連載小説
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教育と実戦
「ーーーというわけで、勇者の教科書としては大ダイとロト紋が主流となっています。」

今私が教えているのは、勇者としての心構えです。何事もまず、知ることから始めなくてはなりません。


古来から綿々と語り継がれてきた勇者の物語達.....。
その中でも上にあげた二冊が、今日における勇者教育において最も広く使われている書籍の一つと言えいます。

私はどっち派ですかって?ヨシヒコ派です。

ちなみに、魔物たちの間ではモンスターズ+が主流のようですね。

「オグル君、此処まではわかりましたか?」
私はかけた眼鏡をクイッと挙げます。伊達ですけどね。

女教師にはやっぱり眼鏡が無いといけません。

「あんまり。結局勇者って何なの?」

「つまり、勇者はより良き世界のために戦う正義の戦士とかなんとか。


そういうアレなんじゃないですか?」

「そんなアバウトでいいの!?
戦乙女って勇者を育てるんでしょ?
明確な勇者ヴィジョン持ってないの?」

「そんなものあるわけないでしょう?
私は勇者じゃないんですから。
そういうのは自分で考えてください。」

学校の先生が生徒の未来をいちいち考えないのと一緒です。

「まぁ、そんなに難しく考える必要はありませんよ。
とりあえず実践が一番です。
外に出て、私と一緒に勇者のなんたるかを学びましょう!」

誰かから貰った答えを鵜呑みにする人は永遠に成長できません。
そう、この広い世界を見て聞いて感じた彼自身の答えこそが正解なのです!
生徒のためを思えばこそ、私は会えて答えを提示しません。

決して責任を丸投げしているわけではないのです!






「なぁ、本当にこれが勇者の仕事なのか?
俺が普段やってたことと何一つ変わんないんだけど。」

「それはもともと貴方に勇者の素質が備わっていたという証拠です。

さぁ、どんどん他人の家に上がり込んで構いません。
引き出しの中身を拝借しようが、ツボを割ろうが誰も咎めませんよ。勇者なんですから。」

軽快にツボを割り続けるオグル君。これこそ勇者のあるべき姿です。
住民からの刺すような視線は無視しましょう。

「あ、また変なメダルだ。
これどうすりゃ良いの?」
オグル君が拾ったのは、キラキラとひかる小さなメダル。

「あぁ、それは大事にとっておくといいですよ。
そのテの人には馬鹿みたいに高値で売れますから。場合によっては物々交換にも使えます。」

一昔前まではオーのメダルが主流だったのですが、今の主流は妖怪のメダルのようですね。

「こんなん集めて楽しいの?」

「まぁ、集めて2年後くらいに後悔するのが常ですね。ただ集めている間は楽しいらしいですよ。」

「ふーん。」






「さぁ、次は剣術の訓練ですよ。
オグル君にこれを授けましょう。」

そう言って私は剣と防具一式をわたします。
揃えるのには中々の金額を積みましたが、経費で落ちるので問題ありません。
旅立ちの日に棒切れ一本程度のお金しか渡さないなんてケチな真似はしないのです。


「!!!!」

装備を受け取った勇者は、それを天に掲げて喜びを表現します。

絶対やると思いました。

「ゴマダレ〜」
「?」
「いえ、なんでもありません。
ただ、店に緑色の服がなかったことを少し後悔しただけです。

さぁ、剣を構えてください。

そして私に打ち込んでみせてください。」

オグル君はドキドキした様子で剣を握りしめます。男の子ってどうして剣を見るとあんなに目をキラキラさせるのでしょうか。
こういう子が旅先でご当地もへったくれも無い剣やドラゴンのアクセサリーを買って後々後悔するのです。


「行くぜ〜〜〜っ!!」
そんな私の杞憂など露ほども知らない彼は、早速剣を振り回して斬り込んできます。

しかし、オグル君はスラム暮らしが長かったせいか構えにおかしなクセがついてしまっているようです。

武術において最も力を発揮できる体の使い方というものがあります。
剣の場合は腰をすわらせ、背筋を伸ばし、上体の力を背部に凝縮させたものが基本となります。
故に、肩の力などはまったく抜けていた方がよいくらいなのです。

しかしオグル君の構えは腰どころか体全体が低く構えられており、肩にも無駄な力がかかっているのが見て分かりました。
スラム街の野盗程度ならそれで倒せるかもしれませんが、強い人には敵いません。

「甘い甘い。激甘ですよ。」
現に私は軽く放った一太刀で彼の剣を飛ばし、無防備の首筋に刃を触れさせることができました。

剣がくるくると宙を舞います。

「嘘......。」

「実戦なら今ので首が飛んでいましたね。」
頭上めがけて落下してくる彼の剣を、私の剣の切っ先に乗せます。
「化け物かよ.....。」

「こんな曲芸、実戦では何の役にも立ちませんよ?」
私が教えるのはお遊戯ではなく、戦闘の剣技なんですから。

返された剣を受け取りながら、彼は再び構えます。
でも構え方は相変わらず。

やっぱり手取り足取り教えて差し上げますか。

「ほら、こう構えないと。
背筋は伸ばすんです。」

「うわ!」

彼の背後から抱きしめるように構え方を指導します。
剣を握った彼の手に私の手を重ねます。首筋と手の甲に浮き出たふつふつと滲む汗が、私の肌にはりつきます。

「肩の力も抜いて......。
そうです、もっと腰も落として構えるんです。」
鎧越しでも彼の鼓動が聞こえます。なんだかいつもより鼓動が早い気がするのはきっと気のせいでしょう。

「さ、そのままの構えで振ってみてください。
教えたとおりにすれば大丈夫.....。」

そう助言し、彼の背中から離れます。そのまま振らせたら私の頭が割られかねませんからね。

離れる瞬間はちょっぴり名残惜しそうな視線を私に送りましたが、正面に向き直ると彼の目つきは真剣そのものでした。雑念を追い出し、一刀に全てをかける気概が伝わります。

「へぇ......。」
思わず感嘆の声が漏れてしまいました。
ぴしゃりという音が聞こえてきそうなほど、凛とした空気が場を占めます。



瞬間、彼が踏み込んだ右脚とともに振り下ろした刃は小気味良く空を斬りました。
流れるような美しさの太刀筋は一種の清々しさを感じさせるほどです。

「....音が.....全然違う。構えでこんなに変わるんだ......。」
驚きこちらを振り向く彼の顔は、自分の中の才能に欠片も気づいていないことが一目瞭然でした。
彼がそれに気づくのはもう少し時間がかかりそうですね。










「それにしても、よく修行を受けてくれましたね。あんなに嫌がっていたのに。」
数時間後、訓練を終えた私たちは帰路についていました。


「別に、気分だよ。気分!」

ぶっきらぼうに言い放つと、彼はそっぽを向きました。

しかし、彼の目線はときたまチラチラと私に向けられます。正確に言うと、私の腕に残る千切れたときの傷跡を見ています。

「.....もしかして、私が怪我したことに責任を感じているのですか?」

「ばッ....馬鹿!そんなわけないだろう!!関係ねぇよ!!
バーカ!!」

とても分かり易い反応が帰ってきました。


「.....優しいんですね。」
そっと頭を撫でてみると、顔が見る見る茹で蛸のようになりました。

「こ.....子供扱いすんなよ....!」
恥ずかしがって私の手を振りほどく彼は赤い顔で上目遣い。
本人にその気はないのでしょうが、かなりクるものがあります。

可愛いですね畜生。誘ってるんですか?犯しますよ?


「おうおうおう!お熱いじゃねえのお二人さん!」
路地を歩いていると、前方から人集りやってきました。
その面構えたるや、品の無い顔の教科書のようなものばかり。

手にはそれぞれ武器を持っており、とても友好的には見えません。

「なんだ。お前らか。」
オグル君の反応は近所に住み着く野良犬を見かけたようなものという例えがぴったり当てはまります。
つまりどういうことかというと全然恐れていません。

「なんだその言い方は!このクソガキィ!!」
彼らの体臭も何処か犬臭いです。

私は彼らを『野良犬さん』と勝手に名付けました。

「お知り合いですか?」
オグル君はもっと知り合いを選ぶべきだと思います。

「知り合いなんてもんじゃあねぇよなぁ?
てめぇにやられた傷が疼いて仕方がねぇ。この恨みはきっちり身体で払ってもらおうか!」

オグル君に聞いたのに、返答は野良犬さんから帰ってしました。

貴方の意見は別に聞いていないのですが.....。

というか野良犬さんみたいな男は生理的に無理なので極力私に話しかけないでいただきたいです。

「おい親分!あいつぶっ殺したあとは、この姉ちゃんもヤッちゃってかまわねえよなぁ!!」

「どういうことですか?」


「酒場で仕事を頼まれたのよ!!そのガキをぶっ殺せってなぁ!!
前金はたんまり!!金貨100枚ポンとくれたぜ!!
成功すりゃさらにその3倍払うときたもんた!!
オマケにこんな良い女がついてるなんてなぁ......。
久々に楽しめそうだ。
ガキの股を買うのはもう飽きたんでな。」

下品な舌舐めずりをしながら私の身体をいやらしい目で見つめます。
ここまで言われると、流石に真面目で謙虚な私でも不愉快です。

「ブチ殺されたいんですか?
野良犬の分際で。」

「な、なんだと!誰が野良犬だ!!」

嗚呼、私としたことがつい汚い言葉を使ってしまいました。謝罪しなければなりませんね。

「ごめんあそばせ。私、別に貴方を犬扱いしたつもりはありません。
ただ、犬が貴方にそっくりなだけです。」

「て、てめえーーーッ!!許さねええええええええええー!!!」

血管がはち切れそうなほど浮き出た赤ら頭で私に襲いかかってきます。
参りましたね。怒らせるつもりは欠片ほども無かったのですが。

仕方ないので私は剣に手を伸ばします。戦乙女が人を殺すわけにもいかないので、刃は鞘に収まったままです。

「オグル君。どうやら話し合いで解決するのは不可能ですね。
少し早いですが、実戦です。
剣で黙らせましょう。」
「....誰のせいだと思ってるんだ.....よ!」

そういってオグル君は彼らに見事なドロップキックをかまします。将棋倒しになった彼らにオグル君は襲いかかります。

さぁ、生徒のために私がお手本を見せてあげないと。

「ヤるだけじゃあたらねえ!!
犯して!!ぶっ殺して!!また犯してやらあああああああ!!」

「ふん!!」
剣を構えると、私は勢いをつけて野良犬さんの後頭部を殴りつけました。

「ぎにゃああああああああ!!」

吹き飛ばされた野良犬さんは、どんどん壁を突き破りやがて見えなくなりました。穴の向こうから叫び声がします。

51%のごめんなさいと49%のざまあみろの気持ちが私の胸にこみ上げてきましたが、正当防衛としてゆるされるでしょう。

「死に晒せやオラァ!!ケケケケケ!!」
私の横で、倒れた相手に容赦無く暴言と蹴りを浴びせます。勇者が。









「おら、立てよ?
こんなもんか!あ?」
数分後、チンピラ勇者が全滅した野良犬の顔面を踏みつけていました。

「もういいですよ。全員やっつけました。
偉いですよ!」
「楽勝楽勝。レベル上がったかな!?」
「きっと上がってますよ!10は上がりましたね!」
「10は上がりすぎだってー。せいぜい7くらいだろ。」
ニヤニヤしちゃって、可愛いんですから。でも、人としてのレベルは下がった気がしないでもないです。






それにしても.....。

「妙ですね。このタイミングでオグル君を狙ってくるとは。」

「前にあったダーク・ヴァルキリーじゃねぇの?」

「彼女たちは堕落させることですから、殺しはしませんよ。
死んだら元も子もないですからね。
なにか心当たりは?」

「.......ありすぎてこまる。」

「一体何をしたらここまで恨まれるんですか?」
「えーと。暴行、殺人、強盗、恐喝、窃盗、詐欺、誘拐、放火.....」
「あ、もういいです。」

これ以上聞くと、この子を嫌いになりそうですから。

「とりあえず、ずっとスラム街にいるのは危険ですね。
ここを出ないと。」

「それは無理だよ。
あの壁があるから。」

オグル君が指差した先には、スラム街を包む巨大な壁がそびえていました。巨人でもないと突破は難しそうです。

「このスラム街からは誰も出られない。
この国のヤバい面の塊なんだよ。
四六時中兵隊が見張りしていて、猫一匹壁の外には出られないんだ。」

あぁ、そういえばそんな感じのことが資料に書いていた気もします。


「ふふふ。大丈夫ですよ。私に任せてください。とっておきの策がありますから。」

「策?壁を登るの?」

「私がそんな汗臭い労働に従事すると思いますか?
正々堂々、中央突破しますよ。」




14/08/08 08:42更新 / 蔦河早瀬
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■作者メッセージ
ヒュー!見ろよ奴の剣を!まるで鋼みてぇだぜ!(1500G)

ちなみに私はダイ大派です。

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