読切小説
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飼い猫に腰トントンが効くのか検証してみた!
 「あがったぞ、涼平」
 小柄な少女がリビングに入ってきた。
 「はやすぎ。あんこさあ、毎回だけどちゃんとあったまってないでしょ」
 あんこ。それが少女の名前だった。あんこは肩に掛けたバスタオル以外何も身につけておらず、透き通るような白い肌を惜しげも無く照明の下に、もとい涼平と呼ばれた男の目に晒している。その真っ白な尻の後ろでは真っ黒い尻尾が二本揺れており、少女が人間でないことを示していた。
 「風呂が好きな猫はいない」
 「一緒に入るか?それならだっ」
 「やだ」
 あんこは即答し、ソファに腰掛ける涼平の背後に回った。
 「……」
 大柄でごつごつした肩に顎を乗せ、その手元を覗き込む。涼平はタブレットで動画を見ていた。
 「あッ」
 次の瞬間少女の細い手が素早く伸び、タブレットの電源を切ってしまった。画面が暗転する。あんこは涼平が驚いているうちにタブレットを奪い取り、向かい側のソファに飛び移った。
 「ちょ、何すんだよお」
 「…はやく風呂入れ」
 体育座りでタブレットを抱え込みながら、あんこはそう命令する。二本の黒い尻尾がぱたぱたと忙しなく揺れている。これまた真っ黒な猫耳はぴんと前を向いて動かない。明るい照明の下にも拘らず瞳孔が開いて、普段ならきらきらと光るゴールドがよく見えない。飼い猫だったときから変わらない、機嫌が良くない証拠だ。
 渋々といった様子で涼平は立ち上がり、風呂場に向かう。その間半人半猫の少女は尻尾を素早く振り子のように動かし続け、不機嫌そうに涼平を睨み続けていた。

 からから、ぱたん。

 脱衣所の扉が閉まったところで、あんこはタブレットをローテーブルに置いて起動した。先ほど涼平が見ていた動画が停止して現れる。真ん中の白い三角形に触れると静画が動き出した。彼女の尻尾はまだ気むずかしげに動いている。
 「……またこんなの見て…」
 尻尾が一際大きくばたばたと振れ、太鼓のばちのようにソファを叩く。


 尻尾が示すとおり、今のあんこは不機嫌だった。
タブレットに映し出されているのはかわいらしい猫の動画。三毛猫だ。背中をさする飼い主にごろごろと喉を鳴らして甘えている。
 「こんなメスより僕の方が毛艶もいいし…かわいいし…スタイルは……う…な、並以上だしっ…」
 決して大きいとは言えない自分の胸を見下ろして、あんこは少し口ごもりつつもぶつぶつと文句を垂れる。
 「だいたいボクは血統書付きのボンベイだぞ…そこらでオスメス盛って生まれた雑種とはわけが………にゃ、へっ!?」
 びくりと肩が跳ね、尻尾が山なりに持ち上がってぴたっと止まった。細めかけていた瞳孔が再びぱっと開き、画面に釘付けになる。
 画面上では特段変わった動きはなかった。ただ飼い主の掌が三毛猫の背中を滑り腰にたどり着いて、そこをたしたしと軽く叩いているだけだ。そう、俗に言う『腰とん』だ。人間からしたらそれだけである。だが──。

 「な…なな、な…急に何を…こ、これは…」
 猫にとっては別だった。雌猫、とりわけ猫の魔物たるワーキャットやネコマタにとって尻尾の付け根は敏感な性感帯の一つに他ならない。あんこの目線では恋人の頭を撫でていた男が突如その女の陰核を弄りはじめたようなものである。
 「…う…そういう…え、えっちな動画なのか…!?でもこれヨウチューブだし…そんな動画が載ってるわけ…」
 ごくりと生唾を飲み込む。
 「ていうか!リビングで…こ、こんなの見るなんて…!涼平のやつ…!」
 あんこは自分自身そこまで性に積極的なわけではない、というつもりでいる。猿みたいに交尾をするそこらの野良猫や魔物とは違うのだ、という妙なプライドを持っているのだ。さらに言えば恋人を気まぐれにたぶらかす自分に酔っているところすらある──実際そこまで主導権を握れているわけでもないのに。要は面倒くさい魔物なのである。形式上はいつもあんこが涼平の性欲に付き合っている、ということになっているのだが、それが涼平の大人な対応の上に成り立っていることをあんこは知らない。
 三毛猫は気持ちよさそうに目を細め、優しく叩かれる腰を持ち上げて鳴き声を上げている。猫の鳴き声は人間ほど高度に意味を伝えはしないが、同じ猫ならば大体のニュアンスは聞けばわかるものだ。画面の中の三毛猫は間違いなく快楽に喘いでいた。
 「う……うぅ…これ…こんな…え、えっちな…っ」
 警戒するようにちらちら脱衣所の方を見やりつつも、動画を止めることはしない。扉を見て、画面を見て。扉、画面、扉、画面…画面、画面。次第に動画から目を逸らす間隔が開いていき、数十秒もするとあんこはすっかりタブレットの中で行われる情事に見入ってしまっていた。

 たかたかたか。みゃあああああう。

 指先を立ててひっかくような叩き方になると、三毛の鳴き声は一段と甘く大きくなった。
 「あ、これ…き、きもちよさそう…か、も…」
 息が荒くなる。頬が紅潮する。太ももをもじもじと擦り合わせる。緩んだ口から垂れそうになったよだれを慌てて啜りあげた。さっきまでばたばた暴れていた尻尾はソファに投げ出され、二本とも先っぽだけがぴくぴくと揺れている。目は三毛の痴態に釘付けのまま、左手は胸へ、右手は股へゆっくりと向かい──。

 かららら…。

 「ぴゃいっ!?」
 「うおうっ!?どうした!?」
 脱衣所の扉が開き、風呂上がりの涼平が現れた。行き場を失った両手が跳ね上がって、まるで埴輪のような格好になる。息を吸いながら叫ぼうとしたので妙な声が出た。
 「は…はやすぎ、て驚いただけっ…ちゃんと入った?」
 咄嗟に出た無理な言い訳だが、気付かなかった涼平は少しむっとして言い返すだけだった。
 「少なくともあんこよりは、ね」
 「ふ、ふーん…」
 「…?……まあ服着ろよ、風邪ひいちゃうぞ」
 「…う、うん」
 パンツ一丁の涼平はテーブルの上からドライヤーを取ると、再び脱衣所に入っていく。少しすると扉の向こうからやかましい送風音が聞こえてきた。
 数秒間脱衣所の方を向いて固まっていたあんこはさっとタブレットに向き直り、動画の下のスペースをじっと見つめる。
 「…確か…この、横線とチェックの」
 
 ──『後で見る』に追加されました──

 「………むぅ」
 昨日シてなければ。あんこは後悔する。昨日も例によって涼平から誘ってきたのだった。しかしそのすぐ次の日に自分から誘って交尾するのは、昨晩は気持ちよかったと、だからもっとしたいと認めているようで腹立たしい。尤もまた涼平から求められたのなら…今晩もたっぷり焦らしながら応じてやらないこともないが。
 「…ふ、ふふん。ボクは血統書付きのボンベイなんだから。自分から媚びを売るなんてことはしな」

 かららら。

 「ぶみゃっ!?」
 「うお!?……ど、どうしたん、さっきから?」
 「な、なんでもない!早く寝ろ!」
 「…?……や、寝るけどさ…もう十二時だし」
 あんこはさりげない風にタブレットのカバーを閉じ、さりげない風に立ち上がってすたすたと寝室へ向かった。



 「あ、危なかった…」
 箪笥から下着を取り出しながらあんこは呟く。
 「こんな時…自分の部屋があればな…」
 ここはもともと涼平が一人(と一匹)暮らしをしていた1LDK。あんこが人の姿になって当然涼平はさらに広い物件への引っ越しを考えたが、他ならぬあんこがそれを引きとめたのだった。自分のスペースは窓際の日向で十分だったし、自分のために涼平にそこまでして貰うのは自称血統書付きの誇りが許さなかった。
 「まあ明日…涼平が仕事に行ってからこっそりすればいいや…」



 「…!」
 寝間着を着て寝室を出ると、リビングのソファには涼平が腰掛けていた。その手にタブレットを持って。
 「…ん?あ、もしかしてなんか見てた途中?ヨウチューブ動かしてないから大丈夫だよ」
 「あ…う、別に?…なにも見てないし」
 動揺が顔に出ないよう、すまし顔を装って冷蔵庫に向かう。正直少し焦った。牛乳をグラスに注ぎながらこっそり涼平の方を伺う。涼平は鼻歌を歌いながらゲームをしている。
 (もしかしたら、ニンゲンにとって腰は別に気持ちいい場所じゃないのか…?確かに涼平も…今までボクのそこ、触ってきたことないし)
 思案しながらじっと見ていると、視線に気付いた涼平と目が合った。
 「…あ、ゲームしたい?」
 「あっ、ち、違うくて…その、えっと」
 まさか、さっき雌猫がよがる動画に興奮して自慰しかけたのがばれないか不安です、とは言えない。
 「その…涼平!あんまりその…ボク以外の雌猫の動画とか、見るんじゃないぞ」
 涼平ははっとした顔になった。どうやら上手くごまかせたようだ。あんこは控えめな胸をなで下ろす。
 「あ、ああ…そっか、ごめん」
 申し訳なさそうに涼平は謝る。
 (…ん?……これはもしかしたら……お詫びにえっちする流れかも…?)
 「ごめんな、気づかんかった…この猫もあんこにとっては同じ女の子だもんな」
 「ん、わかればよろしい」
 「ありがとな。さてとそれじゃあ……」
 (きたきた!)
 「もう寝ようかな」
 「えっ!?」
 「え?……あっ、もしかして…今日もしたい?」
 「なっ……ば、ばか!ボクはお前と違って年がら年中発情期じゃないんだぞ!」
 まるで自分から交尾したがっているかのような言われぶりに──実際そうなのだが──あんこはついムキになって言い返す。
 「ははは、ごめんごめん。じゃあ先寝るね。おやすみ」
 「ふ、ふん…おやすみ!」
 ぱたん。
 涼平は笑いながら寝室に引っ込んだ。


 「涼平のやつ……したい?じゃなくてする?とかだったら…うまく繋げられたかもしれないのに!」
 小声でぶつぶつ文句を垂らしながらコップを洗い終え、歯を磨きに洗面所に向かう。

 しゃこしゃこしゃこ。

 横着してソファに座って歯を磨いていると、いやでもタブレットが目に入る。

 しゃこしゃこしゃこ…しゃこしゃこ…。

 (どうしよう…やっぱり興奮してきちゃった…)
 さっきの三毛猫の気持ちよさそうな顔と鳴き声がどうしても忘れられない。涼平の温かくて大きな手で尻尾の付け根を叩かれたらどうだろう。指先で強めにピアノでも弾くように叩かれたら?

 しゃこ…しゃこ…。

 淫らな妄想が進むにつれ歯ブラシの動きは次第にゆっくりになっていく。
 (すごく気持ちいい…絶対に…)
 やがてあんこはふらふらと立ち上がり、洗面所に向かう。口をゆすいで鏡を見ると、上気した自分の顔が映っていた。自分が興奮してしまっている、その事実がさらにあんこを興奮させた。

 「見るだけ…見るだけだから」
 呟いたあんこはリビングに戻り、ソファに座ってタブレットのカバーを開く。赤いアイコンをタップし、『後で見る』リストを開いた。当然一番上に先ほどの動画が載っている。
 (もう寝ちゃったよね?…まあ普段から寝付きは良いし…だ、大丈夫かな?)
 寝室のドアをちらりと見やる。確かめようかとも思ったが、もし起きていたら開けてすぐ閉めるなんてのは怪しまれるかもしれない。そう考えたあんこは同居人の寝付きの良さを信じることにした。
 (それに見るだけだもん。ボクは動画を見てるだけ。何にもやましいことはないし)
 自分を納得させながら動画を再生する。少しするとまた例のシーンが始まった。
 
 たしたしたし。にゃあああああ。
 
 (や、やっぱりえっちだ………この手が涼平で、この猫がボクだったら…)
 妄想は止まらない。
 (気持ちいいだろうな…腰全体に振動が響いて…おまんこまでびりびりが届いて…)
 尻尾がさっきと同じように先っぽだけぴくぴくと揺れはじめた。
 (尻尾の先まで気持ちいいのがのぼっていって)
 自然と右手が股に向かう。
 (イってもやめてくれないまま…何回も何回もとんとんされて)
 左手が乳首にたどり着く頃にはもう右手はクリトリスの上を這っていた。一連の妄想で既に膣からは愛液がにじみ出ていて、指先の滑りを良くしている。ぷくりと膨らんだそれをくるくると指の腹で撫でまわすと、じんじんとした快感が走った。黒い肌着の上から硬くなった乳首をかりかりと爪弾くと肩が小刻みに震える。
 (あ…イっちゃいそう…こんなに早く…)
 よほど昂っていたのかものの数分で腰にぞわぞわとした予感が走り、浮遊感が押し寄せてくる。
 「…ふぅっ…みゃ…う……っ…いっ、イっちゃう…」
 その時だった。
 「もう、よそよそしいなー」
 「!!?」
 背後から聞きなれた声が聞こえた。

 「あ、え…!?にゃ、なんで…っ」
 素早く振り向くとソファの背もたれのすぐ後ろに涼平の腹が見えた。咄嗟に股を閉じようとするが、いつの間にか両膝が大きな手に押さえつけられている。パニックに陥ったあんこはがたがたとソファを揺らして拘束から逃れようとしたが、着々と絶頂への準備を進める体にはほとんど力が入らない。
 (なんでいるの!?バレてた!?いや…それよりも──)
 「あっ……ま、まってほんとに…あ……いや、やだ、やだやだぁ…」
 既に半ば達しかけていた体は羞恥心などお構いなしにびくびくと痙攣を始めてしまった。思わず涼平の両腕に両手でしがみつき、快感の波に溺れまいとする。恥ずかしさの余り目をぎゅっとつむって顔を俯かせ、跳ねる体を必死に押さえ込んだ。
 「すげーえろいな今の」
 興奮気味の声にうっすらと目を開けると、涼平の顔が逆さまに見えた。M字に股を開いたまま、自慰で達してしまう所をじっくりと観察されてしまったのだ。あんこの頬は真っ赤に染まり、目尻に涙が浮かぶ。
 「あっ…あー…そういうことね、何を熱心に見てんのかと思ったら」
 そういって涼平はローテーブルに氷と麦茶の入ったグラスを置く。それはつまりかなり前から自慰の様子を観察されていたこと、そして周りが見えなくなるくらいに自慰に耽っていたことを示していた。
 (うそっ…扉開ける音も足音も、冷蔵庫開ける音だって聞こえなかったのに…)
 合点がいったという表情の涼平はぺたぺたと素足を鳴らしながらソファを回り込んで、放心状態の小さな黒猫の目の前に立つ。腋に手を差し込んでその小さな躰を持ち上げ、くるりと回転してソファに座った。あんこは涼平と対面し、その両腿にまたがる格好になる。自然と二人の胸と胸とが密着した。湯冷めする前の温かく大きい体からは、風呂の発泡剤の良い香りがする。
 (それと…涼平の、匂いも)
 散々体を重ねてきたせいで、いつでも精をいっぱいに滾らせるようになった雄の匂い。飼い主の──もとい番いの雄の体に優しく包まれて、あんこの体から思わず力が抜けた。
 「そっか、そうだよなぁ。そりゃヒトの姿とはいえやっぱり猫だもんな」
 「…にゃひっ!?」
 腰、尻尾の付け根の辺りに衝撃が走る。間髪入れずにもう一度。
 「んにゃあっ!」
 今度は掌が押しつけられたままさすさすと腰を這う。
 「ふにゃあ、にゃあああぁ…っ」
 いやらしい、しかし余裕のない喘ぎ声が自然と喉から漏れる。
 「おー…ほんとに感じるんだ…」
 涼平はタブレットに再生されている動画から全てを察したようで、左手であんこの背を抱き右手でその腰をゆっくり撫でている。
 (いいようにされてる…っ、む、むかつく、むかつくのにっ)
 先ほどまで脳裏に描いていた妄想そのままの現実。大好きなご主人様のあったかくて大きな手が、容赦なく敏感なところをいじめてくる。魔物を発情させるには十分すぎる状況だった。
 「…そ……そこ、そこっ…、指立てて、とんとんしてぇっ…」
 気がつけば建前とは裏腹に甘ったるい声でねだってしまっている。
 「もう…甘えん坊だなあ」
 (ちがうもん、こんなのほんとじゃ…ないのに…!)
 涼平は満更でもなさそうにぼやき、言われた通りに指先を立ててスタッカートのように腰をたたく。掌や指の腹ではたかれるのとは違う、びりっとする快感。妄想通りそれは電流のように体を伝わって、性器や尻尾に強く鋭い快感を刻む。快楽に屈服してしまいそうな体に鞭を打って必死に涼平から逃げようとするが、がっしりとした腕で上半身を抱きすくめられ動けない。拘束されてひたすらに快楽をたたき込まれているこの状況に胸の奥の被虐心が刺激され、そして徐々に火が点いていく。
 (なんで…いつもの涼平なら…こんな乱暴なことしないのに…っ)
 そう、いつもの涼平ならこんなことはしない。あんこが少しでも嫌がる素振りを見せようものならすぐに体を止めて不安げな表情を浮かべ、嫌だったか、痛かったのかと訊いてくる。もう、へたなんだから。その度にあんこは物足りないという本心を押し隠しながらこう嘲笑い、自分の得意な体位に移って不器用で鈍重なニンゲンを虐めるのだ。それが常だった。
 「にゃ、んっ…あ、あぁっ、また…」
 再びあんこの小さな体が小刻みに震え始める。細い腕が涼平の厚い体に回され、ぎゅっと力が込められた。
 「かわいいよ、あんこ」
 「…っ!」
 嗜虐的な責めとは裏腹に優しく耳元で囁かれると、僅かに残っていた虚栄心と羞恥心があっという間に溶かされてしまった。違う違うと心の中で唱えながらも、好きな人間の前で一番無防備な瞬間をさらけだす快感を受け入れてしまっている。
 「にゃぉ、ふ、みゃあああぁっ…♪」
 やがて絶頂が訪れた。あんこの顔から気持ちよさそうに力が抜ける。全身からもふっと力が抜けて、次の瞬間大きくびくんと跳ねた。
 「あっ……ん、にゃあっ…ふーっ…ふぁ…」
 痙攣は何度か続いた。体重がなくなって、ふわふわと空を飛んでいるかのような多幸感。体が自然と大きくよじれ、それに抗おうと涼平に思い切りしがみつく。心地よさそうに半開きになった瞼とだらしなく弛んだ頬を厚い胸板に押しつけて、呼吸が落ち着くのを待とうとした、その時だった。
 「ひゃんっ!?」
 気の抜けた声が漏れた。腰にびりりと電撃のような快感が走る。一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし目には見えずとも直感的に頭が理解してしまう。
 (『イっても…やめて、くれないまま』…っ)
 絶頂を迎えてもなお指先で腰をとんとんと叩かれているのだ。一度絶頂に達して敏感になった体は、今までと同じような刺激を何倍にも増幅して脊髄に流し込む。腰は自分自身の意思とは関係なしにがくがくと震え、二本の尻尾は涼平の太い腕にがんじがらめに巻き付いた。
 思い描いていたとおりの責めに心と体が悦んでしまっているのがわかる。普段ならば嫌がって逃げてしまう半分苦痛のような刺激も、今は燃え上がった被虐心にくべられる薪でしかない。涼平の太ももにぐりぐりと擦りつけられる股からは蜜があふれ出し、薄いショーツを容易く通過して彼の寝間着までを汚していた。
 (りょうへいにいじめられるの、きもちいい…やなはずのに、すごいきもちいい…っ)
 「まって、とめてぇっ…もうイったからっ、いまイった、ばっかり、で……っ!」
 あんこの必死の抗議が涼平に聞き入れられることはなかった。それもそのはず、その声色は切羽詰まってはいるものの甘くとろけていて、とてもではないが本当に指を止めてほしいと思っているようには聞こえない。
 「…イってもやめてくれないまま何回もとんとんして欲しいんでしょ?」
 「へっ!?…にゃ、にゃんで、それを…」
 確かにそんな欲望は表情や声色で丸わかりだったが、一言一句妄想を言い当てられるのは流石におかしい。驚き半分うろたえ半分のあんこに涼平は意地悪げに笑いかける。
 「ぜーんぶ声に出てたよ」
 「な……!」
 ただでさえ赤かった顔がさらに紅潮する。自慰を見られていただけならまあいい。魔物はそういう生き物なんだから、と強弁できる。しかし──。
 (あ、あんな…いじめてほしいみたいなこと、聞かれてたなんて)
 飼い主を翻弄して楽しむ血統書付き黒猫の誇りは同棲2年目にしてあっけなく崩壊してしまったのだった。
 「もっと早くに言ってくれれば良かったのに。鞭とか蝋とかはちょっとやだけど、こういうのなら全然す」
 「ふ、うる、うるさいっ!」
 顔を上げ、耳元で叫んでやろうとするが快楽で腰の抜けた声しか出てこない。それどころか、
 「ふにゃっ!?」
 再び腰叩きがはじまってしまった。
 「あっ…やめ、やめろぉ…そんなのぜんぜん、きもちよく、にゃああっ♪」
 明るみに出てしまった被虐嗜好を認めまいと歯を食いしばって真面目な声を絞り出す。しかしそうやって強がろうとすると涼平の手がより速く強く動いて、その声を快楽丸出しの鳴き声に塗り替えてしまう。
 「ふーっ、きもち……きもちよく、んっ♪…なんか、ふーっ…にゃいっ」
 なんとか呼吸を整えて、きりりと瞳孔を細めた瞳で真っ直ぐ目を合わせて啖呵を切ったものの、
 「ふーん。じゃあもっと強くしないとだめか」
 火に油を注いだだけだった。途端に瞳孔がふわりと緩んで広がる。涙目の中に日食のような金色の環が現れた。
 「ひっ…!?ま、まって!それはその、ちがくて……ひんっ!?」
 背中を優しくさすっていただけだった左手が腰いじめに参加した。右手で強めに尻尾の付け根を叩かれ、左手でかりかりと仙骨の出っ張りをひっかかれる。
 「んぉっ、ん、それ、だめ…にゃ…ひあっ、にゃ、にゃっにゃあぁっ♪」
 目尻からは涙が、口からは甘ったるい嬌声とよだれがこぼれた。腹は涼平の体にぺたりとくっつき、腰はがくがくと浮き上がって、その華奢な体躯は弓なりに反っていく。気を抜けばあっという間に絶頂に駆け上がってしまいそうな快感。強さもタイミングも思い通りにならない快感。ずっと自分優位の交尾しかしてこなかったせいかそれらへの対処方法もさっぱりだ。涼平の体にしがみついたまま、じっと耐えるしか道はない。しかも今耐えねばならないのは快感だけではなかった。
 (……もれそう…)
 尿意。いつもならどうということはないレベルだった。しかし腰を叩かれて力の抜けた尿道括約筋はさながら決壊しそうなダムといった有様だ。努めて力を入れていないと今にも涼平めがけて失禁してしまいそうな状態である。
 (あ…まてよ?…これをつかえば)
 「…りょ、りょうへいっ…おしっこっ…おしっこ漏れちゃうから離し」
 「いいよ、ここでしても」
 「ふぇ!?」
 涼平はあっさりと言い放つ。実際ローテーブルの下はフローリングで、カーペットやラグなどは敷かれていない。ソファも人工革製なので液体が染みこむわけでもない。
 「まあほとんど俺にかかるだけだろうしな…ほら」
 言い終わるか終わらないかの内に再び涼平は手を動かし始める。あんこの切羽詰まった状況を知った今、その手はむしろとどめを刺すかのような激しく素早い動きになっている。両手で同時に叩いたりひっかいたり、掌で腰骨をぐりぐりと圧迫したり、的確な刺激であんこを容赦なく責め立ててくる。
 「全然我慢しなくて良いよ。イきながらご主人様の体にお漏らししちゃう恥ずかしいとこ、ちゃーんと見ててあげるから」
 「やっ…やだやだぁ…みにゃ、見ないでっ…あっち、あっち向いててよぉ…」
 懇願は当然聞き入れられず、涼平は真っ赤に染まった飼い猫の顔をじっと見つめている。彼の瞳の奥にはじっとりとした情欲の色が潜んでおり、自分の痴態が待ち望まれていることに今のあんこはどうしようもなく昂ぶってしまうのだった。
 「まって、まってっ…ほんとに…いまイったらぁ…おしっこが、あ…だめ、だめぇっ…」
 最後の抗議も無言でねじ伏せられた。あの体が持ち上がる感覚がやってくる。全身ががくがくと震えて、涼平にしがみついていなければどこかに吹き飛んでしまいそうだ。
 「ひぐ…っ…イ…くぅっ……」
 小さな呻き声が漏れると共に体がびくびくと揺れた。ふっと腰が浮いて、それを抑えようとするかのように黒い尻尾が一際強く涼平の腕に絡みつく。涼平の背中に回されていた細腕に力がこもると胸では押し潰された乳房が柔らかく形を変え、二つの体を密着させた。
 「………〜っ…」
 余りの快楽に息が止まった。下半身の大きな痙攣に抗おうと股関節に力が入り、涼平の太ももを締め付ける。体の中、とりわけ膣と肛門が強く律動して、筋肉が収縮する度に快感の波が押し寄せてきて止まらない。何度も何度も、快感と浮遊感に体を突き上げられる。
 (からだ…ふわふわする…)
 やがて意識だけは雲の上を漂うまま、全身の緊張だけが抜け始めた。その行き着く先が何であるかは考えるまでもない。腰から下だけが眠りに落ちたかのように脱力しており、一方で膀胱は収縮して排尿の準備を始めている。そもそもあんこにはもう尿意に耐える気力がない。心のどこかで我慢を諦めてしまっている自分がいるのだった。
 「…あっ………」
 体がぶるりと震えた。
 「……ぅぅ」
 悟ってしまう。

 (漏らしちゃった)
 初めはちょろちょろと、しかしあっという間に勢いを増して尿が尿道口からあふれ出していく。無理矢理気持ちよくさせられる被虐心。番いとはいえ他人に排泄の瞬間を見られる羞恥。本来してはいけない場所で放尿する開放感と快感。それらがないまぜになって思考を停止させ、何もできず固まったまま飼い主の体の上で放尿を続けてしまう。
 「あ、そっぽ向かないの」
 羞恥心に耐えかねて顔だけでも背けようとしたものの、すぐさま涼平の手が伸びて無理矢理目を合わせられる。同時に耳の後ろを優しく揉まれ、放尿の快感も相まってとんでもなく惚けた顔をさらけだしてしまった。
 「ふあ…ぅにゃぁ…」
 「…すっごいエロい顔してるよ、あんこ」
 涼平は左手で耳の付け根をマッサージしつつ、右手で尻尾の付け根を撫でている。先ほどまでの苛烈な責めとは一転して優しく甘やかすような手つきに促され、尿道口からは温かい尿がしょろしょろと漏れ出し続けた。
 (おしっこしてるとこ見られてる…はずかしい顔、見られちゃってる…)
 涼平は両手を動かしつつ飼い猫の痴態をじっくり観察している。視姦と言って差し支えないその視線に晒され、あんこはどうしようもなく興奮してしまうのだった。結局あんこの紅潮し緩んだ顔は尿の最後の一滴を出し切るまで涼平に見つめられていた。今までプライドに隠されていたあんこの被虐嗜好はすっかり目覚めてしまったようで、涼平と目を合わせたままのその瞳は羞恥心と快楽とで潤んでいる。雄を興奮させ、嗜虐心を燃え上がらせる目つきだ。
 「あーあ、こんなに汚しちゃって。恥ずかしい猫だなぁ」
 当然、涼平も例外ではない。穏やかな口調とは裏腹に尿で汚された寝間着とボクサーパンツの下には熱く硬い膨らみが現れ、あんこの股をぐいぐいと押し上げている。
 「ごめんなさいは?」
 目を合わせたままなじられ、あんこの顔がさらに赤くなる。目尻から涙がこぼれるが、やはりその瞳はもっといじめてほしいと言わんばかりに悦びに染まっていた。
 「ご…ごめんなさい…っ」
 「………」
 震える声で謝ると、目の前の涼平はゆっくり目を閉じた。そして大きく一つため息をつく。腰を撫でていた右手が不意に小さな尻にあてがわれた。
「…?」
 そして息も継がせぬままにソファから立ち上がる。
 「ひゃっ」
 反射的に涼平の体を抱きしめる手足に力が入ると、駅弁のような体勢になった。涼平もあんこを強く抱きしめているので、お互いの顔をお互いの肩に乗せる格好になる。
 「ごめん、今のうちに謝っとくわ」
 耳元で囁くのはいつもの涼平の優しい声。
 「今夜は嫌がっても…たぶん止めらんない」
 その穏やかな声に少しだけ、だが確実に交じった、獣じみた色欲。一晩中犯し抜かれる、そんな未来を否応もなく想像させられてしまう。クリスマスの朝を迎えた子供のように、興奮と期待でばくばくと心拍が速くなっていく。
 「う…うん…♪」
 視界がゆさゆさと揺れ始めた。ソファとローテーブルが遠ざかっていく。恐らく向かっているのは風呂場だろう。時は午前一時前、二匹の獣が脱衣所に吸い込まれていった。




 二つの喘ぎ声が風呂場から聞こえてくる、明るいままのリビング。麦茶のグラスの氷はとっくに溶けきって、その周りには流れ落ちた結露で水溜まりができている。隣のタブレットはかれこれ三時間弱はかわいらしい猫の動画を流し続けていた。
 やがてタブレットもバッテリーが切れて、画面がぷつんと暗転する。肉がぶつかり合う音と喘ぎ声だけが、一晩中アパートの一室に響き渡ったのだった。





 「ええええええ!?涼平先輩休みなんすか!?」
 「うん。腰痛めて動けないんだって」
 「ちょっとぉ!今日社内プレゼンの日っすよ!?僕一人じゃ無理ですってぇ!!」
 「がんばれ〜。あはは」
 「うわああ嘘だああ」
20/02/09 11:08更新 / キルシュ

■作者メッセージ
後輩君かわいそう…。

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