連載小説
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【第四章・勇者の聖&ネ】


 サラサイラ市民公園、野外ステージ。
 平時は大道芸人のパフォーマンスや吟遊詩人の弾き語りがあったり、ガンダルヴァやセイレーンたちのライブ、ヴァンパイアの女優と演出家の夫が主宰する劇団の公演などが不定期に開催されたりしている施設なのだが……

「直ちに人質を解放し、武装を解いて指示に従え! 実力行使はこちらも本意ではないっ!」

 警邏隊士たちが、客席側から電撃短杖──スタンロッドを構えて舞台を取り囲む。
 地面から一段高くなったそこを占拠しているのは四人組の不審者。彼らに拘束された作業着姿の男性が二人。真ん中に立つ人物は胸の前で握った拳を震わせながら、バイザー(面頬)の奥で絞り出すように声を上げた。

「くっ……僕が無意識に纏う聖なる雰囲気を隠しきれなかったのか? それともまさかこの小隊にスパイがいたというのかっ!? だが、そうでなければこんなにも早く潜入が露見するはずがないっ!」
「いやそもそも勇者さまがそんな格好してるから……っ!?

 横にいた男がぼそりとつぶやき、後ろにいた仲間に足を踏まれる。
 他の者たちが皆、地味な傭兵風の拵えで流れの武装よろず請負人(冒険者)を装っている中、一人だけ柄の先端に宝玉のついた長剣を腰に吊るして、翼を模した飾りの付いたバシネット──開閉式のバイザーがついた大兜を被り、胸元に主神教団軍のエンブレムが入ったキンキラキンの全身鎧を身につけ真っ赤なマントを羽織っている。バレない方がおかしい。
 全く何を考えているのか、いや何も考えていないのか。だがその表情はバイザーに覆われていて、うかがうことはできない。そもそも怪しげな連中が野外ステージで勝手に野宿していると通報があり、おっとり刀で駆けつけたら教団軍の潜入部隊だった……なんて誰が予想できただろうか。

「あまりにあからさま過ぎて、公園管理事務所の人も最初は無許可のコント劇団だって思ったんだと」
「けど、今もその可能性が……微レ存?」
「なんだよそのビレゾンって」
「…………」

 緊張感に堪えかねて軽口を叩き合う警邏隊士たち。彼らは隊士長にギロッと睨みつけられ口を噤んだ。
 人質──教団兵たちは「無辜の市民を魔物から保護している」と主張している──を取られている上に、「勇者さま」と呼ばれる全身鎧の人物の得体が知れない分、迂闊に実力行使に出ていいのか判断に迷う。

 勇者。人々を護り、魔を退け、その偉業によって誰からともなくそう呼ばれる者たち。もっとも昨今では主神教団が「勇者」と認定したらそれが勇者という、本末転倒な代物なのだが。

「そうかっ! 隠密行動にこだわり過ぎて宿をとらなかったことが不自然だったかっ」
「ていうか勇者さまが『腹が減っては戦はできぬ』とか言って、ここに来るまでに散々飲み食いしたから宿代が足らなくごぶぅっ!!

 さっきの男がまたぼそりとつぶやき、今度はもう一人の仲間に剣の柄でどつかれる。
 いらんこと口走る人間って何処にでもいるんだな……と、頭の片隅で思いながらも短杖を構え直す隊士たち。
 不審者もとい教団兵たちも、ショートソードを構え直して抵抗する様子を見せた。警邏隊の背後──ガイドポールとパーテーション(仕切り)の向こうに集まっていた野次馬連中から、ざわめきが起こる。

「た、助け──」

 人質男性の一人が弱々しくつぶやき、さらに首を締め付けられる。保護とは一体。

「たとえ潜入が露見してもっ! 勇者である僕が為すべきことは変わらないっ!!」

 そして「勇者さま」と呼ばれた全身鎧の男が舞台の縁までゆっくり歩いてくると、開いた右手を前に突き出し、高らかに叫んだ。

「僕は勇者ヨルゴっ! 主神の剣にして正義の代行者っ! 秩序を守護し魔を滅する者っ!!」

 警邏隊に取り囲まれていることを意にも介さず屁とも思わず、伸ばした手を胸元に戻してグッと握り締め、空いた左手をビシッと横に振って名乗りを上げる。
 後ろの三人はさておき、少なくとも彼はガチガチの反魔物主義者……というより「教団こそが正義、魔物はすべからく悪」「魔物や魔王を倒せば(それだけで)世界中が平和になってみんなが幸せになれる」などといった単純で幼稚な教えを無邪気に信じ込んでいるようだ。ある意味一番タチが悪い。

「この街に巣食う魔物どもを全て駆逐し、人々の平和を守るっ! それがっ、それが僕の使命だっ!!」
「え〜っとわたしらの任務って噂の調査……あ、いやなんでもないっす──
「「「…………」」」

 現場が野外ステージであるせいか、余計に出来の悪い小芝居を見せられている気分になり、無意識に苦笑いを浮かべかけた隊士たちはあわててその表情を引き締めた。
 野次馬の間をかき分け駆けつける応援の部隊。隊士長はそれを横目でうかがうと、もう一度舞台の上に呼びかける。

「たかが四人で、これだけの人数を相手にはできまいっ。抵抗せずに今ここで投降すれば、身の安全は保障するっ!」

 ここでいう身の安全≠ノは、もちろん「オトコに飢えた魔物娘たちから」といった意味も含まれている。実際、野次馬の中にいる女性の中には、人質男性の心配をしつつも教団兵たちをなまめかしい視線で睨めつけて長い尻尾をくねらせたり、あっちがいいかも、いやこっちのヒトが……と、ゴツい爪やうねうねした触手で指差しながらコソコソ話に興じたり、翼で顔を隠しながら露骨に舌舐めずりしたりする異形の者たちが混じっている。

「背教者の言葉に貸す耳は……ないっ!!」

 しかし「勇者さま」はそんな状況にも全く動じず……もとい気づかず、溜めをつくってマントをばさっとひるがえし、両手を頭上に高く上げた。同時にその場の空気の質が変化する。不可視の魔力が周囲に集まり、彼を中心に渦を巻き始める……

「やむを得ん、捕りおさえろっ!」「「「はっ!」」」

 周囲を巻き込む危険を感じとり、人質の安全と天秤にかけて指示をとばす隊士長。
 隊士らは手にしたスタンロッドを振り上げ、舞台上に立つ全身鎧の勇者と教団兵たちにとびかかった。
 だが、

「いくぞっ!! くらえ──」

 ソーセージをまっ黒焦げにする程度の能力っ。

 次の瞬間、警邏隊士全員の股間が比喩ではなく火を噴いた。

「「「うぎゃあぁあぁああああぁ〜っ!!」」」
「「「きゃああああああああっ!!」」」


 絶叫と悲鳴が、あたりに響いた。
 警邏隊士たち、そして野次馬の中にいた男たちの何人かが、いきなり燃え上がった自分のイチモツにパニックを起こし、その場で熱さと激痛にのたうちまわる……

 野外ステージとその周囲は、瞬く間に阿鼻叫喚のるつぼと化した。

 首を左右に振って泣き叫ぶ者、白目を剥いて失神する者、泡を吹いて痙攣する者。そして奇声を発して逃げ出す野次馬、気絶した友人や恋人の名を呼びながら、半狂乱になってその肩を揺さぶる人や魔物娘たち──

「見たか僕の勇者能力っ!! 愚かにも魔物と姦淫した背教者に鉄槌を下すっ、裁きの炎だっ!!」

 そんな凄惨な状況に罪悪感のざの字もおぼえず、半身の構えからまた右手を前に突き出して、高らかに叫ぶ「勇者さま」。もちろん後ろにいる教団兵たちが人質を手放し、剣を持ってない方の手で股間を押さえて腰を引いているのにも全く気づいていない。
 彼は「とうっ!」と声を上げて舞台から飛び降りると、客席のベンチに倒れながらも歯をくいしばって意識を繋ぎとめていた警邏隊士長に近づき、腰の剣を抜き放って切っ先を向けた。

「背教者よっ、主神様の御許で悔い改めるがいいっ!!」
「……くっ!」

 痛みと悔しさに表情を歪ませ、それでも隊士長は、倒れたまま震える手で短杖を顔の前に構えた。
 それに対するかのように、鎧姿の勇者は右手の剣を頭上へと掲げた。「とどめだっ──」

「やめなさいっっ!!」

  ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 パイロキネシス、もしくはファイヤスターター。だが、勇者ヨルゴのそれは「ソーセージ状のものに火をつける」ことに特化したことで、単なる発火能力に留まらず、男性の急所に直接ダメージを与え、精を活力源として好む魔物娘たちにそれを見せつけることで同時に精神的ダメージ──トラウマを植え付けるという、恐るべきものであった。

 ……もっとも「特化している」というのは、裏を返せば「それしかできない」ということであり、そんな一発芸能力者を勇者認定しなければならない魔物排斥・殲滅派のお寒い事情は推して知るべし。

 しかしその力で自分たちを捕縛しようとした警邏隊士全員を瞬く間に無力化した彼が、手にした剣を振り下ろそうとした瞬間、

「やめなさいっっ!!」

 水色のサマードレスを着た蜂蜜色の髪の少女が一人、パーテーションを跳び越えて声を上げ、その注意を引きつけた。

「ステラさん!」
「ソーヤくん来ちゃダメっ! わたしに任せて!」

 自分に駆け寄ろうとした小柄な少年──ソーヤを押し留める。

「…………!」

 周囲の惨状、そして抵抗できない人間を殺そうと剣を振り上げるその行為に、彼女──ステラの眉が跳ね上った。

「エンジェリンクッ! ヴァルキリイイイッッ!!」

 ブレスレットをはめた左手首を高く掲げると、眩い光が彼女を包み込み、周囲に一陣の風が巻き起こる。
 身に纏うは真紅のドレスアーマー。手にするのは刃を落としたツヴァイヘンダー。
 光が背中に凝縮し、純白の翼と化して大きく開いた……

「紅の、戦天使──」

 誰かがポツリとつぶやき、剣を下ろした勇者ヨルゴの兜の奥から息をのむ音が聞こえた。

「…………」「…………」「……………………」

 ヴィジランテ活動をしているとはいえ、民間人であるステラ(ホシト)に教団兵たちと戦う義務はない。だけど、サラサイラ・シティにそれなりの愛着もあるし、ユーチェン先生をはじめお世話になった人たちもいる。
 そして何より「ここに来てよかった」と前向きな笑顔を浮かべるソーヤのために、この街を、自分の手が届く人たちを守りたい……と強く思う。
 足を踏ん張り、両手を強く握りしめ、彼女は目の前の教団兵たちを睨みつけた。

 しかしステラは失念していた。最近の主神教団魔物排斥・殲滅派が、受肉した天使たちに距離を置かれているということを──

「赤い鎧のヴァルキリー……噂は本当だったんだ」
「勇者さまを担ぎ出して、親魔物領にまで来た甲斐があったぜ……」

「え……?」

 その顔に何故か粘りついたような笑みを貼り付け、上目遣いで見つめてくる教団兵たち。ステラは背筋にぞわっとした悪寒をおぼえ、思わず後ずさってしまう。
 そう、彼らは噂の真相を確かめるために、親魔物領サラサイラ・シティに潜入してきたのだった。
 赤い鎧のヴァルキリーが、そこで魔物娘を片っ端から成敗している──という噂の。

「天使を……天使さまをソラリアに連れ帰れば「「二階級特進だああっ」」」

 失った「権威」を取り戻すために、なり振り構わない昨今の主神教団軍。天からの御使いたるエンジェルやヴァルキリーを、自分たちの正当性を喧伝するための錦の御旗≠ニするべく強引に囲い込もうとする派閥もある。……もっともそんな連中が横行していることこそが、天使たちが教団から離れていくそもそもの原因なのだが。

「きゃあああああああっ!!」
「ステラさんっ!」

 レイパーめいた形相で、三方向から同時につかみかかってくる三人組。朝からすっかり女の子になりきっていたステラは、甲高い悲鳴を上げてしまう。

 だが、背後にいたソーヤが彼女の名を叫んだその時──

「その薄汚い手で、戦天使さまに触れるなああっ!!」
「「「うぎゃあぁあぁああああぁ〜っ!!」」」


 教団兵三人のイチモツが紅蓮の炎に包まれ、絶叫が響き渡った。
 その向こうでは、半身の構えから前に突き出した右手を握りしめ、能力発動後の残心をキメる勇者ヨルゴの姿が。

「ひぎぃいい……っ!」「あぐぁ……っ、おごっ、ぐがっ……」
「ゆ──勇者、さ、ま……っ、なっ、なん、で…………ぐえっ──」

 奇声を上げ、口の端から泡を吹き、のたうち回って失神する仲間たちを尻目に、彼は持ち直した剣を鞘に納め、ゆっくりと兜に手をやった。

「ずっと……ずっとこの瞬間(とき)を待っていた……」

 歓喜に声を震わせながら、脱いだ兜を投げ捨てる。「……ああっ、僕の戦天使さまっ!」

「…………」

 ステラの目が点になった。
 勇者の素顔は……というか、勇者ヨルゴはおっさんだった。
 「老け顔」とかではなく、どこからどう見てもおっさんだった。
 ペタッと張り付いた薄い髪の毛、広い額に横ジワ三本。
 口許にほうれい線、たるんだ下まぶた。
 「おじさま」とか「ナイスミドル(イケオジ)」とかでもなく、ただただおっさんだった──

「勇者生ぇ活よんじゅ〜ういち年っ! ついに……ついに僕にも戦天使さまが降臨してくれたっ! こんなに嬉しいことはないっ!!」

 勇者ヨルゴ・ハーン。ソラリア教団領駐屯軍所属。勇者候補生時代から、いつか戦天使が自分の元に降臨し、教え導かれ、ともに戦い、やがて結ばれる──と、この歳になるまで夢見続ける筋金入りのヴァルキリーマニアだった。

「ひいいいいいいいぃ〜っ!!」

 一気に間合いを詰められて、間髪入れずに手をぎゅっと握られる。ステラは背中に鳥肌を立てた。

「あああ戦天使さまに触れたぁっ! この手はもう二度と洗わないっ!!」

 露骨に嫌がる彼女に全く気付かず、喜色満面の笑みを浮かべるアラフィフ中年勇者。よく見たら鼻の穴からちょろっと鼻毛が出ていた。キモい。

「うわぁ勇者高齢化問題って、ネタじゃなくマジだったんだ……」
「あ──アレと戦ッタら、黒歴史にナッてタ……」
「は、離してくださいメリアさんっ、ノザさんっ! ……ステラさんっ! ステラさぁんっ!」

 とび出していこうとするソーヤを押し留めながら、野次馬の中にいたラタトスク娘とアマゾネスの少女が口々につぶやく。ちなみに勇者高齢化問題とは、魔物娘に持っていかれまいと出し惜しみした挙句、無駄に歳ばかりくってしまった勇者が教団軍のお荷物と化していることなのだとか。

「は・な・せええええええええぇっ!!」

 すりすりしてくるその手を乱暴に払い除けたステラだったが、当の勇者ヨルゴは「え?」と戸惑ったような表情をその顔に浮かべ、目を瞬かせる。

「そうかわかったっ! ……ツ・ン・デ・レ、だなっ」
「ふざけるなっ! 鏡で自分の顔見て言えっ!!」

 立てた人差し指を顔の横でぴっと振って得意気な顔をする中年勇者に、ステラは語気を荒げて怒鳴り返した。
 しかし、メンタリティが思春期のままな彼は、「やれやれ」「違う、そうじゃない」と言わんばかりのポーズを立て続けにとると、

「こんな場所でいきなりパートナーである勇者の僕と出会って心の準備ができてないからって、照れなくてもいいのに──
「誰が照れてるかっ! っていうか誰がパートナーだっ!?」
「照れてる人はみんなそう言うのさっ☆キラッ」
「酔っぱらいが『酔ってない』って言い張ってるみたいに言うなぁっ!!」

 ダメだこいつ話が全然通じない……頭抱えてその場にうずくまりたくなる衝動を必死に堪えるステラ。
 だが事態は彼女にとって、さらに予想外の展開へと転がっていく。
 勇者ヨルゴは握った拳を胸に当て、ドヤ顔から満面の笑みを浮かべると……

「大丈夫さわかってるっ! そうっ、あの飛行船などと称する巨大風船を焼き尽くし、戦天使さまの領域である蒼空を守ったこの僕の敬虔さに応えるべく、貴女が遣わされたということはっ!」

「え……?」

 飛行船……?
 焼き尽くした……?

 一拍置いて、ステラの顔から表情が消えた。

 …………………………………………
 ……………………
 …………
 ……

 すごいよ父さん! ハイレムの街があんなに小さく見える!

 ああそうだな。空の上から見たら、人も街も本当にちっぽけなもんだ──

 もっと高く飛べたら、雲の上……それこそ宇宙まで行けるかな?

 ならホシト、下ばかり見てちゃダメだな。もっと高く、もっと速く……飛行機械の進化についていけるように、常に先を見据えておかないと──

 …………………………………………

 紅蓮の炎に染まり、黒煙に覆われる視界。
 爆発音とともに大きく傾(かし)ぐ船体。
 耳朶を打つ怒号と悲鳴。次の瞬間、凄まじい衝撃に吹き飛ばされ……

「──ホシトぉおおおおおおおおっ!!」
「父さん、父さあああああああああぁんっ!!」

 …………………………………………
 ……………………
 …………
 ……

「空を飛ぶなどと思い上がった背教者どもが、風船の形を細長〜くしたことでっ、この僕の浄化の炎に焼かれて滅することが定められたといってもぐばりゃがばぁっ!!」

 きつく握り締められたステラの拳が、たわ言を垂れ流すその横面をえぐった。
 肉がひしゃげる鈍い音とともに勇者ヨルゴは顎を砕かれ、血反吐と折れた歯を撒き散らしながら野外ステージの迫り出しに背中から叩きつけられた。

「びゃっ──びゃべばっ!? ぼっぼぶばっ、びゅ、びゅぅびゃびゃびょ……」

 腐っても勇者、まだ声を出すことはできるようだ。
 だが妄愛するヴァルキリーに力いっぱい殴られたのがショックだったのか、亀裂にめり込んだまま身を起こせずにいる。

「お前みたいな……お前みたいな奴が、父さんを──っ!!

 唐突に戻ったホシト≠フ記憶。しかしそれは悲しみと怒り、そして憎悪をも呼びさます。
 勇者を名乗るこの狂信者が、試験飛行中の飛行船に能力≠ナ火をつけて父親たちを死なせたことを知り、涙を流しながら目を吊り上げて鬼の形相を浮かべるステラ。
 自分自身で決めた「こちらから先に手は出さない」を破り、激情のまま手にしたツヴァイヘンダーに力を注ぎ込むと、ギシギシと尖った音を立て、その刃が紫電を纏って鋭く研ぎ澄まされる。
 喉の奥で奇声を詰まらせ無様にもがく中年勇者に、ゆっくりと近づいていく……その瞳が湖水の蒼から血の赤へと変わり、純白の翼が根本から漆黒に染まっていく。
 激情に駆られ、ミストのような黒いオーラを身に纏った彼女は、父親の仇である男の前に仁王立ちになると、右手の剣を大きく振りかぶった。

 殺、し、て……やるっ!

「ステラさんダメだっ!!」

 勇者ヨルゴの脳天に刃を叩きつけようとしたその時、ノザとメリアを振りほどいたソーヤがぶつかるように腰へしがみついてきた。「……許せないのは分かりますっ! でもっ、でもこんな奴殺してもっ、ステラさんが汚(けが)れて余計に傷つくだけだっ!!」

 次の瞬間、ソーヤの身体から金色の粒子が吹き上がり、ステラの身体を覆った憎悪の闇と対消滅していく。

「ナ、なんダ──?」「あれは、いったい……?」
「ソーヤくんの、勇者としての力。……全てを慈しみ全てを癒す、本物の浄化の力よ」
「「ユーチェン先生……」」

 いつの間にか横にいた白澤先生が掛けた眼鏡のリムを指で押さえながら、ノザとメリアのつぶやきに答えた。

「ソー、ヤ、く、ん……」

 彼女たちの視線の先で、ステラはツヴァイヘンダーを取り落とし、その場に膝から崩れるように座り込んだ。
 ソーヤを取り巻いていた光の粒子が、彼女の身体に吸い込まれていく。
 腰の翼が再び白く輝き、その瞳がいつもの色を取り戻す──

「でも、堕天しかけた神族を元の姿に戻すほど注いだから、勇者としての力はほとんど残らないでしょうね……」

 まあ当人にはそんな意識、毛頭ないでしょうけど……と付け加え、ユーチェンは腰に手を当てて二人を見つめた。

「よかった……元のステラさんに戻って」
「ソーヤ、くん……」

 前に回って、ほっとした笑顔を浮かべるソーヤ。惚けたような表情でその顔を見返すステラだったが、やがてその目に涙が溜まっていく。

「ステラさん……?」
「そっ、ソーヤ、くん……ソー、ヤ、く──う、う、う……
 うわあああああああぁ〜っ!!」

 堰を切ったように、涙があふれる。
 彼女はソーヤにしがみつき、その胸に顔をうずめて大声で泣きじゃくった。

「あぁああああああぁ──っ!! ぅああっ、うあああああぁ〜っ!! …………」

 悲しみは消えない。怒りも、憎しみも……
 だけどそれ以外の感情がいくつも湧き上がり、心の整理がつけられない。
 父親の仇をとれなかった悔しさ。
 自分の中にあった、どす黒い殺意に対する恐怖。
 ヒトを殺さずに済んだことへの安堵感。
 そして、堕天しかけた自分を救ってくれた彼への──

「…………」

 市民病院と医療サバトの救急隊員たちが、倒れた警邏隊士らと三人の教団兵を搬送していく。
 別班の隊士たちが、放心して鎧の股ぐらを濡らした勇者ヨルゴを両側から抱えて連行していく。
 目撃者として事情聴取を受ける、ユーチェン、メリア、ノザの三人。

 そんな中、ソーヤはなおも泣き続けるステラの頭を、そっと、ずっと抱きしめ続けた……

  ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 勇者ヨルゴはその身に魔力封印処置を施され、飛行船ハイレンヒメル号爆発墜落事件の実行犯として中立国ハイレムに身柄を移送された。
 彼の更生≠ノ名乗りを上げる奇特かつ物好きな枯れ専の魔物娘もおらず、何より事件の遺族や関係者たちの心情を憂慮してこのような措置をとったといわれている。
 もっともこんなコドモオトナの中年勇者が、単独で犯行に及んだとは誰も思ってはいない。少なくとも彼を焚きつけた者──おそらく飛行船の実用化に一歩先んじたハイレムを危惧した連中が背後にいたのではないのかというのが、取り調べに携わっている者たちの見解である。
 ソラリア教団領駐屯軍は「ヨルゴ・ハーンなるヴァルキリーマニアの中年勇者など、我が軍には存在しない」と無関係を声高らかに主張したが、ハイレムからの照会に先んじて声明を出すという大ポカ(フライング)をやらかしたため、疑惑をさらに深める結果となった。
 ヨルゴ自身は協力者≠フ存在をほのめかすものの、「いつか必ず本物の戦天使さまが勇者である僕を助けに来てくれるっ。だから背教者には絶対屈しないぞっ!」などと反省の色もなく相変わらずの調子で嘯いており、事件の全容解明にはまだまだ時間がかかりそうである。










「あー、さすがに心は十代☆キラッなアラフィフは、いくら勇者でもノーサンキューだわ……」
「そうっすね、カーリィさん」
「んじゃ〜アレはぁ、あそこの赤ヴァルキリーに押し付ける〜ってことでおk?」
「「意義なーし」」

「……ってあの時現場で言ってたそうね、あんたたち。
 も っ ぺ ん シ メ と こ う か ?」
「「「ひぃいいいいいいい〜っ!!」」」


 後日──

 笑みを浮かべて(もちろん目は笑っていない)指をボキボキ鳴らす紅のヴァルキリーに、双子のオーク娘とパイセンのハイオーク娘は身を寄せ合って悲鳴を上げた。

 ワールスファンデル学院は今日も、平常運転だった……

 to be continued...
23/10/30 20:20更新 / MONDO
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■作者メッセージ
 えっとこれも裏設定なんだけどさ……実は今回の捕り物に出張った警邏隊士の中に、お前の父親がいるんだわ。

ナギ「え? マジ?」

 担ぎ込まれた病院で担当看護士になったのがお前の母親で、丸焦げになったおちんちんに薬ぬりぬりしているうちにムラムラしてきて──

ナギ「うわああやめろぉっ! 親のそんな馴れ初め聞きたくね〜っ!!」



 ……というわけで、警邏隊士たちは全員無事でした。
 今回出てきた勇者ヨルゴ、「パンデモニウム(万魔殿)へ終身刑」とかも考えたのですが、結局ヒトの司法の手にゆだねるという結果になりました。

 次回、最終回(の予定)。よろしくお願いします。

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