連載小説
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前編


 地上から約千メートルの上空にて、一組の男女が優雅に遊覧飛行していた。
 女の方はこの上空に不似合いなビキニ状の薄着で、皮膜付きの翼と同化した両手腕を使って空を飛んでいる。
 男は――目にゴーグルを体にはバックパック状のハーネスを付け、二つの大きな鞄を襷掛け、防寒着に身を包んだ体から提げている――ハーネスの肩の部分に備えた金属性の持ち手を女のトカゲに似た足に掴まれ、それで空を飛んでいた。

「ねぇ、今日ばら撒くチラシって、どんなのがあるの?」
「確か、サバトのお兄ちゃん募集のやつと、堕落神への改宗のお知らせだろ。あとは魔物娘喫茶のご案内と、我が街の名物紹介に、魔王様のあり難いお言葉『人魔皆セックス!』というのをイラスト付きで描いたもの。それにちょっとした魔物化の呪いが掛かった符だね」
「随分と種類と枚数多くなったよねー。運ぶのチョット重いし」

 この二人、常人ならば失神してしまうほどの空気の薄さと、呼吸をするのも苦労する向かい風だというのに、付近を散歩しているかのような気楽さで、会話を楽しんでいる。
 それは女の方――ワイバーンという空を飛ぶことに特化した魔物娘は分かるが、優男に見える男はそれに耐えられるのが不自然に思えてしまう。

「あれあれ。ウィードってそんなにへばり易かったっけ。牛一頭なら余裕で一昼夜持ち運ぶでしょ?」
「それはまぁ、そうなんだけど……だって、昨日寝かせてくれなかったじゃない」
「そこは寝かせてくれなかったじゃなくて、ウィードが寝なかっただけでしょ。僕に跨って、腰を上下に振ってさ。虚ろな瞳で虚空見ながら、ずーっとイクイクって喘いで止まらなかっただけじゃないか」

 この言葉の掛け合いでお判りだろう。
 男の方はワイバーンの夫で、種族的には人間を辞めたインキュバスという存在。
 相手の種族に合わせた身体変化を遂げるインキュバスにとって、妻となった魔物娘が住み行く事が出来る場所は、その彼女と同じ程度に適応できるのだ。火山帯に住むのなら暑さに耐えられる様に、水の中に住むのならば水で呼吸が出来る様に、下水に住むのなら匂いの快不快の基準が変わり、そしてワイバーンが妻なら上空の空気の薄さにも寒さにも耐えられる肉体を得る。

「だって、シュラーキのおちんぽ気持ち良いんだ――も、もうここで止め。ただでさえ……」
「ただでさえ残り香で体が燻っているのに、こんな話したら火が付いちゃう?」

 そんな訳で二人は気楽な様子で空の散歩を楽しむ。それが仮に仕事の最中であろうとも。

「だから止めてってば。ここの下、もう反魔物領なんだから、降りて交わる訳にもいかないんだから」
「じゃぁ、さっさと用事済ませて帰らないとね。ウィードの可愛らしいお豆が、ぷっくりと立っちゃってるし」
「ちょっと、何処見てるのよぉ。馬鹿、帰ったら沢山愛してくれなきゃ許さないから」
「たっぷりと愛してあげるよ。騎乗位で散々楽しんで貰ってから、足腰立たなくなるまで後背位で攻め立ててあげるからね」

 手でウィードの掴んでいる足をそっと撫でると、その足の付け根の部分、そこを覆っている布地がその中身から出てきた液体で、じんわりと色が変わる。そしてシュラーキへと、ウィードのねっとりとした熱視線が注がれる。

「さてじゃぁ僕の奥さんの自制が利いているうちに、さっさと済ませて帰ろう」

 眼下に見えてきた、反魔物領内でも大きい部類に入る街へ向かって、二人の高度がどんどんと下がっていく。
 鳥が飛ぶ高度まで下がると、箱庭のそれだった街並みがだんだんと大きくなり、やがてそこの道行く人の目にも空を飛ぶ二人の姿が視認される。
 すると魔物が乗り込んできたと、てんやわんやの大騒ぎになり、道を右往左往しはじめた。

「帰りは、竜変化するから」
「そんなに急いで帰りたいのかなぁ?」
「うん。ちゃちゃっと帰って、ベッドの中でチュッチュしてハメハメするの」

 街の中を右往左往している人物に苦笑いしていたシュラーキの笑みが、その言葉の後では伴侶の仕様が無さへの苦笑へと変わっていた。

「それじゃぁ、姿見せも終わった事だし。弓矢が届かないぐらいに、ちょっと高度を上げつつ街を巡りながら、チラシを撒くとしますか」
「じゃぁ撒き終わったら言ってね。直ぐに竜変化して、一直線全速力で直帰するから」

 翼で風を掴み直して高度をとったウィードに掴まれつつ、シュラーキは体に下げていた鞄から、白黒の活版印刷で作られた文字のチラシや、木版印刷で作られた色みの美しい紙などを取り出すと、ばさばさと空から街へと撒き始める。
 いったい魔物が何を撒いているのだろうかと、興味本位で街人が空に舞う紙と地面に落ちた紙を広い集め始めた。
 文字が読めない者は描かれた絵を見て何なんだろうかと首を傾げ、そして文字を読める者は拾った紙に書かれたのを周りへと読み聞かせている。
 するとこの騒ぎを聞きつけたのか、教団の兵士や使徒だと思われる服装の者たちがやってきて、集まっていた人々へ怒鳴り散らしながら紙を集めている。声が聞こえないためこれは予想だが、おそらく『読んだら堕落する』や『魔物の陰謀』などと言っている。
 その教団員の内の一人が、地面に落ちていた魅了の魔力を含んだ符を踏んで一瞬で魔力に侵されると、上空に居るウィードとシュラーキへ何事か叫ぶと、一目散に街の外へ向かって走り出す。

「なんて言ってたか聞こえた?」
「俺、今すぐにワーウルフと結婚するんだ!――だって」

 早速新しい婿候補が出来た事に、いい事をしたといった雰囲気の笑みを浮かべると、より広範囲へ撒ける様に派手にチラシを撒いていく。
 チラシを撒く二人とそれを追いかける教団員たちとの追いかけっこは、シュラーキがチラシを撒き終えた瞬間にウィードが竜変化して咆哮を上げた事により、教団員の殆どが腰を抜かす事で終了した。



 言葉通りに一直線に全速力で住処へと帰ってきた二人は、早速情事を始めようとしていた。
 ウィードは全身の服という服を脱ぎ捨てベッドに上がると、急かすようにベッドをバンバンと叩いてシュラーキを呼ぶ。

「ねぇ、早くぅ早くぅ〜〜」
「隊長に任務終了の報告しないといけないんだけど、まぁ後で良いか」

 報告を後回しにして妻との逢引など本来なら許されざる行為だろうが、それは魔物が多く住む場所だけあり、まぁしょうがないよねとばかりに黙認されている。
 しかしそれにも例外があるわけで。

「良いわけがあるか!」

 バカンと扉を蹴破って入ってきたのは、デュラハンのサニチア(独身)――シュラーキとウィードが所属する諜報部隊の隊長だったりする。

「まったく家へ直行したと聞いて来て見れば。帰ってきたら直ぐに報告に来いと、何時も何時も言っているだろう!」

 カリカリと怒りながら二人へと歩み寄るサニチア。ご覧の通りの堅物で、かつ種族的に生真面目な性格ゆえ、魔物娘だというのに未だ独身かつ清らかな身である。
 そんな事だから幼馴染と相思相愛なのに、一線越えられずに結婚が出来ていないのだと思う。

「誰が行き遅れだ!」
「誰もそんなこと言ってませんってば」
「いいや、その目が言っているようなモノだ!」
「理不尽な!」

 そして怒りを覚えたりてんぱったりすると理不尽な言動が目立つのも、サニチアの欠点である。幼馴染曰く『あれさえなければ、夜での一線をもっと楽に越えられるのに』との事である。

「理不尽とは何だ。そもそもお前が報告に来れば!!」
「分かりました分かりました。報告に行かなかったこっちが全面的に悪いです。なので僕の後ろを見てください」
「分かればよろしい。で、お前の後ろがなんだと――」
「甘い夫婦の営みを邪魔されて、怒りによって太古の力が呼び覚まされそうになっている私の妻へ、怒りを静める一言をお願いします」

 サニチアが視線を向けると、ウィードの甘い営みを創造して緩んでいた目が三角になっており、キスを待ちわびて震えていた唇からは怒気で溢れた炎がチロチロと漏れ出ている。加えて夫を抱擁しようとして広げていた翼は威嚇のそれに変わり、愛しい男を捕まえて離さないためだった爪は侵入者へと飛びかかろうとするものへと変わっていた。

「いや私が悪いわけではないだろう、第一――」
「ああぁ!?」
「どうどうウィード。野生に戻っちゃだめだよ。可愛らしい顔が、ちょっとだけ悪っぽくなっちゃうからね」

 サニチアへ怒りに任せて飛び掛って扉の向こうへと蹴り出そうという気概を見せるウィードを、シュラーキは押し留めながら視線で『良いからさっさと謝って』とサニチアに。
 あまり気の乗らない様子で、しかしシュラーキに視線で催促されて、サニチアは渋々といった感じで、落ちないように頭に手を当てつつ、頭を下げて謝った。

「すまん。落ち着くのを待ってから入ってくれば良かったな」
「……ふぅ〜。で、何の用ですか。『隊長』さん?」

 一応は細く吐き出した炎と共に怒気も追い出したのか、ウィードの表情は落ち着いたものへと変わった。しかし隊長の部分に異様な憎々しさを込めて言っていたので、腹の虫は完全に治まっては居ないようではある。
 それをサニチアも感じ取っているのだろう、少しおびえた様子で手に持っていた紙を広げた。
 紙には古の姿のワイバーンに載る騎士の絵が白黒で描かれており、その下には『第一回、最強竜騎士決定戦。腕に覚えのある竜騎士たちよ集え!!』の文字。

「何かしらそれ?」
「ここから遠くない場所で開かれる大会だ。大会への案内状もここにあるぞ。お前たちに行って貰う事になった」
「それは大変ですね。でもそれは何時行けばいいのかしら?」
「今すぐに、だ」
「ああんッ!?」
「私の所為じゃないぞ。これは上からの唐突な命令だからな。私もこんな大会があるだなんて、ついさっき知ったんだ!!」
「駄目だからね、野生に戻るのは。どうどう。抱きしめてあげるから落ち着こうね。あと隊長もエキサイトしないで下さい、話がややこしくなります」

 二人の間に挟まれる形になったシュラーキは双方を落ち着かせつつ、しかし竜騎士の大会という部分に疑問を抱いていた。

「ねぇ隊長、ちょっと疑問が――あ、キスは駄目だよ、隊長とお話しするからね。ちょっとだけ?う〜ん、チョットだけだよ。んッ。コレで良い?未だ駄目。もうちょっと強く?」
「なぁ、殴って良いか?当て付けだよね、それ?」
「隊長が幼馴染とキスすら出来ないからって、こっちに当たらないでくださいよ。それにこのご機嫌伺いは、元を正せば隊長の所為ですからね」

 シュラーキの視線が自分から外れた事が嫌なのか、ウィードが甘えるように彼の頬に頬をくっ付けつつ擦りつける。それにシュラーキは彼女の頭を撫でて応えると、どうやらウィードの気分が落ち着いたのか、満足そうにふぃーっと息を吐いてから彼の首筋に鼻を埋めた。

「はぁ〜……さっさと続きを話せ」
「で、疑問なんですけど。そもそも僕って竜騎士じゃないので、大会に出たらまずいんじゃないですか?」
「竜騎士ではないと……ワイバーンに乗っているのに?」
「僕は階級で言うと、騎士じゃなくて兵士です。たまたま妻がワイバーンというだけです」
「反魔物領の動向の偵察任務や、チラシ配布とかでの親魔物への扇動に、こっそりと忍んで森を進む教団の威力偵察の排除、付近の親魔物領や魔界の伝令、等など。立派に竜騎士の仕事をしているだろう?」
「そもそも偵察をする騎士って何ですか。偵察や伝令なんて兵の仕事でしょうに。もし仮にそれが騎士の任務だとしても、僕は騎士団の一員じゃないですし、騎士候に任じられてもいません。ただの諜報員な一般人です。それが不満なら、ただの『竜騎兵』です」
「しかし、先方への申し込みは済ませてあると上司が……」
「なら他の人に――は無理ですね、ワイバーンの夫は僕だけですし」
「なぁ、どうしたら……」

 事此処に至って、どうやら問題が発生したようだ。
 どうやらサニチアの上司もシュラーキの事を竜騎士だと勘違いして、その大会に出場を了承してしまっていたらしい。
 騎士では無い者が大会の中に混ざれば、開催者の面子に問題が発生するのは疑いが無く、逆に勘違いでしたと此方が告げても此方の面子が盛大につぶれるという二重苦だ。
 そんな事を思い至ったのだろう、サニチアの取り外しの利く顔が真っ青になっていた。
 
「判りました。まぁ手が無いわけじゃないので、確認のためにその紙を貸してください。あとウィードと相談するので、ちょっと外で待ってて下さい」

 シュラーキは手を伸ばしてサニチアから大会の概要の書かれた紙と招待状を受け取る。
 くれぐれも頼むといった風に、部屋から出て行くサニチアから視線を貰ったシュラーキは顔は嫌々そうにそれを見送った。

「ねぇ、シュラーキ……本当はサニチアを困らせたかっただけじゃないの?」

 部屋の扉の向こうにサニチアが消えていって直ぐに、ウィードはシュラーキへと小声で話しかける。

「僕が騎士階級じゃないのは本当の事だよ。まぁ、悪戯気が無かったかといったら嘘になるけどね」
「本当にシュラーキって、私以外には悪い人だよね」
「僕もウィードとの愛の囁き合いを邪魔されて腹立ってたからね。でもウィードもあの青ざめた顔見て、ちょっと溜飲下がったでしょ」
「まぁチョットだけね。だって私、そんなに怒ってなかったし?」

 そこで二人はお互いの顔を見つめ合い、忍び笑いを零した。 

「それで、如何する。大会に出る気ある?」
「騎士どうこうって話は良いの?」
「それは考えなくていいよ。抜け道はあるから」
「そうなの?……でもシュラーキが乗り気だって言うのにチョット違和感がある。だってシュラーキって、こういう誰かと競い合うっていうのあんまり好きじゃないでしょ?」
「確かに好きじゃないけど、でもさ、この開催地と此処の一文読んでみてよ」

 ウィードの言に苦笑いしつつ、シュラーキは概要の書かれた紙の中の開催地の場所と重要だという一文を指差して見せた。

「えーっと、開催地は『ヴォルカ・フリュード』――って、ドラゴンやワイバーンの巣窟な火山帯近くの街じゃない。絶対に強豪が出てくるわよ!?」
「でもさ、あそこの産業に温泉があるの知ってた?あと、この一文」
「うーんと、なになに『招待選手は当街の一級ホテルのお部屋をご用意致します。滞在費及び食費、遊行費は此方が全額負担致します』って事は?」
「今から直行したら夕方着くよね。そうしたら、大会が開催される三日後まで、今日散々焦らしちゃったお詫びに、温泉とお部屋でじっくりと愛を語り合ったり、美味しい料理を食べるなんてどう?」

 そんな夢のような計画を耳元で囁かれ、思わずウィードはその光景を想像してしまい、背中にぞくぞくとしたものを感じたのか小刻みに身を震わせている。
 しかし気になったことがあったのか、恍惚とした表情が一転して曇ってしまう。

「でも、大会って事は斬り合いとか、危ない事するんでしょ。シュラーキが危険な目に遭うの嫌だなぁ……」
「僕みたいな戦闘下手なんて、立派な竜騎士様にとっては赤子の手を捻るもんさ。きっと危険無く、軽るーく倒してくれるよ」
「でもそんなにあっさり倒されちゃっていいのかしら。だってこれってちゃんとした大会よ」
「ちゃんと一つだけ出来るのがあるじゃないか。ほら、全速力で駆け抜けつつ斬りつける一撃離脱技」
「あれって地上で「降りて来い」ってワーワー騒ぐ教団の兵士を驚かすために作った、本当のこけおどしじゃない。それで大丈夫なの?」
「こういう大会って実力もそうだけど、技の見栄えも重視されるから、その後に直ぐに倒されたとしても『相手との実力差を見切り、初手に全力の一撃を出したが負けた』って、好意的に解釈されるよ、きっとね」
「本当に?」

 それでもシュラーキが怪我をするんじゃないかと心配なのか、ウィードの顔は少々曇っていた。
 しかしシュラーキはそんなウィードを抱きしめると彼女の頭を撫でて、その表情の曇りを取ってやる。

「じゃぁ大会の出場は了承って事でいいよね」
「うん。でも、危なくなったら直ぐ降参してよ。名誉とか温泉とかより、私はシュラーキが大事なんだから」
「大丈夫だよ。僕は無茶をしない性格だって知ってるだろう?」
「そこは信用してる……じゃあ、さっそく行きましょう。このまま抱き合ってると、繋がりたくなっちゃう」
「だったらヴォルカ・フリュードに着くまで耐えられるように、おまじないをしておかないとね」

 ぎゅっとウィードを抱き寄せたシュラーキは、そっと彼女の唇を奪う。
 唇を啄ばみ、歯を舌で舐め、舌を絡ませつつ口内を舌でこそいでいく。

「んッ。ちゅにゅ、ちゅ……」

 ウィードはその舌使いとシュラーキの抱擁とで顔の表情が蕩けていき、待ちきれない何かを催促するかのように腰が前後にゆっくりと動いている。

「んんッ!――待って、もう大丈夫だから……」
「もしかして、お口だけでちょっとだけイっちゃった?」
「言わなくても判るでしょ……もう、チラシ配布の時と今と、こんなに焦らしてくれちゃって。今夜は絶対に寝かさないんだから」
「それは心配しなくても大丈夫だよ。ウィードを散々ハメ倒して失神させれば、君を抱きしめながら寝られるし」

 言葉を交わした後、これでこの場では最後と言わんばかりに、二人の口は隙間無く合わさって、お互いの味をじっくりと確かめあった。




 あの後直ぐにヴォルカ・フリュードへと旅立った二人は、空からの地上の景色が歪んだ飴細工のように見えるほどの速さで上空を突き進んだ。しかしチラシ配布の任務の疲れもあったのか、大会に参加する竜騎士専用に宛がわれたホテルには、二人が予想した夕方に到着出来ず、夜の帳が下り夕食時を過ぎたぐらいに到着した。

「ああ〜ん、も〜う〜〜。つか〜れた〜〜〜」
「はい、ご苦労様。此処で座ってていいよ、チェックインは僕が済ますから」

 ぐでぇっと地面に両手足を投げ出すように座り込んだウィードに、シュラーキは苦笑交じりでそう言葉を掛けると、ホテルのフロントへと歩いていった。
 そのフロントにいた受付のサキュバスに言葉を掛けつつ、懐から大会参加者の証である招待状を見せると、サキュバスは驚いた顔をして何事かシュラーキに話しかけてから、シュラーキにホテルの部屋の鍵を渡した。
 サキュバスに礼を言ってから、ウィードの場所へと再び戻ってきたシュラーキの顔は笑みの形。

「どうやら僕らが一番最初だったらしいよ。だから多分って付けてたけど、今日は僕らの貸切だって」
「他にも沢山参加者居るんじゃないの?」
「なんかこの招待状は地元の参加者は明日に、それ以外に今日届く様にしてたんだって。だから大多数の参加者は明日来る事になるんだって話だよ。僕らが今日に着たから驚いていたし」
「じゃあ、泊まれるのは明日からって事?」
「それは大丈夫だよ。部屋も温泉も用意はしてあるってさ。でも食事の用意は今からするから、先に温泉に浸かるなり部屋で寛ぐなりしててほしいって」
「よかった〜。これで他の宿屋を探すなんて事になったら、この場でシュラーキを犯しちゃうもん」
「ならホント良かったよ。流石に石畳の上だと背中痛いからね」

 別にこの場でするのは嫌ではないのかと言う突っ込みは、魔物夫婦には通用しないようである。
 その後、さっきフロントでシュラーキに受け答えしていたサキュバスの先導で、シュラーキたちが泊まる事になる部屋に案内された。
 流石に招待選手とはいえ、最上級の部屋を用意するとまではいかなかったが、それでもシュラーキたちが住んでいる小さな家の内装が丸まる入るほど大きく、豪商が泊まっても遜色が無い程度には立派な部屋に通された。
 
「うわ〜、立派な部屋……机の上には魔界の果実の盛り合わせなんかあるし」
「ベッドも柔らかくて寝心地良さそうだよ。ウィードもおいでよ」

 きょろきょろと見回っていたウィードに、シュラーキはベッドの寝心地を確かめながら手招きする。
 それを見たウィードは微笑むと、盛り合わせになっていた果実の籠から一組の夫婦の果実を翼と一体化した手で摘むと、ゆっくりとした歩みでシュラーキへと近づいていく。
 そして彼が横たわる直ぐ側に腰掛けると、ウィードは夫婦の果実の赤い方を口に含み、シュラーキに青い方を含ませる。お互いに示し合わせたかの様に果実を口の中で潰すと、ウィードはシュラーキに圧し掛かるように、シュラーキはウィードを迎え入れるかのようにして口付けを交わす。
 そうしてお互いの口の中の果汁を混ぜ合わせると、仲良く半量ずつ飲み分けた。

「ねぇシュラーキ。このままベッドでする?それとも直ぐに温泉に行って浸かりながらする?それとも食事が終わるまで、前戯だけで焦らして我慢する?」

 夫婦の果実の影響と今日一日ずっと交わるのを我慢してきたウィードは、シュラーキの体の上に跨り彼の体に自分の体をくっつけながらそう尋ねた。
 そんな我慢出来なさそうなウィードの様子を見て、シュラーキは両手でそっとウィードの翼と背中を撫でながら、三択の中の内の一つを選んだ。




 ホテルから直結した外の場所に、優に数軒家が載りそうな大きく平たい岩を古のドラゴンが爪で刳り抜いたかのような窪みのある、お湯を満杯に湛えた温泉があった。
 そこにシュラーキとウィードの姿が。

「うわ〜、泳げるほど大きいじゃない。それにお湯が次から次に岩から出てきてる、不思議」
「ジパング式の露天風呂らしいよ」

 二人とも手にはタオルを持っているものの、体を隠そうとする素振りも見せない全裸である。

「あ、駄目だよ先に体洗わないと。洗ってあげるから、これに座って」
「は〜い。じゃあ綺麗にしてね♪」

 椅子に座ったウィードはシュラーキに甘えるように、後頭部を彼の胸板にぐりぐりとくっ付ける。

「あんまり後ろに体重掛けると転んで危険だから程ほどにね。じゃあ先ずは翼から洗おうか。はい、バサッと大きく広げて」
「は〜い」

 シュラーキの指示通りにウィードが翼を大きく広げると、それ片側一枚でシュラーキの姿が隠れてしまうほどの皮膜が露になった。

「力加減が強かったりしたら言ってね」
「もぅ、いつも拭いてくれてるから力加減なんか判って――ひゃんッ!」
「強かった?」
「違うの。んッ、今日焦らされてたから、あッ、皮膜が敏感になっちゃってる」

 湯船のお湯を桶で掬い翼に掛けてから皮膜をタオルで拭いていくと、くすぐったさを我慢するかのようにウィードの体がビクリと反応し、体も小さく左右に捩っている。
 そんなウィードの様子を見て悪戯心が刺激されたのか、シュラーキは今拭いたばかりの皮膜に舌を這わせる。

「ひゃわ!」
「何時になく、いい反応だね」
「や、止めて。ひぁふッ!」
「本当に止めて欲しいの?」
 
 皮膜の外側と内側を水で洗いタオルで拭いつつ時折舐め上げていると、ウィードは悩ましげに眉を寄せつつ内股を擦り合わせながら耐えている。
 しかし内股を擦り合わせるときに、明らかにお湯とは違う粘り気を含んだ水の音がそこから出ていた。
 それを悟ったシュラーキは、残っていた皮膜の部分を素早いながらも丁寧に洗い終えると、後ろから抱きつくようにしてウィードの前面の体に手を回し、立派な二つの乳房を形が変わるまで揉みしめた。

「翼は終わったから、前を洗わないとね」
「んッふぁ。行き成り、胸を鷲づかみなんて……」
「お胸はお気に召さなかったか。じゃあこっちはどうかなぁ」
「待って。そこは本当にぃ、いぃうぅい!」

 胸から離れたシュラーキの右手がウィードの腹を撫でつつ下へと向かい、やがて股間へと差し込まれるとぞろりと撫で上げる。
 もうすっかり濡れていたウィードのそこは、シュラーキの手指に撫でられて喜んだのか、ウィードの背中が海老反りしかけてから丸まってしまう。

「あ、洗うなら、もっと優しくして。い、イっちゃうから」
「別に我慢しなくていいんだよ。今日はずーっとイかせっぱなしにする心算だしね」
「だ、駄目。イクなら、シュラーキのおちんぽでって決めてるの。だからね」
「……判ったよ。じゃあ優しく洗うから。お湯掛けただけでイクってのは無しだからね」

 それからシュラーキは悪戯を仕掛ける事は無く、本当に優しい手つきでウィードの体を洗ってあげた。
 それでも火が付いてしまっているウィードの体は、シュラーキの手が肌を撫でる度に、ビクリビクリと反応を返してしまい。優しい手つきだというのに危うく絶頂に達してしまいそうになっていた。

「ひゃぅぅ〜。んぅッふぅ〜〜……」
「ただ体洗っただけなのに、ぐったりしないでよ」
「だってぇ。シュラーキの手、気持ちよすぎなんだもん」
「もうダラダラとお股から涎たらして、しょうがないなぁ。僕も体をちゃちゃっと洗っちゃうから、チョット待ってて」

 このまま押し倒してきそうな飢えた獣のような意思の色をウィードに感じて、シュラーキは慌てたように体にお湯を掛けてから、タオルでごしごしと洗っていく。

「もう待てない。ねぇ、はやく頂戴」
「もうちょっとで終わるから――ぷぁ。はい、終わった」

 頭からお湯を掛けて全身を洗い流し、髪から滴り落ちる水滴を手で払いのけて、シュラーキはウィードに向き直った。

「おいで、ウィード」
「うん。お邪魔します」

 風呂椅子に座ったままのシュラーキが手を広げると、ウィードは大きな翼と一体化した腕を彼の首に巻きつかせながら、彼の膝上を跨ぎそこに座り込むように腰を下ろしていく。
 もう夫婦となって幾度となく回数をこなしてきたからだろうか、勃起していたシュラーキの陰茎をウィードの膣は支え無しに飲み込んでしまった。

「ああぁぁぅ〜〜〜――シュラーキのおちんぽ、最高ぉ〜」
「挿入れた瞬間にイちゃうかと思ったけど、まだ余裕ありそうだね」
「ううん、一杯一杯。ちょっと動いたら、イっちゃう」

 その言葉を証明するかのように、ウィードの膣は絶頂の前段階である事を教えるかのように、シュラーキの陰茎を締め上げつつ引き込んでいる。あたかも、もっと奥に挿入れれば達せると教えるかのように。

「だったら先ず軽くイっておこうよ」
「だめ。もうちょっと長く繋がっていたい……」
「大丈夫。湯船の中でも、繋がったままでいればいいし、ねっ!」

 最後の一息の所で、ウィードの腰を手で押し下げて膣奥へ陰茎を押し込んだ。

「ひゃぁ!あ、あ、あぁ、い、イ、イイくぅうぅうううぅ!!」

 押し込まれた衝撃から一拍して、抱え込んだものが溢れ出すかのような感じの喘ぎ声を上げて、ウィードは絶頂した。
 そしてビクビクと体を打ち震わせながら、両手でシュラーキを抱き寄せると、彼の唇を食べるつもりかというほどに激しいキスを交わす。
 シュラーキもウィードを抱きしめ返しつつ、絶頂の手助けをするように、指で彼女の尻尾の根元をグリグリと指圧する。

「んッふぅ〜、んふぅ〜〜……」

 性感帯である尻尾の根元を刺激されて、ウィードの腰の震えが一層大きくなりつつも、唇と舌はシュラーキを味わうのを止めようとはしない。
 そのまま抱き締め合い唇を奪い合っていた二人だが、ウィードの絶頂の波が引くに合わせて、二人の両手の力と舌の絡まり合いが緩んでいく。

「ちゅ、ちゅぅ――んっ……もぅ。私に合わせて射精してくれても良かったのに」
「今も射精しそうなぐらい気持ち良いけど、射精しちゃったら湯船に入るのにまた洗わないといけないからね」

 唇を離して喋った後、両手足に尻尾まで使ってウィードがシュラーキに抱きつくと、シュラーキは彼女の意図がわかっているかのように、彼女を抱え上げたまま椅子から立ち上がる。そうして繋がったままで、二人は湯船の中へと入っていった。
 ざぶざぶと湯船の真ん中まで進むと、そこで湯船の中に仲良く入っていく。
 二人が腰を下ろすと、岩風呂だというのにそれを感じさせないほどに岩肌もお湯で温まっており、加えてお湯から暖かい温度が体へと伝播するに従い、思わずといった感じで二人の口から吐息が漏れる。

「「はふぅ〜〜……」」

 対面座位の格好のまま、湯船の下まで腰を下ろした二人は、首から上だけが湯船から出ているような形になった。

「じゃあこのまま体が温まるまで」
「うん。イチャイチャしよ」

 お互いの顔を見ながら呟きあった二人は、どちらかとも無く口付けを再開する。それは初っ端からお互いの口内を舐め回す程の激しいものだった。
 湯船の上でキスが猛威を振るっている中、湯船の中ではお互いの手が相手の拘束を解き、お互いの体の表面を撫でるかのように移動していく。

「んぅ、ちゅ――あッん。尻尾を手でゴシゴシ擦るなんて……あむ。ちゅぅ」
「ちゅちゅぅ。でも好きでしょ、此処弄られるの」
「じゃぁいいもん。私もシュラーキのお尻を触るから」
「男の尻触っても面白くないと思うけど?」
「シュラーキのだから、面白いの。ほら、キス止まってるからぁ」

 その言葉通りにシュラーキの尻肉を鷲づかみしたウィードは、鍛え上げられて硬く感じるその部分を解そうとするかのように、鱗と爪ばかりの手でこね回し始める。
 尻尾の根元から先までを撫でつつも、要望通りにウィードへと口付けしているシュラーキだったが、別に性感帯でもないところを触られてもといった感じの表情を浮かべている。
 そんなシュラーキの表情が気に入らなかったのか、ウィードは拗ねたような表情を浮かべると、彼の尻から手を離して彼の肩を掴んだ。
 肩なんか掴んで如何する心算なのかと困惑顔のシュラーキに、ウィードはキスをしたまま笑いかけると、ずりずりと股間に入っていたシュラーキの陰茎を抜き始めた。

「ん。抜いちゃうのか?」
「そんな勿体無い事する訳無いじゃない。違うわよ。このまま湯船の中でしちゃいましょ、ってこと」

 そう受け答えしてから、抜き出した部分を戻すように、ウィードはシュラーキを足で引き寄せながら再度陰茎を飲み込んでいく。

「ちょ、それは流石に拙いんじゃないかな。湯船を汚す事になっちゃうし」
「きっと大丈夫よ。だって魔物とその夫が止まる宿なのよ。なら混浴だとこういう事をし始めちゃうってのは、織り込み済みよ」

 そうかなと疑問を浮かべているシュラーキを置いて、ウィードはゆるゆると腰を振るのを再開する。
 やはり湯船の中ともあり、いつもと勝手が違うのか少しだけその動きはぎこちない。それでも湯船の中をかき回すかのように、ウィードが腰を動かすたびに、じゃばじゃばとお湯が音を立てる。

「こんなに湯船を揺らしてたら、他の人が居た時、きっと迷惑だよね」
「もぅ、そんなくだらない事を言うより、私の気分を高めてよ。丁度ノって来たところなんだから」

 少しだけ眉尻を上げて怒りを見せたウィードのご機嫌を取るためか、シュラーキは再度彼女の唇に口付け、そして動きを邪魔しない程度に彼女の耳を縁に沿って撫でていく。
 その愛撫を気に召したのか、ウィードは少しだけうっとりとした表情を浮かべると、シュラーキの口内で舌を絡ませ、より一層激しく腰を動かし始めた。
 ばしゃばしゃじゃばじゃばと湯船が音を立て、二人の口からぐちゅぐちゅにちゃにちゃと音が出る。
 お互いに性感を高めあったからか、それとも湯の中で運動をしているからか、二人の肌が桃色に染まっている。
 お互いの舌で相手の味を確かめつつ、股間部で相手に快楽を与えながら、相手が愛しいと表現したいかのように手は相手の体の感触を弄る。

「ちゅぅっ、ちゅーぷぁ。あん。余り激しく動かすと、お湯が膣の中に入って来ちゃう」
「じゃあ一旦、湯船から出ようか?」
「ううん。でももうチョットでイけるから。それにシュラーキだって……あむぅ、ちゅちゅ」

 言外にもう射精しそうではないかと言いながら、ウィードはお湯を気にしないかの様に腰を振る速度を上げていく。
 しょうがないなとシュラーキは、ウィードの動きにあわせるように、こちらも腰を振っていく。
 その二人の動きで、シュラーキの陰茎はウィードの膣の限界ぎりぎりまで引き抜かれ、そしてその奥深くの行き止まりまで押し入るかのように突き進む。
 じゃぶじゃぶと湯船の中に気泡が生まれ、二人の合わさった口の端から零れた唾液がぽたぽたと落ちて湯船に混じる。

「もうそろそろイキそうだね。どうして欲しい?」
「ぎゅって力強く抱きしめてぇ。シュラーキはどうして欲しい?」
「じゃぁ同じくぎゅって抱きしめて、腕とココで」

 ウィードの体を弄っていたシュラーキの手が、口で「ココ」と告げたのと同時に彼女の下腹をなで上げた。
 その感触にビクリと背中が反応したウィードだったが、一転してしょうがないなと言いたげな笑みを浮かべて、腰をゆっくりと振ってゆく。それはお互いの限界へ同時に上るために、ウィードがシュラーキの陰茎の動きを感知しながらの動作だった。

「ほらほら、もうイクでしょ。ぎゅってしてあげるから、シュラーキもぎゅっとしてね」
「うん。もう射精るから、腕で抱きしめながら押し込むからね」

 そう言葉を掛け合ってから唇を合わせると、二人はその言葉通りの行動を実行した。
 先ずはシュラーキがウィードの背中に手を回して力いっぱい抱きしめつつ、彼女の腰を彼の腰にくっ付けるように引き込んでいく。ウィードはシュラーキの腕に誘導されながら陰茎を膣一杯に飲み込むと、両手を回して抱きしめるのと同時に膣内をぎゅっと締め上げた。
 すると締め上げた刺激でシュラーキの陰茎から精液が飛び出し、ウィードの膣の奥――子宮の口に向かって勢い良く飛び掛った。
 ウィードはぎゅっと力を入れたまま、熱い液体が体の奥中で炸裂した事を感じると、それを引き金にして背筋を震わせながら絶頂する。

「んぅうぅううぅ〜〜〜〜――」
「んちゅぅんゅううう〜〜――」

 精液を吐き出しているシュラーキの陰茎がウィードの膣中で跳ね回り、ウィードの背中がシュラーキの陰茎の動きに呼応するかのようにくねる中でも、二人は嬌声含みのキスを止める事はしなかった。
 やがてシュラーキの射精もウィードの絶頂も終わりを迎える頃、やおらシュラーキは立ち上がると、湯船の縁に向かって歩き出した。
 そして湯船から上がると、洗い場の上にウィードを横たわらせてから、抱きしめていた腕とキスをしていた唇を彼女から離していく。

「ちゅぱ、はぁはぁ、やっぱり湯船を汚すのは悪いしね」
「はぁんぅ……でも、漏れちゃって無いかしら?」
「大丈夫。ウィードが本当にぎゅっと締めてくれたから、零れてないよ」

 その証明と言うわけでもないだろうが、ウィードの手を取るとお互いが繋がっている部分をなぞらせた。
 確かに二人の結合部分において、白濁した液体は漏れ出てはいなかった。

「それじゃあ一度射精し終えたし、もうそろそろ食事の用意も――」
「ああ〜ん。湯当たりしちゃって、体に力が入らないの。起きれないわ〜ん」

 体を離そうとしたシュラーキを、ウィードは足を絡ませる事で止めつつ言葉を口に出した。
 そして言葉を続ける。

「このままだと、発情した夫に犯されちゃうわ〜」

 明らかに演技だと判る――否、シュラーキに演技だと判るような口調で、ウィードはそんな風に喋った。
 要するに御代わりの要求だと悟ったシュラーキは、此方も演技だと判る態度でウィードに語りかける。

「おお、こんなところに無防備な愛しい妻が。これは犯さずにはいられないなー」
「いや〜ん。子宮一杯に種付けされちゃう〜」

 戯言をお互いにお互いへ。
 そうしてシュラーキとウィードの第二回戦は、湯船から洗い場へと場所を移して行われた。
 しかし第二回戦といっても三ラウンド勝負であったわけだが、それを咎める宿泊客は居らず従業員も止めに入らなかったため、レフリーストップも無く円満に開始し終了した。



 入浴と運動によって程良く疲れつつも、下半身の一部分を満足させたシュラーキとウィードの二人は、今度は胃袋を満足させようと食堂へとやってきた。

「ほへ〜。あの露天風呂も広かったけど、ここも大きい。食堂っていうよりレストラン――いえ、お城の晩餐会場かしら」
「個人的には、今日は僕らしか泊まらないのに、この食堂の照明全部点けて、きっちり全てのテーブルにクロスが敷かれている事が驚きだよ。てっきり部屋の中とか、それか食堂の一角で簡単な物を食べさせてくれるんだとばかり思ってたよ」

 そんな感想を言い合いながら、二人の姿を見た様子の給仕服姿のサキュバスが近寄り、この大広間とも呼べる食堂のど真ん中のテーブルへと案内する。
 引かれた椅子に座りつつも、どこか落ち着かない様子の二人。こんな場所で食事を取れる様な育ちではないのだから、仕様が無いと言えば仕様が無いことである。
 サキュバスから差し出され受け取った品書きは、一つのコースしか書かれていなかった。
 シュラーキとウィードの二人は、一日早く到着した予想外の客だから、恐らく本来の品書き表を出すほどに準備が進まなかったのだろう。もしかしたら、二人の為だけに何十種類もの具材の下準備をすると、手間と経費が掛かりすぎるというのもあるのかもしれない。

「魔界豚を使ったフルコースだって。どんな料理が出てくるのかな?」
「私としてはお腹が減ってるから、こう、ガッツリとお肉が盛られているのが良いんだけれど。どちらにせよ、楽しみね」

 心の底から楽しみだと言わんばかりの調子で、二人は手に持っていた品書きをサキュバスへ返した。
 それを恭しく受け取ったサキュバスは、側に持ってきてあったワゴンへと仕舞うと、今度は少しだけすまなそうな表情を浮かべつつ、二人のグラスの中へとワインを入れていく。
 そして二人のワイングラスに半分ほど注ぎ終わった後、机の上にワイン瓶を置き、一礼してからその場から立ち去った。

「どうして申し訳なさそうな顔したのかしら?」
「メニューが一つだけしか用意できないから――というより、僕らの楽しみにしている様子が、向こうへのフォローだと思われたのかもしれないね」
「もしそうなら、それはそれで失礼よね。こっちは本当に楽しみにしているんだから」

 お互いに苦笑いしながら、ワイングラスを掲げ持って乾杯の合図をする。そしてワイングラスを回し、ワインに空気を含ませてからその匂いを嗅ぐ。

「ん?なんかブドウのワインじゃなさそうだね。酒精とは違った感じで、酔いが回るとでもいうか」
「ああ、これはアレね。魔界のワインっていう、陶酔の果実を使ったお酒。んっ――コクッ。間違いなくね」

 匂いを嗅いだ後で味でも確かめて、ウィードはそう結論付けた。
 酒と言えばもっぱらエールというシュラーキにとって、ブドウのワインですらなじみが無いというのに、いったい何処で陶酔の果実のお酒の味を覚えたのだかと少々疑問に思いながらも、シュラーキはまあいいかとグラスに口を付けた。

「へぇ。普通のワインよりも少し甘みが強いのかな。渋さがあんまり感じられなくて、結構飲みやすい」
「でもコレって普通の魔界のワインよ。最高級品なんて、飲んだ瞬間に体の芯が無くなるほどうっとりしちゃうんだから」
「……ねぇ。隠れて給料を使い込んでたりしないよね?」
「もう、失礼しちゃうわね。私が自分の楽しみのためだけに、お金を使い込むわけ無いじゃない。魔物娘にとって、夫の幸せが自分の幸せなのよ」
「そうだよね、ウィードは結構お金の管理は確りする方だもんね。疑ってごめんよ」
「ううん。こっちも説明足りてなかったし、お相子ってことにしましょ。で、疑問に答えるけど。魔界のワインの味は、シュラーキと出会う前の昔々に、裏街道を進んでいた怪しい商隊を襲ってみたら、魔界ワインを大量に持ち運んでいたから、一箱巻き上げて飲んだだけよ」
「……それはそれで、僕としては衝撃な事実だと思うんだけど?」
「……あんまり激しい暴れっぷりに、冒険者にドラゴンに間違われたりとか。野生の時は、私も結構ヤンチャしたわね」
「ウィードが怒って野生化しそうな時は、なぜ僕が怖がっちゃうのか判らなかったけど。それが正しいと知れて良かったよ。是非ともウィードはいまのまま、僕の可愛らしい奥さんで居て欲しいな」
「も、もぅ。可愛いだなんて。急に褒めないでよ。顔が赤くなっちゃうじゃない」

 本当に顔を赤くして照れた様子のウィードは照れ隠しのためか、魔界ワインの瓶を手に取ると、自身とシュラーキのグラスへと注いでいく。そこに前菜が運ばれてきた。
 テーブルの上に置かれたその皿の大きさに似合わず、上品に少量の野菜と細切りの肉のようなものが混ぜ合わさったものが乗っていた。その回りには赤黒いソースが円を描くように皿に掛けられている。
 運んできたサキュバスの説明によると、魔界豚の皮を茹でて細切りにしたものを葉野菜と混ぜ合わせ、そこに魔界ワインから作った酢と、各種香辛料を適度に使用した特性ドレッシングを周りにあしらってあるらしい。

「コレだけって……」
「まぁまぁ。大体のコース料理の前菜ってこんなもんだよ。それにドラゴンとかワイバーンとか野菜より肉が好きだからか、メニューにはメインが三つも書いてあったんだから。これぐらいの量じゃないと食べきれないでしょ?」
「じゃぁ、メインに期待って事にする」

 不承不承で受け入れた様子のウィード。しかし翼と一体化した手を器用に使い、ちゃんとナイフとフォークで前菜を食べると、途端に顔が笑みの形になった。

「なにこれ。美味しい!野菜はシャキシャキだし、魔界豚の皮は噛むとぷつって弾ける様だし」
「ソースもそれだけで美味しいけど、付けて食べると食材の一体感が増すね」

 そんな食通振った感想を言いつつ、ウィードはあっという間に、シュラーキは最後の一口を物欲しそうにしている愛しい妻へ「あーん」と差し出して、皿の上を空にしてしまった。
 すると皿が直ぐに下げられ、暖かそうに湯気が昇るスープがテーブルに次に置かれた。
 説明によると、魔界豚の骨と香草を煮て作ったと言う事だが、金色に澄んだスープからは野生の豚特有の嫌な匂いは無く、しかし濃厚で食欲をそそる豚の出汁の匂いは香ってくる。
 ウィードがうきうきと擬音が聞こえて来そうな調子で、スープをスプーンで掬って口に運ぶと、唐突に彼女の尻尾が一直線に伸びた。それがウィードが極端に驚いた表現である事を知るシュラーキは、より楽しみになった感じでスープを入れたスプーンを口に運んだ。

「……これって本当にスープだよね。ステーキとか口にしてないよね?」
「……お、お、美味しいー!!」
「美味しいのには賛成だけど、皿まで食べそうな勢いで食べるのは、流石にはしたないと思うよ」

 驚愕から立ち直った様子のウィードは、テーブルマナーを忘れた様に、カツカツとスープ皿にスプーンを突っ込んで食べ始めた。本当に最終的には皿を掴んでバリバリと食べそうな勢いである。
 しかしそんなウィードの気持ちも判るのか、シュラーキはスープを口に運びつつ苦笑いしながらも、彼女の行動を止めようとはしない。
 
「は〜ふぅ〜……お腹に空きがあるのに、食欲が満足するなんて事があるのね」
「でもさ、次にはどんな美味しい者が出てくるか期待して、お腹減ってきちゃうね」
「判る判る〜。次から次にお腹に入れても、満たされなくなっちゃいそうだよね」

 スープを食べ終え、ワイングラス片手に談笑していた二人の前に、一番最初のメインが置かれた。

「うわ〜〜……」
「うわ〜〜〜♪」

 その料理を見て、二人とも出した言葉は同じものの、意味合いがまったく違っていた。
 シュラーキはその量を見て、今後運ばれてくるものが食べ切れるのか不安に思い、ウィードは量と味ともに期待できそうな料理が登場した事による歓声である。

「スペアリブのオーブン焼きだよね。自棄にデカイけど」

 そうそれは確かにスペアリブのローストだった。
 見ただけで判る上質な肉を沢山付けたそれを、骨ごと丁寧に漬けダレに漬け込み、その後オーブンで落ちた脂を何度も何度も繰り返し掛けながらじっくりと丁寧に焼き上げた、見ているものの涎を誘う程に美味しそうな、最高のスペアリブのロースト。
 それが全長にしてシュラーキの両腕を横に開いたのと同じ大きさで、その数なんと五本も存在していた。
 確かに魔界豚は基本的に大柄だとはいえ、そんな量の骨付き肉を出されると、シュラーキが今後を思って絶句しかけるのも肯けてしまう。

「あははっ、本当に美味しそうな香り……」

 しかし彼の伴侶であるウィードは、口の端から涎を垂らしそうになりながら、脂で照り返すスペアリブを見つめている。明らかに野性的な本能に従っているため、フォークとナイフを使う気はなさそうである。

「あ、手づかみで食べても良いですか?」

 自分の為ではなくウィードの為に、サキュバスのウエイトレスに確認すると、フィンガーボールが二人の側に置かれた。どうやら手づかみでも大丈夫のようである。

「それじゃあ、いただきまーす!」
「嬉しそうに、はしゃいじゃって……」

 獲物を捕まえたかのよう喜色満面でスペアリブの一本を掴み取ったウィードは、大口を開けて肉に齧り付いた。一方のシュラーキははフォークとナイフを使用して、一口大に切ってから口に運んだ。
 ウィードが肉を口に入れた瞬間、足踏みしそうな程の喜びで全身で味を表現する中、シュラーキは味の良さを喜べば良いのか量に嘆けば良いか判らない表情を浮かべている。
 しかしながら本当に味が良いのか、絶対的な量に対して飽きる事が無い様子で、二人は食べ進めていく。
 やがてウィードが皿に乗った全てを食べ尽くし、シュラーキが二本と半分を食べ終えた所で、彼は自分の妻の視線が手付かずの二本へと向けられるのを感じた。

「もしかして、コレ食べたい?」
「うん!」
「まだメインが二つあるんだけど、食べきれそう?」
「大丈夫。余裕よ!」

 でもテーブルマナー的には拙いのだがと、シュラーキが視線を横に向けると、側に居たウエイトレスは視線を逸らした。どうやら見逃してくれるらしい。
 シュラーキがウィードに手で合図すると、ウィードは瞬間手を伸ばして両手に一本づつスペアリブを掴むと、野性味全開な姿で交互に齧り付き始める。
 その様子を見て、本当に他に客が居なくて良かったと言いたげに溜息を吐いたシュラーキは、残りのスペアリブを片付け始めた。
 やがてスペアリブを二人が食べ終えると、香草入りの香りの強い物、香辛料入りの辛味の強い物、そして血を入れた野性味が強い物という、三種の燻製されたソーセージがテーブルに運ばれた。
 無論、その一つ一つが大蛇じゃないかと言うほどの量である。
 シュラーキは最初に半量をナイフで切ってフォークでウィードに渡してから、大変美味しいそれらを堪能することにした。ウィードは更に量が増えた事に嬉しそうな笑みを浮かべて、今度は確りとフォークとナイフを使用してソーセージを齧った。
 そして最後のメインは、ポークジンジャーかポークソテーのどちらかを選ぶと言う事なので、シュラーキがポークジンジャーをウィードがポークソテーと、違う物を頼んで食べ比べる事にしたようだ。

「判っていたけど、本当に凄いよね」
「本当。凄い美味しそう」

 皿に乗って運ばれてきたのは、熱々な三枚づつのポークジンジャーとポークソテー。
 一枚一枚が成人男性の顔より大きく、厚さも指の第一関節ぐらいありそうなな、大変ボリューミーな一品。

「じゃあ僕が二枚渡すから、一枚頂戴」
「えッ。いいの?」
「正直、二枚でも食べきれるか不安だよ」

 確かにシュラーキのお腹はもう満腹寸前かのように、腹が張っている状態。

「じゃあ、今のうちに皿に――」
「ウィードが二枚食べて僕が一枚食べ終えてから、お皿を交換しよう。そうすれば味が混ざらないし」

 恐らくシュラーキは、一枚食べ終わった時にもう一枚は食べきれないと判断すれば、全部ウィードに渡すためにそう言ったのだろうが、当の彼女は彼が喋り終わる前にポークソテーに舌鼓を打っていた。
 まだまだ食べられそうなウィードの様子に、ちょっとだけ頼もしく感じているような感心したような表情を浮かべて、シュラーキはポークジンジャーをフォークで切ってナイフで口に運んだ。
 量さえ人間用だったら非の打ち様が無いのにと、小さく言葉にしてから大きい肉を切り分け始めた。



 コース最後のデザート――虜の果実と熟した夫婦の果実をシャーベットにしたものを食べ終え、ウィードは満足そうな笑顔で魔界ワインを、シュラーキははち切れそうな腹を撫でながらグラスに注がれた水を飲んでいた。

「ただ普通に水を頼んだら、ウンディーネの天然水だった」
「何を言っているか判らねーと思うが、以下略ってこと〜?」
「本当に驚いたから、言葉がぽろっと出ただけだよ」

 程よく酔いが回っている様子で言葉を返してきたウィードに、シュラーキは苦笑している。
 そんな二人に近寄ってくる影が一つ。ノースリーブかつ胸元を大胆に開け、タイトなミニスカートと足にはブーツという、如何にも高そうな生地で作られた服装。ウエイトレスでは無さそうだ。

「どうでしたか。我がホテルの自慢の料理は」

 二人の座るテーブルの傍らに立ったのは、髪に数筋の白いものが混ざったサキュバス。肌の張りや髪の艶に顔の皺の無さを見る限り、別にこのサキュバスが老いたから髪が白くなったわけでは無さそうだ。つまりは長い間に夫と愛し合ったか、それとも生来の魔力の高さで、リリムに近づいたがリリムでは無いサキュバスという事。
 風格や佇まいから、どうやらこの人がこのホテルの支配人。もしくはオーナーだろう。

「ものすっごく、美味しかった!」
「はい。僕も妻と同じ意見です」
「でも、量がちょっと多かったんじゃないかしら?ウチのコック、時間が無いって言いつつ笑いながら、やたらと張り切って沢山作っちゃったみたいだから」
「いいえ、私には丁度良かったです。未だ入ります!」
「満足しているのか、催促しているのかどっちかにしようね。あ、僕はちょっと多かったかなって。大半妻にあげちゃいましたから」
「ふーむぅ。じゃぁ、明日からは魔物用と人間用に量を分けるか確認するように、ウエイトレスたちに伝えておきましょう」

 にこやかに話す三人。
 だが態々ホテルの責任者が、態々食事の後の挨拶に来たと言う事に、少々違和感を感じているのか。シュラーキは少しだけ喋りながらも小首を傾げていた。
 そんなシュラーキの様子を見て、勘の鋭さに少しだけ感心したような息を漏らして、銀髪交じりのサキュバスは笑みの度合いを落としてから、言葉を続けた。

「さて、ではちょっとお話をしましょうか『兵士』さん」
「ああ、やっぱりバレましたか」
「バレるもなにも。だって、了解の連絡の欄に『階級:兵士』って書いてあるもの。流石に見落とさないわよ」

 証拠とばかりに差し出した紙には、シュラーキの部隊の隊長の上司に当たる人物のサインが書いてあり、紹介する人物としてシュラーキの名前と職業と、そして階級が確りと書き込まれていた。

「兵士階級が大会に出ても大丈夫か、確認しなかったんですかね。うちの上司は」
「上司が頼りないとこっちが苦労するのよね。あ、でも、確りと招待状を送る当たり、そっちの部下は見落としてたって事かしら?」
「あら、私の部下は色ボケだけど、確りと仕事はするわ。それに貴方たちに招待状を送ったのは、面白そうだったからよ」
「面白そう?」
「ええ、そうよ。竜騎士じゃない者ならば、竜騎士じゃない戦い方が出来るんじゃないかって期待したのよ」

 サキュバスの真意が見えないのか、シュラーキは不思議そうに彼女の顔を見ている。
 竜騎士じゃなくても、ワイバーンの背に乗って戦うとなれば、戦法は似てくるんじゃないかと言いたげな表情である。

「実際の竜騎士の試合って、ドラゴンないしはワイバーンが竜に変身して、その背に付けた鞍に鎧着て長槍と大盾持った人間が座るの。そして始まるのは空中戦とは名ばかりの、ちょこっとだけ地面から浮いた状態での槍の応酬よ。しかも勝負の決着は、槍が体に刺さる前に体制崩して騎竜から落ちたから負けっていう、しょっぱさよ」
「それなら普通に馬で良いのに。それで、なんでそんな試合を騎士様はするのかしら?」
「騎士だから伴侶得る前は馬で練習して、その癖というか感覚が抜けないんじゃないかな。だから空を飛べても、地面の上の様な戦い方しちゃうんじゃないかと思うよ。あとは野生のワイバーンを捕まえて伴侶にするより、幼い頃から一緒に育った関係が多いだろうから、ワイバーン自体が空を長時間自由に飛び回るなんて事をした経験が無いんじゃないかな。付け加えて今の情勢と勢力範囲だと、竜騎士が居るって言うだけで抑止力になっちゃって、国や領土の防衛主体の竜騎士にとって、実践なんて経験する機会なんて滅多に無いだろうから、高高度かつ高速軌道戦闘訓練なんて必要ないし」
「補足よ。試合の最中であんまり高く飛んでしまうと、夫が落ちた時に怪我するだろうから嫌だっていう、魔物娘の心情もあるのよ」

 国と騎士についてのお話をシュラーキが、伴侶を持つ魔物娘の心情をサキュバスが語って、ウィードがなるほどと頷いた。

「それで、そんな状況を打破するために、シュラーキに白羽の矢が立ったと?」
「そういうこと。まぁ、身分を盾にしての要求だから、ちょっとだけ心苦しいんだけど。背に腹は変えられないというか、大会を大盛況で終わらせて、第二回を開催したいって欲もあるから」
「あ、でも。シュラーキって、今日付けで騎士になったんだよね?」

 そう言えばと思い出したかのように、ウィードが視線をシュラーキに向けると、シュラーキは簡単に首を縦に振った。
 それに慌てたのは、シュラーキの身分を盾に要求を通そうとしたサキュバスだった。

「でも、階級は兵士だって。それに貴方の所って、騎士は領地持ちのだけだから、その人が集める騎士団に入らないと騎士になれないから、無理なんじゃないの?」
「裏技は何処にも存在しますよ。名誉ですよ。名誉。『名誉騎士』の称号です」
「ああー!!」

 その手があったかと言わんばかりに、サキュバスは驚きの声を上げた。
 名誉騎士とは、何か偉大な功績を成し遂げた人や、ある一定の功績を挙げ続けた人に送られる、騎士としての領地も権利も貰えない、ただ単に騎士と名乗れるだけの、本当に名誉だけの称号の事。

「これでも一応、任務は忠実かつ着実にこなしてきましたからね。実績は十分で、即日認められましたよ」
「まぁ、半分ぐらい脅し入っていたけどね」

 名誉騎士の事を告げたときに、デュラハンで頭がお堅いサニチアが手続きが如何のと言い始めたので、じゃあ問題になったら貴女の責任だと言って丸め込んだのだ。
 まさかそんな事になっているとは思っても見なかったのだろう、サキュバスはがっくりと項垂れてしまった。

「お、終わったわ。余りの大会の迫力の無さに、観客の苦情が私へと来る未来が見えちゃう……」

 こういう企みをするときは二重三重に罠を仕掛けるものなのだが、元々がお人良しでお気楽な性格が多い魔物娘だけあって、兵士の身分を盾に使えば言う事聞くだろうと楽観的に考え、後詰までを考えていなかったらしい。
 そんな彼女の姿を見て、シュラーキは慌てた様に言葉を紡ぐ。

「別に何も終わってませんよ。こっちは大会出る心算ですし。さっき教えてもらった竜騎士の戦い方なんて出来るはずも無いので、何時も通りの機動力任せの戦闘をするつもりですし」
「ほ、本当に?」
「困った人を助けるのも『騎士』の役目ですよ」
「それに大会までの美味しい料理と良い寝床っていう、十分な見返りも貰えるらしいしね」

 今日貰ったばかりの、しかも名誉の身分を引き合いに出したシュラーキと、彼との甘いホテルライフに想像を巡らしながら語るウィード。
 そんな二人の様子に、チョットだけ安心した様子のサキュバス。
 しかしそこにシュラーキが一言付け加えた。

「でも期待しないでくださいよ。まともに戦ったら、僕は目茶目茶弱いんですから」
「諜報員は戦う事が目的じゃなくて、情報を持って逃げ帰るのが役目だもんね。だから私のフォローが必須なんだけど」
「はい。本当に頼りにしてます」
「ふふーん。じゃぁ、その気持ちを行動で表して貰おうかな〜」

 そうして二人だけの甘い空間を展開させようとする二人に、人選を間違えたかと疑問を抱いたのか、困り顔のサキュバスだった。



 部屋の中で夜の間中妻をアヘアヘ言わせたシュラーキは、気だるげで眠そうなウィードを伴って、ロビーにて寛ぎイチャイチャしながら、大会に参加する騎士たちがどんな者かを偵察していた。騎士たちの装備や伴侶の魔物がどんな感じなのかを、諜報員らしく情報収集しようというのである。
 その中でシュラーキが驚いたのは、彼らが竜騎士だというのに馬車と従者連れの大所帯でやってきた事と、そして彼らの運び込まれる鎧が明らかに重装甲であることだった。

(明らかに大会用の、防御主体の鎧だな。あんな物を着て上に乗られたら、奥さんたちが重いだろうに。あとウチのウィードは、飛ぶ距離でもないしって馬車に乗ると「何で私を使ってくれないの!」って怒るんだけどなぁ……)

 膝の上に座らせたウィードの鱗で覆われた耳を指で撫でつつ、シュラーキは情報収集を続ける。チェックインをする彼らの足運びと利き腕を確認し、傍らの魔物娘の魔力量を推察する。その時にシュラーキが他の女を見ていると、ウィードが嫉妬するのを防ぐため、尻尾を撫でたり耳を噛んだりしている。
 そんな様子で過ごす此方の方を指差して、時折ワイバーンかドラゴンかが夫の騎士に何かを要求しているのだが、苦笑いしている彼らの表情から何を求めているのかは会話が聞き取れなくても判る。
 そんな感じで昼前までにやってきた騎士たちを一通り確認して、シュラーキが感じ取った事それは、

「やっぱり、まともに戦ったら僕負けるなぁ」

 という一言に尽きた。
 確かに騎士たちは全員ある一定の修行を納めているらしく、兵士用の訓練しか受けていないシュラーキがまともに戦ったら直ぐに打ち負けてしまうだろう。恐らくだが、彼の上司であるデュラハンのサニチアで騎士相手で良い勝負。騎士の伴侶が加われば負けると言った感じだろうと予測が立つ。
 その言葉が耳に入ったのか、カモフラージュで愛撫され続けて、もうすっかりと良い気持ちといったウィードの目に意思が戻る。

「止めて、帰る?」
「うーん。大会の盛り上げ役って事だから、さっさと負ける訳にもいかなくなったし、それもいいかなぁ〜」

 そんな事を笑顔で言いつつも、そんな心算はまったく無いといった目をしているシュラーキ。
 それはウィードも判ったのだろう、ニッコリ笑って目の意思の光を消すと、シュラーキの唇をペロペロと舐め始めた。

「んわっ。ちょっと、判ったって。お昼食べたら、気絶するまでするから、ここで始めないでよ。ほら、受付のサキュバスさんが羨ましそうにこっち見ているから」
「ぺろちゅ。んぅ〜〜。判ったわ。じゃぁ早速お昼食べて、ベッドに転がりましょう」

 シュラーキの唇を舐め吸ってから、一先ずと言った感じでウィードは彼の膝から降りると、彼の手を引っ張って食堂へと連れて行こうとする。
 未だ全員の騎士は揃ってないみたいだからと、提案を断るかとと思いきや、ウィードの手に誘われるまま立ち上がると、彼女に熱烈なキスをして喜ばせてから食堂へ伴って向かっていった。
 



 約束通りに昼食の後、シュラーキはベッドの上でウィードの腰が抜けるまで騎乗位で過ごし、腰が抜けてからは尻尾を弄りながらの後背位で突きまくり、夕食をルームサービスで頼んだ山盛りサラダと肉の塊焼きを繋がりながら食べ、夜はお互いが疲れて眠るまでだいしゅきホールド正常位で甘く交わって過ごした。
 明くる朝、お腹一杯に精を受けたウィードは元気溌剌と体が魔力を吹きそうなベストコンディションで目覚めた。そこに一足先に起きて、体に纏わりつく情事の痕跡をシャワーで流していたシュラーキが戻ってきた。

「おはよ、シュラーキ。お風呂上がりの良い匂い、食べちゃいたい」
「おはよう、ウィード。でも朝の挨拶か欲望を口に出すのか、どっちかにしてね」
「もぅ、つれないんだから。でもそんなところも好き。じゃあ朝食に行きましょう」
「朝食に行くのは賛成だけど、お風呂入らなくてもいいの。その何というか、べとべとでしょ?」

 ベッドから抜け出して、全裸で背伸びをしていたウィードの体には、確かに昨日の情事の痕跡がべっとりと付いていた。それは股間といわず胸の谷間といわず、ほぼ頭の先からつま先までに渡っている。
 そんな状況を目で確認したウィードは、ちょっとだけ小首を傾げて、シュラーキが何を言っているのか判らないといった風だ。

「魔物娘にとって、夫に愛してもらった証って誇るべきものなのよ。あ、でも他の人たちに見せつけるのは、少々はしたないかしら?」
「確かに見せつけたら、嫉妬しそうだよね」

 ちなみにこの場合の嫉妬とは、彼女らの夫への「いいな〜、あの魔物娘(ヒト)はあんなに愛して貰えて」といった要求で顕現するものの事である。

「というわけで、お風呂入ってきて」
「えぇ〜……洗ってくれるんじゃないの〜〜」
「絶対、普通に洗うだけじゃすまないからね」
「ちゃんと、我慢するよ?」
「僕が我慢できないって事だよ」

 その受け答えで満足しつつ、それでもいいのにといった視線を向けながら、ウィードは大人しくバスルームへと向かい、しかし情事の痕跡を魔物娘が感じ取れる程度に洗い流した。
 その後二人は一緒に食堂へと向かい、初日と違って騎士とその伴侶と従者で満員になったそこに少々驚いた。

「うわ〜、凄いヒト。でも従者と騎士は別のテーブルなのね。でも従者は他の騎士の従者と同じテーブルを囲んでる。ちょっと不思議な感じね」
「本来なら従者は傍らに控えているべきなんだろうけど、それだと他の邪魔になるし、大会まで余り時間も無いしね。まぁ食べている料理の差があるのは、しょうがないのかもなぁ」

 確かに従者の食べている料理と、騎士が食べている料理には差があった。
 大雑把に言えば従者のは量が多く品数少なめ、騎士のは量が少なく品数大目といった感じ。味の方はきっとどちらも美味しいのだろ、違う者を食べているのに、騎士や従者に不満の色は見えない。
 そんな様子を見ていたシュラーキとウィードに、慌てた様子でウエイトレス姿のレッサーサキュバスがやってきた。二人だけなのを確認して、ざっと周りを見渡して開いていそうな席を見つけると、そこへ二人を案内してから慌ててメニュー表を持ちに引っ込んでいってしまう。
 そんな未だ慣れていなさそうな可愛らしい姿に二人して微笑むと、二人の鼻に美味しそうな匂いが漂ってきた。

「何かしらこの匂い。すんすん、あ。ねぇ、それなんて料理?『牛塊肉の山賊焼き』っていうの、へぇ〜、香辛料たっぷりで美味しそう。そっちは?『旬の野菜の盛り合わせ、ホルスタウロスチーズドレッシング』ね。あとなんかお勧めある?ふんふん。ああそのシャーベットは食べたわ、あとは――『まかいもフリッター』ね。ありがとう助かったわ」
「ああもう、相変わらずマイペースなんだから。僕にはいいけど、他の人には駄目だよって言ってるのに。どうもすいません、ウチの妻が」

 隣のテーブルで食べていた、騎士の従者と思わしき男とその伴侶らしいゴブリンの夫婦へ、無遠慮に料理を尋ねたウィードの行為を謝るシュラーキ。尋ねられた夫婦もいえいえと言って笑い、楽しい食事を再開した。
 そこに少々遅れて戻ってきたウエイトレスのレッサーサキュバス。手にはメニュー表を持ち、口からは謝罪が出ててきた。

「あ、いいわよソレ。お隣さんに聞いて食べるの決めたから」

 てっきりその謝罪がメニュー表を持ってくるのが遅れたものだと思った様子のウィードは、お隣さんから薦められた料理の味を想像して微笑みながら、さっき教えてもらった料理をウエイトレスに注文した。するとウエイトレスは、少々困ったような顔つきになった。

「如何したの。もしかして品切れとか?」
「ありえるかも。ドラゴン属は大食だからね」

 そんな笑い話の後、ウエイトレスがおずおずと喋り出した。
 ウエイトレスの話だと、注文した料理は従者用なので竜騎士にお出しするわけにはいかないらしい。しかもこのテーブルは従者用で間違えて案内してしまったので、直ぐに騎士用の方へ移動して欲しいらしい。
 恐らくこのテーブルが従者用と知って、二人が気分を害したと思っているのだろう、ウエイトレスはビクビクしっぱなしである。

「ああ別に良いわ、テーブル移るの面倒だし。あと従者用だのなんだのと気にしないから、さっき注文したの出して」

 しかし元が野性で育ったウィードにそんな理屈が通用するわけも無く、ウエイトレスへ注文を押し通そうとしている。
 それに対して規則だからと戸惑っているウエイトレスに、欲しいものが食べられないかもと段々とウィードの目が険を帯びていく。それで更にウエイトレスがビクビクし、さらにウィードの目に険が、というのが加速していく。
 そんな様子を傍で見ていたシュラーキは、しょうがないなと言いたげな溜息の後、二人の心情を推し量った発言をする。

「僕はつい最近騎士になったばっかりなので、僕らはこういった料理の方が舌に合うんです。何か言われたら僕たちが怒られますので、気にしないで注文通りのを出してください。あ、あと僕は妻のと同じのにエールを追加で」

 これでウエイトレスは『客のたっての要望』という名分を手に入れ、ウィードは欲しいものが食べられるという要望が通るわけだ。ちなみに、シュラーキが同じ物を頼む事によって、シュラーキ側に引く意思は無いという宣言にもなっている。
 叱咤されることは考慮に入れていただろうが、まさかこうも注文をごり押ししてくるとは思っていなかったのか、予想外の事態に頭の中の対処が追いつかない様子で、ウエイトレスはうるうると目に涙を溜めると、厨房の方向へと身を翻して去っていった。

「うーん。私たちって、悪者かしら?」
「いいんじゃないかな。食べたいものを要求するのは客の権利だから。店側が受けるかどうかは別の事だよ」

 わが道を行く性格のウィードと、彼女以外には余り優しくないシュラーキらしい感想を、去っていったウエイトレスに対して述べた。
 そこへ二人が頼んだ料理を持って歩いてきたのは、このホテルの責任者である銀髪交じりのあのサキュバスだった。

「あまりウチの新人を苛めないで下さるかしら」
「あら、お偉いさんが如何したのかしら。私たちには挨拶済んでいるんだから、他の竜騎士のお相手した方がいいんじゃないの?」
「他の方々は昨日の夜に挨拶を済ませてます。それに私が挨拶するのは当然でしょう。貴方たちは私の『お気に入り』なのですから」

 テーブルの上に注文した料理を置きつつ、ウィードとの他愛の無い話を装って、明らかに周りに居る竜騎士へ聞こえる音量で『お気に入り』という爆弾発言を落とす。
 恐らくこのサキュバスが食堂に現れたときから、彼女の動向に気には掛けていたであろう竜騎士たちの、その視線があからさまにシュラーキとウィードへと注がれる。
 それはサキュバスのお気に入りがどの程度できるかという値踏みだった。だが彼らの視線が気が付かないのか、朗らかとした笑顔で食事を始めた二人に、大した事は無さそうだと大多数の竜騎士が止めていたフォークを動かし始める。だが何人かは、明らかにシュラーキの顔を見覚えようと、食事の手は再開しつつも、視線だけは彼の顔に向けられている。

「ほらほら、ウィード笑顔笑顔。僕以外の人に見られるのが不快だからって、睨み付けようとしないでね。警戒されるから」
「シュラーキがそう言うなら、気にしない事にするわ。じゃぁ早速食事しましょう」
「そうだね。あははっ。まかいもフリッター美味しいなー」

 諜報員らしく小物を装って、食事をし始めるシュラーキとウィード。恐らく騎士たちの敵意と興味が交ざった視線で、シュラーキの背中には脂汗が浮かんでいる事だろうが、傍から見ればそんな視線にも気づかない愚鈍な奴にしか見えない。
 あわよくば竜騎士たちにシュラーキを警戒させて、何からの行動を促そうと。そして大会を面白くする前座にしようと画策していた風のサキュバスは、当てが外れたような顔を一瞬浮かべた後で直ぐに笑顔に戻る。

「……チッ。大会では『期待』してるわね」
「舌打ちしましたね。あと今明らかに、周りをけしかけ様としましたね」
「何の事かしら〜。ごゆっくり〜」

 もう用は済んだとばかりに立ち去るサキュバスに、シュラーキは溜息を吐きながら、山盛りのまかいもフリッターの一つを手で取って口に運んだ。

「あ、美味しいや」
「もう。さっきも同じ事言ったじゃないの。ほらほら、この山賊焼きって言うのも美味しいから。アーン」
「じゃあ食べ合いっこだね。アーン」

 サキュバスの工作がどんな影響を周りに及ぼしたのかを、気にしていてもしょうがないと判断したのか、シュラーキは手でまかいもフリッターを手で掴むと、牛肉の山賊焼き一切れをフォークに刺して突き出しているウィードへと差し出した。そしてお互いにあーんと大口を開けて差し出されたものを同時に食べる。
 シュラーキは確かに美味しい牛肉料理に舌鼓を打ち、ウィードの方は味のアクセントに彼の指先をしゃぶりながらまかいもフリッターを食べた。
 そんな自然なバカップル振りに、竜騎士たちからの視線は消えうせたが、周りからの魔物娘たちの羨ましそうな視線が降り注いでいた。


12/10/13 19:59更新 / 中文字
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