連載小説
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01「進撃の女子高生ゲイザー(前編)」
 「チナツのゆるふわラジオカフェテリア」っ! 続いては更紗市のラジオネーム・恋する瞳さんからのおたより!

「聞いてくださいチナツさんっ──」

 はいは〜い、聞いてますよー。

「実はアタシにはちっちゃい頃からずっと仲のいい親友がいるのですが、こないだその娘(こ)にとうとうカレシができたんですっ!」

 おめでとう。よかったね。でも先越されて、嬉し、さみしいよね〜。

「どっちかっていうとヒト付き合いの得意な方じゃない親友に恋人ができて、そのときはアタシも一緒に喜んだんだけど……それからというもの、彼女はところかまわずそのカレシとイチャイチャするようになって、だんだんうっとうしくなってきました」

 あー、あるよねあるよね〜。しょせんは女の友情なんだよね。

「アタシとしては、今でも、そしてこれからも親友のつもりなんだけど、なのに朝から教室でイチャイチャ、休み時間おきにイチャイチャ、お昼でもイチャイチャ、放課後もイチャイチャ……あ〜もうやっぱ腹が立つ! かのお禿様のアニメで言ってた『ボーイフレンドがいない連中のことも考えてやれ』というセリフを紙に書いて、マジであのでっかい目ん玉に貼り付けてやろうと思いますっ──」

 う〜ん、気持ちは痛いほど良く分かるけど、それやったら幸せ遠のくよ。経験者からのアドバイス。
 まあ、ほっといてもそのうち落ち着いてくんじゃないかな〜。それに、バカップルって下手に邪魔すると、自己完結悲恋型(ロミオとジュリエット)に悪化して、余計うっとーしいよ。
 それよか恋する瞳さんにも好きな人、いるんでしょ? それだったらイチャイチャ見せつけられた分、告白とか協力させようよ。親友なんだから。



 ……あ、それから正しくは「ボーイフレンドが」じゃなくて「ガールフレンドが」だからね、そのアニメのセリフ──



─ stargazer ─

 二十四時間後の近未来。

「……ねえコースケくん、ほんとに私で、いいの?」
「ん? 何が?」
「だって私……魔物娘、だよ?」
「なんだよ今さら」
「ツノ生えてるし、肌の色だって青いし」
「十七人も魔物娘がいるんだから、ツノなんか当たり前だし、皮膚の色もそれこそ十人十色だよ──」
「目だって……一個だし」
「そういうの全部引っくるめて受け入れるって決めたんだ。他の人がなんて言おうと、僕はホノカちゃんのこと大好きだよ。……ホノカちゃんは僕のこと、好き?」
「私も……コースケくんのこと、大、大、大〜好きっ!」
「ホノカちゃん……」
「コースケくん……」

「…………」

 季節は初夏。異世界からやって来た魔物娘たちを受け入れたことで、最近何かと話題の私立明緑館学園。
 甘々な空気を放っていちゃつく、この世界での魔物娘と人間のカップル第一号、青肌単眼一本角のサイクロプス娘・ホノカと童顔の男子生徒・海老川甲介(えびかわ・こうすけ)。教室にいる生徒たちは生暖かい、あるいは砂(糖)吐きそうな表情を浮かべ、一部の女子たちは眉をひそめて「何よ〜、あれ〜」と互いにひそひそ耳打ちし合い、男子たちの何人か──DT、彼女なし歴=年齢──は嫉妬に目の幅涙を流しながら、

「今日も一緒にお昼食べようか」
「うん♪」
「「「…………(ドンドンドンドンドンッ──!)」」」

 ……2の意味≠ナ壁ドンを繰り返していた。
 ホノカは背中まで伸びた藤色の髪をお手製っぽいバレッタでアップにして、まわりの女子たちと同じ高等部の制服──襟と裾に水色のラインが入った白のブラウス、襟元にエンジのスクールリボン、チェック地のプリーツスカートを身につけている。
 サイクロプスは他の魔物娘と違い、寡黙でヒト付き合いが悪く、単眼も合わせて表情も乏しいとされており、実際、彼女も学期初めの頃はそんな感じだったのだが、甲介と付き合い出した途端、今までの無愛想っぷりはなんだったんだと言わんばかりに言動が可愛らしくなり、今ではパートナーともども素敵な?バカップルならぬマ<Jップルと化していた。

 ──ウゼえええええっ! 力いっぱいウゼえええええ……っ!!

 そんなホノカと甲介に、見た目も分かりやすく切歯扼腕する女子が一名。
 文字通りギザギザ歯で歯ぎしりし、触手を自らの腕にギュッと巻きつけて……

 ──そりゃアタシら魔物娘は、ツガイができたらソイツのことしか考えられなくなる……って母さんも言ってたけど、そこまで見せつけるみたいにイチャコラしなくてもってああもううっせーぞそこの非モテ男子どもっ!!」

 ……途中から思わず声にして怒鳴ってしまった。

 か〜べ〜どん、かべどん、かべどん、かべどん……しかしはっきり言って隣の教室に迷惑なので、そいつらは心あるクラスメイトたちによって「嘆きの壁」から引き放される。

「…………」

 今日も高等部一年B組は平常運転。それら全てをガン無視してなおもいちゃいちゃするふたりを、彼女は背中を向けたまま、その触手の先っちょにある目で睨み付けた。
 生牡蠣色の肌、前髪ぱっつん姫カット、緩くウエーブのかかった腰まである黒髪の一部が変じた触手がいくつも生えた、その女生徒もまた異形の存在。

 ──なんだよ〜、こないだまで「この世界でたった二人っきりの単眼種だから、お互い支え合って生きていこうね」みたいなコト言ってたクセに〜っ!

 あれか? あれなのか? マラソン大会で最後まで一緒に走ろうねって言っときながら途中で先に行っちゃう的なやつなのか? ……などとどこでおぼえてきたのか異世界出身者らしからぬことを思いながら、ぐねぐねうねうねと触手を荒ぶらせ、しかめっ面を浮かべるもうひとりの単眼女子生徒、ゲイザー娘のナギ。
 十七人の魔物娘の中でもとりわけクセのある異様な外見と、遠慮のえの字もない口の悪さから、一部の男子たちの間では「恋人にしたくない魔物娘不動のぶっちぎり第一位」と称されている……

 ──くっそーなんかおいてきぼりにされたみたいでムカつくけどうらやましいぞちくしょーアタシだってアタシだってカレシほしいよおおおおおっ!!

 ツガイ、すなわち伴侶(パートナー)を得た幼なじみに嫉妬したり羨んだり。気に入った人間の男性を虜にして未来永劫ERO三昧することを是とする魔物娘としてはある意味健全?な思考なのだろうが、見た目にも分かりやすく苛立ちをあらわにするこの人外女子に、声をかける勇者──一応言っておくが、比喩的な意味で──はこのクラスの中には……

「あ、あの、ナギ──」

 ……いた。

「あんだよっ!?」

 不機嫌なまま間髪入れずに振り返り、声の主に顔の真ん中にある紅い単眼を向ける。
 次の瞬間、彼女──ナギは「あ、やべっ」と口元を引きつらせた。

「…………」

 目と目が合った、と同時に声をかけてきたその男子生徒の表情が、一瞬フラットになる。次いで、ぐいっと顔を近づけられて、

「な、ナギ……」
「お、おうっ」

 真剣な目つきで見返され……

「ナギっ」
「はい……っ」

 グッと肩をつかまれて……

「ナギ…………好きじゃあああああああああっ!!」
「んぎゃああああああああああっ!!」


 押し倒された。
 乙女らしからぬ悲鳴が、教室中に響いた。
 どうやら無意識のうちに、ゲイザー特有の「暗示」を一発かけてしまったらしい。

「……うぉわあっ、ちょ……待てコラッ! 落ち着け──ていうかドコ触ってんだおいっ!? や、やめろっ、くんかくんかすんなっ、すりすりすんなぁっ! ……だ・か・ら放せえええええっ!!」

「ち、ちょっとナギちゃん! どうしたのいったい……って、ええっ!?」
「お、おい彼方っ! 何やってんだお前っ!?」

 さしものバカ……もといマカップルもいちゃいちゃを中断して、あわてて駆け寄ってくる。
 あっけにとられていたクラスメイトたちも我に返り、仰向けになったナギに鼻息を荒げて覆いかぶさり抱きついている男子、永野彼方(ながの・かなた)を数人がかりで引きはがした……



 親魔物領のひとつ、人魔共生都市サラサイラ・シティに暮らしていた十七人の魔物娘たち(全員、父親が人間である第二・第三世代)は、ひょんなことから街はずれの丘陵地にある立入禁止区域──旧魔王時代の遺跡の地下深くに封印されていたオーパーツの力で、地球世界の更紗市へと転移してしまった。
 私立明緑館学園の明貴薫子理事長兼学園長は、元の世界へ戻れず途方にくれていた彼女たちの身元引受け人になり、 日本政府にはたらきかけ、様々な制限付きではあるがその生活と社会的自由を保障させた。
 難民の受け入れにバカ高い壁がある日本だが、人外の知的生命体など想定外。議会は一時紛糾したものの、受け入れ反対派がやらかした幼稚な勇み足──魔物娘が危険であるという根拠にアニメや特撮ドラマの設定を臆面もなく提示したり、某国の「魔物娘は我が国でおこなった大規模召喚実験で呼び出したものだから即刻引き渡せ」というウソ丸出しの主張に乗っかって彼女たちを国外退去させようとしたりした──に世論が失笑、なし崩し的に彼女たちがこの国に住むことを容認せざるを得なくなってしまう。
 現在、彼女ら魔物娘たちは明緑館学園の女子寮に寄宿し、高等部一年に編入。学校生活を送りながら、こちらの世界に順応できるかを経過観察されている。
 なお、戸籍習得の際には全員「花の十六歳!」だと主張したとかしないとか。



「全く……これだから貴様ら魔物娘はっ」
「ち、違うって、コイツが急に声かけてきたから──」
「言い訳無用。私が戻ってこなかったら、そのまま皆の前で破廉恥な行為に及ぶつもりだったのだろう?」
「んなことするかっ! 露出過多のアマゾネスじゃあるまいしっ!」
「どうだか」

 口を尖らせるナギを一瞥し、その金髪碧眼の女子生徒は「暗示」がかかってしまった彼方の額に当てていた手のひらを離した。同時に、その背中にあった白い翼が光の粒子になって消えていく……

「解呪完了。気分はどうだ?」
「……おおきに、もう大丈夫や」

 腰に手を当てて問いかけてきた彼女、十七人の魔物娘のひとり「私は魔物娘ではないっ!」……ヴァルキリーのルミナに頭を振りながらそう答えると、彼方はゆっくりと立ち上がり、「不可抗力だし」と目をそらせてつぶやくナギの方へ向き直った。
 ヒトのよさそうな顔に、黒縁のメガネをかけた背の高い男子である。

「かんにんな、ナギちゃん。なんかいらん迷惑かけてしもて」
「あ、いや、こっちこそ……。あと、ちゃん付けやめろ。アタシをちゃん付けしていいのはホノカだけだ」

 フンッと鼻を鳴らして顔を背けるナギ。心なしかその頬が赤い。
 そして照れたように頭を掻く彼方の顔をチラ見でうかがう。なまじ目が大きいから、やっぱりすっごく分かりやすい。

「ナギちゃん、もしかして……」

 それに気付いたホノカが声をかけようとしたが、ルミナの説教タイムはまだ終わっていなかった。

「いいか、そもそも『人間に対して魔力、ならびにそれに類する固有能力をむやみに行使しない』という、この国との約定をきちんとわきまえていないから、こんな目にあうのだ。自重しろ」

 キツめの口調でそう言って、単眼娘を睨みつけるヴァルキリー。
 「常在戦場」を旨とする彼女は、制服の上から元の世界で身に付けていた胸甲と肩アーマーを纏っている。知らない人が見たら、人外度が低い分、常時鎧コスプレしているイタい外国人留学生にしか見えない──もちろん当の本人は、そんなこと全く気付いていない──だろうけど。

「うっせーなっ。アタシらゲイザーに目の力を使うなっていうのは、阪神タイガースファンに甲子園で六甲おろし歌うなって言うようなもんだってのっ」
「……なんでそんなたとえがさらっと出てくんねん、異世界の魔物娘」

「はいはい、ナギもルミナもそこらへんでストップ。実害なかったんだから、ふたりともこれ以上もめないのっ」

 根っから関西人の彼方が速攻でツッコミを入れ、次いでポニーテールの女子生徒──クラス委員の阿久津文葉(あくつ・ふみは)がナギたちの間に割って入った。彼女はその立場もあって、女子の中ではナギ、ホノカ、ルミナの三人に一番よく関わっている。
 ぶすっとしながらもナギは自分の席に戻り、ルミナも「フミハがそう言うなら」と引き下がる。

「さすが委員長、ナイスタイミング」「ありがと、フミハ」
「どういたしまして。ま、これもクラス委員のつとめだし──」

 にっこり笑って言葉を切り、文葉は握った拳で自分の胸を軽く叩いた。「それにあたしは、この学園の魔物娘全員と友だちになるつもりなんだから!」

「「…………」」

 何処かで聞いたようなセリフを言い放つ彼女に、甲介は苦笑を浮かべ、ホノカは藍色の単眼をパチパチとしばたたかせた。



 昼休み──

「コースケくんと一緒にお昼……」
「たまにはアタシらにも付き合え、ホノカ」

 親友の腕に触手を巻きつけ、空いた両手でミックスフライ定食とうどん鉢をのせたトレイを持って、ナギは学生食堂の奥にある四人がけのテーブルに急ぐ。

「ち、ちょっとナギちゃん、そんなにぐいぐい引っぱらないで……っ」

 スカートの下にスパッツを履いていても、そこは女の子。ホノカは空いた手で裾を押さえてついていく。

「あ、来た来た。こっちこっち」

 テーブルには文葉と、彼女に連れてこられたルミナが待っていた。学食の中にはナギたち以外の魔物娘の姿も何人か見受けられるが、人魔混在しているグループは彼女ら以外にはまだ見られない。

「「いっただっきま〜す」」「いただきます」「日々の恵みに感謝を──」

 だが、食事の前に手を合わせるのは人間も魔物娘も変わらない。

「じゃーん♪」

 口元にニコニコ笑顔を浮かべながら、ナギは何処からともなく涙滴型のプラ容器──マヨネーズを取り出すと、それを絞って皿の上のフライにこれでもかとかけだした。ホノカと文葉は「あーまた始まった」と生暖かい目でそれを見つめるが、ルミナは口元をひくつかせる。

「マヨネーズはっ、この世界で出会った最高最強の調味料だっ!」

 何処ぞの魔法使いのように、手にしたマヨネーズ容器を高く掲げるナギ。さらに「このイレモノの形もいいんだよな〜」と言って笑顔で頬擦りする。元々いた世界にもあったのだろうが、手軽に食べられるほど流通はしていなかったようだ。
 使う? と差し出されて、ホノカと文葉は揃って首を横に振った。

「……で、なんでお前がここにいんだよ?」

 さっそく白身魚のフライにかじりつきながら、ナギはギョロ目でルミナの顔をうかがう。

「私はお前たち魔物娘が、この世界の人間に害をおよぼさないよう監視することが使命なのだから、ここにいるのは当然だ」

 ナポリタンをフォークにくるくる巻きながら、ルミナが表情を引き締めて睨み返す。だが口元にトマトソースがべっとりついているので、イマイチしまらない。

「ところでナギちゃん」
「ん〜?」

 カレーうどんを手繰る箸を止め、ホノカがナギの顔を見た。

「やっぱりカナタくんのこと、好きなんだ」

 ブ────────ッ!!

 次の瞬間、ナギは飲んでたお茶を盛大に吹き出した。「な、な、な、なななな何を──っ!?」

「あ〜、それあたしも気になってた」
「きっ貴様っ、なんでわざわざこっち向いて吹いたっ!? わざとか? わざとなのかっ!?」

 真正面から直撃食らっていきり立つルミナ。まあまあとハンカチを出してその顔を拭くホノカ。文葉は野菜サンド片手にからかうような笑みを浮かべ、ナギの大きな単眼を覗き込んだ。

「なんだかんだで、しょっちゅう声かけてるよね、永野に」
「それは、その……あ〜、あれだ。アイツのしゃべり方が他の奴と違って、変だから……その、ちょっと気になって──」

 日本語の読み書き会話に不自由はないが、関西弁はまだ未知の言語なのかもしれない。だけどあんなことがあったせいか、今日は彼方と話すどころか、顔も合わせられなかったのだが。

「前に特別教室とかで席が隣同士になった時、ナギちゃん、カナタくんに身体寄せていってたよ」
「あ、あれはタブレットとか、実験器具とかの使い方分かんなくて、覗き込んでた、だけだし── …………」

 ぶしゅうううううっ……擬音にするとそんな感じで顔を真っ赤にし、黙り込んでしまうナギ。
 本来ゲイザーは洞窟や迷宮に居を構え、意地の悪い性格で気に入った男性に邪眼で暗示をかける──とされており、街中で人間や他の魔物娘たちに混じって育ってきた第二世代≠ナあるナギにもそういった面が残っているはずなのだが、女子の中ではどっちかというとイジられるポジのようだ。

「だ、だいたいアイツ、普通の一般ぴーだぞ。勇者とか聖騎士とかじゃないんだぞ。なんでわざわざそんな奴を──」
「いや、この世界にそういうの現実にいないから」
「え? まさかナギちゃん、まだ『白馬に乗って自分を倒しにきたイケメン勇者を返り討ちにして結ばれる』なんて夢見てるんじゃ……」
「ぎゃあああああっ! 聞・こ・え・な・い〜っ!!」

 子ども時代の黒歴史まで暴露され、ナギは両手で耳を塞いで激しく首を振った。

 乙女チックでも いいじゃないか まもむすだもの──

「お前たち、殺伐としたそれの何処が『乙女チック』だというのだ」
「ていうか、なんでそのフレーズが自然に出てくんのよ……」

 相◯みつ◯先生に土下座してあやまんなさい。

「そ、そんなことよりホノカ! そっちこそどうなのさっ?」
「私?」

 これ以上の精神的ダメージを避けるべく、ナギは会話の矛先を親友に向けた。

「ん〜と……」

 ホノカは箸を置き、首をかしげると、「……えへへ〜、コースケくんは優しいし、話も合うし、ぎゅってしてくれるし、いつも一緒にいてくれて、この世界のこといろいろ教えてくれるし、この間もお弁当作ってあ〜んってしたらおいしいおいしいって──」

「あー、ち、ちょっと食べるのに集中した方がいいかも。ほらっ、うどん伸びちゃうよ、ホノカ」
「そ、そうだな……昼休みも短いし、少し急いだ方がいいだろう」

 単眼キラキラ、赤らめた両の頬に手を当ててくねくねし出したホノカに、文葉とルミナはあわててそう言うと、ふたりで同時にナギの方へと向き直り、その顔をゲイザーもかくやといった視線で睨みつけた。

 ──何、バカップルの片割れにそんな話振ってんのよっ? ナギっ!
 ──バカか? バカなのか!? 惚気話を延々聞かされたいのか貴様はっ。

「…………」

 もぐもぐ、もしゃもしゃ、ずるずるずる……黙って食事を続ける四人。しかし沈黙に耐えられなかったのか、ナギがぼそっとつぶやいた。

「そもそも単眼の女に気がある男なんて…………モノ好きな──」
「コースケくん、モノ好きじゃないもん」

 いささか自虐めいたその発言に、ムッとして頬を膨らますホノカ。

「あ、でも、単眼(モノアイ)好きだから略してモノ好き…………あ、あれれ?」
「なんだそりゃ」
「まあ、確かに初めてナギとホノカを見たときはびっくりしたけど、もう慣れちゃったっていうか、他にもインパクトのある子がいっぱいいるっていうか──」
「そうか分かったぞ! フミハたち日本人が単眼種に抵抗が少ないのは、あれの存在が原因だったんだ!」
「「「……?」」」

 ぎゅいんぎゅいんぎゅいんぎゅいんぎゅいん……ぎゅぽ〜ん。

「なんでそこでソレが出てくんのよ……」

 全ての謎は解けた! とばかりに腕を組んでうなずくルミナのドヤ顔を、半眼で見つめる文葉。もちろんかのアニメシリーズに登場しプラモデルも有名な、架空の近接戦闘用巨人兵器のことである。

「でも私、ソレの青いのに似てるって言われたことある」

 さもありなん。もっともホノカは、その機体(のプラモデル)を結構気に入ってたりするのだが。

「話が変な方に逸れちゃったけど……ま、魔物娘だ単眼だなんてちっちゃいことは気にせずに、胸張ってドーンといこうよ、ねっ、ナギっ」
「ちっちゃいことは気にせず……胸張ってドーンと……」

 三人とも日本のサブカルになじみ過ぎ! とか思いながら、はげますつもりでそう言った文葉だったが、ナギの大きな目が妙にすわって≠「ることに気付く。

「…………」

 ナギはその目と触手の先っちょをゆっくりと動かし、ホノカ、ルミナ、文葉の順に視線を向ける。ゲイザーの単眼、その視線には強い魔力が宿っているのだが。
 彼女が見ているのは、三人の……胸。

 ホノカ … 種族特性で胸がドーン。
 ルミナ … 主神様の御加護で胸がドーン。
 文葉  … 人間のくせに胸がドーン。

 ナギ  … かなりまな板だよこれ!(by松岡◯宏)

 地雷踏んだ。

「うがあああああああああ〜っ!! 胸なんて飾りなんだあああっ! エロい人にはそれがわからないんだあああああああああ〜っ!!」
「ちょ、ちょっと何…………っきゃあああああああっ!!」

 魂の叫び(爆)と同時にナギは文葉の背後に一瞬で回り込むと、触手で彼女の手足を拘束し、その胸を両手で鷲づかみにしてこねくりまわしだした。

「ちょっ……やんっ、な、ナギっ、マジ止めて……ひやあああんっ!」
「……お前ホントは人間じゃなくてホルスタウロスなんだろっ! ホルスタウロスなんだろっ! 正体現せえええええ〜っ!!」

 単眼より、貧乳にコンプレックスをもつゲイザーナギさんじゅうろくさい。
 見開いたその瞳が狂気?でぐるぐる渦を巻いている。なお、ゲイザーに瞬間移動(テレポーテーション)の能力はない……と思う。

「ナギちゃんダメえええっ!」
「ついに本性をあらわしたなゲイザー! そこになおれっ! 成敗してくれる……ってぅひゃああああああああっ!?」

 ホノカがあわてて止めに入り、ルミナが半身に構えて反射的に腰に手をやる……が、愛用のツヴァイヘンダーは銃刀法に引っかかるので学園長に没収されていたことを思い出す。
 そしてその一瞬の隙に、巨乳ハンターと化したナギにあっさり後ろを取られて胸甲の下に手を入れられ、文葉に続いて胸をモミモミされてしまう。

「ちくしょーこの揉み心地うらやまけしからんっ! お前もやっぱりホルスタウロスかあああああっ!!」
「違うわあああああっ!! あっ、そこやめ──ひゃあああああああ〜んっ!!」

 重ねて言うが、ゲイザーに瞬間移動の能力はない……はず(笑)。



 結局、周囲の人間や魔物娘たちの呆れ返った視線を余所に騒ぎ過ぎたナギたちは、あとで食堂のおばちゃんに大目玉を食らってしまうのであった。
 目玉の魔物娘がふたりもいるだけに。

「……誰がうまいこと言えと言った?」



 明緑館学園の屋上は特に立入禁止というわけではないのだが、太陽光発電パネルが一面に敷き詰められているためか、上がってくる生徒はほとんどいない。
 逆に言うと、内緒の話をするのにもってこいの場所だということで。

「……んで、愛しの嫁さんほっぽってワイにいったいなんの用やねん? 甲介」

 フェンスにもたれたまま、彼方は隣に立つ中等部からの友人にそう問いかけた。

「愛しの嫁さんって……なんか照れるね」
「今さら何言うとんねん」

 頭を掻く甲介に、彼方は反射的に右手を振ってツッコミを入れた。
 サイクロプス娘のホノカと付き合いだしてからこっち、学校にいる時はほとんど彼女と一緒にいる甲介が、「ちょっと話がある」と声をかけてきたのは、昼休みに入ってしばらく経ってから。朝にあったナギとの一件のことやろなあ……と思いつつ、彼方は言われたまま屋上へと上がった。
 ナギとホノカが異世界にいた頃からの幼なじみだということは、以前ふたりの口から直接聞いたことがある。ホノカの彼氏でもある甲介が、何か思うところがあって自分を呼び出したことは想像に難くない。
 ……とはいうものの、実のところ今朝のことはよくおぼえていない。ナギの大きな単眼と目が合って、気がついたらいつの間にか甲介に羽交い締めにされ、ルミナの手のひらが額にのっけられていたのだ。
 そのあと、自分が何をやらかしたかを聞かされ、午前中はナギの顔をまともに見ることができなかった……

「なあ彼方、四月の始めのこと……おぼえてる?」

 前を向いたまま、甲介がつぶやくように問いかけてくる。

「高等部の入学式のことか? そらおぼえとるけど……」

 その横顔をちらっとうかがい、彼方もぼそりとそう返した。そして空を見上げ、あれはごっつインパクトあったわなあ、と付け加える。
 あの日、壇上に立った学園長の左右にズラッと並んだ十七人の魔物娘たち。ニュースなどでその存在は知っていたが、彼女らが同じ高等部一年生として、自分たちと一緒に学校生活を送る──とサプライズ的に紹介された時は本当にびっくりした。
 だけどあの時、怖れや不安よりも、あの中の誰が自分たちのクラスに来るのだろうという、期待と好奇心の方が強かった奴もいたはず……もちろん、当の彼方自身もそうだった。
 そしてB組に来たのは、単眼娘二人にポンコツ臭漂う戦天使。できればもうちょっとソフトなけも耳っ娘あたりに来てほしかった、などとほざいた一部の男子──DT、彼女なし歴=年齢──は、ナギたち三人を含めた女子全員に白い目で見られた。

 もっとも単眼にビビったのは初見の時だけ。毎日顔を付き合わせていたら、ああそんなもんなんだって思えるようになる……人間の適応力ナメんなファンタジー。

「甲介……ジブン、ああしてイチャついてんの、ホノカちゃん守るためとちゃうんか?」
「…………」

 そもそも彼方の知る甲介は、ガールフレンドと四六時中イチャイチャするようなキャラではない。
 だが隣に立つ親友は、肯定とも否定ともとれるような笑みを浮かべて肩をすくめた。
 彼方は目をそらして、頭に手をやった。

「ジブンらがあんな風にバカップルごっこしとるから、クラスのみんなにホノカちゃんがなんとなしに受け入れられてるような気ぃするんやけどな」
「だったら彼方、お前とナギさんもそうだろ? 影で『夫婦漫才』だって言われてるの、知ってる?」
「…………」

 …………………………………………
 ……………………
 …………

「カナタ〜、ばーちゃんキーボードってどうやって出すんだ?」
「バーチャルキーボード──FTD(Floating Touch Display)キーボード、な。タブレット横にして左下のボタン長押ししてみ」
「これか? ふおおっ、なんか出たっ。……おーすげー、幻覚みたいなのに、押したら画面に文字が書ける──」
「そないに目ぇキラキラさせんでも。けど初入力が『ああああ』かいな……ほんまベタやな」
「やっべ、『おまえは いっしょう ああああ の ままじゃ!』とか言われたらどうしよう?」
「五千ゴールドお布施しとけ。……てゆーか、どっからそんなネタ拾てくんねん」

 …………………………………………
 ……………………
 …………

「あれは、その……なんちゅうか──」

 彼方は顔を赤らめ、口を尖らせた。「……ま、まあ、アイツ見た目はあんなんやけど、慣れたらオモロいっちゅうか、背中のウネウネの動きで何考えてるか逆に分かりやすいっちゅうか、ボケとツッコミどっちもできるさかい、なんか声かけやすいっちゅうか、話しやすいっちゅうか、さ」

「…………」

 「ちゅうか」を連発する、ベタベタな関西人。
 やっぱり夫婦漫才じゃないか……そう思った甲介だったが、言葉にはせずに笑みを浮かべた。

「ナギさんも彼方のこと、意識してると思うけどなあ……確かに彼女、顔に──ていうか目に出やすいし」

 ゲイザーは、気に入った男性に邪眼で暗示をかけるとされている。単眼への忌避感を失わせ、自分に好意を持つように──つまり、今朝ホノカと甲介に当てられ?て暗示をかけたのは、かけた相手のことを憎からず思っているというわけで。

「まさかジブンら、ナギちゃん焦らすために、わざと見せつけてた?」
「そう思うんだったら……彼方はどうする?」
「…………」

 問いに問い返され、彼方はしばし黙り込む。
 なんかノセられているみたいで、シャクやけど──

「ちょうどええ機会かもな。踏ん切りついたわ」
「そっか……」

 その顔に、何処となく吹っ切れたような表情を浮かべる彼方。甲介はそんな親友に微笑み、その肩を軽く叩いた。



「明日明後日くらいに永野の奴、絶対ナギに告ると思う──」
「馬鹿な!? 解呪は完璧だったはずっ」

 放課後、学園近くのプロムナードにある屋台の前で、文葉とルミナがクレープを手にだべっていた。

「いやそういう意味じゃなくて……てゆーか、いつもいつもなんでそうナギたちを目の敵にするのよ? 魔物娘同士でしょ?」
「何度も言うが、私は魔物娘ではないっ!」

 両手に持ったクレープにかじりつくのを止め、間髪入れずに力強く否定するルミナ。口元がクリームでベタベタなのはお約束である。

「ま、まあそうかもしれないけど……でもさ、同じ世界から来た者同士、もうちょっと仲よくしてもいいんじゃない?」
「無理だな……もぐもぐ。そもそも我らヴァルキリーは勇者を見出し、勇者とともに神敵を討ち滅ぼすため現世(うつしよ)に受肉した戦天使……むしゃむしゃ。魔物と同一視されたり、ましてや馴れ合うなどあってはならないことだ……ごっくん」
「食べるか喋るかどっちかにしなさいよ」

 受肉したせいかどうかはわからないが、何気に大食い&甘党なルミナだった。
 もっとも十把ひとからげに「魔物娘」として扱われることで、彼女はこっちの世界の宗教がらみのなんやかんやにわずらわされずに済んでいたりする。当人にその自覚はさらさらないが。

「でもさ、主神様……だっけ? そのお告げとか、聞いたことないんでしょ?」
「確かに。だからと言って戦天使の使命を放棄するつもりはないぞ。この世界の調和を守るために、私はここに送られたのだから!」
「……ブレないわねぇ、ルミナ」

 たぶんそうとでも思わないと、アイデンティティを保てないのかも……けど、それを面と向かって指摘するほど、文葉は薄情ではない。
 そもそも第二世代≠ナあるルミナは人界生まれの人界育ち。口では偉そうに言ってるが、主神や天界に関してはまわりの人間たちと同レベルのイメージしかもっておらず、「ヴァルキリーは世界の秩序と正義を守護するのが使命」というのも母親からの受け売りである。その母親自身、ヴァルキリーとして人界に降り立つ以前の記憶は全くないらしい。

「とにかく、あんたも含めてみんなこっちで生きてくんだから、くれぐれも非常識なことやらかさないでよ」
「わかってる。あやつらが何かやらかそうとしたら、主神様の名において私が速攻で成敗してくれるっ! だから心配無用だ、フミハ」
「全然わかってない……」

 こんな中二病じみた発言をフォローするのも、あたしの役目なんだろうなあ……などとぼんやり思いながら、文葉は溜め息を吐いて自分のクレープにかじりついた。

 全ての魔物娘と友だちになる──まだまだ前途多難である。



 次の日──

「永野の奴、絶対あんたに気があると思うけどなあ」
「だから〜、昨日のは、間違って暗示かけたって言ってるだろ〜 …………」

 朝っぱらから文葉に絡まれ、ナギはうんざりした表情で机に肘をついた。空いた手と触手をひらひらうねうねさせ、口を尖らせる。

「昨日も言ったけど、ホノカはともかく、アタシみたいなのに気がある男子なんているわけないって──」
「もうっ、いい加減自虐でカッコつけんのやめなさいよ……」

 フンと鼻を鳴らし、文葉は呆れような口調で腕を組む。魔物娘全員と友だちになると決めている彼女としては、ナギにこれ以上、自分を卑下する言葉を吐いてほしくない。
 その時、

「な、なあ……ナギ」
「……! あ、な、なんだよカナタっ?」

 ナギは肩をビクッとさせ、一拍置いて声の主──目の前に立つ彼方の顔を見返した。「てゆーかいきなり声かけんなっ。またアタシの暗示がかかっちまうだろが」
 昨日の今日である。もちろん邪眼の力は出ないように意識しているのだが。

「どしたの永野? ……あっ」

 文葉がその真剣な表情に気づき、席を立ってそそくさと離れていく。そして、ちょうど一緒に登校してきたホノカと甲介をドアのあたりで捕まえて、三人で中をうかがう。

「フミハ? ……っておいカナタ、用があるならさっさと言えよ」
「い、いや……えっと、その……っ、あ、朝っぱらから、なんやけど……」

 教室中が静まり返り、全員の視線が自分たちに集中しているような気がする。
 だけど彼方は首を振って気合いを入れ直し、ナギの単眼をじっと見つめた。

「な、なん……だよ?」
「ん、あ〜、えっと……な、こ──今度の休みの日に、で、デート、せえへんか?」
「お、おお…………って、はあぁっ!?」

 一気に騒がしくなった教室の中、ナギはただでさえ大きな単眼をさらに見開いて……その場に固まってしまった。

 to be continued...



─ appendix ─

ナギ「ホノカが青いのだったら、アタシはさしずめ黒いヤツかな? こんな風にホバー移動できるし♪(ふわりと宙に浮く)」
文葉「それのどこがホバー移動よ。だいたいあれって重モビルスーツでしょ? ナギはスレンダー系だからイメージが違う…………あ」
ナギ「(ぶつぶつ)……そうだよな、アタシ痩せてて胸もないからイメージ合わないってちきしょおおおっひとりジェット◯トリームアタックうううううっ!!」
文葉「きゃあああああ〜っ!! 二度も揉んだっ! ……親父にも揉まれたことないのにっ!(←問題発言)」
17/07/17 20:59更新 / MONDO
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