連載小説
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第一章 並行世界
「くっ、ふぅ。よく寝た」

俺は軽く腕を伸ばして上半身をベッドから起こす。

ふと、何かが動く気配を感じた。

「フェリルさん...?」

呼びかけると、その影はビクッとしてこちらへ寄ってきた。

「おはようございます...」
「おはようございます。朝からどうかしましたか」
「あっ、いえ、あの、朝食ができたので、起こしにきたんです...?」

何で語尾に疑問符がついたんだ。
そんな事を気にしている頭とは裏腹にお腹はぐぅと鳴る。

「ほっ、ほら!お腹も空いているみたいですから、朝食にしましょう」

なんだか釈然としないが彼女に促されてダイニングへ向かう。

朝食はベーコンエッグとバターロールと牛乳だった。
日本の家庭でもよく見られるポピュラーな感じに懐かしさを覚える。

「それじゃあ」
「「いただきます」」

僕はベーコンエッグをバターロールに挟んで頬張る。

「ところで、何処からいらしたんですか?昨日は聞いてませんでしたが、あんな森の中で遭難なんて滅多にあることじゃないですし...」
「あー、なんて言ったら良いか...。話すと、長くなるんですがいいですか?」
「はい」

そう言って、俺は事の顛末を語った。
放射線流に巻き込まれたこと。
そのときにここへ飛ばされたこと。

自分の憶測でしか無いことも全て話した。

「そんなことが、あったんですね」

すっかり空気が落ち込んでしまった。
彼女はいつしか朝食を摂る手を止めてしまっていた

「ごめんなさい。なんか、空気悪くしちゃいましたね。取り敢えず、ご飯食べましょう」
「そうですね」

気を使わせてしまったのは本当に済まないことをしたと思う。
俺たちは黙々と朝食を食べた。

食べ終えた後、食器の片付けを少し手伝った。
もっと手伝いをしたかったが、足を心配されてできなかった。

俺は部屋へ戻って治癒魔法を受けてから安静にしていた。
まだ二度目だが足が大分痛みも取れて楽になってきた。
魔法って凄い。

「はぁ」

こうなると意外とやることがないもんだ。

俺が手を持て余していると部屋のドアが開き、彼女が入ってきた。

「あの、もしかしたら暇かなと思って何冊か本を持ってきたんですけど。読みますか?」
「え、ああ。じゃあ読ませてもらいます」
「さっきの話を聞いて、それらしい文献を父の書斎から持ってきたんですが..」
「あの、そう言えばフェリルさんのご両親って」
「もう、亡くなりました。私がまだ小さいときに」
「あっ、ごめんなさい」
「いえ、いいですよ。もう何年も前のことですし」

また、彼女の顔を暗くしてしまった。
今日に限って朝からやらかしてばかりだ。

「それじゃあ、本ここに置いておきますね。後なにかあったら遠慮なく呼んでください」

そう言って彼女は数冊の本を枕元のシェルフに置いて部屋を出ていった。

俺は何冊かの本の中から一番薄そうな本を選ぶ。

「すげえ丁寧な装丁だな」

タイトルはアルファベットのように見える。

文字がくすんでいてよく見えない。
仕方なくページを開いて、目次と思しきページを見る。

「こりゃ論文の類か」

難しそうな漢字が羅列されている。

「まぁ、これから読むか。時間はあるし」

そう思って、俺は情報収集を始めた。



二時間ほどかけて二冊の本を読み終え、三冊目にかかろうとした時、本の何処かに挟まっていたと思しき紙が膝の上に落ちた。

「なんだこれ」

封筒だ。

俺はそれを拾い上げ、読んでみる。
宛先はリュウノスケ・ニーベルンゲンとなっている。
差出人はブルーノ・アルテンブルグ。

少し宛先の名が気になった。
ニーベルンゲンとなっているから、恐らくフェリルの父親だろう。
だが名前が"リュウノスケ"。
明らかに日本名だ。
それとも日本に準じた地方、国家があるのだろうか。
人の手紙を覗くなんてよろしくないのは重々承知だが、内容が気になった俺は中身を読んでしまった。

"朗報だ。先日、理論の確率に成功したぞ。これで元の世界へ戻る光が見えてきた。実証はこれから行う予定だが、最初の座標は君の故郷である日本にしようと思う。成功次第、また手紙を書くよ。"

なにか、とんでもないものを見てしまった。

「これはつまり・・・」

──フェリルさんの父親は、俺と同じ漂流者だったと言うこと

それにこの手紙の内容から察すると、もう一人漂流者がいる。
しかも、戻る手段が確立されているかもしれない。
この手紙が何時書かれたものかは分からないが、紙の劣化具合から大分昔だろう。

俺は一筋の希望を見出したような気がした。
些か出来すぎている気もするが、今はこれに賭けたい。

しかし、手紙の主は何処に住んでいるんだろう。

封筒を見るが住所らしいものは書かれていない。
ただ、裏側にスタンプが押してあった。

竜がモチーフになっているスタンプだ。
よく見ると周りを囲うように文字が印字されている。

「皇都中央郵便局、か」

皇都。名前から察するに首都の類か。
日本もかつては帝都と呼称していた時代もあるし、おかしくはないだろう。

次の行き先は決まったな。
この怪我が治り次第皇都へ向かおう。

俺は手紙を畳んで封筒に入れ、元あった本に挟み直す。

キーワードは皇都とブルーノ・アルテンブルグ。
あとで皇都について彼女に聞いてみよう。

本を枕元のシェルフにもどして、俺は少し寝ることにした。



多少の情報を得た天城はフェリルの治療を受けて日に日に回復していき、5日目には一人で歩けるまで回復。
彼が自立して歩けるようになってからは彼女の手伝いを積極的にしていた。


こうして、彼女の言った通り一週間経った頃には完治した。
彼は荷物をまとめて、家を出る準備をしている。


「もう、行くんですか?」
「はい、皇都までは遠いですから早めに出ないと今日中に着けませんしね」

俺は持っていた荷物、鉄帽と個人用防護装備一式、皇都までの地図とフェリルさんが作ってくれたお弁当が一つ程。全て好意で貸してもらったリュックに詰めてある。服まで貰ってしまった次第だ。

「一週間お世話になりました。お弁当も用意してもらっちゃって」
「いえ、それほどでも...」

何故か彼女は少し俯いてしまった。

「それじゃあ、ありがとうございました」

俺が最後に挨拶をして皇都への長い旅路に出ようとすると

「あ、あのっ!」

後ろから呼び止められた。

「あの、やっぱり、私もついていってはダメでしょうか...」
「えっ」

予想外の言葉が聞こえたんだが。

「えっと、どうしてですか?」
「あっ、その、ほら、私だったら皇都の案内とかも出来ますし...」

確かに、現地の人に案内してもらえるのならそれに越したことはないが。

「後、私に乗っていけば半日ぐらいで皇都まで行けます、よ?」
「乗るって、どういうことで...」

俺が質問を言い切る前に、目の前で立っていたフェリルさんが唐突に竜へと化けた。

「私たちはかつてこの様な格好だったんです。先代魔王様の時代まで」

この前聞いた話か。
現在の魔王が即位してから今までの魔物から魔物娘へと変わってしまったと。

「すげぇ...!」

一拍子置いてから俺は感嘆の声を上げた。

「あの、怖かったりしないんですか?」
「むしろ俺のいた世界では割と人気があったんですよ。と言っても、創作上の話でですが」

まさか本物を拝める日が来るとは思っていなかった。

「そう、なんですか」

だいぶ喜色を孕んだ声が聞こえた。
この姿を褒められることはそんなに嬉しいことなんだろうか。

「うん、じゃあ、俺に付いてきてもらえますか?」
「はい!少し待ってて下さい。支度を済ませてきますので」

元気よく返事をした彼女は、急ぎ足で家へ入っていった。



5分ほど待っていると、リュックを担いで家から出てきた。

「おまたせしてすみません」

彼女はそう言って竜に変身する。

「この紐をここに掛けてもらえますか?」
「えっと、これをここら掛けるんですね」

彼女のリュックと俺の荷物を彼女の身体に括り付けて、俺は指示通り背に跨った。

「それじゃあ、行きますね」
「お願いします」

フェリルさんが翼をはためかせると、まるでヘリのダウンウォッシュのような強い下向きの風が発生し、徐々に独特の浮遊感を感じ始めた。

上昇速度も中々のもので、三分しない内に周りの針葉樹よりも高くまで飛び上がった。

「わぁ...!」

木の高さを超えた時、辺りは写真でしか見たことのないような美しい山岳地帯が広がっていた。
アルプス山脈よりも幻想的で、自然と人を惹き付けるような風景だ。

「そろそろスピードを上げていきますから、しっかり掴まってて下さいね」
「はい」

その直後、凄い加速度が俺の身体を襲った。
しかしさっきの上昇時と違って、今度は安定性のある感覚だ。

「凄いですね!こんな感覚初めてですよ。安定しててとても乗りやすいです」
「ありがとうございます。人を乗せるのは初めてなので不安だったんですが、そう言ってもらえて嬉しいです」

おいおい初めてだったのか。
いや、逆に初めてでもこの練度ということはワイバーンという種族そのものが飛行安定性が高いということだろう。

褒めたことがお気に目したのか、若干速度が上がった。

「にしても、素晴らしい景色ですね。俺の元いた世界でもここまで美しい風景は無いかも」
「そうなんですかね。私はもう90年以上ここに住んでいるのでだいぶ見慣れた景色ですが」
「90...?」

今90年とか言わなかったか?

「えっと、悪いんですけど、年齢って幾つですか?」

女性に対しては物凄いNG質問だが、真偽を確かめるにはこれしかない。

「今年で97歳です。言ってませんでしたっけ、私達の一族は割と長命なんですよ」
「へ、へぇ。初めて聞きました」

てっきり俺と同い年か年下ぐらいだと思ってた...
因みに俺は今年で27になる。

「この世界では見かけと年齢がかけ離れている魔族もたくさんいますから、そう珍しいことでもないんですよ」

暫くこの世界と俺の世界についての話題で盛り上がりながらフライトが続いた。
正直この時間はとても楽しかった。

三時間ほど経ったところの高原で一旦休憩のお昼ごはんを挟んだ。
彼女は実に用意周到で、リュックから水筒のお茶やフルーツなどを出してくれた。
そんな高原での一休みの後、そのまま夕焼けがきれいに眺められる頃に皇都の近くまでやってきていた。

「あれが皇都ですよ。ドラゴニアでもっとも大きい都市です」

眼前にきらびやかな光が見えた。
とても大きい街だと言うことが窺い知れる。

皇都に入れる頃には日もすっかり落ちていた。

「...っわぁ」

中世ヨーロッパを思わせる石造りの建物が所狭しと並んでいる。
街は活気に満ちていた。

「ずいぶんと広い大通りですね」
「ええ、皇都に来たら絶対に寄っていくべき観光地ですから。飲食店からお土産屋さんまでなんでも揃ってるんですよ」

彼女は少し鼻が高そうに話す。
日本で言ったら清水寺の清水坂のような場所だろう。

「それにしても、今日はもう時間的な余裕がないなぁ...」
「でしたら、先に食事にしませんか?良いお店を知っているんですが」
「でも、俺お金持ってませんし...」
「私が払いますから大丈夫です。宿泊先も当てがありますし。それじゃあ行きましょう!」

彼女が俺の手を掴んで引っ張っていく。

「なんだか楽しそうですね」
「はい、だって誰かと街に来たのなんて久しぶりですから」

そういえば、ご両親が亡くなってからずっと一人だったのか。
確かにはしゃぎたくもなるだろう。

少しすると逆鱗亭と銘打った店舗が見えてきた。

「ここのドラゴンステーキっていう料理が美味しいんですよ。ドラゴニアの伝統料理の一つであの、その」
「どうかしました?」
「いえ、なんでもないです。兎に角、早く入りましょう」

なんだかしっくりこないが、店から漏れる香ばしい匂いに心を踊らせて入っていった。


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「おまちどうさま!」

目の前に出された肉塊は、食べる前から旨いと言わせんばかりにスパイシーな香ばしい匂いを漂わせていた。

「こんな高そうなものをごちそうになっちゃってすみません」
「いいですよ。ここに来たら一度は食べていくべき料理ですから。お口に合うと良いんですが」
「肉なら基本なんでもいけるんで大丈夫です。そりじゃあいただきます」

俺は肉をひとかけら切り取り、口に運ぶ。

うわっ、これは旨い。
噛めば噛むほど旨味にコクが出る。

なかなか食べられるような代物じゃないぞ。

俺が肉をがっついている中、彼女の方は優雅に食を進めていた。

こうして腹が満たされた俺達は勘定をして店を出たわけだが・・・

「本当にこっちで良いんですか...?」
「はい、会ってますよ。狭くて迷いやすいですからしっかり付いてきてくださいね」

彼女のいう宿の当てというのはこんな薄気味悪いところにあるのか。
なんだか妖艶な雰囲気が充満していて、露店で売られているものも怪しげなオーラを放っている。
雰囲気はあれだが、道はきれいに舗装されているし治安は良さそうだ。

「ここですよ」

そう言って彼女が止まった場所はグリム工房と書かれた店舗だった。

ガチャリとドアを開けて彼女が入っていく。
俺もすかさずについていく。

薄暗い店舗の中、形容し難いようなものがたくさん置かれている棚の間を通って奥へ向かった。
すると光がついていて、人がいるようだ。

「こんばんわ。いらっしゃって良かったです」
「ん?その声はフェリルか?!」

何か職種のような機械にのって現れたのは、年端もいかない少女だった。

「久しぶりじゃのう。最後に会ったのは三十年ぐらい前か」
「そうですね。あのときは本当にお世話になりました」
「いいんじゃよ。親友の娘っ子のためじゃからな」

見かけによらず年季の入った話し方をする少女だな。

「それにしても、皇都まで出てくるとは一体何のようが...」

少し離れて待機していた俺に気づいたらしい。

「ははぁん。そういうことか。遂にお前もおっt・・・」
「違う!違いますから!...まぁ狙ってはいますけど。そうじゃなくて、少し前に森で遭難しているところを助けたんです」

俺は暫く後ろで待機していたが、急に叫ぶような声が聞こえて少し驚いた。
話が一通り済んだのか、機会に乗った少女がこちらへやってきた。

「君がアマギ君か。儂はグレムリンのアレイダ・ヴィスコッチじゃ。よろしくな」
「あ、よろしくお願いします」
「話はさっき聞いた。災難じゃったのう。ここにいる間は二階の部屋を使うと良い。鍵はフェリルに渡しておいたからな」

「儂はまだ仕事が残っているからフェリルが案内しとくれ」
「はい。それじゃあ行きましょ」
「頑張るんじゃぞ〜」

俺はフェリルさんの後について二階へ上がった。

「右の部屋と左の部屋、どっちがいいですか?」
「俺はどっちでも良いですよ」
「じゃあ右側を使って下さい」
「それじゃあおやすみなさい」
「おやすみなさい。良い夜を」

俺は渡された鍵を使って部屋に入る。
部屋は六畳といったところか。
窓際にベッドが一つと小棚が置かれている。

俺は荷物を小棚に置いてベットに寝そべった。

(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)

枕に顔を埋めて思い切り叫んだ。

なんなんだ一体!
夕食後からやけに体が火照っている。
ムラムラして仕方がない。

性欲は人並みだと思っていたがここまで酷いのは初めてだ。
下半身がギンギンにいきり立っている。
一歩間違えばフェリルさんを襲いかねないところだった。
危ない危ない。公務員である俺が強姦なんて起こしたらとんでもないことだ。
我ながらよく理性が耐えてくれたと思う。

しかし、このままでは眠れない。
俺は二階の端にあるトイレでいきり立った息子の処理をしてから、再びベッドへ舞い戻った。

何もしていないのにとんでもなく疲労困憊になってしまった俺は、考え事をする間もなく意識を手放した。

明日から始まる人探しに備えて。


17/09/10 12:50更新 / Kisaragi
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■作者メッセージ
というわけで、一章を書き終えました。
最初は元の一章二章を改訂してあげるつもりでしたが、どうせなら書き換えてしまえと、ドラゴニア到着までを一章で書いてみました。
三章の更新は暫く後になると思いますが、今後も頑張って更新続けていきます。

それではおやすみなさい。

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