【第二章・白澤先生の個人℃業】
「おい知ってるか? シェール先輩が例のヴァルキリーに倒されたって話」
「マジか? あの、イタズラに引っかかったやつを嘲笑うのが三度の飯より好きとかいうマンティコアの──」
「なんでも事前に仕掛けておいたトリモチネットやエロエロ催淫ガスとかのトラップを力技で全部突破されたあげく、逆にむこうが仕掛けた金だらいを頭に落とされて、すっかり自信喪失してしまったんだと」
「そういやアイナのやつも、そのヴァルキリーにボコられたって聞いたな」
「ゲイザーご自慢の邪眼を使おうとしたら目玉に黒板消し全力でぶつけられて、そのまま自分の触手でぐるぐる巻きにされて校舎の窓からミノムシみたく吊るされたってさ」
「容赦ねえな、紅の戦天使」
「それであいつも最近おとなしくなったってわけか……って、聞いてんのか? ホシト」
「…………」
放課後の教室で他の男子生徒たちと駄弁っていたホシトは、いきなり何かに気づいたかのように視線を明後日の方へ向け、椅子から立ち上がった。
「どうした? いきなり」
「……あ、あ〜わるい、俺、ユーチェン先生に頼まれてたこと思い出した」
顔の前に右手を立ててそう言うと、彼は踵を返して教室をとび出していった。
なんか最近付き合い悪いなあ……といった声を背に、廊下の角を小走りで曲がって、階段を一段とばしで駆け上がる。
──なんだろう? また♂スか嫌な予感がする……
まるで急かされるような、早く行かないと取り返しのつかないことになりそうな、そんな焦りにも似た気持ちに捉われる。
ホシトはまわりにヒトの気配がないことを確認して、空き教室にとび込むと、
「エンジェリンク(天使転生)、ヴァルキリー!」
閃光とともに制服を着た男子生徒から、真紅のドレスアーマーをまとった戦天使の少女へと姿を変えた。
ホシト・ミツルギは、わずか1.93秒でヴァルキリー・ステラへと性転換変身する。
……では、そのプロセスをもう一度見てみよう。
「エンジェリンク、ヴァルキリー!」
変身の呪文──スタートアップワードを唱えると、時間が引き延ばされるような感覚とともに、着ていた制服が光の粒子と化して弾け、消失する。
同時に身体全体が柔らかく、顔つきを含めて丸みを帯びていく。
胸に二つの膨らみが生じ、肩幅が狭まっていく。
髪が蜂蜜色に染まり、首筋を越えてふわりとなびく。
ウェストがくびれ、腰とお尻がきゅっと持ち上がる。
腕と脚がすらりと細く長くなり、胸の膨らみがきれいな半球を描く。
陰茎は陰核に、陰嚢は陰唇に転じ、男性器が消失した跡に女性器──膣が形成され、身体の奥に生じた命を育む器官──子宮と繋がる。
「ふぁ……あ、あぁん──っ」
軽くイったときにも似た陶酔感。桜色の唇から漏れる声も、高く澄んだものになっている。
女体化したその身体に光の粒子が再び集まり、真紅のドレスアーマーが形成される。
「…………」
閉じていた目を見開く。長い睫毛に覆われた、サファイアのような蒼い瞳。
ヴァルキリーの姿になったホシト……ステラは腰にある二対四枚の翼を大きく広げ、空き教室の窓から初夏の空へと飛び立った。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「来たカ、ヴァルキリー」
「あたしは『やめなさい』って言ったんだけどね〜」
講堂棟との渡り廊下の前でステラを待ち構えていたのは、大勢の生徒たちに囲まれたアマゾネスのノザとラタトスク娘のメリア、そしてノザの右腕に首を抱きかかえられている小柄なポニテ男子──
「ソーヤっ! ……くん!」
「ステラさんっ」
どうやら絞め落とされてはいないようだ。彼女が風を巻いて地面に降り立つと、周囲から、おお……と一斉にどよめきが起こった。
「あれが、紅のヴァルキリー」
「ホントに来ちゃったよ、おい」
「ナマ天使初めて見た。あの剣、両手持ちだよな……」
「ノザの奴、マジであれとやり合う気かよ」
高等部屈指の武闘派魔物娘と正体不明の美少女戦天使。相対する二人に、ざわめきが広がっていく。さっきまでホシトと駄弁っていた男子たちも騒ぎを聞きつけ、ばたばたと駆け込んできた。
しかしステラはそんな野次馬たちの視線をガン無視して、ノザへと向き直った。
「ちょっと! どういうつもりなの、あなたっ?」
「ノザ、オマエと戦いタイ。だからソーヤ捕まえタ。そうすればオマエ来ル」
怒気を含んだステラの問いかけに、ノザは衆人環視の中しれっとそう答えた。ブラウスの袖をちぎってノースリーブにしたいつもの制服姿ではなく、迷彩のような紋様が入った民族衣装──戦装束に身を包んでいる。
その出で立ちを見て、ステラは彼女らアマゾネスが戦いのあと、大勢の前で男性との交わりを見せつけることで、自分の力を誇示するという噂を思い出した。
「そんなことのために……ソーヤくんを巻き込んだのっ?」
さらに眉を吊り上げ、怒気を含んだ口調で睨みつける。
ガンをとばしてくるステラにノザは軽く首を傾げると、にまっと笑みを浮かべた。
「ノザ、オマエと戦ウ。ソーヤ、ノザのヨメにナル。ジパングで言うイッセキニチョー」
「え? お婿さんじゃなくてお嫁さんなの? 僕」
「…………」
危機感のない声を上げるソーヤに胸中で溜息を吐きながら、ステラは刃落ちのツヴァイヘンダーを右手だけでブンッと大きく横に振った。
「……フッ、ソウこなくてはナ」
ノザもニヤリと笑ってソーヤを放すと、腰の後ろに吊るした鞘から大ぶりな魔界鋼製のマチェット(山刀)を抜き、顔の前に構える。
「いくゾ、ヴァルキリー!」
「こいっ!」
「ガアアウゥ──ッ! ケケーッ!!」「うおりゃあああっ!」
真っ向勝負! 一気に間を詰めとびかかってくるノザに、ステラも両手で持ち直したツヴァイヘンダーを振りかぶった。
「ソーヤくんこっち」
「わっ!? ……メ、メリアさんっ?」
いきなり手を引っ張られて、校舎側へとバランスを崩すソーヤ。
重い金属音を響かせて互いの得物をぶつけ合う二人を横目で見ながら、巻き込まれないよう彼の手を引いたメリアは、その横で「やれやれ」と溜め息を吐いた。
「ノザちゃんもたいがいだけど、あのステラとかいうヴァルキリーも結構脳筋なのね」
「え、えっと、まあ──」
ツヴァイヘンダーの切っ先を下に向け、ステラは刀の背を盾にしてノザのかかと落としをブロック、そのまま力任せに横になぎ払う。
ふっとばされたノザは空中で両脚を抱えて後方へ一回転し、着地と同時に地面を蹴って再度間合いを詰め、手にしたマチェットの切っ先を突き入れる。
否定したくてもできない……重い得物を豪快に振り回し戦う戦天使の少女を見つめながら、ソーヤはメリアの問いかけに「あははは」と乾いた笑い声を上げて同意する。
ラタトスク娘はクスッと笑って、そんな彼に身を寄せると、
「ソーヤくんがさっさと誰かとくっついちゃえばぁ、丸く収まると思うんだけどなあ……例えばあたしとか──」
ドガッ──!
次の瞬間、ステラの持っていたツヴァイヘンダーが、彼女の尻尾の毛をかすめて背後の壁に突き刺さった。
「…………」
口の端を引きつらせ目を点にして、ギ、ギ、ギ……と油が切れた絡繰仕掛けのように振り向く。
「ごめん手が滑った」
「わ・ざ・と・で・しょっ!!」
棒読み口調で応えるステラに、メリアは顔面蒼白涙目で怒鳴り返した。
武器を失い、両の拳を固めてボクシングスタイルで身構える紅の戦天使。ノザも手にしたマチェットを投げ捨てると、腰をぐっと落とした低い姿勢で構えをとった。
そして己が内にある獣性を、極限まで高めていく……
「ガアアア……ッ、ガウウ──ッ!!」
間合いを詰めて繰り出されたステラの拳と蹴りを、その全身をバネにして跳び上がってかわすと、アマゾネスの少女は後ろにトンボを切り、校舎の外壁と後付けで併設された昇降機(エレベーター)棟の間をパルクールじみた三角飛びで駆け上がった。
「ムウッ、あの技はもしや……っ!」
「知っているのか◯電っ!?」
「ウム、あれこそ霧の大陸に棲まう猿の魔物娘が木から木へと飛び移って男を襲う動きを元に、かの密林の騎手≠ェ編み出したモンキーもといカクエンアタック! まさかその荒技を、ここで目にすることになろうとはっ!!」
「……あんたら誰?」
「ガアアアウウウウウウッ!! ……ケケケ──ッ!!」
雄叫びを上げて壁を蹴り、宙に躍り出ると、両腕を広げて眼下の戦天使に襲いかかるノザ。
「ステラさんっ!」
「……!」
ステラはソーヤの声に応えるかのように、腰の翼をひと打ちさせた。
──飛ぶ、ノカ?
一瞬の躊躇。刹那の隙。しかしステラはその場で左足を後ろに引き、一拍遅れて繰り出されたノザの右腕を絡め取ると、同時に身体を大きく捻った。
攻撃のタイミングを狂わされたノザは、落下の勢いのまま背中から地面に叩きつけられ、息を詰まらせる。
「グ……ッ! ガアアッ──!」
「チェックメイト」
ステラはすかさず彼女を押さえ込み、その首筋に手刀を当てた。
「ヌウゥ、今のはまさに……っ!」
「知っているのか雷◯っ!?」
「ウム、あれこそかの諮問探偵が会得し、稀代の犯罪王とともに滝壺へと落ちた際に、その命を間一髪で救ったとされる伝説の体術バーリッツ! まさかその使い手と、このような場所で巡り会えるとはっ!!」
「……だからあんたら誰っ?」
どう見ても学生には見えない濃ゆいおっさん顔の巨漢たちが重々しくやりとりする中、仰向けになっていたノザは、ふっと息を吐き、差し出されたステラの手をつかんで身を起こした。
「オマエ、強い。ノザの負けダ」
敗北を認め、しかし、彼女は戦う前と同じようにニヤリと笑みを浮かべる。「次は負けナイ。マタ戦ってくれるカ?」
「いいわよ。また、返り討ちにしてあげる」
「ソレはこっちの台詞ダ」
ステラも不敵な笑みを返し、二人は夕日をバックに手を握り合ったまま、土ぼこりのついた顔でお互いを見つめた。
熱血青春マンガみたい……という誰かのつぶやきは、とりあえず聞かなかったことにする(笑)。
「ステラさん、だ──大丈夫?」
おっかなびっくり駆け寄ってくるソーヤ。ノザはステラの手を離し、まわりをぐるりと見回すと、両腕を頭上に振り上げ高らかに叫んだ。
「ステラといったナ! ソーヤはオマエのモノダ! 我らアマゾネスのしきたりにならイ、今コノ場デ盛大に交わるとイイッ!!」
「なっ!?」
次の瞬間ギャラリーが、しーんと静まり返った……
「え、えっと……その、ま、まだ、心の準備が──」
「し、しなくていいわよっ!!」
顔を真っ赤にしておどおどつぶやくソーヤに、ステラは倍以上に赤面して金切り声を上げた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「あははははははははっ。あー、笑い過ぎてお腹が痛い……」
「…………」
書類が山積みになったテーブルをばしばし叩いて笑い転げるユーチェンを半眼で睨みつけ、ホシトは口をへの字に曲げた。
普段落ち着いたイメージがある彼女にそんなことされると、なんかイラッとくる。
「……で、ヤっちゃったの?」
「するわけないでしょっ、ヒト前でっ」
眼鏡を額に上げて目尻の笑い涙を指先で拭う白澤先生に、ホシトは顔を赤らめ怒鳴り気味に言い返した。
ヤっちゃうもなにも、あのあと急に恥ずかしく、いたたまれなくなって、何も言わずにあわてて飛び去ってしまったのだ。
「じゃあ、ヒト前じゃなきゃヤってたんだ♪」
「だ〜か〜ら〜っ、男同士で何しろって言うんですかっ?」
「あら、ステラちゃんはヴァルキリーだから女の子でしょ?」
「いや、中身俺だし……」
からかわれているのだと、頭ではわかっている。だけどツッこまずにはいられない。たとえ言葉遣いや仕草が身体に引きずられて女の子っぽくなっていようが、女体での自慰行為にはまり込んでいようが、自分は間違いなく男なのだから──
「でも、あなた最近ソーヤくんばかり助けてるわよね」
「え? ……っと、そ、それは、あ、あいつがしょっちゅう魔物娘に襲われるから、その、ほ、ほっとけないっていうか……なんて、いうか……」
ごにょごにょと、語尾をにごすホシト。
オークのペトラ&パメラ、ハイオークのカーリィから始まり、ゲイザーのアイナ、マンティコアのシェール、そして今日はアマゾネスのノザ、ついでにラタトスクのメリア……言われてみれば確かにここ最近、ソーヤ絡みの「事案」に介入することが続いているような。
……べ、別にあいつを特別扱いしてるわけじゃ、ないんだからねっ──
などと思いながら、身体をもじもじさせ、無意識に視線を逸らす。
ユーチェンはそんなホシトに溜息を吐くと、テーブルの上で指を組んだ。
「あなただけには教えておくわ。ソーヤくん……あの子、自分でも気づいていないけど、勇者の資質を持っているの」
「ソーヤが? まさか──」
ホシトは驚きに目を丸くして、彼女に向き直る。
頼りなさげな印象のソーヤとは、全く結びつかない「勇者」という単語。だが白澤先生の表情は、おふざけでからかってくるときのそれじゃなかった。
「マジで?」
「マジで」
「マジか……」
念押しされても、いまいち信じられない。
でもよくよく考えてみたら、俺、ソーヤのことほとんど何も知らないんだよな……ホシトは無意識のうちに手を胸に当て、ふと思った。
知っていることといえば、彼が両親と一緒に教団領から亡命してきたということくらいだ。
「ソーヤが、勇者……」
とくん──
ぽつりとそうつぶやくと、胸の奥で何かが、かすかにうずいたような気がした。
「まあ、訓練も祝福≠燻けてないから、勇者としての力を行使することはできないけどね」
というか今のご時世、「勇者」など主神教団のプロパガンダ(宣伝)くらいでしかお目にかかることはない。もちろんそんなところに出てくるのは、見てくれのいい教団員に形ばかりの祝福を授けた「なんちゃって勇者」だったりする。
「で、でもその話と、ソーヤくんが魔物娘に立て続けに襲われることと、どう関係があるの?」
「人間の枠を超えた力を身に宿している本物の勇者は、本人に自覚がなくても私たち魔物娘を無意識のうちに惹きつけるの」
そう説明すると、ユーチェンは口元に人差し指を当てて目を細めた。「もちろんヴァルキリーであるあなたもねっ、ス・テ・ラ・ちゃん♪ 」
「え……?」
その名で呼ばれて、反射的に下を向く。
目にとび込んできたのは、膨らんだ胸元と、真紅のドレスアーマーに包まれた自分の身体──
「や、やだっ!? どうして……?」
胸とへその下に手をやり、開いていた両脚をあわてて閉じる。
いつの間にかヴァルキリーの──女の子の姿へと変身している自分に驚き、ソファから腰を浮かせて身体中をまさぐり狼狽えるホシトもといステラ。
「ほらほら落ち着いて。すぐ元に戻ろうとしたら、身体にどんな影響が出るかわからないわよっ」
「あ……」
パニくりあわてる彼女を、ユーチェンは優しくそっと抱き寄せた。
ふわふわクッションみたいな爆乳に顔を埋められて、ステラは頬を赤らめドキドキしながらも、力を抜いてその身をまかせてしまう。
「今日はしばらくそのままでいた方が、いいみたいね……」
しばらく抱きしめたあと、ユーチェンは身を離してそう言うと、胸の前で手をポンと叩いた。「そうだっ、ちょうどいい機会だから、今夜は先生のとこにいらっしゃい」
「……へ?」
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
夜──
「さあ、遠慮せずに入って」
「お、おじゃまします……」
白澤先生に促され、ステラはワールスファンデル学院教員用アパートメントにある、彼女の部屋に足を踏み入れた。
ドアをくぐったところで、前を行く背中におそるおそる声をかける。
「あ……あのっ、ほ、ほんとにいいん、ですか?」
「大丈夫っ♪ ステラちゃんは女の子なんだから、女の子同士なんの問題もないわよっ♪」
「…………」
肩越しに振り返り、いたずらっぽくウインクするユーチェン。
暗に、男に戻ったら速攻で叩き出す──と言われている気がして、ステラはぎくしゃくした動きで脚を動かしその後に続く。「女の子同士?」なんてツッコむ余裕なんかありゃしない。
「意外……、片付いてる──」
「仕事は家に持ち帰らない主義なの」
研究室と違ってきれいに整理された部屋に、ステラは目を丸くする。ユーチェンはそのつぶやきに一瞬くちびるを尖らせるが、すぐにいつもの顔に戻った。
「じゃあ先生はお夕飯の用意をするから、ステラちゃんは先にお風呂に入ってて」
「え? で、でも、その、え──えっと、あの、その、わ、わたし、着替え持ってない……」
「少し大きめだけど、先生の服貸してあげる。さっ、入った入った」
「あ、え、ち……ちょっと──」
有無を言わさず手をつかまれ、脱衣場に押し込まれる。
しばし呆然と立ち尽くし、洗面台の鏡に映った女の子姿の自分に溜息を吐くと、ステラは手を胸に当てた。
「キャストオフ……」
着ていたドレスアーマーが、いつものように光の粒子と化して、消失する。
下着を慣れた手つきで脱ぎ去り、ランドリーボックスに放り込むと、ステラは浴室のドアを開けた。魔導タイマーがセットされていたのか、浴槽にはすでにお湯が張られていた。
「…………」
今の姿で風呂に入るのは初めてだ。シャワーを軽く浴びて、誰もいないのに胸とへそ下を手で隠し、ゆっくりと湯船に身体を沈めていく。
肩まで浸かると、胸に浮力を感じた。男の時とは違うその感覚に一瞬戸惑うが、思考が女性化しているためか、こんなものかな……と思い直す。
「ふう……」
指を組んだ手を、顔の前に「ん〜」と伸ばしてリラックス。
緊張が解けたステラは、研究室でユーチェンに言われたことを思い返した。
勇者は、私たち魔物娘を無意識のうちに惹きつけるの……
もちろんヴァルキリーであるあなたもね……
「わたしがソーヤくんばかり助けてるのは、ヴァルキリーとして勇者の力を持つ彼に惹かれているせい、なのかな……?」
ぽつりとつぶやいた自分の言葉に顔を赤らめ、ぶくぶくぶく……と鼻の下までお湯に沈んでいく。
「ステラちゃ〜ん、お湯加減どう?」
「あ、はい、え、えっと……ち、ちょうどいいですっ」
ドアの向こうから、ユーチェンが声をかけてきた。あわてて答えを返すと、
「そう。じゃあ、先生も入るね」
「は、はい…………じゃなくてっ!」
次の瞬間、ステラの視界に圧倒的なおっぱいがエントリーしてきた。
「あら、ちゃんと髪をタオルでまとめてるのね。感心感心」
「い、いや、そ──そうじゃなくて……っ」
自然な調子でバスチェアに座ってシャワーを浴びる白澤先生から目をそらし、ステラは耳まで真っ赤になって浴槽の端に縮こまった。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。女同士なんだし」
「いや、その、だから……」
「ほらっ、女の子の身体の洗い方わからないでしょ? 先生が洗ってあ・げ・る♪」
「言ってることが矛盾してる〜っ!」
悲鳴じみた返事をスルーして、ユーチェンはステラの脇の下に手を入れると、彼女を湯船から引っぱり出した。
思っていた以上の強い力で、抵抗する間もなく椅子に座らされる。泡立てたスポンジを手にしたユーチェンが、その背後に回った。
「どうして──」
「……?」
ぽつりとつぶやいたステラに、怪訝な表情を浮かべる。
「ユーチェン先生は、どうしてわたしに良くしてくれるんですか? いくら叔父さんたちに頼まれたからって──」
「……そっか、まだ話してなかったっけ」
たいした話じゃないんだけどね……と前置きすると、彼女はステラの背中にお湯をかけ、肩をスポンジで優しくこすりながら語り出した。
それは駆け出しの学士だった頃のユーチェンが、見聞を広めるために旅をしていた頃の話。
西方では珍しい魔物娘である白澤。そのツノを身につければ森羅万象全ての知識を得られるという噂を信じ込んだ貴族の好事家が彼女のそれを手に入れようと、「悪しき魔物が東の国からこの地を滅ぼしに来た」と主神教団の連中を焚き付けて──
「……で、教団兵たちに追いかけ回されていた時にかくまってくれたのが、あなたのご両親だったわけ」
「そんなことが、あったんですか……」
困惑したように、首を傾げるステラ。
尋ねてはみたものの、子どもの頃の記憶がない彼女には、いまいちピンとこないようだ。……ちなみに追っ手の教団兵たちとその上役は、いち貴族の私欲で動いたことが表沙汰になってしまい、魔界との最前線にとばされたとか。
ユーチェンは微笑みを浮かべ、指先でステラの頬をつついた。
「あの時抱っこした赤ちゃんが、こんなに可愛い女の子になるなんてね〜♪」
「え? それって……あ、あぁん──!」
背中を洗っていたその手が、いつの間にか身体の前へと伸びてくる……
「うふふっ、ステラちゃんの胸、意外と大きいのね」
「あっ、や──やだ先生……っ、ち、乳首ばっかりこすらないでぇ……」
いっぺん女の子同士でシてみたかったのよね〜っと言いながら、ユーチェンの手のひらがステラの胸の膨らみを揉みしだき、その指先がピンと立った乳首をつまんで弄ぶ。
「お願い……やめ、て…………やぁんっ──」
自分自身でする≠フとは、まるで違うその感覚。ステラは思わず椅子から腰を浮かして、そのくすぐったさに身をよじった。
「あらあら、感じ方もすっかり女の子なのね♪」
「あっ……、違っ──やん……っ! い──言わ、ないで…………あ、あああぁんんっ!」
背中にむにゅっと爆乳を押し付けられ、耳元で囁かれる。
強過ぎず、弱過ぎず……絶妙な力加減で、胸を、お腹を、身体中をまさぐられ、撫でられる。
「ステラちゃん、部屋でひとりエッチしてるんでしょ?」
「……!? ど、どうして……それを──」
「ふふっ、ナ・イ・ショ♪」
なんのことはない。脱衣場で裸になっても騒がなかったのは見慣れているから。だけど学生寮は共同浴場なので、ステラの姿で風呂に入っているとは思えない……と推理してカマをかけただけである。
「あ……んっ、や、やめ──や、んっ、うあ……あ、あぁん──」
ユーチェンの指の動きが、さらに細かく、執拗なものになっていく。
恥ずかしさと気持ちよさ、背徳感がないまぜになった快感に耐えきれず、ステラは何度も首を横に振り、嬌声を上げた。
いつの間にか床のタイルに手をついて、四つん這いの格好になる。白澤先生はスポンジに残っていた石鹸の泡をすくうと、それをうつむくステラの秘所へ塗り込むように、手を這わせた。
くちゅ、くちゅ、くちゅ……くちゅくちゅ…………
「ぅあ──あんっ、やあ……ぁ、ぁう──ん、んん……っ──」
ぬるぬるした石鹸の泡の感触と、そこへ絡みつくような指づかい。
意識とは裏腹に、ステラの身体はされるがまま、絶頂を求めてたかまっていく──
「……んふふっ、どう? 気持ちいい?」
「う……き、気持ち、いい──ぁあ……ん……」
「じゃあ、自分が女の子だと自覚して受け入れて。そうすれば、もっともっと気持ちよく、なるから──」
「もっと気持ち……よく──」
その言葉に誘われるまま、ステラはユーチェンの優しくも執拗な愛撫に身をまかせる。
自分の喉から出る甘くとろけた高い声を、胸で揺れるふたつの膨らみを、泡と愛液にまみれた股間の割れ目を、そしてその奥にある子宮の存在を、強く感じる──
くちゅくちゅ……ちゅぷ…………くちゅ……くちゅ…………くちゅ……くちゅくちゅ……
「──んくっ……んぁ、ふあ……あ、やんっ、……」
頭の中を、白い光が覆っていく。
下腹部をきゅっと締めつけられるような感覚をおぼえ、ステラは浴室の床に手をついたまま、無意識のうちに背筋を反り返した。
「んんっ、はぁん、あ……だ、だめぇっ、わたし、わたし…………あ、い──い、イッちゃうううぅぅぅっ!!」
…………………………………………
……………………
…………
……
「ふふふっ、……ステラちゃん、どう? 気持ちよかった?」
「あ……う、うん──」
オーガズムの余韻に震えるその身体を、柔らかく包まれる。
ステラはユーチェンに優しく抱きしめられながら、ふわふわぼんやりした夢見心地の中、こくんと小さくうなずいた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
借りたパジャマを着て、ソファの上で毛布にくるまって寝息を立てるステラ。
ユーチェンは笑みを浮かべて、その寝顔をじっと見つめ続ける……
「ステラちゃん……ううんホシトくん、あなたがヴァルキリーに変身できるのには、もうひとつ別の仮説があるの。……でもこれを知ったら、あなたの心はもしかしたら壊れてしまうかもしれない──」
だから、悪いけどこれもナイショにしておくわね……そうつぶやいて、白澤先生は教え子の額にそっとキスをした。
to be continued...
次回予告イラスト──
「マジか? あの、イタズラに引っかかったやつを嘲笑うのが三度の飯より好きとかいうマンティコアの──」
「なんでも事前に仕掛けておいたトリモチネットやエロエロ催淫ガスとかのトラップを力技で全部突破されたあげく、逆にむこうが仕掛けた金だらいを頭に落とされて、すっかり自信喪失してしまったんだと」
「そういやアイナのやつも、そのヴァルキリーにボコられたって聞いたな」
「ゲイザーご自慢の邪眼を使おうとしたら目玉に黒板消し全力でぶつけられて、そのまま自分の触手でぐるぐる巻きにされて校舎の窓からミノムシみたく吊るされたってさ」
「容赦ねえな、紅の戦天使」
「それであいつも最近おとなしくなったってわけか……って、聞いてんのか? ホシト」
「…………」
放課後の教室で他の男子生徒たちと駄弁っていたホシトは、いきなり何かに気づいたかのように視線を明後日の方へ向け、椅子から立ち上がった。
「どうした? いきなり」
「……あ、あ〜わるい、俺、ユーチェン先生に頼まれてたこと思い出した」
顔の前に右手を立ててそう言うと、彼は踵を返して教室をとび出していった。
なんか最近付き合い悪いなあ……といった声を背に、廊下の角を小走りで曲がって、階段を一段とばしで駆け上がる。
──なんだろう? また♂スか嫌な予感がする……
まるで急かされるような、早く行かないと取り返しのつかないことになりそうな、そんな焦りにも似た気持ちに捉われる。
ホシトはまわりにヒトの気配がないことを確認して、空き教室にとび込むと、
「エンジェリンク(天使転生)、ヴァルキリー!」
閃光とともに制服を着た男子生徒から、真紅のドレスアーマーをまとった戦天使の少女へと姿を変えた。
ホシト・ミツルギは、わずか1.93秒でヴァルキリー・ステラへと性転換変身する。
……では、そのプロセスをもう一度見てみよう。
「エンジェリンク、ヴァルキリー!」
変身の呪文──スタートアップワードを唱えると、時間が引き延ばされるような感覚とともに、着ていた制服が光の粒子と化して弾け、消失する。
同時に身体全体が柔らかく、顔つきを含めて丸みを帯びていく。
胸に二つの膨らみが生じ、肩幅が狭まっていく。
髪が蜂蜜色に染まり、首筋を越えてふわりとなびく。
ウェストがくびれ、腰とお尻がきゅっと持ち上がる。
腕と脚がすらりと細く長くなり、胸の膨らみがきれいな半球を描く。
陰茎は陰核に、陰嚢は陰唇に転じ、男性器が消失した跡に女性器──膣が形成され、身体の奥に生じた命を育む器官──子宮と繋がる。
「ふぁ……あ、あぁん──っ」
軽くイったときにも似た陶酔感。桜色の唇から漏れる声も、高く澄んだものになっている。
女体化したその身体に光の粒子が再び集まり、真紅のドレスアーマーが形成される。
「…………」
閉じていた目を見開く。長い睫毛に覆われた、サファイアのような蒼い瞳。
ヴァルキリーの姿になったホシト……ステラは腰にある二対四枚の翼を大きく広げ、空き教室の窓から初夏の空へと飛び立った。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「来たカ、ヴァルキリー」
「あたしは『やめなさい』って言ったんだけどね〜」
講堂棟との渡り廊下の前でステラを待ち構えていたのは、大勢の生徒たちに囲まれたアマゾネスのノザとラタトスク娘のメリア、そしてノザの右腕に首を抱きかかえられている小柄なポニテ男子──
「ソーヤっ! ……くん!」
「ステラさんっ」
どうやら絞め落とされてはいないようだ。彼女が風を巻いて地面に降り立つと、周囲から、おお……と一斉にどよめきが起こった。
「あれが、紅のヴァルキリー」
「ホントに来ちゃったよ、おい」
「ナマ天使初めて見た。あの剣、両手持ちだよな……」
「ノザの奴、マジであれとやり合う気かよ」
高等部屈指の武闘派魔物娘と正体不明の美少女戦天使。相対する二人に、ざわめきが広がっていく。さっきまでホシトと駄弁っていた男子たちも騒ぎを聞きつけ、ばたばたと駆け込んできた。
しかしステラはそんな野次馬たちの視線をガン無視して、ノザへと向き直った。
「ちょっと! どういうつもりなの、あなたっ?」
「ノザ、オマエと戦いタイ。だからソーヤ捕まえタ。そうすればオマエ来ル」
怒気を含んだステラの問いかけに、ノザは衆人環視の中しれっとそう答えた。ブラウスの袖をちぎってノースリーブにしたいつもの制服姿ではなく、迷彩のような紋様が入った民族衣装──戦装束に身を包んでいる。
その出で立ちを見て、ステラは彼女らアマゾネスが戦いのあと、大勢の前で男性との交わりを見せつけることで、自分の力を誇示するという噂を思い出した。
「そんなことのために……ソーヤくんを巻き込んだのっ?」
さらに眉を吊り上げ、怒気を含んだ口調で睨みつける。
ガンをとばしてくるステラにノザは軽く首を傾げると、にまっと笑みを浮かべた。
「ノザ、オマエと戦ウ。ソーヤ、ノザのヨメにナル。ジパングで言うイッセキニチョー」
「え? お婿さんじゃなくてお嫁さんなの? 僕」
「…………」
危機感のない声を上げるソーヤに胸中で溜息を吐きながら、ステラは刃落ちのツヴァイヘンダーを右手だけでブンッと大きく横に振った。
「……フッ、ソウこなくてはナ」
ノザもニヤリと笑ってソーヤを放すと、腰の後ろに吊るした鞘から大ぶりな魔界鋼製のマチェット(山刀)を抜き、顔の前に構える。
「いくゾ、ヴァルキリー!」
「こいっ!」
「ガアアウゥ──ッ! ケケーッ!!」「うおりゃあああっ!」
真っ向勝負! 一気に間を詰めとびかかってくるノザに、ステラも両手で持ち直したツヴァイヘンダーを振りかぶった。
「ソーヤくんこっち」
「わっ!? ……メ、メリアさんっ?」
いきなり手を引っ張られて、校舎側へとバランスを崩すソーヤ。
重い金属音を響かせて互いの得物をぶつけ合う二人を横目で見ながら、巻き込まれないよう彼の手を引いたメリアは、その横で「やれやれ」と溜め息を吐いた。
「ノザちゃんもたいがいだけど、あのステラとかいうヴァルキリーも結構脳筋なのね」
「え、えっと、まあ──」
ツヴァイヘンダーの切っ先を下に向け、ステラは刀の背を盾にしてノザのかかと落としをブロック、そのまま力任せに横になぎ払う。
ふっとばされたノザは空中で両脚を抱えて後方へ一回転し、着地と同時に地面を蹴って再度間合いを詰め、手にしたマチェットの切っ先を突き入れる。
否定したくてもできない……重い得物を豪快に振り回し戦う戦天使の少女を見つめながら、ソーヤはメリアの問いかけに「あははは」と乾いた笑い声を上げて同意する。
ラタトスク娘はクスッと笑って、そんな彼に身を寄せると、
「ソーヤくんがさっさと誰かとくっついちゃえばぁ、丸く収まると思うんだけどなあ……例えばあたしとか──」
ドガッ──!
次の瞬間、ステラの持っていたツヴァイヘンダーが、彼女の尻尾の毛をかすめて背後の壁に突き刺さった。
「…………」
口の端を引きつらせ目を点にして、ギ、ギ、ギ……と油が切れた絡繰仕掛けのように振り向く。
「ごめん手が滑った」
「わ・ざ・と・で・しょっ!!」
棒読み口調で応えるステラに、メリアは顔面蒼白涙目で怒鳴り返した。
武器を失い、両の拳を固めてボクシングスタイルで身構える紅の戦天使。ノザも手にしたマチェットを投げ捨てると、腰をぐっと落とした低い姿勢で構えをとった。
そして己が内にある獣性を、極限まで高めていく……
「ガアアア……ッ、ガウウ──ッ!!」
間合いを詰めて繰り出されたステラの拳と蹴りを、その全身をバネにして跳び上がってかわすと、アマゾネスの少女は後ろにトンボを切り、校舎の外壁と後付けで併設された昇降機(エレベーター)棟の間をパルクールじみた三角飛びで駆け上がった。
「ムウッ、あの技はもしや……っ!」
「知っているのか◯電っ!?」
「ウム、あれこそ霧の大陸に棲まう猿の魔物娘が木から木へと飛び移って男を襲う動きを元に、かの密林の騎手≠ェ編み出したモンキーもといカクエンアタック! まさかその荒技を、ここで目にすることになろうとはっ!!」
「……あんたら誰?」
「ガアアアウウウウウウッ!! ……ケケケ──ッ!!」
雄叫びを上げて壁を蹴り、宙に躍り出ると、両腕を広げて眼下の戦天使に襲いかかるノザ。
「ステラさんっ!」
「……!」
ステラはソーヤの声に応えるかのように、腰の翼をひと打ちさせた。
──飛ぶ、ノカ?
一瞬の躊躇。刹那の隙。しかしステラはその場で左足を後ろに引き、一拍遅れて繰り出されたノザの右腕を絡め取ると、同時に身体を大きく捻った。
攻撃のタイミングを狂わされたノザは、落下の勢いのまま背中から地面に叩きつけられ、息を詰まらせる。
「グ……ッ! ガアアッ──!」
「チェックメイト」
ステラはすかさず彼女を押さえ込み、その首筋に手刀を当てた。
「ヌウゥ、今のはまさに……っ!」
「知っているのか雷◯っ!?」
「ウム、あれこそかの諮問探偵が会得し、稀代の犯罪王とともに滝壺へと落ちた際に、その命を間一髪で救ったとされる伝説の体術バーリッツ! まさかその使い手と、このような場所で巡り会えるとはっ!!」
「……だからあんたら誰っ?」
どう見ても学生には見えない濃ゆいおっさん顔の巨漢たちが重々しくやりとりする中、仰向けになっていたノザは、ふっと息を吐き、差し出されたステラの手をつかんで身を起こした。
「オマエ、強い。ノザの負けダ」
敗北を認め、しかし、彼女は戦う前と同じようにニヤリと笑みを浮かべる。「次は負けナイ。マタ戦ってくれるカ?」
「いいわよ。また、返り討ちにしてあげる」
「ソレはこっちの台詞ダ」
ステラも不敵な笑みを返し、二人は夕日をバックに手を握り合ったまま、土ぼこりのついた顔でお互いを見つめた。
熱血青春マンガみたい……という誰かのつぶやきは、とりあえず聞かなかったことにする(笑)。
「ステラさん、だ──大丈夫?」
おっかなびっくり駆け寄ってくるソーヤ。ノザはステラの手を離し、まわりをぐるりと見回すと、両腕を頭上に振り上げ高らかに叫んだ。
「ステラといったナ! ソーヤはオマエのモノダ! 我らアマゾネスのしきたりにならイ、今コノ場デ盛大に交わるとイイッ!!」
「なっ!?」
次の瞬間ギャラリーが、しーんと静まり返った……
「え、えっと……その、ま、まだ、心の準備が──」
「し、しなくていいわよっ!!」
顔を真っ赤にしておどおどつぶやくソーヤに、ステラは倍以上に赤面して金切り声を上げた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「あははははははははっ。あー、笑い過ぎてお腹が痛い……」
「…………」
書類が山積みになったテーブルをばしばし叩いて笑い転げるユーチェンを半眼で睨みつけ、ホシトは口をへの字に曲げた。
普段落ち着いたイメージがある彼女にそんなことされると、なんかイラッとくる。
「……で、ヤっちゃったの?」
「するわけないでしょっ、ヒト前でっ」
眼鏡を額に上げて目尻の笑い涙を指先で拭う白澤先生に、ホシトは顔を赤らめ怒鳴り気味に言い返した。
ヤっちゃうもなにも、あのあと急に恥ずかしく、いたたまれなくなって、何も言わずにあわてて飛び去ってしまったのだ。
「じゃあ、ヒト前じゃなきゃヤってたんだ♪」
「だ〜か〜ら〜っ、男同士で何しろって言うんですかっ?」
「あら、ステラちゃんはヴァルキリーだから女の子でしょ?」
「いや、中身俺だし……」
からかわれているのだと、頭ではわかっている。だけどツッこまずにはいられない。たとえ言葉遣いや仕草が身体に引きずられて女の子っぽくなっていようが、女体での自慰行為にはまり込んでいようが、自分は間違いなく男なのだから──
「でも、あなた最近ソーヤくんばかり助けてるわよね」
「え? ……っと、そ、それは、あ、あいつがしょっちゅう魔物娘に襲われるから、その、ほ、ほっとけないっていうか……なんて、いうか……」
ごにょごにょと、語尾をにごすホシト。
オークのペトラ&パメラ、ハイオークのカーリィから始まり、ゲイザーのアイナ、マンティコアのシェール、そして今日はアマゾネスのノザ、ついでにラタトスクのメリア……言われてみれば確かにここ最近、ソーヤ絡みの「事案」に介入することが続いているような。
……べ、別にあいつを特別扱いしてるわけじゃ、ないんだからねっ──
などと思いながら、身体をもじもじさせ、無意識に視線を逸らす。
ユーチェンはそんなホシトに溜息を吐くと、テーブルの上で指を組んだ。
「あなただけには教えておくわ。ソーヤくん……あの子、自分でも気づいていないけど、勇者の資質を持っているの」
「ソーヤが? まさか──」
ホシトは驚きに目を丸くして、彼女に向き直る。
頼りなさげな印象のソーヤとは、全く結びつかない「勇者」という単語。だが白澤先生の表情は、おふざけでからかってくるときのそれじゃなかった。
「マジで?」
「マジで」
「マジか……」
念押しされても、いまいち信じられない。
でもよくよく考えてみたら、俺、ソーヤのことほとんど何も知らないんだよな……ホシトは無意識のうちに手を胸に当て、ふと思った。
知っていることといえば、彼が両親と一緒に教団領から亡命してきたということくらいだ。
「ソーヤが、勇者……」
とくん──
ぽつりとそうつぶやくと、胸の奥で何かが、かすかにうずいたような気がした。
「まあ、訓練も祝福≠燻けてないから、勇者としての力を行使することはできないけどね」
というか今のご時世、「勇者」など主神教団のプロパガンダ(宣伝)くらいでしかお目にかかることはない。もちろんそんなところに出てくるのは、見てくれのいい教団員に形ばかりの祝福を授けた「なんちゃって勇者」だったりする。
「で、でもその話と、ソーヤくんが魔物娘に立て続けに襲われることと、どう関係があるの?」
「人間の枠を超えた力を身に宿している本物の勇者は、本人に自覚がなくても私たち魔物娘を無意識のうちに惹きつけるの」
そう説明すると、ユーチェンは口元に人差し指を当てて目を細めた。「もちろんヴァルキリーであるあなたもねっ、ス・テ・ラ・ちゃん♪ 」
「え……?」
その名で呼ばれて、反射的に下を向く。
目にとび込んできたのは、膨らんだ胸元と、真紅のドレスアーマーに包まれた自分の身体──
「や、やだっ!? どうして……?」
胸とへその下に手をやり、開いていた両脚をあわてて閉じる。
いつの間にかヴァルキリーの──女の子の姿へと変身している自分に驚き、ソファから腰を浮かせて身体中をまさぐり狼狽えるホシトもといステラ。
「ほらほら落ち着いて。すぐ元に戻ろうとしたら、身体にどんな影響が出るかわからないわよっ」
「あ……」
パニくりあわてる彼女を、ユーチェンは優しくそっと抱き寄せた。
ふわふわクッションみたいな爆乳に顔を埋められて、ステラは頬を赤らめドキドキしながらも、力を抜いてその身をまかせてしまう。
「今日はしばらくそのままでいた方が、いいみたいね……」
しばらく抱きしめたあと、ユーチェンは身を離してそう言うと、胸の前で手をポンと叩いた。「そうだっ、ちょうどいい機会だから、今夜は先生のとこにいらっしゃい」
「……へ?」
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
夜──
「さあ、遠慮せずに入って」
「お、おじゃまします……」
白澤先生に促され、ステラはワールスファンデル学院教員用アパートメントにある、彼女の部屋に足を踏み入れた。
ドアをくぐったところで、前を行く背中におそるおそる声をかける。
「あ……あのっ、ほ、ほんとにいいん、ですか?」
「大丈夫っ♪ ステラちゃんは女の子なんだから、女の子同士なんの問題もないわよっ♪」
「…………」
肩越しに振り返り、いたずらっぽくウインクするユーチェン。
暗に、男に戻ったら速攻で叩き出す──と言われている気がして、ステラはぎくしゃくした動きで脚を動かしその後に続く。「女の子同士?」なんてツッコむ余裕なんかありゃしない。
「意外……、片付いてる──」
「仕事は家に持ち帰らない主義なの」
研究室と違ってきれいに整理された部屋に、ステラは目を丸くする。ユーチェンはそのつぶやきに一瞬くちびるを尖らせるが、すぐにいつもの顔に戻った。
「じゃあ先生はお夕飯の用意をするから、ステラちゃんは先にお風呂に入ってて」
「え? で、でも、その、え──えっと、あの、その、わ、わたし、着替え持ってない……」
「少し大きめだけど、先生の服貸してあげる。さっ、入った入った」
「あ、え、ち……ちょっと──」
有無を言わさず手をつかまれ、脱衣場に押し込まれる。
しばし呆然と立ち尽くし、洗面台の鏡に映った女の子姿の自分に溜息を吐くと、ステラは手を胸に当てた。
「キャストオフ……」
着ていたドレスアーマーが、いつものように光の粒子と化して、消失する。
下着を慣れた手つきで脱ぎ去り、ランドリーボックスに放り込むと、ステラは浴室のドアを開けた。魔導タイマーがセットされていたのか、浴槽にはすでにお湯が張られていた。
「…………」
今の姿で風呂に入るのは初めてだ。シャワーを軽く浴びて、誰もいないのに胸とへそ下を手で隠し、ゆっくりと湯船に身体を沈めていく。
肩まで浸かると、胸に浮力を感じた。男の時とは違うその感覚に一瞬戸惑うが、思考が女性化しているためか、こんなものかな……と思い直す。
「ふう……」
指を組んだ手を、顔の前に「ん〜」と伸ばしてリラックス。
緊張が解けたステラは、研究室でユーチェンに言われたことを思い返した。
勇者は、私たち魔物娘を無意識のうちに惹きつけるの……
もちろんヴァルキリーであるあなたもね……
「わたしがソーヤくんばかり助けてるのは、ヴァルキリーとして勇者の力を持つ彼に惹かれているせい、なのかな……?」
ぽつりとつぶやいた自分の言葉に顔を赤らめ、ぶくぶくぶく……と鼻の下までお湯に沈んでいく。
「ステラちゃ〜ん、お湯加減どう?」
「あ、はい、え、えっと……ち、ちょうどいいですっ」
ドアの向こうから、ユーチェンが声をかけてきた。あわてて答えを返すと、
「そう。じゃあ、先生も入るね」
「は、はい…………じゃなくてっ!」
次の瞬間、ステラの視界に圧倒的なおっぱいがエントリーしてきた。
「あら、ちゃんと髪をタオルでまとめてるのね。感心感心」
「い、いや、そ──そうじゃなくて……っ」
自然な調子でバスチェアに座ってシャワーを浴びる白澤先生から目をそらし、ステラは耳まで真っ赤になって浴槽の端に縮こまった。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。女同士なんだし」
「いや、その、だから……」
「ほらっ、女の子の身体の洗い方わからないでしょ? 先生が洗ってあ・げ・る♪」
「言ってることが矛盾してる〜っ!」
悲鳴じみた返事をスルーして、ユーチェンはステラの脇の下に手を入れると、彼女を湯船から引っぱり出した。
思っていた以上の強い力で、抵抗する間もなく椅子に座らされる。泡立てたスポンジを手にしたユーチェンが、その背後に回った。
「どうして──」
「……?」
ぽつりとつぶやいたステラに、怪訝な表情を浮かべる。
「ユーチェン先生は、どうしてわたしに良くしてくれるんですか? いくら叔父さんたちに頼まれたからって──」
「……そっか、まだ話してなかったっけ」
たいした話じゃないんだけどね……と前置きすると、彼女はステラの背中にお湯をかけ、肩をスポンジで優しくこすりながら語り出した。
それは駆け出しの学士だった頃のユーチェンが、見聞を広めるために旅をしていた頃の話。
西方では珍しい魔物娘である白澤。そのツノを身につければ森羅万象全ての知識を得られるという噂を信じ込んだ貴族の好事家が彼女のそれを手に入れようと、「悪しき魔物が東の国からこの地を滅ぼしに来た」と主神教団の連中を焚き付けて──
「……で、教団兵たちに追いかけ回されていた時にかくまってくれたのが、あなたのご両親だったわけ」
「そんなことが、あったんですか……」
困惑したように、首を傾げるステラ。
尋ねてはみたものの、子どもの頃の記憶がない彼女には、いまいちピンとこないようだ。……ちなみに追っ手の教団兵たちとその上役は、いち貴族の私欲で動いたことが表沙汰になってしまい、魔界との最前線にとばされたとか。
ユーチェンは微笑みを浮かべ、指先でステラの頬をつついた。
「あの時抱っこした赤ちゃんが、こんなに可愛い女の子になるなんてね〜♪」
「え? それって……あ、あぁん──!」
背中を洗っていたその手が、いつの間にか身体の前へと伸びてくる……
「うふふっ、ステラちゃんの胸、意外と大きいのね」
「あっ、や──やだ先生……っ、ち、乳首ばっかりこすらないでぇ……」
いっぺん女の子同士でシてみたかったのよね〜っと言いながら、ユーチェンの手のひらがステラの胸の膨らみを揉みしだき、その指先がピンと立った乳首をつまんで弄ぶ。
「お願い……やめ、て…………やぁんっ──」
自分自身でする≠フとは、まるで違うその感覚。ステラは思わず椅子から腰を浮かして、そのくすぐったさに身をよじった。
「あらあら、感じ方もすっかり女の子なのね♪」
「あっ……、違っ──やん……っ! い──言わ、ないで…………あ、あああぁんんっ!」
背中にむにゅっと爆乳を押し付けられ、耳元で囁かれる。
強過ぎず、弱過ぎず……絶妙な力加減で、胸を、お腹を、身体中をまさぐられ、撫でられる。
「ステラちゃん、部屋でひとりエッチしてるんでしょ?」
「……!? ど、どうして……それを──」
「ふふっ、ナ・イ・ショ♪」
なんのことはない。脱衣場で裸になっても騒がなかったのは見慣れているから。だけど学生寮は共同浴場なので、ステラの姿で風呂に入っているとは思えない……と推理してカマをかけただけである。
「あ……んっ、や、やめ──や、んっ、うあ……あ、あぁん──」
ユーチェンの指の動きが、さらに細かく、執拗なものになっていく。
恥ずかしさと気持ちよさ、背徳感がないまぜになった快感に耐えきれず、ステラは何度も首を横に振り、嬌声を上げた。
いつの間にか床のタイルに手をついて、四つん這いの格好になる。白澤先生はスポンジに残っていた石鹸の泡をすくうと、それをうつむくステラの秘所へ塗り込むように、手を這わせた。
くちゅ、くちゅ、くちゅ……くちゅくちゅ…………
「ぅあ──あんっ、やあ……ぁ、ぁう──ん、んん……っ──」
ぬるぬるした石鹸の泡の感触と、そこへ絡みつくような指づかい。
意識とは裏腹に、ステラの身体はされるがまま、絶頂を求めてたかまっていく──
「……んふふっ、どう? 気持ちいい?」
「う……き、気持ち、いい──ぁあ……ん……」
「じゃあ、自分が女の子だと自覚して受け入れて。そうすれば、もっともっと気持ちよく、なるから──」
「もっと気持ち……よく──」
その言葉に誘われるまま、ステラはユーチェンの優しくも執拗な愛撫に身をまかせる。
自分の喉から出る甘くとろけた高い声を、胸で揺れるふたつの膨らみを、泡と愛液にまみれた股間の割れ目を、そしてその奥にある子宮の存在を、強く感じる──
くちゅくちゅ……ちゅぷ…………くちゅ……くちゅ…………くちゅ……くちゅくちゅ……
「──んくっ……んぁ、ふあ……あ、やんっ、……」
頭の中を、白い光が覆っていく。
下腹部をきゅっと締めつけられるような感覚をおぼえ、ステラは浴室の床に手をついたまま、無意識のうちに背筋を反り返した。
「んんっ、はぁん、あ……だ、だめぇっ、わたし、わたし…………あ、い──い、イッちゃうううぅぅぅっ!!」
…………………………………………
……………………
…………
……
「ふふふっ、……ステラちゃん、どう? 気持ちよかった?」
「あ……う、うん──」
オーガズムの余韻に震えるその身体を、柔らかく包まれる。
ステラはユーチェンに優しく抱きしめられながら、ふわふわぼんやりした夢見心地の中、こくんと小さくうなずいた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
借りたパジャマを着て、ソファの上で毛布にくるまって寝息を立てるステラ。
ユーチェンは笑みを浮かべて、その寝顔をじっと見つめ続ける……
「ステラちゃん……ううんホシトくん、あなたがヴァルキリーに変身できるのには、もうひとつ別の仮説があるの。……でもこれを知ったら、あなたの心はもしかしたら壊れてしまうかもしれない──」
だから、悪いけどこれもナイショにしておくわね……そうつぶやいて、白澤先生は教え子の額にそっとキスをした。
to be continued...
次回予告イラスト──
20/07/24 15:06更新 / MONDO
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