新地と新参
後日、私はオグル君を連れてスラム街を囲む壁の門の前に現れました。扉の脇には厳めしい顔の門番が睨みを効かせています。確かになかなかどうして厳重な警備ですね。
ふと城壁の汚れた壁に目を向けると、手配書が幾つも貼り付けられていました。どれもこれもが典型的悪人面で、正直面白みもないのですが、その中に一つ気になるものがありました。
「あの手配書は、もしかしてオグル君ですか?」
「........ああ、そうだよ。」
手配書のオグル君は、悪辣さを前面に押し出した顔をしています。オグル君は言動はともかく、顔立ちは結構可愛いらしいのに、残念です。
名前の下には、彼の犯した罪が記されています。
『国家反逆罪』
この小さな少年に課すのはあまりに不釣り合いな重罪。
唇を噛み、血が出るほど強く拳を握り込むオグル君の目は暗い悲しみと憎悪に満ちた色に染まっていきます。
オグル君を元気付けるため、私は彼の手を強く握ります。
「大丈夫。私がついてますよ。」
不安そうに私の指を握り返して見つめる彼の眼差しは、本当に年相応の男の子そのものです。
本当は、この子は痛みも他者も世界も、何もかもが怖くてたまらないんでしょう。
そしてきっと、それらから自分を守ることができたのは、自分自身の力だけだった。
周囲の人間がいままでこの子に与えた痛みと、これから私がこの子に背負わせる宿命は、どちらがマシなんでしょうか?
なぁあんてセンチなことを考えてしまいます。
門に近づくと、門番が槍を構えて私たちを取り囲みました。
「貴様!!手配書の!!
年貢の納め時だ!
観念しておとなしく捕まれ!!」
「この野郎.....!俺は...俺は.....!!」
「オグル君、剣をしまってください。
私が話をつけますから。」
剣を抜こうとするオグル君を私は制します。ここは穏便に行きたいですからね。
「な、なんだこの女は?
その格好は騎士の真似事か!?」
翼が無いとコスプレ扱いですか。侮辱もいいところです。全く、お里が知れますね。
ここは一発かましてやりましょう。
「門番の方々、いつもお勤めご苦労様です!
わたくし、戦乙女のアンジュと申します。
神の命を受け、この地に降り立ちました。
神はこの少年を勇者に選ばれました。
この新たな勇者と共に私は王に謁見しなければなりません。
この門を通していただきたいのですが?」
営業スマイルを貼り付け、隠していた翼もこれ見よがしに広げて門番に詰め寄ります。
「な、なんだと!?その餓鬼....いや、少年がでありますか!!?」
私の姿を見た彼らは、豆鉄砲を食らった鳩のようです。いきなり現れた戦乙女に指名手配犯が勇者などと言われて、面食らわないほうが無理というものでしょうが。
「しかし、その少年は大罪人!いかなる理由があろうと、この門を通すわけには行きません!」
彼らも仕事なので、いかに戦乙女の頼みとはいえおいそれと通すわけにはいかないのでしょう
頑なに職務を全うしようとする姿勢は、感動すら覚えます。私もこういう姿勢はたまには見習うべきなのかもしれませんね。
「そうですか。つまり貴方は神に対する反逆者と解釈してよろしいのですね?」
「.....!!」
「わたくし神に仕える身であります故、その教えに背くものを断罪する使命を帯びております。
勇者の行脚に支障を与え、あまつさえ侮辱するなどされると、此方としても其れ相応の対応を取らざるを得ませんが如何なされますか?」
ここで腰に差した剣にさりげなく、しかし門番の目に確実に入るように触れるのがポイントです。
案の定、ゴクリと生唾を飲み込む声が聞こえます。
「通して頂けますよね?」
暫しの沈黙の後、彼らは無言で開門の合図を向こう側に送りました。巨大権力万歳。
「ありがとうございます。
貴方の行いの正しさを、神はいつでも空からご覧になっていますよ。」
勿論営業時間内に限りますが。
「あ、あと先ほどの無礼な態度を勇者様に謝罪するべきでは?」
「そ、その者は勇者かもしれませんが、その前にこの国の大罪人!
.....いくら戦乙女の頼みとはいえ、そんな者に頭を下げることは....!
ヒィッ!!!!?」
やや乱暴に抜刀された私の剣が、轟音とともに荒々しく地面を削り取ります。
「あらあら、言葉が足りなかったかしら?
わたくし、お願いをしているんじゃあありませんよ?
命令しているんです。」
怒気に気圧されたのか、門番たちは槍を落として尻餅を着ついてへたり込みました。
「ごめんなさいは?」
「ご、ごめんなさい.....、勇者様。」
門番たちは恐怖で顔が真っ青です。いい気味ですね。
「よくできました。
さぁ、勇者様。先を急ぎましょう!」
腰を抜けた門番を尻目に、勇者様御一行は悠然と門をくぐります。
門を潜ると、そこには活気に溢れた城下町が広がっていました。
王都と比べると小さなものでしょうが、それでもいままで毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際の世界に身を置いていたこの子にとっては全てが新鮮なのでしょう。
「あの.....アンジュ....。」
不意にオグル君が私を呼び止めました。
「どうしました?」
「さっきは....ありがと。
怒ってくれて。」
「私は当然のことをしただけですよ。
あなたを守るのが、私の使命ですから!」
門の先の通りは、出店が多く立ち並ぶ区間のようです
出店に並ぶ食べ物が漂わせる香りに鼻をひくひくさせる様は、まるで仔犬みたいです。
よし、今日は思い切り羽を伸ばさせてあげましょう。
香ばしい匂いを垂らす屋台の前に立つと、気前の良さそうな店主が私に気づきました。
「らっしゃい!坊主、お姉ちゃんとお出掛けかい?」
「ええ、そんなところです。
お一つくださるかしら?」
「え?ち、違う!!」
ちなみに今の私は甲冑姿ではなく、ブラウスとスカートといった格好です。流石に翼広げた甲冑で街をウロウロするのは目立ちすぎますからね。
「ハハッ!照れるなっての!ほれ!一つサービスしといてやらぁ。仲良く食いな!」
「まぁ、ありがとうございます!」
顔がいいと得が多いですね。
しかし、何故かオグルくんは何処が不機嫌そうな表情。
可愛らしい顔が勿体無いです。
「あいつ、俺たちのことを姉弟って......。」
「事情を知らない方が見たら、そう見えるでしょうね。
でも、私はオグル君みたいな弟なら大歓迎ですよ。」
「アンジュの、......弟....。」
「私みたいなお姉ちゃんは嫌ですか?」
「嫌じゃないけど......。俺は、もっと別の.......。」
そこでオグル君は口を閉じてしまいました。顔は店先に並ぶ林檎に負けないくらいに真っ赤です。
食べちゃいたいくらい可愛いっていうのはこういうのを言うんでしょうね。
我慢できなくなった私は彼の頭を抱えて胸に抱きしめます。
「オグル君は可愛いですね〜。いい子いい子。」
「やめろよバカ!恥ずかしいだろ!」
嫌よ嫌よも好きのうち。オフの日くらい、お姉さんの溢れる母性に甘えれば良いのです。
「あらやだ。昼間っから盛っちゃってぇ。
私も混ぜてくれないかしら?」
突如、頭上から黒い女が降ってきました。
突風が吹き荒れ、屋台の幾つかが飛ばされます。
白い髪に青白い肌。そして漆黒の翼と鎧のダークヴァルキリー。
「お久しぶりね?勇者様御一行。」
不敵な笑みを浮かべ、剣を私達に向けます。
「あぁ、何処かで見たことがあると思ったら、私の腕をすっ飛ばしてくれた方ではありませんか。
他人の腕を千切る奴は、自分の腕を斬られても文句は言えませんよね?」
応じて私とオグル君も抜刀します。
オグル君、私の指導したとおり、ちゃんと構えてますね。感心感心。
「クククク。あの攻撃を食らってまだそんな平静を保っていられるなんて、大したものね?」
「?
あの程度の攻撃でいい気になるとは、どうやらダークヴァルキリーは品性だけでなく戦闘力まで堕落しているようですわね?」
「この!!!言わせておけば減らず口をォ!!!」
踏み込みとともに放たれる斬り込みを剣で受け止めます。
ずしりとした重みとともに、石畳にヒビがはいります。
あぁは言いましたが、やはり腐っても戦乙女。その戦闘力は侮れません。一対一では手こずることは必死でしょう。
であれば、此方は寄ってたかって攻撃するまで。
「オグル君!!」
「っしゃあああ!」
合図と共に死角からオグル君が斬獲します。
それに気づき一歩後退したところで、今度は私の踏み込みがはいります。
キリキリと金属のこすれ合う音色が、めちゃくちゃになった屋台街に響きます。
再びオグル君が背後から迫りますが、流石にワンパターンです。
「舐めないで欲しいわね!このバンビに同じ手は二度通じないわ!」
一瞬で刀を返して柄で私の刃を弾き、オグル君の得物を真っ二つに切断してしまいました。
が、オグル君が振るったのは剣ではありませんでした。その手に握られているのは鉄鍋の持ち手。中身は香ばしい揚げ物、.....そして熱々に煮えたぎった油。
当然、真っ二つに割かれた鍋の中身は飛び散り、彼女の顔面に降り注ぎます。
「ぐあああああああああああああああ!!!」
耳を劈く凄まじい悲鳴。女の子は顔が命なのに、エグいことしますね。こんなのが勇者様なんだから、世も末です。
「き、貴様らぁあああああああああああ!許さん!許さんぞおおおおおおお!!!!」
焼け爛れた顔を回復呪文で瞬時に治し、バンビは飛び上がります。空中にドス黒い魔力が集まり、剣に充填されて行きます。
「あ、やばいやつですよコレ!」
「え?なんとかしてよ!」
「無理ですよ。あんな威力のを受け止めたら、右腕どころか上半身が下半身とおさらばです。
彼女を怒らせたのはオグル君なんですから、なんとかしてください。」
「それが指導者の言うことか!!?俺を守るのが、自分の使命っつったじゃん!」
「うるさいです!先生が何でもかんでも責任持つと思ったら大間違いですよ!」
嗚呼、醜きかな責任のなすりつけ合い。私の辞書に『自己責任』なんて文字はありません。
「喰らええええええええええい!」
「「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」」
嫌だ死にたくない。こんな美人で優しくて処女でかっこ良くて強くて頼り甲斐があって礼儀正しい素敵なお姉さんな私がこんなとこで死ぬなんてもったいないいいいいいいいいいい!!
「破ァアアアアアアアアアアア!!!!」
しかし瞬間、凄まじい閃光と共に放たれた巨大な光線がバンビを捉えました。
光の元には、鎧に身を包んだ勇者様と天界の使者・ヴァルキリー。
「ぎゃよえええええええええけええ!!?
新キャラのかませなんて嫌あああああああああ!!!!」
情けない叫び声とともに、バンビはお空の彼方に飛んで行きました。
閃光の残した煙の中から、勇者様とヴァルキリーが此方に向かって来ます。
「おお、ティナ!
この女性が君の言っていた先輩戦乙女かい?」
「お姉様ーーーー!!大丈夫でしたかァアアアアアアアアアアア!!!?
このティナ、いつもあなたのことをお慕いしておりましたあああああ!」
天界生まれってすごい。改めてそう思いました。
まぁ私も天界生まれなんですけどね。
ふと城壁の汚れた壁に目を向けると、手配書が幾つも貼り付けられていました。どれもこれもが典型的悪人面で、正直面白みもないのですが、その中に一つ気になるものがありました。
「あの手配書は、もしかしてオグル君ですか?」
「........ああ、そうだよ。」
手配書のオグル君は、悪辣さを前面に押し出した顔をしています。オグル君は言動はともかく、顔立ちは結構可愛いらしいのに、残念です。
名前の下には、彼の犯した罪が記されています。
『国家反逆罪』
この小さな少年に課すのはあまりに不釣り合いな重罪。
唇を噛み、血が出るほど強く拳を握り込むオグル君の目は暗い悲しみと憎悪に満ちた色に染まっていきます。
オグル君を元気付けるため、私は彼の手を強く握ります。
「大丈夫。私がついてますよ。」
不安そうに私の指を握り返して見つめる彼の眼差しは、本当に年相応の男の子そのものです。
本当は、この子は痛みも他者も世界も、何もかもが怖くてたまらないんでしょう。
そしてきっと、それらから自分を守ることができたのは、自分自身の力だけだった。
周囲の人間がいままでこの子に与えた痛みと、これから私がこの子に背負わせる宿命は、どちらがマシなんでしょうか?
なぁあんてセンチなことを考えてしまいます。
門に近づくと、門番が槍を構えて私たちを取り囲みました。
「貴様!!手配書の!!
年貢の納め時だ!
観念しておとなしく捕まれ!!」
「この野郎.....!俺は...俺は.....!!」
「オグル君、剣をしまってください。
私が話をつけますから。」
剣を抜こうとするオグル君を私は制します。ここは穏便に行きたいですからね。
「な、なんだこの女は?
その格好は騎士の真似事か!?」
翼が無いとコスプレ扱いですか。侮辱もいいところです。全く、お里が知れますね。
ここは一発かましてやりましょう。
「門番の方々、いつもお勤めご苦労様です!
わたくし、戦乙女のアンジュと申します。
神の命を受け、この地に降り立ちました。
神はこの少年を勇者に選ばれました。
この新たな勇者と共に私は王に謁見しなければなりません。
この門を通していただきたいのですが?」
営業スマイルを貼り付け、隠していた翼もこれ見よがしに広げて門番に詰め寄ります。
「な、なんだと!?その餓鬼....いや、少年がでありますか!!?」
私の姿を見た彼らは、豆鉄砲を食らった鳩のようです。いきなり現れた戦乙女に指名手配犯が勇者などと言われて、面食らわないほうが無理というものでしょうが。
「しかし、その少年は大罪人!いかなる理由があろうと、この門を通すわけには行きません!」
彼らも仕事なので、いかに戦乙女の頼みとはいえおいそれと通すわけにはいかないのでしょう
頑なに職務を全うしようとする姿勢は、感動すら覚えます。私もこういう姿勢はたまには見習うべきなのかもしれませんね。
「そうですか。つまり貴方は神に対する反逆者と解釈してよろしいのですね?」
「.....!!」
「わたくし神に仕える身であります故、その教えに背くものを断罪する使命を帯びております。
勇者の行脚に支障を与え、あまつさえ侮辱するなどされると、此方としても其れ相応の対応を取らざるを得ませんが如何なされますか?」
ここで腰に差した剣にさりげなく、しかし門番の目に確実に入るように触れるのがポイントです。
案の定、ゴクリと生唾を飲み込む声が聞こえます。
「通して頂けますよね?」
暫しの沈黙の後、彼らは無言で開門の合図を向こう側に送りました。巨大権力万歳。
「ありがとうございます。
貴方の行いの正しさを、神はいつでも空からご覧になっていますよ。」
勿論営業時間内に限りますが。
「あ、あと先ほどの無礼な態度を勇者様に謝罪するべきでは?」
「そ、その者は勇者かもしれませんが、その前にこの国の大罪人!
.....いくら戦乙女の頼みとはいえ、そんな者に頭を下げることは....!
ヒィッ!!!!?」
やや乱暴に抜刀された私の剣が、轟音とともに荒々しく地面を削り取ります。
「あらあら、言葉が足りなかったかしら?
わたくし、お願いをしているんじゃあありませんよ?
命令しているんです。」
怒気に気圧されたのか、門番たちは槍を落として尻餅を着ついてへたり込みました。
「ごめんなさいは?」
「ご、ごめんなさい.....、勇者様。」
門番たちは恐怖で顔が真っ青です。いい気味ですね。
「よくできました。
さぁ、勇者様。先を急ぎましょう!」
腰を抜けた門番を尻目に、勇者様御一行は悠然と門をくぐります。
門を潜ると、そこには活気に溢れた城下町が広がっていました。
王都と比べると小さなものでしょうが、それでもいままで毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際の世界に身を置いていたこの子にとっては全てが新鮮なのでしょう。
「あの.....アンジュ....。」
不意にオグル君が私を呼び止めました。
「どうしました?」
「さっきは....ありがと。
怒ってくれて。」
「私は当然のことをしただけですよ。
あなたを守るのが、私の使命ですから!」
門の先の通りは、出店が多く立ち並ぶ区間のようです
出店に並ぶ食べ物が漂わせる香りに鼻をひくひくさせる様は、まるで仔犬みたいです。
よし、今日は思い切り羽を伸ばさせてあげましょう。
香ばしい匂いを垂らす屋台の前に立つと、気前の良さそうな店主が私に気づきました。
「らっしゃい!坊主、お姉ちゃんとお出掛けかい?」
「ええ、そんなところです。
お一つくださるかしら?」
「え?ち、違う!!」
ちなみに今の私は甲冑姿ではなく、ブラウスとスカートといった格好です。流石に翼広げた甲冑で街をウロウロするのは目立ちすぎますからね。
「ハハッ!照れるなっての!ほれ!一つサービスしといてやらぁ。仲良く食いな!」
「まぁ、ありがとうございます!」
顔がいいと得が多いですね。
しかし、何故かオグルくんは何処が不機嫌そうな表情。
可愛らしい顔が勿体無いです。
「あいつ、俺たちのことを姉弟って......。」
「事情を知らない方が見たら、そう見えるでしょうね。
でも、私はオグル君みたいな弟なら大歓迎ですよ。」
「アンジュの、......弟....。」
「私みたいなお姉ちゃんは嫌ですか?」
「嫌じゃないけど......。俺は、もっと別の.......。」
そこでオグル君は口を閉じてしまいました。顔は店先に並ぶ林檎に負けないくらいに真っ赤です。
食べちゃいたいくらい可愛いっていうのはこういうのを言うんでしょうね。
我慢できなくなった私は彼の頭を抱えて胸に抱きしめます。
「オグル君は可愛いですね〜。いい子いい子。」
「やめろよバカ!恥ずかしいだろ!」
嫌よ嫌よも好きのうち。オフの日くらい、お姉さんの溢れる母性に甘えれば良いのです。
「あらやだ。昼間っから盛っちゃってぇ。
私も混ぜてくれないかしら?」
突如、頭上から黒い女が降ってきました。
突風が吹き荒れ、屋台の幾つかが飛ばされます。
白い髪に青白い肌。そして漆黒の翼と鎧のダークヴァルキリー。
「お久しぶりね?勇者様御一行。」
不敵な笑みを浮かべ、剣を私達に向けます。
「あぁ、何処かで見たことがあると思ったら、私の腕をすっ飛ばしてくれた方ではありませんか。
他人の腕を千切る奴は、自分の腕を斬られても文句は言えませんよね?」
応じて私とオグル君も抜刀します。
オグル君、私の指導したとおり、ちゃんと構えてますね。感心感心。
「クククク。あの攻撃を食らってまだそんな平静を保っていられるなんて、大したものね?」
「?
あの程度の攻撃でいい気になるとは、どうやらダークヴァルキリーは品性だけでなく戦闘力まで堕落しているようですわね?」
「この!!!言わせておけば減らず口をォ!!!」
踏み込みとともに放たれる斬り込みを剣で受け止めます。
ずしりとした重みとともに、石畳にヒビがはいります。
あぁは言いましたが、やはり腐っても戦乙女。その戦闘力は侮れません。一対一では手こずることは必死でしょう。
であれば、此方は寄ってたかって攻撃するまで。
「オグル君!!」
「っしゃあああ!」
合図と共に死角からオグル君が斬獲します。
それに気づき一歩後退したところで、今度は私の踏み込みがはいります。
キリキリと金属のこすれ合う音色が、めちゃくちゃになった屋台街に響きます。
再びオグル君が背後から迫りますが、流石にワンパターンです。
「舐めないで欲しいわね!このバンビに同じ手は二度通じないわ!」
一瞬で刀を返して柄で私の刃を弾き、オグル君の得物を真っ二つに切断してしまいました。
が、オグル君が振るったのは剣ではありませんでした。その手に握られているのは鉄鍋の持ち手。中身は香ばしい揚げ物、.....そして熱々に煮えたぎった油。
当然、真っ二つに割かれた鍋の中身は飛び散り、彼女の顔面に降り注ぎます。
「ぐあああああああああああああああ!!!」
耳を劈く凄まじい悲鳴。女の子は顔が命なのに、エグいことしますね。こんなのが勇者様なんだから、世も末です。
「き、貴様らぁあああああああああああ!許さん!許さんぞおおおおおおお!!!!」
焼け爛れた顔を回復呪文で瞬時に治し、バンビは飛び上がります。空中にドス黒い魔力が集まり、剣に充填されて行きます。
「あ、やばいやつですよコレ!」
「え?なんとかしてよ!」
「無理ですよ。あんな威力のを受け止めたら、右腕どころか上半身が下半身とおさらばです。
彼女を怒らせたのはオグル君なんですから、なんとかしてください。」
「それが指導者の言うことか!!?俺を守るのが、自分の使命っつったじゃん!」
「うるさいです!先生が何でもかんでも責任持つと思ったら大間違いですよ!」
嗚呼、醜きかな責任のなすりつけ合い。私の辞書に『自己責任』なんて文字はありません。
「喰らええええええええええい!」
「「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」」
嫌だ死にたくない。こんな美人で優しくて処女でかっこ良くて強くて頼り甲斐があって礼儀正しい素敵なお姉さんな私がこんなとこで死ぬなんてもったいないいいいいいいいいいい!!
「破ァアアアアアアアアアアア!!!!」
しかし瞬間、凄まじい閃光と共に放たれた巨大な光線がバンビを捉えました。
光の元には、鎧に身を包んだ勇者様と天界の使者・ヴァルキリー。
「ぎゃよえええええええええけええ!!?
新キャラのかませなんて嫌あああああああああ!!!!」
情けない叫び声とともに、バンビはお空の彼方に飛んで行きました。
閃光の残した煙の中から、勇者様とヴァルキリーが此方に向かって来ます。
「おお、ティナ!
この女性が君の言っていた先輩戦乙女かい?」
「お姉様ーーーー!!大丈夫でしたかァアアアアアアアアアアア!!!?
このティナ、いつもあなたのことをお慕いしておりましたあああああ!」
天界生まれってすごい。改めてそう思いました。
まぁ私も天界生まれなんですけどね。
14/11/06 00:01更新 / 蔦河早瀬
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