連載小説
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ケース02:悪魔化+αの場合(前編)
最近は、サキュバスの間で「夫魔物化」というトレンドが流行っている。
具体的に何かというと、インキュバスの夫をただ魔力を有する人間だけではなく、ちゃんとした悪魔の角、尖った耳、羽根と尻尾を持たせることだ。これで正真正銘のインキュバスになって立派な魔物夫婦になれるという。
サキュバスさんたちによると、「角と羽根の付いている夫が最高にイケメンだった」とか、「夫とお揃いになれて、尻尾が絡めるのがめちゃくちゃ嬉しい」とのことである。
そして、夫からは「角と羽根が付いてから自分がサキュバスの女房を持つイケメンという実感がグッとくる」や「魔物の美男子になって自信が付ける」好評していると、「角はシャンプーや寝る時はめんどくさい」や「尻尾は服の中に締まりにくい」など、ごく一部だが不評の声もあるようだ。
それに対し、レスカティエの高級洋服屋も段々、悪魔化したインキュバスに適した紳士服を売り出していた。
ちなみに魔王陛下やる気満々だけど、魔王王配殿下はそれに興味がないらしい。
しかしこのトレンドは実際、どこから流行っていたのだろう?
反魔物領、聖ケルビアの街。
一人の少年が当地の冒険者ギルド、「ケルビア・クエスト」へ向かっている。
扉を入った瞬間、彼はギルド中の全ての人に注目される。
「ほら、ロシヤ、見ろ。噂の天才少年だぜ」
「うわっ、ちっこいな、こいつ。こんなちんちくりんが冒険者をやるの?なぁ、シェリエ」
「だけど、この子すごくかわいいわ。どこかの坊っちゃまかしら。キンバリーはどう思う?」
「あたしはごめんだわ。噂によると、性格が悪いって。才能が優れても性格に難があったら、なぁ、ロシヤ」
戦士のロシヤ、魔法使いのシェリエと、アーチャーのキンバリーは、こそこそと少年の噂を語っていた。
彼は、クリス・オーピスと言い、この地域随一の天才少年である。
10歳で当地の魔法学校を卒業し、12歳ですでに校長すら実力を上回り、そして2年後の今、聖ケルビアの魔法学院さえも卒業し、魔法使いの超新星とも言われる。
彼は、炎の扱いが長けていて、そして独自の格闘術も合わせて、優れた戦闘センスを持つものである。人呼び「炎のクリス」という少年。
とはいえ、格闘の稽古を怠けた故体付きは細く、肌も白くて大変華奢である。顔もまだ幼くて、稀代な美少年である。
同時に、魔物娘の大好物である。
「こんにちは、お姉さん。僕はギルドに参加したいんだ。登録をお願いね。」
受付嬢はクリスの制服を見て、軽く驚いた。
名門魔法学院の生徒が、宮廷魔術師ではなく、ギルドに身を投じるとは。
しかし、あまりにも幼く見える故、もしかして落ちこぼれで学校から追い出されたのかもしれない。
「あの...君、おいくつ?」
「僕は今14。飛び級で卒業したんだ。」
クリスは、自分の卒業証明書を受付嬢に見せた。
彼女は、驚きの表情を隠せず、目の前にある子供の才能に驚愕した。
「ええと、クリスくんは確かに強いけど、しかしギルドの最低年齢は16ですので、申し訳ないけどあと二年でまた...」
クリスは、意地悪な笑みを浮かべた。
「さっきから、お姉さんが僕のことを舐めているかな?僕がチビだから?」
「いえ、そんなことは...」
「えーとね、確かに、このギルドは最近財政難をしているよね。依頼を受ける人もなければ頼む者も来ないし、みんな隣にあるギルドに行ったことも。僕は今、こことあそこを迷っているが、どーしよーかな?」
この人を食う言動からわかるが、この少年の性格は、狡猾で極度な自信家であり、むしろ少しナルシストなところもある。
「しかし...ギルドマスターが決めたルールなんですから...私も...」
「もし僕を追い出したら、この推薦状を書いた人はどう思うでしょうね?お姉さん」
受付嬢は、卒業証明書の下にある推薦状に気付き、取り出すや否や、なんとその推薦状はギルドマスター本人が書いたものだった。
「ギルドマスター自らの推薦状!?失礼しました!すぐ手配いたします!」
聖ケルビアは、今二つの冒険者ギルドが争っている。
「ケルビア・クエスト」は古くから営業していた正統派冒険者ギルドだが、最近はある乞食のギャングにより「ベガーズ・カフェ」という格安ギルドが開業し、入会金・依頼金などが大変安くて、しかも雰囲気も評判が良く、全く新しい庶民派冒険者ギルドである。「ケルビア・クエスト」は、ギルドメンバーがなくなりつつあり、段々と経営難に陥っている。
間もなく、手続きが済んで、満足げにクエスト掲示板を見に行くクリス。
「どれどれ...あら、これ面白そう。お姉ちゃん、僕はこのクエストを。」
彼はるんるんと一つの依頼書を取って、受付嬢に渡した。
「はい、これですね。クリスくんはこれでいいんですか?もう少し難しいものを挑戦してみたら?」
「なんだ、一発でけえクエストでも取ると思ったら、ただの定期魔界調査クエストじゃねえか。口だけが叩ける腰抜けだな」ロシヤは、クリスのクエスト選択に軽蔑げに揶揄した。
「お兄さんは僕の好みにいちいち文句付けないでくれる?なんのクエストをするのは僕の勝手では?」
「ふっ、可愛くないガキだ。大体その体作りはなんだ?冒険者なめてんじゃねーぞ。」
「つまり、お兄さんみたいにゴリラになったら舐めることにならないのか?」
「ふざけんな!俺のは喧嘩強くて男前って奴だ!お前のようなひょろがりはなにがわかる!それと俺はロシヤだ!ロシヤ・エスカンナーだ!」
「だったらロシヤお兄さんは僕のなにがわかるんだい?僕はお兄さんみたいなゴリラじゃなくて、繊細なの♪」
「てめえ!!俺をバカにするのか!ぺちゃんこにしてやる!」
ロシヤはクリスの挑発に激怒し、拳を振って彼を懲らしめようと思った。
「…やだな、強そう。いいよ、やりたいなら。」
「ちょっとロシヤ!やめて!」
「お前らは手を出すな!俺が直々に倒してやる...」
〜〜〜〜
「はい、これで終わりでーす!」
クリスのかかと落としが、ロシヤの腰へ強打する。
「なにぃ!?バカな...」
「あーあ、つまらないね。炎を使うまでもなかったみたい。」
パワータイプのロシヤは、素早いクリスには優勢を取れるどころか、その正確な打撃で急所を連続で打たれ、とうとう敗北した。
「じゃ、僕はクエストをやるから、気が向いたらまだやろう、ロシヤお兄ちゃん♪」
「...ああああ!!クソ!!」
ロシヤは、こうも華奢な少年に自分が敗北したことに悔しくて悔しくて堪らなかった。
「さてと...僕もちゃちゃっとクエストをやっちゃって、魔物のお姉ちゃんと一発やっちゃおう。」
クリスがこのクエストを選んだ原因は、魔界で魔物でも挑戦してみたかった。
魔物は人を食うものどころか、みんな美女であることは、クリスはわかっていた。
もしやそれを力でねじ伏せ、彼女らを帰って自分の嫁として娶れば、出世街道まっしぐらになれるだろう。
生まれてから、才能、美貌、実力とも揃った彼は、魔物どころか、魔王すら眼中になかった。
僕にその気があれば魔王も代わりになってあげる。クリスは自分の実力に疑いはない。
とはいえ、むしろ疑いなさすぎるのである。
クリスは、数キロメートル外にある魔界へ向かった。
そこは、くねくねと曲がった木が禍々しい紫黒色で、葉は緑より、紫色がかったものである。昼の快晴の空でありながら、真っ青ではなく藤色になっている。
しかし、それでも教団の教えとは全く違うもので、暗雲も毒沼も、人を襲う猛獣も、荒れ果てた荒野でもない。むしろ繁る森と、一望千里の草原、そして連綿とする白雲と蒼天ならぬ紫天。
「正直、悪くない光景だな。」
と、感嘆するクリス。
あちこちを歩き回って、魔界植物を採集するクリス。
突然、なにかの違和感を感じる。
「なんかいい匂いだな。しかも空気が甘いね。」
周囲が、ピンク色の霧が薄らと、クリスを囲んでいる。
クリスは知っていた。空気が甘くなる・いい匂いがする・もしくは妙に体が軽くなるのも、周囲の魔力の濃度が増える特徴である。
反魔物領の人間はこれを厳重に警戒し、魔物にならないようにすぐその場から退去する傾向がある。教団は「魔力が身に侵すと心が汚れ、体だけでなく、思想も人間にいられなくなる」と言うからだ。まっ、とんだプロパガンダだな。(編集長:プロパガンダ:特定思想・世論・意識・行動へ誘導する情報戦。)
実際女性であればそうする必要があるかもしれないが、男性であれば魔力は全くの無害、むしろ有益である。身体機能の活性化・老化防止ないし若返り、そしてなにもかもインキュバスに転化すると、精力が大幅に増強する。実際、進化した人間、ニュータイプである。
しかも外見が区別できなければ、教団自体も魔力を有する人間を拒まないから、有害だなんて全くの欺瞞である。
魔力を吸収してインキュバスになっても構わないと思って、クリスは別になんとも思わず、魔界を悠長に散歩していた。
そして、とうとう、一人の魔物娘がクリスの前に現れた。
それは、なんと、一人のサキュバスである。
雪にも見える真っ白な髪、そして立派なる角と、白いコウモリの羽根と尻尾。
身体の纏っている真っ黒の服は、布地が少なく、胸元を大きく開いていて、下半身も同様に前だけが開いていて、パンツ一丁のような大変セクシーな格好。
彼女は、丘の上で、のんびりと日向ぼっこしている。
隣にある黒い球を撫でて、それを飼っているように見えるものだ。
クリスは、獲物を見つけたような眼光をしている。
ダークマターを飼えるようなサキュバスなら、かなりの猛者に違いない。
クリスは彼女の元へ歩き出した。
しかしクリスは、致命的な判断ミスをしてしまった。
なぜかというと、皆さんの知っている通り、こんな格好をしているサキュバスは他でもない。リリムである。
魔王の令嬢であり、魔王を除いて魔界最強の存在。
「こんにちは、サキュバスのお姉さん。」
「あら、めちゃめちゃかわいい子だね。どうしたの?坊や♡私に何か用?」
「ええ、早速ですが、お姉さんは僕と手合わせしてくれる?」
「手合わせって、もしかして...えっちするってことかしら?」
「いや、拳を交えて戦うことです。お手並み拝見と行こうか?」
クリスは、自信満々と炎を放ち、リリムへ挑発する。
赤い炎は、リリムをほんの少しだけ驚かせた。
直ぐさまもなく、リリムはクスクスと笑いました。
「なにかおかしいなのか、教えてもらえるかな?」
「坊やは強いね。確かにこの魔力の量は紛れもない逸材だわ。」
横になっていたリリムは、突然その場から消えた。
彼女の行方を探すべく、キョロキョロとするクリス。
「私が力を抑えたから、そこまで生意気な坊やが挑んで来たね。ちょっとバカにされすぎたかしら。」
リリムは突然、クリスの後ろに居て、浮いているダークマターを王座代わりに座り込んで、足を組んで淡々と語った。
相手が自分のことを全く眼中に置いていないことに気付き、イライラするクリス。
「僕を舐めないで。あなたのようなサキュバスぐらいの実力は、予想済みだ。ダークマターを使い魔にするぐらいで…」
「このダークマターの玉座を見ても、まだ私のことをサキュバスだと思っているの?まだなにもわからないみたいね、おバカ、さん♡」
「ちっ、この!」
クリスは手を爪にし、炎の爪となり、リリムに襲い掛かる。
「あらまぁ、話の聞かない子だね。」
リリムは左手の人差し指と中指で爪の攻撃を軽く払った。
そして、クリスの攻撃を受け流した瞬間、右手を伸ばし、クリスのおでこにデコピンを仕掛けた。
デコピンとはいえ、リリムが放ったものであり、その威力は絶大であり、クリスが十数メートル外に飛ばされていく。
「くっ!!この力は一体!?」
クリスは宙返りをし、手足で強く地を掴め、辛うじて態勢を立て直した。
「私と手合わせするにはまだまだ遠いわ。すくなくとも三百年、いや、二百年はいるかしら。」
「デコピンだけで…サキュバスもそこまで強い個体がいるだなんて、バカな...」
「ちょっとあんたね。だから私はサキュバスではないわ。いつまで勘違いするの?」
「じゃ、お姉さんはなんの魔物なの?僕にはサキュバスしか見えないが。」
「これを外せば、話が早いかしら。」
リリムは、指にある一枚の指輪を外した。
瞬間、周囲の魔力の量は激増し、草木も魔力の風圧で吹き倒されそうだ。
「なにこれ、僕の体が...うっ!おえっ...」
あまりにも空気が甘くて、クリスは少し吐き気でも覚えたようだ。

リリムは自分のドレスの裾を掴み、軽く貴族の礼をした。
「私はリリス魔王の直系の娘であるリリム、第22王女のエカ
テリーナよ。よろしくね。坊やの名前は?」
「魔王の娘...だと?」
今まで聞いたことのないとてつもない強力な魔物と、その正体に驚愕したクリス。
「あんた、名前は?」
「クリス...クリス・オーピスだ。魔王暦だったら今年は1225年でしたっけ。第22王女って…もう千年以上生きたババアか。だから化け物ぐらいの強さだね。少し甘かったな。」
「あんた失礼ね!私はこの間1005歳の誕生日したばかりよ。」
「そして千年も渡ってお嫁に行けないみたいね。その薬指、なんも付けてないとはなんなんだ?」
今まで余裕げにニコニコしていたエカテリーナは、すぐさま険しい顔になっていて、軽く舌を打った。

「…かわいい顔して、性格は最悪ね、クリス君。」
「それはどうも。子供から一度も口喧嘩で負けたこともないから。」
「私の前に立っただけでもう、おちんぽかっちんこっちんになったんじゃない。いくら口が強がっても下半身の方が素直ね。」
「勃起しているのはまだ諦めていないことだ。あいにくだが、僕は心もちんぽも、簡単には折れないぐらい強いから。」
「あら、案外悪くない心意気ね。ここまで骨のある人間、初めて見たわ。ちょっと惚れるかも。」
二人は、お互いを見つめていた。
お互い相手を気に食わないが、どこかで相手を認めざるを得ない感じがしている。
エカテリーナは、一本のポーションをクリスへ投げた。
「塗り薬よ。それで怪我を治しなさい。」
「おや、巻き返すチャンスをくれていいのかい?」
「ちびなのに、私に拳とちんぽを同時に向けたこと、褒めてあげるわ。あんたのことは気に入ったから、気が向いたらまた出直しなさい。私の夫に相応しいものになれるかを楽しみにしているわ。またね、坊や♪」
リリムは投げキッスを送り、悪魔の羽根を羽ばたいて、空の彼方まで消え去った。
ポーションを見つめているクリス。
心のドキドキと、武者震いが止まらない。
「今まで会ったことのない強敵、そして美人。エカテリーナ...待ってろ。いつか君を僕のものに」
そう思いながら、クリスはゆっくりと薬を塗りながら、聖ケルビアの帰り道を辿って、帰宅した。
〜〜〜〜
翌日。
クリスは、違和感によって不意に目が覚めてきた。
もしかして昨日で魔力を吸収しすぎたせいかな?
頭が重く感じる。
洗面台に行って歯を磨こうとしようと考え、ベッドから起きたクリス。
突然、扉で何かが引っかかって、バランスが失って転ぶところだった。
(おかしいな。普段は余裕で通れる広さなんだけど。扉はトゲでも生えているのか?)
クリスは引っかかるところを見て、目が疑うぐらい驚いた。
「ちょっと待て、なにこれ!?僕の体が...」
クリスは目を擦って、頬っぺをつまんだ。
「夢じゃない…これって僕の体...?」
クリスはお手洗いにある鏡を見て、絶句した。
なんと、頭から立派な悪魔の角が生えた。
角は頭のやや後方から生え、上ではなく前部まで伸ばし真上を覆い、末端はまた反り返え、その曲線はあたかもSの形を取っていて、生まれつきのヘルメットとなっている。
そしてパジャマの下には、腰から生えた一対の、コウモリの羽根。
羽根は中々横広く、開けば身長より長く見える。
道理にそれが、扉の枠に引っかかる元凶であろう。
そして、尻の上にある尾骨から、ちゃんと発育した、一本の黒いスペードの尻尾が生えている。
当然のことに、羽根と尻尾は神経がちゃんと通っていて、手でつまむと痛くなる。
まるで、サキュバスになったようだ。
元々少し自惚れしているクリスは、自分の悪魔の姿を見て、思わず照れてしまう。
次の瞬間、また我に返ったクリスは、自分の変わり果てた姿を意識し、緊張さにより狼狽え始めた。
「待て、僕ってサキュバスになるの!?いや絶対間違っている!僕は男なんだけど、そんなのあり?」
確かに、男が魔力に身につけられても、外見には一切変わることないのが正常である。なので、魔界へ頻繁に訪れる男性は、知らず知らずのうちにインキュバスになっても、反魔物領に住み続けるのがかなり多かったことである。最後は異様に老化が遅いか、身体能力が強くなって、住民に疑われ自ら中立領へ逃亡するか、もしくは教団に目を付けられ、「勇者」か「聖騎士」の卵として訓練を強いられ教団の手元に働くことになる。
老人・障がい者だったら、インキュバスになって徐々に理想の年まで若返り、もしくは欠損したところが再生したりはするが、角・悪魔の羽根と尻尾が生えるのは前代未聞である。
クリスはすぐ、自分が大事に隠していた海賊版の魔物図鑑、正確に言うと、魔物娘図鑑を開いた。
それは、古版であるが、親魔物領の出版社によって監修し、10人の学者が資料提供し、執筆した上製本であり、反魔物領の闇市では非常に高価な逸品である。
「男から魔物へ転化する事例...あった。アルプ。男性からサキュバスに変貌した魔物。」
美少年であるクリスは、アルプになってもおかしくない。
ナルシストとはいえ、女性になろうとする念頭は一度もない。ちゃんと女の子が好きなんだから。
彼は困惑とストレスによって、髪の毛をかき乱した。
クリスは自分の逸物を触った。
まだいる。ちゃんと付いている。縮むでなければ消えてもしない。
クリスは、少し安心はした。
「よかった。とりあえず女になったわけじゃなくて...だけど」
こんな姿のままじゃ、出かけるわけにはいかない。
反魔物領として、聖ケルビアはかなり実力のある騎士団国である。
魔物の姿をしているクリスは、速攻町の人間に通報され、そして教団に捕まれ、いろいろ実験とか酷刑とかされるに違いない。
教団の異端審問はなによりも恐ろしい。そう思って涎を呑むクリス。
「ダメだな。この町にはもう居られない。仮装して逃げよう。」
やがて、冷静になったクリスは、すぐ自分の状況を弁えた。
クリスは、すぐさま自分が持っている衣装を集め、魔法使いのフード、帽子、マントなど、できるだけ角・羽根・尻尾を全部隠せる衣装を身につけ、荷物をパック詰んで、まるで旅人のように町を出ようとした。
〜〜〜〜
城門。
「はい、次!」
「主神祭の故、明日から一週間、入出城禁止になる、街から出たものは、来週までお待ちを!」
昼間じゃいつも人が行き来するのを眺めながら、サボったきりの衛兵が、今日は真面目に仕事している。
クリスの中に、嫌な予感しかしない。
ケルビアは魔界の隣にある辺境町なので、夜は魔物の侵入を防ぐため、城門を閉鎖するので、城へ出られるのは昼間だけである。夜は行動が便利だが、この荷物を持って衛兵の目を盗んで逃げ出すのは困難だと、クリスは判断した。
しかし明日はなんと、年に一回の主神祭と月に一回の祝福行脚が重なってしまった。
主神祭の間は、城門を封鎖し、一週間内で街を清めるという習いで、この間は入出城は禁止されている。この一週間を利用して長いクエストを挑戦したり、長旅に出るものも多い。
そして祝福行脚は、主教たちが家ごとに訪れ、祝福を与える。一見無害な行事だが、聖ケルビアはて魔物を庇うものや、魔族と内通する者を捜査として使う故、城外に出かけただけなら記録されてしばらく間観察対象になって済むものだが、もしや留守を装い、祝福を拒むものを魔物内通者として屋内に強行突破し、逮捕される。
これをもってクリスは、今日中で町を出るしかないと判断した。
マントと帽子で体を厳重に包んだクリスは、審査の間に入った。
そこは、一人の審査兵しかいなかった。
「おはようございます。書類をお願い。」
「ここです。」
「クリス・オーピス...うちの住民か。問題なさそうだが。その荷物の量はどうした?」
「長いクエストを挑戦したいから。」
「そうだな。一週間もあるから、頑張って。」
審査兵は、許可を出そうとするところ、突然、魔法の送信機から、一枚の書類が写し出した。
審査兵は、素早く書類に目を通した。
「悪いが、追加の密輸品チェックだ。荷物を検査させて頂く。それと帽子を剥がして。」
「あの...荷物は見せますが、この帽子だけはやめてもらえますか...」
「なにか隠しているのか?」
「いえ、別に、何も隠していないですが、こんな帽子になにかを隠せると思いませんから、見るまでもないでは...?荷物の方を集中したら、どうです?」
「本当になにもないなら、普通に剥がせば済む話じゃ?」
話術と詭弁を働こうとしても上手くできず、万策尽きたクリス。
クリスは、仕方がなく、自分の懐から一枚の金貨を取り出し、審査兵のポケットに入た。
「…検査を省けば、手続きも省けて楽でしょう?本当に大したものじゃないから、このぐらい勘弁してくれます?」
審査兵は金貨を見て、帽子一つでそこまでの大金で賄賂するとは予想外だった。
「…ならせめてなにか隠しているのを教えてください。そこまで肝心でないものだったら。」
「…ふぅ。ちょっとした、サキュバスの角です。」
審査兵は、書類に書いている密輸品取締リストを確認した。
「…高価品じゃないみたいだ。いいだろう、そのぐらいだったら。しかし、」
審査兵は、荷物の魔物娘図鑑を取り出した。
「荷物にあったな。これは闇市から買った品だ。ルールに従って没収する。この量なら口頭警告で、逮捕せずに済むだが、以後はしないように。分かったか?」
審査兵は、敢えて大声で荷物で密輸品があると語り、クリスの帽子がいかにも問題ないように誤魔化してくれる。
「あ、はい、わかりました。」
「よし。他は大丈夫だから、もう出ていい。」
「ありがとうございます!お世話になりました。」
クリスは、荷物を片付け、城門を出た。
しかし、彼の不幸はまだまだ続く運命のようだ。
「おい!クリスの小僧じゃねえか!ここで会ったな百年目!」
なんと、クリスは丁度、城から帰ったロシヤ一味と会った。
新しい身体を隠すことで余裕をなくしたクリスだが、それでも余裕ぶって、できるだけロシヤの挑発を捌こうとした。
「すみませんが、今急いでいるので、そこはどいてもらえます?」
「いや、どかねえな。今回は絶対にお前をぶっ潰す!それでも男だったらかかってこい!」
「ちょっと待てロシヤ!もういい加減喧嘩売るのをやめて。何回返り討たれて気が済むの?」
「どけシェリエ!俺はまだこいつと終わってねえんだ!」
「お兄さんはまだやられたいの?僕は前回、まだ炎を出していないのに。君には、勝ち目がないんですよ。」
「同感だ、ロシヤ。悔しいかもしれないが、素手じゃクリスの方が一枚上手だ。」
「キンバリーまで!全く、女はどいつも臆病者ばかりだ!」
クリスは炎を放って、また握り潰した。
「その気があれば、僕は君を黒焦げまで焼けるから。大事じゃない?自分の命は。」
「黙れ!今回の俺は準備万端だ!」
ロシヤはクリスの返答を待たず、自分の足元にポーションを投げて、ガラスのビンが砕け散り、ポーションはすぐさま揮発し、ロシヤの体に染み込んだ。
「俺をどかせるものならやってみろ!」
「ちっ!お前と付き合う暇がないんだよ!」
焦りだしたクリスは、炎を腕に纏い、ロシヤに攻撃を仕掛けようとした。
ロシヤは素手で、クリスの炎が纏った腕を掴んだ。
「僕の炎を素手に!?」
「だから俺は準備万端ってつってんだろう!調子こいてんじゃねえぞコラ!」
ロシヤは、左手を構えて、クリスに強烈なアッパーカットを仕掛けようとする。
クリスはすぐ、頭を後ろに向けて、避けようした。
フードは後ろに落ちて、帽子だけが残ったクリス。
直撃は免れたものの、あいにくそのブローは、帽子を掠って、吹き飛ばした。
「しまった!帽子が!」
クリスの角が、ロシヤ一味だけでなく、城門から出たばかりの老婦人にも見掛けてしまった。
「きゃああああ!魔物!この子、魔物の角があるわ!!衛兵さん助けて!!」
老婦人の悲鳴を聞いた衛兵は、城の警戒ベルを鳴かせた。
「くっ!結局バレたか...!だから付き合う暇がないって!」
数分内に聖騎士団がすぐ現場に駆けてくるだろう。優れた才能と言えど、聖騎士団を一人でなぎ倒すことはできないだろうと、考えるクリス。
クリスは、すぐロシヤの顔面に蹴って、手が放った瞬間に逃げようとした。
「なんだその角...おい!待て!」
ロシヤは、クリスのマントを掴んで、クリスはそれさえも捨てるのを余儀なくされ、コウモリの羽根まで露になった。
「羽根まで!まずい...」
切羽詰まったクリスは、コウモリの羽根を羽ばたこうとしたが、新しい肢体を使いこなせず、なかなか飛べないようだ。
「え!?羽根って、それとあの角...前からあったの?」
「ないわね。最初にあった時はそこまで厚着じゃなかったから。そうよね?」
「むしろ今の姿の方が不審から、なにかを隠しているのは明白だが、そこまでのものとは思わなかったわ。」
「そうだ!軽身魔法...リユース!ホッパ!」
クリスは二つも魔法をかけて、高くジャンプして、とうとう羽根を滑空して使え、逃げ切れるようになった。



22/10/05 11:11更新 / 瞬間爆発型W
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■作者メッセージ
クリスはこれからどうなるのだろう?続きは後編で。編集長め、締め切りじゃないならこうやって前後を分けらずに済んだものを。
編集長:異世界語を使うなら意味を付注するように。あたしはあんたのためにいちいち酒場に足を運んで調べる謂れはないから。
【作者後記】
いかがですか?今回は知らず知らずにストーリーの半分だけで5桁まで超えてしまったので、より読みやすくために二パートに分けてみました。皆さんにも気軽く読めるように工夫したいので、よろしくお願いいたします。

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