読切小説
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臥龍にお仕えして


 龍神に仕えるという事は、途轍もなく名誉な事。
 なので十派一絡げの宮司だった賢吾は、遠くの僻地ながらも、龍の住む社の神主に任命された事を誇りに思い、その社までの道のりを胸が躍り狂う気持ちで歩んでいた。
 しかしその社に辿り着いてみると、そこは酷い有様だった。

「本当に……此処に龍神様が、御住みになっておられるのか?」

 そう賢吾が疑ってしまうのも無理は無い。
 なにせ石造りの鳥居は一面に苔生し、本来の赤色ではなく緑色で染まっている。さらには社に通じる石段は、春だというのに朽ちかけた落ち葉で覆われつつ、石の間から伸びてきた草のせいで、何処を踏んで進めば良いのかわからない有様。
 それに目を瞑ってみたとしても、明らかに手入れしていない事が分かるほどに、神聖であるはずの境内に草木が生い茂り荒れ放題。
 まさか龍神様が去って廃墟になってしまっていたのかとも、疎まれて廃社へ追いやられたのかとも賢吾は考えたものの。何はともあれ社の中に立ち入らなければ判らないと、荒れ放題の場所に似つかわしくないほどに大きな社殿へと足を踏み入れた。
 しかし見た目は厳かで巨大な社殿ですら、長年手入れされていないのか。所々の床板は腐って穴が開き、天井には雨漏りの跡である黒い染みが広がり、障子紙には大きな穴が開いていた。
 祭壇の場所には材木で確りとした神殿が組まれているものの、どれもこれもが埃塗れで、祭壇の鏡が申し訳無さそうに鈍い光を放っているだけ。龍神の姿はそこには無かった。
 これはどういう事かと首を捻る賢吾の耳に、風で草木が揺れる音に混じり、なにやら寝息のようなものが聞こえた。
 その音を腐りかけの廊下の上を恐々と歩いて辿ると、一つの部屋の中からその音が聞こえた。
 まさかどこぞの野盗が住み着いているのかと、そっと賢吾が障子の穴から覗いてみれば、なにやら蓑虫が大きくなったような、毛むくじゃらの生き物がそこにいた。
 何だあれはとよくよく見てみると、頭と思しき場所には毛で埋もれてちょこんとだけ角の先が見え、毛で覆われていない末端部分には鱗の生えた蛇の様な体がある。
 もしやこの寝息を立てているのが、社の主たる龍神様なのかと驚きつつも、賢吾は龍神様の眠りを妨げてはいけないだろうと、大人しく神殿のある祭壇へと戻り、ひたすらに起きるのを待つことにした。
 しかし待てど暮らせど龍神様が起きてくる様子は無い。
 着いた時には中天にあった日も、もう山間に隠れようという夕方になっても、一向に起きてくる様子は無い。

「もしや。何かのご病気か……此処は無礼を承知で」

 昼寝にしては長すぎるため、賢吾は誰に釈明するとも無くそう口で告げると、軋む床を踏み歩き、龍神らしきものが寝ていた部屋に向かう。
 そして伏せったままの龍神の傍らに座ると、余り強くない手つきで、揺すって起こそうとする。

「もし、龍神様。もし……」
「うみゅ〜〜……此許の眠りを妨げる、其は誰ぞ?」

 薄っすらとだが、髪の隙間から眼を開けて賢吾の方を見る龍神。
 慌てて賢吾はその場に平伏する。
 
「眠りを妨げ申し訳御座いません。まずはご挨拶を。この度、こちらの神主を任じられました、賢吾と申します」
「うむ。存分に励め……すやすや」

 それだけ告げると、龍神はまた寝息を立てて寝始めてしまった。
 再度龍神を起こすような真似が出来るはずもなく、賢吾は困ったようにその場に固まってしまってしまう。
 これが、賢吾と眠りっぱなしの龍神――臥彌(ふしみ)様との出会いであった。



 それから三月が経った後の、二人の間柄はというと。神と神主の関係とは思えないものになっていた。

「おら。部屋を片すんだから、起きろ」
「うぅぅ……そちは乱暴者よな。此許は列記とした神ぞ。それを足蹴にするとは」
「励めと言ったのは、臥彌だろう。神社の片付けをしていたのに、眠る邪魔をしないようにと、最後までこの部屋に手を付けなかったんだから、在り難く思え」

 その三ヶ月の間に、賢吾は持ち前の活力と胆力を発揮し、修繕費用と修繕用の材木を、彼が元居た神社任命責任との名目で要請し無理矢理出させ。神社の中で素人修理出来ない部分は、近場の町から引っ張ってきた職人に任せたが、それ以外は職人に尋ねながら自分で修理していった。そして残すのは、起こさなければいつまでも眠っている、臥彌の部屋のみになっていた。

「ほらほら。寝るなら、作業が終わるまでしばらく、縁側で日向ぼっこしてろ」
「あいわかった……ああ、日向が心地よいの〜」

 縁側に出る前に力尽きたように眠り始めた臥彌に、賢吾はしょうがないとずりずりと引きずって、作業の邪魔にならない場所まで移動させる。パンパンと手を打ち払ってから、職人を声を掛けて呼び寄せて、臥彌の寝ていた場所の修繕を命令。
 賢吾も加わったからか、それとも痛みが少なかったからか、夕日が山間に沈む前に作業は終わる。
 職人に今までの苦労を労う言葉をかけながら、賢吾は多少多めの手間賃と道中食を手渡し、礼を言って神社から見送る。
 そして相変わらず縁側で寝っぱなしの臥彌を見て、溜息を吐き出す。

「ほら、終わったから、起きて部屋に戻れ。まだ夜は寒いぞ」
「うぅぅ〜〜……あいわかった〜〜」

 ずりずりと重そうに、鱗に覆われた身体を引きずり、臥彌は部屋に戻る。
 修繕された部屋に入った途端、全身で畳の感触を感じようとするかのように、臥彌はばたりと倒れた。

「あー、新しい畳の匂いと感触が〜……」
「って、どっちにせよすぐ寝るのかい!」

 あっという間にとぐろを巻いて寝に入った臥彌に、賢吾は頭の痛くなる思いを感じているな叫び声をあげる。
 しかし新しい畳という寝心地抜群の場所が手に入ったからか、彼の叫び声に臥彌は起きる気配は無い。
 
「いや、うん。判っていたよ、判ってたけどさ」

 何か釈然としないものを感じながら、賢吾は勝手に自分用にした部屋へと戻る。
 障子を開けて中に入ると、行灯に火を灯し、土蔵に収蔵されていた古文書らしき木簡や綴じられた紙束を読んで行く。
 ところどころを蟲に食われて読めない部分はあれど、それでも何が描かれているのか読み解いていく。

「臥彌の寝続ける様子は、明らかにおかしい。それになにより――」

 物を食べている様子が無いのは異常であると、その原因を探るように、彼は夜半過ぎまでそれらを読んでいった。



 神社を修繕し終え、本格的に古文書を読み始めて一月が経った。
 だが得られた情報は少ない。雨乞いの儀式や龍神の扱いに対するあれこれはあるものの、この神社が何のために建立されたかさえ判らない有様であった。
 しかしながら、梅雨の時期に入ったものの、この周辺は雨が少ない土地なのか、曇天の日は続けど、雨が降るのは稀である。
 ここまで雨が少ないと干上がってしまうのではないかと思われるが、付近を流れる川の水量は過ぎるほどに多く、近隣の田畑は潤っている。

「という事は、龍神を祭る神社は必要ないはずなんだよな〜」

 本来龍神を祭るというのは、雨が少なく干上がりそうな土地に雨を呼び込むため。
 雨は少なくとも干上がりそうも無い土地に、龍神の神社を建立するのは道理に合っていない。
 これはもう直接本人に聞くしかないかと、最近は昼夜を問わず古文書を読んでいたために、訪れる機会の少なかった臥彌の部屋を開ける賢吾。
 すると閉めきり、梅雨時期の湿気で蒸された臥彌の部屋は、彼女の体臭で溺れそうになるほどの匂いを放っていた。その匂いは人間の男にとって不快ではないものの、ずっと嗅ぎ続けて良い類ものではない。
 それは賢吾の下半身の一部が隆起していることが、この匂いにどんな効能があるかを、如実に表していた。

「おいこら起きろ臥彌!酷い匂いだから、風呂入れ風呂!」
「うぅぅ〜〜……行き成りそちは、何を言っておる。風呂になんぞ、入らずとも」
「判った。俺が入れてやるから、大人しく引きずられてろ!」

 湿気を含んで膨らんだ臥彌の髪から、賢吾の理性を失わせようとする甘い匂いが放たれる。が、それを自制心で無視して、彼は湯殿の場所に臥彌を押し込んだ。

「すぐ湯を沸かしてやるから、待ってろ!」

 湯殿の脇にある湯沸かし場に薪をくべて火をつけ、井戸から汲んだ水を、湯を沸かすための釜一杯に入れていく。
 釜の湯が沸くまでの間、湯殿の湯船に井戸の水をじゃんじゃん入れていく。それは一見すると無計画に入れているかと思われるが、彼が他の神社での下積み時代に培った、どれだけの大きさの湯船に、どれ程の水を入れれば、沸き釜の湯を全て入れた時に適温になるかを知り尽くした行動である。
 その証拠に、沸騰した釜の湯を全て入れるてみると、賢吾の計算通りに湯船の湯は多少温めながら、人が入る適温になっていた。

「ほら、湯が沸いたぞ。さっさと脱げ脱げ。そして入れ」

 全体的に色あせ、所々綻んでいる着物を、臥彌から無理矢理脱がすと、賢吾はそのまま彼女を湯船に叩き込んだ。
 そんな事をすると湯がもったいないのだが、寝っぱなしであろうと神である臥彌の浸かった湯に、自分が入ろうという思考は、此処に来る前は真面目に神職を勤めていた賢吾には無い。なのでこの湯は臥彌の為だけのものなので、彼女がどう湯を扱おうと彼からは何を言う権利は無いと、彼の常識ではそうなっている。
 
「そちは、相変わらず乱暴よな……しかし、いい湯よの〜」

 無理矢理湯船に突っ込まれて眠気が取れたのか、伸び放題の頭の天辺から濡れ鼠になった臥彌は、久しぶりなのだろうか、暖かな湯船に身体を沈めて堪能している。
 そこに服に襷を掛けた賢吾が入ってくる。

「温まったら、身体洗ってやるからな……ん?何だその札」

 賢吾の目に入ってきたのは、ぷっかりと湯船に浮かぶ臥彌の胸――そこにある勾玉の上に張られた、一枚の古びた札。
 臥彌が湯船に突っ込まれた関係で濡れたのに、札の文字は滲む事無く原型を保っている。これは明らかに何かの神力が宿っているように見える。
 興味本位で賢吾が手を伸ばそうとすると、その手を臥彌はがしりと掴んだ。

「これを取ろうとするでない」
「何だその札。何の意味があるんだ?」
「大した物ではない。気にせず、此許の背でも流してたも」
「大した物じゃないんなら、取ったって」
「触れようとするなら、此処から出ていけ!」

 賢吾の強情な様子に、臥彌は浸かっていた湯を妖術で操作し、賢吾を湯殿の外へと押し流してしまう。
 しかしながら臥彌が自分から何か行動を起こすのは、二人が会って初めてのことだった。そのあまりの意外さに驚いたのか、賢吾はお湯を引っ掛けられた事も忘れたかのように、ぽかんと大口を開けている。

「何を間抜け面を晒しておるか。賢吾の所為で、お湯が少なくなった。追加の湯を早う」
「……いや、臥彌が妖術使ったからだろうに」
「ええから、早う。此許、凍えて仕舞いそう」

 胸元の札から、賢吾の意識を外そうという意図が丸わかりの臥彌の言葉だが、そこまで彼女が頑なに拒否するのならば、何か理由があると賢吾は判断した。
 しかし唯の神主である賢吾に、龍神の力を撥ね退けてまでその札を取ることは出来ないため、ここは不承不承ながらも臥彌の求めに応じる。
 そして湯を追加するために、濡れた衣服は薪の火で乾くだろうと考えている様子で、彼は湯沸かし場まで向かっていった。
 


 その日の夜、賢吾はあの札の事が気になり、大量にある古文書を古い順から、札の書かれていそうな項目だけを目で追っていく。
 幾つかに札が貼られていることは書かれてあっても、それがどんな意味を持っているのかまで書いてはいなかった。
 そして最後の一冊。虫食いの無い、明らかに真新しい紐綴じの紙の書を、賢吾は何の期待もせずに開いた。
 その見た目の通り、賢吾の数代前の神主が見聞きした事を、取り留めなく書き綴っただけの与太話集だった。
 調べ物の合間の休憩の心算で、賢吾はぺらぺらと紙を捲って文字を読むとはなしに目で追っていく。

「ん?ちょっと待て」

 読み飛ばしそうになった頁を戻し、じっくりと読み始める。
 そこには札の事は書かれていなかったが、その代わりにこの神社の由来を、死に掛けの老人から聞いた話が書かれていた。
 自分が知りたかったものが、こんな真新しいのに入っているとは思っていなかった賢吾は、今までの苦労が何だったのかという思いを抱きながら、一文字を一文字を目で追って読んで行く。
 しかし一頁の一行にある一文字を読み進め、目が頁の端から端へと上下に移動する度に、賢吾の身体が震え始める。それは畏れではなく、単なる怒りの感情。

「……なんだこりゃー!!」

 手に持った紙を、握りつぶさんばかりに力を込めて握り締めると、やおら立ち上がり、憤懣とした足取りで廊下を歩いていく。
 そして臥彌の部屋に立つと、障子をすぱんと開け放つ。
 更には夜闇に抱かれて眠っている臥彌の襟首を掴んで、無遠慮に揺すって覚醒させようとしだした。

「おら、起きろ!聞きたい事がある!!」
「うにゅぅ〜〜……なにごとか。うぅ、まだ夜ではないか。朝まで寝かせてたもれ」
「さっさと起きろ。札剥がすぞコラ!」
「判った、起きる。起きるから、揺すらんでたもれ」

 脳震盪が起きそうなほどに、前後にがくがくと揺すられては、さすがの臥彌も寝るのは無理だと悟ったのか、眠気眼を擦りながら賢吾と対面する。

「此許を起こしてまで、何を聞きたいのか。ささっと話してたもう」
「おい、ここに書いてあるのは本当のことか?」
「……暗くて、良う読めん」
「ええい。だったら読んでやるから聞いていろ」

 賢吾が語った事によると、この近くに流れる川は昔は暴れ川で、少し雨が長引けば、それだけで近くの町の田畑は壊滅してしまったのだそうだ。
 それを鎮める為に龍神を祭った神社を建立した。そして祭られた龍神に『雨を降らせてくれるな』『何もしてくれるな』と願ったのだそうだ。
 それ以来、この神社近辺の雨量は少なくなり、川も暴れ出す事は無くなったという。

「……なんじゃ、その事か。夜中に怖い形相で此許起こすから、何事かと思うていれば」
「それで真偽はどうなんだ」
「本当の事よ。というわけで、眠らせてたもう」
「ちょっと待て、まだ聞きたい事がある。その胸の札。雨降らしの力を抑えるための物か?」
「それもあるのが。『なにもするな』と願われたお陰での、物を食べる事も水を飲む事も出来ぬのでな。これで活性落として、死なぬようにしておる。それゆえこの札を外されると、本当に困るのよ。此許、飢えて死んでしまう」

 大した事は無いと言いたげな臥彌の様子に、賢吾の顔は怒りによって赤くなっていく。
 そして堪え切れなかったのか、火山が噴火するかのように、彼の口から怒声が放たれる。

「阿呆かー!お前は、本当の阿呆なのか!?」
「な、何に怒っておるのか判らんが。ど、怒鳴らないでたもう」
「ええい。馬鹿か間抜けかと思っていれば、神の癖に阿呆だったとは考えが行かなかった。そもそも、前の神主どもは何をしていたんだ!お前らも阿呆だったのか。揃いも揃って、此処の奴らは阿呆なのかァ!!」
「賢吾が怖い……」

 そこで怒気を祓うために息を細く吐き出した賢吾は、続いて真摯な眼差しで臥彌の目を見ながら話しかけ始める。

「いいか聞け臥彌。お前はなぜ『なにもするな』との願いを聞いている?」
「何故とは。人の願いを聞くのが神の勤めであろう?」
「その願った奴らは如何した。神社を建て、お前を押し込めて、じっとさせる。それ以外に何をした?」
「知らぬ。此許、ずっと寝て居るからの。しかし、願いを聞き届けておるのだ、其処此処で手を合わせて拝んでおるのではないのか?」
「はぁ……どうやら、お前は根っからの和御霊の神のようだな」
「それは、褒め言葉かの?」

 簡単に和御霊というのを言い表すとするなら。人々が『供物やるから、〜してくれ』と頼むと、その願いを聞き届ける神の事である。俗言う神頼みをする神は、こちらの事を指す。
 ちなみに俗に祟り神と呼ばれる神は荒御霊と言い、人の畏れの対象となる。この場合の頼み方は、『供物やるから、〜しないでくれ』というものである。

「はぁ〜〜……この紙に書かれていることを鵜呑みにすると、川を氾濫させる『祟り神』が、この神社に封じられているとの事だが。この事、お前は知っていたのか?」
「祟り神なんぞ、この神社に居ったのか。賢吾は会うたことあるか?」
 
 つまりは臥彌の事を、ここに昔住んでいた人々は荒御霊に仕立て上げ、『神社建ててやるから、何もしないでくれ』と願い出たのだ。
 本来荒御霊は、人々が供物を差し出さなくなったり信仰しなくなると、罰を当てたりや悪さをしたりして、人々に怖い神様であるという事を思い出させる。
 だが臥彌の性根は祟り神――荒御霊よりも、むしろ根っからの和御霊な性格。そのため供物が無くなり、信仰していた人は消え失せ、神社も荒れ放題になっても、彼女は居もしない信徒の願いを叶え続けてしまっていた。
 しかも願いが『なにもするな』なので、『供物がなしでも、何かするわけじゃないし良いか』と臥彌が思っている節すら、彼女の表情から読み取れる。

「阿呆だ。本当の阿呆が此処に居る……」
「阿呆阿呆と連呼するでない。悲しくなるではないか」
「はぁ……まあ良い。その札取るぞ」

 何もかも納得できた賢吾は、臥彌の胸にある札を、無用の物として取り払おうと手を伸ばす。
 しかしその手は、鱗の生えた手で掴まれてしまう。

「しばし待て。何故そんなにこの札を取りたいか判らぬが、そちは此許に死ねというのかえ!?」
「剥がした後で、ちゃんと物食えば死なないだろう?」
「しかしじゃな。何もするなという願いを叶えてやらぬと、此許の存在意義が……」
「俺が此処に来て数ヶ月。その間に一人たりとも、貢物や賽銭を持ってこない奴らの事など知るか。いっそやつらが望む荒御霊らしく、罰として雨を降らし、ここら辺を水浸しにすることで、信仰を集めなおせ。きっちりとお前が崇め奉られれば、お前に仕えたいという白蛇が現れるだろうし。そうすりゃ、俺の仕事も少なくなるわ。多少はいい物食べられるわ。神社を新しく出来るわと。いい目を見られるだろうからな」
「……そちは、案外俗物なんじゃな」

 そこで要らぬ事まで言っていたことに気が付いたのか、賢吾はハッと口を閉じた後で、言いつくろうように次の言葉を紡ぐ。

「勘違いするな。神に仕える事こそが、俺の至上だ。だが今のお前は、神ではなく、唯のお人よしの妖怪にしか過ぎん!」
「所々色々と虚言に感じるが。しかし此許が神ではなく、ただの妖怪とは聞き捨て出来ぬのぅ」
「本来神とは、我侭で自分勝手なモノの事を指す。人の願いを叶えるのは、ちょっとした気まぐれか、暇つぶしぐらいでしかない。少なくとも、俺はそう学んだぞ」

 神で無い人の子に、神とはこう在るべきと説かれてもといいたげな表情の臥彌。
 しかしその賢吾の言葉に、全く説得力が無かったのかと言えば、そうではなかったようで。そっと自分の胸元にある、古びたお札に手を伸ばして、その角を指で弄び出す。
 そして軽く角を捲ってから、視線を賢吾へと向ける。

「我侭になれか……そう言うてくれたのは、そちが初めてよ。なぁ、本当に此許は我侭になって良いと、そちは本心から思っておるか?」

 何とはなしに尋ねたかのような口調でも、何かに縋るかのようなモノが、その瞳の中にあった。
 それに気が付いた様子は無いが、賢吾はふんすと鼻息荒く、その問いに答えていく。

「神社に祭られる神とはいえ、一個の生物だ。自分の幸せを願わぬ道理が、一体何処にあるというのか。さらに言えば、自分の幸せすら叶えられぬ神が、人の願いを叶えられると思っているだとすれば、お笑い種だな」
「神ですら、幸せを望んでも良いと?」
「違うな。神だからこそ、自分の幸せをまず叶え、自分の力を示せと言いたいのだ。俺は」
「そちの虚言が神に通じると思うてか?……しかし、そちのその答えに、今この場は騙されてやろう」

 呟くと、自分の胸の札に手を伸ばし、札の半ばほどまで捲り剥がす。一端其処で止めて、視線を賢吾の方へ。
 目には先ほどまで寝扱けていた龍とは思えない程に――自分は神であると他者を説き伏せる程の、確りとした意思が宿っている。
 それは目の前に居る男に、一切の嘘を許さない力強さを含んでいる。

「さて、この札を外す前に問答をしよう。札を外せば、今まで溜め込みし欲が、此許の身体に一気に押し寄るが、それでもこの札を外しても良いと?」
「俺は此処の神主だぞ。神の世話なら仕事だ、任せろ」

 神の視線に晒されても、なお尊大な態度を崩すことなく笑みを浮かべる。更には臥彌のよりも、力強い視線を返そうと試みている。
 その賢吾の態度に、臥彌はふっと口の端を笑みの形に崩すと、それを隠すことなく問いを続ける。

「そちも知っておると思うが、この札を付けられたのは、そちの生まれ出でるはるか昔。その欲に応える用意があると?」
「睡眠欲は、散々叶えているから無いだろうが。食欲ならば、蔵が空になるまでなら応えよう。無いものは提供出来ないからな」
「肉欲ならばどうか?」
「神に仕えるという事は、この身も奉げるという事。赴任する時に、すでに覚悟は出来ている」

 直接的な明言は避けたものの、賢吾の表情は来るなら来いと言いたいばかりである。

「では……」
「ええい、逐一問答は面倒だ。重大でも雑多でも、俺に欲を叶えろと願え。その願い、出来るだけ叶えてやろう」
「……ふふっ。その物言いだと、そちが神のようよな」
「神では無い、神主だ。神に仕え、神のために働き、神の幸せがこの身の幸福。なれば神の願いを叶える事こそ、我が願いを叶える事に通じるのだ」
「先ほどは、金や食べ物に人足を欲しておったであろうに」
「俺が神に仕えるという以外の、雑多な瑣末事を片付けるのに必要な物だからな」

 全ては神に仕えるためと豪語する賢吾の、その言葉のどれほどが実語で、どれほどが虚言なのか。
 しかしそれすらも見通している様子な臥彌は、何かが吹っ切れたように軽く笑うと、胸の札を引き剥がしてしまう。
 そして秒間の後に、臥彌は突如苦しみ出し。その場に蹲り、部屋の真新しい畳を毟り始める。

「くあぅぅうううーー!!」
「……お、おい。大丈夫か?」

 思わず近寄り、手を差し伸べた賢吾のその腕を、臥彌は鱗に覆われた掌で掴む。
 今まで溜め込んだ欲の所為で、力の入れ具合を調整するのも難しいのか、掴まれた賢吾の腕の骨が軽く軋み、彼の表情が痛みで思わず歪んでしまっている。
 しかしながら、下半身には鱗の生えた身体を持ち、整えられてもない長過ぎる髪を振り乱し、賢吾の腕に縋りついているその様は、傍目から見れば幽鬼の様で、少々不気味に思えてしまう。
 賢吾はそれでも臥彌が使える主であると判っているからか、腕を握っている臥彌の掌を、そっと安心させるように撫でる。
 それで少しは落ち着いたのか、呻く事は止まり、髪の隙間から爛々と輝く瞳が、賢吾へと向けられる。

「そちの名は、賢吾であったな」
「俺の名より、まずは何が欲しいか言え。食い物か、水か、それとも他か」
「欲しいもの……そうよな。まずは賢吾、そちが欲しい」

 そう言うや否や、臥彌の下半身が翻ると、賢吾の胴に巻きつき、彼を畳の上へと引きずり込む。
 その際に、やはり力の加減がおかしいのか、賢吾の肋骨がぎしっと、折れる一歩手前の嫌な音を立てた。
 しかしその音を臥彌は聞こえていなかったのか、捕縛した賢吾をより一層締め付けながら、彼の上へ乗っかる。

「そちが悪い。狂いそうな程の欲を受け止めると、そう豪語したそちが悪い」

 うわ言を呟きながら、男に取り付き殺そうとする幽鬼のような必死さで、身体を支配する欲に任せて、賢吾の身体を弄り、首元に鼻面を押し付ける。
 完全に欲情しきり、我を失っている様子の臥彌。賢吾は抵抗する素振りは見せないものの、時折顔に掛かる臥彌の髪が鬱陶しいのか、時折顔を動かす。
 それが賢吾が抵抗していると取ったのか、臥彌は逃がしたくないとばかりに、顔をこすり付ける。
 臥彌を大人しく受け入れながらも、しかし顔に掛かってくる髪の苛立たしさに、我慢の限界を突破した様子の賢吾は、懐から無染色の麻紐を取り出すと、臥彌の前髪をざっと左右に分けた後で、鰭状の耳の後ろへと流し、後ろ髪ともども一纏めに紐で括ってしまう。
 すると急に開けた視界に驚いたのか、それともそこで我に返ったのか、臥彌は固まってしまった。
 一向に動き出す素振りの無い臥彌を不振に思ったのか、賢吾は彼女の頬を両手でそっと包むと、自分の目の前に顔が来るように移動させる。
 すると困惑で揺れる瞳が其処にあった。賢吾は安心させるように笑うと、ゆっくりと軽く頬を撫でていく。

「色の無い粗末な麻紐でも、懐に在ってよかった。これで臥彌の顔が良く見える。うん。俺が思い描いていた通り、いい女だ」

 確かに臥彌の顔を髪に邪魔されずに見たのは、これが初めてである。
 そしていい女との賢吾の言葉に嘘は無い。
 困惑に彩られても柔和そうな瞳に、不精だった筈なのに長く細い整った眉を併せ持ち、緊張からかふるふると揺れる薄紅の唇。それらが計算されて配置されたような、それこそ神像のような整った顔立ち。絶世の美女といって差し支えない顔が其処にあった。

「そ、そのな、賢吾……これは、ちが」
「さあ続きを。臥彌が良いように」

 あふれ出しそうな性欲の引き波で正気に戻った様子の臥彌は、巻きついている賢吾に何かを言おうとしたのだが、それを賢吾は覆い被せる様に言葉を紡ぐ。
 その言葉の意味を理解して、臥彌の顔に一層の困惑が広がる。

「……良ろしいのか?」
「何を言っているんだか。欲に応えると言っただろう。それに臥彌の様な絶世の美人に言い寄られて、嫌な顔をする男は居ない。まあ此方の欲を言うとするなら、胴の締め付けを少し緩めてくれ。肋骨が折れそうだ」
「こ、これはすまぬ」

 慌てたように賢吾の胴に巻いた体の力を抜く。しかし離れたくないのか、身体は巻きついたままである。
 それでも骨が折れる心配が無くなったからか、賢吾は安心したように深呼吸をする。
 しかし此処で、二人の動きが止まってしまう。
 賢吾は臥彌に身を任せる為に止まっているのだが、臥彌の方は身体を先ほどの欲に任せるのが恐ろしいのか、怖々と賢吾の顔を手で撫でている。

「ほ、本当によいのか?引き返すのならば――」
「何だ急にしおらしくなって。俺のことは気にするな。それにだ、波が戻ってきて、もう一杯一杯なのだろう。顔が発情したモノになりつつあるぞ」
「ひゃん!」

 指の爪で頬を軽く撫でられた臥彌は、可愛らしく声を上げると、気恥ずかしさからか顔を真っ赤にさせる。それを見た賢吾はくすりと笑う。
 笑った賢吾をぎっと一瞬にらんでから、身体を支配しつつ性欲に負けたように、賢吾の顔に臥彌は頬寄せた。

「一度始めたら、欲が発散されるまで止まらぬぞえ」
「あまりにくどくど言っていると、逆鱗に触れてやってもいいんだが」

 臥彌の行動を促すためか、賢吾は巻き付いている臥彌のお尻の辺りを撫でる。
 しかしその言葉とは裏腹に、その手は逆鱗を避ける様に動かされている。
 それが賢吾の優しさか、それとも逆鱗にまで触れたくないのかは判らないが、臥彌はどうやらその行為を好意的に受け取ったようで、彼女の顔に笑みが零れた。

「ふふっ。其処まで豪語するのならば。此許は遠慮なく、賢吾の体、味わせてもらう」

 淫熱で炙られた熱い吐息を漏らしながら、賢吾のおくみから手を差し入れ、彼の前を肌蹴させながら、彼の地肌を手で擦っていく。
 梅雨の湿度の所為か、それとも臥彌に組み敷かれているからか、賢吾の肌は汗でしっとりと濡れており、その感触が心地よいのか、臥彌は手だけではなく舌でもそれを感じ始める。
 淫熱で体温が高くなった臥彌の熱い舌が体の上面を撫でるたびに、賢吾は思わずといった感じで体をくねらせてしまう。

「はぁはぁ。こら、賢吾。れろぅ〜〜〜。気持ちよくさせてやるから、動くでない」
「くすぐったいから、動いてしまうのは仕様が無いだろう」
「ふむぅ。舐められるのは気に入らぬのか。ならこれならどうかの?」
「はぁぅ!!?」

 ちゅぅっと臥彌が吸い付いたのは、賢吾の乳首。
 男の乳首を吸って如何するのかと思うところだが、賢吾からは如実な反応が返ってきた。
 それは予想外の場所を攻められた意外性ということもあるだろうが、それでもちゃんと性感は得られているようで、乳首を吸われ舐められるたびに、彼の口からは女のような声が漏れ出てしまう。

「乳首を吸われて声が漏れるなど女子の様。なのに、こんなに雄雄しく魔羅を硬くして。本当に、賢吾は愛い愛いしい奴」
「ちょっと待ぁあ!!?」

 乳首を舐める傍らでそう呟きながら、賢吾の陰茎へと手を伸ばした臥彌は、もうすっかりと硬く熱くなっていたそれに手を巻きつけると、ゆるゆるとした手の動きで扱き始める。
 手の鱗の滑らかさと硬質な質感に、賢吾の陰茎はびくりと反応し、乳首を吸われている快感も相まってか、その先っぽからは透明な液体がとろりと出てしまう。
 それを目の端で確認した臥彌は、よりねっとりと賢吾の乳首を弄び、陰茎を扱く手に強弱を付けてやる。
 段々と鈴口から出てくる透明な液体が多くなり、亀頭を濡らしてらてらと輝くが、その中に白い色は見えない。
 それを不満に思ったのか、臥彌は拗ねた様により一層陰茎を扱く手を巧みに動かしていく。

「ほらほら賢吾よ。我慢していないで、白いモノを出してたもう。此許喉が渇いた」
「そんな事を、言われても」
「此許の手だけでは出せぬと?もう、賢吾は我がままよな」

 実際は気持ち良すぎて出せなかっただけなのに、誤解した様子の臥彌は、しょうがないとばかりに賢吾の胸から口をどけると、今度は亀頭に口を付けて吸い付きながら、竿部分を手で扱き始めた。
 下腹の中身を吸いだそうとするような吸い付きと、手の鱗の感触をいっぺんに感じてしまった賢吾は、臥彌の口を突き上げるかのように腰を動かしてしまう。
 その反応が嬉しかったのか、臥彌は吸い付きや扱きの度合いを強めつつ、加えて鈴口部分から漏れ出る液体を舐め取るかのように、舌でそこを刺激してやる。

「賢吾、気持ちよいか?これなら出せそうか?」
「咥えたままで、喋られるとぉ!」

 臥彌がもごもごと口を動かした時に、雁首あたりに歯が当たったのか、賢吾の陰茎がびくりと震え、透明な液体がその奥から湧き上がった何かに押されるように、びゅっと鈴口から噴出した。
 それが何を意味しているのか本能的に察したのか、臥彌は急に押し黙ると吸い付きと手の動きはそのままに、頭を動かして賢吾の亀頭部分を唇で磨いて、より一層賢吾に快感を与えていく。

「ちゅぅぷちゅぅぷ、ちゅぷちゅぷちゅぷ――」
「うぅうう、もう、出るぅ!!」
「むぅ!?――ちゅうぅうぅうう〜〜〜〜」

 勢い良く出てきた液体――明らかに透明なものとは違い、青臭さと粘り気のあるそれを舌で感じ取った臥彌は、噴出するのを手伝うかのように、吸いつきを強くし、手で扱くのも続ける。

「ああぁあぁぅ……吸い取られるぅぅうぅーー」

 びくびくと腰全体を震わせながら、臥彌に吸われるまま手で扱かれるままに射精し続ける。
 やがて賢吾の陰茎の脈動も腰の震えも終わり、口内一杯に精を受けた臥彌は上気した満足顔になると。尿道に残ったもの全てを吸い上げるかのように鈴口を一吸いしてから、賢吾の陰茎から口を離した。

「ああぁん。何百年ぶりの初の食事が精とは、なんとも格別……」

 ぐちゅぐちゅと口の中で精液を唾液を混ぜ合わせながら、その久々の味を堪能する臥彌は、寝ぼけた龍とも祭られる神とは違う、愛欲に支配された女の顔になっていた。
 神像のように整った顔で、そのような表情をされたら、賢吾で無くとも見ほれてしまうのは仕方の無い事だろう。

「こきゅり……はぁ……精が、体に染み渡る……」

 口から喉を通り胃に落ちる精。そこからじんわりと全体に何かが広がるような感覚を得ているのか、臥彌は喉元と腹に手を当ててうっとりとしている。
 一方の賢吾はというと、生まれてこの方これほどに気持ちの良い射精はしたことが無かったのか、腰砕け気味に全身の力を抜き、荒い息を吐いていた。

「ふふっ。何を満足したような顔をしておるか。本幕は之からぞ」

 口いっぱいの精を飲み込んで調子が出てきたのか、臥彌は半萎え気味の陰茎を手で弄びつつ、もう一方の手で自分の腰周りの布を取り払ってしまう。
 露になった局所は、陰茎を飲み込む準備が整った証である、粘度が高めの透明な液体で濡れており、流れ出たそれが臥彌の体を伝い、鱗に覆われている下半身の一部をも濡らしている。
 取り払った下半身からか、それとも濡れている局所からか、賢吾の鼻にふわりと匂いがたどり着く。
 それは賢吾の脳をしびれさせて思考を奪い、分身ともよべる陰茎が限界を超える程に怒張する。

「ほとを見て、こんなにも硬くするとは。賢吾もやはりおのこよな」

 嬉しそうに呟きながら、自分の局所と賢吾の陰茎をくっつける位置まで体を移動する。
 くちゅりとお互いの性器が擦れ合わさる音が発せられると、臥彌はより一層顔を上気させ、賢吾は陰茎から感じた滑りに声を漏らしそうになる。

「ほれ賢吾。魔羅をほとに入れたかろう?」
「ふぅ、ふぅ。くぅぁ……」

 焦らすように賢吾の陰茎を陰唇で擦りながら、臥彌は賢吾がどんな反応を返すか、興味深そうに眺めている。
 陰茎にくっつき、粘り気のある液体をこすり付けているその感触を、賢吾は味わうような堪えるかのようなそんな微妙な表情を浮かべつつ、臥彌の行為を受け入れている。しかし与えられる気持ちよさから、その口からは彼の意思外の吐息と声が漏れ出ている。
 
「これだけ濡らせば、すんなりとほとに入るであろう」
「はぁ……はぁ……」
「そんなに物欲しそうな目で見つめないでたもう。すぐに、うんッ――挿れてやるからの、うぅうぅうう!」

 少しだけ腰を浮かして、手で賢吾の陰茎を膣口へと付けた臥彌は、堪え切れなかったかのようにすぐさま自分の膣へと飲み込もうとする。
 だが今まで押さえていた欲の影響か、陰茎が爪の厚さ程に進入するたびに、臥彌の体は喜びによって全身を軽く震わせる。
 欲にまみれた思考は震える体などかまっていられないとばかりに、陰茎を迎え入れるのをやめることはせず、少し深く咥え込む度に体を震わせるという循環が作られる。
 やがて賢吾の陰茎をほんの少しだけ残して飲み込むと、最後の仕上げとばかりに、少し残った部分を一気に中へと埋没させる。
 すると体の奥深くの子宮へと亀頭が到達したのか、臥彌は体をくの字に曲げつつより一層強く全身を震わせ、繋がっている部分からも透明な粘つく液体が留めなく出てくる。
 そのまま快楽に身を委ねるかのように静止していた臥彌だが、震えが収まる気配を感じ取ったのか、蕩けた表情を取り繕ったような笑顔を賢吾に向ける。
 
「どうだ此許のほとの味は。格別であろう」
「はぁはぁ……ふぅ、格別なのは、賛成するが。もう少し力を抜いてくれ、折れそうで冷や冷やする」

 こちらもこちらで素直ではない様で、快楽によって浮かんだ汗もそのままに、賢吾はなんということは無いという口調で減らず口を叩く。

「ふふっ。これほどに硬く雄雄しい魔羅は、そう易々と折れはせぬ」
「神のお墨付きを貰えたので安心したよ」
「なに、本当に誇ってよいぞ。力を入れればそれ以上の力で押し返してきおる、この魔羅は良き物ゆえな」
「そんなに腰をくねらせて、堪えきれないのか。だったら、続きをしてもいいぞ」
「もっと執拗に弄って欲しいとは、賢吾は神主の鑑よな」

 お互いに肉欲を隠しての掛け合いは此処で止まる。
 臥彌は自分の奥深くで交わっている事に安心したか、賢吾の胴体に巻きつけていた鱗の体を解く。しかし組み敷くのは続けたまま。
 賢吾は、さあ如何したといわんばかりの目つきで臥彌を見ながらも、体は臥彌に全てを預けるように力を抜いている。

「では此許が満足するまで、付き合ってもらうぞ」
「ご期待に添えます様、鋭意努力致します」

 臥彌が脅し文句を告げ、それを慇懃無礼な態度で賢吾は返す。
 お互いに不敵に笑い合うと、雁首の傘の部分が肉壁を擦り上げるたびに、声が漏れそうになるのを堪えるように口を引き締めて、臥彌は自分の中の陰茎をずるずると引き抜き始める。
 賢吾の方も、腰の根元から引き抜かれるような快楽を、口をつぐんでやり過ごす。
 ぎりぎりお互いの局所が繋がれるまで引き抜くと、そのまましばし停止する。
 そして覚悟を決めたように、臥彌は再度陰茎を中へと埋没させる。今度は一瞬の間に、全てを飲み込むほどの素早さで。
 
「くひゅう!!」

 子宮を叩かれた影響か、臥彌の喉から可愛らしい声が漏れる。
 その声を聞いた賢吾は勝ち誇ったような笑みを浮かべるが、それを見た臥彌はカチンと来た様で、続けざまに腰を上下に振っていく。
 すると賢吾の笑みが消えて焦ったような表情に変わり、今度は臥彌が満足そうな笑みを浮かべる。

「どうした。これで、音を、上げる。賢吾では、あるまい」
「くぅ。そっちこそ、腰が、諤々と震えているが、限界じゃないのか?」
「そんな、訳が、あるまい。まだまだ、余裕はある」
「こちらも、まだまだ、射精には、遠いぞ」

 何を張り合っているかは判らないが、お互いが快楽に耐えながら、舌戦を繰り広げる。
 だがそれも時間が経つにつれて、お互いの舌の動きが鈍り始め、快楽の毒が脳を支配する頃には、お互いの口からは言葉が出てこなくなってしまう。

「んッ。あふゅぅ……あんッ。んぅ――」
「はぁはぁ――くぅぅ……ふぅふぅ――」

 臥彌は上下に振るだけではなく、自分の膣内の気持ち良い場所を探すかのように、腰に捻りを咥える。
 賢吾は与えられる快楽に身を委ねつつも、射精をしないようにするためか、与えられる刺激の強さに浅く深く呼吸を変えている。

「はぇぅ、ふぃぅ……んあぁ!」
「はふぅ、ふぅぅ……うおぁぅ!」

 そんな事をしていると、お互いにお互いの気持ちの良い部分が擦れたのか、お互いの口から嬌声が漏れる。
 お互いにお互いの気持ちの良い部分を悟った二人は、お互いに協力して其処を擦り始める。
 おそらく与え続けられた快楽から、もう二人の頭の中にはお互いを高め合う事しか無く、先ほどまでの舌戦など忘却の彼方へと追いやってしまっている事だろう。

「あんッ!ふぁ、ぅあんッ!ひゅぅ、ひゃぃ、いふぅあ!」
「ふぅ、ふぅ、んッぅ!はふ、ふぁ、んんぃ!」

 お互いの一番気持ちの良い部分を擦り合い、お互いに性感を高め合う二人の口からは、止め処なく嬌声が巻き起こり、部屋の中に木霊しては消えていく。
 臥彌の性感によって浮かんだ汗は、彼女が動くたびに妖怪特有の甘ったるいような匂いを伴って、あたりへと振り撒かれる。
 賢吾の汗は、臥彌の股間から流れ出る液体と共に、下にある自分の衣服へと吸い込まれていく。
 自分を忘れたかのような、お互いの体だけを求める睦み合いは、高め合った性感が増水した川が堤を壊すかのように、決壊したことで終わりを迎える。

「んぅうううぅうううあああうぅ!!!」
「うぎぅううぅううぅうおぉぉぅ!!!」

 臥彌は奥深くに陰茎を沈み込ませながら、背を海老反らせて全身を激しく痙攣させる。
 賢吾は吸い付いてくる子宮の口へと、自分の溜まりに溜まった性欲を、白い液体に変えて吐き出す。
 そしてその反応はお互いの性感をより一層加速し、臥彌は自分の子宮に溜まっていく精液の熱さに、賢吾は痙攣して締め付ける膣肉の抱擁で、またお互いに絶頂する。
 
「はぁはぁ……」
「ふぅぅ〜〜……」

 全身を性感で掻き乱されて、臥彌は体の制御が利かなくなった様で、ぐったりと賢吾に体を預けてしまう。
 一方賢吾は射精し終えた男性特有の、晴れ渡った意識で自我を取り戻し、人間とは違って余分なものが付いている臥彌の体が重そうで、ぐっと両手に力を入れて横にどかそうとする。しかしビクともしない。
 早々に自分の力ではどかせられないと諦めた賢吾は、ご機嫌を取るかのように臥彌の髪を撫でながら呟く。

「なあ、とりあえず、上からどけ。重い」
「女子に重いは禁句。それにまだ、満足しては……」

 長年体に溜め込んだ欲をさらに発散させようと、体に力を込めようとするものの、臥彌の四肢は力が入らないのか、自分の体重すらも持ちこたえる事が出来ずに、カクリと関節が曲がってしまう。
 それを二度三度と繰り返した後、焦りからか臥彌の目に涙が浮かぶ。それを見て、賢吾は思わず焦る。

「お、おい。泣く事はないだろう」
「だって、賢吾と交わりたいのに……」

 ままならない自分の体が恨めしいと、臥彌は悔しそうに呟く。
 先ほどは思わず重たさから横にずらそうとした賢吾は、欲を受け止めると豪語した事を思い出し、少し恥じるように顔をしかめる。
 そしてその表情を隠すかのように呆れ顔を繕うと、そっと手を臥彌の腰に伸ばす。

「はぁ……なら、しょうがない。逆鱗に触れれば、腰も動く様に――」
「駄目!!」

 もう少しで逆鱗のある場所に届きそうな手を、臥彌はとっさに掴んで止める。
 どういう心算か図りかねた様子の賢吾に、少し言いにくそうに臥彌は言の葉を紡ぐ。

「だって……折角、賢吾との初めてなのに、気を狂わせとうない……」

 しおらしく恥ずかしそうに、そんな呟きを聞いて、賢吾は仕様がないとばかりに、臥彌の体の重さを堪えながら、そっと彼女の胴へと両手を伸ばして抱きしめる。
 最初はどういう心算かといぶかしげな臥彌だったが、賢吾が恥ずかしそうに両の手に力を込めると、彼の心情を察したかのような嬉しそうな笑顔になり、彼の胸元に頬を寄せた。
 そのまま二人は、臥彌の体に力が戻るまで、繋がったまま寝転がって過ごす事にした。



 二人の始めての交わりから、四日が過ぎた。
 その間二人は、復活した臥彌が満足するまで、不眠不休で交わり続けた。
 当初は死ぬと思っていた賢吾も、臥彌が魔力を注入すると一気に疲労と眠気が取れる事と、彼女の体に味を占めたようで、最後の方は普通にお互いに楽しみ合っていた。
 そして今二人は縁側に居た。
 臥彌の首周りには風呂敷が巻かれ、その後ろに立つ賢吾の手には鋏と櫛。
 どうやら、あまりにもぞんざいに伸ばされた臥彌の髪が我慢ならなくなった賢吾が、自ら臥彌の髪を切るようだ。

「しかし、良く降るな」

 ちょきり、と鋏が臥彌の前髪を切る音と共に、賢吾の呟く声が聞こえた。しかしその声は、直ぐ目の前に振っている雨音によって掻き消えてしまう。

「此許の札が剥がされ。更にこの身に精を貰い受けたのだから、梅雨時に之くらいは普通よ。昔は之以上に振っておったぞ」
「まあ、雨が適度に降ることは良い事だ。山と田畑が潤う」
「降りすぎても、此処に貢物が来る。かえ?」
「ご明察」

 ちょきちょきと、手馴れた調子で前髪を切りそろえ終えた賢吾は、続いて横と後ろ髪を櫛で梳りながら、長い髪をどれほど切るかを決めていく。
 これほど長く艶やかな髪ならば、悪戯に切るのは止めようと思ったのか、毛先を整えるだけにした様で、全体の様子を眺めながら、少しずつ髪先を切りそろえていく。

「随分と手馴れておるな」
「金のない後輩の髪を切ってたりしたからな。下手な髪結いよりは上手いと自負している」
「くくッ。本当に賢吾は自信家よな」
「後ろ盾がなかったからな。自信くらいは持っておかないと、やっていけなかっただけだ」

 ささっと髪全体を見渡して、変な部分はないかを確認した後、赤い髪結い紐と櫛で臥彌の長い髪を、祭られる神に似つかわしい髪型へと整えていく。
 見事な手際でそれを終えた賢吾は、臥彌の首から風呂敷を取り払う。
 すると真新しい服と調えられた髪も相まって、臥彌は実に神々しい有様になっていた。つい数日前まで寝っぱなしだったとは思えないほどに。

「さてと、切った髪を箒で集めるか」
「集めずとも、庭に捨てればよかろう?」
「いやいや。神の御髪入りのお守りというのは、中々に巷で欲しがる者が多いのだ。どうせだから数量限定で作っておこうかとな」
「……賢吾。そちは本当は神主ではなく、商人ではないのかえ?」

 そんな臥彌の疑問を遮るかのように、遠くから女性の「ごめんくださーい」との声が聞こえた。
 早速参拝者だろうか。それとも巫女になりに、白蛇がやってきたか。賢吾がうきうきと足を向けようとして、きゅっとその手を臥彌に握られた。
 如何したのかと賢吾が振り向くと、真剣な臥彌の眼差しに打たれた。

「賢吾。予め言うておくが、此許は人一倍独占欲が強い。浮気はどのような理由があろうと許さんゆえ。覚えておいてたもう」

 今まで何もするなと言われた反動か、手に入れた愛しい人を他人に分け与えるのが嫌な様子で、臥彌はそう釘を刺した。
 しかし何だそんな事かといわんばかりの表情になった賢吾は、安心させるように臥彌に口付けた。
 行き成りそんな事をされるとは思ってもいなかったのか、臥彌は顔を火が出そうなほどに真っ赤にする。

「神主が仕えるのは神のみだ。巫女でも信者でもない。そして俺の神はお前だけだよ、臥彌」
「た、た、たわけた事を、い、い、言うておらんで、さ、さっさと、客を出迎えてたもう」

 愛を告白するような優しい声色に、真っ赤になって吃りながら、賢吾を追い立てるように声のした方へとやる臥彌。
 そんな臥彌の頭を二度ほど安心させるように撫でた後、賢吾は声のした方向へと歩いていく。
 視界から賢吾の姿が消えた事で安心し、嬉しい言葉を掛けられて我慢していたのが噴出したのか、顔を覆って歓喜から身をくねらせた臥彌は、そこで我に返り周りを見渡す。
 そこには確かに誰も居らず、自分の失態を誰にも見られなかった事に安堵を覚えつつ、そっと縁側から空を見上げる。
 曇天にしとしとと雨が降り続く空模様を見ても臥彌の心は、愛しい人とのこれからの生活を思い描き、これから訪れるであろう夏の日差しを湛える青空の如く、清々しい心持だった。



12/08/11 20:40更新 / 中文字

■作者メッセージ


はいと言うわけで、龍さんのSSでございました。どうだった出御座いましょう。

やっぱり好きな魔物娘さんだと、背景や人物背景まで書きたくなって、さらりと文字数少なく書くというわけにはいきませんね。

ちなみに本文の和御霊や荒御霊の説明は、かなり大雑把な括りなので、詳しく知りたい方はご自分でお調べくださいませ。
このSS書いている当人も、さわり程度しか知らないど素人ですので、尋ねられても困りますゆえww


では次は何のSSを書こうかなと思いつつも、健康クロスさんの新刊を心待ちにしつつ。

中文字でしたー ノシ

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