連載小説
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閑話その3「まもむすばんぱく」
 ここだけ2025──

ナギ&彼方 東ゲート広場

「Wao! Mono eye!?」
「Really? Oh! MAMONO MUSUME!」
「いえーす! あいむ、げいざー! ないすちゅみーちゅー!」

 夏の大阪、関西万博夢洲会場。

 ヒトツ目娘に遭遇して驚く外国人観光客に向かって、当人のナギはどこぞの愛すべきアホトラマンみたくベタベタのジャパニーズイントネーションで手を振った。隣で背の高い眼鏡男子──パートナーの彼方が「何やっとんねん」と、呆れ混じりのため息を吐く。

「Myaku Myaku girl!」
「誰がミャクミャクだぁ!?」

 今日のナギは青地の浴衣を着て、関西万博公式マスコット・ミャクミャクの赤い部分を模したカチューシャを頭に載せていた。おまけに自前の目玉付き触手を背中でゆらゆらさせているのだから、そう言われても仕方がない。

「ま、似てるっつったら似てるわな」
「なんだよカナタまで〜っ」

 後ろで座っている「いらっしゃいませミャクミャク像」と見比べられ、ゲイザー娘は合わせたわけじゃないんだけど、と口を尖らせる。……が、すぐにニヤケ顔になるあたり、ミャクミャク呼ばわりを心底嫌がっているわけではないようだ。
 そのまま彼方が差し出した手を取り、腕と触手をするりと絡ませる。

「せやけど、またなんで浴衣にしたんや?」
「バンパクって要はお国自慢のお祭りなんだろ? だったら和服でアピールしなきゃじゃん♪ ……お、あのおっちゃん帯の代わりに腰痛ベルトしてるw」
「指差すなや失礼やで」

 まわりに目をやれば、何人かの男女が浴衣姿でそぞろ歩いていた。かく言う彼方もナギに押し切られ、松葉色の浴衣にデイパックといった格好だ。

「ほらほらさっさと行こうぜ。見たいパリピオンがいっぱいあんだから」
「パビリオン、な」

 絡めた腕を引っ張って、きししと嬉しそうに笑うナギ。つられて彼方の顔にも笑顔が浮かんだ。

「……てかさ、ミャクミャクって発表当初はいろいろネガティブなコト言われてたんだろ?」
「ん、まあ、せやけど見慣れたら可愛くなるやろとも一部で言われとったな。実際そうなったし」
「見慣れたら可愛い……か。そこはアタシによく似てるな、きしし」
「なんでやねん」



樋口ファミリー 大屋根リング下

「パパ〜、ママ〜、早く早くっ」
「ルリちゃん、あんまり離れたら迷子になりますよ〜」

 くるりと振り返って嬉しそうに手招きする水色サマードレス姿の瑠璃に、キキーモラ娘のイツキは日傘をたたみながら微笑んだ。今日はいつものメイド服ではなく、ノースリーブの白いAラインワンピースの上から青色のストールを羽織っている。
 関西万博の目玉のひとつである高さ二十メートル、一周二キロメートルの大屋根リング。世界最大の木造建築物であるその下は、海からの風が通り、日陰と涼を求めて大勢のヒトで賑わっていた。

「やれやれ……こらっ、イツキさ──ま、ママに迷惑かけるんじゃない、ぞ」

 我が子をたしなめようとした浩幸は、イツキに肘で軽く小突かれて、あわてて言い直す。
 周辺パビリオンの入場待ちの列がリング下にも並んでいて、その移動に巻き込まれたらはぐれてしまうかもしれない。
 イツキは素直に戻ってくる幼な子に優しい眼差しを向けると、

「ルリちゃん、お父さんとお出かけできるのがよっぽど嬉しいんですね」

 警察官という仕事柄、なかなかまとまった休みが取れないパートナーを気遣う。
 だが、浩幸はゆっくりと首を横に振り、若妻の顔を見つめて微笑んだ。「……いや、家族三人みんなで来れたことが嬉しいんじゃないかな」

「ヒロユキさん……」

 そう返されて、ああ、このヒトを選んでよかったと改めて思うイツキ。
 甘えるように腰に抱きつき笑顔で見上げてくる愛娘に、彼女もまた顔をほころばせる。
 ひとつの家族を包む、穏やかな空気。
 三人は瑠璃を真ん中にして手をつなぎ、ゆっくりと大屋根の下を歩き出した。

 と、その手が浩幸から離れる。

「ママ見て! ミャクミャクいっぱいいる!」
「ほんとですね。ぬいぐるみに髪飾り、シャツやスカート、カバンまで揃えているなんてすごいです」
「…………」

 ミャクミャクグッズで身を固めた女性──おそらく万博リピーター ──を指差す我が娘に、あとで絶対ぬいぐるみとかねだられるんだろうなあ……と苦笑を浮かべる浩幸であった。

 がんばれ、お父さん。



ホノカ&甲介 ガンダム立像前

「ううう……ま、また、競り、負けた……」

 スマホの画面にずらっと並んだ赤いバツマークに、白のTシャツにショート丈のデニムオーバーオールを合わせて頭にキャスケットを被ったサイクロプス娘ホノカは、顔の真ん中にある蒼いヒトツ目をうるうるさせた。
 西ゲート側、大屋根リングのそばにある実物大<Kンダムと、GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION。彼女のお目当てのひとつであるここは、完全予約制のパビリオンだ。
 だけど事前予約は全て落選、彼女は一縷の望みをかけてさっきから空き状況をチェックし当日予約を申し込んでいるのだが、こちらも大勢がアクセスしているためか、すぐに予約が埋まってしまう。

「ぐぬぬぬぬ……当たれ当たれ当たれ……」

 今日までに万博ガンダムのプラモデル(セット版と簡易版の二種類とも)を作ってゲン担ぎもした。立像の前でならツキがあるかもと、他のパビリオンの誘惑を振りほどき、東ゲートからぐるっと回って急いでここに来た──

「ガンダムや」「ガンダムおるで」「ガンダムと写真撮るで」

 まわりから聞こえてくる老若男女の声に改めてその人気を実感しながら、ホノカは必死に予約画面のリロードを繰り返し、

「あ、当たった」
「……!」

 隣にいた甲介のつぶやきに、がばっと顔を上げてそっちを見た。

「ホノカちゃん、ガンダムパビリオン予約できたよ。ほらっ」

 にこにこしながら手にしたスマホの画面を向けてくる。そこに表示された予約時刻と、【当日登録】の文字。
 どんより半眼になっていたヒトツ目が大きく見開かれ、次いでキラキラし始める。

「や、や……や、やったああっ!」
「うわっ」

 ホノカはその顔に満面の笑みを浮かべて、甲介にとびついた。

「わーい、やったやったやったぁあっ!!」
「ほ、ホノカちゃん……?」

 そして戸惑う彼の両手をがしっとつかんで、その場で踊るようにくるくると回りだす。正直あきらめかけていたのもあってか、よっぽど嬉しいらしい。
 だけど、

「ち、ちょっとホノカちゃんっ、みんな見てるっ」
「え……?」

 その言葉に、動きがぴたりと止まる。



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「き──きゃあああああああああっ!!」

 周囲のナマぬる〜い視線に気づいたホノカは、水色の頬を真っ赤にして悲鳴を上げると、あわてて甲介の背中にしがみつき、顔を隠してちぢこまった。



ルミナ&文葉 大屋根リング上

「おー、映(ば)える景色♪」

 眼下にひしめくさまざまな意匠のパビリオン群に、ポニテ娘文葉は手にしたスマホのレンズを向けた。その奥には、海の上に張り出している大屋根リングの一部も見える。

「……いや、だからっ、わ、私は日本語しか話せないんでっ、その──」

 横でヴァルキリーのルミナが外国人男性たちにしつこく話しかけられて、あたふたしている。金髪碧眼な見た目なので、どうやら同国人だと思われているらしい。
 いつもの鎧姿はコスプレイヤーと間違えられるので泣く泣く断念し、今日の彼女は白いブラウスに涅色の肩吊りロングスカートを合わせ、お気に入りのファッション眼鏡(伊達)をかけている。対して文葉は薄いピンクのTシャツに膝丈のスリムジーンズといった格好だ。首に濡れタオルをかけ、頭にメッシュキャップを被って暑さ対策も抜かりなし。

「素直に翻訳アプリ使えばいいじゃない」
「あれはいまいち信用できん」

 やっと解放されたルミナは近づいてきた文葉の問いかけに、眉根を寄せてそう応えた。
 そして周囲をぐるっと見回す。「……それにしても、凄いヒト出だな」

「そうだね〜」

 聞けば開幕当初はまだヒト混みに余裕があり、この大屋根リングの上をひたすらランニングしていた猛者もいたらしい。

「さすがに今はそんな真似できないよね」
「だが、祭りの場においても体力づくりを優先するその気概、見習うべきかもしれんな」
「真似しちゃダメよ絶対。……あ、なんか面白そうなコトやってる」
「大道芸か。こういう楽しみ方もあるのだな」

 パビリオンの前で、パフォーマーが観客を巻き込んでジャグリングを披露している。文葉とルミナは足を止め、手すりに身を預けてそれを見下ろした。

「大屋根リングに登ったのは、すいていそうなパビリオンを探すためだからね、ルミナ」
「わかっている。だが、それならわたしが空から探す方が手早いと思うぞ。フミハ一人くらい抱えて飛ぶこともできるし」

 真顔でそう提案する戦天使。文葉は指先を額に当て、はああと呆れ声を上げた。

「万博会場の上空は飛行禁止よ」
「わたしはドローンじゃないっ!」



ナギ&彼方 シンガポールパビリオン

 ドリームスフィア──赤い球形のシンガポール館は、大屋根リングの上からもよく目立つ。中はドーム型の全天スクリーンになっていて、入場者が階下でタブレットに描いたイラストやメッセージが映しだされ、それらによって街や自然が豊かに発展していくというアニメーションが繰り返される。

「よう探さんと見逃してまうで、ナギ」
「へっへーん、その気になったらアタシは360度いっぺんに見れるもんねー」

 そう言って、髪の中から生えた触手の先にある目をあちこちに向けるナギ。幸いなことに周囲は薄暗く、入場者はみんなスクリーンを見上げているので、驚かれたり悲鳴を上げられたりすることはなかったのだが。

「お、出た出たっ。アタシの描いたヤツ!」
「なんで温泉マークに目玉やねん……」

 ナギが指差す方を見て、彼方は速攻でツッコミを入れた。

「きししっ、あれこそ我らゲイザーの紋章!」
「嘘こけ」

 薄暗い中でも、ドヤ顔しているのがはっきりわかった。
 二人が見つめるスクリーンの中で、紋章(笑)は他のメッセージともども光の粒になって飛び散り、アニメの若木に吸い込まれていった。



リッカ・ヤヨイ・アイリ フランスパビリオン

「最初に展示されていたジブリコラボのタペストリーが圧巻でしたわ。雄大な森の描写に見惚れていたら、下の方に『もののけ姫』のアシタカとヤックルがいたのでちょっと感動しましたわ」
「ヴィトンとディオールの展示も素晴らしかったどすなぁ。特にヴィトンのトランクを組み合わせたオブジェとプロジェクションマッピング、壁一面に並べられたディオールのトワル(デザインサンプル)、フランスの国旗カラーのドレスもおしゃれだったどすえ」
「ぶどうとワインの展示スペース、なんだかワインボトルの中にいるような感じでした。最後にあったモン・サン=ミシェルと厳島神社、ノートルダム大聖堂と沖縄の首里城を組み合わせた白いジオラマもきれいでした」

 と、今出てきたフランス館の感想を言い合うショゴス娘リッカ、アラクネ娘ヤヨイ、ユニコーン娘アイリの三人。リッカは白のブラウスに黒のチュールスカート、ヤヨイはオフショルダーのチェニックにくるぶし丈のスリムパンツ(もちろん人化中)、アイリはセーラー襟の白いワンピース(こちらも人化中)といった装いだが、全員後ろ手にスマホを隠しているあたり、さっきの知識はどうやらレビューサイトで拾ったものっぽい(笑)。

「それと、一階のパン屋さんで買ったこのクロワッサン、おいしおすえ」
「ええ、バターの風味がよく感じられて、美味ですわ」
「ホントおいしい。おいしいんだけど──」

 高校生には、値段が高い。

「「「ううう……」」」

 万博食べ歩きという彼女たちの計画は(経済的な面から)早くも暗礁に乗り上げかけていた。



チーム蒼の龍騎士 スペインパビリオン

「スペインといえば太陽と情熱の国、フラメンコ! サッカー! パエリア! ドンキホーテにサグラダファミリア! って印象でやんしたけど……」
「ここでは海洋国家としての自国を推してきたのじゃな」

 静かに青い世界が広がるパビリオン内。日本との関わり(サン・フランシスコ号沈没事件)、難破船の遺物を巡るトレジャーハンター会社との裁判、洋上風力発電の取り組み、藻類の研究、そしてスクリーンに気泡のように浮かび上がるいくつものメッセージ。
 それらをしげしげと見つめながら、小学生に間違えられる魔物娘二人組──茶色のティアードシャツワンピース姿のラタトスク娘サーヤと、キャミソールミニワンピースにスパッツを合わせたバフォメット娘カナデが言葉を交わす。
 横ではスクールブラウスの襟元に紺のリボンタイを結び、ライトブラウンのプリーツスカートとベストを合わせた装いのバジリスク娘リコ(人化中)が、邪眼封じのサイバーゴーグル越しにクラゲやクジラ、ウミガメの映像をぼーっと眺めていた。

「大丈夫っすか? リコさん」
「ん、だ、大丈夫。る、ルイがいる、から」

 引きこもり気味な彼女を気遣って、小柄な少年──瑠偉が声をかける。バジリスク娘はうっすら微笑むと身をくねらせるように後ろに回り、頭ひとつ低い彼の身体を背中からそっと抱きしめた。

「む? ヒビキとシュウトはどこ行ったのじゃ?」

 双子の妹とそのパートナーの姿が見えないことに気づき、カナデは背伸びしてあたりをキョロキョロ見回す。

「ヒビキさんと愁斗なら、映像が一巡したからと言って次のエリアに行きましたよ」
「なん……じゃと?」

 リコに負けじと腰にしがみついてくるサーヤをいなし、柾輝が眼鏡のブリッジを押し上げて答えた。途端にあたふたしだすカナデ。

「すっすぐに追わねばなのじゃっ! あ、いや、もしかしたら二人っきりになりたいのかもしれんし、下手に押しかけたらウザい姉だと思われるかも……じゃが、今日は人化術をかけとらんし、や、やはりワシがそばにおらんと……」

「やっぱりヒビキと一緒にシュウトを共有する気、なんすかね?」
「た、単に、あ、姉バカ発症してる、だけ、だと、思う……」

 思考が迷走しているカナデに、生温かい視線を向けるサーヤとリコであった。



 海のエリアから一転、鮮やかなオレンジ色に彩られたエリアに展示されていたのは──

「写真?」
「ポストカード、絵葉書だ。スマホやSNSがなかった頃は、こういうのが旅の様子を家族や友だちに伝えてたんだな」
「そうなんだ」

 パートナーの三白眼男子愁斗の腕に自分の腕を絡めて、ドラゴン娘のヒビキはその説明に相槌を打った。
 頭にツノ、恐竜を思わせる手足、水玉模様の涼しげなワンピースのミニスカートから伸びた太い尻尾……を驚かれることはあっても、男の子(愁斗)に寄り添いニコニコ笑顔を浮かべるその姿に畏れをいだく者はいなかった。
 反対側の壁にあるいくつものディスプレイでは、スペインの名所を回る日本人観光客の動画が映されていた。昔も今も、旅する楽しさは変わらないということだろう。

「いつか行ってみたいな、シュウトくんと一緒に」

 仲間たちが合流するまで、二人はずっと展示物を見続けていた。



ホノカ&甲介 GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION

「コースケくん、軌道エレベータって、赤道上に建てるんじゃ、なかったっけ?」
「そうだけど?」
「じゃあ、夢洲から宇宙に上がる、って設定、無理あるん、じゃ……」
「うーん……」

 なんて言っていたホノカと甲介だったが、パビリオン内でイベントが始まると、二人ともすぐにその世界へと没入した。
 入場者はいくつかのブースを通り、四方と頭上からの映像、音、床の振動で宇宙基地へのツアーを疑似体験する。なお、大阪発の軌道エレベーターって……というツッコミどころは、ナビゲーター役のハロ(ガンダムシリーズに出てくる球形のマスコットロボット)が映像の中できっちり開き直っていた。……何か問題でも?

「そっか、あの立膝ポーズも、片側にしか増加装甲ついてないのも、ちゃんと意味、あったんだ」

 イベントを堪能してパビリオンの外に出たホノカは、出口側からでしか見ることができないガンダム立像の背面を見上げて、そうつぶやいた。
 右手を空へ、いや宇宙(そら)へと差し伸べるRX-78F00/Eは、再びそこへ還りたいのだろうか……

「楽しかったね、ホノカちゃん」
「うん、すごくよかった」

 写真を撮り終えた甲介に満足げな笑みでうなずくと、「……よし、もう一回入ろう、コースケくん」

「ほ、他のも行こうよ……」

 再びスマホとにらめっこしだしたホノカに、甲介は呆れ混じりの苦笑を浮かべた。



リッカ・ヤヨイ・アイリ オーストラリアパビリオン

 日本の約二十倍の国土を持つオーストラリア。パビリオンでは再現されたユーカリの森、無数のスクリーンに映し出され変化していく空と海のエリアで、雄大な自然を体感することができる──

「フランス館とは逆にアート系がない分、シンプルに楽しめましたえ」
「ショップの品揃えもよかったです……何も買えませんでしたけど(しょんぼり)」
「まあまあアイリさん。というわけでてってれーっ! オーストラリア名物クロコダイルロール〜っ!」
「「おーっ」」

 テイクアウトしたワニ肉サンドイッチを某ひみつ道具チックに掲げるリッカ。さっそく右手の人差し指をモーフィングさせたナイフで三つに切り分ける。

「セコいとか言わないでくださいまし。あくまで味見なのですわ」
「リッカはん、それどなたに向かって言い訳してるんどすえ?」
「わー、ワニ肉なんて初めてです」

 三者三様のリアクション?を経て、いざ実食。

「…………」「…………」「…………」

 もそもそと食べ終わって、ポツリとひと言。

「鶏肉っぽい」
「鶏肉どすえ」
「鶏肉ですわ」

 ……その感想はワニ肉にシツレイだ(笑)。



樋口ファミリー クウェートパビリオン

 実際の砂漠の砂を使った宝探しのエリアや、真珠や綿糸など実物を触れることができる展示、デジタル映像やゲーム、子ども専用の滑り台──それらを目一杯楽しんだあと、イツキたち三人は他の入場者たちと一緒に、プラネタリウムを思わせるドーム型スクリーンの部屋へと案内された。

「ここに、直に座るのか?」
「寝転んでもいいみたいですね」

 床は砂丘を思わせる緩やかなラインの、固めのクッションになっていた。一回で入る人数が制限されているので、みんな思い思いの場所で座ったり仰向けに寝転んだりしている。

「パパ、ママ、ここに座って」

 瑠璃に手招きされ、イツキと浩幸は彼女を挟むように腰を下ろした。
 見上げると満天の星空、光の粒で描かれたヒトや街、砂漠のオアシス……

 ──この国のヒトたちも今のわたしたちみたいに、家族で砂の上に座って星を眺めていたのでしょうか?

 美しく幻想的な映像に目を輝かせる瑠璃の横顔をちらりとうかがい、イツキはふとそう思った。



ルミナ&文葉 韓国パビリオン

 正面外壁が全面LEDディスプレイになっている、人気の韓国館。運良く入場者の列に並べたルミナと文葉だったが、

「行列の位置をもっと配慮できなかったのか? ここからではせっかくの巨大画面が見れんぞ」
「ほんと。それに日陰なのはいいけど、室外機の前はないわ〜」

 待つことしばし。ようやくたどり着いたエントランス前のブースで音声メッセージを吹き込み、二人はパビリオンの中に案内された。
 最初のエリアは光と音のパフォーマンス。先ほど録音された音声は、音楽と連動してその一部に活用される。
 暗闇の中に流れる音楽に合わせて、何度も点滅を繰り返し上下する数多の光の筋──

「なんだかライブステージにいるみたい」
「我々の声がひとつにまとまって、この光と音の乱舞になっているわけだな」

 続く二つ目のエリアには、コンクリート瓦礫に伝声管のようなパイプが真っ直ぐ突き立てられたオブジェがいくつもあった。

「ここに息を吹き込むのか?」

 息(二酸化炭素)と水素燃料が化学反応を起こして水を生み出し、循環して生命をはぐくむ……というシミュレーションなのだそうだ。
 ヒーリング音楽が流れる中、息を吹き込んだ箇所が光り、部屋が暗転する。

「ルミナ、上」

 顔を上げると、天井に別のオブジェがぶら下がっていた。傘の骨のように開いた先から、丸い何かがふわふわゆっくりと落ちてくる。
 目の前に落ちてきた小さなそれを指でつつくと、ぱちんと弾けて消えた。

「シャボン玉?」「みたいね」

 そして最後のエリアは……

「未来の主人公が友だちと一緒に、亡き祖父の残した曲を完成させるという筋立ては、わかりやすくてよいな」
「ダンスもあって、これぞK-POPって感じだよね」

 二人は床に座って小声で言い合いながら、正面と左右の三面スクリーンに映し出されるミュージッククリップを楽しんだ。



ナギ&彼方 ドイツパビリオン

 七つのサークル状木造建築が連なったドイツ館。入場者は入り口で、パビリオンのマスコットであるサーキュラーの形をした音声ガイド端末を渡される。
 ボール型の胴体に、ちょこんと生えた手足と小顔。パビリオンのそこかしこにあるポイントにそれをかざすと色が変わり、耳に当てると可愛い声で展示物の解説をしてくれるのだ。

「せやけど皆して人形耳に当てて展示見てんのは、なかなかシュールな光景やな」

 ドイツパビリオンのテーマは「循環経済(サーキュラーエコノミー)」。緑豊かな草木が設置されたフロア、美しいデジタルアートの空間、湾曲したディスプレイを使ったゲーム、それらが輪の形でデザインされている──

 そして出口でナギは、幼児退行していた。

「やだやだやだやだぁ〜っ! この子うちにつれてかえるう〜っ!」
「わがまま言うとらんと、早よ返さんかいな」

 貸してもらったサーキュラーの端末を胸に抱いてヒトツ目に涙を溜め、首を何度も横に振るゲイザー娘に、彼方は大きく溜め息を吐いた。

「ショップでその人形買ったるから」
「売ってるやつはしゃべんないもん」
「それかてパビリオンの外に出たら、しゃべらんようになるで」
「うーっ」

 結局、後がつかえてきたのでナギはしぶしぶ持っていたサーキュラーを返却した。

「さよなら、アタシのサーキュラーちゃん……」
「…………」

 返却口のスロープを転がっていく人形をじっと見つめてつぶやくナギ。どんだけ感情移入しとんねん、というツッコミを飲み込んで、彼方はその頭をそっと撫でてやった。

 なおショップも長蛇の列で、ナギたちの番が回ってきたころにサーキュラーちゃん人形は…………売り切れていた。

「だうぅーっ(滂沱)」



ホノカ&甲介 イタリアパビリオン

 ファルネーゼの「アトラス」
 カラヴァッジョの「キリストの埋葬」
 ダ・ヴィンチの直筆スケッチ「アトランティックコード(一部)」
 ティントレットの「伊東マンショの肖像」
 ミケランジェロの「キリストの復活」

 現地に行かないと出会えない貴重な作品を見ることができるとあって、日に日に待ち時間が長くなる超人気のイタリア館。
 現代アートや工業製品も多数展示されていたが、ホノカのヒトツ目を一番釘付けにしたのは天井から吊り下げてあった木製複葉機「アンサルドSVA9型機」の復元フレームだった。

「入り口で見た映像に、出てきた、やつだ」

 展示場に入る直前に見た日伊友好の物語の中で、天正遣欧少年使節とともに紹介されていた「ローマ東京間初飛行」。その際に使われた機体を、オリジナルの図面に従って忠実に再現されたものである。

「正確な地図もない時代に小型機でヨーロッパから日本に飛ぶのは、前代未聞の挑戦だったんだ」

 解説動画を見終わった甲介が、隣で同じように見上げてつぶやく。
 予備機五機を含めた十一機のうち、ユーラシア大陸を横断して東京までたどり着いたのは、フェラリン中尉とマスィエーロ中尉が操縦した二機のみ。いかに過酷な飛行だっだのかがうかがえる。

「フェラリンって名前、どこかで聞いた、ような?」
「『紅の豚』の主人公ポルコ・ロッソの戦友の名前だよ」
「あ、それだ」

 思い出したと手を打つホノカ。アルトゥーロ・フェラリン中尉はそのキャラクターのモデルとも、ポルコ・ロッソ自身のモデルとも言われている。

「伸ばし音が入っていたから、自動車のフェラーリが元ネタ、だと」
「初めは僕もそう思ってた」

 天井を突き抜けた先にある、冒険飛行家たちが愛した蒼空にしばし想いを馳せる。
 そしてホノカは嬉しそうにスマホを構えると、角度を変えて写真を撮り始めた。

「確か浜松のエアパーク(航空自衛隊広報館)にもSVA9型が展示されてるから、機会があれば見に行こう」
「ほんと? 約束だよ、コースケくん♪」

 この後、彼女がガンプラだけでなく飛行機プラモにまで手を広げたのは、言うまでもない。



樋口ファミリー タイパビリオン

「半分の建物を鏡に映して見せているのか」
「ユニークなアイデアですね、ヒロユキさん。夜に見たらもっときれいかも」
「パパ、ママ、見て見て、ゾウさんがいる」

 寺院を思わせる三角屋根のタイパビリオン。正面にいる木彫りの親子ゾウが可愛いらしい。
 中では「免疫力」をテーマに、自然由来の健康や医療に関する展示、タイ北部や南部の食文化などが紹介されていた。瑠璃は壁に飾られたサンプルの展示や、お皿に色とりどりの料理(の映像)が浮かぶ仕掛けに目を輝かせる。

「おいしそうだね、ママ」
「カオマンガイにパッタイですね。今度おうちで作ってみましょう」
「やったあ」

 古式マッサージの体験ブースもあったのだが、残念ながら整理券の配布は終わっていた。

「でも、このマッサージ器具は試してもいいようですよ、ヒロユキさん」
「どれどれ……おお、このツボ押しなかなかいいな」

 外に出て併設されたステージを楽しんでいると、イツキは見知った三人組がガパオライスを手にパビリオンから出てきたのに気づいた。

「リッカさん、ヤヨイさん、アイリさん」
「あら、イツキさん」
「リッカお姉ちゃん、アイリお姉ちゃんもいる」
「こんにちは、ルリちゃん」
「ウチははじめましてどすなルリちゃん。ヤヨイどすえ」

 互いに頭を下げ合う、樋口一家と魔物娘たち。

「ところでイツキさん、パビリオンはどれだけ回られたのかしら? わたくしたちはフランス、ベルギー、オーストラリア、ポーランド、ブラジル、ポルトガル、バーレーンにトルクメニスタン、コモンズ(合同館)はAからFまで制覇して、あと大阪ヘルスケアパビリオンも見に行きましたわ」
「そうですね、わたしたちは──」

 ルリちゃんが喜びそうなところを選んでいるので、と前置きしてイツキは指を立てていく。「韓国、オーストリア、シンガポール、スイス、マレーシア、フィリピン、チリ、クウェート、国内ではPASONA館、輪島塗りの地球儀、ミャクミャクハウス、未来の都市とクラゲ館に行きました。家族で

「や、やりますわね」
「そちらこそ」

 万博あるある「行ったパビリオンの数でマウント合戦」をやりだすリッカとイツキ。目が点になる浩幸に、アラクネ娘が「お二人とも、ときどき変なところで張り合うんどすえ」と小声でささやいた。



ルミナ&文葉 よしもとwaraii myraii館

「ネギ?」
「ネギだよね?」
「なぜネギなのだ?」
「さあ?」

 オレンジ色した笑顔の球体(「タマー」という名前だそうだ)パビリオン。中に入ったルミナと文葉は、置いてあった巨大ネギのオブジェに首を捻った。

「ええっと、これ『問いかけられるネギ』だって」
「わ、わからん」

 ちなみにネギの花言葉は「笑顔」「微笑み」「挫けない心」。笑いのウェルネスというよしもと館のテーマにも一致している……んじゃないかな? たぶんメイビー。
 他にも昔のアーケードゲームみたいに見えて、ボタンを押すと光が出たり音が鳴ったり、変なメッセージが表示されたりするだけで何かゲームができるわけではない筐体?がいくつか置かれていて、二人はさらに困惑する。

「考えるな、感じろ──ということなのか?」
「たぶんそうじゃないと思う」

 だが、ここのメインはあくまで奥にあるステージ。よしもとの若手芸人が観客参加型のライブをやっており、畳敷きの客席に座ってそれを見ることができる。

「え、えっと……」

 ……で、戦天使はなぜかそのステージに立って、さらに戸惑っていた。

 演目はカラオケ大会。流暢に日本語を話す金髪碧眼の美少女(ルミナ)を見つけたスタッフが、彼女を舞台に招いたのだった。
 手を合わせて拝まれると、嫌とは言えない天使属の性(さが)。だけど、

「きしししし、ルミナぁ〜、がんばれよぉ〜っ」
「なんでお前がそこにいるっ!?」
「る、ルミナちゃんそのハリセンどっから出したん?」

 客席でニヤニヤ笑う浴衣姿のヒトツ目娘──ナギに気づき、顔を真っ赤にして愛用のハリセンを突きつける。
 MCはそんなルミナに驚きつつ、芸人の性で速攻ツッコミを入れた。



 なおポンコツでも天使属。歌は聞き惚れるほど上手かった。



チーム蒼の龍騎士 カナダパビリオン

 流氷をモチーフにした外観のカナダ館。中に入るとさまざまな形をした氷山(氷塊)のオブジェが置かれていて、そこに貸し出されたタブレットをかざすとAR(拡張現実)でカナダの自然や街並み、名所のジオラマを楽しむことができる。

「おおっ、プリンスエドワード島じゃ。どこかに赤毛のアンがおるかもしれんのじゃ」
「こっちは犬ぞりに飛行機……うおおっ! な、なんかでっかいおっさんが出てきたでやんすっ」
「じ、ジオラマ、造ってる、職人さん、かな?」
「土台がカメやイッカクになってるっす。星座が出てきたりもして、角度を変えて見るといろんな発見があるっすね」
「オーロラが見えたり花火が上がったり、なかなか見飽きないですよ。お、これはトロントの街並みとCNタワーですね」

 手にしたタブレットをかたむけたり、氷山オブジェのまわりをゆっくり回ったりして仮想の風景を楽しむカナデたち。ドラゴン娘ヒビキとパートナーの愁斗も、二人で一台のタブレットを覗き込んでいる。

「すごい。これがナイアガラの滝?」
「ああ。轟音や振動も伝わってくるな」
「本物はもっとすごいんだろうなあ。行きたいところがまた増えちゃった」
「俺もだ。いつか行こう、一緒に」
「うん♪」

 尻尾を振りながら、ヒビキは愁斗にぴたっと身を寄せる。
 なお、ラミア種のリコともども冷房が効きすぎてちょっと寒かったのはナイショである。



 カナダのソウルフード、プティーン。それは、フライドポテトにグレイビーソースと粒状のチーズカードをたっぷりかけたハイカロもとい、食べ応えのある一品。

「ううう、これ結構おなかに溜まります……」
「さ、さすがに食べきれない、どすえ……」
「あらそうですの? わたくしはまだまだいけますわよ」
「「ショゴスのあんたと一緒にすんなですっ(どすえ)」」



ナギ&彼方 大屋根リング上

「……なんだよこのヒト込みぃ〜? 全然動けないじゃん!」
「ここが一番よう見えるからやろな」

 夜、ナギと彼方は大屋根リングの一番高いところで、身動きが取れなくなっていた。
 もうすぐ花火が打ち上げられる。よく見える場所でと早めに動いた二人だったが、どうやら考えることは皆、同じだったようだ。

「お祭りのフィナーレは、やっぱ花火だよな」
「花火が済んでも、まだパビリオン開いてるで」
「わかっているよそんなことっ。ったく、フインキだよフインキ」
「雰囲気、な」「…………」

 などと言い合っていたら、唐突にドンッ、パンッ、と音がして、夜空にいくつもの光華が開いた。

「おおっ、始まった」

 白、赤、緑、青紫……光の軌跡が漆黒のキャンバスを駆け抜けてとび散り、消えていく。

 ホノカと甲介は、ガンダム立像の前で──

 ルミナと文葉は、会場中央にある「静けさの森」で──

 ヒビキやカナデ、愁斗たちは、水上ショーの客席から──

 リッカ、ヤヨイ、アイリの三人は、売店の列に並んだまま──

 イツキは、うつらうつらしだした瑠璃を背負った浩幸と一緒に、ゲート前で──

「みんなも会場のどこかで見上げてるんだろうな……」
「せやな」

 ぎゅうぎゅう詰めの中で花火に歓声を上げる。彼方はそんなナギの身体を、支えるように抱き寄せた。

 万博の夜は、もう少しだけ続く──
25/11/12 07:46更新 / MONDO
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■作者メッセージ
 祝! サーキュラーちゃん大阪市立科学館に二体寄贈!

ナギ「よし行こう会いに行こうカナタお前地元だろすぐに連れてけ」

 万博ロスの穴を埋めるために、衝動のまま突貫で書いてしまいました。(^ ^)
 ちょっと反省はしてる……描ききれなかったパビリオンや展示、料理、イベント(思い出)なんかがいっぱいあったから。
 関西万博に行った皆様も行けなかった皆様も、少しでもフインキ──もとい雰囲気を楽しんでいただけたら幸いです。

 ではでは。

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