四夜目:ドッペルゲンガー 前編
今日も、気持ちの良い朝がやってきた。魔界の魔力に侵された空はどんよりとした薄曇に覆われて薄暗く、迷い込んだ小鳥達が悲鳴にも近い声でさえずり、明るい空の果てを目指して飛んでいく。
普通の感性であれば気持ちの良いどころか逆に気分が沈みかねない光景だが、魔界暮らしの長いマルクにとっては見慣れた景色であった。
しかし、今朝に限っては、彼もあまり良い目覚めを迎えることは出来なかったらしい。
「あー……うー……」
そこは、珍妙奇怪な魔界の花に埋め尽くされた店の中庭。ちょっとした気分転換にはピッタリの男娼達の憩いの場であるその場所で、マルクはゾンビのような声と顔色でベンチにぐったりと身体を預けていた。
昨日は珍しいことに、夜に予約の入っていた客が急にキャンセル。久々にゆっくり枕を高くして眠れるかと思いきや、それを目敏く聞き付けたローレットの晩酌に嫌々ながら付き合わされたのだった。
同じく断りきれなかった数人のスタッフや仲の良い男娼と共に夜遅くまで酒を交わし、酔い潰れたマルクが我に返るといつの間にか部屋のベッドで横になっており、外は朝。
どうやら誰かが部屋まで運んでくれたらしいが、その辺りの記憶がスッポリと抜け落ちている。今日は誰の予約が入っていたか、普通ならば把握しているはずの情報すら思い出せない状況であった。
「んー……まずいよ、これ……水でも飲んで、少し横になろうかな……」
このまま呻いていても、回復する兆しは一向に見えない。ひとまず部屋に戻ろうとマルクがベンチから立ち上がったそこへ、誰かが近付いてくる気配を感じた。
「おはよう、マルク。なにやら、顔色が悪いようだが……大丈夫か?」
「ん……ローレットさんですか……?」
マルクが聞き覚えのある声に顔を上げると、ローレットが心配そうに自分を見下ろしていた。あれだけ酒を煽っていたというのに、目の前の彼女にアルコールが残っている様子はない。
その瞬間、マルクは少し警戒する。彼女の性格上、こちらに隙あらば物陰に連れ込んでしっぽりと致してしまおうとする危険がある。実際、マルクはこれまでに幾度となくその危険に晒されていた。
特に、今の酒が残っている状況は極めてマズイ。マルクはローレットと正対し、その一挙手一投足にかろうじて残っていた意識を集中させた。
「ちょっと……あはは、昨日飲みすぎちゃったみたいです。やっぱり、あまり調子に乗って飲んじゃダメですね」
「いや……すまない。お前の体調をしっかりと把握していなかった私の責任だ」
「そんな、ローレットさんのせいじゃーーーあれ?」
会話の流れで、ちょっと違和感。大胆不敵の権化のようなローレットが、自分の非を認めるようなことを言うはずがない。少し酔いの飛んだ表情で、マルクはローレットを見上げた。
「…襲って、来ないんですか?」
「襲う?なぜそのようなことを聞く?」
「だって僕、今お酒が残ってるんですよ?フラフラなんですよ?何かされても抵抗できないんですよ?」
「それならば、尚更安静にしておくべきだろう。おっと、確か……ん、これをやろう」
信じられないものを目の当たりにしているかのように唖然とするマルクの手に手渡されたのは、手の平サイズの小さな瓶。蓋を開けると、スーっと清涼感のある香りが身体に染み渡っていく。胸の辺りでごわごわと淀んでいたものが消え去っていくかのようだ。
「香りの強いハーブで作った。仕事前に飲むといい。目も覚めるぞ」
「あ、ありがとう……ございます」
例えるならば、飢えた獣のようなローレットが今日ばかりは舞い降りた聖母に見えてくる。ここは魔界で、さらに言うなら魔物である彼女にその表現が合っているかはわからないが。
「ん、気にすることはない。お前と共に居られることが、私の……おっと。ではな、マルク」
「あっ、ローレットさん!?」
いきなり走り出したローレットは中庭を囲う壁を颯爽と飛び越え、何処かへと去ってしまった。
まさか、あのローレットが自分の欲望よりもこちらの心配をするとは。彼女の成長に感動を覚え、しばらくその場から動かずに立ち尽くすマルク。すると、そこへ新たな気配が近付いてきた。
「ぅ、う……う〜……今日も早いな、マルク……」
「あっ……えっ?ローレット……さん?」
近付いて来たのは、つい先ほど会ったばかりのローレット。真っ青な表情でマルク以上のゾンビっぷりを発揮しながら呻き、足を引きずりながら歩くその様子は、先ほどの爽やかさと打って変わって、もはや哀れとしか言えない有り様であった。
「ぐ……ぬぅ……さすがの私も、悪酔いしてしまったらしい……寝ても起きても、先ほどから気持ち悪くてたまら……ら……うっぷ」
「だ、ダメですよ!こんなところで戻しちゃダメですからね!」
両膝に手を付き、今まさにリバースの体勢に入ったローレットの背中を、マルクは必死に撫でまくる。
ここで戻された日には、今日一日中庭が使用不可となることは必至。中庭を利用した野外での交わりを希望する客にも果てしなく不快な思いをさせてしまう。
「んっ、ん〜……だ、大丈夫だ。もう波は去って……うん?マルク、その手に持っているものは何だ?」
青い顔のローレットが指差したのはマルクの手にしたハーブエキスの入った小瓶であった。
「何って……先ほどローレットさんが僕に……ああっ!」
「す、すまん!今は退っ引きならぬ事態なのだ!」
マルクが説明するよりも早く彼の手から小瓶をもぎ取ったローレットは、マルクが止める暇もなく中身を口に流し込んでしまった。
すると、みるみる内にローレットの顔色が回復していく。マルクが呆然と見守る前で、すっかりいつもの様子に戻った彼女は空になった小瓶を放り捨てた。
「〜っ……ぷはぁっ!なかなかキくな、これは!先ほどまでの不快な気分が嘘のようだ!」
「…こっちは、出来れば嘘であって欲しかったですけどね」
空の小瓶を拾い上げ、マルクは重い溜め息をついた。
つい数分前に自分が会った優しいローレットは、酔いの果てに見た一抹の淡く儚かな夢だったのだろうか。
たまらずもう一度溜め息をついたマルクだったが、その肩にローレットの手が置かれた。
「……なんですか?」
「ふっふっ……決まっている。気分が良くなったところで、迎え酒をと思ってな。お前の活きの良い精と極上の酒を混ぜた濁り酒をーーー」
「イヤですッッ!!」
逃げ出すマルクだったが、いつの間にか身体に巻き付いていたローレットの尻尾に引き戻される。地から足が離れ、もはや一切の抵抗すら許されなかった。
「そう逃げるな。最高の男娼から極上の快楽によって搾り出した至高の精……ふふっ、楽しみだ」
「お願いですから見逃して下さい!今日は確か、牧場のミルさん達が貸し切りでいらっしゃるんですよ!万全じゃないとキツいんです!」
城下町に栄養満点のミルクを供給する、ホルスタウロス達の牧場。月に一度、慰安のために店を貸し切って従業員全員で訪れるのである。マルクの記憶では、それが今日のはずであった。
「ならば問題無いな。私はマルクのミルクを搾り、お前は奴らのミルクを搾る。皆幸せになれるではないか」
「考えると、結局僕はどちらからも搾られてるんですけど!?あ、あぁ〜……」
マルクの必死な懇願も虚しく、ローレットの部屋へと強制的に連行されていく。店内へと続く扉が二人を誘い、そして閉じた。
騒ぎの根源が居なくなり、一時の静寂に満たされる中庭。だが、そんな二人の消えた扉を見つめる瞳があった。
強い魔力の輝きに満ちた、深い透き通るような紫色の瞳。暗闇にぼんやりと浮かぶ二つの瞳は瞬きの一つすることなく、食い入るように閉じられた扉を見つめていた。
「……許さない」
張り詰めるような静寂の中、木々のざわめきのような呟き。気配は、もう消えていたーーー
「はぁ……疲れた……」
深夜、入店時間が過ぎ、微かな嬌声が廊下に響くそんな頃。銀雪館一階のスタッフルームに、マルクの姿はあった。
牧場の経営者であるホルスタウロスのミルがお相手だったのだが、ヤることヤって満足したのか、ミルは先に眠ってしまったのである。
一方のマルクも、たっぷりとミルのミルクを直飲みしたせいか、ちょっと身動ぎするだけでも腹の中がたぷたぷ。さらに、彼女達のミルク特有の強壮効果で、自身の意思とは裏腹に息子は元気満々という状態であった。
さすがに、熟睡している客に男娼から手を出すわけにはいかない。でも自分で処理するのは抵抗がある。仕方無しに、この熱が冷めるまで、マルクは誰もいないスタッフルームで休息を取っているところであった。
ゆらゆらと揺れるランタンの灯りを見つめながら、気分を落ち着かせて時の流れに身を任せるマルク。だがその時、背後でスタッフルームの扉が静かに開かれた。
「……!誰ですか?」
とっさにマルクが振り返るも、そこには半開きの扉があるばかり。その隙に、しゅるりと床を這う音がマルクの死角へと回り込みーーー
「こんばんは、マルク君」
「うひゃあッ!?」
突然背後から抱き付かれ、驚いたマルクの腰が椅子から飛び上がる。
しかし、その聞き覚えのある声に、マルクは急激に落ち着きを取り戻していった。
「その声……もしかして、ミラさん?」
「ふふっ……あ・た・り♪」
マルクの肩越しに身体を乗り出し、満面の笑みを向けてきたのはミラであった。彼女の長い蛇体が椅子を伝ってマルクの膝の上に上がり、椅子ごと巻き込むように巻き付いてきた。
「ミラさん、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ。それに、今日は予約されてましたっけ?」
「ええ、たまたま今夜は他の子が取れたの。本当はマルクちゃんが良かったんだけど、顔だけでも見れたらと思って。まさか、こうして直接話せるとは思ってなかったけれど」
悪戯っぽく笑ったミラから、ムニムニと頬をつつかれる。普段は知的な彼女も、二人っきりになっているからだろうか。今夜の彼女はやけに積極的で、これでもかと身体を密着させてきていた。
しかし、ちょっとした疑問がマルクの脳裏を過る。今日はミルの牧場が貸し切っているため、他に予約が取れるはずがない。考えられるとするならば、たまたま誰かが空いていて、クラウディアが融通を利かせたのだろうか。
「とにかく、私もお相手の子が寝ちゃって退屈だったのよ。少しの時間でいいから、お姉さんと一緒に……あら?」
「う……」
身体に巻き付いていたミラの身体が、ズボン越しに固くなっていたマルクのぺニスに触れた。彼女もそれに気付いたらしく、尻尾の先で確かめるように盛り上がったテントの形を撫で、マルクは顔を真っ赤にして俯いていた。
「あらあら……とっても元気♪今夜はお仕事だったのでしょう?」
「そ、そうなんですけど、ホルスタウロスのミルさんのミルクを……その……」
「ふふっ……たぁくさん飲んじゃったのね?あの娘のミルク、とっても濃いもの。そうなっちゃうのは仕方ないわ」
「し、仕方ないなら、その……手を……っ」
いつの間にか、ミラは両手をマルクのズボンの中に潜り込ませていた。
細やかで柔らかな感触が、やんわりとぺニスを包み込む。亀頭まで包んだ包皮をクニクニと解すようにこね、少しずつ剥かれていく。時折指の腹で亀頭の割れ目を圧迫したり、親指と人差し指で作った輪を上下させ、何度もカリを引っ掛けてきた。
ホルスタウロスのミルクのせいか、いつもより強い快感を感じる。指の輪が左右に捻られると、包皮と亀頭の間で腺液がジュプジュプと音を立てて泡立っていく。熱く、それでいてむず痒い衝動が、荒く呼吸を繰り返すマルクに押し寄せていた。
でも、これ以上は出来ない。今夜のミラの相手は他の男娼であり、顔見知りといえどマルクが一切関与してはならないのだ。
ビクビクとぺニスを脈打たせながら、マルクは唇を引き締めて快感に抗いながら悶える。その様子を横から見て楽しんでいたミラがクスリと笑った。
「ふふっ……とっても濃い、良い香りがする……ねぇ、久しぶりにマルク君の精子……飲んでもいい……?」
「そ、それは……」
「ダメ……?今なら私の舌で、とーっても気持ち良くしてあげるのにぃ……」
耳元でそう囁きかけ、ミラは開いた口元から常人ならば有り得ない長さの舌を垂らしてみせた。
鮮やかな朱色をした彼女の長い舌は先端が二又に分かれており、艶かしくうねるそれは唾液に濡れてテラテラと淫靡な輝きをさせている。
「この舌でぇ……マルク君のおちんちん、包んであげる。ぐちゅぐちゅの、ぎゅうぎゅうの、ちゅうぅ〜ってして……マルク君のミルク、ぜーんぶ吸い出してあげちゃう。もちろん、今夜のことは私達だけの内緒で……」
「……っ」
部屋の静けさのせいか、マルクが生唾を嚥下した音がやけに大きく響いた。
あの舌で包んで、舐めて、締め付けてもらえる。マルクの瞳はミラの舌に釘付けになり、頑なに守ってきた信念が揺らぐ。
これはミルのミルクを口にしたせいだ、本心じゃない。だから、誰への裏切りにもならない。自分への言い訳が頭に浮かんだ時点で、既に欲望に屈伏したも同然であった。顔を俯かせ、肩を震わせながら、マルクは自分の信念が音を立てて崩れていくのを感じた。
「…お、お願い、します。でも、絶対に……その……」
「ええ、もちろん誰にも言わないわ。じゃあ、ズボンを脱いでみせて?」
最後の砦は自らの手で。下着ごとずり下ろし、マルクは透明な先走りを溢れさせるぺニスを、ミラの前に晒した。外気に触れると、少し寒さを感じる。
すると、マルクの胸の前まで身を乗り出したミラは天を突く怒張の回りに円を描くように舌を垂らし、みるみる内にぺニスを根元から先端まですっぽりと包み込んでしまった。
「んっ……ふわぁぁ……っ」
腰が抜けそうなほどの快感に、マルクは全身を震わせながら深く息を吐いた。
ぺニスを包み込んだミラの舌は思いの外温かい。ぐちゅぐちゅと音を立てながら全体を舐めしゃぶるように蠢き、まるで根元から先端へ向かって押し上げるように圧迫してくる。特に、亀頭部分だけはその動きが激しく、きつく圧迫感を与えながら渦を巻くように動き、狂おしい快楽を与えてきた。
「んふふ……マルク君、とっても可愛い顔。じゃあ……そろそろ本気で搾ってあげる」
舌を伸ばしているにも関わらず、流暢にそう囁いたミラは、舌を本格的に蠢めかせた。
じゅるっ、ずっ、れろ〜……ちゅるっ
「ふぁぁ……あ、あっ……」
人間相手では決して味わうことの出来ない、長い舌だけを使った奉仕。先ほどよりも動きが大きくなり、扱きあげるような動作に変化する。たまらず熱い吐息を吐いてしまうマルクの反応に、ミラの瞳が嬉しそうに細められる。
「気持ち良さそうな顔……マルク君のお汁も、とっても美味しいわぁ。ねっとりして、濃くて……あはぁ、我慢出来なくなっちゃう……」
マルクの腺液とミラの唾液が混ざり合い、彼女のとぐろを巻いた舌の上でネチャネチャと粘着質な音を立てながら踊っている。
男性器を味わい、舐め溶かしてしまいそうな舌奉仕。まだまだこの快楽を味わいたいマルクだったが、終焉は確実に足音を立てて近付いてきていた。
「み、ミラさぁん……僕、もう……っ」
「あらぁ……もうお漏らししそうなのね?じゃあ……全部出せるように、お姉さんが手伝ってあげる……はぁむ」
「ふわぁああっ!?」
ぱくりと、大きく開かれたミラの口にぺニスが舌に巻き付かれたまま呑み込まれた。
彼女は唇と頬をすぼめてぺニスのシャフトを扱きあげ、溢れ出るカウパー液を強烈な吸引で吸いだしていく。
「れるっ、ちゅっ、くぽっ、くぽっ……じゅずずずっ」
「んぅううっ!」
あまり声を出すと、誰かに気付かれてしまう危険がある。しかし、これだけの快楽を我慢することなど、マルクに出来るはずもない。
身体の芯まで吸い出されそうな快感に、マルクのぺニスがビクリと躍動する。腰を揺さぶる甘い激震に、ガクガクと脚が震えてしまう。
ミラは激しく頭を前後にスライドさせ、さらに左右に首を振って不規則な動きを加える。抑えきれない熱いものが、ぺニスをせりあがってくる。
「ぁ、で……でちゃ……うう……っ!」
「んんぅっ!」
かすれた声を洩らし、マルクはミラの口内に射精していた。文字通り搾り出された濃い白濁液は凄まじい勢いで彼女の口内を埋め尽くしていく。完全に停止してしまった思考の中で、快楽のパルスが幾重にも重なってマルクを包み込んだ。
「ぅ、うそ……まだ、出るよぅ……」
身体の水分が全部吸い出されているのかと錯覚するほど、射精の勢いと量は凄まじかった。しかし、負けじとミラも次から次へと喉を鳴らして飲み込んでいく。
「んっ、ん〜……っ」
一体、どれだけの時が経ったのか。ようやくマルクの射精が終わりを迎えると、ミラは一滴も残すまいと巻き付けた舌を使って僅かな残り汁すら搾り上げていき、ちゅぽんと口を離した。
「んっ、んふっ……ぷぁ……っ!とっても濃くて、元気な味ね……マルク君」
複数回に分けて精液を飲み込み、淫靡な笑みを浮かべるミラは幹に残る僅かな精液すら綺麗に舐め取った。
何度も荒く深呼吸を繰り返しながら、徐々に冷静になっていくマルクの頭。そして、彼は頭を抱えた。
「あぁ……僕はなんてことを……」
その場の雰囲気と状況に安易に流されてしまう、だらしない自分に腹が立つ。同時に、マルクは戦慄を覚えた。
男娼の体調管理を徹底しているクラウディアにこの事実が露呈した日には、朝から朝までのフルタイムお説教は避けられない。いや、自分を大事にしない行動には特に厳しい彼女ならば、さらに恐ろしい罰を与えてくるかもしれない。
「クラウディアさんって……そんなに恐いの?」
「ええ、まぁ……前にも、クラウディアさんに黙って時間外にこっそりお客さんと会ってお小遣いを稼いでいた子がいたんですけど、勤務中に精が枯渇しかけて倒れたことがあるんですよ。その時は……本当に凄かったです……」
あの光景は、今思い出しても震えがくる。身体を抱き締めるようにしながら震えているマルクだったが、そんな彼を眺めていたミラの口元に妖しい笑みが浮かんだ。
「…怒られて泣いちゃうマルク君……見たいなぁ……」
「は、はいぃ!?」
なんということを言い出すのか。そんなことをされてはトラウマになりかねないと、マルクはミラへ抱き付くようにすがり付いた。
「や、約束が違います!クラウディアさんには黙っててくれるって言ったじゃないですか!」
「うーん……でも、悪いことを隠すのはイケナイことでしょう?悪いことは、正直に言うべきじゃないかしら」
「正論ですけどダメなものはダメなんです!僕は怒られたら結構引きずるタイプなんです!」
「じゃあ……お姉さんのお願い、聞いてくれる?」
「う……っ」
上手く誘導されてしまった。今更気付いたところで既に遅く、マルクはズボンを上げると一度姿勢を正し、諦めたように溜め息をついた。
「はぁ……わかりました。でも、僕の出来る範囲と常識を持ってお願いしますね?」
「あら、信用されてないわねぇ。私のお願いはぁ……コレ♪」
そう言って、ミラはマルクの膝の上に頭を乗せた。さらに、太股の感触を楽しむように顔を擦り付けてくる。
「み、ミラさん……?」
「ふふっ……柔らかくて、良い匂い……マルク君、頭……撫でてもらえるかしら?」
「は、はい……」
言われるがまま、マルクはミラの頭を撫でる。
彼女の髪は柔らかくサラサラで、指を絡ませてもさらりとほどける。同時に、恐らく何かの香水だろう甘い香りも漂ってきて、撫でている側としても楽しく、そして心地良い気持ちにさせられた。
「ん〜……マルク君上手……気持ち良いわぁ……」
どことなく、ミラの声も蕩けているような感じである。普段は気の済むまで甘えさせてくれる彼女だが、気の許した相手であれば、こうして甘えたいと思うことがあるのだろうか。
それならば、今夜は気の済むまで甘えさせてあげよう。うっすらと瞳を閉じ、そのままミラの顔を見下ろしながら、マルクは彼女の頭を撫で続けた。
身体を売る仕事をしているだけに、こうした家庭的な行為がなんとなく心に染みる。このまま、朝を迎えるまでこうしていてもーーー
「そこにいるの……もしかしてマルクちゃん?」
「い……っ!?」
ドキリと、マルクの心臓が痛いくらい跳ね上がる。同時に、ミラの頭から手が離れた。
振り返ると、そこには夜の見回りだろう、ランタンを持ったクラウディアの姿。寝間着姿で髪に枝毛が跳ねているところを見る限り、つい先ほど部屋から出て来たところのようだ。
だが、これは非常にマズイ状況である。ミラと密会しているところを見られた時点で、もはや運命は確定したようなもの。マルクは顔が青ざめていく感覚を味わっていた。
「どうしたの、そんなところで?ミルさんも一緒なの?」
「い、いえっ、あ、あぁああのっ!これには深い訳があって……!」
扉を開き、クラウディアが中に入ってくる。もはや、隠し通すことは不可能だろう。マルクはガックリと肩を落とした。
「ご、ごめんなさい……クラウディアさん……その、これは……」
「どうしたの、急に謝っちゃって。一人で隠れて、もしかしてつまみ食いかしらぁ?」
「……えっ?」
茶化すようなクラウディアの言葉に、マルクは目を丸くする。身体の大きなミラが彼女の目に入らないはずがない。それとも、敢えて気付かないフリをしているのだろうか。
「あ、あれ?ミラさん……?」
そんなことを思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。つい先ほどまで自分の膝に頭を乗せていたミラの姿が何処にも無い。隠れるようなところもなく、文字通り煙のように消え去ってしまった。
あれは、夢だったのだろうか。しかし、彼女が乗せていた頭の重みは、まだ膝の上に確かに残されていた。
「ねぇ、どうしたの?もしかして、私には言えないようなことを……あら?」
一人で頭を悩ませるマルクに歩み寄ろうとして、クラウディアの足が止まった。ヒクヒクと形の良い小鼻が動いており、どうやら室内の匂いを嗅いでいるようであった。
ミラの姿は消えたが、マルクの精の残り香が消えたわけではない。夫持ちとはいえ、サキュバスである彼女がそれに気付かないわけはなく、何かに感付いたか、妖しいほど満面の笑みがマルクへと向けられた。
「マルクちゃ〜ん……私、ちょ〜っとお話があるんだけど、いいかしら?」
「えっ……?い、いえ、僕はただ、ちょっとここで休んでただけで……」
「すぐに終わるから大丈夫。さぁ、お部屋に行きましょうか」
「で、ですから僕は……」
「行きましょう」
有無を言わさず、マルクはガシッとクラウディアに肩を掴まれ、そのまま彼女の部屋まで引っ張られてしまう。
誰もいなくなった部屋の隅に、ぼんやりと浮かぶ紫色の瞳。その瞳が閉じられると、部屋は真の静寂に包まれたーーー
普通の感性であれば気持ちの良いどころか逆に気分が沈みかねない光景だが、魔界暮らしの長いマルクにとっては見慣れた景色であった。
しかし、今朝に限っては、彼もあまり良い目覚めを迎えることは出来なかったらしい。
「あー……うー……」
そこは、珍妙奇怪な魔界の花に埋め尽くされた店の中庭。ちょっとした気分転換にはピッタリの男娼達の憩いの場であるその場所で、マルクはゾンビのような声と顔色でベンチにぐったりと身体を預けていた。
昨日は珍しいことに、夜に予約の入っていた客が急にキャンセル。久々にゆっくり枕を高くして眠れるかと思いきや、それを目敏く聞き付けたローレットの晩酌に嫌々ながら付き合わされたのだった。
同じく断りきれなかった数人のスタッフや仲の良い男娼と共に夜遅くまで酒を交わし、酔い潰れたマルクが我に返るといつの間にか部屋のベッドで横になっており、外は朝。
どうやら誰かが部屋まで運んでくれたらしいが、その辺りの記憶がスッポリと抜け落ちている。今日は誰の予約が入っていたか、普通ならば把握しているはずの情報すら思い出せない状況であった。
「んー……まずいよ、これ……水でも飲んで、少し横になろうかな……」
このまま呻いていても、回復する兆しは一向に見えない。ひとまず部屋に戻ろうとマルクがベンチから立ち上がったそこへ、誰かが近付いてくる気配を感じた。
「おはよう、マルク。なにやら、顔色が悪いようだが……大丈夫か?」
「ん……ローレットさんですか……?」
マルクが聞き覚えのある声に顔を上げると、ローレットが心配そうに自分を見下ろしていた。あれだけ酒を煽っていたというのに、目の前の彼女にアルコールが残っている様子はない。
その瞬間、マルクは少し警戒する。彼女の性格上、こちらに隙あらば物陰に連れ込んでしっぽりと致してしまおうとする危険がある。実際、マルクはこれまでに幾度となくその危険に晒されていた。
特に、今の酒が残っている状況は極めてマズイ。マルクはローレットと正対し、その一挙手一投足にかろうじて残っていた意識を集中させた。
「ちょっと……あはは、昨日飲みすぎちゃったみたいです。やっぱり、あまり調子に乗って飲んじゃダメですね」
「いや……すまない。お前の体調をしっかりと把握していなかった私の責任だ」
「そんな、ローレットさんのせいじゃーーーあれ?」
会話の流れで、ちょっと違和感。大胆不敵の権化のようなローレットが、自分の非を認めるようなことを言うはずがない。少し酔いの飛んだ表情で、マルクはローレットを見上げた。
「…襲って、来ないんですか?」
「襲う?なぜそのようなことを聞く?」
「だって僕、今お酒が残ってるんですよ?フラフラなんですよ?何かされても抵抗できないんですよ?」
「それならば、尚更安静にしておくべきだろう。おっと、確か……ん、これをやろう」
信じられないものを目の当たりにしているかのように唖然とするマルクの手に手渡されたのは、手の平サイズの小さな瓶。蓋を開けると、スーっと清涼感のある香りが身体に染み渡っていく。胸の辺りでごわごわと淀んでいたものが消え去っていくかのようだ。
「香りの強いハーブで作った。仕事前に飲むといい。目も覚めるぞ」
「あ、ありがとう……ございます」
例えるならば、飢えた獣のようなローレットが今日ばかりは舞い降りた聖母に見えてくる。ここは魔界で、さらに言うなら魔物である彼女にその表現が合っているかはわからないが。
「ん、気にすることはない。お前と共に居られることが、私の……おっと。ではな、マルク」
「あっ、ローレットさん!?」
いきなり走り出したローレットは中庭を囲う壁を颯爽と飛び越え、何処かへと去ってしまった。
まさか、あのローレットが自分の欲望よりもこちらの心配をするとは。彼女の成長に感動を覚え、しばらくその場から動かずに立ち尽くすマルク。すると、そこへ新たな気配が近付いてきた。
「ぅ、う……う〜……今日も早いな、マルク……」
「あっ……えっ?ローレット……さん?」
近付いて来たのは、つい先ほど会ったばかりのローレット。真っ青な表情でマルク以上のゾンビっぷりを発揮しながら呻き、足を引きずりながら歩くその様子は、先ほどの爽やかさと打って変わって、もはや哀れとしか言えない有り様であった。
「ぐ……ぬぅ……さすがの私も、悪酔いしてしまったらしい……寝ても起きても、先ほどから気持ち悪くてたまら……ら……うっぷ」
「だ、ダメですよ!こんなところで戻しちゃダメですからね!」
両膝に手を付き、今まさにリバースの体勢に入ったローレットの背中を、マルクは必死に撫でまくる。
ここで戻された日には、今日一日中庭が使用不可となることは必至。中庭を利用した野外での交わりを希望する客にも果てしなく不快な思いをさせてしまう。
「んっ、ん〜……だ、大丈夫だ。もう波は去って……うん?マルク、その手に持っているものは何だ?」
青い顔のローレットが指差したのはマルクの手にしたハーブエキスの入った小瓶であった。
「何って……先ほどローレットさんが僕に……ああっ!」
「す、すまん!今は退っ引きならぬ事態なのだ!」
マルクが説明するよりも早く彼の手から小瓶をもぎ取ったローレットは、マルクが止める暇もなく中身を口に流し込んでしまった。
すると、みるみる内にローレットの顔色が回復していく。マルクが呆然と見守る前で、すっかりいつもの様子に戻った彼女は空になった小瓶を放り捨てた。
「〜っ……ぷはぁっ!なかなかキくな、これは!先ほどまでの不快な気分が嘘のようだ!」
「…こっちは、出来れば嘘であって欲しかったですけどね」
空の小瓶を拾い上げ、マルクは重い溜め息をついた。
つい数分前に自分が会った優しいローレットは、酔いの果てに見た一抹の淡く儚かな夢だったのだろうか。
たまらずもう一度溜め息をついたマルクだったが、その肩にローレットの手が置かれた。
「……なんですか?」
「ふっふっ……決まっている。気分が良くなったところで、迎え酒をと思ってな。お前の活きの良い精と極上の酒を混ぜた濁り酒をーーー」
「イヤですッッ!!」
逃げ出すマルクだったが、いつの間にか身体に巻き付いていたローレットの尻尾に引き戻される。地から足が離れ、もはや一切の抵抗すら許されなかった。
「そう逃げるな。最高の男娼から極上の快楽によって搾り出した至高の精……ふふっ、楽しみだ」
「お願いですから見逃して下さい!今日は確か、牧場のミルさん達が貸し切りでいらっしゃるんですよ!万全じゃないとキツいんです!」
城下町に栄養満点のミルクを供給する、ホルスタウロス達の牧場。月に一度、慰安のために店を貸し切って従業員全員で訪れるのである。マルクの記憶では、それが今日のはずであった。
「ならば問題無いな。私はマルクのミルクを搾り、お前は奴らのミルクを搾る。皆幸せになれるではないか」
「考えると、結局僕はどちらからも搾られてるんですけど!?あ、あぁ〜……」
マルクの必死な懇願も虚しく、ローレットの部屋へと強制的に連行されていく。店内へと続く扉が二人を誘い、そして閉じた。
騒ぎの根源が居なくなり、一時の静寂に満たされる中庭。だが、そんな二人の消えた扉を見つめる瞳があった。
強い魔力の輝きに満ちた、深い透き通るような紫色の瞳。暗闇にぼんやりと浮かぶ二つの瞳は瞬きの一つすることなく、食い入るように閉じられた扉を見つめていた。
「……許さない」
張り詰めるような静寂の中、木々のざわめきのような呟き。気配は、もう消えていたーーー
「はぁ……疲れた……」
深夜、入店時間が過ぎ、微かな嬌声が廊下に響くそんな頃。銀雪館一階のスタッフルームに、マルクの姿はあった。
牧場の経営者であるホルスタウロスのミルがお相手だったのだが、ヤることヤって満足したのか、ミルは先に眠ってしまったのである。
一方のマルクも、たっぷりとミルのミルクを直飲みしたせいか、ちょっと身動ぎするだけでも腹の中がたぷたぷ。さらに、彼女達のミルク特有の強壮効果で、自身の意思とは裏腹に息子は元気満々という状態であった。
さすがに、熟睡している客に男娼から手を出すわけにはいかない。でも自分で処理するのは抵抗がある。仕方無しに、この熱が冷めるまで、マルクは誰もいないスタッフルームで休息を取っているところであった。
ゆらゆらと揺れるランタンの灯りを見つめながら、気分を落ち着かせて時の流れに身を任せるマルク。だがその時、背後でスタッフルームの扉が静かに開かれた。
「……!誰ですか?」
とっさにマルクが振り返るも、そこには半開きの扉があるばかり。その隙に、しゅるりと床を這う音がマルクの死角へと回り込みーーー
「こんばんは、マルク君」
「うひゃあッ!?」
突然背後から抱き付かれ、驚いたマルクの腰が椅子から飛び上がる。
しかし、その聞き覚えのある声に、マルクは急激に落ち着きを取り戻していった。
「その声……もしかして、ミラさん?」
「ふふっ……あ・た・り♪」
マルクの肩越しに身体を乗り出し、満面の笑みを向けてきたのはミラであった。彼女の長い蛇体が椅子を伝ってマルクの膝の上に上がり、椅子ごと巻き込むように巻き付いてきた。
「ミラさん、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ。それに、今日は予約されてましたっけ?」
「ええ、たまたま今夜は他の子が取れたの。本当はマルクちゃんが良かったんだけど、顔だけでも見れたらと思って。まさか、こうして直接話せるとは思ってなかったけれど」
悪戯っぽく笑ったミラから、ムニムニと頬をつつかれる。普段は知的な彼女も、二人っきりになっているからだろうか。今夜の彼女はやけに積極的で、これでもかと身体を密着させてきていた。
しかし、ちょっとした疑問がマルクの脳裏を過る。今日はミルの牧場が貸し切っているため、他に予約が取れるはずがない。考えられるとするならば、たまたま誰かが空いていて、クラウディアが融通を利かせたのだろうか。
「とにかく、私もお相手の子が寝ちゃって退屈だったのよ。少しの時間でいいから、お姉さんと一緒に……あら?」
「う……」
身体に巻き付いていたミラの身体が、ズボン越しに固くなっていたマルクのぺニスに触れた。彼女もそれに気付いたらしく、尻尾の先で確かめるように盛り上がったテントの形を撫で、マルクは顔を真っ赤にして俯いていた。
「あらあら……とっても元気♪今夜はお仕事だったのでしょう?」
「そ、そうなんですけど、ホルスタウロスのミルさんのミルクを……その……」
「ふふっ……たぁくさん飲んじゃったのね?あの娘のミルク、とっても濃いもの。そうなっちゃうのは仕方ないわ」
「し、仕方ないなら、その……手を……っ」
いつの間にか、ミラは両手をマルクのズボンの中に潜り込ませていた。
細やかで柔らかな感触が、やんわりとぺニスを包み込む。亀頭まで包んだ包皮をクニクニと解すようにこね、少しずつ剥かれていく。時折指の腹で亀頭の割れ目を圧迫したり、親指と人差し指で作った輪を上下させ、何度もカリを引っ掛けてきた。
ホルスタウロスのミルクのせいか、いつもより強い快感を感じる。指の輪が左右に捻られると、包皮と亀頭の間で腺液がジュプジュプと音を立てて泡立っていく。熱く、それでいてむず痒い衝動が、荒く呼吸を繰り返すマルクに押し寄せていた。
でも、これ以上は出来ない。今夜のミラの相手は他の男娼であり、顔見知りといえどマルクが一切関与してはならないのだ。
ビクビクとぺニスを脈打たせながら、マルクは唇を引き締めて快感に抗いながら悶える。その様子を横から見て楽しんでいたミラがクスリと笑った。
「ふふっ……とっても濃い、良い香りがする……ねぇ、久しぶりにマルク君の精子……飲んでもいい……?」
「そ、それは……」
「ダメ……?今なら私の舌で、とーっても気持ち良くしてあげるのにぃ……」
耳元でそう囁きかけ、ミラは開いた口元から常人ならば有り得ない長さの舌を垂らしてみせた。
鮮やかな朱色をした彼女の長い舌は先端が二又に分かれており、艶かしくうねるそれは唾液に濡れてテラテラと淫靡な輝きをさせている。
「この舌でぇ……マルク君のおちんちん、包んであげる。ぐちゅぐちゅの、ぎゅうぎゅうの、ちゅうぅ〜ってして……マルク君のミルク、ぜーんぶ吸い出してあげちゃう。もちろん、今夜のことは私達だけの内緒で……」
「……っ」
部屋の静けさのせいか、マルクが生唾を嚥下した音がやけに大きく響いた。
あの舌で包んで、舐めて、締め付けてもらえる。マルクの瞳はミラの舌に釘付けになり、頑なに守ってきた信念が揺らぐ。
これはミルのミルクを口にしたせいだ、本心じゃない。だから、誰への裏切りにもならない。自分への言い訳が頭に浮かんだ時点で、既に欲望に屈伏したも同然であった。顔を俯かせ、肩を震わせながら、マルクは自分の信念が音を立てて崩れていくのを感じた。
「…お、お願い、します。でも、絶対に……その……」
「ええ、もちろん誰にも言わないわ。じゃあ、ズボンを脱いでみせて?」
最後の砦は自らの手で。下着ごとずり下ろし、マルクは透明な先走りを溢れさせるぺニスを、ミラの前に晒した。外気に触れると、少し寒さを感じる。
すると、マルクの胸の前まで身を乗り出したミラは天を突く怒張の回りに円を描くように舌を垂らし、みるみる内にぺニスを根元から先端まですっぽりと包み込んでしまった。
「んっ……ふわぁぁ……っ」
腰が抜けそうなほどの快感に、マルクは全身を震わせながら深く息を吐いた。
ぺニスを包み込んだミラの舌は思いの外温かい。ぐちゅぐちゅと音を立てながら全体を舐めしゃぶるように蠢き、まるで根元から先端へ向かって押し上げるように圧迫してくる。特に、亀頭部分だけはその動きが激しく、きつく圧迫感を与えながら渦を巻くように動き、狂おしい快楽を与えてきた。
「んふふ……マルク君、とっても可愛い顔。じゃあ……そろそろ本気で搾ってあげる」
舌を伸ばしているにも関わらず、流暢にそう囁いたミラは、舌を本格的に蠢めかせた。
じゅるっ、ずっ、れろ〜……ちゅるっ
「ふぁぁ……あ、あっ……」
人間相手では決して味わうことの出来ない、長い舌だけを使った奉仕。先ほどよりも動きが大きくなり、扱きあげるような動作に変化する。たまらず熱い吐息を吐いてしまうマルクの反応に、ミラの瞳が嬉しそうに細められる。
「気持ち良さそうな顔……マルク君のお汁も、とっても美味しいわぁ。ねっとりして、濃くて……あはぁ、我慢出来なくなっちゃう……」
マルクの腺液とミラの唾液が混ざり合い、彼女のとぐろを巻いた舌の上でネチャネチャと粘着質な音を立てながら踊っている。
男性器を味わい、舐め溶かしてしまいそうな舌奉仕。まだまだこの快楽を味わいたいマルクだったが、終焉は確実に足音を立てて近付いてきていた。
「み、ミラさぁん……僕、もう……っ」
「あらぁ……もうお漏らししそうなのね?じゃあ……全部出せるように、お姉さんが手伝ってあげる……はぁむ」
「ふわぁああっ!?」
ぱくりと、大きく開かれたミラの口にぺニスが舌に巻き付かれたまま呑み込まれた。
彼女は唇と頬をすぼめてぺニスのシャフトを扱きあげ、溢れ出るカウパー液を強烈な吸引で吸いだしていく。
「れるっ、ちゅっ、くぽっ、くぽっ……じゅずずずっ」
「んぅううっ!」
あまり声を出すと、誰かに気付かれてしまう危険がある。しかし、これだけの快楽を我慢することなど、マルクに出来るはずもない。
身体の芯まで吸い出されそうな快感に、マルクのぺニスがビクリと躍動する。腰を揺さぶる甘い激震に、ガクガクと脚が震えてしまう。
ミラは激しく頭を前後にスライドさせ、さらに左右に首を振って不規則な動きを加える。抑えきれない熱いものが、ぺニスをせりあがってくる。
「ぁ、で……でちゃ……うう……っ!」
「んんぅっ!」
かすれた声を洩らし、マルクはミラの口内に射精していた。文字通り搾り出された濃い白濁液は凄まじい勢いで彼女の口内を埋め尽くしていく。完全に停止してしまった思考の中で、快楽のパルスが幾重にも重なってマルクを包み込んだ。
「ぅ、うそ……まだ、出るよぅ……」
身体の水分が全部吸い出されているのかと錯覚するほど、射精の勢いと量は凄まじかった。しかし、負けじとミラも次から次へと喉を鳴らして飲み込んでいく。
「んっ、ん〜……っ」
一体、どれだけの時が経ったのか。ようやくマルクの射精が終わりを迎えると、ミラは一滴も残すまいと巻き付けた舌を使って僅かな残り汁すら搾り上げていき、ちゅぽんと口を離した。
「んっ、んふっ……ぷぁ……っ!とっても濃くて、元気な味ね……マルク君」
複数回に分けて精液を飲み込み、淫靡な笑みを浮かべるミラは幹に残る僅かな精液すら綺麗に舐め取った。
何度も荒く深呼吸を繰り返しながら、徐々に冷静になっていくマルクの頭。そして、彼は頭を抱えた。
「あぁ……僕はなんてことを……」
その場の雰囲気と状況に安易に流されてしまう、だらしない自分に腹が立つ。同時に、マルクは戦慄を覚えた。
男娼の体調管理を徹底しているクラウディアにこの事実が露呈した日には、朝から朝までのフルタイムお説教は避けられない。いや、自分を大事にしない行動には特に厳しい彼女ならば、さらに恐ろしい罰を与えてくるかもしれない。
「クラウディアさんって……そんなに恐いの?」
「ええ、まぁ……前にも、クラウディアさんに黙って時間外にこっそりお客さんと会ってお小遣いを稼いでいた子がいたんですけど、勤務中に精が枯渇しかけて倒れたことがあるんですよ。その時は……本当に凄かったです……」
あの光景は、今思い出しても震えがくる。身体を抱き締めるようにしながら震えているマルクだったが、そんな彼を眺めていたミラの口元に妖しい笑みが浮かんだ。
「…怒られて泣いちゃうマルク君……見たいなぁ……」
「は、はいぃ!?」
なんということを言い出すのか。そんなことをされてはトラウマになりかねないと、マルクはミラへ抱き付くようにすがり付いた。
「や、約束が違います!クラウディアさんには黙っててくれるって言ったじゃないですか!」
「うーん……でも、悪いことを隠すのはイケナイことでしょう?悪いことは、正直に言うべきじゃないかしら」
「正論ですけどダメなものはダメなんです!僕は怒られたら結構引きずるタイプなんです!」
「じゃあ……お姉さんのお願い、聞いてくれる?」
「う……っ」
上手く誘導されてしまった。今更気付いたところで既に遅く、マルクはズボンを上げると一度姿勢を正し、諦めたように溜め息をついた。
「はぁ……わかりました。でも、僕の出来る範囲と常識を持ってお願いしますね?」
「あら、信用されてないわねぇ。私のお願いはぁ……コレ♪」
そう言って、ミラはマルクの膝の上に頭を乗せた。さらに、太股の感触を楽しむように顔を擦り付けてくる。
「み、ミラさん……?」
「ふふっ……柔らかくて、良い匂い……マルク君、頭……撫でてもらえるかしら?」
「は、はい……」
言われるがまま、マルクはミラの頭を撫でる。
彼女の髪は柔らかくサラサラで、指を絡ませてもさらりとほどける。同時に、恐らく何かの香水だろう甘い香りも漂ってきて、撫でている側としても楽しく、そして心地良い気持ちにさせられた。
「ん〜……マルク君上手……気持ち良いわぁ……」
どことなく、ミラの声も蕩けているような感じである。普段は気の済むまで甘えさせてくれる彼女だが、気の許した相手であれば、こうして甘えたいと思うことがあるのだろうか。
それならば、今夜は気の済むまで甘えさせてあげよう。うっすらと瞳を閉じ、そのままミラの顔を見下ろしながら、マルクは彼女の頭を撫で続けた。
身体を売る仕事をしているだけに、こうした家庭的な行為がなんとなく心に染みる。このまま、朝を迎えるまでこうしていてもーーー
「そこにいるの……もしかしてマルクちゃん?」
「い……っ!?」
ドキリと、マルクの心臓が痛いくらい跳ね上がる。同時に、ミラの頭から手が離れた。
振り返ると、そこには夜の見回りだろう、ランタンを持ったクラウディアの姿。寝間着姿で髪に枝毛が跳ねているところを見る限り、つい先ほど部屋から出て来たところのようだ。
だが、これは非常にマズイ状況である。ミラと密会しているところを見られた時点で、もはや運命は確定したようなもの。マルクは顔が青ざめていく感覚を味わっていた。
「どうしたの、そんなところで?ミルさんも一緒なの?」
「い、いえっ、あ、あぁああのっ!これには深い訳があって……!」
扉を開き、クラウディアが中に入ってくる。もはや、隠し通すことは不可能だろう。マルクはガックリと肩を落とした。
「ご、ごめんなさい……クラウディアさん……その、これは……」
「どうしたの、急に謝っちゃって。一人で隠れて、もしかしてつまみ食いかしらぁ?」
「……えっ?」
茶化すようなクラウディアの言葉に、マルクは目を丸くする。身体の大きなミラが彼女の目に入らないはずがない。それとも、敢えて気付かないフリをしているのだろうか。
「あ、あれ?ミラさん……?」
そんなことを思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。つい先ほどまで自分の膝に頭を乗せていたミラの姿が何処にも無い。隠れるようなところもなく、文字通り煙のように消え去ってしまった。
あれは、夢だったのだろうか。しかし、彼女が乗せていた頭の重みは、まだ膝の上に確かに残されていた。
「ねぇ、どうしたの?もしかして、私には言えないようなことを……あら?」
一人で頭を悩ませるマルクに歩み寄ろうとして、クラウディアの足が止まった。ヒクヒクと形の良い小鼻が動いており、どうやら室内の匂いを嗅いでいるようであった。
ミラの姿は消えたが、マルクの精の残り香が消えたわけではない。夫持ちとはいえ、サキュバスである彼女がそれに気付かないわけはなく、何かに感付いたか、妖しいほど満面の笑みがマルクへと向けられた。
「マルクちゃ〜ん……私、ちょ〜っとお話があるんだけど、いいかしら?」
「えっ……?い、いえ、僕はただ、ちょっとここで休んでただけで……」
「すぐに終わるから大丈夫。さぁ、お部屋に行きましょうか」
「で、ですから僕は……」
「行きましょう」
有無を言わさず、マルクはガシッとクラウディアに肩を掴まれ、そのまま彼女の部屋まで引っ張られてしまう。
誰もいなくなった部屋の隅に、ぼんやりと浮かぶ紫色の瞳。その瞳が閉じられると、部屋は真の静寂に包まれたーーー
15/10/11 13:30更新 / Phantom
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