Back In Black
次の日起きると、レーヴィさんはもういなかった。
朝は低血圧で弱いはずのあの人が、朝早くに出かけるなんて.....。
........昨日のことのせい?
チクリと胸が痛んだけれど、僕はそれをココロの隅に置き去りにして家事を片付ける。軽い朝食を済ますと、掃除を始めた。
ものは慣れというけれどその通りで、一年近く立つと片目でも家事は充分こなせるようになってきていた。とはいえやっぱり僕みたいな子供が家のすべてを綺麗にするのは大変だ。レーヴィさんと僕の分の夕飯の用意をする頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。ビーフシチューの具材を刻み、あとは一時間煮込むだけ。
疲れた僕は少し夜風に当たることにした。
冬の空気は澄んでいて、宝石を溶かしたような沢山の星がまたたく幻想的な空を作っていた。
冬の天の川を眺めていると、何かが集まって飛んでいた。
流星群かとおもったけれど、もっと近くを飛んでいる。
鳥かな?いや違う。女の子たちだった。
箒に乗った僕と同じくらいの歳の女の子たちが列をなして一方向に飛んで行く様子だった。
「きっと魔女だ!」
僕は直感でそう思った。箒で飛ぶ女の人なんて魔女以外に知らないしね。
といっても僕が唯一知る魔女は箒に乗らないし、幼い姿をしていないけれど。
以前箒について聞いたら、自分はインドア派だから乗らない。と言っていた。
だから箒で飛ぶ魔女というのは初めて見たんだ。
興奮して空を仰ぐ僕に気づいたのか、魔女の何人かが庭におりてきた。
「今晩は、可愛い人。ステキな眼帯ね。」
帽子をかぶり、赤い毛でそばかすの女の子が僕に笑いかける。
「...あぁ、これ?ありがと。
魔女さんたちはなにしにいくの?」
「私たちは偉大なるバフォメットさま主催の黒ミサに向かうところよ。
貴方も来る?可愛い人。」
黒髪の魔女が答える。僕をみて美味しそうにペロリと唇を舐める。
「「そうね、来ましょう。貴方の様な初々しくて綺麗な雄、連れて行けば注目の的!!
その眼帯もワイルドな感じで素敵!!」」
初々しいっていうのは多分えっちをした事がないって事なんだろう。
残念ながら僕はその要望に答えられそうにない。夕飯の支度もあるしね。
「ごめんね、魔女さん。僕はもう相手がいるからいけないや。」
「あらら、先客がいたのね。本当に残念だわ。
どんな相手かしら?」
「君たちと同じ魔女だよ。年上で凄く綺麗なお姉さん。」
それを聞いた途端、魔女さんたちは怪訝そうに形のいい眉を潜めた。何かぼくはおかしな事を言ったんだろうか?
「年上で...」「お姉さん....?」「胸が出ていて...」「成熟した身体....?」
魔女さんたちは固まって何か相談しあっていた。そして結論が出たのか僕の方を申し訳なさそうに見る
「言いにくいけれど可愛い人。」「その人は魔女ではない。」「我ら魔女はバフォメット様の御力により歳をとらぬものたち。」「成熟した魔女など存在しない。」「他人の雄を奪うのは御法度故手出しはせぬが。」「気をつけなされ可愛い人。」
僕は魔女さんたちの言葉をすぐ飲み込む事ができなかった。
レーヴィさんが魔女じゃない?
じゃああの人は何者?人間?それは無い。人間があんな風に自在に水をあやつるわけが無い。耳だってとんがっている。不思議な薬で僕を助けてくれた。
「残念だけれど可愛い人。」「魔女の耳は尖っていない。」「水を操る術をつかう魔物も魔女以外に大勢いる。」「薬にしてもそう。」「極端な話、魔力と知識があれば誰でも作れるわ。」
僕の弁明を魔女さんたちは尽く崩してしまう。酷い話だ。同時に僕のいままでの日常が音を立てて崩れて行く。
「最後に一応聞いておきましょう可愛い人。」「その自称・魔女のお姉様は何というお名前?」
僕は乾いた喉で絞り出す様なあの人の名前を告げた。
「....レーヴィ...さん」
その名前を出した途端、魔女さんたちの顔が大きく強張った。
「こんなところでその名を聞くとは。」「縁とは奇妙なもの....」「可愛い人、確かにレーヴィという魔女はいたわ。」「だが、その者は既に死んでいる。」
僕はその言葉を最後に耳と眼を閉じ口を噤んだ。魔女さんたちは僕の哀れな逃避をみて愛想をつかしたのか、それとも黒ミサというのに忙しかったのか再び空を目指して浮上して行った。
僕はそれに振り向きもせずに走り出す。
途中、石に転んだけれど痛くなかった。擦りむき、皮膚が破れて血管が血を流しているのに痛みを感じなかった。
いままでの日々は何だったんだ。僕はあの人の事を何にも知らないじゃないか。名前すら教えてもらっていない。なんで僕に近づいたんだ。
ねぇ、答えてよ。
僕は全速力であの家に戻った。
あの人は既に帰宅していて、鍋の火を止めているところだった。
「今日はシチューか....。ん...。帰ったのね。
火、付けっ放しだったよ。」
ねぇ、答えてよ。
「どうしたの?その怪我。おいで、消毒液塗ってあげる。」
ねぇ、答えてよ。
「貴方は.....誰なの........?」
「誰って.....」
「さっきそこで魔女さんたちにあったんだ。」
「ッ!!」
「魔女さんたちは言ったよ。魔女はみんな幼い身体で耳が尖って無くて今夜は全員黒ミサに出かけなくちゃならないって!!水を操るのも薬を作るのも魔女じゃなくたって出来るって!!!レーヴィっていう魔女はもう死んでるって!!!!
ねぇ、答えてよ?
あなたは誰なの?
答えて.....
答えろよーーーッ!!!!!!!」
僕は鍋を殴りつけた。やっぱり熱さは感じなかった。ビーフシチューの赤茶色の汁が飛び散ってかかり、あの人と僕はまるで血塗れみたいだ。
あの人が顔を上げた。
泣いていた。
ガタガタ震えて泣いて、座り込んだ。そしてそのまま、僕に向かって頭を地面に擦り付けながら「ごめんなさい。」と苦しそうに絞り出した声でそう繰り返す。
僕が何か言おうとしても、ごめんなさい以外は何も言わなくなってしまった。
「ごめんなさいって.......。何が?何がごめんなさいなの!!??
教えてよ!!!僕に何をしたの!!!」
違う。僕が欲しいのは土下座なんかじゃないんだ。
僕に嘘をついていた理由が聞きたいんだ。
「....私のせいなの.......。あなたの御両親が亡くなったのも、あなたが眼を無くしたのも、私のせいなの.....!
ごめんなさい....!本当にっ!ごめんなさい!!!!」
....今日は何て日だろう。聞きたくない事実の連続だった。この人が僕の両親を殺した?僕の眼を奪った?あんなに僕に優しくしてくれたのに?どうして?
僕は理解することを拒否してその場にへたり込んだ。でも、時は待たない。
真実を告げるものが空からやってきた。
それは突然のことだった。さっきまで澄んでいた冬の空が牙を剥き、激しい突風と雷雨を吐き出す。周りの木々をなぎ倒し、家をガタガタと破壊する。
あの人は頭を抱えて震えている。何かに怯えているようだった。尋常ではない怯え方だ。
めりめりという音と共に二階が吹き飛ばされた。いまどき風で二階が吹き飛ぶなんてあり得ないと僕はうえを仰ぐ。
そして、やはり風のせいではないと悟った。
二階がなくなったことで暴かれた黒い空には、鱗に覆われた長い身体がうねっていた。四つの珠を手に持ち、鹿の様な角と鋭い眼光の持ち主。天候を操り魔王に次ぐ魔力を持った至極の存在。
龍が僕たちを見ていた。
「我がしもべの白蛇が一人よ。貴様の罪を裁きに参った。もう逃げられぬぞ。我が城で裁きを受けるがよい。」
あぁ、なんてことだ。事は僕が想像していたよりももっと大きく、タチが悪いらしい。
「.....わかりました。我が主よ.....。」
あの人は弱々しく立ち上がり、龍のもとに行こうと水流の橋を作り、それを登ろうとした。
でも、そうするまえに足をふと止め、僕を見た。涙で赤くなったその眼で僕を見つめて。
「ごめんね。」
そう告げた。またその顔だ。優しい笑顔と哀しく冷たい眼。あなたは結局僕に何も告げず全て置き去りにしていってしまう気なんだ。
そして、もう二度と会えなくなる。
真実を宙ぶらりんにしたまま、このまま過ごす事になる。
「..嫌だ。」
気づけば口から言葉がこぼれおちていた。
「さよならなんて、嫌だ。
龍神様!僕をあなたのお城に連れて行って!!」
僕は天を舞う巨大な龍の丸い眼を見て言い放った。
あの人が驚いて顔で手を覆う。
「僕はこの人に右の眼と両親を奪われた!でも、真実をなに一つ知らない!
何でこうなったのか。遺族であり、被害者である僕には真実を知る権利がある!!」
龍神が目を細めて僕を見る。恐怖で足が震える。僕なんかがどれほどちっぽけな存在か嫌でも理解させられる。僕なんかが意見して、もしかしたら喰い殺されるんじゃないだろうか.........。
「....貴公にとっては見たくない物を、知りたくない現実を知る事になるぞ?
いっそお前のこの女に関する記憶をこの場で消してやる事も出来るのだ。そのほうがこれ以上傷つかずに済むぞ?
...それでも我の城に参るか?それでも知りたいか?」
「例えそうでも、僕は知りたいよ。痛くても、辛くても、僕は知りたい!」
「....わかった。乗りなさい。.....連れて行ってあげましょう。」
龍神は僕の前に爪の一つをそっと置いた。僕がそれにまたがると、風が包みふわりと浮く。まるで空気の衣を着さされたみたいだ。
僕はちらりと横を見るけれど、あの人はまるで死んだように動かない。この重苦しい空気は、きっと僕が真実を知るまでは破れないだろう。
龍神に連れられながら、僕は空を渡る。
朝は低血圧で弱いはずのあの人が、朝早くに出かけるなんて.....。
........昨日のことのせい?
チクリと胸が痛んだけれど、僕はそれをココロの隅に置き去りにして家事を片付ける。軽い朝食を済ますと、掃除を始めた。
ものは慣れというけれどその通りで、一年近く立つと片目でも家事は充分こなせるようになってきていた。とはいえやっぱり僕みたいな子供が家のすべてを綺麗にするのは大変だ。レーヴィさんと僕の分の夕飯の用意をする頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。ビーフシチューの具材を刻み、あとは一時間煮込むだけ。
疲れた僕は少し夜風に当たることにした。
冬の空気は澄んでいて、宝石を溶かしたような沢山の星がまたたく幻想的な空を作っていた。
冬の天の川を眺めていると、何かが集まって飛んでいた。
流星群かとおもったけれど、もっと近くを飛んでいる。
鳥かな?いや違う。女の子たちだった。
箒に乗った僕と同じくらいの歳の女の子たちが列をなして一方向に飛んで行く様子だった。
「きっと魔女だ!」
僕は直感でそう思った。箒で飛ぶ女の人なんて魔女以外に知らないしね。
といっても僕が唯一知る魔女は箒に乗らないし、幼い姿をしていないけれど。
以前箒について聞いたら、自分はインドア派だから乗らない。と言っていた。
だから箒で飛ぶ魔女というのは初めて見たんだ。
興奮して空を仰ぐ僕に気づいたのか、魔女の何人かが庭におりてきた。
「今晩は、可愛い人。ステキな眼帯ね。」
帽子をかぶり、赤い毛でそばかすの女の子が僕に笑いかける。
「...あぁ、これ?ありがと。
魔女さんたちはなにしにいくの?」
「私たちは偉大なるバフォメットさま主催の黒ミサに向かうところよ。
貴方も来る?可愛い人。」
黒髪の魔女が答える。僕をみて美味しそうにペロリと唇を舐める。
「「そうね、来ましょう。貴方の様な初々しくて綺麗な雄、連れて行けば注目の的!!
その眼帯もワイルドな感じで素敵!!」」
初々しいっていうのは多分えっちをした事がないって事なんだろう。
残念ながら僕はその要望に答えられそうにない。夕飯の支度もあるしね。
「ごめんね、魔女さん。僕はもう相手がいるからいけないや。」
「あらら、先客がいたのね。本当に残念だわ。
どんな相手かしら?」
「君たちと同じ魔女だよ。年上で凄く綺麗なお姉さん。」
それを聞いた途端、魔女さんたちは怪訝そうに形のいい眉を潜めた。何かぼくはおかしな事を言ったんだろうか?
「年上で...」「お姉さん....?」「胸が出ていて...」「成熟した身体....?」
魔女さんたちは固まって何か相談しあっていた。そして結論が出たのか僕の方を申し訳なさそうに見る
「言いにくいけれど可愛い人。」「その人は魔女ではない。」「我ら魔女はバフォメット様の御力により歳をとらぬものたち。」「成熟した魔女など存在しない。」「他人の雄を奪うのは御法度故手出しはせぬが。」「気をつけなされ可愛い人。」
僕は魔女さんたちの言葉をすぐ飲み込む事ができなかった。
レーヴィさんが魔女じゃない?
じゃああの人は何者?人間?それは無い。人間があんな風に自在に水をあやつるわけが無い。耳だってとんがっている。不思議な薬で僕を助けてくれた。
「残念だけれど可愛い人。」「魔女の耳は尖っていない。」「水を操る術をつかう魔物も魔女以外に大勢いる。」「薬にしてもそう。」「極端な話、魔力と知識があれば誰でも作れるわ。」
僕の弁明を魔女さんたちは尽く崩してしまう。酷い話だ。同時に僕のいままでの日常が音を立てて崩れて行く。
「最後に一応聞いておきましょう可愛い人。」「その自称・魔女のお姉様は何というお名前?」
僕は乾いた喉で絞り出す様なあの人の名前を告げた。
「....レーヴィ...さん」
その名前を出した途端、魔女さんたちの顔が大きく強張った。
「こんなところでその名を聞くとは。」「縁とは奇妙なもの....」「可愛い人、確かにレーヴィという魔女はいたわ。」「だが、その者は既に死んでいる。」
僕はその言葉を最後に耳と眼を閉じ口を噤んだ。魔女さんたちは僕の哀れな逃避をみて愛想をつかしたのか、それとも黒ミサというのに忙しかったのか再び空を目指して浮上して行った。
僕はそれに振り向きもせずに走り出す。
途中、石に転んだけれど痛くなかった。擦りむき、皮膚が破れて血管が血を流しているのに痛みを感じなかった。
いままでの日々は何だったんだ。僕はあの人の事を何にも知らないじゃないか。名前すら教えてもらっていない。なんで僕に近づいたんだ。
ねぇ、答えてよ。
僕は全速力であの家に戻った。
あの人は既に帰宅していて、鍋の火を止めているところだった。
「今日はシチューか....。ん...。帰ったのね。
火、付けっ放しだったよ。」
ねぇ、答えてよ。
「どうしたの?その怪我。おいで、消毒液塗ってあげる。」
ねぇ、答えてよ。
「貴方は.....誰なの........?」
「誰って.....」
「さっきそこで魔女さんたちにあったんだ。」
「ッ!!」
「魔女さんたちは言ったよ。魔女はみんな幼い身体で耳が尖って無くて今夜は全員黒ミサに出かけなくちゃならないって!!水を操るのも薬を作るのも魔女じゃなくたって出来るって!!!レーヴィっていう魔女はもう死んでるって!!!!
ねぇ、答えてよ?
あなたは誰なの?
答えて.....
答えろよーーーッ!!!!!!!」
僕は鍋を殴りつけた。やっぱり熱さは感じなかった。ビーフシチューの赤茶色の汁が飛び散ってかかり、あの人と僕はまるで血塗れみたいだ。
あの人が顔を上げた。
泣いていた。
ガタガタ震えて泣いて、座り込んだ。そしてそのまま、僕に向かって頭を地面に擦り付けながら「ごめんなさい。」と苦しそうに絞り出した声でそう繰り返す。
僕が何か言おうとしても、ごめんなさい以外は何も言わなくなってしまった。
「ごめんなさいって.......。何が?何がごめんなさいなの!!??
教えてよ!!!僕に何をしたの!!!」
違う。僕が欲しいのは土下座なんかじゃないんだ。
僕に嘘をついていた理由が聞きたいんだ。
「....私のせいなの.......。あなたの御両親が亡くなったのも、あなたが眼を無くしたのも、私のせいなの.....!
ごめんなさい....!本当にっ!ごめんなさい!!!!」
....今日は何て日だろう。聞きたくない事実の連続だった。この人が僕の両親を殺した?僕の眼を奪った?あんなに僕に優しくしてくれたのに?どうして?
僕は理解することを拒否してその場にへたり込んだ。でも、時は待たない。
真実を告げるものが空からやってきた。
それは突然のことだった。さっきまで澄んでいた冬の空が牙を剥き、激しい突風と雷雨を吐き出す。周りの木々をなぎ倒し、家をガタガタと破壊する。
あの人は頭を抱えて震えている。何かに怯えているようだった。尋常ではない怯え方だ。
めりめりという音と共に二階が吹き飛ばされた。いまどき風で二階が吹き飛ぶなんてあり得ないと僕はうえを仰ぐ。
そして、やはり風のせいではないと悟った。
二階がなくなったことで暴かれた黒い空には、鱗に覆われた長い身体がうねっていた。四つの珠を手に持ち、鹿の様な角と鋭い眼光の持ち主。天候を操り魔王に次ぐ魔力を持った至極の存在。
龍が僕たちを見ていた。
「我がしもべの白蛇が一人よ。貴様の罪を裁きに参った。もう逃げられぬぞ。我が城で裁きを受けるがよい。」
あぁ、なんてことだ。事は僕が想像していたよりももっと大きく、タチが悪いらしい。
「.....わかりました。我が主よ.....。」
あの人は弱々しく立ち上がり、龍のもとに行こうと水流の橋を作り、それを登ろうとした。
でも、そうするまえに足をふと止め、僕を見た。涙で赤くなったその眼で僕を見つめて。
「ごめんね。」
そう告げた。またその顔だ。優しい笑顔と哀しく冷たい眼。あなたは結局僕に何も告げず全て置き去りにしていってしまう気なんだ。
そして、もう二度と会えなくなる。
真実を宙ぶらりんにしたまま、このまま過ごす事になる。
「..嫌だ。」
気づけば口から言葉がこぼれおちていた。
「さよならなんて、嫌だ。
龍神様!僕をあなたのお城に連れて行って!!」
僕は天を舞う巨大な龍の丸い眼を見て言い放った。
あの人が驚いて顔で手を覆う。
「僕はこの人に右の眼と両親を奪われた!でも、真実をなに一つ知らない!
何でこうなったのか。遺族であり、被害者である僕には真実を知る権利がある!!」
龍神が目を細めて僕を見る。恐怖で足が震える。僕なんかがどれほどちっぽけな存在か嫌でも理解させられる。僕なんかが意見して、もしかしたら喰い殺されるんじゃないだろうか.........。
「....貴公にとっては見たくない物を、知りたくない現実を知る事になるぞ?
いっそお前のこの女に関する記憶をこの場で消してやる事も出来るのだ。そのほうがこれ以上傷つかずに済むぞ?
...それでも我の城に参るか?それでも知りたいか?」
「例えそうでも、僕は知りたいよ。痛くても、辛くても、僕は知りたい!」
「....わかった。乗りなさい。.....連れて行ってあげましょう。」
龍神は僕の前に爪の一つをそっと置いた。僕がそれにまたがると、風が包みふわりと浮く。まるで空気の衣を着さされたみたいだ。
僕はちらりと横を見るけれど、あの人はまるで死んだように動かない。この重苦しい空気は、きっと僕が真実を知るまでは破れないだろう。
龍神に連れられながら、僕は空を渡る。
14/03/07 21:19更新 / 蔦河早瀬
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