プロローグ
─ prologue ─
二十四時間後の近未来。
「──局とつながってる? つながってる? いける? ……え〜再び現場からです。本日午後三時すぎ、更紗(さらさ)市にある私立明緑館(めいりょくかん)学園のグラウンドに突然現れた巨大な光の柱は、四時間経った今も変わらず、ご覧のように光り続けています」
「現在、その周囲を陸上自衛隊の即応部隊が包囲して、不測の事態に備えています」
「グラウンドの地面にも、その上空にもこのような光を発する原因となるものは確認できず、専門家は首をひねっているとのことです」
「あれはプラズマ! プラズマなのですっ! プラズマで全て解明できるのですっ!!」
「……専門家は首をひねっています」
「だからプラズマっ!!」
ばらばらばらばらばらばらばらばら──
警察、消防、自衛隊、そして報道機関のヘリがいくつも旋回する真下で、防災ヘルメットをかぶった各局のアナウンサーたちが、それぞれのカメラを通して視聴者に状況説明を続けている。そんな彼らの背後には、太さ七〜八メートル、高さ二十メートルほどの白く光り輝く巨大な柱≠ェ、圧倒的な存在感とともに暗い夜空へ向かってそそり立っていた。
周囲は装甲車と土嚢でぐるりと取り囲まれ、小銃で武装した陸自の隊員たちが緊張の面持ちで有事に備えている。さらにその後ろには付近一帯から駆けつけた消防車、そのまわりに報道関係者たちが集まり、学園の敷地の外では警察の制止を物ともせずに野次馬たちが殺到し、突如起こったこの超常現象を固唾をのんで見守っていた。
「申し訳ありません学園長先生、ここは我々に任せて安全なところへ退がってください」
「そうはいきません。この学園の最高責任者として、事態の推移を見届けなければなりませんし……それに、私はここにいなければいけないと感じるのです」
「感じる、とおっしゃられましても──」
「長年教職にたずさわってきた者の経験則、とでも申しておきましょうか……」
「と、とにかく、お気持ちはわかりますが、現場を預かる者としては、不測の事態に対処できるよう常に備えなければならなく──」
「現時点で熱や放射線等、危険な兆候は全く検知されていないとお聞きしましたが?」
「ですが……」
光の柱≠ヘグラウンド付近の光量が最も明るく、ヘリからの映像では上に行くにつれてサーチライトの光のようにかすれていっている。やはり、地面近くに「何か」あるのではないかというのが大方の見通しだった。
「二時間前に自衛隊員が数名、この光の柱の中へ突入しようとしましたが、透明な壁のようなものに阻まれてしまい(ネットでは「バリア」「バリアだろ」「バリアって言えよ」といったカキコミで画面がいっぱいになった)、内部がどうなっているのかは未だ不明……ち、ちょっとお待ちください! 今、何か変化があったようですっ!」
アナウンサーの顔を映していたカメラが横にパンして、柱≠正面に捉えた。それは映像越しでもはっきりと、脈打つように光の範囲を縮めていく……
「な、何でしょうあれはっ!? 光の中に何か……いくつもの……人影のような──」
その言葉に、カメラの映像が一斉にズームアップする。
次の瞬間、光の柱が砕けて飛び散るように消失し、あたりが一瞬暗くなった。すかさず装甲車に備え付けた投光器が照らされて、それら≠ェ光の中に浮かび上がった。
「「「…………」」」
現場にいた者、テレビやネットの映像越しに見ていた者──皆、我が目を疑った。
それは人影……ではあったが、ヒト≠ナはなかった。
耳がとがっているのがいた。
頭に角があるのがいた。
目が顔の真ん中にひとつしかないのがいた。
腕が翼になっているのがいた。
四肢に獣の毛や鱗が生えているのがいた。
腰から下がヒトの脚じゃないのがいた。
身体が粘体になっているのがいた。
背中でチューブみたいな触手がうねっているのがいた……
コスプレでも着ぐるみでも幻覚でもない、リアリティあふれる本物≠フ存在。
鬼、悪魔、獣人、妖怪、モンスター。
それは神話やおとぎ話、そしてそれらをモチーフにした映画やアニメ、ゲームの中から抜け出てきたような、異形の集団だった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……ばっ、化け物!?」
静寂の中、誰かが声を漏らし……それを合図にしたかのように、自衛隊員の何人かがその顔に憑かれたような半笑い──たとえるなら、逃げ惑う群衆役に選ばれて真剣な表情をしないといけないのに、ゴジラ映画に出してもらった嬉しさがつい顔に出てしまった素人エキストラのような──を浮かべ、芝居がかった雄叫びを上げていきなりとび出した。
「「「う、うおおおおおおおおお〜っ! いくぞっ──!!」」」
そして指示も待たずに手にした小銃を構え、引き金を引こうとする。おそらく彼らの頭の中では、渡辺◯明サウンドか菊池◯輔サウンドが大音量で鳴り響き、エイリアンだのインベーダーだの、未確認なんちゃら体だの根源的破滅なんちゃら体だの、使◯だの◯etaだのネウ◯イだの深海◯艦だの、固有ナントカだのナントカ郷だのナントカ特地だのといった単語やフレーズがいくつも飛びかっているのだろう。
──そうだ、俺たちはっ! 俺たちはこの時を待っていたっ!!
──地球の平和を守るために戦う! この時をっ!!
──さあ始まるぞっ! 俺たちの戦いはこれからだっ!!
最低最悪のファーストコンタクト。だが、その時──
「おやめなさいっ!」
凛とした声があたりに響き、先走った彼ら──いや、その場にいた全ての人間が金縛りにあったかのように動きを止めた。
「神聖な学舎の中で暴力をふるうなど……まして人に銃を向けるなど、あってはならないことですっ。今すぐそれを降ろしなさい!」
薄い紫色のレディススーツを着た妙齢の女性が、ゆっくりとした足取りで後ろから近寄ってきた。
「学園長さん!? ですがあれはどう見てもヒトでは……あっ! きっ、危険ですっ! 近寄らないでっ!」
だが、「学園長」と呼ばれた彼女は現場責任者──部隊長の制止を聞き流し、土嚢の囲みを通り越して前に進んだ。
そして肩越しに振り向き、咎めるような口調とともに、惚けた表情を浮かべて棒立ちになった隊員たちを睨みつける。「よくご覧なさい。彼女たちはケガをしてるではないですか」
「彼女、たち……?」
丸みを帯びた肩、すらりと伸びた手脚、胸元の膨らみ、くびれた腰、ふっくらしたお尻──
言われて見れば、彼らのヒトと似通った部分は女性の……年若い少女の姿形をしていた。
「「「…………」」」
唖然とした包囲陣を尻目に、彼女──明緑館学園の理事長兼学園長、明貴薫子(あきたか・かおるこ)は両手を広げ、傷の痛みと投光器の光に顔をしかめながら困惑と警戒がない交ぜになった表情を浮かべて身を寄せ合う、異形の少女たちに微笑んだ。
「ようこそ、明緑館学園へ」
この物語は、我々人類とは異なる生態、異なる能力、異なる価値観を持つ彼女たち魔物娘が、人々の誤解や偏見を乗り越えて絆を繋ぎ、共生していく姿を描いたものである……
……なぁんちゃって(笑)。
二十四時間後の近未来。
「──局とつながってる? つながってる? いける? ……え〜再び現場からです。本日午後三時すぎ、更紗(さらさ)市にある私立明緑館(めいりょくかん)学園のグラウンドに突然現れた巨大な光の柱は、四時間経った今も変わらず、ご覧のように光り続けています」
「現在、その周囲を陸上自衛隊の即応部隊が包囲して、不測の事態に備えています」
「グラウンドの地面にも、その上空にもこのような光を発する原因となるものは確認できず、専門家は首をひねっているとのことです」
「あれはプラズマ! プラズマなのですっ! プラズマで全て解明できるのですっ!!」
「……専門家は首をひねっています」
「だからプラズマっ!!」
ばらばらばらばらばらばらばらばら──
警察、消防、自衛隊、そして報道機関のヘリがいくつも旋回する真下で、防災ヘルメットをかぶった各局のアナウンサーたちが、それぞれのカメラを通して視聴者に状況説明を続けている。そんな彼らの背後には、太さ七〜八メートル、高さ二十メートルほどの白く光り輝く巨大な柱≠ェ、圧倒的な存在感とともに暗い夜空へ向かってそそり立っていた。
周囲は装甲車と土嚢でぐるりと取り囲まれ、小銃で武装した陸自の隊員たちが緊張の面持ちで有事に備えている。さらにその後ろには付近一帯から駆けつけた消防車、そのまわりに報道関係者たちが集まり、学園の敷地の外では警察の制止を物ともせずに野次馬たちが殺到し、突如起こったこの超常現象を固唾をのんで見守っていた。
「申し訳ありません学園長先生、ここは我々に任せて安全なところへ退がってください」
「そうはいきません。この学園の最高責任者として、事態の推移を見届けなければなりませんし……それに、私はここにいなければいけないと感じるのです」
「感じる、とおっしゃられましても──」
「長年教職にたずさわってきた者の経験則、とでも申しておきましょうか……」
「と、とにかく、お気持ちはわかりますが、現場を預かる者としては、不測の事態に対処できるよう常に備えなければならなく──」
「現時点で熱や放射線等、危険な兆候は全く検知されていないとお聞きしましたが?」
「ですが……」
光の柱≠ヘグラウンド付近の光量が最も明るく、ヘリからの映像では上に行くにつれてサーチライトの光のようにかすれていっている。やはり、地面近くに「何か」あるのではないかというのが大方の見通しだった。
「二時間前に自衛隊員が数名、この光の柱の中へ突入しようとしましたが、透明な壁のようなものに阻まれてしまい(ネットでは「バリア」「バリアだろ」「バリアって言えよ」といったカキコミで画面がいっぱいになった)、内部がどうなっているのかは未だ不明……ち、ちょっとお待ちください! 今、何か変化があったようですっ!」
アナウンサーの顔を映していたカメラが横にパンして、柱≠正面に捉えた。それは映像越しでもはっきりと、脈打つように光の範囲を縮めていく……
「な、何でしょうあれはっ!? 光の中に何か……いくつもの……人影のような──」
その言葉に、カメラの映像が一斉にズームアップする。
次の瞬間、光の柱が砕けて飛び散るように消失し、あたりが一瞬暗くなった。すかさず装甲車に備え付けた投光器が照らされて、それら≠ェ光の中に浮かび上がった。
「「「…………」」」
現場にいた者、テレビやネットの映像越しに見ていた者──皆、我が目を疑った。
それは人影……ではあったが、ヒト≠ナはなかった。
耳がとがっているのがいた。
頭に角があるのがいた。
目が顔の真ん中にひとつしかないのがいた。
腕が翼になっているのがいた。
四肢に獣の毛や鱗が生えているのがいた。
腰から下がヒトの脚じゃないのがいた。
身体が粘体になっているのがいた。
背中でチューブみたいな触手がうねっているのがいた……
コスプレでも着ぐるみでも幻覚でもない、リアリティあふれる本物≠フ存在。
鬼、悪魔、獣人、妖怪、モンスター。
それは神話やおとぎ話、そしてそれらをモチーフにした映画やアニメ、ゲームの中から抜け出てきたような、異形の集団だった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……ばっ、化け物!?」
静寂の中、誰かが声を漏らし……それを合図にしたかのように、自衛隊員の何人かがその顔に憑かれたような半笑い──たとえるなら、逃げ惑う群衆役に選ばれて真剣な表情をしないといけないのに、ゴジラ映画に出してもらった嬉しさがつい顔に出てしまった素人エキストラのような──を浮かべ、芝居がかった雄叫びを上げていきなりとび出した。
「「「う、うおおおおおおおおお〜っ! いくぞっ──!!」」」
そして指示も待たずに手にした小銃を構え、引き金を引こうとする。おそらく彼らの頭の中では、渡辺◯明サウンドか菊池◯輔サウンドが大音量で鳴り響き、エイリアンだのインベーダーだの、未確認なんちゃら体だの根源的破滅なんちゃら体だの、使◯だの◯etaだのネウ◯イだの深海◯艦だの、固有ナントカだのナントカ郷だのナントカ特地だのといった単語やフレーズがいくつも飛びかっているのだろう。
──そうだ、俺たちはっ! 俺たちはこの時を待っていたっ!!
──地球の平和を守るために戦う! この時をっ!!
──さあ始まるぞっ! 俺たちの戦いはこれからだっ!!
最低最悪のファーストコンタクト。だが、その時──
「おやめなさいっ!」
凛とした声があたりに響き、先走った彼ら──いや、その場にいた全ての人間が金縛りにあったかのように動きを止めた。
「神聖な学舎の中で暴力をふるうなど……まして人に銃を向けるなど、あってはならないことですっ。今すぐそれを降ろしなさい!」
薄い紫色のレディススーツを着た妙齢の女性が、ゆっくりとした足取りで後ろから近寄ってきた。
「学園長さん!? ですがあれはどう見てもヒトでは……あっ! きっ、危険ですっ! 近寄らないでっ!」
だが、「学園長」と呼ばれた彼女は現場責任者──部隊長の制止を聞き流し、土嚢の囲みを通り越して前に進んだ。
そして肩越しに振り向き、咎めるような口調とともに、惚けた表情を浮かべて棒立ちになった隊員たちを睨みつける。「よくご覧なさい。彼女たちはケガをしてるではないですか」
「彼女、たち……?」
丸みを帯びた肩、すらりと伸びた手脚、胸元の膨らみ、くびれた腰、ふっくらしたお尻──
言われて見れば、彼らのヒトと似通った部分は女性の……年若い少女の姿形をしていた。
「「「…………」」」
唖然とした包囲陣を尻目に、彼女──明緑館学園の理事長兼学園長、明貴薫子(あきたか・かおるこ)は両手を広げ、傷の痛みと投光器の光に顔をしかめながら困惑と警戒がない交ぜになった表情を浮かべて身を寄せ合う、異形の少女たちに微笑んだ。
「ようこそ、明緑館学園へ」
この物語は、我々人類とは異なる生態、異なる能力、異なる価値観を持つ彼女たち魔物娘が、人々の誤解や偏見を乗り越えて絆を繋ぎ、共生していく姿を描いたものである……
……なぁんちゃって(笑)。
17/02/05 08:59更新 / MONDO
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