連載小説
[TOP][目次]
二人の出会いの物語
とある魔王城に魔王と夫の愛の結晶の赤ん坊がいました。
愛情一杯のゆりかごに揺られて、彼女の姉妹がそうだった用に幸せそうに眠っています。
しかし赤ん坊は成長するに従って、周りの姉妹達と自分の姿が違うことに気が付きました。
腰ではなく背から伸びた羽に、後頭部から前頭部に伸びるのではなくて、側頭部から後頭部へと伸びる角がありました。
そして目つきは姉妹の周りに愛らしさといやらしさを振りまく眼と比べ、吊り上ってきつく恐ろしい印象を周りに与えます。
やがて成長期に入ると、その背丈は全ての姉の高さを超えます。
さらに手足は姉妹の吸い付く様な肌とふんわりとした脂肪で覆われたものとはかけ離れ、猫の様に柔軟性に富みながらも発達した筋肉に、それを覆う春先に残った雪ほどに薄い脂肪。
そんなような姉妹とは違う姿に、少女は大変心を痛めます。
母たる魔王がそれは個体差だと告げても、少女はむかしに絵本で呼んだ『みにくいアヒルの子』のように、自分は姉妹とはちがう魔物ではないかと思い込みます。
みにくいアヒルは白鳥でしたが、彼女は自分が何なのかと悩んでしまいます。
みにくい魔王の娘――リリムは、一体何になれるのかと悩み続けています。



 魔王城の近くにある森の中で、一人野宿をしている教団の印が描かれた鎧を着た青年がいた。
 燃えた薪を見つめる青年の背は大きい部類に入るだろうが、しかし突出して大きいというわけでもなく、体つきも長期間の運動をこなせる様に絞り込まれているが、力自慢の大男に比べれば見劣りしてしまう。
 彼の唯一の見所といえば、彼の襟足の辺りで一括りにした女性のように滑らかで艶やかな金髪だが、それも本人にとっては男らしくないという理由であまり好きにはなれなかった。
 そんな人間の青年が一人こんなところで野宿をしているのかといえば、教団の印が示す通りに彼の職業が勇者だからだ。
 中隊規模の精鋭勇者を派遣し魔王を討ち取ることを目的とした作戦の、彼は唯一の生き残りである。
 しかしこの状況に青年――勇者ラクリーム・ヴェディエムルは複雑な心境だった。
 ラクリームは配属された第二勇者小隊の中で一番弱く、そして一番の変わり者だった。彼は臆病な程に魔物娘のいる地点を避けるよう進言し、魔物娘を殺そうと深追いしようとする仲間を罠かもしれないと足止めした。
 そんなラクリームを皆が彼のニックネームをもじってラックマン――つまりは運だけの臆病者と呼び、果ては魔物側のスパイなのではないかと疑う有様だった。
 しかし魔界へ突入し、今までとは圧倒的に力量の違う組織立った魔物娘が現れると状況は一変する。
 小隊が無闇に突っ込んだ魔物の群れ――実際は群れの中に居た一人のバフォメットの大反攻により大半の勇者が捕まり、魔物娘を深追いした数人の勇者は罠にかかった。
 やがて中隊規模だった人員が小隊規模以下へ減ってしまったという状況に、精神的に押しつぶされたリーダーは安全確認もせずに魔王城へ続く森の直進を決行し、サキュバスの大群との遭遇した。
 やがて勝ち目が無いと早々に逃げ出した臆病者ラクリーム以外、全ての仲間は彼女達の虜になった。
 そして一人残されたラクリームは迫り来る魔物娘に捕まらないように逃げ続けた結果、ついに魔王城の麓という伝説級の勇者しかたどり着けない場所へと来てしまったのだ。
(俺が魔王に敵うはずもないし、直接配下へ加わりたいとお願いしようかな……)
 そんな風に考えるラクリームは、やはりとても勇者らしくない勇者だった。
 ボケーっと薪の火を見つめていたラクリームは、耳朶に空を翼で切る音が打つのを感じると、咄嗟に腰から片手剣を抜き放ち逆の手に小円盾を構え、魔力を練りつつ頭の中で現時点で残っている道具をざっと思い返す。
(目くらまし用の照明玉が四つ、麻痺粉が一袋、回復薬三瓶。後は多少の食料品と飲用水……今度こそ年貢の納め時か)
 確かにこんなショボイ道具では、それこそ伝説の勇者以外には魔界の強力な魔物をやっつけることは無理そうだった。
 やがて大きな羽を羽ばたかせて、一人の魔物が空から舞い降りた。ラクリームは剣と盾を構えつつ、その魔物を観察する。
 ラクリームと同じ程の背丈を包むのはフード付きのコート。そこからちらりと覗くのは、手触りの良さそうな黒い布――パーティードレスだろうか。足元は歩くのを疎外しない程度のやや高めの真っ赤なヒール靴。そして目深に被ったフードの奥からは、魔物特有の爛々と魅了の魔力で染まった目だけが見えた。
「ねえ、お兄さん、あたしに精を、下さらない?」
 フードの向こうから聞こえた、言葉が途切れる度に発情した雌の吐息が混じるその声は、色事を知り尽くした娼婦のように艶やかながら、しかしどこか生娘が無理して演じている様な不思議な声色。
 だがその体から発せられる圧力は、同行していた勇者の半数を行動不能にした例のバフォメット以上――間違いなく魔界の中で最強の一角であることと、自分ではまともにやっては勝てないと瞬時に理解させるほど強いものだった。
「残念だが、俺に魅惑の魔眼は通じないぞ」
 声を震わせないように気をつけつつ、ラクリームの得意戦法の準備を盾で魔物の視線を防ぎながら行う。
「それは、本当に、残念だわ……じゃあ、襲ってあげる!」
 細いながらも筋肉の付いた両手を振り上げ、虎が獲物に襲い掛かるかのように飛び掛ってきた魔物に向かって、左手の盾を投げつける。
 魔物がその盾を払いのけると、その盾が真ん中からひしゃげ、重々しく地面に叩きつけられた。しかし本命は盾の影に隠れるように投げつけた照明玉。
 周りの魔界の薄暗い夜闇を、人間界での晴天かと誤認識させる程の光量が二人を包む。
 生物の本能からか咄嗟に眼をかばった魔物に、眼を瞑りながら突進したラクリームはそのまま魔物を見ずに勘で右手の剣を振り下ろす。
 ラクリームは見えているのかと疑うほど、剣は寸分違わず魔物の側頭部へ吸い込まれたが、異音と妙な手ごたえを感じたラクリームは迷い無く後方へと飛び退き、瞼の裏から照明玉の光が消えたのを見て確認してから眼を開けた。
 剣が当たったと思われるフードの切れ目からは、黒真珠のような滑らかで光を丸く反射する無傷の漆黒の角がこめかみ付近から後頭部へかけて伸びていた。
 愕然とするラクリームの前で、無遠慮に撒き散らされた光に抗議するように吹いた魔界特有の劣情の臭いのする一陣の風により、対面していた魔物のフードが捲られ魔物の素顔が月夜に晒された。
 大理石のように月の光を淡く照り返す白い柔肌に、細筆で一筆描きにしたような細く長い美麗な白眉。ルビーのように真っ赤な瞳を収める、狂相とは言えない程度に吊り上りつつも気品を一切損なわなっていない眼。太くも薄くも無い絶妙な厚さの唇は、その奥から紡がれる声と同じように娼婦と生娘という相反する存在を見事に両立していた。
 筆舌に尽くしがたい美貌の中でも何より突出して素晴しいのは、アラクネでも紡げぬほどの煌きを含んだ白糸のように細く、穢れの知らぬ山奥の深雪を思わせる真っ白な髪に、その髪に似合いながらも存在感を示している件の黒角。
 魔界にラクリームが踏み込んでからあらゆる魔物を眼にしたが、その魔物は群を抜き――いや、美の女神すら嫉妬を忘れて見ほれるほどの美しさだった。
 しかしその素顔をラクリームが思う存分堪能することは、素早く魔物本人が隠してしまったため出来なかった。
「くっ……」
 素顔を見られたからだろうかラクリームから視線を外し、口の中で忌々しそうに呟いて、魔物は背中の羽を大きく広げる。逃げるつもりだとラクリームは分かった。
「ま、待ってくれ!」
 ラクリームは咄嗟に無意識的にそう魔物に対して口を出し、素早く近づきその手を取って逃げるのを阻止。
「精は差し上げることは難しいが、血で我慢はしてくれないだろうか」
 続きざまにそう口にしたラクリームを、フードの向こう側から少しぽかんとした表情でその魔物は見つめていた。
 そして内心ラクリームも驚いていた。今まで仲間より自分の命優先の臆病者だったラクリームが、見逃してくれるはずだった魔物を自分から引き止めたのだから、その驚きようは常人には推し量れない境地にあった。
「いいの?」
「あ、ああ、いいぞ」
 恐る恐るといった感じでそう呟いた魔物に、ラクリームは左手の手袋を脱ぎ、人差し指を剣に滑らせて血を出すと、それを魔物の口元へ。
 最初はおずおずと血が滴るラクリームの指に舌を這わしながら、やがて我慢できなくなったのかその指を口に含むと、愛しい男の一物を愛撫するような舌使いで、赤子が母親の乳を吸い込むような優しい吸引力で血をねだる様に吸っていく。
 やがて指からの出血が止まり、愛しそうに傷口を舐め取り地の残滓を舌で味わい、舌を指から放した。
 うっとりと勇者の血という魔力――魔物娘にとっての精が沢山含まれたご馳走の余韻を味わっていた魔物だったが、はっと正気に戻るとやや捲れ気味だったフードを深く被り直した。
「落ち着いたので、あたしは……」
「落ち着いたのなら血の礼だと思って、今日一晩だけ俺の話し相手になってくれないか。どうせ明日に魔王城に突っ込んで死ぬ身なんだ、荷物の食料品は無駄になるから、出来るだけ処分したい」
 飛び去ろうとするのを押しとどめるように言葉を被せたラクリーム。ラクリームの言葉に何か引っかかるものがあったのか、魔物はフード越しに視線を向けた。
「あなたが魔王城に?何か用?」
「俺は勇者だからな、魔王を倒しに」
 そのラクリームの言葉に、その魔物は『本気で言ってる?敵うと本当に思っているの?』と云う視線を投げかけていた。
「……まあ本心としては投降しに行くんだよ。何だかんだでここまで着ちまったら、後戻りして何処にいるか分からん魔物を探すより、進んで魔王城に乗り込む方が近い」
「あたし、一応その魔物なのだけど?」
「あ、そうだったな忘れてた」
 あははと笑うラクリームにつられ魔物もくすりと笑ってしまう。
「ふふっ、あなた相当変な人」
「仲間からも変わった奴とか臆病者とか呼ばれてたよ」
「いいよ。今日一晩だけの友人、あたし達」
 魔物はコートから右手を出すとラクリームへと差し出す。
 それに対してラクリームは、今まで持ったままになっていた剣を鞘に収めて手袋を脱ぐと、差し出された白磁器のような手を握った。
「俺は変わり者の臆病勇者ラクリーム・ヴェディエムル」
「あたしはグレンセール。家名は訳あって名乗らないようにしてる」
「まあ魔王の娘じゃ、迂闊に名乗れないだろうな」
 そう返してきたラクリームの言葉に、魔物――グレンセールは驚いた顔をフードの中で浮かべた。
 今まで生命を維持するために襲ってきた人間は、グレンセールのことを『化け物』と『魔物』に始まり、果ては威圧感から『ドラゴン』と言うことはあっても、魔物の娘――つまりはリリムだと見抜いたのはラクリームが初めてだった。
「どうしてあたしが魔王の娘だって分かったの?」
「図鑑にあるようにその白い髪に白い羽。更にいえば俺が見てきた中で一番の美人が、魔王以外だったらリリムしかないだろう」
 自信満々にそういいきるラクリームの言葉に、グレンセールは嫌なことを思い出したと言いたげな雰囲気を体からコート越しに染み出させて、薪の火に当たるようにその場に座った。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、あたしは姉妹とは見た目が違うの。もしかしたら本当はリリムじゃ無いかもしれない」
 いじけるようにそう口に出しながら、グレンセールは手ごろな枝で薪の中を突付いて火の回りを良くした。
 そんなグレンセールの様子に、ラクリームは荷物から干し魚数尾とラクリームの握りこぶし二つ分位ある干し肉を取り出し、ついでに水筒と摘んであった野草の束に、ナッツや干し果物が入った袋も取り出す。
 干し魚は火の近くに置いていた焼き石に載せて焼き、干し肉は剣で削り取ってから水と野草を入れた手鍋の中へ入れて火にかける。そしてナッツと干し果物の袋はグレンセールに投げ渡すと、街の中の飲食店に比べれば貧相だが、旅の食事にしては豪華なモノが出来あがった。
「そんなに違うのか? ちなみに何処が違うんだ?」
 干し魚を手づかみで口に運びながら、ラクリームは干し葡萄を食べていたグレンセールに尋ねた。
「何処って、もぐもぐ……背も高くて筋肉質。翼はドラゴンみたいに大きいし、角は変な所から生えてるし、目つきは鋭いし」
「それだけ?」
 いい具合に煮えた手鍋の中身を、金属製のカップに入れてスプーンをつけてグレンセールに渡しつつ疑問を挟むラクリーム。
 グレンセールはラクリームのその言い様にむっと来たのか、それとも口を付けたろくに味付けして無いスープの味が口に合わなかったのか、怒ったような表情になる。
「これだけあれば十分。今日もお母様主催のパーティーに来ていた姉妹の夫から部外者を見るような目で見られてた」
「あ、だからドレス姿だったのか」
「貴方――ラクリームを襲ったのも、パーティーでお母様の魔力に当てられたせい。そうじゃなかったらお腹も減ってないのに、勇者なんて襲わない」
 そう言いつつも、カップの中身を全て食べ終わり御代わりを要求してくるグレンセール。どうやらさっきの表情は、スープの性ではなかったらしい。
 お腹へっていないんじゃないかとか、精と食事は別腹なのかと疑問が頭に浮かびつつも、スープをカップの中に入れるラクリーム。
「……なあ、そのコート脱いでドレス姿見せてくれないか?」
「イヤ。絶対、似合ってないって笑われる」
 あまった干し肉を口に入れつつ、そうお願いをするラクリームだったが、にべも無くグレンセールに断られてしまう。
 しかし拒否されればされるほど見たくなるのは人の性であり、美人のドレス姿を見たくなるのは男性の性である。
「お願い、このとーり!」
「人に素顔見れるの本当にイヤ」
「そこを曲げてこの通り!」
 干し肉を口の端に挟んだまま拝むように両手を合わせて頼み込むラクリーム。
 最初は絶対に嫌だと思っていたグレンセールも、そんなラクリームの必死な様子に段々と態度を軟化させていき、ついにはため息を吐きつつ折れた。
「しょうがないなぁ……笑わないでよ」
 絶対笑わないと誓うラクリームを横目に、グレンセールはすくっと立ち上がると、ラクリームに背を向けてゆっくりと着ていたコートを脱いでいく。
 最初にフードに覆われた頭が見え、次に肩とそこに架かっているドレスの肩紐と肩甲骨の辺りから生える大きく白く滑らかな皮膜の付いた羽。
 やがて艶やかな白い髪で隠されてはいたが、その髪の隙間から首元から筋肉質の手足とは違った女性らしい安産型の良形のお尻――その割れ目の直ぐ上まで大きくぱっくり開いたところから見えるしみ一つ無い背中は、石膏像の一部分かであるように白いながらも焚き火の光りを反射して薄紅に染まっていた。
 そして覆われた脂肪から薄っすらと線の浮き出た筋肉の付いた足が覗く横のスリットが、ざっくりと切り裂かれたかのように足の付け根まであった。
ぱさりとコートが落ち、くるりとグレンセールがラクリームに向き直ると、ラクリームはその美貌に釘付けになり、そしてその姿に感嘆の声を口からもらし、干し肉が地面に落ちた。
 顔の造詣は出会った時と変わらないが、恥ずかしそうに眼をそらし頬を朱に染めながらも、時折ラクリームの反応を伺うようにちらりちらりと視線が合う真っ赤なルビーの瞳は、羞恥と恐れの彩りを加えてより一層魅力的になっていた。
 そしてはじめて見るグレンセールの胸元まで素肌を晒す黒いドレスを纏った身体へと視線を移すと、そのラクリームの視線から身を守るようにグレンセールが両手を組む。するとそれに押し上げられる形になった豊満とは言えないがしかし程よく実った乳房は、ラクリームの眼に突き刺さらんばかりの存在感を発揮していた。
 そしてグレンセールの腰から尻にかけてのくびれの曲線は、ジパングの陶磁器の壷にあるような芸術的ながらも蟲惑的で、おもわず指で撫で沿ってみたくなる。
「ねえ……感想は?」
 焦れたようにそういうグレンセールの声は相変わらずつっけんどんな物だったが、その素顔を見れたことで漸くそれが羞恥心から来る硬さだと分かった。
 そしてまだ自意識の大半をその美貌に奪われたままだった、ラクリームは誘われるように口を開いた。
「……綺麗だ。絶対パーティーに居た男達は残らず君に見惚れていたと断言する。それほど綺麗だよグレンセールは。それこそ男ならその場で求婚を決意させるほどに」
「き、求婚!? いきなりなに言い出すの!!?」
 思わず口を出てしまったラクリームのその言葉に、グレンセールは可愛らしいくうろたえ、そしてその反応を見てラクリームは心が温かくなるのと同時にこの女性を手放したくないと感じた。
 そしてラクリームは間を置かずに、自分の抱いたこの感情がどういうものなのか理解する。
(剣でフードを切って顔を直接見たからか?それとも魔眼を直視したからか?)
 自身の恋心を自覚して、唐突にその原因を探っても、それがどのタイミングで起きたのかはわからない。
 混乱するラクリームの心の中にいる冷静なラクリームは、『一目惚れというのはそういうものだ』と諭すようにラクリームに告げ、さらに情熱的なラクリームは『これは運命だ』と騒ぎ立てる。
「そうだ、その通りだ。大して強くも無い俺が数々の魔物から逃れてここまで来たのは、今日この場で君に結婚を申し込むためだ」
 そんな心の声に後押しされるように、ラクリームは言葉を口に出した。
「きゅ、急に如何したの!? お、落ち着いて!!」
 急激で唐突なラクリームの変化に困惑したグレンセールは、自分が魅惑の魔眼を発動していないことを確かめつつ、ラクリームを落ち着かせようとするが、そのグレンセールの両手を包み込むように両手で握ったラクリームは、グレンセールの眼を何時に無く――彼の生涯で始めての真剣さで見つめる。
「聞いてくれグレンセール。俺は君を一生愛し生涯を共にすることを、この場で君の母上である魔王に俺の魂を賭けて誓う。そして君と暮らすためならいま身につけている武器や防具を脱ぎ、勇者という地位を自ら捨てよう。それでも足りないというのならば、魔物の軍の甲冑を身に着け主神へ弓を引こう。更に欲しいというのなら俺は生まれ故郷も家族も捨て、この魔界と君の家族を俺の新しい故郷と家族にすると誓う」
 天の神――いや、彼の視線の先に薄っすらと見える魔王城に住む魔王に聞こえるように、高らかに宣言するラクリーム。
 突然の愛の告白にグレンセールは混乱し、肉親以外から肉親以上の深みのある愛情を含んだラクリームの瞳に頑なな心がだんだんと溶かされ、そしてその愛情を更に欲しいと渇望するリリムという魔物の性が疼き出す。
 しかしその感情を押し留めようとするグレンセールの理性はまだ残っていた。
「え、えっとね、魔王に投降するためにそういう事を言っているんなら、あたしと比べ物にならない程綺麗なまだ結婚してない姉さまがいるから、そっちにお願いしたら?」
「違うんだグレンセール。君じゃないと駄目なんだ」
「えっと、あの、そ、そうだ、まだ食事中じゃない。食事の続きを……」
「何度でも言う。俺と生涯を共にしてくれないか?」
「だめよ、あたしはあたしという『醜いリリム』が何になるのか知らなきゃいけないのに」
「その『醜いリリム』は『俺の妻』になった。それじゃあだめなのか?」
「それは――確かにちょっと魅力的だけど――やっぱりだめよ、まだあたし達会ったばかり……」
「愛の深さと経過した時間の大小は関係ない」
 言い逃れようとするグレンセールに、させまいと追うラクリーム。
 ラクリームのグレンセールへの愛は、グレンセールが魅惑の力で得たまがい物ではないことをグレンセール自身理解していたし、何よりグレンセールの事をまっすぐに見て綺麗だと言ってくれた最初であり最後かもしれない男性であるラクリームを、リリムの性(サガ)は逃がしたくないと訴えかける。
 だが一度だけ戦闘をし、たった一度の食事も終えていない関係であるラクリームを伴侶にするのをためらう自分がいることも自覚しているグレンセール。
 迷いに迷うグレンセールの心を、ラクリームの真摯で情熱的な視線は、リリムの魔眼であるかのようにグレンセールを虜にしていく。
 その瞳に抗えなくなるグレンセールは、ラクリームを受け入れてもいいと感じた。
 しかしそれでもグレンセールには譲れない部分があった。
「この食事だけで、あたしを一生涯連れ添う妻へにしようと言うの? 流石にそれは無い」
 そう言葉を告げると、ラクリームが何か言葉を紡ぐ前にその唇を塞ぐグレンセール。
 唇が塞がっていた二人は、やがて確かめるように舌を絡ませあったあとでゆっくりとはなれる。唾液の橋を二人の唇の間に架けて。
「まず『醜いリリム』が変わるのは『貴方の恋人』から。それからゆっくりと『貴方の妻』になるの」
 照れて声が小さくなりがちなグレンセール。その彼女の返事が了承のものだと理解すると、ラクリームは一気に破顔する。
「確かにゆっくりと愛を育むのも悪くは無いね」
 お互い照れるように笑い合うと、ゆっくりと唇が重なり、優しくお互いをむさぼり始める。
 愛すると決めた女を放さないように。自分を愛してくれる男を逃がさないように。
 やがて二人はキスしながら草むらに倒れ込み、程なくして一つになり、勇者とリリムからただの男女へと変わる。





こうして魔界にやってきた変わり者の勇者は、生涯の伴侶を見つけて『愛しい旦那様』へと変わりました。
そうして魔界にいた醜いリリムは、その旦那様のおかげで『綺麗な奥様』へ変わりました。
やがてその愛しい旦那様と綺麗な奥様は、『娘を可愛がるお父様』と『娘を優しく見つめるお母様』へ変わることでしょう。
しかしこのお話は『変わり者勇者と醜いリリム』のお話なのでここでお仕舞い。
続きのお話は、その次の機会にでも語りましょう。
楽しいお話は、それまでのお楽しみ。




11/08/06 17:47更新 / 中文字
戻る 次へ

■作者メッセージ
勇者は魔物娘に虜にされるだけ。

そう考えると、勇者と魔物娘たちの恋愛結婚って少ないのかなぁと思い至ったので、ためしに勇者と魔王――は既婚者なので娘のリリムの恋愛話を書いてみようとしたのですが、結末がちょっと――というかかなり強引過ぎますね。

うーん、自身の妄想不足なのかそれとも自分には恋愛話は難しいのか。

さて続きは二人が結婚してからのお話です。
うん?恋人関係のときの話?
過程などどうでもよかろうなのだー!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33