新世紀勇者烈伝
Unite
「ヒャッハァァッ!! イクぜぇ! オトコ狩りだああっ!!」
頭上でハルバードを風車のようにぐるぐる回しながら、牛の角を生やした大柄な美女──ミノタウロス娘が吠える。
「あらあらダメよそんなコワい顔しちゃ……んふふっ、お姉さんとイイコトし・ま・しょ♥」
ローブを羽織った妖艶な美女──ダークメイジが手にしたワンド(杖)をひと振りすると、正面に光の楯が出現し、繰り出された槍の穂先を阻む。
「あーん、首取れちゃったぁ。……じゃあ責任とって、ねっ♥」
酔っぱらったような表情を浮かべた己が首を左脇に抱え直し、鎧姿の首なし少女──デュラハン娘が右手に持つ剣の切っ先を教団兵たちに向ける。
彼女たちは魔王軍第17偵察小隊。とある反魔物領への侵攻ルートを探索中、森の中で主神教団軍の部隊と遭遇してしまい、現在絶賛戦闘中である。
本来なら敵の装備や状況等を把握し、素早く撤退して情報を持ち帰るべきところだが、そこはやっぱり魔物娘。気に入った男性も「情報源」「捕虜」と称してお持ち帰り≠オようと躍起になっていた。
…………………………………………
ほどなくして教団兵士たちは全員アヘ顔を浮かべた状態で打ち倒され、立っているのは白銀の鎧に身を固めた勇者ただひとりだけになった。
「さあもう貴方だけよ。あきらめておとなしく武器を捨てなさい。……悪いようにはしないわ(ふっふ〜ん、ちょい年下っぽいけどルックスはまあまあ、身体つきも悪くないし、何より勇者ってトコがポイント高いわよね〜っ。……決めた。堕としちゃお♥)」
そんな彼に向かって、小隊を率いるサキュバスのナユタは、内心のエロエロな思いなどおくびにも出さず、落ち着いた口調で投降を呼びかけた。ただし、最後に見せたデヘヘ笑いと舌舐めじゅるりでモロバレだったが。
ミノタウロス、ダークメイジ、デュラハン……三人の魔物娘が各々の武器を手に、白銀の勇者を取り囲む。どうやら今回倒した教団兵の中には、彼女たちのお眼鏡に叶う相手はいなかったらしい。
絶体絶命。もはやこれまで──
「否! たとえどんなに絶望的な状況でも、決してあきらめない! 万にひとつの可能性を信じ、勇気の力で不可能を可能にする……それが勇者だ!」
彼は手にした剣を頭上に掲げると、高らかに叫んだ。
「来い! 二号勇者あああぁっ!!」
「応────っ!!」
その声に導かれるように、地平線の彼方から妙に箱っぽい鎧姿の戦士が、スタートダッシュの構えのまま地面すれすれを滑るように突進してきた。
ここ森の中だろ……とかいうツッコミを受け流して、白銀の勇者は空高くジャンプ。後を追うように飛び上がった箱戦士──二号勇者だが、次の瞬間その身に纏っていた鎧が全て弾けとび、それらは形を変えて前を飛ぶもうひとりへと引き寄せられていく。
腕の部分が折り畳まれて、足裏にくっ付く。
脚の部分が縦に開いて、腕甲を挟み込むように覆う。
胸の部分が左右に割れて、両肩にかぶさる。
腰の部分も左右に割れて、両脛の外側に装着される。
余った部分が寄せ集まって、背中に背負われる。
兜の鍬形が光を放ち、二本から四本に増える。
面頬が口元を隠し、胸甲がVの字に輝く……
「合体! ぐれえと勇者ああぁっ!!」
「「「「それは他所のとこの勇者≠セああああっ!!」」」」
地面を耕すように着地して、燃え上がる炎をバックにめっさパースのついた長剣を腰だめに構えてバリな見得を切る白銀の勇者改めグレート勇者。
そんな彼にナユタたちは、大脳を介さず脊髄反射だけで一斉にツッコんだ。
こんな勇者はイヤだ。「サン◯イズのやつだ」
……なお、着ていた鎧をパージしてすっぽんぽんになった二号勇者は、あとでスタッフもとい別の魔物娘が(性的に)おいしくいただきました。
Dead or Alive
「最近魔物どもの動きが活発になってきている。もし戦ってる最中になくしたら大変だ」
男はそう言いながら、首にかけていたペンダントを外すと、それを目の前にいたシスターの手に握らせた。
「……だから預かっててくれないか。オフクロの形見なんだ」
視線を逸らし、照れたように鼻の頭を掻く。「あ、あの、それと、あ──明日の哨戒任務から帰ったら、君にぜひ聞いてほしい大切な話が、あるんだ…………おっと、今日から禁煙することにしたんだっけな」
顔を赤らめたまま、無意識に取り出したタバコの箱をポケットにねじ込む。
そして、心配そうに見返してくる彼女に向き直ると、彼──勇者は微笑んだ。
「その時は、二人で一緒にサラダを食べよう」
「…………」
「ええいっ、こんな空気が漂う場所にいられるかっ。オレは部屋に戻るっ!」
「大丈夫。ちょっと休めば元気になるから……」
「よしわかった。ここはわたしにまかせてお前たちは先に行けっ」
…………………………………………
……………………
…………
……
昨夜の出来事を思い出しながら、勇者はゆっくりと腰の剣を抜き払った。
横にいた同僚(モブ)たちのセリフまで、つい脳内再生してしまったが……それはとりあえず置いておこう。
今、彼の前に立ち塞がっているのは、淫魔サキュバス率いる魔物の群れ。
受け持ちの地区の森の中、部隊を分散させ、単独行動していたのが仇になったか……
──だが負けるわけにはいかない。彼女との約束を守るためにもっ!
そう決意を固めると、身体の奥から力が湧いてくるような気がした。
「いくぞ」
短くそうつぶやくと、彼は剣を握り直す。
口中で主神に加護を願う聖句を唱え、勇者は魔物たちに向かって大きく踏み込んだ。
「あ」
そして何故か足元にあった溝に蹴つまずいて、受け身も取らずに顔から思いっきり地面にぶっ倒れた。
「…………」
「…………」
「…………」
「え、えっと……」
そのままピクリとも動かなくなった勇者に、魔王軍第17偵察小隊の魔物娘たちは二の句も告げずに固まってしまった。
──ど、どうしようか? この人……
今回現れた普通っぽい勇者に、(前回がアレだったせいもあって)何故か安心感をおぼえつつ身構えたナユタたちだったが、当の本人はうつ伏せになったまま、全く起き上がる気配がない。
中肉中背。鎧や防具の類を身につけておらず、動きやすさを重視したのかシャツとズボンといったシンプル過ぎる軽装。頭に被っている赤いヘルムには、何故か探照灯がついていた。
おっかなびっくり、そっと近づいてみる……反応なし。
そばに落ちてた木の枝で、肩のあたりをつんつんしてみる……反応なし。
木の枝を投げ捨て、指で頬のあたりを直接つんつんしてみる……反応なし。
剣を放した右腕を持ち上げ、指でその手首をそっと触ってみる……反応なし。
「──って、しっ、死んでるぅぅっ!?」
「「「でええええええええ〜っ!!」」」
魔物娘たちの悲鳴じみた絶叫が、森じゅうに響き渡った。
「ちちちちょっとどうするのよナユタ隊長〜っ!?」
「わわわわかんないわよっ! 段差に蹴つまずいて死んじゃう勇者なんて前代未聞よぉぉぉっ!!」
涙目になってパニクるデュラハン娘に詰め寄られ、ナユタはヒステリックな声を上げた。
「おおお起きろおおっ! お前ヒットポイントいくつなんだああぁっ!? 村人でも3はあるぞおおおっ!!」
ごすっ──! 「何やってんのよこの脳筋っ! メディック! メディイイイ〜ック!!」
勇者の襟元をつかんでその首をガクガク揺らすミノタウロス娘の脳天に、手にしたワンドで物理的なツッコミを入れて金切り声を上げるダークメイジ。
……まあ、テンパっている時点でどっちもどっちなんだが。
「あ、もしかしたら地面から緑色の土管が生えてきて、その中から残機がコンティニュー ──」
「特撮ネタぶっこんで現実逃避すんなああっ!」
「と、とにかく応急救命処置をっ! あなた! 大至急AED探して持ってきてっ!」
「「「ファンタジー世界にそんなもんあるかあああっ!」」」
こんな勇者はイヤだ。「スペ◯ンカーだ」
懸命の応急処置が功を奏して、勇者は息を吹き返した。
それでもまだ戦おうとする彼を、ナユタたちは必死になだめすかし、半泣きになりながら土下座までして帰ってもらったという……
Rosen Ritter
「ほわおっ!?」
いきなり繰り出されたその斬撃を、ナユタは裏返った声を上げながらよろめき気味にかわし、あわてて剣を抜き払った。
襲撃者は素早く後ろに下がって間合いを取り、剣を構え直す。
小柄な身体に部分鎧を纏った、クセのない銀髪とぱっちりした目を持つ少年剣士。その隣に白いローブを纏った背の高い黒髪の男性が駆け寄ると、彼をかばうように手にしたロッド(長杖)をひと振りした。
「ちょっと気付かなかったの? あんた」
「いやその……き、気付いてたし! 余裕でわかってたし! け、警告する前に攻撃されただけだし!」
ナユタに非難めいた視線を向けられ、めでたく寿除隊したミノタウロス娘とダークメイジの代わりとして第17偵察小隊に配属された補充兵のひとり、ゲイザー娘が誤魔化すように口を尖らせ一つ目をそらす。
「念のため確認いたしますけど……お二人とも童貞さん、ですの?」
「お前はそれしか頭にないのか」
人差し指の先を頬に当てて小首をかしげるもうひとりの補充兵……というか、前回遭遇した勇者のトラウマを払拭すべく配属してもらった治癒魔法の遣い手であるユニコーン娘に、先任のデュラハン娘が溜め息混じりにツッコんだ、その時──
「ぼ、ボクは反魔物領ドリアンス・メルの勇者、シュール・ストレイミング! ここから先へは一歩も行かせないぞ!」
「同じく勇者付き神官のカース・マルツ。主神様の御名において、お前たち悪しき魔物に鉄槌を下さん!」
少年剣士もとい少年勇者が上ずった声で名乗りを上げ、続けてローブ姿の男性が、サビを含んだ渋い声で鋭く言い放った。おそらく勇者が若過ぎるから、補佐(お目付役)として同行しているのだろう。
「いけますか? 勇者シュール」
「大丈夫だよ、カース兄さん。……でも、そんな他人行儀な言い方じゃなく、昔みたいにシルって愛称で呼んで欲しいな」
「そうはいきません。今の私たちは兄弟同然に育った幼なじみではなく、主神教団の勇者とその補佐をする神官という立場なのですから」
神官の言葉に、少年勇者は一瞬その顔に淋しそうな表情を浮かべた。それでも相対する魔物娘たちを牽制するかの如く、ちらちらとそちらに視線を送る。
「……けど、もしかすると、ボクは彼女たちに負けてしまうかもしれない」
「何を弱気なこと言ってるんですか、勇者シュール」
「でもね、どんなに楽観的な状況でも、戦いの場では常に最悪の想定をしておかなければいけないんだよ、カース兄さん」
「シル……」
少年勇者は自分に言い聞かせるようにそう言うと、潤んだ瞳で神官の顔を見上げた。
「魔物に負けたボクは、そのまま魔界へ連れて行かれてしまうんだ。そして彼女たちに弄ばれて、延々と汚され犯されて、身体中の聖なる力を根こそぎ奪われ、代わりに魔物の力を注ぎ込まれて……ヒトではなくなってしまうんだ!」
「お──落ち着いてください、シルっ」
「ま、まあ、おおむね間違っちゃいないんだけど……さ」
「ていうかアタシら、眼中になくね?」
たしなめる神官。置いてきぼりになって困惑するナユタたち。
だが少年勇者は、少女と見紛うその顔を紅潮させ、なおも溢れる想いを口にする。
「ねえ、カース兄さん……もしボクがヒトじゃなくなっても、兄さんだけはそばにいてくれる?」
「もちろんです。私は勇者シュールが……いや、シルがどんな姿になってもずっとそばにいますよ」
「本当?」
「ええ。もしそれが許されないというのなら、私は教団も主神様も敵に回しましょう」
神官の言葉に、少年勇者は花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「ああ」「そういう……」「キマシタワー」
「ありがとう……嬉しいよカース兄さん。その言葉だけで勇気が湧いてくるよっ。たとえヒトじゃなくなったとしても、カース兄さんさえいてくれたら、ボクはもう他に何もいらないよっ(ちらっ)」
「私たちはいつでも一緒ですよ。たとえシルが魔物になっても……(ちらっ)」
「…………」
そのあからさまなチラ見アピールに、苦虫を噛み潰したような、無理矢理納得させられたかのような、微妙な顔つきになるナユタ。
手にした剣を地面に突き刺し、腰に両手を当てて、はああああっとわざとらしく溜め息を吐く。「……わかった、わかったわよっ! お望み通り魔物娘の魔力、きっちり流し込んであげるからっ!」
こんな勇者はイヤだ。「のっけからアルプ化狙いだ」
「あー、まちがってふたりともアルプにしちゃったわー(棒)」
「わざとだ」
「絶対わざとですの」
「……ていうか、あの背の高い方、なんでアタシらより胸が大きいんだ?」
思い思いにつぶやく魔物娘たちを尻目に、元少年勇者と元神官は変化した自分の全身を隅々までまさぐるように撫で回し、互いに蕩けたような表情を浮かべて向き合った。
丸みを帯びた柔らかい身体つき、胸に生じたふたつの膨らみ、自分たちが失った男のモノを受け入れられる股間。それに加えて黒光りする一対のツノ、腰から生えた膜翼と長い尻尾、身体のラインを強調する露出度の高い服……
まごうことなき、現魔王に連なる魔物種族──サキュバスの姿。
「これはこれでよかったのかも……んっ、しれないわね。淫魔同士なら、ど……どんなに淫らなことをしても……ああんっ! そ、それが当たり前なんだ、もの……」
背が高い方のサキュバスが長い黒髪をかき上げ、大きく膨らんだ乳房の先から伝わる快感に太ももを擦り合わせながら微笑む。その嬌声も容姿に合わせて、高く艶やかなものと化していた。身のこなしや目つきも、言っちゃ悪いがナユタたちよりよっぽど淫魔っぽい。
そして彼女は目の前で小ぶりな胸と愛液が垂れる秘所をいじりながら、うっとりした表情で見つめ返してくる銀髪の小柄な少女サキュバスの顎の先に指をかけ、くいっと持ち上げた。
「うふふ……可愛いわよ、シル」
「ああんっ、カースお姉さまぁ♥」
そのあどけない顔に、淫らな笑みを浮かべる少女サキュバス。
二人は絡みつくかの如くに抱き合い、ねっとりとした口づけを交わすと、そのまま草むらの中へとよろめくように倒れ込んだ……
「く──腐ってやがる。いろいろと」
「やっておいてなんだけど……なんかムカつくわね」
この物語は
「魔物のねーちゃんたちとウハウハしたい」
と言って逃亡を企てた
勇者キタノを処刑するべく
魔界深くのり込んだ
もうひとりの勇者と教団兵たちの
愛と感動の記録である。
Legend
「前方に魔物発見! ワタナベっ! 聖剣を持ってこいっ!」
「了解でありますっ! 勇者ブライトストーンさまっ!(敬礼っ)」
「「「「…………」」」」
「勇者さまっ! 聖剣でありますっ!」
「よーしこれさえあればお風呂で泡立てて身体をゴシゴシ、う〜んお肌すべすべってこれセッケンやないかいっ!」
「も、も〜しわけありませんっ! 勇者さまあああっ!(敬礼っ)」
「聖剣や聖剣っ!! 次っ、マツオっ! 聖剣を持ってこいっ!」
「了解でありまぁすっ! 勇者さまぁっ!(敬礼っ)」
「「「「…………」」」」
「勇者さまっ! 聖剣でありまぁすっ!」
「よーしこれさえあればああもう二時間も待たされてるがな。いつになったらこの番号呼んでくれるんやろってこれ整理券やないかいっ!」
「もおお〜しわけありませんっ! 勇者さまあああっ!(敬礼っ)」
「だから聖剣や聖剣っ!! ムラカミっ! 聖〜剣を持ってこいっ!」
「了〜解でありまああすっ! 勇者さまああっ!(敬礼っ)」
「「「「…………」」」」
「勇者さまああっ! 聖〜剣でありまあああああすっ!」
「よーしこれさえあればんんっいやんもうっ急に始まっちゃった。でもこれを使えば多い日も夜も安心♪ ……ってこれ生理用品やないかいっ! しかも頭のせい≠ニ最後のん≠オか合っとらんやろがあああっ!!」
「もおおおお〜しわけありまっせんっ! 勇者さまあああああっ!(敬礼っ)」
「「「「…………」」」」
果てしなく続くモノボケとノリツッコミの応酬に、ナユタの心はとうに折れていた。
──お願い、主神様でもいいからこいつらなんとかして……
こんな勇者はイヤだ。「伝説の兵隊コントだ」
「きししっ、今の若い読者は『◯ょうきん族』なんか知らね〜ぞ」
「いきなり何わけのわからないこと言ってんのよ……」
Mamomusuman
毎度おなじみ、魔王軍第17偵察小隊。
今日も今日とて反魔物領への侵攻ルートを探索中、例によって勇者と遭遇してしまう。
「なんか勇者の方がワンダリングモンスターじみてきたな……」
「だね」
今回ナユタたちの前に立ち塞がったのは、やたらとガタイのいい三人組の勇者。
これまでいろいろ(笑)な勇者を見てきたが、やっと正統派の……いや待てダマされるな。きっとこいつらも、何かあるに違いない──
「フッ……魔物どもよ、我々を他の勇者たちと同じだと思わないことなのだ」
勇者の一人がそう言い放つ。ナユタとデュラハン娘は剣を構え直し、ゲイザー娘はユニコーン娘を背中にかばって触手を展開させた。
「これまで数多の勇者が魔界へと赴き、そして誰一人帰ってこなかった」
「それは魔界に充満する高濃度の魔力に身体を汚染され、祝福された聖なる力を十全に発揮できなかったからなのだ」
「いや、そんなの今さら力説されても──」「ねえ……」
なんかいきなり語り出した勇者たちに、ああやっぱりコイツらもかと、げんなりした表情を浮かべるナユタたち。ちなみにここでいう主神教団の祝福≠ナあるが、強化・防御魔法の一時的付与ならまだマシな方、ほとんどは中身のない儀式だけの代物だったりする。
「そこで我々は、あえて貴様ら魔物の力をこの身に取り込み、それを熱く滾る勇者魂で制御することで、魔界への耐性と貴様らが持つ特殊能力を身につけたのだ」
「敵を知り、己の力とすれば百戦危うからずなのだ」
「……それを言うなら『敵を知り、己を知れば』ですの」
「ていうか勇者魂って何っ?」
だが連中は彼女らの、想像の遥か斜め上をいった……
「特殊勇者マモムスマン一号、参る! とうっ!」
勇者の一人が掛け声とともにジャンプ。空中で防具をはずしてビキニパンツ一丁の姿になると、どこからか取り出した黒地に一ツ目が描かれたレスラーマスクを頭から被り、触手が描かれた書き割りを背中に背負って着地した。
一ツ目に触手、それはまさに──
「変身っ! ゲイッ、ザアアッマッスゥ〜ルッげぼおぉっ!」
「ふ・ざ・け・んなあああああっ!」
正面から両腕の上腕二頭筋を見せつけるフロント・ダブルバイセップスのポーズをきめ、大胸筋をぴくんぴくんさせるそいつの顔面に、ゲイザー娘は遠慮のえの字もないドロップキックを放った。
「ああっ、ゲイザーマッスルがやられた!」
「ぬううっ……ならば特殊勇者二号であるわたしの出番なのだっ!」
吹っ飛ばされて頭から草むらに突っ込み逆立ち状態で片脚を痙攣させる仲間の姿を見て、二人目の勇者は肩口に手をやり、羽織っていたマントを引き抜くように脱ぎ捨てた。
「治癒はお任せ! ユニッ、コオオオンッマッスゥ〜ルッなのだ!」
純白のワンピースドレスを纏って頭からベールを被り、額に接着剤でねじりん棒をくっ付けたバイキングヒゲにスキンヘッドのごっついおっさんが、横向きになって肩から上腕二頭筋を強調するサイド・チェストのポーズをきめ、次いでなんちゃらテックの社長のように胸の前に指でハートマークをつくってウインクする。
「……どーてーさんが、大好きですの♥(バリトンボイス)」
…………………………………………ごぶっ。
「ぎゃあああユニ子が血い吐いたああああああっ!」
「うわああしっかりしろおおおおおっ! メディックのお前が真っ先に倒れてどうすんだあああああっ!?」
あまりにもあんまりな目の前の存在に引きつった笑顔のまま気絶したユニコーン娘を、悲鳴を上げながらがっくんがっくん揺さぶるゲイザー娘とデュラハン娘。その向こうでは同じく気絶したレスラーマスク&ビキニパンツ勇者の尻に、女装バイキングヒゲ勇者が下のツノを突き刺して治癒の呪文らしきものを唱えている……
もう、いろんな意味で阿鼻叫喚。
そんなカオスな状況に萎えそうになる両脚を踏ん張り、ナユタは自分同様唯一残った三人目の勇者と相対した。
──次に何が来るかは薄々わかっている…………落ち着け。気をしっかり持て、わたしっ。
逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ……これまでの激闘(笑)を思い返し、ありったけの勇気をかき集める。
そんな彼女の表情から不退転の決意を読み取ったのか、最後の勇者──特殊勇者三号は無言で構えをとると、その全身に力をみなぎらせた。
「はああああああああ…………はあぁっ!!」
ががみ気味になって両の拳を身体の前で突き合わせるモスト・マスキュラーのポーズをきめると同時に、身に付けていたマントと防具がちぎれて弾けとぶ。
丸太のように太い腕と大もも。
鎧の如き厚い胸板、六つに割れた腹筋。
力強く発達した肩の僧帽筋に埋没した猪首。
しゃくれたアゴ、エラの張った頬、落ちくぼんだ金壺眼。なぜかサラサラのロングヘア。
……そしてその身を包む、ぱっつんぱっつんになったフレンチタイプのメイド服とニーソックス!
「ぶるぅわあああっ! キッキイイイモラモラモラモラマッスごぶうわあぁっ!!」
「そこは流れからいってサキュバスだろがあああああっ!」
自分でもよくわからない理不尽な怒りに突き動かされ、ナユタは眼前でシャウトするメイドガイの顔面にグーパンで一撃入れた……
「……あの人たち、どうなったかな?」
「例の三人組のこと? 魔物の力を取り込んだとか言ってた──」
遠く離れた親魔物領にある、インスラ(集合住宅)の一室。
ベッドの上で身を起こし、思い出したようにそう問いかけてきた彼女に、もう一人は苦笑を浮かべて寝返りを打つと、その顔を見上げた。
「そもそも魔物の力を身体に受け入れたら、男性はもれなくインキュバス化してしまう……教団がそんな、敵をこしらえるような真似するわけないじゃない」
「じゃあ、あの三人は……」
「ただの仮装──ていうか、形から入って思い込んでるだけよ。本当に魔物娘の力を手に入れたいのなら、私たちみたいにインキュバスを通り越してアルプにならなきゃ。……ね、シル」
「ふふふ……そうね、カースお姉さま♥」
そうして二人のサキュバスは尻尾を互いの身体に絡め合い、ユニゾンで甘い嬌声を上げるのであった。
こんな勇者はイヤだ。「魔物娘コスプレイヤーだ」
だ〜れも知らない知られちゃイケない〜
まもむすまんがだ〜れ〜なの〜か〜
何も〜言えな〜い 話し(かけ)ちゃイケな〜い
まもむすまんがだ〜れ〜なの〜か〜〜♪
「「「まさに悪魔の力を身につけた、正義のヒーロー!」」……なのだ!」
「お前らゴー・ナ◯イ先生に謝れえええええっ!!」
「ヒャッハァァッ!! イクぜぇ! オトコ狩りだああっ!!」
頭上でハルバードを風車のようにぐるぐる回しながら、牛の角を生やした大柄な美女──ミノタウロス娘が吠える。
「あらあらダメよそんなコワい顔しちゃ……んふふっ、お姉さんとイイコトし・ま・しょ♥」
ローブを羽織った妖艶な美女──ダークメイジが手にしたワンド(杖)をひと振りすると、正面に光の楯が出現し、繰り出された槍の穂先を阻む。
「あーん、首取れちゃったぁ。……じゃあ責任とって、ねっ♥」
酔っぱらったような表情を浮かべた己が首を左脇に抱え直し、鎧姿の首なし少女──デュラハン娘が右手に持つ剣の切っ先を教団兵たちに向ける。
彼女たちは魔王軍第17偵察小隊。とある反魔物領への侵攻ルートを探索中、森の中で主神教団軍の部隊と遭遇してしまい、現在絶賛戦闘中である。
本来なら敵の装備や状況等を把握し、素早く撤退して情報を持ち帰るべきところだが、そこはやっぱり魔物娘。気に入った男性も「情報源」「捕虜」と称してお持ち帰り≠オようと躍起になっていた。
…………………………………………
ほどなくして教団兵士たちは全員アヘ顔を浮かべた状態で打ち倒され、立っているのは白銀の鎧に身を固めた勇者ただひとりだけになった。
「さあもう貴方だけよ。あきらめておとなしく武器を捨てなさい。……悪いようにはしないわ(ふっふ〜ん、ちょい年下っぽいけどルックスはまあまあ、身体つきも悪くないし、何より勇者ってトコがポイント高いわよね〜っ。……決めた。堕としちゃお♥)」
そんな彼に向かって、小隊を率いるサキュバスのナユタは、内心のエロエロな思いなどおくびにも出さず、落ち着いた口調で投降を呼びかけた。ただし、最後に見せたデヘヘ笑いと舌舐めじゅるりでモロバレだったが。
ミノタウロス、ダークメイジ、デュラハン……三人の魔物娘が各々の武器を手に、白銀の勇者を取り囲む。どうやら今回倒した教団兵の中には、彼女たちのお眼鏡に叶う相手はいなかったらしい。
絶体絶命。もはやこれまで──
「否! たとえどんなに絶望的な状況でも、決してあきらめない! 万にひとつの可能性を信じ、勇気の力で不可能を可能にする……それが勇者だ!」
彼は手にした剣を頭上に掲げると、高らかに叫んだ。
「来い! 二号勇者あああぁっ!!」
「応────っ!!」
その声に導かれるように、地平線の彼方から妙に箱っぽい鎧姿の戦士が、スタートダッシュの構えのまま地面すれすれを滑るように突進してきた。
ここ森の中だろ……とかいうツッコミを受け流して、白銀の勇者は空高くジャンプ。後を追うように飛び上がった箱戦士──二号勇者だが、次の瞬間その身に纏っていた鎧が全て弾けとび、それらは形を変えて前を飛ぶもうひとりへと引き寄せられていく。
腕の部分が折り畳まれて、足裏にくっ付く。
脚の部分が縦に開いて、腕甲を挟み込むように覆う。
胸の部分が左右に割れて、両肩にかぶさる。
腰の部分も左右に割れて、両脛の外側に装着される。
余った部分が寄せ集まって、背中に背負われる。
兜の鍬形が光を放ち、二本から四本に増える。
面頬が口元を隠し、胸甲がVの字に輝く……
「合体! ぐれえと勇者ああぁっ!!」
「「「「それは他所のとこの勇者≠セああああっ!!」」」」
地面を耕すように着地して、燃え上がる炎をバックにめっさパースのついた長剣を腰だめに構えてバリな見得を切る白銀の勇者改めグレート勇者。
そんな彼にナユタたちは、大脳を介さず脊髄反射だけで一斉にツッコんだ。
こんな勇者はイヤだ。「サン◯イズのやつだ」
……なお、着ていた鎧をパージしてすっぽんぽんになった二号勇者は、あとでスタッフもとい別の魔物娘が(性的に)おいしくいただきました。
Dead or Alive
「最近魔物どもの動きが活発になってきている。もし戦ってる最中になくしたら大変だ」
男はそう言いながら、首にかけていたペンダントを外すと、それを目の前にいたシスターの手に握らせた。
「……だから預かっててくれないか。オフクロの形見なんだ」
視線を逸らし、照れたように鼻の頭を掻く。「あ、あの、それと、あ──明日の哨戒任務から帰ったら、君にぜひ聞いてほしい大切な話が、あるんだ…………おっと、今日から禁煙することにしたんだっけな」
顔を赤らめたまま、無意識に取り出したタバコの箱をポケットにねじ込む。
そして、心配そうに見返してくる彼女に向き直ると、彼──勇者は微笑んだ。
「その時は、二人で一緒にサラダを食べよう」
「…………」
「ええいっ、こんな空気が漂う場所にいられるかっ。オレは部屋に戻るっ!」
「大丈夫。ちょっと休めば元気になるから……」
「よしわかった。ここはわたしにまかせてお前たちは先に行けっ」
…………………………………………
……………………
…………
……
昨夜の出来事を思い出しながら、勇者はゆっくりと腰の剣を抜き払った。
横にいた同僚(モブ)たちのセリフまで、つい脳内再生してしまったが……それはとりあえず置いておこう。
今、彼の前に立ち塞がっているのは、淫魔サキュバス率いる魔物の群れ。
受け持ちの地区の森の中、部隊を分散させ、単独行動していたのが仇になったか……
──だが負けるわけにはいかない。彼女との約束を守るためにもっ!
そう決意を固めると、身体の奥から力が湧いてくるような気がした。
「いくぞ」
短くそうつぶやくと、彼は剣を握り直す。
口中で主神に加護を願う聖句を唱え、勇者は魔物たちに向かって大きく踏み込んだ。
「あ」
そして何故か足元にあった溝に蹴つまずいて、受け身も取らずに顔から思いっきり地面にぶっ倒れた。
「…………」
「…………」
「…………」
「え、えっと……」
そのままピクリとも動かなくなった勇者に、魔王軍第17偵察小隊の魔物娘たちは二の句も告げずに固まってしまった。
──ど、どうしようか? この人……
今回現れた普通っぽい勇者に、(前回がアレだったせいもあって)何故か安心感をおぼえつつ身構えたナユタたちだったが、当の本人はうつ伏せになったまま、全く起き上がる気配がない。
中肉中背。鎧や防具の類を身につけておらず、動きやすさを重視したのかシャツとズボンといったシンプル過ぎる軽装。頭に被っている赤いヘルムには、何故か探照灯がついていた。
おっかなびっくり、そっと近づいてみる……反応なし。
そばに落ちてた木の枝で、肩のあたりをつんつんしてみる……反応なし。
木の枝を投げ捨て、指で頬のあたりを直接つんつんしてみる……反応なし。
剣を放した右腕を持ち上げ、指でその手首をそっと触ってみる……反応なし。
「──って、しっ、死んでるぅぅっ!?」
「「「でええええええええ〜っ!!」」」
魔物娘たちの悲鳴じみた絶叫が、森じゅうに響き渡った。
「ちちちちょっとどうするのよナユタ隊長〜っ!?」
「わわわわかんないわよっ! 段差に蹴つまずいて死んじゃう勇者なんて前代未聞よぉぉぉっ!!」
涙目になってパニクるデュラハン娘に詰め寄られ、ナユタはヒステリックな声を上げた。
「おおお起きろおおっ! お前ヒットポイントいくつなんだああぁっ!? 村人でも3はあるぞおおおっ!!」
ごすっ──! 「何やってんのよこの脳筋っ! メディック! メディイイイ〜ック!!」
勇者の襟元をつかんでその首をガクガク揺らすミノタウロス娘の脳天に、手にしたワンドで物理的なツッコミを入れて金切り声を上げるダークメイジ。
……まあ、テンパっている時点でどっちもどっちなんだが。
「あ、もしかしたら地面から緑色の土管が生えてきて、その中から残機がコンティニュー ──」
「特撮ネタぶっこんで現実逃避すんなああっ!」
「と、とにかく応急救命処置をっ! あなた! 大至急AED探して持ってきてっ!」
「「「ファンタジー世界にそんなもんあるかあああっ!」」」
こんな勇者はイヤだ。「スペ◯ンカーだ」
懸命の応急処置が功を奏して、勇者は息を吹き返した。
それでもまだ戦おうとする彼を、ナユタたちは必死になだめすかし、半泣きになりながら土下座までして帰ってもらったという……
Rosen Ritter
「ほわおっ!?」
いきなり繰り出されたその斬撃を、ナユタは裏返った声を上げながらよろめき気味にかわし、あわてて剣を抜き払った。
襲撃者は素早く後ろに下がって間合いを取り、剣を構え直す。
小柄な身体に部分鎧を纏った、クセのない銀髪とぱっちりした目を持つ少年剣士。その隣に白いローブを纏った背の高い黒髪の男性が駆け寄ると、彼をかばうように手にしたロッド(長杖)をひと振りした。
「ちょっと気付かなかったの? あんた」
「いやその……き、気付いてたし! 余裕でわかってたし! け、警告する前に攻撃されただけだし!」
ナユタに非難めいた視線を向けられ、めでたく寿除隊したミノタウロス娘とダークメイジの代わりとして第17偵察小隊に配属された補充兵のひとり、ゲイザー娘が誤魔化すように口を尖らせ一つ目をそらす。
「念のため確認いたしますけど……お二人とも童貞さん、ですの?」
「お前はそれしか頭にないのか」
人差し指の先を頬に当てて小首をかしげるもうひとりの補充兵……というか、前回遭遇した勇者のトラウマを払拭すべく配属してもらった治癒魔法の遣い手であるユニコーン娘に、先任のデュラハン娘が溜め息混じりにツッコんだ、その時──
「ぼ、ボクは反魔物領ドリアンス・メルの勇者、シュール・ストレイミング! ここから先へは一歩も行かせないぞ!」
「同じく勇者付き神官のカース・マルツ。主神様の御名において、お前たち悪しき魔物に鉄槌を下さん!」
少年剣士もとい少年勇者が上ずった声で名乗りを上げ、続けてローブ姿の男性が、サビを含んだ渋い声で鋭く言い放った。おそらく勇者が若過ぎるから、補佐(お目付役)として同行しているのだろう。
「いけますか? 勇者シュール」
「大丈夫だよ、カース兄さん。……でも、そんな他人行儀な言い方じゃなく、昔みたいにシルって愛称で呼んで欲しいな」
「そうはいきません。今の私たちは兄弟同然に育った幼なじみではなく、主神教団の勇者とその補佐をする神官という立場なのですから」
神官の言葉に、少年勇者は一瞬その顔に淋しそうな表情を浮かべた。それでも相対する魔物娘たちを牽制するかの如く、ちらちらとそちらに視線を送る。
「……けど、もしかすると、ボクは彼女たちに負けてしまうかもしれない」
「何を弱気なこと言ってるんですか、勇者シュール」
「でもね、どんなに楽観的な状況でも、戦いの場では常に最悪の想定をしておかなければいけないんだよ、カース兄さん」
「シル……」
少年勇者は自分に言い聞かせるようにそう言うと、潤んだ瞳で神官の顔を見上げた。
「魔物に負けたボクは、そのまま魔界へ連れて行かれてしまうんだ。そして彼女たちに弄ばれて、延々と汚され犯されて、身体中の聖なる力を根こそぎ奪われ、代わりに魔物の力を注ぎ込まれて……ヒトではなくなってしまうんだ!」
「お──落ち着いてください、シルっ」
「ま、まあ、おおむね間違っちゃいないんだけど……さ」
「ていうかアタシら、眼中になくね?」
たしなめる神官。置いてきぼりになって困惑するナユタたち。
だが少年勇者は、少女と見紛うその顔を紅潮させ、なおも溢れる想いを口にする。
「ねえ、カース兄さん……もしボクがヒトじゃなくなっても、兄さんだけはそばにいてくれる?」
「もちろんです。私は勇者シュールが……いや、シルがどんな姿になってもずっとそばにいますよ」
「本当?」
「ええ。もしそれが許されないというのなら、私は教団も主神様も敵に回しましょう」
神官の言葉に、少年勇者は花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「ああ」「そういう……」「キマシタワー」
「ありがとう……嬉しいよカース兄さん。その言葉だけで勇気が湧いてくるよっ。たとえヒトじゃなくなったとしても、カース兄さんさえいてくれたら、ボクはもう他に何もいらないよっ(ちらっ)」
「私たちはいつでも一緒ですよ。たとえシルが魔物になっても……(ちらっ)」
「…………」
そのあからさまなチラ見アピールに、苦虫を噛み潰したような、無理矢理納得させられたかのような、微妙な顔つきになるナユタ。
手にした剣を地面に突き刺し、腰に両手を当てて、はああああっとわざとらしく溜め息を吐く。「……わかった、わかったわよっ! お望み通り魔物娘の魔力、きっちり流し込んであげるからっ!」
こんな勇者はイヤだ。「のっけからアルプ化狙いだ」
「あー、まちがってふたりともアルプにしちゃったわー(棒)」
「わざとだ」
「絶対わざとですの」
「……ていうか、あの背の高い方、なんでアタシらより胸が大きいんだ?」
思い思いにつぶやく魔物娘たちを尻目に、元少年勇者と元神官は変化した自分の全身を隅々までまさぐるように撫で回し、互いに蕩けたような表情を浮かべて向き合った。
丸みを帯びた柔らかい身体つき、胸に生じたふたつの膨らみ、自分たちが失った男のモノを受け入れられる股間。それに加えて黒光りする一対のツノ、腰から生えた膜翼と長い尻尾、身体のラインを強調する露出度の高い服……
まごうことなき、現魔王に連なる魔物種族──サキュバスの姿。
「これはこれでよかったのかも……んっ、しれないわね。淫魔同士なら、ど……どんなに淫らなことをしても……ああんっ! そ、それが当たり前なんだ、もの……」
背が高い方のサキュバスが長い黒髪をかき上げ、大きく膨らんだ乳房の先から伝わる快感に太ももを擦り合わせながら微笑む。その嬌声も容姿に合わせて、高く艶やかなものと化していた。身のこなしや目つきも、言っちゃ悪いがナユタたちよりよっぽど淫魔っぽい。
そして彼女は目の前で小ぶりな胸と愛液が垂れる秘所をいじりながら、うっとりした表情で見つめ返してくる銀髪の小柄な少女サキュバスの顎の先に指をかけ、くいっと持ち上げた。
「うふふ……可愛いわよ、シル」
「ああんっ、カースお姉さまぁ♥」
そのあどけない顔に、淫らな笑みを浮かべる少女サキュバス。
二人は絡みつくかの如くに抱き合い、ねっとりとした口づけを交わすと、そのまま草むらの中へとよろめくように倒れ込んだ……
「く──腐ってやがる。いろいろと」
「やっておいてなんだけど……なんかムカつくわね」
この物語は
「魔物のねーちゃんたちとウハウハしたい」
と言って逃亡を企てた
勇者キタノを処刑するべく
魔界深くのり込んだ
もうひとりの勇者と教団兵たちの
愛と感動の記録である。
Legend
「前方に魔物発見! ワタナベっ! 聖剣を持ってこいっ!」
「了解でありますっ! 勇者ブライトストーンさまっ!(敬礼っ)」
「「「「…………」」」」
「勇者さまっ! 聖剣でありますっ!」
「よーしこれさえあればお風呂で泡立てて身体をゴシゴシ、う〜んお肌すべすべってこれセッケンやないかいっ!」
「も、も〜しわけありませんっ! 勇者さまあああっ!(敬礼っ)」
「聖剣や聖剣っ!! 次っ、マツオっ! 聖剣を持ってこいっ!」
「了解でありまぁすっ! 勇者さまぁっ!(敬礼っ)」
「「「「…………」」」」
「勇者さまっ! 聖剣でありまぁすっ!」
「よーしこれさえあればああもう二時間も待たされてるがな。いつになったらこの番号呼んでくれるんやろってこれ整理券やないかいっ!」
「もおお〜しわけありませんっ! 勇者さまあああっ!(敬礼っ)」
「だから聖剣や聖剣っ!! ムラカミっ! 聖〜剣を持ってこいっ!」
「了〜解でありまああすっ! 勇者さまああっ!(敬礼っ)」
「「「「…………」」」」
「勇者さまああっ! 聖〜剣でありまあああああすっ!」
「よーしこれさえあればんんっいやんもうっ急に始まっちゃった。でもこれを使えば多い日も夜も安心♪ ……ってこれ生理用品やないかいっ! しかも頭のせい≠ニ最後のん≠オか合っとらんやろがあああっ!!」
「もおおおお〜しわけありまっせんっ! 勇者さまあああああっ!(敬礼っ)」
「「「「…………」」」」
果てしなく続くモノボケとノリツッコミの応酬に、ナユタの心はとうに折れていた。
──お願い、主神様でもいいからこいつらなんとかして……
こんな勇者はイヤだ。「伝説の兵隊コントだ」
「きししっ、今の若い読者は『◯ょうきん族』なんか知らね〜ぞ」
「いきなり何わけのわからないこと言ってんのよ……」
Mamomusuman
毎度おなじみ、魔王軍第17偵察小隊。
今日も今日とて反魔物領への侵攻ルートを探索中、例によって勇者と遭遇してしまう。
「なんか勇者の方がワンダリングモンスターじみてきたな……」
「だね」
今回ナユタたちの前に立ち塞がったのは、やたらとガタイのいい三人組の勇者。
これまでいろいろ(笑)な勇者を見てきたが、やっと正統派の……いや待てダマされるな。きっとこいつらも、何かあるに違いない──
「フッ……魔物どもよ、我々を他の勇者たちと同じだと思わないことなのだ」
勇者の一人がそう言い放つ。ナユタとデュラハン娘は剣を構え直し、ゲイザー娘はユニコーン娘を背中にかばって触手を展開させた。
「これまで数多の勇者が魔界へと赴き、そして誰一人帰ってこなかった」
「それは魔界に充満する高濃度の魔力に身体を汚染され、祝福された聖なる力を十全に発揮できなかったからなのだ」
「いや、そんなの今さら力説されても──」「ねえ……」
なんかいきなり語り出した勇者たちに、ああやっぱりコイツらもかと、げんなりした表情を浮かべるナユタたち。ちなみにここでいう主神教団の祝福≠ナあるが、強化・防御魔法の一時的付与ならまだマシな方、ほとんどは中身のない儀式だけの代物だったりする。
「そこで我々は、あえて貴様ら魔物の力をこの身に取り込み、それを熱く滾る勇者魂で制御することで、魔界への耐性と貴様らが持つ特殊能力を身につけたのだ」
「敵を知り、己の力とすれば百戦危うからずなのだ」
「……それを言うなら『敵を知り、己を知れば』ですの」
「ていうか勇者魂って何っ?」
だが連中は彼女らの、想像の遥か斜め上をいった……
「特殊勇者マモムスマン一号、参る! とうっ!」
勇者の一人が掛け声とともにジャンプ。空中で防具をはずしてビキニパンツ一丁の姿になると、どこからか取り出した黒地に一ツ目が描かれたレスラーマスクを頭から被り、触手が描かれた書き割りを背中に背負って着地した。
一ツ目に触手、それはまさに──
「変身っ! ゲイッ、ザアアッマッスゥ〜ルッげぼおぉっ!」
「ふ・ざ・け・んなあああああっ!」
正面から両腕の上腕二頭筋を見せつけるフロント・ダブルバイセップスのポーズをきめ、大胸筋をぴくんぴくんさせるそいつの顔面に、ゲイザー娘は遠慮のえの字もないドロップキックを放った。
「ああっ、ゲイザーマッスルがやられた!」
「ぬううっ……ならば特殊勇者二号であるわたしの出番なのだっ!」
吹っ飛ばされて頭から草むらに突っ込み逆立ち状態で片脚を痙攣させる仲間の姿を見て、二人目の勇者は肩口に手をやり、羽織っていたマントを引き抜くように脱ぎ捨てた。
「治癒はお任せ! ユニッ、コオオオンッマッスゥ〜ルッなのだ!」
純白のワンピースドレスを纏って頭からベールを被り、額に接着剤でねじりん棒をくっ付けたバイキングヒゲにスキンヘッドのごっついおっさんが、横向きになって肩から上腕二頭筋を強調するサイド・チェストのポーズをきめ、次いでなんちゃらテックの社長のように胸の前に指でハートマークをつくってウインクする。
「……どーてーさんが、大好きですの♥(バリトンボイス)」
…………………………………………ごぶっ。
「ぎゃあああユニ子が血い吐いたああああああっ!」
「うわああしっかりしろおおおおおっ! メディックのお前が真っ先に倒れてどうすんだあああああっ!?」
あまりにもあんまりな目の前の存在に引きつった笑顔のまま気絶したユニコーン娘を、悲鳴を上げながらがっくんがっくん揺さぶるゲイザー娘とデュラハン娘。その向こうでは同じく気絶したレスラーマスク&ビキニパンツ勇者の尻に、女装バイキングヒゲ勇者が下のツノを突き刺して治癒の呪文らしきものを唱えている……
もう、いろんな意味で阿鼻叫喚。
そんなカオスな状況に萎えそうになる両脚を踏ん張り、ナユタは自分同様唯一残った三人目の勇者と相対した。
──次に何が来るかは薄々わかっている…………落ち着け。気をしっかり持て、わたしっ。
逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ……これまでの激闘(笑)を思い返し、ありったけの勇気をかき集める。
そんな彼女の表情から不退転の決意を読み取ったのか、最後の勇者──特殊勇者三号は無言で構えをとると、その全身に力をみなぎらせた。
「はああああああああ…………はあぁっ!!」
ががみ気味になって両の拳を身体の前で突き合わせるモスト・マスキュラーのポーズをきめると同時に、身に付けていたマントと防具がちぎれて弾けとぶ。
丸太のように太い腕と大もも。
鎧の如き厚い胸板、六つに割れた腹筋。
力強く発達した肩の僧帽筋に埋没した猪首。
しゃくれたアゴ、エラの張った頬、落ちくぼんだ金壺眼。なぜかサラサラのロングヘア。
……そしてその身を包む、ぱっつんぱっつんになったフレンチタイプのメイド服とニーソックス!
「ぶるぅわあああっ! キッキイイイモラモラモラモラマッスごぶうわあぁっ!!」
「そこは流れからいってサキュバスだろがあああああっ!」
自分でもよくわからない理不尽な怒りに突き動かされ、ナユタは眼前でシャウトするメイドガイの顔面にグーパンで一撃入れた……
「……あの人たち、どうなったかな?」
「例の三人組のこと? 魔物の力を取り込んだとか言ってた──」
遠く離れた親魔物領にある、インスラ(集合住宅)の一室。
ベッドの上で身を起こし、思い出したようにそう問いかけてきた彼女に、もう一人は苦笑を浮かべて寝返りを打つと、その顔を見上げた。
「そもそも魔物の力を身体に受け入れたら、男性はもれなくインキュバス化してしまう……教団がそんな、敵をこしらえるような真似するわけないじゃない」
「じゃあ、あの三人は……」
「ただの仮装──ていうか、形から入って思い込んでるだけよ。本当に魔物娘の力を手に入れたいのなら、私たちみたいにインキュバスを通り越してアルプにならなきゃ。……ね、シル」
「ふふふ……そうね、カースお姉さま♥」
そうして二人のサキュバスは尻尾を互いの身体に絡め合い、ユニゾンで甘い嬌声を上げるのであった。
こんな勇者はイヤだ。「魔物娘コスプレイヤーだ」
だ〜れも知らない知られちゃイケない〜
まもむすまんがだ〜れ〜なの〜か〜
何も〜言えな〜い 話し(かけ)ちゃイケな〜い
まもむすまんがだ〜れ〜なの〜か〜〜♪
「「「まさに悪魔の力を身につけた、正義のヒーロー!」」……なのだ!」
「お前らゴー・ナ◯イ先生に謝れえええええっ!!」
18/10/14 19:32更新 / MONDO