連載小説
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古の竜との戦い

コウの立てた作戦は上手くいっていた。
いくらドラゴンが地上の覇者と言えども、人ならざるものとの戦闘を想定して鍛え上げてきたコウにとって、人の姿同士での戦闘にはコウに一日の長があった。
それにドラゴン――ヘイシャの攻撃は速さは凄いが、鎧甲冑を着た相手と戦ってきたからか全てが大振りで力任せなのだ。それでは何処を攻撃しようとしているのかコウにわざわざ教えているようなもの。そんな素早いだけの攻撃など、コウにとってかわすのは造作もないことだった。
しかしながらコウは手足の甲に走るヒリヒリとした痛みに、顔の表情は涼しげだが心の中では苦笑していた。
(修練がまだまだ足りなかったようだ)
ヘイシャは筋力のない場所をただ攻撃してきたと勘違いしている風だったが、如何に手足を凶器とする格闘家と言えど、ただそれだけでドラゴンに手傷を負わせることなど無理なことだ。
幾ら筋肉の付いていない場所、鱗が薄い部分を狙ったとしても無意識的に体を魔力で守るドラゴンの前には無力でしかない。
そんな無理無謀とも取れるコウの弱点攻め作戦を可能にしたのが、ジパングや大陸の東端に存在する武術にある概念――『氣』または『チャクラ』と呼ばれる力。
その実態は自身の魔力――魔物娘的に言うなら人間の精を丹田という架空臓器内で『氣』という身体強化に特化した力へと変え、それを移動する時には筋肉に供給し筋力の底上げをし、攻防が始まった時には骨と皮にも伝えて打撃力や防御力の向上をさせる――それこそ人間ならば耐え切ることの出来ないドラゴンの腕の一振りを片手一本で防げるほどに。
さらに云えば、ヘイシャの感じた直接身体の中身を爆発させたかのような衝撃の正体も、その氣を応用した『通し』とコウの師匠が読んでいた技術だった。
それは特殊な力の入れ方によって、衝撃力を氣に載せて相手の防御をすり抜けて体内へ送り込むモノだとコウの師匠は彼に話してくれていたが、それは魔法の様な理論的に確立したものではなく実地と経験から来る体験学習的なモノなので、実際には彼の師匠であってもどうして氣が打撃力を相手に送り込めるのか分かってはいないらしい。
話が逸れたが、つまりコウは手足に氣を纏ってヘイシャに攻撃を加えていた訳である。それでも自分の手足を傷つける結果になっているのは、単に彼の巻き藁の突き数や砂袋の蹴り数と体内の気を練るための型稽古の練習量より、古竜であるヘイシャの鱗と筋肉に魔力の力の方が勝っていたからだった。
そして全身を鱗で覆ったヘイシャを見たコウが彼女に作戦がばれた事を悟り、ヘイシャの体勢が整うのも待たず、慌てて接近してその『通し』などという裏技を使ってまでヘイシャとの戦闘を強引に終わらせようとしたのは、ドラゴンに対抗する手段が尽きてきたことを意味していた。
もしこの通しですらヘイシャに効かなかったとなると、残る手段は師匠から『相手を殺す気が無かったら使うな』と厳命された奥義だけ。
(立ってくれるなよ……)
そう願わずにはいられないコウだったが、そこでヘイシャの様子が変なことに気が付いた。
先ほどまでは必死に立ち上がろうとしていたのに、ヘイシャはその場に丸まり頭を両手で挟むような体勢に変わったのだ。
仮に人間が食らっても問題ない程度に手加減したとはいえ、直接頭の中に衝撃を放り込んだのだ、まして見た目が少女であるこのドラゴンの脳に何か不具合が起きたというのも万が一程度にはありえた。
「お、おいヘイシャ、大丈ぐヴぅ」
慌てて近づき抱き起こそうとするコウだったが、突如ヘイシャから巻き起こった魔力の奔流に壁際まで吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた先で打った背中をかばうようにコウがよろよろと壁に手を添えて立ち上がると、そこにいたのは少女の姿ではなく古文書の挿絵から抜け出たようなドラゴンが鎮座していた。
その姿はこの広い空間の大半を占拠してもなお、天井に頭と羽が突っかかり曲げねばならないほどの巨大さ。
少女の姿をしていたために幼竜かと思っていたが、いま目の前にいるドラゴンは間違いなく成竜、しかも飛びっきりのでかいヤツだった。
「GYAAAAAAAAAOOOO!!」
やおら竜が叫び声をあげるとぞろりと牙が覗く口を上に持ち上げて閉じ、自分の魔力を口の中へと押し込め始める。その吐息の威力はその口の端から漏れる魔力だけで、空気中の魔力を飽和しパチパチと弾けさせることから滅殺の威力を持っていることは想像に難くない。
本来ならば人間の男を殺す事はしない魔物娘であってもそれは絶対ではない。
それは自分が危機的状況になったときや、自分の意識が無く手加減が出来ない場合がそれにあたる。
そしてコウの目の前に居る巨竜は明らかにヒトに敗れる寸前という危機的状況であり、ヘイシャの意識は――コウは知る由も無いが――魔力の奔流に飲まれてしまっていた。
(本気で俺を殺す気だ!!) 
そう理解したコウは慌てて自分の持ちえる全ての筋力と多大な氣を使用してその場から退避する。
その数瞬後、コウの立ち去った空間にブレスが吐き散らされる。
黒竜の魔力に染まった吐息は、その場の魔力を飽和崩壊させ爆発を巻き起こす爆炎のブレス。その吐息の進行上にある全てのものが黒炎に焼かれ、爆発にえぐられ、爆風に吹き飛ばされる。
退避して炎と爆発を逃れたコウだったが、爆風に煽られゴロゴロと転がりドラゴンの玉座の後ろにある財宝の山へと激突した。
ブレスを吹き終わりコウを見失ったのか、キョロキョロと頭を巡らせる黒竜姿のヘイシャ。その視線から隠れるように玉座の後ろへと身を潜ませたコウは、これから如何するか決めねばならなかった。
それはあの正気を失った様子のドラゴンをどうやって鎮めるかであり、この勝負の決着を如何つけるかであり、そのためには彼女を殺してしまうかもしれない奥義を使うかどうかということでもあった。
思い悩むコウの目の前には、ヘイシャが使って良いといった武具の数々。この中にはドラゴン退治専用の剣もあることだろう。それを使えば人の身であってもドラゴンを圧倒することが出来るだろう。
しかしそれを使えばコウはドラゴンから一匹の人間の雄と認められた存在から、ドラゴンから侮蔑されるヒトへと堕ちる事になる。
こんな切迫した状況においてそんな感傷事など一文の得にもならないが、コウはその武器を取ることが駄目な事だと本能的に理解し、コウは眼を武器の輝きから黒いドラゴンの様子へと玉座から隠れながら向けた。
あちらこちらを見回しコウの臭いをスンスンと嗅いで探すドラゴンのその姿は、傍目から見れば獲物を狙う野生動物に見えるが、コウには逸れてしまった親を探す子供のような、待ち合わせに来ない愛しい人を待つ女性のような、そんな情け無くて心細い様子に見て取れた。
そんなドラゴンの様子を見て、何時までも隠れてはいられないと決心した。誤って殺してしまうかもしれないが、あの巨大な竜に立ち向かうには師匠から伝授された奥義を使うしかないと。
玉座に隠れながらも立ち上がったコウは、腕を目の前で十字に交差させながら眼を瞑り大きく息を吸う。
自信の下腹にある丹田を故郷の鍛冶屋で見た木製のフイゴの付いた木炭炉に想像変換しつつ、やがて満杯になった空気を息吹と呼ばれる呼吸法で吐き始める。
「コオォォォーー……」
コウの喉からはフイゴで空気を送り出す音に似た音が漏れ、彼が想像する炉にも赤々とした炎が点る。
「コオォォォーーー……」
やがて丹田から変換された氣の量が、彼のイメージする炉の温度が上がるにつれて上昇し、これ以上は無いという位に氣力が高まった時、氣を使った特殊な筋肉操作で睾丸を陰茎の根元に入れ込んで丹田の炉へと近づけると、睾丸の中に溜め込まれた子を成す為の『精』を無理やり『氣』へと変換する。
「コオォォォーーーー……」
全身の細胞隅々まで供給しても溢れるほどの氣の量を纏うと、コウはすっと隠れていた玉座から身体を離す。するとその玉座は黒いドラゴンの足で踏み潰され、ただの石片へと姿を変えた。
ドラゴンが首を巡らせて視線をコウに向け、コウも顔を上げてドラゴンへと眼を向け、二つの視線が合わさり混ざり溶け合うと、コウはフッと優しい笑みを浮かべる。
「悪いな、待たせた」
「GYAOOOOON!!!」
それに対してドラゴンはというと、狙っていた獲物を発見した時のような、逸れていた親を見つけた子が抱くような、恋焦がれる人との待ち合わせに恋人に待ったかと聞かた時に感じるような感情をない交ぜにした咆哮が口から漏れた。
そしてしばらく動かずにじっとしていた両者だが、弾かれる様にドラゴンが首をもたげて口内に魔力の塊を押し込み始めた。
「させるか!」
こんな至近距離でドラゴンブレスを吐かれてはたまったものではないと、コウは飛び上がりドラゴンの横っ面に氣を極大に纏った蹴りを打ち込む。
ベキリと黒曜石に似た黒い鱗が砕かれる音と共にドラゴンの首と顔があらぬ方向へと向き、ドラゴンの口の中の魔力が空中に霧散するが、空中で身動きの取れないコウをドラゴンは左腕でなぎ払い、地面に叩きつける。
叩きつけられた衝撃で一瞬身動きが止まったコウの目に、体勢を復帰させたドラゴンがその巨大な足でコウを踏みつけようとする姿が映り、咄嗟に地面を拳で殴りつけた反動でその場を飛び退き離れた位置に着地すると、瞬間移動のような速さで再度ドラゴンの懐に入り込み人間形態の時に痛めつけた右内太ももを殴りつけた。
「GUYAOOOOO!」
やはり人間形態のときに受けた傷はそのまま継承されているのか、ドラゴンは身を捩ってコウを追い払おうとする。しかしコウにとってその反応は突破口を教えているようなものだ。
「うおおおおおお!!!」
ありったけの力で内腿を殴り続けるコウを上空からドラゴンの手が伸びてきて、コウの頭を押さえつけて地面に押しつけ、さらには潰そうと全体重をかける。
十字受けのような格好でそれに耐えていたコウだったが、やがて口からふいごの呼吸が再開される。
「コオォオオーーーー、スッーーーー、コオオォオォォオーーーー!!!」
荒々しく呼吸を繰り返し、竿の根元に入れたままになっている睾丸から更に『精』を丹田で更に『氣』へ変換する。
身体に巡る氣が飽和量を超えて荒れ狂い身体を傷付け始めるが、コウは無視して炉に精をくべ続ける。
すると徐々にコウを押さえつけていたドラゴンの手が押しのけ始められる。それは数ミリ単位のものから徐々にセンチ単位のものへと変化していく。
「な〜め〜る〜な!!!」
十字に組んでいた手を解き放つかのように大きく払うと、ドラゴンの体が吹っ飛び仰け反る。
コウはすぐさま両足で飛び上がり、空気中へ霧散しようとする余剰分の気を左手に集めると、その左手でドラゴンの右わき腹の鱗を突き割り、その勢いのまま氣を纏った右足で横隔膜があるであろう場所につま先を叩き込む。さらにそこを足がかりにドラゴンの顔の脇――角に守られたこめかみの場所へと跳躍し、いま全身を覆っていた氣の大半を右手に集約し握り込む。
「食らいな!!」
コウの気合を込めた右拳は寸分違わずこめかみを守る角へと打ち込まれ、彼の手にあった気の塊は通しの技術で衝撃力と共にドラゴンの角の内側にある脳へと叩き入れられた。
人間形態の時に食らわせた通しとは比べ物にならない情け無用の威力を叩き込まれたドラゴンは、その大きな体をぐらりと揺らして踏鞴を踏んだが、ただそれだけで体勢を立て直してしまった。
地面に着地したコウはその様子を見て、素早くドラゴンの攻撃範囲内から退避した。
(やはり全気力を込めなければ倒せないか……)
コウは咄嗟に通しに手加減を加えてしまったが、それが失敗であったことと千載一遇の仕留める機会を逃がしたことを理解した。
おそらくもう二度とあのドラゴンはコウの通しをコメカミに食らうようなことはしないだろう。そうなるとコウの取れる手はただ一つ。
(いよいよこのドラゴンを殺す覚悟を決めねばならない)
いままでドラゴンと打ち合ってきた感触からすると、いま睾丸に残る精と身体を巡る氣を込めれば、確かにドラゴンの硬い鱗を打ち抜き致命傷を与えられるだろう。
しかし余計な手心を加えて仕留め損ねれば、コウはただの人間に戻る――いや体中の全ての力を使うのだから文字通りに性も根も尽き果てるため、身体を動かすのも普通の人間以下のものへと落ち込むだろう。
「聞こえるかヘイシャ!これが俺の最後の攻撃だ!!」
決意を言葉に込めて、ドラゴンの中に埋没してしまっているであろうヘイシャに向かって声を上げるコウ。
それを聞いたからだろうか、ドラゴンの方もコウに向かって襲い掛かろうとはせず、迎え撃つ体勢を整える。
「コオォォォォーーーーーーーーー……」
ふいごの呼吸はゆったりとした調子で細く長く吸い、それの倍の長さで吐き出される。
睾丸の中にあった性が残らず丹田へとくべられ、役目を果たした睾丸が竿の根元から袋の中へと納まり直される。身体を流れる魔力も最低限必要なもの以外は全て氣へと変化さると、次々と右手に送り込まれる。
コウの右手は送り込まれた大量の氣によって破裂しないようにと、剛体法で鉄以上の硬度へと変化させた。その証拠に腕の色がジパング人の黄みがかかった色から黒鉄色へと変わっている。
最初はコウの準備が整うまで待つ様子だったドラゴンも、コウの右手の変化に危険を感じたのだろう、視線はコウに合わせたまま自分の口腔内に魔力を押し込み始めた。
口に含まれる魔力が高圧化していくのにしたがって、口の端から漏れる魔力が発する音が弾けるパチパチという音から、空気がきしむキーキーという音に変化し、やがて空中に漂う目に見えぬ精霊が漏れ出した魔力に焼き殺されて上げる悲鳴かと疑うほど甲高いものへと変わっていく。
そして両者ともお互いに準備が終わったと視線で合図を交わす。
「いくぞ!」
そう声を上げて足に突進の為に全身に氣を纏ったコウが、引き絞られた矢が放たれたかのごとく自身が目指す場所へと直進する。
それを向かい打つのは、ドラゴンの口から放たれた、ヒトならば触れるだけで命が消し飛ぶ程の魔力を秘める、月の無い夜よりも漆黒と化した吐息。
やがてその二つはコウの足に換算して二跳躍分の距離で交錯した。
あっと云う間を置かず、コウはその吐息に飲み込まれた。流石の氣の鎧といえどもドラゴンの吐息の前には無力でしかないのか――否、そんな事はない。コウは自身の修行で培われた身体と氣力ならば、この吐息をものともしないと信用して特攻したのだ。
そんなコウの心情を証明するように、漆黒の吐息からコウが飛び出てくる。衣服は燃え尽き果て、身体には軽度の熱傷を受け、いまだ黒い息が引き込もうとするかのように身体に纏わり付いてはいたが、目指す目標である竜の心臓へと向かってコウは迷いなく突き進む。
必殺のブレスを破られて茫然自失と云った様子のドラゴンの胸元に到達したコウは、突進の勢いはそのままに渾身の力で黒鉄の手刀をドラゴンの胸に突き立てた。
コウの手が進む度にドラゴンの鱗は砕け散り、心臓を守る肋骨は折れ、心臓までの僅かな肉は切り裂かれる。やがてコウの手刀が弾力を持った脈動する心臓に到達すると、コウは躊躇なくそれを握り潰した。
その確かな手応えにコウは腕を引き抜くと、ドラゴンの胸から飛び出した血潮がコウの全身を真っ赤に染め上げる。
ドラゴンは驚愕の表情を貼り付けたまま力を抜くように地面に横たわると、巨竜の姿がスルスルと萎んでいき、やがて最初に出会った時の様な少女の姿へと戻った。
疲れ果てその場で座り込んでいたコウだったが、ドラゴン――ヘイシャの亡骸を葬ってやろうと立ち上がり、それを俗にお姫様抱っこと呼ばれるような体勢に抱え込むと、まだ少女姿のヘイシャは温かかった。
死んだばかりだから当たり前かと考えたコウ。だがはたと気が付く――死んでいるにしては暖かすぎるし、それに血色も良すぎる。
もしやと思い静かに床に下ろして、胸元に耳を当てるとコウ自身が潰したはずの心臓が動く音が聞こえる。
よく見てみれば切り裂いたはずのヘイシャの胸元に傷は無く、コウが被ったはずのドラゴンの血潮でさえその体からは消え去っていた。
(人間形態から竜形態の身体状態は継承されるが、竜形態から人間形態へ戻るときの身体状態は継承されないのか?)
ヘイシャが変身したのが魔力の暴走だったために生み出された竜はただの魔力の塊だったのか、それともこれが普通のドラゴンよりも力の強い古代竜の特徴なのか、もしかしたら魔物娘が幸せに暮らせるように願う魔王の魔力なのか、何が原因かは分からないが現にヘイシャは生きていた、それがコウにとってそれがそれだけが重要な点だった。
「おいヘイシャ、起きろ」
ぺしぺしと頬を叩いて覚醒を促すと、ヘイシャは可愛らしいうめき声を上げて薄っすらと瞳を開けた。
「なぜ私はこんなところで寝ているのでしょう?」
起き抜けでトロンとした眼が中空を彷徨い、それがコウを捕らえると、最初は誰か分からないかのように小首を傾げていたヘイシャだったが、意識が覚醒するに従って、今まであったこと――暴走状態も含めた全てがフラッシュバックしたのか、恐怖の感情が表情に刻まれコウから素早く離れた。
「おいどうした」
「こ、来ないでください……」
出会った頃の威圧感はなりをひそめ、ひ弱な少女のような気の弱い声を出してずりずりと下がっていくヘイシャに、コウは疲労感で重い身体を引きずって近づく。
「どこか痛むのか?多少の治療薬はあるぞ。背嚢が無事ならばだが」
「お願いだから来ないで!」
やがてヘイシャは自分が溜め込んだ宝の山に背中から突っ込み、それ以上下がることが出来なくなった。それに気が付いたヘイシャの表情が恐怖から絶望へと変わる。
「おい、本当にどうしたんだ?」
「だから、私に近づかないで!!」
コウに近づかれて混乱状態になったヘイシャは、手に触れたものを咄嗟にコウに突き出していた。
トスッと乾いた音と衝撃に、コウはヘイシャの突き出したものを見ると、それは宝物の中にあった一本の剣が自分の腹に埋まっていた。
最後の最後で参ったなと他人事のような感想を心の中で思いつつ、抜くと出血が酷くなるため剣の半ばほどを叩き折り、そして腹に刺さった部分はそのままにして、ヘイシャに近づき彼女の目線に合わせる様に座る。
「もしかして、一度お前を殺した俺を殺したいほど憎んでいるのか?」
「違うの。そんなつもりじゃなかったの」
「じゃあ勝負に負けた腹いせか?」
「そうじゃなくて、だって……その……」
「どうした俺たちは命のやり取りをした仲だろう。はっきり言え、はっきりと」
もじもじと言いよどむヘイシャにそう言い寄るコウ。
あうあうと声にならない声を上げていたヘイシャだったが、意を決したかのように大きく息を吸う。
「私は長年理想のドラゴンの雄を待ってたの!だけどドラゴンの私より強い雄が現れて、私は負けて、私はその雄を愛しいと思うけどそれは魔王の力の性で、だけど前の魔王の時代のドラゴンだって倒せる様な雄なの!でも私の理想はドラゴンの雄なの!!」
支離滅裂なヘイシャの言葉だったが、コウには何となくヘイシャの言わんとすることは伝わった。
コウはヘイシャが混乱から脱却させるように、そして安心させるように優しく頭を撫でてやる。
最初は殴られるのかとビクついていたヘイシャだったが、段々と撫でられる手に安心感を抱いていったのか、最終的にはコウの撫でる手の感触を楽しむようになっていた。
「大丈夫、俺は無理やりお前に嫁になれなんて言わんよ。ゆっくり自分で決めればいいさ」
そのコウの言葉にむっとした表情をするヘイシャ。コウの言葉が何にも自分の悩みの解決になっていないことに気が付いたのだ。
「ふんだ、そんなこと真っ裸で言われても信用できないわよ……」
その言葉に慌てて自分の身体を見回すと、確かに素っ裸だった。
そういえばドラゴンブレスに突っ込んだときに衣服は燃え落ちたのだったと思い出した。
「はは、最後の最後にしまらねぇ」
そう言葉を残し、コウは奥義を使用した戦闘で残り少なかった体力も折れた剣から流れる血潮に奪い去られてその場に倒れた。
「ちょ、ちょっと、え、どうして?と、とりあえず魔法薬!瀕死でも蘇るのが確かここにあったはず!」
それはすごい物があるなと、コウは冷たい石の感触を感じながらそんな他人事のような感想を思っていた。




11/08/08 17:56更新 / 中文字
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■作者メッセージ
問:主人公は無敵じゃないんですか?
答:主人公は実は一回刺されただけで死にます。

と言うわけで戦い終わった二人の話に続きます。

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