連載小説
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【第五章・ジパングフェスタの夜=z
「おにーちゃんっ、迷子になったの?」
「……?」

 幼い声にいきなりそう呼びかけられ、あたりをキョロキョロ見回しながら歩いていたポニーテールの少年──ソーヤ・フォレストはあわてて後ろを振り向いた。

「えへへっ♪」

 そこにいたのは小柄な自分よりも背が低い、初等学校に通っているくらいの年頃の女の子。襟元にリボンが付いた制服っぽいワンピースを着て短めのケープを羽織り、鍔広の、てっぺんが折れ曲がったとんがり帽子を頭に被っている。
 きれいに切り揃えられたボブカットの黒髪、ぱっちりした鳶色の瞳。手にしているのは先端にハート形のチャームが付いた、ファンシーなデザインの短いステッキ。

「ねえねえ、道が分からないんなら、あたしが案内してあげるよっ」

 両手を後ろに回して半歩下がり、小首を傾げてこっちを見上げてくる。
 ちょっとあざといその仕草に、思わず戸惑ってしまう。

「あ──あ、えっと……」

 親魔物領サラサイラ・シティに来てひと巡り(一週間)。ついこのあいだまで住んでいたソラリア教団領の地味、というか単調なそれとはまるで違う華やかな街並みに誘われてあちこち見て回っていたら、マジで道に迷ってしまっていた。
 年下の少女に笑顔でそれを指摘され、ソーヤは顔を赤らめ目をそらした。
 だが、今いる場所が分からなくなっているのは事実。頭に手をやりながら彼女に向き直って、「……えっと、そ、それじゃあ──」

「あ〜いたいたっ。……ったく何ひとりでほっつき歩いてんだよお前?」

 道案内を頼もうとしたそのとき、騎士団の略礼装のような服を着た見知らぬ少年が、いきなりソーヤの腕を引っ張った。
 そして、あっと短く声を上げる少女を尻目にさっさと歩き出す。

「あ、あの──」
「気をつけろよ。あれはサバト所属の魔女じゃなく、幼化の魔法でそれっぽい格好した年増のダークメイジだぜ」
「えっ?」

 小声でそう告げられる。どうやら魔物娘に性的に°われるところを、知り合いをよそおって引き離してくれたらしい。
 同時に背後から、「ちっ……」と口惜しげな舌打ちが聞こえてきた。
 あわてて振り返ったソーヤだったが、先ほどの少女の姿はどこにも見当たらなかった。

「逃げたか」
「…………」



 かくして、二人は出会った──



「え、えっと、な……なんか、助けてもらった上に、道まで教えてもらっちゃって、あの……ほ、本当にありがとうございましたっ」

 魔導トラム(路面電車)の停留所まで案内してもらい、同じ方向の車両に乗り込む。
 ソーヤは隣に立つ黒髪の男子に、ぺこりと頭を下げた。

「あ、いや、その……ま、まあ、無事でなにより」
「でもすごいですね。大人の魔女が化けてたのを見破るなんて……え、えっと──」
「ホシト……ホシト・ミツルギ。そりゃまあ一年もここに居たらそれくらいは、な」

 鼻の頭を掻き、誤魔化すように言葉を濁して肩をすくめる。
 実際のところ、彼──ホシトもこの街に来た頃に似たような目にあって、後見人の白澤先生に助けてもらったことがあったりする。幼い姿に擬態したダークメイジの餌食になりかけていたポニテ少年──ソーヤに気づいて割って入ったのは、そんな経験が頭をよぎったからだ。
 もっとも最近では魔物娘たちが持つ種族ごとの魔力の質やその発動が、なんとなく感じられるようになってきているので、言ったことはあながち嘘ではないのだが……

「その制服、ワールスファンデル学院のですよね? 僕も今度そこに編入するんですっ。……えっと、まだちょっと手続きに時間がかかるみたいなんですけど」
「そっ、そうなんだ。じゃ、じゃあ、俺の後輩に、なるんだ──」

 屈託のない笑顔を向けられて、しどろもどろに応えてしまう。
 目の前にいる小柄な少年は、なんでも反魔物領から家族で逃げてきたばかりだとか。魔物娘に慣れていないもおそらくそれが原因なのだろう。
 警笛が鳴らされ、次の停留所が近づいてきた。ソーヤはもう一度頭を下げると、

「ホントにお世話になりました。学校でもよろしくお願いします、ホシト先輩っ」
「あ、ああ、その、こ、こちらこそ──」

 運転手の横にある箱に乗車賃を入れ、トラムを降りる。
 振り返って手を振るその姿を窓越しに見送ったホシトだった……が、ふた巡り後に教室で紹介されるまで、彼はソーヤと出会っていたことをすっかり忘れ去ってしまっていた。

 何故なら……

「ね、ねえ、ちょっとあれって──」
「えっ? ……あ、あれっ? さっきまであそこに男の子、いたよね?」
「か、可愛い……」

「……?」

 ──なんだ? なんでみんなじろじろ見てくるんだ? ……ていうか目合っただけで何、顔赤くしてるのあんた? 男だろ? そんな趣味ないから……っ。

 トラムに乗り合わせた人たちの視線に、怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。

 ──んんっ? 頭が重い? 身体もなんか……変な感じ? それに、太もものあたりが妙にすーすーする…………って、

ええっ!? なっ、何この服? すっ、スカート? ……って胸があるっ!? か、髪の毛も伸びてるしっ、声もおかしい?? わ、わたしどうしちゃったの……えっ? わ──わたしっ!? やだっ、ど、どうして? どうしてわたし、自分のこと『わたし』って言ってるのっ!?」

 ──ま、まさかっ。

 反射的に股間に手をやる……と、自分のふとももが勝手に内側へと向いてしまう。
 そして、そこにあるはずのものが──

「……な? な、なっ、ななななっないぃっ!?」





「え……っと、ど、どちらさま?」

 ノックもせずいきなり研究室にとび込んできたドレスアーマー姿の見知らぬ天使属の少女に、部屋の主は困惑した表情を浮かべて眼鏡の奥の目を瞬かせた。
 だがその問いかけに、彼女は豊かな黄金色の髪を振り乱して金切り声を上げた。

「ユーチェン先生助けて! わたし……わたし、女の子になっちゃったあぁ!」

  ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 ジパング──ヒトと、「妖怪」と呼ばれる異形のものたちとが共生する極東の島国。
 かの国からの移民が多いここサラサイラ・シティでは、年に一度、夏のこの時期にジパングのお祭り「ジパングフェスタ」が開催される。
 家の軒先や街のそこかしこに、竹と紙でできた照明──提灯が吊り下げられ、祭りのムードを盛り上げる。市民公園の広場や遊歩道には簡易店舗──屋台が所狭しと立ち並び、見慣れた場所が迷路めいた様相を帯びる。
 日中はさまざまな意匠のフロート(山車)が街中をパレードし、夜には湖上で花火も打ち上げられる。
 ついこの間、勇者(?)率いるソラリア教団領駐屯軍の偵察隊が街に潜入し、ひと騒動起こすという事件があったばかり。しかし教団兵たちは全員捕縛され、被害に遭った警邏隊士たちも順調に回復していることもあって、今年もお祭りは例年通り実施された。



 夕方。
 市民公園の北側入口に建てられた、トリイと呼ばれる巨大なゲート。その真っ赤に塗られた支柱のそばに、ソーヤは人待ち顔でつっ立っていた。

「遅いなあ……ホシト先輩──」

 そんな彼の前を、何人ものヒトや魔物娘たちが通り過ぎていく。
 ある者は誰かと二人で、またある者は何人かで連れ立って。いつもは静かな公園が、賑やかさでがらりと雰囲気を変えているのがここまで伝わってくる。
 家族、友人、恋人、夫婦……ゲートをくぐっていく老いも若きも皆、無事に始まったお祭りに期待を膨らませていた。
 ソーヤもずいぶん前からホシトに「一緒に見て回ろう」と誘われていたのだが、当の本人は約束の時間になっても、まだ姿を見せない。

「…………」

 ついこの間までは、こんな風にひとりでいると魔物娘の誰かが舌舐めずりしながら言い寄ってきていたのだが、最近ではそれがぱたりとなくなった。……まあ、そのたびに噂の赤いヴァルキリーが文字通り飛んで≠ュるのだから、彼女たちもいい加減察し始めているのだろう──

「お待たせ」
「遅いですよホシト先ぱ……え? ええっ!?」

 後ろから呼びかけられて振り向いたソーヤは、次の瞬間すっとんきょうな声を上げて目を丸くした。

「こんばんは、ソーヤくん」

 そこにいたのは待ち合わせていた先輩ではなく、涼しげなジパングの民族衣装──浴衣姿で微笑む金髪碧眼の少女だった。



「ど、どうしてステラさんが、ここに?」
「あ、えっと……その、お、お祭りの案内、ほ──ホシト……くんに、その、む、無理言って、か、替わってもらったの」
「え?」

 驚くポニテ少年にまじまじと見つめられ、彼女は両手を後ろにやって、「わ、わたしとじゃ、ダメ……かな?」

「そっ、そんなことないです! 光栄ですっ!」

 ソーヤがあわててそう答えると、もじもじしていた浴衣姿の戦天使は一転、ほっとしたような表情を浮かべて口元を緩めた。

「よかった……じゃあ、行こっ♪」
「あ──は、はいっ!」

 花が咲いたような笑顔とともに、手をつながれる。ソーヤは一瞬身を強張らせたが、すぐにその手を握り返し、隣に並んで歩き始めた。

 ──あ、口紅つけてるんだ……

 彼女の横顔をチラ見でうかがい、綿シャツにハーフパンツというラフな自分の格好を、ちょっとだけ恥ずかしく思いながら。

  ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

「ぅわ……、すごい……」

 ゲートをくぐると、目にとび込んできたのは向かい合ってずらりと並んだいくつもの屋台と、その間をそぞろ歩く大勢の人たち。

「焼・き・そ・ば、いかがっすかぁ〜っ」
「らっしゃぁ〜い。寿司食わんかね〜」
「お団子ちょうだい!」「あたしはカルメ焼き!」

 威勢のいい呼び込みの声。子どもたちのはしゃぎ声。
 今はまだ夕方だが、ところどころで白熱球や魔力の明かりが灯り始める。夜になれば、さらに人出が多くなるだろう。
 花火が打ち上げられるまでには、まだ時間がある。ステラとソーヤは、ぶらぶらと屋台を見て回ることにした。

 色とりどりの飴やチョコレートでコーティングされた果物。
 氷水で冷やされたビールやワイン、サイダーなどの飲み物。
 射的、輪投げ、お菓子のつかみ取り、千本クジにピンボール……こらこら筐体揺するんじゃないっ。

「これがジパングのお祭りなんですね」
「すごいでしょ? わたしも去年初めて見たときはホントにびっくりした──」
「……えっ? ステラさんってそんな前からこの街にいたんですか?」
「い、いやそのえっと……そ、そうじゃなくてっ、びっ、びっくりしたって、その、し──知り合いが言ってたっていうか……」
「そ、そうなんですか。……あ、そういえばホシト先輩とも知り合いだったんですね」
「えっと、そ、それは、その…………あ〜っと、かっ彼も、ま、魔物娘に襲われてて、それで……」
「でも先輩、そんなことひと言も──」
「そっ、ソーヤくんに注意しろって言ってた手前、……は、恥ずかしかったんじゃ……ない、かな?」

 クレープ、パムム、焼き菓子にソーセージ、ポップコーンやアイスクリーム……普段口にしているものも、この中で食べるとちょっとだけ特別感がある。

「……ん? あ、あれっ? 塞がっちゃった?」
「ラムネは中のガラス玉を、この出っぱりに引っ掛けて飲むのよ。こんな風に、ね」
「それでこんな形してるんだ……」

 二人は空いていた石造りのベンチに、並んで腰を下ろす。
 ラムネの瓶を興味深げに見つめるソーヤに、ステラは近くの屋台で買ってきたものを自慢げに差し出した。

「ジパングのお祭りといえば、これっ」
「あ、これ知ってますっ。タコヤキ・タンブリングですよね」

 舟形の入れ物に盛られた小麦粉生地の焼き団子に、スパイシーな香りのソースが塗られ、ケズリブシ、アオノリ、ベニショウガがトッピングされた一品。中にはぶつ切りにしたタコが入っている。

「一度食べてみたかったんです、タコ」
「そういえば前にもそんなこと言ってたよね、ソーヤくん」

 ソラリア教団領では何代か前の海産物嫌いな大司教が、「タコは魔物っぽいから食べると魔に侵される」と言い出したのがいつの間にか教義に加えられてしまい、今まで食べる機会がなかったとか。

「……あれっ? 僕、ステラさんにそれ話しましたっけ?」
「あ、え、えーっと──」

 あわてて目をそらすステラ。その視線の先で、自分と同じように浴衣を着た小柄なサハギン娘が「ん……」とつぶやいて、隣を歩く男性に持っていたキャンディフロス(わたあめ)を差し出しているのに気づく。

「あ、あの……マリカさん?」
「…………」
「え、えっと──」
「…………(期待の眼差し)」
「……あ、あーん(赤面)」
「…………♪(尾びれふりふり)」

「…………」

 ステラはそのやりとりをじっと見つめ、「よしっ」と短くつぶやいた。
 そしてソーヤに向き直り、木製のピック──爪楊枝でタコヤキをひとつ刺すと、空いた手を添えてそれを彼の口元に近づける。

「ソーヤくん、はい、あーん」
「……えっ? すっ、ステラさんっ?」

 突然の「あーん」に顔を赤らめたじろぐソーヤ。だが、にっこり微笑む彼女に見つめられ、おずおずと遠慮がちに口を開いた。

「あ──あむっ、熱っ、ん、んぐっ…………お、おいしい、です」
「よかった。じゃあ、今度はソーヤくんがわたしに食・べ・さ・せ・てっ♪」
「え!?」

 耳元の髪をかきあげて、目を閉じ口を開いて顔を寄せる浴衣姿の戦天使。ソーヤは「え、ええ、えっと……」と戸惑いの声を上げ、誤魔化すように視線を左右に泳がせる。
 ステラはそっと片目を開けると、拗ねたような表情を浮かべて口を尖らせた。「……もうっ、女の子がここまでしてるんだから、ちゃんと応えてよね、ソーヤくんっ」

「は、はい……」

 不満げに言われて、あわてて返事するソーヤ。もうあとがない。
 腹をくくって爪楊枝に突き刺したタコヤキを、おそるおそる彼女の口元へ差し出す。

「す、ステラさん、あ……あーん」
「あーん♪」

はーいそこのバカップル〜、いつまでもいちゃついてベンチ独り占めしない〜っ」

「……あ、あちゅ熱っあっつつつつ〜っ!!
「すっステラさんだだだ大丈夫っ!?」

 いきなり横から声をかけられ、タコヤキを丸ごと口の中へ入れてしまったステラは、その熱さに目を白黒させた。雰囲気にのまれて自分がネコ舌だということを、完全に忘れていたらしい。
 ソーヤが差し出したラムネを一気飲み──ちなみに間接キスになるのだが、本人は全く気付いていない──して息を吐くと、横から声をかけてきた不粋な輩を睨みつける。

「……なんのつもりよっ!?」
「なんのつもりもかんのつもりも、そんな風にイチャイチャされたら目の毒なんだけど〜っ」

 警邏隊士の手伝いで会場を巡回していたハッピ姿の褐色イノシシ娘──カーリィが、魔導拡声器を片手にニヤニヤしながら混ぜ返してきた。

「す、ステラさん──」
「むぅ……っ」

 ほらどいたどいたハリハリハリィ〜ッと急かされる。ステラは口をへの字にし、ソーヤを促してベンチから立ち上がった。

「おぼえてなさいよ……」
「いいからさっさと行っちまえっ。……でなきゃ花火見る場所、なくなっちまうぜっ
「……え?」

 鼻を鳴らしてそっぽを向くカーリィに、目を丸くするステラ。意趣返しだとばかり思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
 単なる気まぐれおせっかいか、あるいは何か思うところがあったのか……わからないけど、彼女もフィーネやベネッタのように、何か心情の変化があったのかもしれない。

「あ、ありがとうございます、カーリィさん」
「…………」

 ソーヤに礼を言われて、ハイオーク娘は顔を背けたまま、恥ずかしげに手をひらひらさせた。

  ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

「悪い人じゃないんですね、カーリィさんも」
「そうね」

 日が暮れて、人出が徐々に増えてきた。

「ええいもう一回なのじゃっ! 今度こそ成功させるのじゃあああっ!」
「はいはい、でもこれ以上やったらお小遣いがなくなっちゃうよ、ノーラ」
「ううう……兄様っ、あと一回、あと一回だけなのじゃあああああっ!!」

 型抜き屋の前で駄々をこねるちびっこバフォメット娘が、長身の男性に引っ張られていく。

「うわぁ、すごい──」
「細かいところまでよくできてる……」
「そうであろう? だがこれらを生み出すこの男こそが、我の一番の宝物なのだ」
「…………」

 照れ笑いを浮かべながら手を動かす飴細工職人にしなだれかかり、エプロン姿のドラゴン美女が自慢げに尻尾を揺らしている。

 あちらこちらが色とりどりの灯りに照らされて、屋台の呼び込みの声も大きくなっていく中、ヒトも魔物娘も皆、思い思いに祭りを楽しんでいる……

「あ、あれ何ですか? 小さな風船がいっぱい水に浮かんでいるやつ」
「え、えっと、あれはね──」

 目にしたヨーヨー釣りを説明しながら、ステラは隣を歩くポニテ少年の横顔を、ちらりとうかがった。
 嬉しい。こんな風に一緒に歩いているだけでも。
 楽しい。二人で屋台を冷やかしているだけでも。
 好奇心のおもむくままあちこちを見回すソーヤに、愛おしさをおぼえる。
 ステラはドキドキする胸に、空いた手をそっと当てた。

 だけど、ふと思う。

 ──何やってるんだろ、わたし…………いや、俺=c…

 アラフィフ勇者ヨルゴを激情のまま殺しかけ、それを止めてくれたソーヤにしがみついてその胸で泣きじゃくってからこっち、元の──ホシトの姿に戻っても、サイズの合わない服を無理に着ているような違和感……というか、しっくりこない感覚がずっとあった。
 今はステラ≠ナいるときの方が、当たり前に思えてしまう。

 ……いや、それ以前からステラとして、ソーヤのことを知らず知らずのうちに異性≠ニして意識していたのかもしれない。

 大丈夫ですか? ステラさん──

 ぼっ、僕がいつでもそばにいますっ。だ、だから、そのっ、えっと……むっ、無茶とかしないでくださいっ──

 あのとき混乱して泣き続ける自分を抱きしめながら、そうはげましてくれた。
 そして今、彼──ソーヤは約束通り、隣にいてくれる。
 つないだその手を少し強く握ると、同じくらいの力で握り返してくる。
 同時に浴衣の下で乳首がツンと勃ち上がり、下腹の奥でもやもや疼くような感じがして、頬が熱を帯び赤く染まるのを自覚する。

 ──ああ……わたし、やっぱり……

 いつの間にか、湖沿いの遊歩道まで来ていた。
 花火は湖上に浮かべたバージ(はしけ)から打ち上げられるので、大勢の人が集まって場所取りを始めている。

「あれ? ここって確か……」
「そうだ、これっ」

 ステラの疑問に答えるかのように、ソーヤはズボンのポケットに手を入れて、一枚の写真を取り出した。「……いつか渡そうと思って、現像しておいたんです」

「あ……」

 手渡されたそれに写っているのは、今いるこの場所で、湖を背景にサマードレス姿で微笑む蜂蜜色の髪の少女。
 鏡やレンズに向けてつくったものじゃない、自然なその表情──自分自身のそれを見たステラの心に、何かがすとんと落ちた。

 ドン──ッ!

 唐突に響いた火薬の爆発音。その場にいた皆が一斉に空を見上げると、次の瞬間、破裂音とともに鮮やかな光の花が夜空一面に咲いて、煌めきながら消えていった。

「……わあっ」
「きれい……」

 あちこちで沸き起こった歓声に応えるかのように、二発目、三発目と花火が打ち上げられる。
 風笛を鳴らし、空へ上がっていく火球。
 赤、青、緑──色とりどりの光の粒が弾けて夜空に大輪の花を咲かせ、重なり合う。
 そして、ぱらぱらと屋根に降る蝉時雨のような音をさせ、流星のような軌跡を描いて消えていく。

「すっ……」

 凄いですね、ステラさん──そう声をかけようと振り返ったソーヤは、言葉を途切れさせた。
 隣に立つ浴衣姿の戦天使。花火に照らされるその横顔に、見惚れてしまう……

「ステラさん……きれいだ……」
「……ソーヤくん?」

 視線に気づき、ポニテ少年の方へ顔を向けるステラ。いぶかしげに首を傾げたその表情が、次の瞬間赤く染まった。
 花火の音が響く中、二人は互いに見つめ合う。

 そして──

「ステラさん、好き……です」
「わ──わたしも、ソーヤくんのこと…………好き、大好き……」

 言ってしまった……認めてしまった。
 自分が戦天使──いや、少女として目の前の少年に恋をしていることを。

「ソーヤくん……」「ステラさん」

 もしかしたら、祭りや花火の雰囲気に流されているのかもしれない。
 だけど、この気持ちに嘘偽りも、ためらいも迷いもない。
 ステラは身を屈め、ソーヤの腰に手を回してその身体を引き寄せた。ソーヤも彼女の肩に手をやって、顔を近づける。

 ドドドドドーンッ──!

 フィナーレの花火が連続で打ち上げられる。
 夜空を彩るいくつもの光華を背景に、二人は目を閉じて唇を重ね合わせた。

  ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 ワールスファンデル学院本校舎の屋根から張り出した、バルコニーのひとつ。
 戦天使の少女はポニテ少年を抱きかかえたまま、空からそこへふわりと舞い降りた。

「……大丈夫?」
「は──はいっ、だっ、大丈夫ですっ」

 遠く離れた祭りの喧騒が、風に乗ってかすかに聞こえてくる。
 いきなりの空中散歩に息を弾ませるソーヤの顔を、ステラはじっと見つめた。
 キスの余韻にぼーっとしていた彼を背中から抱きしめ、腰の翼を広げてその場から浮かび上がると、夜空を飛び抜けてここに連れてきたのだ。

 常夜灯に照らされた、誰もいない夜の学び舎に二人っきり。

「と、ところでステラさ──むぐっ!?」

 問いかけようとしたソーヤの口を、彼女は再度のキスで塞いだ。
 今度は甘露を味わうように、ゆっくりとその唇を舐めしゃぶる。舌で歯に触れると、ソーヤはそれを受け入れて舌を絡めてきた。

「うぅんん……っ、……ふあぁ──」

 二度目のキスはディープキス──互いの息が、口の中が混ざり合っていく……

「んっ、……んぅん──っ」「ん……」

 やがてどちらともなく、そっと顔を離す。唾液の糸が二人の間にアーチを描いて、名残惜しげに消えていった。
 そして何か言いたげなソーヤの口元に人差し指の先を当てると、ステラはいたずらっぽく笑みを浮かべた。
 ずっとキスしていたいけど、それだけじゃもう我慢できない……

「ここなら、誰もいないから……ね」
「すっ、ステラ……さん──」

 かすれたような声でつぶやき、戸惑うソーヤ。ステラはそっと身を離すと、バルコニーの手すりにもたれかかり、後ろ手で浴衣の帯を緩めて胸元をはだけた。

「ソーヤくん見て。わたし……女の子だよ──」

 瞳を潤ませ、目尻を赤くして声を震わせる。「……だから、お願い」

 抱いて──

 次の瞬間、ステラは手すりに背中を押しつけられた。

「あっ、……んんっ!」
「僕も……僕もステラさんを抱きたい……ステラさんに抱きしめられたい……」

 熱にうかされたようにつぶやきながら、ソーヤは彼女のブラジャーを捲り上げ、その胸の膨らみに手をやった。
 吸いつくように指に食い込む張りと弾力──その感触に戸惑いながらも、ゆっくりとそこを捏ねるように揉み始める。

「ああっ、す、凄く、柔らかい……」
「ソーヤ、くん…………あ、んん……っ!」

 つたなく、たどたどしいその手つき。それでも戦天使の少女は伝わってくる感覚に身を震わせた。
 下腹の奥にこもっていた熱が身体中に広がり、股間の秘裂が湿り気を帯びてまたうずきだす。頭の中にもやがかかったように、意識がぼんやりしていく……

 ──あぁんっ、お、おっぱいだけで……イッちゃい、そう……

 だけど固く尖った乳首に触れて、ソーヤの指の動きがぴたっと止まった。

「……いいよ、吸っても」
「すっ、ステラ……さん──っ」

 両腕を回してその頭を抱きかかえるステラ。ソーヤは顔を真っ赤にしながらも、そこへ口を近づけていき、

「あ……っ、ああっ、あぁんん──っ」

 乳首を甘噛みされ、舌の先で転がされて、戦天使の少女は首を左右に振って嬌声を上げる。
 ぴくん、ぴくんと快感で震えるたびに、身体の力が抜けていく……無意識のうちに脚を軽く開き、彼女はソーヤの下半身へとその身を摺り寄せた。
 ズボンの生地越しに感じるそこはもう、はっきりと固くなっていた。

「……あっ」
「いいの。ソーヤくんにシてほしい、から……」

 ステラはそう言うと、ソーヤの手をつかんで浴衣の中へと導いた。「ね、すごく濡れてるでしょ? ……お願い、早く──」

「は、はい」

 ソーヤはうなずくと、濡れそぼったステラのショーツを足首までずらした。

「ぅうっ、んぁあん……」

 秘所が外気に晒されて、それだけで感じてしまう。
 崩れるように膝立ちになり、もたれかかってくる彼女の身体を受け止めると、ポニテ少年はそのへそ下へと指を這わせた。

「そう、そこが一番、か──感じる、の。……そうやって、え、円を描くみたい、に……は、あ……ぁあんっ──」

 ユーチェン先生ほど上手くないけど、一生懸命なその指づかいが逆に心地いい。
 もちろん女の子としての初体験に、自分が自分じゃなくなってしまう怖さや不安がないわけじゃない。でもそれ以上に、彼と身も心も結ばれたいという気持ち──欲求の方が大きく膨れ上がっていく。
 ステラはソーヤのズボンのボタンをもどかしげにはずし、下着からイチモツを引っ張り出した。

「も、もう、こんなに……なってるん、だ……」
「う、あ……だっ、だめですステラさん、そんなことしちゃ……ぁうっ──」

 ぴんっ──とそそり立つ自身の肉棒を弄られて、ソーヤが息を詰まらせる。ステラがその先端にあるくびれに皮を擦り付けるように親指の腹を上下させると、そこはたちまち表面に血管を浮かべて、さらに太く固く反り返っていく。

「うっ……!」

 先走りを堪えるソーヤの耳元に口を近づけ、ステラは小声で恥じらうようにささやいた。

「きて、ソーヤくん。初めてだけど、大丈夫、だから……」
「ステラ、さん……っ」

 欲しい、欲しい……ソーヤくんが欲しい──

 互いに向かい合い、ステラは上を向いたソーヤのそれに、そっと腰を落としていく。ぴりっとした痛みが膣から背筋に伝わり、目から涙がこぼれた。

「す、ステラさんっ、ほ……ほんとに大丈夫、ですか?」
「い、いいから……つ、続け、て──」
「は、はい、……い、いきますっ」
「んっ、あ……あうっ! あっ! あああぁっ!! ……んあぅぅっ!!」

 小陰唇がひくひくと震え、愛液に濡れた亀頭を奥へ奥へと招き入れる。
 雄の本能が命じるまま、ぐっと腰を突き上げるソーヤ。彼のイチモツが深く挿入されるたびに、ステラは甲高い声を上げて破瓜の痛みと異物感に耐える。

「う……動いて、いい、ですか?」
「ええ。わ──わたしも、動いて、みる…………んぁああっ!」

 ソーヤは根元まで入った自身のそれを、ステラの膣へと何度も打ち付ける。
 そのたびに痛みが快感へと置き替わっていき、彼女も無意識にそれを求めて腰を使いだす。

「ああんっ、はぁ……っ、……あはあぁぁぁんっ──!」

 自分の声が甘くとろけていくのを、抑えられない。
 膣が、子宮が、無垢な天使属の身体が、ソーヤの色に染め上げられていく……

「す、ステラっ、さんの、中……あ、あったかくて、い──イキそう……」
「わ──わたしも、も……もっと、もっとソーヤくんを、か、感じたい…………だからっ」

 だから……中に出シテ……

 繋がれた、ひとつになれた。……だけどもっと強く、もっと深く、奥の奥まで結ばれたい。
 ステラの背中の翼が大きく広がって、二人を包み込む。
 腰の動きが加速して、それに合わせて互いの身体が、心が高まっていく。
 気持ちいい……気持ちいい……きもちいい…………キモチイイ──

「ステラさん……ステラさんっ! ステラさんっ! ステラさぁんっ! ステラさああああぁんっ!」
「出して……だしてっ! 抱きしめてっ! ぎゅっとしてっ! わたしだけのっ、わたしだけの勇者さまあぁっ!!」

 イチモツを一気に突き入れられる。子宮まで達したそれが、どくんどくんと脈を打ち、体内に熱いモノを吐き出す。
 次の瞬間、凄まじいまでの快感が一気にステラの頭の中を焼いた。

「ああぁんっ! ふぁあああああっ、やぁあああああんっっ──!!」
「はぁ、はぁ、はぁ、ぅあ……ま、まだ、で、出そう──」
「あぁんっ、い、いいよ……んんぁっ、ぜっ、全部、受けとめるっ、からっ……んぁあああんっ! ちょうだいソーヤくんっ! もっとちょうだいっっ!!」
「ステラさん……っ! んぁっ! うっ、ううっ、うあああぁっ!!」
「ああぁんっ! い……イクっ、イっちゃぅううっ!
 あっああぁああぁぁあんっっ!!」

 膣内でなおも滾り続けるソーヤのイチモツが、熱い精をさらに注ぎ込んでくる。
 背筋を弓なりにそらし、ステラはその顔に歓喜と陶酔の表情を浮かべると、愛しい少年に両手を差し伸べ、寄りかかるように崩れ落ち果てた。

 ソーヤくんとの…………あかちゃん、欲しい……な──

 …………………………………………
 ……………………
 …………
 ……

「やっちゃったね……」
「やっちゃいました……」

 抱き合ったままどちらからともなくそう言うと、ステラとソーヤは互いに照れ臭そうな笑みを浮かべ、同時にプッと吹き出した。
 ひとしきり笑い合い、そして情事の余韻を味わうかのように、唇を重ねる。
 顔を離して、しばし沈黙……やがてソーヤが戸惑ったように口を開いた。

「──あ、えっとその、順番が逆になっちゃったけど……ステラさんっ! こんな僕でよければっ、こ、恋人になってくださいっ!」
「ソーヤ、くん……」

 これだけヤッておいて今さらだけど、生真面目な彼なりの気遣いなのだろう……そう思うと、上目遣いでこちらをうかがう愛しい少年が、さらに愛おしくなっていく。

「ふふっ、わたしの方こそ……ソーヤくん、ずっと一緒にいてくれる?」
「も、もちろんっ!」

 顔を上げ、満面の笑みを浮かべて喜ぶソーヤ。ステラも安堵の表情で微笑み、その目をじっと見返すと、

「ありがとうソーヤくん。それと、あなたが力いっぱい愛してくれたから、わたしも本当の女の子になれた気がする──」
「え? それって?」
「あー、え、えっとそれはぁ、そのぉ…………(汗)」










─ epilogue ─

 ワールスファンデル学院、ある日の朝──
 出席簿を手にして教室へと向かう白澤先生は、廊下の途中で立ち止まると、後ろを振り返った。

「まあ、こうなるんじゃないかなって予感はあったけど……本当によかったの?」
「はい」

 彼女の問いかけに涼やかな声が短く、はっきりと答えた。

「後悔は……なさそうね」
「ないと言ったら嘘になるかもだけど、今のこの気持ちを消したくないから……わたし、このままでいいです」
「わかったわ。あなたがそう決めたのなら、先生もちゃんとフォローしてあげる」
「ありがとうございます、ユーチェン先生」



「夏季休暇前のこんな時期だけど、先の勇者事件の関係で急遽ハイレムに戻ったホシトくんと入れ替わりで編入した、新しい仲間を紹介するわね。……入って」

 連絡の最後にユーチェンからそう告げられ、生徒たちの視線が教室の扉に集まった。
 そして、返事とともに中に入ってきた人物に、双子オーク娘のペトラとパメラが、ラタトスク娘のメリアやアマゾネスのノザが、皆一斉に「あっ!」と声を上げる。

 緩くウェーブのかかった、蜂蜜色の長い髪。湖水のように澄んだ蒼い瞳。
 すらりと伸びた手足。ブラウスの胸元を押し上げる膨らみは、大き過ぎず小さ過ぎず。
 アスリートを思わせる引き締まった、それでいて柔らかさを兼ね備えた身体に女子の制服を纏い、スカートの裾を翻して教卓へと歩を進めると、彼女はクラスメイトたちに向き直って一礼し、にっこり微笑んだ。

「ステラ・ミツルギです。今日からよろしくお願いします♪」

 小首を傾げてウインクすると、目を合わせたソーヤの顔が一瞬で真っ赤になった。

〜 fin 〜
23/10/30 20:26更新 / MONDO
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■作者メッセージ
 「紅衣の戦天使ヴァルキリーステラのひ・み・つ」最後までお読みいただきありがとうございました。

ナギ「まあよく年内に間に合ったよな。その代わり季節感ガン無視だけど」

 ……うう、言葉もないです。表の稼業が新型コロナ禍の影響で、めっさしんどかったのもあって──

ナギ「一応、言い訳として聞いておいてやる。……ところでこの話、ネット小説で時々目にする『男ですが変身して魔法少女やってます』の変形版だよな」

 ういうい。TSFのジャンルでいうと「性転換変身」ってやつ。

ナギ「あとは確か『入れ替わり』『憑依』『転生(生まれ変わり)』だっけ? こっちもネタ考えてんだろ?」

 まーねー。例えばヴァンパイアのお嬢さまと従者の少年の入れ替わりとか……

ナギ「性別や立場だけじゃなく、種族も替わっちゃうとお話の幅が広がりそうだな……っていうかそんなことに脳ミソのリソース使ってないでさっさとアタシらの話の続き書けえええええええええっ!!(触手ぎゅううううっ!)」

 ぐええええええええ……っ!

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