが、それもすぐにローレットから与えられる快感によって上書きされる。

「はっ、ぁぁ……ふわっ!?」

まるで、労るかのような繊細なタッチ。思わずリラックスしたように深く息を吐いてしまうマルクだったが、柔らかな弾力性のある感触にぺニスを包まれ、身体を硬直させた。

見てみると、ローレットは舌による奉仕を続けたまま、彼の逸物を大きな手で握り込んでいるのだった。

「む……また皮を戻しているではないか。そんなことでは立派な大人になれんぞ」

「だ、だって、ヒリヒリして服に擦れると痛くて……気になるんですよ……」

ドラゴンの腕は固そうに見えて、手の平は意外と柔らかく弾力がある。にぎにぎと快感を与えてくる絶妙な力加減で勃起した皮被りのぺニスを揉まれながら、マルクは恥ずかしげにそう呟いた。

ローレットと初対面の時に初めて皮を剥かれたのだが、その状態に慣れないマルクはすぐに皮を戻してしまうのである。むしろ、その方が一部のお客にはウケが良く、むしろ彼にとってはこのままの方が良いと思っていた。

「ダメだダメだ。さて、また私が剥いてやるとするか。まったく、お前は本当に仕方のないやつだな」

口調はアレだが、表情はどことなく嬉しそうに見える。ローレットも、実はこっちの方が嬉しいのではなかろうか。

「ローレットさん、本当はそのままの方がいいんじゃーーーひぁああっ!?」

マルクの口から、女の悲鳴のような声が上がる。ローレットは彼の年相応といったサイズのぺニスを根元までくわえこんだのである。

「んっ、んっ……んん、く……」

頭は動かさず、舌を使って唾液をぺニスの先端に塗り込んでいく。もともと感じやすい体質なのか、温かいローレットの口腔内でぺニスに舌が這い回る感触にマルクは悩ましげに腰をくねらせ、熱い吐息を洩らしてしまうのだった。

このまま、ローレットにぺニスが舐め溶かされる。そんな錯覚すら覚えながらマルクが与えられる快楽に身を任せていたその時、ローレットはおもむろに彼のぺニスから口を離し、口元を拭った。

「んっ……このまま味わいながら剥いてやるのも悪くはないが……今回は、こちらで剥いてやろう」

そう言って身体を上げたローレットの胸部を覆っていた鱗はいつの間にか無くなっており、たわわに実った白い果実が彼女の僅かな動きに合わせてたゆんと揺れる。

完全に目を奪われるマルクの視線を受けて、ローレットは誇らしげに乳房を抱えてみせた。

「クククッ……お前は最初の時もこればかり見ていたな。よほど私の胸がお気に入りだと見える」

「そ、そんなことは……あっ」

思わず否定しようとしたマルクだが、ローレットからの威圧するような視線に気付いてブルリと全身を震わせた。

まさか、気に入らないというのか?

そう言いたげな無言の圧力を受けたマルクに、もはや道は残されてはいなかった。

「そ、そうです。僕は、ローレットさんの、その……胸が大好きです……」

「はっはっ!当然だろうな。なにしろ、私はお前の初めての女なのだ。気に入らぬところがあるはずもない」

どうやら、マルクの童貞を最初に奪ったことが、彼女にとって誇らしいことなのだろう。

大人びていて、それでいて子供っぽい。そんな彼女との逢瀬を内心楽しんでいるマルクのぺニスの先端に、ローレットは抱えた双球の谷間を乗せるように合わせた。

「では、いくぞ……そらっ」

「ひっ、あぁああ……っ!」

抱えた乳房を落とすようにぺニスを扱き下ろされ、その拍子に一気に皮がめくられる。

敏感な表面が柔らかく弾力のある乳房に包まれ、マルクはベッドの上で身悶えする。そんな少年男娼の姿を見て、ローレットは満足そうに微笑むのだった。

「やはり、剥けたばかりでは敏感だな。どうだ、私の胸の感触は?」

「はぁっ……柔らかくて、温かくて……とても、気持ちいい……です……」

今にも泣き出しそうな表情で、マルクは応える。ローレットはその表情にそそられるものがあるのか、やや息を荒くしながらペロリと舌で自身の唇を湿らせた。

「…やはり、お前のその声と顔はたまらんな。もっと、泣かせたくなるではないか……」

「ま、待って、ローレットさーーーぅあああっ!」

ローレットは両側から乳房を押さえ、マルクのぺニスを圧迫すると、そのまま激しく上下に揺らし始めた。

粘つく唾液のぬめりが乳房の柔肌を絡み付かせ、腰が浮くほどの快楽が駆け巡る。涙すら流して快楽に声を上げるマルクに気を良くしたか、ローレットは上下運動だけでなく擦り合わせるような動きを加え、その速度を一気に加速させる。

乳房に絡み付く唾液が摩擦で白い泡に代わり、腰に熱いものが込み上げてくる感覚にマルクは全身を震わせた。

「ローレットさ、ローレットさぁん!僕もう……もう、イッちゃ……!」

「おっと、それはダメだ」

急に、ぺニスが冷たい外気に晒される。驚いた表情でマルクがローレットを見ると、彼女は彼のぺニスから身体を起こし、ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべ、彼の顔を見つめているのだった。

「な……なん、で……ローレットさん……?僕、あとちょっとで……」

絶頂に達するほんの一歩手前で刺激を失い、真っ赤になったぺニスが別の生き物のようにびくびくと跳ねている。ローレットは彼の懇願を受けると、無情にも顔を左右に振った。

「マルク、お前は何を言っている?久々に味わうお前の精を、無駄撃ちさせるわけがないだろう。出すのであれば……ここに出してもらわなければな」

マルクの腰の上に膝立ちになり、ローレットは露となった秘所を広げてみせた。そこは既に彼女の愛液で濡れており、鮮やかなピンク色の柔肉からは涎のようにポタポタと愛液がマルクのぺニスに降りかかる。そこから漂う強い女の匂いに、マルクの頭は強い酒を嗅がされた時のようにクラクラと揺れた。

ローレットはマルクのぺニスに手を添え、その女の入口に狙いを定める。先端に押し付けられる柔肉の感触に背筋を震わせるマルクに、彼女は静かに語りかける。

「マルク……今から、私はここでお前を喰らう。お前が泣こうが喚こうが、私は絶対に腰を止めん。気絶しても、すぐに叩き起こしてやろう。それでも、お前は私に喰われたいと願うか?私の……私だけのものになると誓うか?」

「ぼ……僕、は……僕は……」

身体も、頭も、ローレットを欲している。男娼という身分も忘れ、男としてーーーいや、彼女の餌として身体を貪って欲しい。マルクの頭は、既に彼女のことだけで埋め尽くされていた。

「……挿れて、欲しいです」

「うん?聞こえんな」

「……っ、ローレットさんの中に、僕のを挿れて……」

「はぁ……興が冷めるな。もう止めてしまおうか」

「僕……を、僕のを挿れさせて下さい!僕を、ローレットさんだけのものにして下さいっ!」

「よく、言ったァッ!!」

その言葉を待っていたとばかりに、ローレットは一気に腰を降ろした。

熱く燗れた膣壁はきつく、マルクのぺニスを容赦なく擦り上げた。冷め始めていた感覚が一瞬にして限界まで昇りつめ、彼女の中で火山のように弾けた。

「あっ、もう出ちゃ……ぅあぁぁあああーーーっ!」

「くっ、ふ……っ」

マルクの絶叫と同時にドピュドピュと音が出るほどに、マルクのぺニスから放たれた精液がローレットの中に注がれていく。彼女の膣内はそれを優しく受け止め、ゴクゴクと飲み込んでいくかのように柔肉が動き、次々に溢れる熱い奔流を奥へ奥へと導いていく。

「クク……ッ、多いな。実に活きが良い精だ。私の中に、染み渡っていくのがわかるぞ……」

熱いものが注がれていく感覚に感じ入るかのように下腹部を撫でて、ローレットが呟く。

背筋を逸らし、文字通りローレットによって精液を搾り取られたマルクは緊張の糸が切れたように脱力した。だが、その余韻に浸る間もなく、ローレットの手が彼の頬に添えられた。

「ろ、ローレット……さん……?」

「何を惚けた顔をしているのだ、マルク。私は先ほどお前に言ったはずだがな……」

顔を近付けて、ローレットはマルクに口付けをする。ほんのりとウィスキーの甘い匂いを漂わせながら、彼女は聖母のように微笑んだ。

「お前が泣いても、腰を止めんとな」



そして、数十分後ーーー

「いやっ、いやぁあああーーーっ!また出るっ、また出ちゃうぅううーーーっ!!」

もはや何度目かもわからない絶頂。廊下まで響き渡るほどの絶叫と同時にぺニスから精液を吐き出すマルクの肩を押さえ込み、ローレットはそれにも構わずさらに搾り出すように腰を振った。

「ははっ!どうしたマルク、もう限界か!?まだ私はまったく満たされんぞ!」

激しく叩きつけられる二人の結合部からは弾けるような音が断続的に響き、そのたびに愛液と精液が入り混じった滴を飛び散らせる。

ローレットの瞳に宿るのは、野生の輝き。身体中を組み敷いた少年の精液と汗で濡らしながら、彼女はなおマルクから子種を搾り取るべく腰を止めようとはしなかった。

「もうやだっ!いやだぁっ!ローレットさんやめて!もうやめてよぉーーーっ!!」

「泣き言をぬかすな!お前はもう私のものだ!その精の一滴まで、私のものなのだ!さぁ出せ!腰が砕けるまで搾り上げてやる!」

「いやっ、いやーーーんんぐっ!?」

マルクの悲鳴を封殺するかのように、身体を倒したローレットが豊かな胸を顔に押し付けた。彼女の汗と女性特有の甘い匂いを吸い込むだけで彼のぺニスはその硬度を増し、さらなる快楽を求めていきり立った。

だが、既に精液の量はかなり少なく、空撃ちに近い。やや、不満そうな表情を浮かべるローレットであったが、インキュバス化していない少年にしては上出来だろう。

「さて、そろそろ撃ち止めが近いか。どれ、最後の一滴まで搾ってやるとするか……ふ、んん……っ」

そう呟き、ローレットは腰を止めて身体を震わせる。すると、マルクのぺニスを包む膣壁が波打つかのように動き、射精を促してくる。暴力的な搾精から一転した責めに、再びマルクは絶頂が近いことを悟った。

「ローレット、さん……また、出ちゃう……!」

「…ああ、出せ。出してしまえ。全て私が受け止めてやろう。お前は……私のものだからな」

マルクを胸に抱いたまま、ローレットはそっと彼の髪を撫でる。その囁きに触発され、マルクはまたも絶頂を迎えた。

「ふぁ、あ……っ」

ぺニスの躍動と同時に放たれた精液の量はこれまで以上に少ないが、ローレットは一滴残らずそれを受け止める。

ここでようやく休むことを許され、涙を拭うことも忘れて荒い呼吸を繰り返すマルクを、ローレットはそっと抱き締めた。

「…よく頑張ったな、マルク。やはり、お前こそ、私のーーー」

その言葉を最後まで耳にすることなく、マルクの意識はローレットの温もりに抱かれて闇に溶けていったーーー


「はっはっはっ!久々に堪能させてもらった!やはり、一仕事した後はお前の身体を頂くに限るな!」

ベッドに腰掛け、ずいぶんと御機嫌な様子で大笑いするローレット。その隅では、マルクが精根尽き果てたといった表情でノロノロと白いシルクのローブを身に纏っていた。

マルクが気を失い、気が付くと自分はローレットの胸に抱かれ、外はいつの間にか朝を迎えていた。

男娼が客よりも先に眠ってしまうなど普通に聞けば到底有り得てはならないことだが、ここは何と言っても性欲については底無しの魔物の街。それが通常営業なのである。

「もう……ひどいですよ、ローレットさん。あんなに僕はやめてって言ったのに……それもお風呂でも……あんなに……うう……」

早朝から起き抜けに口で一回、本番二回。さらに風呂場で三回と搾られ、もはや立って歩くのだけでも精一杯の状態。さらに、これから今日一日勤務につかなければならないと考えるとーーーさすがにマルクの頭も痛んだ。

「おかげで、私のストレスはすっかり解消されたがな。さて……そろそろ、行くとするか」

「あれ、もう出られるんですか?」

普段であれば、次の客が来るギリギリの時間まで居座るというのに。思いがけぬ行動に首を傾げるマルクを他所に、ローレットは部屋の隅に放置していた麻袋を肩に担ぎ上げた。

「ああ、もう時間だ。奴との……決着をつける時がな」

「決着……?ああ、昨日言っていたクラウディアさんとの、ですね。でも、そんなに急がなくてもいいような……」

「いや、奴ならば、もう準備を終えているはずだ。お前も来い、マルク。お前には、この勝負を見届けてもらわなければならん」

「ちょ、ちょっと待ってください!まだ身体に力が……!」

そう洩らすマルクの襟首を問答無用とばかりに掴まえて、部屋をあとにしたローレットはノシノシと店のホールに向かって歩いていく。

すると、辿り着いたホールの中央には、ローレットの言っていた通り、既にクラウディアが仁王立ちをして待ち構えているではないか。

さらに、それだけではない。騒ぎを聞き付けたのか、店に勤めている男娼や他の泊まり客までもがこの一大イベントを目の当たりにしようと集まっていた。

「昨晩は、ずいぶんとお楽しみだったようですねぇ。よっぽど朝が来るのが不安だったのかしらぁ?」

「なぁに、少し早めの祝勝を挙げただけだ。貴様の……吠え面を拝むためになぁ!」

そう言うが早いか、ローレットは手にした麻袋を無造作にクラウディアの前に放り投げた。

落下の衝撃と同時に袋の中身がぶちまけられ、床に散らばったのは目も眩むような金銀財宝の山。ホールに集まった野次馬から、一斉にどよめきが巻き起こった。

クラウディアとローレットの勝負。それは、クラウディアが求める財宝をローレットが見つけ出してくるという至極単純なものであった。

だが、ローレットが世界を巡り収集した財宝を、タダで他人に譲渡するなど決して有り得ないことである。それでも彼女がこのような見世物のような真似をしてでも勝負に挑む理由、それはーーー

「どうだ、ぐうの音も出まい!マルクは今、今日ここで私の夫として身請けさせてもらう!」

どーん、とローレットはクラウディアに指を突き付ける。そう、全てはマルクを手中に収めるため。その戦いはマルクと初めて出会った約一年前から続いており、今となってはこの店のちょっとしたイベントにまで発展しているのだった。

「お前は二ヶ月前、確かに言ったな?拳ほどのダイヤ、そして身体を飾りきれぬほどの宝を寄越せばマルクを身請けさせてやると!それならば文句はないだろう!?」

「うーん……そうねぇ……」

既に勝ったも同然と胸を張るローレットの前でしゃがみ、クラウディアは財宝の山を漁る。誰もが固唾を飲んで見守る中、彼女の口から出たのはーーーなんとも重い、溜め息であった。

「はぁ……ダメね。こんなのじゃ、マルクちゃんはあげられないわねぇ……」

静けさが一転、誰もがクラウディアの一言を予想出来なかったらしく、ホールは騒然とざわめき立つ。しかし、誰よりも驚いたのは、わざわざ苦労してこの品々を用意したローレットであった。


「な、なな……っ、なんだとォッ!?貴様、約束を違えるつもりかッ!一体何が不満だというのだ!?」

「だって、こんなのじゃマルクちゃんと釣り合わないんだもの。二ヶ月前ならともかく、今のマルクちゃんならこれくらいあっという間に稼いじゃうわ。だから、マルクちゃんは身請けさせられないわねぇ」

「ぐ、ぐぬぬ……っ」

納得がいかない、と歯軋りをするローレットだが、おそらく誰もがそう思ってることだろう。しかし、男娼の価値を決めるのは店の主人の勝手であり、それが唯一無二の真実なのである。

「おい、マルク。いいのかよ、お前……」

気の毒そうにローレットを見つめていたマルクに声を掛けたのはアークであった。しかし、今回の勝負を前にマルクと同様こってりと頂かれたのだろう。頬は痩せこけ、おぼつかない足取りは生まれたばかりの小鹿のようであった。

「アークさん……いいって、何がです?」

「とぼけるなよ、お前……クラウディアのやつが言ってたぞ。ローレットさんなら、お前の嫁さんにピッタリだって。お前が良ければ、コイン一枚で身請けさせてやるってよ……」

アークの言葉に、マルクは少し顔を俯かせる。

そう、ローレットが店を訪れる度に、マルクはクラウディアから打診されていたのだ。絶対に、ローレットならば幸せにしてくれる、と。

だが、マルクはそれを拒み続けていた。ローレットの意気込みとは裏腹に、彼には今日の勝負も既に結果は見えていたのだ。

「…いいんです、アークさん。ローレットさんは、とてもまっすぐな人で……僕には勿体無いです。きっと、もっと良い人が現れますよ」

「お前、そればっかじゃねぇか。だったら、お前はいつ幸せにーーー」

「僕はもう、幸せですよ。とっても……」

はっきり言い切るマルクに、アークはそれ以上何も言うことは出来なかった。

そして、代わりに口を開いたのはーーー

「納得いくかぁあああーーーーーーッ!!」

ローレットが吼えた。そりゃそうだろうな、という表情を浮かべるその他大勢。

「あら、それならどうするのかしらぁ?貴方の溜め込んだお宝全部となら、考えなくもないけどぉ?でも、全部運び終わる頃には、マルクちゃんの値段がもっと上がってるような気がするわぁ〜」

「ぐっ……ならば、ならばぁ……っ」

さすがに、あのローレットもお手上げか。マルクがそう思ったその時、彼女の口から重いもよらぬ一言が。

「私も、ここで働かせろッッ!!」

「ええっ!?」

と、驚きの声を上げたのはマルク。直ぐ様ローレットに飛び付いた。

「な、何を言ってるんですかローレットさん!!正気ですか!?」

「いかにも、私は至極正気だ!お前が手に入らぬのならば、逆にお前が誰の手にも渡らぬよう監視するまでよ!!なんなら用心棒でも構わん!店主、それならば文句はあるまい!!」

「めちゃくちゃですッ!!そんなのダメに決まってますよねクラウディアさん!?」

そんなことになろうものなら、もはや店に安息の地はない。四六時中ローレットのセクハラに晒されるなど、恐怖以外の何物でもないからだ。

同意を求めるように、マルクはクラウディアへと顔を向ける。しかし、彼の想いとは裏腹に、彼女の瞳は大銀河のように輝いているのだった。

「あら、それなら私も大歓迎よ。マルクちゃんにならセクハラにパワハラ、夜這い朝駆けも許しちゃう♪」

「ああ、そりゃいいな。こうでもしなけりゃ、お前の身請け先なんて決まらねぇし」

「そ、そんな……ひっ!?」

取り付く島も無い。そんなマルクの肩を掴むのは、満面の笑みを浮かべたローレット。今までに見たことがないほど御機嫌な様子で、耳元まで顔を近付けてきた。

「…だ、そうだ、マルク。これからは私がお前の世話をしてやる……楽しみにすることだ」

「あ、ああ……」

さようなら、平凡な日常。こんにちは、残念な非日常。これからの生活を嘆きつつ、マルクは涙を浮かべて天井を仰ぐのだったーーー



一夜目:終
15/07/07 02:44更新 / Phantom
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■作者メッセージ
メインヒロイン(?)のローレットが加わりました!これからも積極的に話に絡んでくることでしょう。さて……一番書きたい話を書いてしまったので、次のメインの娘は未定です(笑)。こんな駄文でよろしければリクエスト受け付けますので、お気軽にどうぞ〜

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