第二章 竜皇国
現在俺とフェリルさんはアレイダさんのお店を後にして、とある場所へやってきた。
街全体が荘厳な雰囲気を放つここはドラゴニア王立中央学院というらしい。
この区画は住人がほぼ学院関係者で占められており、イギリスのオックスフォードやケンブリッジのような大学都市と考えれば分かり易い。
ここで聞き込みすれば確実に当該人物を探し当てられるだろう、という訳ではない。
むしろ捜していた人物に会うためにやってきたのだ。
何故ここまでの急展開が起こったかというと・・・
〜三時間前〜
「人を捜しておるという話だが、当てはあるのか?」
アレイダさん宅ダイニングにて朝食中、そんなことを聞かれた。
「一応、名前と皇都にいる事はわかっているんですが。それ以外は何も」
「よくそんな状態で人探しなんぞしようと思ったな」
「はは...」
返す言葉もありません...。
俺が言葉に窮していると
「ブルーノ・アルテンブルグさんて、覚えてませんか?以前父の紹介で意気投合していた人です」
フェリルさんが情報を追加してくれた。
「なんじゃ、あのブルーノか!?」
「ご存知なんですか?」
「ご存知も何も、今も交流がある」
マジで!?一気に王手かかったじゃんか
「あー、確かに以前世界線が云々言っとったのう。ヤツに会いたいなら、紹介状を書いてやろう。学院で教授をしているからただ行くだけじゃ会えんだろうしな」
「ありがとうございます!」
こうして、俺たちは紹介状をもらい今に至る。
街はやはり学生が多く、胸には各カレッジごとの盾章が描かれているローブを羽織っていた。
中世ヨーロッパ的町並みにそんなローブを着た学生が歩いている光景は、まるでホグ◯ーツにでも来た気分だ。
「魔法工学部研究棟はここですね」
「漸くついたか...」
俺たちは研究棟のフロントへ行き、紹介状を渡した。
すると受付の方が連絡を入れてくれて、今から来てほしいと言われた。
どうやら電話のような内線システムがあるらしい。
「アルテンブルグ教授は現在第三講堂におられます。階段を登って、二階左手奥の扉です」
「ありがとうございます」
俺は階段を登りながら、ふと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「そういえば、フェリルさんはブルーノさんと面識はあるんですか?」
「あることはあるんですが、最後に会ったのが七十年以上前ですから、あまり鮮明に覚えていなくて...」
今から70年前というと彼女が27歳の時か。
まぁ、そんなに昔のことなら覚えていろという方が無理があるだろう。
俺たちが大理石の階段を登って2階に着くと、ローブを着た学生たちとすれ違った。どうやら講義が終わったタイミングらしい。
本当、映画のワンシーンだよこりゃ。
俺は若干の昂りを覚えつつ第三講堂へ着いた。
講堂を少し覗く。人は殆どいない。
講堂中央に当たる教壇で白衣の人間がガサゴソしているだけだ。
すると白衣の人がこちらに気づいたらしく、重そうなハードカバーの本を抱え、軽快な足取りでこちらへやってきた。
「ああ、君がアレイダの紹介の天城君か」
少し口角を上げながら話す彼は、若干の無精髭を生やした初老男性だった。
「私がブルーノ・アルテンブルグだ。私に用事があるとは奇特な人間もいるものだね。これから研究室に戻るからそこで要件を聞こう。荷物をまとめて来るからここでまってい...」
そう言って彼が講堂へ戻ろうとした時、フェリルさんを見て彼は行動を止めた。
「君は...フェリルちゃんか?」
「あっ、はい。お久しぶりです。ブルーノさん」
「ああ、久しぶりだねぇ!七十年ぶりくらいか、元気そうでよかった」
彼はフェリルさんの手を握ってブンブンと上下に振る。
彼女が若干激しい運動につられている。
「あ、すまないね。少々激しすぎた」
彼ははしゃぎ過ぎたと自覚したらしく、コホンと息をついてから
「それじゃあさっさと片付けてくるから、ここで待っててね」
そそくさと講堂へ戻っていく彼の背中は、少し羞恥に震えているようだった。
_________________________________________________________
「どうぞどうぞ、入って〜」
ブルーノさんは講義に使ったと思しき荷物をもって講堂から出てきた。
そのまま彼に導かれるままに研究室へやってきたのだ。
「お邪魔します」
そろそろと部屋へ入っていく。
室内はエアコンがあるわけでもないのに快適な気温であった。
研究者の部屋というからもっとこう、書類とか色々散らかっているようなイメージがあったが、整理が行き届いておりとても清潔な空間だ。
俺達は円形のテーブルの前に椅子を出してもらって、そこに座った。
少しして、ブルーノさんがカップを三つ持って戻ってきた。
「こんなものしか無くて悪いね。せっかくの来客なのに」
「ありがとうございます」
俺はカップを受け取って匂いを嗅いでみると、コーヒーのような香ばしい臭がした。
彼はそのまま対面する形で腰を下ろした。
「ところで、私に用事があるとのことだけど、一体何が聞きたいんだい?」
「ええと、どこから話したら良いか...」
「長くなりそうかい?」
「だいぶ」
「全部聞こう。焦らなくていいよ。ゆっくり話してくれ」
そして俺は分かる限りの全てを語った。
俺が元の世界でやっていたこと、ここの世界へ飛ばされる要因となったであろう放射線流、そして彼を見つける手がかりとなった手紙など覚えていること全て。
俺の話が進むに連れて、ブルーノさんは神妙な顔つきになっていった。
話し終える頃には、苦虫を噛み潰したような感じだった。
「つまり、君は元の世界へ戻りたい。そして竜之介に送った私の手紙を偶々見つけてここへ来た。そういうことだね?」
「はい」
「はぁ...」
ブルーノさんは額に手を当てて天井を仰いだ。
「ん〜...方法がない、わけではないんだが...出来ないんだ」
彼は唸るのをやめて、ちらとこちらを見た。
「少し難しい話になるんだが、いいかな?」
「はい。お願いします」
「よし、結論から言うと、別世界への移動方法は確立しているんだ。だがその後が問題でね...」
彼は背後にあった黒板に何本もの線を書き始めた。
「まず、パラレルワールド、っていう単語はご存知かな?」
「ええ、まぁ。所謂並行世界ってやつですよね」
「そうだ。これは本来観測できない。我々はその世界線の中で完結しているからね。そこを私はなんとか出来ないかと研究をした」
黒板を指しながら話を続ける。
「それで、観測自体には成功したんだ。ただ、ここで一つ問題が発生してね。観測できたのは良いが、自分の世界線が見つけられなかったんだ。そりゃあ当たり前だよね。何億何兆という数の世界がほぼ無限大に増殖し続けているんだから。それこそ広い砂漠で一粒の砂金を捜すよりも発見確率は低い。皆無と言い変えてもいい」
「それにもし見つかったとしてもまた別の問題があるんだ」
黒板の線を消し、二本の線がくっつくような絵を書いた。
「このように世界線間を移動するためには、一度二つの世界線をくっつけなくちゃいけない。世界線にも強度と言うものがあってね、と言っても私が便宜上付けただけなんだが。この強度が高い、又は私達が現在いるこの世界から距離がある場合繋げるだけでとてつもないエネルギー量を必要とする。そのエネルギー源を確保できていないので戻ることは出来ないということ。長い話になってしまったけれど、わかってもらえたかい?」
「...はい」
「私が言えたことではないが、そこまで落ち込まないでくれ」
なんとなく、分かってはいたけれど、改めて言われるとずっしりくるなぁ...
ヤシオリ作戦は、成功したんだろうか。家族は、元気だろうか。
日本は、そして世界はどう動いたんだろう。
帰れないという事実よりも、そちらのほうが、今の俺には大切に思えた。
「アマギさん...」
「うん、そんな顔しないで下さい。俺は大丈夫ですよ」
フェリルさんが悲しそうな顔をしていた。
高々俺が元の世界に帰れなかったことで、そんな顔しないでほしい。
「。それで、これからのことなんだが、何か考えていたりするかい?」
「いえ、何も..」
「そうか。なら、私が色々支援しよう。職の手配もする。住む場所は暫くカレッジの空き部屋を使っていい。ここの生活に慣れるのには時間がかかるかもしれないが、頑張ってくれ。私には、これくらいのことしか出来ないからね」
これだけ言ってくれているんだ。俺も、覚悟を決めよう。
「はい、部屋の鍵。この後の予定がないなら部屋の方を見てくると良いよ。場所は受付で聞いてくれれば分かる。ここ広いから迷わないように注意してね。また何かあったら私を頼ってくれ。力になろう」
「はい、本当に有難うございました。それでは失礼させてもらいます」
俺とフェリルさんは席を立ち、ドアへ向かう。
俺がドアを開けた途端、目の前に現れた影の下敷きになる形で倒れてきた何かに巻き込まれた。
「あっ!ごめんなさい!」
「あ、アマギさん大丈夫ですか!?」
「うぐぅ...とりあえず大丈夫...」
倒れてきたと思われる人物が謝罪を口にしながら起き上がる。
ドアは室内から見ると引き戸。つまり入る側から見れば押し戸だ。
誰かが部屋の外でドアを開けようとしていたのを、俺が先に開けてしまったから体勢を崩してしまったんだろう。
俺も腰を叩きながら立ち上がる。
「あー、それよりお怪我はありませんk...」
異世界に来て二度目の絶句。
いい加減少しのことじゃ動じないつもりだったが、世界は案外意地悪らしい。
そりゃ目の前で倒れてきた人が単眼の女性だったら絶句もするだろ。
単眼の人間なんぞサイクロプスくらいしか知らないが、なにせドラゴンがいる世界だ。サイクロプスくらいいてもおかしくはない。
流石に1回目とは違って頭の再起も早かった。
「本当にごめんなさい。私昔から鈍くさくて・・・」
「あ、ああ大丈夫ですよ。こっちこそ突然開けちゃったりしてすみません」
「おろ、その声はエリンちゃんじゃないか」
「あ、教授〜」
なんだ、知り合いだったのか。
エリンと呼ばれた小柄な少女は、俺の隣で倒れていた木箱を持ち上げた。
「なんで君がここに...ってそれもしかして例の試作品?」
「そうですよ〜。教授が今日見せてくれって言ったんじゃないですかぁ〜!」
「あれぇ。そうだったっけ。ごめんごめん忘れてた」
話について行けず唖然としている俺たちに気づいたブルーノさんは
「ああ、この子は友人の娘でね。エリンって言うんだ」
「あっ、エリン・オルレアンです」
「俺は天城優真です」
「フェリル・ニーベルンゲンです。よろしくね」
俺たちが自己紹介らしい挨拶をしている時、ブルーノさんは木箱を開けようとしていた。
「顔合わせも終わったみたいだし、エリンちゃんも手伝ってくれ。そうだ、
君たちもこれ見ていくかい?」
「えっと、なんですかそれは」
「天城君軍人だって言ってたよね。なら見れば分かるよ」
軍人だと分かるもの?兵器ということか?
俺は疑問を浮かべながら目の前で解体されていく木箱を眺めていた。
「ん、良さそうじゃないか。たった三十年でここまで発達するとは」
そう言って彼が箱から出した物は銃だった。
「それって...」
「見ての通り銃だ。機構はG98の流用だが、なかなかだろう」
G98。正式名称Gewehr 98。プロイセンで製造された初期のボルトアクション式ライフルだ。
「あれ、ブルーノさんってもしかしてドイツ人ですか?」
「言ってなかったっけ?私と竜之介は1945年のベルリンから来たんだよ。君のいた時代から七十年ぐらい前か。ベルリンがソ連軍に占領される直前に留学に来ていた竜之介と共に脱出したんだ。その直後に飛ばされてしまったんだけれどね」
なるほど。
「すごいだろう。この世界で初の実用銃だぞ」
「え、ここの世界って銃は無かったんですか?」
「ああ。銃、というより科学そのものが未発達だったんだ。魔法のほうが便利だからね。だから魔法と科学を融合させるためにこの魔法工学部を作ったんだよ」
「最初は銃の製造も学部の授業に使うために数挺だけ作る予定だったんだが、この度王府に納入することが決まってね」
「それって、騎士団で使われるんですか?」
フェリルさんが質問を投げかける。
「いいや。王府で買い上げて地方に回すらしい。この皇都や地方の大都市はドラゴニア騎士団が治安維持を担っているのは知っているね?」
「はい」
「でも小さな町はこの国中にある。それを騎士団だけでカバーするのは不可能だ。だから地方の小さな町では自警団を組んでもらっている。その自警団用の武装なんだってさ。ほら、弓矢だとそこそこの熟練じゃないと当てられるものじゃないだろう?だから比較的簡単に遠距離攻撃が出来る銃が目についたらしい」
彼は木箱にもう一度銃を入れ直して
「うん、合格。これから量産に入ってくれ。実包の方はもう射撃試験したんだったよね?」
「はい、精度も完璧です。オルレアン工房の技術を舐めないで下さい」
鼻高々にエリンさんは語る。
「それじゃあ、お父さんによろしく伝えておいて」
「はい、それでは失礼しました」
彼女は木箱を抱えて、一礼してから出ていった。
「じゃあ、俺達もそろそろ...」
「ああ、それじゃドラゴニアを満喫...ということにも行かないよなぁ。まぁなにか困ったらいつでも頼ってくれたまえ」
「はい。ありがとうございました」
こうして、俺達は学院を去った。この後のことは考えることが出来なかったので、取り敢えずあてがわれた寮の部屋へ向かうことにした。
街全体が荘厳な雰囲気を放つここはドラゴニア王立中央学院というらしい。
この区画は住人がほぼ学院関係者で占められており、イギリスのオックスフォードやケンブリッジのような大学都市と考えれば分かり易い。
ここで聞き込みすれば確実に当該人物を探し当てられるだろう、という訳ではない。
むしろ捜していた人物に会うためにやってきたのだ。
何故ここまでの急展開が起こったかというと・・・
〜三時間前〜
「人を捜しておるという話だが、当てはあるのか?」
アレイダさん宅ダイニングにて朝食中、そんなことを聞かれた。
「一応、名前と皇都にいる事はわかっているんですが。それ以外は何も」
「よくそんな状態で人探しなんぞしようと思ったな」
「はは...」
返す言葉もありません...。
俺が言葉に窮していると
「ブルーノ・アルテンブルグさんて、覚えてませんか?以前父の紹介で意気投合していた人です」
フェリルさんが情報を追加してくれた。
「なんじゃ、あのブルーノか!?」
「ご存知なんですか?」
「ご存知も何も、今も交流がある」
マジで!?一気に王手かかったじゃんか
「あー、確かに以前世界線が云々言っとったのう。ヤツに会いたいなら、紹介状を書いてやろう。学院で教授をしているからただ行くだけじゃ会えんだろうしな」
「ありがとうございます!」
こうして、俺たちは紹介状をもらい今に至る。
街はやはり学生が多く、胸には各カレッジごとの盾章が描かれているローブを羽織っていた。
中世ヨーロッパ的町並みにそんなローブを着た学生が歩いている光景は、まるでホグ◯ーツにでも来た気分だ。
「魔法工学部研究棟はここですね」
「漸くついたか...」
俺たちは研究棟のフロントへ行き、紹介状を渡した。
すると受付の方が連絡を入れてくれて、今から来てほしいと言われた。
どうやら電話のような内線システムがあるらしい。
「アルテンブルグ教授は現在第三講堂におられます。階段を登って、二階左手奥の扉です」
「ありがとうございます」
俺は階段を登りながら、ふと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「そういえば、フェリルさんはブルーノさんと面識はあるんですか?」
「あることはあるんですが、最後に会ったのが七十年以上前ですから、あまり鮮明に覚えていなくて...」
今から70年前というと彼女が27歳の時か。
まぁ、そんなに昔のことなら覚えていろという方が無理があるだろう。
俺たちが大理石の階段を登って2階に着くと、ローブを着た学生たちとすれ違った。どうやら講義が終わったタイミングらしい。
本当、映画のワンシーンだよこりゃ。
俺は若干の昂りを覚えつつ第三講堂へ着いた。
講堂を少し覗く。人は殆どいない。
講堂中央に当たる教壇で白衣の人間がガサゴソしているだけだ。
すると白衣の人がこちらに気づいたらしく、重そうなハードカバーの本を抱え、軽快な足取りでこちらへやってきた。
「ああ、君がアレイダの紹介の天城君か」
少し口角を上げながら話す彼は、若干の無精髭を生やした初老男性だった。
「私がブルーノ・アルテンブルグだ。私に用事があるとは奇特な人間もいるものだね。これから研究室に戻るからそこで要件を聞こう。荷物をまとめて来るからここでまってい...」
そう言って彼が講堂へ戻ろうとした時、フェリルさんを見て彼は行動を止めた。
「君は...フェリルちゃんか?」
「あっ、はい。お久しぶりです。ブルーノさん」
「ああ、久しぶりだねぇ!七十年ぶりくらいか、元気そうでよかった」
彼はフェリルさんの手を握ってブンブンと上下に振る。
彼女が若干激しい運動につられている。
「あ、すまないね。少々激しすぎた」
彼ははしゃぎ過ぎたと自覚したらしく、コホンと息をついてから
「それじゃあさっさと片付けてくるから、ここで待っててね」
そそくさと講堂へ戻っていく彼の背中は、少し羞恥に震えているようだった。
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「どうぞどうぞ、入って〜」
ブルーノさんは講義に使ったと思しき荷物をもって講堂から出てきた。
そのまま彼に導かれるままに研究室へやってきたのだ。
「お邪魔します」
そろそろと部屋へ入っていく。
室内はエアコンがあるわけでもないのに快適な気温であった。
研究者の部屋というからもっとこう、書類とか色々散らかっているようなイメージがあったが、整理が行き届いておりとても清潔な空間だ。
俺達は円形のテーブルの前に椅子を出してもらって、そこに座った。
少しして、ブルーノさんがカップを三つ持って戻ってきた。
「こんなものしか無くて悪いね。せっかくの来客なのに」
「ありがとうございます」
俺はカップを受け取って匂いを嗅いでみると、コーヒーのような香ばしい臭がした。
彼はそのまま対面する形で腰を下ろした。
「ところで、私に用事があるとのことだけど、一体何が聞きたいんだい?」
「ええと、どこから話したら良いか...」
「長くなりそうかい?」
「だいぶ」
「全部聞こう。焦らなくていいよ。ゆっくり話してくれ」
そして俺は分かる限りの全てを語った。
俺が元の世界でやっていたこと、ここの世界へ飛ばされる要因となったであろう放射線流、そして彼を見つける手がかりとなった手紙など覚えていること全て。
俺の話が進むに連れて、ブルーノさんは神妙な顔つきになっていった。
話し終える頃には、苦虫を噛み潰したような感じだった。
「つまり、君は元の世界へ戻りたい。そして竜之介に送った私の手紙を偶々見つけてここへ来た。そういうことだね?」
「はい」
「はぁ...」
ブルーノさんは額に手を当てて天井を仰いだ。
「ん〜...方法がない、わけではないんだが...出来ないんだ」
彼は唸るのをやめて、ちらとこちらを見た。
「少し難しい話になるんだが、いいかな?」
「はい。お願いします」
「よし、結論から言うと、別世界への移動方法は確立しているんだ。だがその後が問題でね...」
彼は背後にあった黒板に何本もの線を書き始めた。
「まず、パラレルワールド、っていう単語はご存知かな?」
「ええ、まぁ。所謂並行世界ってやつですよね」
「そうだ。これは本来観測できない。我々はその世界線の中で完結しているからね。そこを私はなんとか出来ないかと研究をした」
黒板を指しながら話を続ける。
「それで、観測自体には成功したんだ。ただ、ここで一つ問題が発生してね。観測できたのは良いが、自分の世界線が見つけられなかったんだ。そりゃあ当たり前だよね。何億何兆という数の世界がほぼ無限大に増殖し続けているんだから。それこそ広い砂漠で一粒の砂金を捜すよりも発見確率は低い。皆無と言い変えてもいい」
「それにもし見つかったとしてもまた別の問題があるんだ」
黒板の線を消し、二本の線がくっつくような絵を書いた。
「このように世界線間を移動するためには、一度二つの世界線をくっつけなくちゃいけない。世界線にも強度と言うものがあってね、と言っても私が便宜上付けただけなんだが。この強度が高い、又は私達が現在いるこの世界から距離がある場合繋げるだけでとてつもないエネルギー量を必要とする。そのエネルギー源を確保できていないので戻ることは出来ないということ。長い話になってしまったけれど、わかってもらえたかい?」
「...はい」
「私が言えたことではないが、そこまで落ち込まないでくれ」
なんとなく、分かってはいたけれど、改めて言われるとずっしりくるなぁ...
ヤシオリ作戦は、成功したんだろうか。家族は、元気だろうか。
日本は、そして世界はどう動いたんだろう。
帰れないという事実よりも、そちらのほうが、今の俺には大切に思えた。
「アマギさん...」
「うん、そんな顔しないで下さい。俺は大丈夫ですよ」
フェリルさんが悲しそうな顔をしていた。
高々俺が元の世界に帰れなかったことで、そんな顔しないでほしい。
「。それで、これからのことなんだが、何か考えていたりするかい?」
「いえ、何も..」
「そうか。なら、私が色々支援しよう。職の手配もする。住む場所は暫くカレッジの空き部屋を使っていい。ここの生活に慣れるのには時間がかかるかもしれないが、頑張ってくれ。私には、これくらいのことしか出来ないからね」
これだけ言ってくれているんだ。俺も、覚悟を決めよう。
「はい、部屋の鍵。この後の予定がないなら部屋の方を見てくると良いよ。場所は受付で聞いてくれれば分かる。ここ広いから迷わないように注意してね。また何かあったら私を頼ってくれ。力になろう」
「はい、本当に有難うございました。それでは失礼させてもらいます」
俺とフェリルさんは席を立ち、ドアへ向かう。
俺がドアを開けた途端、目の前に現れた影の下敷きになる形で倒れてきた何かに巻き込まれた。
「あっ!ごめんなさい!」
「あ、アマギさん大丈夫ですか!?」
「うぐぅ...とりあえず大丈夫...」
倒れてきたと思われる人物が謝罪を口にしながら起き上がる。
ドアは室内から見ると引き戸。つまり入る側から見れば押し戸だ。
誰かが部屋の外でドアを開けようとしていたのを、俺が先に開けてしまったから体勢を崩してしまったんだろう。
俺も腰を叩きながら立ち上がる。
「あー、それよりお怪我はありませんk...」
異世界に来て二度目の絶句。
いい加減少しのことじゃ動じないつもりだったが、世界は案外意地悪らしい。
そりゃ目の前で倒れてきた人が単眼の女性だったら絶句もするだろ。
単眼の人間なんぞサイクロプスくらいしか知らないが、なにせドラゴンがいる世界だ。サイクロプスくらいいてもおかしくはない。
流石に1回目とは違って頭の再起も早かった。
「本当にごめんなさい。私昔から鈍くさくて・・・」
「あ、ああ大丈夫ですよ。こっちこそ突然開けちゃったりしてすみません」
「おろ、その声はエリンちゃんじゃないか」
「あ、教授〜」
なんだ、知り合いだったのか。
エリンと呼ばれた小柄な少女は、俺の隣で倒れていた木箱を持ち上げた。
「なんで君がここに...ってそれもしかして例の試作品?」
「そうですよ〜。教授が今日見せてくれって言ったんじゃないですかぁ〜!」
「あれぇ。そうだったっけ。ごめんごめん忘れてた」
話について行けず唖然としている俺たちに気づいたブルーノさんは
「ああ、この子は友人の娘でね。エリンって言うんだ」
「あっ、エリン・オルレアンです」
「俺は天城優真です」
「フェリル・ニーベルンゲンです。よろしくね」
俺たちが自己紹介らしい挨拶をしている時、ブルーノさんは木箱を開けようとしていた。
「顔合わせも終わったみたいだし、エリンちゃんも手伝ってくれ。そうだ、
君たちもこれ見ていくかい?」
「えっと、なんですかそれは」
「天城君軍人だって言ってたよね。なら見れば分かるよ」
軍人だと分かるもの?兵器ということか?
俺は疑問を浮かべながら目の前で解体されていく木箱を眺めていた。
「ん、良さそうじゃないか。たった三十年でここまで発達するとは」
そう言って彼が箱から出した物は銃だった。
「それって...」
「見ての通り銃だ。機構はG98の流用だが、なかなかだろう」
G98。正式名称Gewehr 98。プロイセンで製造された初期のボルトアクション式ライフルだ。
「あれ、ブルーノさんってもしかしてドイツ人ですか?」
「言ってなかったっけ?私と竜之介は1945年のベルリンから来たんだよ。君のいた時代から七十年ぐらい前か。ベルリンがソ連軍に占領される直前に留学に来ていた竜之介と共に脱出したんだ。その直後に飛ばされてしまったんだけれどね」
なるほど。
「すごいだろう。この世界で初の実用銃だぞ」
「え、ここの世界って銃は無かったんですか?」
「ああ。銃、というより科学そのものが未発達だったんだ。魔法のほうが便利だからね。だから魔法と科学を融合させるためにこの魔法工学部を作ったんだよ」
「最初は銃の製造も学部の授業に使うために数挺だけ作る予定だったんだが、この度王府に納入することが決まってね」
「それって、騎士団で使われるんですか?」
フェリルさんが質問を投げかける。
「いいや。王府で買い上げて地方に回すらしい。この皇都や地方の大都市はドラゴニア騎士団が治安維持を担っているのは知っているね?」
「はい」
「でも小さな町はこの国中にある。それを騎士団だけでカバーするのは不可能だ。だから地方の小さな町では自警団を組んでもらっている。その自警団用の武装なんだってさ。ほら、弓矢だとそこそこの熟練じゃないと当てられるものじゃないだろう?だから比較的簡単に遠距離攻撃が出来る銃が目についたらしい」
彼は木箱にもう一度銃を入れ直して
「うん、合格。これから量産に入ってくれ。実包の方はもう射撃試験したんだったよね?」
「はい、精度も完璧です。オルレアン工房の技術を舐めないで下さい」
鼻高々にエリンさんは語る。
「それじゃあ、お父さんによろしく伝えておいて」
「はい、それでは失礼しました」
彼女は木箱を抱えて、一礼してから出ていった。
「じゃあ、俺達もそろそろ...」
「ああ、それじゃドラゴニアを満喫...ということにも行かないよなぁ。まぁなにか困ったらいつでも頼ってくれたまえ」
「はい。ありがとうございました」
こうして、俺達は学院を去った。この後のことは考えることが出来なかったので、取り敢えずあてがわれた寮の部屋へ向かうことにした。
18/02/16 22:24更新 / Kisaragi
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