連載小説
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悪童と腹黒
私はヴァルキリーのアンジュ。ヴァルキリーの使命は勇者の素質のある者を育てあげることです。

天界でのカリキュラムをすべて終え、今からいよいよ勇者育成の旅が始まってしまおうとしています。

「ヴァルキリー・アンジュ。準備はいいですね。」

これは神様です。名前が神様です。ツッコんではいけません。

「はい、勿論です!」
私は元気良く、笑顔で、かつハキハキと返答します。この日の面接のために毎日毎日鏡の前で練習して来たので、完璧です。
たとえ面接官が圧迫面接を繰り返す禿げ散らかした醜い上司だったとしても、この態度と天から与えられた私の美貌があれば好印象なのは間違いないのです。
断っておきますが、私は決して神様が圧迫面接を繰り返す醜い禿げ散らかした陰険な金髪豚野郎などとは一切思ってはいません。ええ、思ってはいませんとも。

「よろしい。では、ヴァルキリーの心得10カ条を述べなさい。」

「はい!
一つ!ヴァルキリーは武勇に優れていなければならない!
一つ!ヴァルキリーは気高い精神を持っていなければならない!
一つ!ヴァルキリーの目的は平和な世界を作ることである!
一つ!ヴァルキリーは神に忠誠を誓います!
一つ!ヴァルキリーにとって神からの神託は絶対である!
一つ!ヴァルキリーは勇者を育てる使命を帯びている!
一つ!ヴァルキリーは勇者の最高のパートナーである。
一つ!ヴァルキリーは常に勇者と苦楽をともにします。
一つ!ヴァルキリーは禁欲的でなければならない!
一つ!ヴァルキリーは魔物からの誘惑に答えてはならない!」

この長く意味のない文字の羅列を一字一句覚えるのにどれほどの月日がかかったことか。ヴァルキリー学園の入試問題と同じく、この後この文字列は忘却の彼方へと置き去りにされてしまうのでしょう。

でも、問題ありません。いま完璧に覚えていれさえばよいのです。盾の裏にカンニングペーパーを貼り付けなかっただけでも自分を褒めてあげたいくらいです。

「ではアンジュよ!今から旅立ちの時です!貴方が担当するのは彼です。」

神さまが私に書類を渡します。中に勇者候補の名前や顔、ありとあらゆる個人情報が掲載されています。プライバシーなんてありません。何故って?目的のためなら殺人だって許されるのが神様。ひいては宗教なんですから。

さぁ、いよいよ私の担当する勇者と(書類上ですが)御対面です。

私個人の希望としては強くて優しくて顔が良く、常に私を優先してくれてお金持ち。高学歴で高身長な素敵な殿方。そんな人がいいですね。

期待して書類を広げると、一枚目に担当する勇者の卵の顔が現れました。

「え?ちっちゃい.....。」

「どうかしましたか?」

「い、いえ!なんでもありません!」

そこにあったのは、殿方どころか青年とすらいえない。小さな少年でした。歳は13歳。142センチの35キロ。同じ歳の男の子と比較しても非常に小柄な子です。その他の個人情報を見ても、私の理想にはかすってすらいません。

「では、行ってまいります!」

でもまぁ、大丈夫でしょう。いざとなれば私の見た目なら働き口は他でも得られるはずです。辛かったら半月くらいで辞めれば良いのです。

それにもしかしたら、道中でもっと素敵な殿方に会えるかもしれません。うん。少しやる気が出て来ました。

「さぁ、出発です。」
待っていてね。勇者の卵クン。



天命を受け、下界の街に降り立ったのですが、期待に胸を膨らませた私はさっそくその期待を打ち砕かれることとなりました。

「なんなんですか、ここは....?」

そこに広がるのは、散乱したゴミと密集した汚い住宅、それに浮浪者たち。おおよそ勇者という言葉とはかけ離れたスラム街でした。

「恵んでくだされ。恵んでくだされ。」「へへへ。姉ちゃん、随分と上玉じゃねえか。銅貨3枚でどうだ?」「おい、随分と高そうな鎧じゃねえか。俺にくれよ。」「靴磨くから、お金ちょうだい?」


私を見るなり群がる老若男女の浮浪者たち。
「ちょっ、離しなさい!」
彼らを振りほどき、路地裏に逃げ込む。主よ。真にこんな場所に勇者の素質をもつ者がいらっしゃるのですか?

「本当に....こんなところに......勇者がいるのかしら?」

何とか彼らを撒き、街灯の下で息を整えます。

「こんな格好では目立ってしまうわね。」
自らを包む煌びやかな装飾のついた甲冑や刀剣、盾を見つめます。鑑定眼のない者でも、一目でその価値を理解し、その輝きに目を奪われることは必至でしょう。

剣を鞘に収め、盾を背に回すと、懐から大きな布を取り出し、それをマントのように羽織ります。すっぽり覆われた布が、翼や鎧を隠してくれる。これで人目に付くことは少なくなります。

そのときです。路地の向こうから叫び声が聞こえたのは。

「!......気配がある。近くに.....いる!」

感じる。彼はすぐ近くにいる。分かる。

蜘蛛が生まれつき巣の張り方を知っているように、私たちは勇者の存在をある程度感知できるのです。

私は駆け出した。早く彼を探し出し、こんな街とはおさらばしたい。

狭い路地を全力で駆け回り、彼の気配の方に急いだ。近づくたびに、鼻を刺すツンとした匂いがましていく。どうやら多くの血が流れているようです。

彼の気配はまだ途絶えていないが、あまりゆっくりはしていられないでしょう。

人間にはおよそ不可能な速さで夜の路地を駆け抜け、狭く暗い通りに体を滑り込ませます。

「......ッ!」
歩みを進めるたびに足元からピシャリピシャリと音がします。視界は上手く効きませんが、嗅覚でそこに何が撒き散らされているのかはすぐ分かりました。

暗闇に慣れ始めた眼が、彼を捉えていく。

彼は野盗とおぼしき男と対峙していた。周りに男の仲間だったはずの肉が散乱している。

野盗はナイフのようなものを握り締めながら彼を睨みつける。得物を持つ手は生まれたての子鹿のように震えていました。

「……誰がテメェなんか、テメェなんか怖かねぇ!!……野郎ォぶっ殺してやぁぁぁる!!!」

突進する野盗。腰は引けて、雑念だらけ。呆れるほどお粗末な攻撃です。しかしそれでも、ナイフを持った大人に襲われるのは、13歳の子供には怖いはずです。

「はぁ....めんどくさい....。」

面倒ですが、助けてあげることにしました。どうせ、この先何度もサポートすることになるのですから。

懐から剣を抜き、駆け出します。

しかし、彼は野盗などかけらも恐れてはいませんでした。

野盗の突き出す腕を難なく躱すと、壁を蹴って飛び上がります。手には鉄管が握られていました。

「オラぁあああ!」

変声期前の掠れた雄叫びとともに、野盗の後頭部に鉄管を叩きつけます。そこに一切の迷いはなく、野盗の腑抜けた攻撃との差は比べるまでもありません。
地面に伏した野盗に対し、彼は獣のような唸り声とともに鉄管を何度も何度も振り下ろします。肉と鉄がぶつかる鈍い音が路地に吸い込まれて消えていきます。

「あらら。いらない心配でしたね。」

やがて野盗が動かなくなると彼は懐を探り、そこから袋を取り出す。揺れると中から金貨の擦れる音がしました。

事が済んだ彼は、今度はくるりとこちらに向き直ります。
「で、アンタは何のよう?」

返り血のついた顔をゴシゴシと拭きながら私に尋ねます。その目線は私の顔ではなく、煌びやかな装飾の施された剣に向けられています。
きっとお金になるとでもおもっているんでしょう。

残念ですが、差し上げられません。

何故ならこれは大事な商売道具で、私は今から営業時間なのですから。フードを取り、勇者の卵クンに姿を見せる。

「おめでとう!オグル君!貴方は神様に選ばれし勇者となりえる人間です。さぁ、私と来てください!共にこの世界を救いましょう!」

素面で聞けば怪しい勧誘としか思えないセリフの胡散臭さを、満面の営業スマイルで打ち消す。

彼はギョッという音が聞こえて来そうなほど驚いています。無理もありません。翼を生やした美人な戦乙女がやってきて、自分を勇者と呼ぶのですから。戸惑っているのがみて取れます。

「し、信じられるかよ!そんな胡散臭い話!!
それに、なんで俺の名前を!!?」

胡散臭いのは私自身重々承知しています。とは口が裂けても言えないので、私は営業スマイルの続行続行。
勧誘を続けます。

「神はなんでも知っているのですよ。当然貴方のお名前もね。
そしてその神が貴方を選ばれたのです。貴方は勇者となりえる資格を得たのです。
急にこのようなことを告げられて不安でしょう?
でも、何も心配はいりません。そのために私が遣わされたのです。」

断っておきますが、私は本当にオグル君に嘘をついてはいません。この子が神に選ばれたことも、勇者の資格を得たことも、私が遣わされたことも全て嘘偽りのない真実。

まぁそれが幸せなことかどうかの保証はできませんが。

「し、信じねぇぞ!!誰も信用なんてするもんか!!!!」

勢い良く振り下ろされる鉄管。難なく避けれる攻撃ですが、此処は受け止めることにしました。

剣を鞘に収め、片手を突き出します。

「へっ!その腕へし折ってやんよ!ヴァーーーカ!!」

「大丈夫ですよ。折れませんから。」

「ほざけ!!このクソババァーーーっ!!」

先程と同じく、迷いのない一撃。やっぱりこの子は筋が良さそうですね。

でも.....

「私には敵いませんよ?」

「え!?」

オグル君、ショック顔です。流石全力の一撃を女の子に片手で掴まれるのは初めてだったようですね。

喧嘩っ早い相手には圧倒的な力量差を自覚させるのが手っ取り早いのです。

「鉄の棒ですか....。勇者の初期装備としてはギリギリ及第点ですね。剣は私が手取り足取り教えてあげますから、後で銅の剣でも買いましょうか。」

キリキリと鉄棒が悲鳴をあげます。まぁ、強度からしてもってあと5秒といったところでしょうか。

「うわあああああああ!!ば、化け物オオオオオ!!」
「化け物じゃありません。ヴァルキリーのアンジュです。」
あらら。逃げちゃいました。少し怖がらせすぎたかもしれません。 器用に鉄棒を使って外壁を登り、屋根に逃げて行ってしまいました。

その姿はまるで猫のようです。

「凄いじゃないですか!スラム街ならではですね。」

残念ながら私にはそんな技術はないので、背中から生えた翼を使います。
翼を広げ、はためかせたところで彼の叫び声が上から聞こえてきます。全くトラブルに巻き込まれやすい坊やですこと。

飛翔しながら屋根の上を滑空すると、オグル君の周りを何者かが取り囲んでいます。紫の肌に黒い翼。ダークエンジェルですか。全くもって面倒臭い。

剣を構え、周りの空気を翼に取り込んで突進します。

突進してくる私に気づいたダークエンジェルたちは、蜘蛛の子を散らすように退散していきました。

「ちょっと、邪魔するんじゃないわよ!神の奴隷風情が!!」

心外です。私はあんな禿げの奴隷になるくらいなら死にます。

「邪魔しているのは其方では?
この子は私のパートナーですので、これ以上狼藉を働くようならその首、引きちぎりますよ?」

「お、お前.....。」
「お前ではありませんアンジュです。
オグル君。貴方のパートナーとなる女の名前くらい、覚えていただきたいです。」


「へぇ。ヴァルキリーがついてるってことはその子、勇者候補ってわけ?
こいつァいいわ。久々の上玉よ!!」

不意に空から声がしたのでその方向を向くと、空中に戦乙女が翼を広げて静止していました。しかし、その姿は私とちがい、翼が黒く染まり、肌は青白く変色しています。
ダーク・ヴァルキリー。かつて私と同じヴァルキリーであった者。堕落神の僕。

私が言うのもなんですが、つく上司を間違えていると思います。

「かかれ!その戦乙女もついでに堕落させてしまいなさい!」
ダーク・ヴァルキリーの指示で、ダーク・エンジェルたちが襲いかかってきます。

放たれる光弾を盾で防ぎ、突進してくる者は剣で迎撃。苦戦する相手ではないですが、数が多いので手間がかかります。

「オグル君、この数ですから貴方を守り切れる保証はありません。ひとまず逃げてください。
.......オグル君......オグル君!?」


「...あ.....ああ.....、」
オグル君は腰が引けているようです。非常に不味い。ここで彼を見捨てることもできますが、流石に私もそこまで冷血ではありません。



「チャ〜ンスッ!!勇者の卵、ゲットォ〜〜〜〜〜〜!!」

好機とばかりにダーク・ヴァルキリーがそれを飛来して捕まえようとします。

「くっ!間に合えッ......!」

群がるエンジェルたちの一瞬の隙をつき、彼女等の包囲網を突破した私は、全速力で駆けます。
邪魔なので重い盾と剣を捨てます。

「邪魔しないでくれる!!?」
ダーク・ヴァルキリーが光球を放つ。その威力はエンジェルとは比べ物にならない威力でしょう。


その身一つで突進し、腰の抜けたオグル君をなんとか抱き留めて確保します。

「ッアアアア!? 熱ッ!!!」

しかし、装備を捨てた私に光球を避ける術はありませんでした。

とっさに頭を庇った右手は、千切れて炭のようになってトタン屋根の端にコロコロと転がっていきます。

「あ..アンジュ!!お前..う、腕が....!!」

「大丈夫....です。回復呪文を使えば、再生....でき......、痛ッ!!?ア....うああああッ!!!」

再生できるとはいえ、流石に腕を消し炭にされるのは辛いです。激痛で頭がおかしくなりそう。

「あらあら。勇者を救うために身を呈すなんて大した根性じゃない。元戦乙女として褒めてあげたいくらいだわ。」

「貴方のお墨付きなんて、....クッ.....ア......いりません......っ!!
........うぐ......!」

「アンジュ!アンジュ!!」

「さぁ、勇者候補君。私のものになりなさい。そうすればこの戦乙女は助けてあげるし、貴方にも極上の快楽を味合わせてあげるわ!!」

「助けて......くれるの!?」

「えぇ。約束するわ。だから私のものにーーー
うっ!!??」
「黙りなさい!この淫売が....!!」

遠距離攻撃は貴方の専売特許ではありませんよ。
一発顔面に食らわせてやりました。
「アンジュ!!?」

あらら。今の一発が限界です。もう、何もできません。
「なんで、俺なんか庇って....!!」

「.......私が守りたいから守るんです.....。貴方は気にしないでください。」

「.....やだよ。死なないで、死んじゃやだよ!!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!」

オグル君の周りの空気が変わって息巻く、ピリピリしていて肌が切れそうだ。

あぁ

そうか、これが、

「ちょ、ちょっとなんなのこれ!?」

「わかりませーん。」
「怖いですー!」

これが勇者の覚醒というやつか。

「お前ら全員、ぶッ殺してやる!!」

オグル君が私の剣を掴み、振るう。

光を帯びた剣は闇夜を劈き、光刃の乱舞が空を切り裂いていく。

「きゃあああああああ!!」
「バンビ様ァ!やばいっすよこれ!」

突然の反撃に、彼女たちは右往左往しながら逃げ惑います。

「ひ、ひとまず退散よ!!ちくしょーッ!!覚えてなさーい!!!」

負け犬のお手本のような台詞を残して、彼女たちは去っていきました。

ざまあみやがれのおとといきやがれです。

オグル君は、急に力を使いすぎたからかフラフラとしています。

とりあえず危ないので彼の頭を私の膝に乗せて寝かせ、私は焼き切れた腕に回復呪文をかけます。


「痛ッ!〜〜〜アァッ!!
治った治った......。」

少し繋ぎ目がチクチクしますが、一晩寝ればすぐ動くでしょう。

「とりあえず今晩の宿探しですね......。」
私の膝の上で寝息を立てる小さな頭を撫でると、甘えるように腰に抱きついてきました。

こうしているときの彼は、スラム街の悪童でも勇者候補でもない、ただの可愛らしい男の子そのものです。

「良い夢をみてくださいね?」
「……母……さま……」

「全く.....誰がお母さんですか..........。」
14/08/05 09:29更新 / 蔦河早瀬
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■作者メッセージ
お久しぶりです。連載二回目となる運びになりました。前作が楽しくない話なので、今回はギャグ重視でいこうとおもいます。
おねショタなのは趣味です。そこは変わりません 笑

ヴァルキリーのキャラは、プロットの段階ではもっと優等生タイプだったのですが、書いてるうちにこんな真面目系クズの腹黒女になってしまいました。マジでどうしてこうなった.......。

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