10「突撃! 彼氏ん家(前編)」
「チナツのゆるふわラジオカフェテリア」っ! 更紗市のラジオネーム・恋する瞳さんからのメッセージ!
「こんにちは、チナツさん」
は〜い、こんにちは〜。いつもメッセージありがとねー。
「実は今度、付き合っている彼氏の家にお呼ばれされて行くことになりました。これで家族公認です! 勝ったッ! 第三部完!」
ほーお、それで次回からは誰がこのチナツさんの代わりをつとめるんだ? ……って、ここで終わっちゃダメでしょが。
「で、相談なのですが、お家に行く時は学校の制服とかをちゃんと着ていった方がいいのでしょうか? 他にお土産とか、何持ってけばいいでしょうか?」
ま、まあ、私服でも失礼のない格好していったら大丈夫じゃないかな〜。恋する瞳さんは高校生みたいだし、お土産も自分で買える範囲のもので充分だと思うよ。
「それと、お家の人に『一緒にお夕飯作りましょう』とか『今日は泊まっていきなさい』とか言われたときのために、エプロンやお泊まりセットとかも持っていっといた方がいいでのしょうか? 将来のこともありますので、チナツさん、ぜひぜひ教えてください」
いやいやいや、さすがに最初からそこまで親密なこと言われるなんてないと思うんだけど──
……あ〜もしかして「そうならないかな」って、ちょっと期待しちゃったりしてる?
─ family history ─
二十四時間後の近未来。
ナギたち十七人の魔物娘が、職場体験に行く少し前の話。
「こ──これなんかどう、かな?」
撫子寮の自室でゲイザー娘ナギは、ルームメイトで幼馴染のサイクロプス娘ホノカが見ている前で、くるりとターンしてみせた。
今週の土曜日、ウチに来えへんか?
放課後、パートナーの彼方からそう誘われた。口では「あ、あーまあ来てくれってんなら行ってやらんでもない」とか言いながらナギは背中の触手を嬉しそうにうねうねさせて寮へ戻り、さっそく着ていく服をあれこれ迷って……今に至る。
「ん〜いいんじゃないかなー」
「なんだよ〜ホノカぁ、その言い方ぁ……」
いつもとは違う親友の棒読みな口調に、ゲイザー娘の顔の真ん中にある大きな一ツ目が、わかりやすく半眼になる。
しかしホノカは溜め息を吐き、同じように一ツ目をジト目にして、口を尖らせるナギを見返した。
「ナギちゃんもう十回目だよ、このやりとり」
「そ、そうか?(汗)」
まわりの床には脱ぎ散らかしたブラウスやらスカートやらワンピースやら。ホノカがナギの服選びに延々付き合わされたことがよくわかる光景だった。
「でもさぁ、やっぱちゃんとして行きたいじゃん。初めてのお呼ばれなんだしさ」
「それは、まあ、そうだけど──」
今着ているのは、襟元に紫色のリボンが結ばれたピンク色のワンピース。スカートの裾を左右に翻してつぶやくナギに、相槌を打つホノカ。
付き合っている相手の家族に紹介される……魔物娘でなくても一大イベントなのは間違いなく、現に──
「ホノカだって、こないだコースケんちにお呼ばれしたとき『おしゃれして行きたいけどサイクロプスの自分が必要以上にめかし込んで、ご両親に引かれたらどうしよう』とか、ベッドの上でゴロゴロしながらずっと迷ってたじゃん」
「そ、そうだった、っけ……?」
視線をついっとそらすホノカ。本人はさりげなくやったつもりなのだが、目が大きいのでめちゃくちゃわかりやすかった。
と、ここでナギが口角を上げてきししっと笑った。「ま、結局は余計な心配だったけどな。まさかあんな格好で帰ってくるなんて思ってもなかったし」
「なっ!?(超赤面) な、ナギちゃん、それ言わないでぇ……」
…………………………………………
……………………
…………
二週間前の日曜日──
「あなたがホノカちゃんね。はじめまして、こうちゃんの母の知世(ともよ)です。よろしくねっ」
「あうっ、は、はぃ、ほっ、ホノカでっ、こっコースケくんと、お、お付き、合い、させて、よ、よろしひゃぁうっ!?」
「ほんとに肌が水色で、目がひとつなのね……でも、かわいいっ♪」
「ひぅっ!」
いきなりゼロ距離に詰め寄られ、両頬に手を当てられる。元来ヒト見知り気味なサイクロプス娘は、瞳をぐるぐるさせながら悲鳴を上げた。
「うみゅぅうううう……っ」
「ちょっと母さん、ホノカちゃん困ってる──」
「え〜いいじゃない。家に来てくれるのずっと楽しみにしてたんだからっ」
呆れ気味にたしなめる甲介だが、そんな程度で遠慮するような性格でないことは息子である自分が嫌というほどわかっている。まあ、単眼種の彼女を怖がったりせずに受け入れてくれているのは、素直に嬉しいが……
「あ、あのっ、ほ……ホントに、私の、こと、きっ、気味悪く、ないん、です、か?」
「どうして?」
おそるおそる尋ねてくるサイクロプス娘に小首を傾げて、口元に人差し指の先を当てる。「……そりゃあ確かにスマホの待ち受け写真、こうちゃんに初めて見せてもらったときはびっくりしちゃったけど、よく見たら顔つきはかわいらしいし、瞳も宝石みたく蒼くてとってもきれいだと思ったの」
「…………(赤面)」
その顔からは初めて言葉を交わしたときの甲介と同じように、単眼に対する恐怖心や嫌悪は微塵も感じられない……というか浮かべた笑顔がそっくりで、親子なんだなあとホノカは思う。
甲介の母、海老原知世。駅前通りでブティック兼ドールショップを営んでいて、女子校だった明緑館学園のOGでもある。当然ホノカたちの大先輩だ。
なお、玩具メーカーの開発部に勤めている旦那さん──甲介の父親は、休日出勤で不在である。当人は息子のガールフレンドであるサイクロプス娘に会いたがっていて、出勤直前まで未練たらたらだったそうだ。
「着ているブラウスとキュロットの組み合わせも、よく似合ってるわよ。……ちゃんとほめてあげた?」
「あ、もっ、もちろんっ」
女の子の気合い入った私服姿は、ほめるべし──いきなり話を振られて、あわてて答える甲介。
ちなみに今日ホノカが着ているのは、白いブラウスの襟に藍色のボウタイを結び、ボトムは薄茶色のキュロットパンツ。同色のベストを羽織って、足元は桜色のサイハイソックス。
「でねー、そんなホノカちゃんに着てほしいお洋服がい〜っぱいあるの♪」
と言いながら、甲介の母はニコニコ顔をほころばせたまま店に通じるパーティション(間仕切り)を開ける。ハンガーラックにずらりと吊るされたブラウスやスカートを見た瞬間、ホノカは悟った。
──ああ、これ着せ替え人形にされるやつだ……
水色の肌に白やパステルピンクが合うと思うのよね〜と言われながら、胸元がリボンとフリルで飾られたガーリーなブラウスと、ウエストが絞られた肩吊りロングスカートを身体に合わせられる。助けを求めて横を向くと、甲介が顔の前で両手を合わせていた。
「ホノカちゃんごめん。ちょっとだけ母さんに付き合ってあげて」
「うう〜っ、絶対、ちょっとだけで、終わらないよぉ、コースケく〜ん」
…………………………………………
……………………
…………
「いや〜ホノカがお嬢さま系の服着て部屋に帰ってきたときは、マジでコースケんちで何があったんだって思ったもんなー」
「うぅううううううう〜っ……」
きしし笑いを浮かべたまま、そのときのことを思い返してからかうナギ。ホノカは顔から湯気を上げ、ベッドに突っ伏し脚をバタバタさせて身悶えるのであった。
<●>
土曜日の午後──
「で、一周回ってそのカッコかいな」
「うう……っ、お、おかしいかよ?」
「いや、よう似合っとるでナギ」
「…………」
パートナーの彼方にそう言われて、ゲイザー娘はサイドカーの座席で顔を赤らめ身を縮めた。
悩みに悩んでナギが選んだのは、黄緑色の小振袖に蘇芳色の袴という和風女学生スタイル。いつもはツーテールにしている自慢の髪をハーフアップに結い直し、紺色のリボンで留めている。
「まあ、うちの家族に会うのに気合い入れてくれたんは、素直に嬉しいけどな」
信号が変わったことを確認して、彼方はバイクのクラッチを繋いだ。
「ち、ちげーしっ。いい機会だから着てみようって思っただけだしっ」
そう言い返しながら顔を赤らめ口を尖らせるナギに、苦笑を浮かべると、「……にしても、よぉそんなん持っとったな」
「弓道部員だからな〜。ショーガツの初射会とかに呼ばれたら着ていけるよう用意してたんだ」
「気ぃ早いなぁ……」
彼方の言葉にナギはむうっと口を尖らせる。本当のところは部長にそのときの写真を見せてもらって、いいなぁ〜自分もこれ着てみたいなんて思ったからなのだが。
「そういや今度、弓道連盟の段位審査会に出るんやろ? 大丈夫なんか?」
「見くびんなよカナタ。部長からアタシもレインも三級は確実って言われてんだからな」
「ほんなら応援しに行ったろか?(にやにや)」
「来んなよ! 絶対来んなよ! 絶対だかんなっ!」
といった感じであれやこれやと言い合っているうちに、二人の乗るサイドカーは目的地に到着した。公園近くにある赤煉瓦を模した外壁の一軒家……いや、扉の横にメニューボードが立ててあるそこは、
「ビストロSARASA……えっとカナタんちって、よ、洋食屋さん?」
「せやで」
「うーわどうしよぅっ? な、なあ、いいのか? このカッコで入っていいのか?」
「いや、和服で洋食食ったらあかんってきまりなんかないで」
髪の中から生えた触手をせわしなくうねらせながら、微妙にズレたことを言い出すナギ。何ゆーとんねんとばかりに溜め息を吐くと、彼方はたじろぐゲイザー娘の手を引いて「OPEN」と書かれたプレートがぶら下がったノブに手を掛けた。
「いらっしゃ……お、彼方か。お帰り」
「ただいま、叔父さん」
ドアベルの音に気づいて店の奥から声をかけてきた、白いコックコート姿の男性に応える。
「お帰りなさい彼方くん。いらっしゃいナギさん」
「彼方にーちゃんおかえり。……すげー、ホントに一ツ目だぁ」
テーブルを拭いていたエプロン姿の女性と、そのそばにいたやんちゃそうな男の子も、二人に顔を向けてきた。
洋食屋ビストロSARASAのオーナーシェフ永野大輔(ながの・だいすけ)と妻の涼子(りょうこ)、そして息子の拓人(たくと)。両親を事故で亡くした彼方を引き取ってくれた、彼の家族である。
「ただいま、涼子さん、拓人」
「あ、よ──よろしくな……です」
パートナーに肘で小突かれ、ナギはあわてて三人に頭を下げた。
男の子──拓人はそんな彼女に駆け寄ると、一ツ目&触手に怯えることなく興味津々といった表情で目を合わせ、
「よろしくな、ナギねーちゃん」
「!!」
瞬間、ナギに電流走る──(ナレーション:古◯徹)
「も、もっかい……」
「え?」
「い、今のもっかい言ってっ」
「えっと……な、ナギねー、ちゃん?」
「くううううっ! わんもあ! わんもあぷりーずっ!」
「な、ナギねーちゃんっ」
「ふぉおおおおぅっ!! よーしわかった今日からアタシがお前のおねーちゃごべっ!」
「店の中で騒ぐなや」
雄叫びを上げるナギのつむじに、彼方は手刀で物理的ツッコミを入れた。
「何すんだよ〜っ。『年下の男の子に「お姉ちゃん」って呼んでもらう』のは魔物娘やりたいことリストの結構上の方に入ってるのに〜っ」
「お前はどこぞの水星娘か……」
食事時でなかったためか、お客は明緑館学園高等部の制服を着た女子二人のみ。魔物娘を見慣れているからか、彼女たちはチラッとこちらをうかがうと、しばしこそこそと言葉を交わし、やがて興味が失せたのか視線をテーブルに広げたノートへと戻した。
「ナギねーちゃんおもしれーな」
「ん……まあ、仲が良いことはわかった」
「彼方くんがDV夫にならないか不安だわ(笑)」
「きししっ、心配されてやんの♪」
「お前がゆーなや」
ナギたちの掛け合い?に、三者三様のリアクションを返す家族たち。しれっとその中に混ざるゲイザー娘に、彼方は呆れたように苦笑を浮かべて言い返した。
お客がちらほらと来店し始め、夕方からの準備もあって叔父夫妻は厨房へ戻り、ナギはカウンター席に座ったまま店の中をぐるりと見回した。
「いい雰囲気のお店だな……」
木目調の壁、上品で柔らかな照明、こちらの世界ではアンティークと言われるお洒落なチェストや家具調ラジオといったインテリア。
テーブル席にいる数人の客たちは、キョロキョロあたりを見回す袴姿の単眼触手娘にギョッとしたり、物珍しげな視線を向けたりしているが、
「ひとつめこわいなんて、ねんしょーのチビだけだぜ。おれ、ねんちょーだからこわくない!」
ナギに「アタシのこと怖くないのか?」と訊かれて、隣に座った拓人が幼稚園児特有のよく通る声でそう答える。さすがにそんな空気の中で、彼女に難癖つけようなんて考える人間はいない。
「なあ、カナタもここの手伝いとかしてんの?」
「まあいそがしい時にな。……料理つくんのも楽しいし」
「彼方にーちゃんがつくったごはん、すっげーおいしいんだぜ」
父ちゃんの次にだけどな! と付け加えて、拓人はナギの顔を見た。「ナギねーちゃんは食べたことある? 彼方にーちゃんのごはん」
「ん〜、そういやないなあぁ〜」
「おい……」
語尾をねちっこく伸ばしてそう答えると、ナギは単眼と触手の先っちょをジト目にして彼方を睨みつけた。なんでそんなスキル持ってること言わなかった──と言外に匂わせて。
「じゃあさじゃあさ、今日夜ごはんいっしょに食べようよっ」
「まあ半分はそのつもりで家に誘ったんやけどな。寮に許可取っといてや、ナギ」
「い、いいのか? マジで?」
一転、喜色満面で身を乗り出すゲイザー娘。そしてその頭の中では、夕飯をおよばれする→そのまま彼方の部屋にお泊まりする→ずっこんばっこんおおさわぎ♪ といった勝利の図式(笑)が瞬時に弾き出されていた。
「んふふふふふふふふ〜っ、カナタの作ったごはん食べたあとで、アタシがカナタに食べられちゃうんだきゃーいやーん♪」
「な、ナギねーちゃんどうしちゃったの?」
「あー、心配せんでええで。コイツ時々こないなんねん──」
両頬に手を当てて身体と触手をくねくねさせるナギに、物怖じしない拓人もさすがに引いてしまう。
何度目かの苦笑を浮かべ、さて何つくってやろうか? 肉系より魚介の方が好きだったよな……と、彼方が腕を組んだそのとき、
ちりりんっ♪ ドアベルが鳴った。
「あ、いらっしゃいま──」
「魔力の残滓を感じて先に入ってみたが……なんでお前がここにいるんだゲイザーっ!?」
「……げ」
店の中にずかずかと入ってきたのは、白のブラウスにベージュのロングスカートを合わせ、浅葱色のカーディガンを羽織った金髪碧眼の少女──ヴァルキリーのルミナ。その後ろからオレンジ色のパーカーに黒のスキニーデニム姿のポニテ娘──ナギたちのクラスメイトである文葉がバツの悪そうな顔を覗かせた。
二人とも手には大きめの紙袋。どうやらショッピングに行っていたようだ。
「そーゆールミナこそ、なんで毎度毎度アタシのいるトコに湧いて出てくんだっ? ストーカーかよっ!」
「なんだとっ! 誰が好き好んでお前のあとなんかをつけるかっ!」
不倶戴天の敵とばかりに睨み合うゲイザー娘と戦天使。余所でやれ余所でと彼方が口を開くより先に、溜め息を吐いてそこに文葉が割り込んだ。
「二人ともやめなさいってば。……あたしたちは道案内を頼まれただけだよ」
「へ?」
「お久しぶり、彼方。拓人ちゃんも元気そうね」
文葉の背後から現れた三人目の人物──紬(つむぎ)の着物姿の老婦人は、柔らかな口調でそう言って彼方と拓人に微笑むと、次いでナギに視線を移して目を細めた。
「方向オンチなんやからスマホに地図アプリくらい入れときぃな、ばあちゃん……」
「えっ?」
大変、祖母が来た──
to be continued...
─ appendix ─
「まさかあの店、ナギのパートナーの実家じゃったとはの……」
肩を並べて公園通りをバス停の方へと歩いていく、ビストロSARASAにいた女子高生二人組。茶髪をレイヤーボブにした胸の大きな少女が、見た目にそぐわない年寄りめいた口調でもう一人に問いかける。
「あやつのことじゃから土日にバイトとか称して、しれっといてそうな気がするのぅ」
「考えすぎだと思うけど……そうだとしたらちょっと行きにくくなっちゃうね、姉さん」
同じ顔をした、紺色の髪をクラウンヘアに編み込んだ生真面目そうな女生徒が応えた。
人化の術で人間に化けたバフォメット娘カナデと、ドラゴン娘ヒビキの二人。今日は「お茶しながら学校の課題に取り組む女子高生」のロールプレイを楽しんでいたのだが。
「ところでナギが言ってた『魔物娘やりたいことリスト』って、本当にあるの?」
「おおかたマンガかアニメのネタじゃろ? まあワシら魔物娘は今のところ男子を生めぬから、男の兄弟が欲しいという願望も分からんではないが」
「ふーん。私は姉さんがいるから、そんな気持ちにはならないけど」
「…………」
あーそれにしてもせっかくいい雰囲気のお店じゃったのに……と、赤くなった顔をそらせて誤魔化すようにつぶやくカナデ。ヒビキはクスッと笑うと、人化して自分と同じ背格好になって隣を歩く姉の腕に、自分の腕を絡めてじゃれついた。
「こんにちは、チナツさん」
は〜い、こんにちは〜。いつもメッセージありがとねー。
「実は今度、付き合っている彼氏の家にお呼ばれされて行くことになりました。これで家族公認です! 勝ったッ! 第三部完!」
ほーお、それで次回からは誰がこのチナツさんの代わりをつとめるんだ? ……って、ここで終わっちゃダメでしょが。
「で、相談なのですが、お家に行く時は学校の制服とかをちゃんと着ていった方がいいのでしょうか? 他にお土産とか、何持ってけばいいでしょうか?」
ま、まあ、私服でも失礼のない格好していったら大丈夫じゃないかな〜。恋する瞳さんは高校生みたいだし、お土産も自分で買える範囲のもので充分だと思うよ。
「それと、お家の人に『一緒にお夕飯作りましょう』とか『今日は泊まっていきなさい』とか言われたときのために、エプロンやお泊まりセットとかも持っていっといた方がいいでのしょうか? 将来のこともありますので、チナツさん、ぜひぜひ教えてください」
いやいやいや、さすがに最初からそこまで親密なこと言われるなんてないと思うんだけど──
……あ〜もしかして「そうならないかな」って、ちょっと期待しちゃったりしてる?
─ family history ─
二十四時間後の近未来。
ナギたち十七人の魔物娘が、職場体験に行く少し前の話。
「こ──これなんかどう、かな?」
撫子寮の自室でゲイザー娘ナギは、ルームメイトで幼馴染のサイクロプス娘ホノカが見ている前で、くるりとターンしてみせた。
今週の土曜日、ウチに来えへんか?
放課後、パートナーの彼方からそう誘われた。口では「あ、あーまあ来てくれってんなら行ってやらんでもない」とか言いながらナギは背中の触手を嬉しそうにうねうねさせて寮へ戻り、さっそく着ていく服をあれこれ迷って……今に至る。
「ん〜いいんじゃないかなー」
「なんだよ〜ホノカぁ、その言い方ぁ……」
いつもとは違う親友の棒読みな口調に、ゲイザー娘の顔の真ん中にある大きな一ツ目が、わかりやすく半眼になる。
しかしホノカは溜め息を吐き、同じように一ツ目をジト目にして、口を尖らせるナギを見返した。
「ナギちゃんもう十回目だよ、このやりとり」
「そ、そうか?(汗)」
まわりの床には脱ぎ散らかしたブラウスやらスカートやらワンピースやら。ホノカがナギの服選びに延々付き合わされたことがよくわかる光景だった。
「でもさぁ、やっぱちゃんとして行きたいじゃん。初めてのお呼ばれなんだしさ」
「それは、まあ、そうだけど──」
今着ているのは、襟元に紫色のリボンが結ばれたピンク色のワンピース。スカートの裾を左右に翻してつぶやくナギに、相槌を打つホノカ。
付き合っている相手の家族に紹介される……魔物娘でなくても一大イベントなのは間違いなく、現に──
「ホノカだって、こないだコースケんちにお呼ばれしたとき『おしゃれして行きたいけどサイクロプスの自分が必要以上にめかし込んで、ご両親に引かれたらどうしよう』とか、ベッドの上でゴロゴロしながらずっと迷ってたじゃん」
「そ、そうだった、っけ……?」
視線をついっとそらすホノカ。本人はさりげなくやったつもりなのだが、目が大きいのでめちゃくちゃわかりやすかった。
と、ここでナギが口角を上げてきししっと笑った。「ま、結局は余計な心配だったけどな。まさかあんな格好で帰ってくるなんて思ってもなかったし」
「なっ!?(超赤面) な、ナギちゃん、それ言わないでぇ……」
…………………………………………
……………………
…………
二週間前の日曜日──
「あなたがホノカちゃんね。はじめまして、こうちゃんの母の知世(ともよ)です。よろしくねっ」
「あうっ、は、はぃ、ほっ、ホノカでっ、こっコースケくんと、お、お付き、合い、させて、よ、よろしひゃぁうっ!?」
「ほんとに肌が水色で、目がひとつなのね……でも、かわいいっ♪」
「ひぅっ!」
いきなりゼロ距離に詰め寄られ、両頬に手を当てられる。元来ヒト見知り気味なサイクロプス娘は、瞳をぐるぐるさせながら悲鳴を上げた。
「うみゅぅうううう……っ」
「ちょっと母さん、ホノカちゃん困ってる──」
「え〜いいじゃない。家に来てくれるのずっと楽しみにしてたんだからっ」
呆れ気味にたしなめる甲介だが、そんな程度で遠慮するような性格でないことは息子である自分が嫌というほどわかっている。まあ、単眼種の彼女を怖がったりせずに受け入れてくれているのは、素直に嬉しいが……
「あ、あのっ、ほ……ホントに、私の、こと、きっ、気味悪く、ないん、です、か?」
「どうして?」
おそるおそる尋ねてくるサイクロプス娘に小首を傾げて、口元に人差し指の先を当てる。「……そりゃあ確かにスマホの待ち受け写真、こうちゃんに初めて見せてもらったときはびっくりしちゃったけど、よく見たら顔つきはかわいらしいし、瞳も宝石みたく蒼くてとってもきれいだと思ったの」
「…………(赤面)」
その顔からは初めて言葉を交わしたときの甲介と同じように、単眼に対する恐怖心や嫌悪は微塵も感じられない……というか浮かべた笑顔がそっくりで、親子なんだなあとホノカは思う。
甲介の母、海老原知世。駅前通りでブティック兼ドールショップを営んでいて、女子校だった明緑館学園のOGでもある。当然ホノカたちの大先輩だ。
なお、玩具メーカーの開発部に勤めている旦那さん──甲介の父親は、休日出勤で不在である。当人は息子のガールフレンドであるサイクロプス娘に会いたがっていて、出勤直前まで未練たらたらだったそうだ。
「着ているブラウスとキュロットの組み合わせも、よく似合ってるわよ。……ちゃんとほめてあげた?」
「あ、もっ、もちろんっ」
女の子の気合い入った私服姿は、ほめるべし──いきなり話を振られて、あわてて答える甲介。
ちなみに今日ホノカが着ているのは、白いブラウスの襟に藍色のボウタイを結び、ボトムは薄茶色のキュロットパンツ。同色のベストを羽織って、足元は桜色のサイハイソックス。
「でねー、そんなホノカちゃんに着てほしいお洋服がい〜っぱいあるの♪」
と言いながら、甲介の母はニコニコ顔をほころばせたまま店に通じるパーティション(間仕切り)を開ける。ハンガーラックにずらりと吊るされたブラウスやスカートを見た瞬間、ホノカは悟った。
──ああ、これ着せ替え人形にされるやつだ……
水色の肌に白やパステルピンクが合うと思うのよね〜と言われながら、胸元がリボンとフリルで飾られたガーリーなブラウスと、ウエストが絞られた肩吊りロングスカートを身体に合わせられる。助けを求めて横を向くと、甲介が顔の前で両手を合わせていた。
「ホノカちゃんごめん。ちょっとだけ母さんに付き合ってあげて」
「うう〜っ、絶対、ちょっとだけで、終わらないよぉ、コースケく〜ん」
…………………………………………
……………………
…………
「いや〜ホノカがお嬢さま系の服着て部屋に帰ってきたときは、マジでコースケんちで何があったんだって思ったもんなー」
「うぅううううううう〜っ……」
きしし笑いを浮かべたまま、そのときのことを思い返してからかうナギ。ホノカは顔から湯気を上げ、ベッドに突っ伏し脚をバタバタさせて身悶えるのであった。
<●>
土曜日の午後──
「で、一周回ってそのカッコかいな」
「うう……っ、お、おかしいかよ?」
「いや、よう似合っとるでナギ」
「…………」
パートナーの彼方にそう言われて、ゲイザー娘はサイドカーの座席で顔を赤らめ身を縮めた。
悩みに悩んでナギが選んだのは、黄緑色の小振袖に蘇芳色の袴という和風女学生スタイル。いつもはツーテールにしている自慢の髪をハーフアップに結い直し、紺色のリボンで留めている。
「まあ、うちの家族に会うのに気合い入れてくれたんは、素直に嬉しいけどな」
信号が変わったことを確認して、彼方はバイクのクラッチを繋いだ。
「ち、ちげーしっ。いい機会だから着てみようって思っただけだしっ」
そう言い返しながら顔を赤らめ口を尖らせるナギに、苦笑を浮かべると、「……にしても、よぉそんなん持っとったな」
「弓道部員だからな〜。ショーガツの初射会とかに呼ばれたら着ていけるよう用意してたんだ」
「気ぃ早いなぁ……」
彼方の言葉にナギはむうっと口を尖らせる。本当のところは部長にそのときの写真を見せてもらって、いいなぁ〜自分もこれ着てみたいなんて思ったからなのだが。
「そういや今度、弓道連盟の段位審査会に出るんやろ? 大丈夫なんか?」
「見くびんなよカナタ。部長からアタシもレインも三級は確実って言われてんだからな」
「ほんなら応援しに行ったろか?(にやにや)」
「来んなよ! 絶対来んなよ! 絶対だかんなっ!」
といった感じであれやこれやと言い合っているうちに、二人の乗るサイドカーは目的地に到着した。公園近くにある赤煉瓦を模した外壁の一軒家……いや、扉の横にメニューボードが立ててあるそこは、
「ビストロSARASA……えっとカナタんちって、よ、洋食屋さん?」
「せやで」
「うーわどうしよぅっ? な、なあ、いいのか? このカッコで入っていいのか?」
「いや、和服で洋食食ったらあかんってきまりなんかないで」
髪の中から生えた触手をせわしなくうねらせながら、微妙にズレたことを言い出すナギ。何ゆーとんねんとばかりに溜め息を吐くと、彼方はたじろぐゲイザー娘の手を引いて「OPEN」と書かれたプレートがぶら下がったノブに手を掛けた。
「いらっしゃ……お、彼方か。お帰り」
「ただいま、叔父さん」
ドアベルの音に気づいて店の奥から声をかけてきた、白いコックコート姿の男性に応える。
「お帰りなさい彼方くん。いらっしゃいナギさん」
「彼方にーちゃんおかえり。……すげー、ホントに一ツ目だぁ」
テーブルを拭いていたエプロン姿の女性と、そのそばにいたやんちゃそうな男の子も、二人に顔を向けてきた。
洋食屋ビストロSARASAのオーナーシェフ永野大輔(ながの・だいすけ)と妻の涼子(りょうこ)、そして息子の拓人(たくと)。両親を事故で亡くした彼方を引き取ってくれた、彼の家族である。
「ただいま、涼子さん、拓人」
「あ、よ──よろしくな……です」
パートナーに肘で小突かれ、ナギはあわてて三人に頭を下げた。
男の子──拓人はそんな彼女に駆け寄ると、一ツ目&触手に怯えることなく興味津々といった表情で目を合わせ、
「よろしくな、ナギねーちゃん」
「!!」
瞬間、ナギに電流走る──(ナレーション:古◯徹)
「も、もっかい……」
「え?」
「い、今のもっかい言ってっ」
「えっと……な、ナギねー、ちゃん?」
「くううううっ! わんもあ! わんもあぷりーずっ!」
「な、ナギねーちゃんっ」
「ふぉおおおおぅっ!! よーしわかった今日からアタシがお前のおねーちゃごべっ!」
「店の中で騒ぐなや」
雄叫びを上げるナギのつむじに、彼方は手刀で物理的ツッコミを入れた。
「何すんだよ〜っ。『年下の男の子に「お姉ちゃん」って呼んでもらう』のは魔物娘やりたいことリストの結構上の方に入ってるのに〜っ」
「お前はどこぞの水星娘か……」
食事時でなかったためか、お客は明緑館学園高等部の制服を着た女子二人のみ。魔物娘を見慣れているからか、彼女たちはチラッとこちらをうかがうと、しばしこそこそと言葉を交わし、やがて興味が失せたのか視線をテーブルに広げたノートへと戻した。
「ナギねーちゃんおもしれーな」
「ん……まあ、仲が良いことはわかった」
「彼方くんがDV夫にならないか不安だわ(笑)」
「きししっ、心配されてやんの♪」
「お前がゆーなや」
ナギたちの掛け合い?に、三者三様のリアクションを返す家族たち。しれっとその中に混ざるゲイザー娘に、彼方は呆れたように苦笑を浮かべて言い返した。
お客がちらほらと来店し始め、夕方からの準備もあって叔父夫妻は厨房へ戻り、ナギはカウンター席に座ったまま店の中をぐるりと見回した。
「いい雰囲気のお店だな……」
木目調の壁、上品で柔らかな照明、こちらの世界ではアンティークと言われるお洒落なチェストや家具調ラジオといったインテリア。
テーブル席にいる数人の客たちは、キョロキョロあたりを見回す袴姿の単眼触手娘にギョッとしたり、物珍しげな視線を向けたりしているが、
「ひとつめこわいなんて、ねんしょーのチビだけだぜ。おれ、ねんちょーだからこわくない!」
ナギに「アタシのこと怖くないのか?」と訊かれて、隣に座った拓人が幼稚園児特有のよく通る声でそう答える。さすがにそんな空気の中で、彼女に難癖つけようなんて考える人間はいない。
「なあ、カナタもここの手伝いとかしてんの?」
「まあいそがしい時にな。……料理つくんのも楽しいし」
「彼方にーちゃんがつくったごはん、すっげーおいしいんだぜ」
父ちゃんの次にだけどな! と付け加えて、拓人はナギの顔を見た。「ナギねーちゃんは食べたことある? 彼方にーちゃんのごはん」
「ん〜、そういやないなあぁ〜」
「おい……」
語尾をねちっこく伸ばしてそう答えると、ナギは単眼と触手の先っちょをジト目にして彼方を睨みつけた。なんでそんなスキル持ってること言わなかった──と言外に匂わせて。
「じゃあさじゃあさ、今日夜ごはんいっしょに食べようよっ」
「まあ半分はそのつもりで家に誘ったんやけどな。寮に許可取っといてや、ナギ」
「い、いいのか? マジで?」
一転、喜色満面で身を乗り出すゲイザー娘。そしてその頭の中では、夕飯をおよばれする→そのまま彼方の部屋にお泊まりする→ずっこんばっこんおおさわぎ♪ といった勝利の図式(笑)が瞬時に弾き出されていた。
「んふふふふふふふふ〜っ、カナタの作ったごはん食べたあとで、アタシがカナタに食べられちゃうんだきゃーいやーん♪」
「な、ナギねーちゃんどうしちゃったの?」
「あー、心配せんでええで。コイツ時々こないなんねん──」
両頬に手を当てて身体と触手をくねくねさせるナギに、物怖じしない拓人もさすがに引いてしまう。
何度目かの苦笑を浮かべ、さて何つくってやろうか? 肉系より魚介の方が好きだったよな……と、彼方が腕を組んだそのとき、
ちりりんっ♪ ドアベルが鳴った。
「あ、いらっしゃいま──」
「魔力の残滓を感じて先に入ってみたが……なんでお前がここにいるんだゲイザーっ!?」
「……げ」
店の中にずかずかと入ってきたのは、白のブラウスにベージュのロングスカートを合わせ、浅葱色のカーディガンを羽織った金髪碧眼の少女──ヴァルキリーのルミナ。その後ろからオレンジ色のパーカーに黒のスキニーデニム姿のポニテ娘──ナギたちのクラスメイトである文葉がバツの悪そうな顔を覗かせた。
二人とも手には大きめの紙袋。どうやらショッピングに行っていたようだ。
「そーゆールミナこそ、なんで毎度毎度アタシのいるトコに湧いて出てくんだっ? ストーカーかよっ!」
「なんだとっ! 誰が好き好んでお前のあとなんかをつけるかっ!」
不倶戴天の敵とばかりに睨み合うゲイザー娘と戦天使。余所でやれ余所でと彼方が口を開くより先に、溜め息を吐いてそこに文葉が割り込んだ。
「二人ともやめなさいってば。……あたしたちは道案内を頼まれただけだよ」
「へ?」
「お久しぶり、彼方。拓人ちゃんも元気そうね」
文葉の背後から現れた三人目の人物──紬(つむぎ)の着物姿の老婦人は、柔らかな口調でそう言って彼方と拓人に微笑むと、次いでナギに視線を移して目を細めた。
「方向オンチなんやからスマホに地図アプリくらい入れときぃな、ばあちゃん……」
「えっ?」
大変、祖母が来た──
to be continued...
─ appendix ─
「まさかあの店、ナギのパートナーの実家じゃったとはの……」
肩を並べて公園通りをバス停の方へと歩いていく、ビストロSARASAにいた女子高生二人組。茶髪をレイヤーボブにした胸の大きな少女が、見た目にそぐわない年寄りめいた口調でもう一人に問いかける。
「あやつのことじゃから土日にバイトとか称して、しれっといてそうな気がするのぅ」
「考えすぎだと思うけど……そうだとしたらちょっと行きにくくなっちゃうね、姉さん」
同じ顔をした、紺色の髪をクラウンヘアに編み込んだ生真面目そうな女生徒が応えた。
人化の術で人間に化けたバフォメット娘カナデと、ドラゴン娘ヒビキの二人。今日は「お茶しながら学校の課題に取り組む女子高生」のロールプレイを楽しんでいたのだが。
「ところでナギが言ってた『魔物娘やりたいことリスト』って、本当にあるの?」
「おおかたマンガかアニメのネタじゃろ? まあワシら魔物娘は今のところ男子を生めぬから、男の兄弟が欲しいという願望も分からんではないが」
「ふーん。私は姉さんがいるから、そんな気持ちにはならないけど」
「…………」
あーそれにしてもせっかくいい雰囲気のお店じゃったのに……と、赤くなった顔をそらせて誤魔化すようにつぶやくカナデ。ヒビキはクスッと笑うと、人化して自分と同じ背格好になって隣を歩く姉の腕に、自分の腕を絡めてじゃれついた。
23/07/29 06:03更新 / MONDO
戻る
次へ