連載小説
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06「キキーモラのバースディパーティ(後編)」
 更紗市警察署、生活安全課。
 一般には少年犯罪や防犯指導、家出人の保護などを行う部署だと思われているが、実際には銃刀法違反や悪質商法、ストーカー事案、DV、サイバー犯罪等にも関わり、その役目は多岐にわたる。更紗署ではそれに加え、地球の平和を守るため──と称して魔物娘たちがいる明緑館学園にテロ行為もどきを仕掛けようとする自称正義の戦士≠スちにも対応しなければならない。
 だが、今は昼休憩。先日の一件以来これといった事件もなく、オフィスにはまったりとした平和な空気が流れていた。
 色とりどりのお弁当箱を持ち寄った事務職の女性たちが、おしゃべりに興じている。

「それにしても樋口さん、なんだか最近雰囲気変わったと思わない?」
「あ、わたしもそう思う」
「そうそう、前はとにかく早く仕事を終わらせようと、躍起になってたとこあったよね……」
「仕方ないわよ。幼稚園に通ってる娘さん、迎えに行かなきゃいけないし」
「確か三年前に、奥さん病気かなにかで亡くされてるんだっけ」
「……でもこの頃は服も小綺麗にしてるし、なんか気持ちに余裕出てきたって感じ?」
「まさか樋口さん、誰か女の人と付き合いだした……とか?」
「えーっ、さすがにそれは…………あ、あるかも──」

「なになに〜? 樋口さんがどうしたってぇ〜?」

 ランチタイムを楽しむ女性たちの輪に、軽薄そうな優男の私服警官が近寄ってきて、へらへらした口調で口を挟んできた。
 途端に微妙な空気があたりに漂う。一斉に口を閉じた女子職員の一人が、呆れたように溜息を吐いた。

「ちょっと須田さん、女子トークにいきなり割り込んでくる男性は嫌われますよ」
「つれないなぁ〜、僕は四月からの転属組として、一日も早くみんなと馴染もうとしただけなのに〜」

 須田と呼ばれたその若手警官は彼女たちの白けた視線をスルーして、おどけたように両の手のひらを上に向けた。

「おいスダチっ! お前、こないだなんちゃら小隊とかいう連中から押収した改造メガロボットの保管書類、まだ出してないだろ!?」

 離れた席にいた強面中年の上司に大声で怒鳴られ、げんなりした表情になる。

「メガロボットじゃなくてメガパペット、それと僕の名前はスダチじゃなくて須田ですってばっ」
「いいからさっさとやれ、スダチっ」
「へ〜い」

 休憩時間に仕事させるなよなぁと口中でつぶやきながら、彼は自分の席に戻った。「……ったく、さっさとステッカー(整備命令標章のこと。勝手に剥がすと罰金刑)貼っ付けて返しちまえばいいのに。ねえ、樋口さん」

「あからさまに人を害する改造だからな。そう簡単に返却できんだろう」
「そんなもんですかね」

 隣で空になった弁当箱を片付けていた先輩警官──女子職員たちの話題の主でもある浩幸にたしなめられ、須田は気のない返事で応えた。
 例のなんちゃら……もとい、地球防衛隊NTR第七(中略)小隊の面々は、コトを起こす前だったこともあり、厳重注意の上で一応釈放されている。もっとも、そんな程度でおとなしく反省などするわけがないと警察側もわかっているので、メガパペットの返却はまだまだ先になるだろう。もちろん返された機体の武装(笑)を取り外さずにまた無断で動かしたら、今度こそ処罰の対象だ。

「あれ? そういえば樋口さんが弁当なんて珍しいっすね。自分で作ったんすか?」
「ん、ああ、まあなんだ……ちょっといろいろあって、な──」
「……?」

 答えになってない答え方をする浩幸に首を傾げる須田だったが、さっきの強面上司にまた怒鳴りつけられ、あわててデスクの上に積み上げられた紙の山をかき分けて書類を探し始めた。



「ふんっふふ〜ん♪ ふんっふふ〜ん♪ ふふふふん、ふふんっ、ふ〜んっ──♪」
「楽しそうだね、ホノカちゃん」

 ご機嫌な様子でビックリドッキリなメロディを口ずさみながら、折り紙と糊で輪飾り(チェーンみたいにしたアレ)を作るサイクロプス娘に、隣で作業を手伝っていた甲介は笑みを浮かべた。
 明日に迫った瑠璃のお誕生日パーティ。今は撫子寮の食堂で、その準備の真っ最中である。

「ちっちゃい頃にナギちゃんたちと、こうやって誕生日パーティしたことがあるんだ……部屋を飾ってケーキにロウソク立てて、おやつ食べたりプレゼント渡したり──」
「そういうのはこっちの世界と一緒なんだね。……そういえば、ホノカちゃんの誕生日っていつ?」
「火の節の三十七日目だから、こっちのカレンダーだと、えっと……八月五日、かな?」
「じゃあ、その日もこんな感じでパーティしよう」
「うんっ♪」

 単眼の両端を下げて、笑顔を見せるホノカ。
 彼女たちが元いた世界では、一年を光・土・水・火・風・影といった六つの「節」に分けて暦をつくっている。ひとつの節は六十一日間、影の節だけが六十日で、四年に一度だけ一日追加されるのだという──

「一年三百六十五日で、うるう年まであるんやから、偶然の一致とはいえデキ過ぎやな……」

 食堂のキッチンを借りてケーキを焼いていたエプロン姿の彼方がカウンター越しにそうつぶやき、横でボウルを抱えて生クリームをホイップしていた、同じくエプロン姿のゲイザー娘が手を止める。

「太陽からの距離が同じになるから一年の長さも同じになる、ハッピーブルゾーンってやつだ」
「ハビタブルゾーン(居住可能公転領域)な。ちゃんとおぼえときや宇宙飛行士志望〜っ」
「ぐぬぬ……」

 中途半端な知識を自慢げにひけらかしてパートナーにツッコまれ、ナギは口をへの字に曲げた。
 一年の日数、昼夜の長さの変化から生まれる季節、他に食生活や日常のさまざまな習慣など、魔物娘たちがいた世界とこちらの世界の同一性は、可能性によって分岐する並行世界の存在を実証するのではとも言われている。だがナギたちをこの世界に導いた「光の柱」は、あの日以来一度も現れず、異世界の観測≠ヘ未だなされていない。

「ナギさんカナタさん、そろそろ焼き上がりますわよ」
「おっと」

 一緒にケーキ作りを買って出たショゴス娘のリッカが振り向き、下半身から生えた触手で備え付けのオーブンを指差す。彼方はあわてて手にキッチンミトンをはめた。

「おー、焼き立てうっまそう……」

 オーブンを開いて中から取り出したのは、キツネ色に焼けたホール型のケーキ。
 香ばしい匂いがあたりに漂う。クリーム絞りとボウルを手にナギが、つられたように身を乗り出し覗き込んできた。「んじゃ、早速──」

「お待ちなさいナギさん。まだ粗熱がとれていませんわよ」
「あとそれな、ここらへんから横に切って、間にフルーツとクリーム挟むさかい、外側に塗るんはそれからやで」
「え〜っ、せっかくルリちゃんのために気合入れてデコレーションするつもりだったのに……」
「別にしたらアカンとか言うてへんがな。もうちょい待っとき」
「む〜っ」

 彼方がツッコミを返し、関西弁でいうところの「いらち」な性格であるナギが口を尖らせる。そんなふたりをニヤニヤしながら見つめていたリッカだったが、ふっ──と肩を落として溜め息を吐いた。

「……わたくしも幼稚園の方に行けばよかったですわね。楽しそうですもの」
「こないだの職業体験のことか? リッカお前、図書館に真っ先に手挙げたじゃん」

 ナギにそう返され、ショゴス娘はその顔に残念とも後悔ともとれる微妙な表情を浮かべる。

「朝から返却された本を分類番号順に書架に戻して、それが済んだら他の図書館からの貸し出し依頼にあった本を探して集めて梱包して発送して、カウンター業務しながら新刊にカバーかけて……いっぱい本があるから好き放題読めると思ってたわたくしが愚かでしたわ」
「いや、さすがにそれは……」

 たくさんの本に囲まれているのに、いそがしくて読んでる暇がない。読書家にとってはある意味苦行だろう。
 まともに読めたのは、図書館に来た子どもたちに読み聞かせた絵本だけでしたわ……と嘆息するリッカ。ちなみにその時、調子に乗って触手の先にいくつもの発声器官──口をつくって声の演じ分けをやってしまい、聞いていた子どもたちのSAN値削って……もとい、ドン引きさせてしまったのだとか。

「そういや、言い出しっぺのイツキは何処行ったんだ?」
「イツキさんなら、ルリちゃんのお迎えに行きましたわよ……今日も」

 思い出したように食堂の中を見回すナギに、リッカは口の端を上げて肩をすくめた。



「……そのクリーム絞り、中身マヨネーズとちゃうやろな」
「んなわけあるかっ」



 夕暮れの通学路を人影が三つ、横に並んで歩いている。
 瑠璃を真ん中に、右側に制服姿でカバンを肩にかけたキキーモラ娘イツキ、そして左の車道側には父親の浩幸──

「あしたのパーティたのしみ〜。ね、イツキおねえちゃん」
「そうですねルリちゃん。私も楽しみです」

 繋がれた両手をブランコにしてはしゃぐ幼な子に、イツキはその顔に優しげな笑みを浮かべて応えた。

「よかったな、瑠璃」「うん!」

 喜ぶ娘に破顔すると、浩幸はイツキの方を向いた。

「いつもありがとうイツキさん。この子を迎えに行ってくれるだけじゃなく、家のことまでやってくれて……」
「お気になさらずに。おふたりが笑顔でいてくれることが、私にとって何よりのよろこびなのですから」

 あの日から、幼稚園の近所に家があるクラスメイトに同行してもらって瑠璃を迎えに行き、一緒に家に帰ると、そのあと警察の仕事を終えて帰宅した浩幸に、今みたいに寮まで送ってもらう──というのがイツキの日課に付け加わった。

「……帰ったらお夕飯のポトフ、五分ほど温め直してから食べてくださいね。それからおふたりの明日の着替えは、お部屋にちゃんと用意してありますから」
「うん、わかった!」
「ああ、すまない……」

 そして浩幸を待っている間、溜まっていた洗い物を片付けたり、家のあちこちを掃除したり、夕食やお弁当の準備までしたり……いつしかそれらがずっと前からそうだったかのように、見慣れた日常になってしまっているのは、彼女の出自(ルーツ)が家憑き妖精であるためなのだろうか。

「あしたはたくとくんと、ゆきちゃんと、えりなちゃんと、ゆうかちゃんとまさあきくんがきてくれるんだよ」
「ルリちゃんは、お友だちがいっぱいいるのですね」
「イツキおねえちゃんのともだちも、あしたくるの?」
「ナギさんとホノカさん、フミハさん、あと、私のルームメイトのリッカさんが手伝ってくれるんですよ」

 仲良く手を繋いでおしゃべりしながら歩く瑠璃とイツキは、まるで歳の離れた姉妹のよう……いや、むしろ例えるなら──

「…………」

 撫子寮の門の手前で、浩幸はイツキの横顔をじっと見つめた。

「あの……イツキ、さんっ」
「はい?」
「あ、いや、その…………な、なんでもない……」

 よかったら娘の誕生日パーティが終わっても、こうして──と言いかけ、振り向いたイツキに見つめ返されて、あわてて目をそらす。
 柄にもなく口ごもる自分自身に呆れて、浩幸は胸中で自嘲した。……全く、いい年した子持ちのやもめ男が、魔物娘とはいえ高校生の女の子にいったい何を求めているんだ、と。

「さ、さあ帰るぞ瑠璃っ」
「うん……バイバイ、イツキおねえちゃん」

 もっと一緒にいてたそうな瑠璃の手を引き、踵を返して照れ隠し気味にそそくさと歩きだす。
 そんな浩幸の背中に、優しげな声がかかった。

「今日も送ってくださって、ありがとうございました……ヒロユキさん」
「あ──ああ、おつかれさま」

 名前を呼ばれて肩越しに振り返ると、キキーモラ娘が門の前で自分たちに手を振っていた。
 栗色の髪から垂れ下がった犬の耳、手首を覆う鳥の羽根、ふさふさした長い尻尾、鱗状になった足先──キメラめいた人外の部分が目を引いても、彼女の清楚な愛らしさはいささかも減じない。

「またあしたねっ、おねえちゃん」
「はい、また明日」

 小首を傾げて、柔らかく微笑むイツキ。
 横で無邪気に手を振り返す瑠璃を見て、浩幸は自分だけが妙に意識していることに気づいて苦笑した。



 パン、パン、パンパンパン──ッ! 「「「ハッピーバースディ、ルリちゃん!」」」

 招待された幼稚園の友だち、そしてナギやホノカ、文葉たちが手にしたクラッカーが鳴らされて、紙吹雪とテープが瑠璃の頭や肩に降ってきた。
 時刻はお昼過ぎ。リビングの壁はホノカと甲介が作った輪飾りや紙の花で飾り付けられ、「Happy Birthday RURI」とポップなフォントで書かれた横幕が下げられている。それを背にしてテーブルの椅子に座る瑠璃の前に、彼方とリッカが作ってナギがデコレーションしたバースディケーキが置かれた。
 トッピングされた色とりどりのフルーツ。ホワイトチョコのペンで「ルリちゃん おめでとう」と書かれたクッキープレートは、ナギ渾身の力作である。……うの字が鏡文字になってしまっているが。

「んと、オカエリナサ──
「それじゃねーよ素で間違えたんだよっ」
「っていうか、そんなネタどこで拾ってくるのよあんたら……」

 壁側に一歩引いたホノカ、ナギ、文葉の三人が小声でツッコみ合う。全員、イツキやリッカが着ているのと同じメイド服で揃えている。似合わないとか恥ずかしいとか言いながらも、さっきまでお互いにスマホで写真を撮り合っていたのだから、なんだかんだで結構嬉しがっているようだ。
 ケーキの上にロウソクが立てられ、火が灯される。

「さあルリちゃん、どうぞ」
「うん!」

 横にいるイツキに促され、瑠璃は大きく息を吸うと、顔を左右に振ってロウソクの火を一気に吹き消した。

「「「わあっ!」」」

 子どもたちが一斉に歓声を上げ、嬉しそうに手を叩いた。
 イツキがケーキを切り分け、リッカがジュース──もちろん市販のもの──とストローが入ったコップを一人ずつ配っていく。図書館での経験から、触手での給仕は今回封印するようだ。

「はいどうぞ、おぼっちゃま♪」
「あ、ありがとう……(照)」

 子どもたちも最初はおっかなびっくりだったが、イツキと同じメイド服を着ていることもあり、いつしか彼女のことを「リッカおねえちゃん」「スライムのおねえちゃん(ショゴスという呼称は幼稚園児には馴染みがない)」と呼びだし、好奇心からその流動体な下半身を無遠慮に触りだす子もいたりする。

「……うむ、やはりいいものだな。誕生日を祝うというのは」
「アタシもそう思う……っていうか、なんでここにいるんだよへっぽこヴァルキリー」
「無論、いたいけな幼な子たちを貴様ら魔物娘の毒牙から守るためだ……っていうか、誰がへっぽこだ誰がっ? ぺたんこゲイザーめ」
「お前、ケンカ売ってんのか──」

 睨み合うナギとルミナ。だが、横にいた文葉が咳払いとともに放つプレッシャーにビクッと背中を震わせ、言葉を途切れさせた。

「……あ、そうだ」

 次の瞬間、何か思い付いたのか、ナギがニヤリと口の両端を釣り上げると、

「……ルミナお前、今、ルリちゃんたちを守るためにいるって言ったよな?」
「それがどうした? 貴様らが何をしようが、戦天使たるこの私がいる限りあの子たちには指一本触れさせんぞ」
「いや……それってつまり、このお誕生日パーティ自体を守る≠チてことだよな」
「当然だ。だからそれがどうしたと──」
「きししっ。じゃあ、そんなパーティの雰囲気をぶち壊す格好は着替えないとな♪ ……みんな〜、ルミナ姫もメイドさんに変身してくれるって〜!」

 鎧姿のヴァルキリーにみなまで言わせず、ナギは瑠璃たちに向かって呼びかけた。

「「ほんと?」」「「「わ〜いっ!」」」
「え? お──おい、なんでそうなる……ち、ちょっと待てえええっ!?」

 …………………………………………

「うううっ、なんでこんなことに……」

 あれからリッカも加わって、ルミナは二人がかりでリビングの外へと引っ張り出され、予備のメイド服に着替えさせられた。抵抗しなかったのは、パーティを守ると言った手前もあるし、さすがに他人様の家の中で一戦交えるわけにもいかなかったから……あと、着替えを渋ってナギに胸揉みされるくらいなら、自分から着替えた方がマシだと思ったのもある。
 口の端で笑いをこらえながらチラチラ見てくる文葉と、ご愁傷さまとでも言いたげなホノカの視線が痛い。

「…………」

 もっとも瑠璃や女の子たちから「ルミナひめかわいいっ!」と言われ、相好を崩してスカートの裾を摘んでポーズをとっているあたり、実のところは満更でもないのかもしれない。

「ではではルミナさん、早速これを配ってくださいませ」
「あ、ああ…… ──!?」

 リッカからトレイを受け取り、ルミナは上に乗っているものを見て一瞬固まってしまった。「……おいこれまさかショゴスゼリー!?」

「ブルーベリーの◯ルーチェですわっ。ヒト聞きの悪いこと言わないでくださいまし」

 まだ見ぬご主人様以外の人間に食べさせるもんですか……と頬を赤らめるショゴス娘。実際そんなものを小さい子どもに食べさせたら、エロい──もといエラいことになってしまう。
 テーブルにイツキが切り分けたケーキと、リッカとルミナが配ったヨーグルト風デザートが並び、子どもたちの目がそれに釘付けになる。

「さあ、召し上がれ♪」
「「「いただきま〜す!」」」

 イツキの声に、瑠璃たちはフォークを手にしてケーキを崩しにかかった。

「お味はどうですか? ルリちゃん」
「うん、おいしい!」

 目を細めて笑顔を浮かべる瑠璃。その口の横についたクリームを手にしたナプキンでそっと拭って、イツキは笑みを返した。
 他の子どもたちもそれぞれ、ケーキとデザートに舌鼓を打つ。

「おいし〜い♪」
「こっちのもおいしいっ」
「おれ、ぜんぶたべちゃった……」
「ちゃんとおかわりもありますわよ、おぼっちゃま方♪」
「やったぁ! ありがとうリッカねえちゃん」
「よし、私が入れてやろう」
「たくとくんずるい! あたしもルミナひめに入れてほしい!」

「いいなあ……」
「ナギちゃん、よだれ出てるよ」

 楽しげな雰囲気の中、パーティは続く……



「……ん? ルリちゃんの姿が見えないが」

 パーティの主役がいなくなっていることに気付き、子どもたちの相手をしていたルミナはリビングを見回した。

「さっきイツキとリッカに連れられて出てったわよ」
「ルリちゃんも着替えるん、だって」
「……結婚式のお色直しみたいなものか?」

 テーブルの上を片付ける文葉とホノカにそう返して、手付かずのグラスを手に取り口をつける。

 ブ────────ッ!!

 次の瞬間、ルミナはイツキとリッカに連れられて戻ってきた瑠璃の格好を見て、飲みかけていたジュースを盛大に吹き出した。

「うぎゃあああああっ! 目が……目がぁああっ!」
「な、な、な──」

 顔面に直撃したジュースが単眼にしみて悶えるナギを尻目に、口をパクパクさせて一点を凝視する。

「「るりちゃんかわいい〜っ!」」「……えへへ、イツキおねえちゃんとお揃いだよ♪」

 子どもサイズに仕立てたメイド服。そこまではいい、そこまでは。
 頭の両側に垂れた犬の耳。
 手首から生えた羽根。
 お尻からとび出たふさふさ尻尾。
 鳥の脚を思わせる鱗に覆われた足先。

「きっ──きききき貴様らあああああっ!! よ、よりによって誕生日にっ、おおお幼な子をままま魔物娘化させるなんてななな何考えてるんだああああ────っ!!」

 キキーモラ化した瑠璃の姿に頭を瞬時に沸騰させ、ルミナはイツキの胸ぐらをつかんでまくし立てた。

「何って…………あの、仮装ですけど?」
「は?」

 目を瞬かせて戸惑うように答えるイツキに、改めて瑠璃の全身を見直す。
 付け耳。
 付け羽根。
 付け尻尾。
 それっぽい模様のハイソックス。

「名付けてキキーモラなりきりセットですわ。ルリちゃんがどうしてもイツキさんと同じがいいとおっしゃって──」
「…………」

 いい仕事しました……とばかりにドヤ顔を浮かべるリッカ。ルミナは脱力してその場にへたり込んだ。

 ──し、心臓に悪い……

 まあ、魔力の流れを見ればガチかコスプレかは一目瞭然なのだが。

「ルミナひめ、だいじょうぶ?」「…………」

 瑠璃の手が、肩にポンと置かれる。そのなぐさめのような気遣いが……妙に重かった。



 外から聞こえてきたバイクのエンジン音が止まり、ヘルメットを抱えた彼方がリビングに入ってきた。

「ただいま〜。……ちびっこら、家まで送ってきたで」
「おつかれさん、カナタ」

 テーブルに肘をついていたナギが、振り向いて立ち上がる。彼方は中を見回し、小声で問いかけた。

「……瑠璃ちゃんのお父さん、まだみたいやな」
「ああ、連絡もない」

 ゲイザー娘も小声でそう答えると、キッチンで踏み台に乗ってイツキと一緒に洗い物をしている、メイド姿(なりきりセットは外した)の瑠璃の背中をうかがった。
 夕方になってお誕生日パーティはお開き。ナギとホノカに呼ばれた男子二人──彼方と甲介が招待した子どもたちを、手分けして家まで送っていくことになった。
 ホノカは近くの子たちを連れていく甲介に、そして文葉は寮の夕食を用意するため先に帰るリッカにそれぞれ同行している。瑠璃のそばにいるのはイツキ、ナギ、ルミナの三人だけだ。

「…………」

 静かになったリビングのテーブルには、皿にのせてラップに包まれたケーキがぽつんと置かれている。振り返ってそれを見つめ、パパおそいなあ……と、半ばあきらめたようにつぶやく瑠璃。
 パーティが終わるまでには帰ってくると、朝出がけに約束していったにもかかわらず、だ。
 イツキにそっと頭を撫でられて、黙ってその身体にもたれかかる。
 ナギはそんなふたりを見つめ、やがてフッと息を吐いた。

「ルリちゃんの気持ち、ちょっとわかるんだ……アタシの父さんも警邏兵──こっちの世界でいう、おまわりさんみたいなのだったし」
「そうゆうたら前にもそんな話、しとったな」

 ゲイザーの母親も病院の看護士だったから、両親揃って帰りが遅くなることもあり、幼い頃はホノカの家に何度も世話になっていたそうだ。

「大きな事件があったら父さん、連絡もなしに何日も家に帰ってこなくて── ……あ!」

 思い出話を途切れさせて声を上げたナギに、イツキと瑠璃も洗い物の手を止めて振り返る。
 その場にいる全員の視線が、彼女の赤い単眼に集まった。

「ど、どないしてん?」
「もしかしたらルリちゃんのお父さん、何か大事件が起こって出動してるんじゃ……」
「なんだと!? ……なら、なんとか隊とかいう狂信者どもが、また何かやらかしたのかもしれんっ!」

 ナギの言葉にルミナが勢いよく立ち上がり、眉を吊り上げ拳を握りしめる。
 権威にしがみつくためだけに主神の御心≠ダシにして魔物娘たちと戦う、向こうの世界の罰当たりな連中と、幼稚なヒーロー願望を満たすためだけに、奴らは悪の手先だ侵略者だと喧伝して魔物娘たちと戦う(笑)こっちの世界のおめでたい連中は、彼女の中では同一の存在らしい。

「ナギさん、ルミナさんっ」

 いきなり話がキナ臭くなり、こちらを向いていたイツキが瑠璃の小さな身体をギュッと引き寄せ抱きしめた。

「いや……まだそうと決まったわけや──」
「だったらケーサツに行って確かめよう、カナタ!」

 あらへん……と続けようとした彼方の襟元をつかんで、ナギがまくし立てる。そして、その腕に触手を巻きつけ玄関へと引っぱっていく。

「ま、待てふたりともっ。私も行くぞ!」
「……言っとくけど、サイドカーの座席はアタシんだからな」

 あわててついてくる戦天使を、ゲイザー娘はジト目単眼で睨み返した。

「む……仕方ない、では私は鉄馬の後ろに乗せてもら──」「却下だっ。自前の羽根があるだろが。……さては後ろからカナタに抱きつくつもりだなオマエっ」
「だっ、誰がそんなことっ! それより急げっ。ルリちゃんの誕生日が終わってしまうぞっ」
「ち、ちょっとみなさん──」

 ぐるるるるっとギザ歯を剥いて威嚇するナギに、ルミナは顔を赤らめながらもそう言い返し、彼方の反対の腕をとって玄関へ歩き出す。
 ふたりをなだめる文葉はおらず、お前らちょお待たんかい……という声も聞き流され、イツキが止めるのも聞かずにゲイザー娘とヴァルキリーは関西弁少年の手を引っぱってリビングをとび出していった。



 瑠璃の父親──浩幸が家に帰ってきたのは、日が落ちてしばらくしてからだった。

「……ただいま」
「パパ!」
「瑠璃……遅くなってごめんっ!」

 パタパタと駆け寄ってくる愛娘に、玄関で靴も脱がずに両手を合わせ、拝むように謝罪する。

「……パパのうそつきっ! きょうはぜったいはやくかえるって、やくそくしたのにっ」
「そ、それは──」

 半泣きになりながら怒る彼女に、目を逸らして言いよどむ浩幸。
 イツキは後ろから、瑠璃の小さな両肩にそっと手を置くと──

「お帰りなさいヒロユキさん。連絡なかったから心配したんですよ……私もルリちゃんも」
「あ、ああ、すまない……」
「でも約束を忘れてたわけじゃないですし、遅くなってもちゃんと帰ってきてくれたのですから……ルリちゃんもお父さまを許してあげてくださいね」

 なだめるようにその顔を覗き込み、優しく微笑んだ。
 ふくれっ面を浮かべていた瑠璃は表情を緩めて、コクリとうなずく。

「では、今からお父さまとお誕生日パーティの続きをしましょう。……ね、ルリちゃん♪」
「うんっ♪」
「…………」

 イツキの言葉に機嫌を直す瑠璃を見て、ほっと息を吐く浩幸だった。



 同時刻、更紗市警察署──

「「「ええっ!? 早くに帰った?」」」
「そうだよ〜。娘さんの誕生日だからってさ」

 応対に出てきた須田という私服警官の言葉に、ナギたち三人は異口同音に声を上げた。
 署内はバタバタしていたが、大きな事件が起こったという雰囲気ではない。何かありましたかと尋ねたら、一時間ほど前に車が電柱にぶつかったくらいだと教えてくれた。

「じゃ、じゃあアタシら魔物娘にケンカ売ってくる連中が暴れてるとかは──」
「ナニソレ? あいつらなら監視つけてるから、しばらくはおとなしくしてると思うけど?」

 ゲイザーの単眼&触手を全く怖がりもせず、戦天使の背中の翼にも物怖じせず、呑気な口調で話す須田。その説明にナギは横に立つルミナをギロリと睨み付け、早とちりを自覚した戦天使は顔を赤らめそっぽを向く。

「何が『押収された機動兵器の奪還を目論んだ奴らが、警官に変装して署内に潜り込んでるかもしれない』だよ、ルミナ」
「き、貴様もその気になっていただろうがっ。0083の出だしみたいだとか言って──」
「…………」

 どこのト◯ントン基地やねん……と脳内でツッコみながら、彼方は溜息を吐いた。

「で、あわてて帰ったもんだから樋口さん、机の上にスマホ忘れてってさ。……ほら」
「「「あー」」」

 手にした旧式のスマートフォンを振ってみせる須田刑事に、一斉に肩をがくっと落とすナギ、彼方、ルミナの三人だった。



 同時刻、はなまる幼稚園近くの交差点──

「事故があったんですか」
「ええ、一時間ほど前かな。幸い運転手以外誰もケガしてないんだけど、間近にいた妊婦さんが驚いて気分悪くなって倒れかけて……」

 よそ見運転をしていて、フロントから激突したらしい。
 破損した車はレッカー移動されていたが、斜めになった電柱とまわりに残った破片、それらを片付ける警官たちに不安げな表情を浮かべる甲介とホノカ。子どもたちを送ってきた帰り道に事故現場を通りかかった彼らに、若い女性──溜め込んだ書類の処理に休日出勤していた、はなまる幼稚園の二見先生が事故の様子を振り返る。

「それでその人、どうなったん……です、か?」
「それがね〜、あっと思って駆け寄ろうとしたら、向こうから来た瑠璃ちゃんのお父さんが先に抱きとめて、手早く安静にさせてタクシー呼んで付き添って──」

 甲介の後ろから顔を覗かせ尋ねてくるサイクロプス娘に、いや〜さすがおまわりさんだわーと何故か嬉しそうにほめちぎる。

「あの時の樋口さんの真剣な顔に、なんかきゅんときちゃった♪ ……やっぱ結婚するなら、ああいう頼りになる人がいいわ〜」
「あ、多分それ……無理、です」
「……?」

  手のひら返しな態度を見せてさりげなく結婚願望をカミングアウトする二見先生に、ホノカはつっかえながらもきっぱりそう言い返し、甲介は頭上に?マークを浮かべた。



 そして、夜──

「……それで帰りが遅くなってしまったんですね。それならそうと、ルリちゃんにきちんと説明すればよかったですのに」
「わけはどうあれ、約束を破ったことには変わりないから……言い訳したくなかった」
「でも、それは単にヒロユキさんの自己満足じゃないでしょうか」

 スマホを署に忘れたことに気がついたのは、事故を目撃して気分が悪くなった妊婦さんを病院に送ったあとだったとか。
 照れたように頭の後ろを掻きながら遅くなった理由を説明する浩幸にそう指摘すると、ソファに座ったイツキは自分の膝枕で眠る瑠璃の髪を、そっと撫でた。「……ルリちゃんはきっと、私たちや幼稚園のお友だちよりも、お父様とお誕生日パーティをしたかったんだと思います。けどそれを言ったら、ヒロユキさんがきっと無理をするだろうって考えて──」

「そうか……」

 我が子の聞き分けの良さに自分の方が甘えていたことを改めて指摘され、浩幸はポツリと力なくつぶやいた。
 イツキの膝の上で眠っている瑠璃がメイド服のスカートとエプロンをぎゅっと握りしめ、「ん……」と身じろぎする。

「おねえちゃん……ママ……、やだよ……いっしょにいて──」
「「…………」」

 さびしさを我慢できることと、さびしくない≠アとはイコールじゃない。微かに聞こえたその寝言と目尻に浮かぶ涙に、イツキと浩幸は互いに顔を見合わせる。
 異世界から来た魔物娘の高校生と、三十路の男性警察官──何の接点もないはずだった二人は、互いが大切に思う幼な子を介して縁(えにし)を結んだ。
 だから……

「あ、あの……っ、ヒロユキさんっ」
「えっ?」

 いつもと違う口調で呼びかけられ、思わず身構える浩幸。
 キキーモラ娘はしばし逡巡すると、瑠璃の寝顔をもう一度見て、意を決したように眦(まなじり)を上げた。
 亡くなった瑠璃の母親との思い出を浩幸が大切にしていることは、もちろんよくわかっている。だけど、それと自分自身が今持つこの想いは、別のものだ。

「……あの、そのっ、わ、私──私、ルリちゃんの…………っ、ま、ママに……」

 イツキは気付く。愛娘のために一生懸命働く姿を好ましく思い、無意識に彼を伴侶(パートナー)として見定めていた自分自身に。

「待った。……それはこっちから、言わせてほしい──」

 浩幸も気付く。愛娘を通じて知り合った目の前の魔物娘が、いつの間にか自分に……自分たち親子にとって大切な存在になっていたことを。

 ……だから、三人で歩いていきたい。新しい家族として。

「イツキさん、君がよければ瑠璃の──この子の母親に、なってくれないか」
「はい、喜んで……ヒロユキさん」

 目尻に嬉し涙を浮かべて、微笑むイツキ。
 その日、彼女は寮に戻らなかった。



 「嫁にしたい魔物娘不動の第一位」であったキキーモラ娘のイツキが子持ちのやもめ警官と婚約したという話は、瞬く間に学園中に知れ渡り、何人もの男子生徒(DT、彼女なし歴=年齢)が夢破れて枕をしとどに濡らした。
 瑠璃のお迎えは今も続けており、呼び方も「おねえちゃん」から「ママ」へと変わったとか。口さがない女子たちはそんなイツキを「通い妻」などと称しているが、当の彼女は何処吹く風、授業中もときどき左手の薬指にはめたエンゲージリングを眺めて、ニコニコ幸せそうな笑みを浮かべていたりする。

 ……あと、ルームメイトのショゴス娘──リッカが親友を祝福しつつ、「やはりわたくしの推理に間違いはなかったですわっ」などと妙な自信をつけてしまったことを付け加えておく。

 to be continued...



─ appendix ─

「くっ、またこの世界の者が一人、魔物娘に堕ちてしまったか……」

 ホノカからのメッセージがナギのスマホに届き、横からそれを覗き込んだルミナは、拳を握りしめて悔しげにそうつぶやいた。

「いいじゃんか。イツキならいいお母さんになると思うぞ〜」
「そういう問題じゃないっ」
「……じゃあ、何が問題なんだよ?」
「魔物娘だということ自体が問題なのだ。キキーモラは確かにルリちゃんの良き母親になるとは思うが、彼女が眠ったあとで本性をあらわして、父親とコソコソ……その、あ、あれやらこれやらを──」
「そんなの人間の夫婦もやってるし……『子どもたちはもう寝たか?』『はい、ア・ナ・タ♪』『じゃあオマエだけは朝まで寝かさないぜ』『あんっ♪』てな感じで」
「くねくねうねうねしながら気色悪い一人芝居するなっ」

 警察署の前で恥ずかしげもなく言い合うナギとルミナ。それを呆れ混じりの半笑いで眺めていた彼方だったが、大きく溜め息を吐いて二人に声をかけた。

「お前らええ加減気付けや…………メイド服のままだってこと」
「「え……?」」



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「「それ早く言ええええええええっ!!」」
18/08/11 16:20更新 / MONDO
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■作者メッセージ
 MONDOです。
 ずいぶん間が開いてしまいましたが、「キキーモラのバースディパーティ(後編)」できあがりました。
 いかがでしたでしょうか? 前編が短かった分、今回の後編にいろいろ詰め込み過ぎてしまいました。
 まだまだこのシリーズで描きたい魔物娘、そしてネタはいろいろあります。これからも見ていただけると嬉しいです。

 それでは、また。

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