牛と鬼
ここ尾久藻村には古くより続く贄の文化がある。山に封じられた荒神の怒りを静めるべく、数年に一人若者を捧げるというものだ。古文書を紐解けば、不運にも白羽の矢が立った家の子が犠牲になるその様子が克明に記されている。無論、今となってはこの風習によって実際に人が死ぬことはない。それでも贄の根本的な考え方は強く残っており、頻度こそ減ってはいるが──今や五年に一度となってしまった──身を清めた男子が一晩を小さな社の中で過ごすという儀式は欠かさず行われている。
男子──そう、男子である。これについて少し詳しく述べねばなるまい。古来日本において人身御供に身を捧げてきたその多くは女子である。これには女、子供が清い存在であるから、若しくは生贄にしても集団にとってリスクが少ないからなど様々な理由が考えられるが──話が本筋と外れるので割愛する。いずれにせよなぜこの村においては男子が生贄とされるのか、その理由が重要だ。
結論から言うと、荒神が女の神なのである。そしてこれは時が経つにつれ忘れ去られていったある決まり事を語る上で忘れてはならないことでもある。
贄の儀式については、以下の通り守らねばならない約束がいくつか存在する。
ひとつ、贄は山に踏み入る前にその身を流水で清めねばならない。
ひとつ、贄は身を清めてから社までの道のりにおいて土を踏んではならない。また誰かと口を開いたり、目を合わせたりしてもいけない。
ひとつ、贄と担ぎ手以外は儀式の晩は山に踏み入ってはならない。
ひとつ、贄は夜が明けて迎えが来るまで自ら社の扉を開け外に出てはならない。
現在村に語り継がれている約束はこの四つであるが、実は先述したようにもう一つだけ、とうに忘れ去られてしまった五つ目の約束事が存在する。それは即ち誰も思い出さなかった、つまり長年にわたり贄が何事もなく山から帰ってこられたことの裏返しでもあるのだが。
ひとつ、贄も担ぎ手も、絶対に赤い女と目を合わせてはならない。
その日はあいにくの雨模様であった。夏の盛りに降る雨にしては蒸すわけでもなく、やけに肌寒い。おかげで川に入って身を清めているうちにすっかり体が冷えてしまった。正絹の白装束は齢十五の少年の体には少し大きかったが、着てみれば袖丈が長いのが冷えた体にありがたい。
「おう、なかなか様になるねぇ将太郎」
陽気な低い声に振り向くと、そこには大柄で色黒な髭男が立っていた。立ち上がったヒグマのような巨体の上で、上機嫌なイヌのような人なつこい顔がにこにこと笑っている。
「おじさ…あっ」
何気なく返事を返そうとして、将太郎ははっとした。身を清めたら社にたどり着くまでの道中誰とも話をしたり目を合わせたりしてはいけないのだった。今のやりとりで清めの効きが切れてはいないだろうか。しまったという顔の少年に、しかし大男は構わず話しかけてくる。
「真面目だねぇ…気にするない、こいつぁ古くさいだけの妙ちきりんな儀式だよ。肝試しみたいなもんさ。アラガミ様なんて本当にいるわけはなかろう?俺が贄のときだってしきたりなんぞ破ってばかりだったが…」
男は両の腕を広げてにやりと笑った。自分の胴ほどはありそうな腕に将太郎は思わず見入る。
「今もこうしてぴんぴんしてるものなぁ…な?そんでどうだ、帯なんかがいっぱいあるけども上手く着られたかい?」
仕来りは破って当然とでもいうようにべらべらと話しかけてくるこの男の名は清水清司。米農家をやっている彼はその巨体に見合う村一番の力持ちで、神輿の担ぎ手を例年任されている。担ぎ手といえば普通は大勢で、本当に小さい神輿を担ぐにも四人は必要だ。だが彼は子供一人入るサイズの神輿を一人で軽々と運んでしまう。昔は若者六人で担いでいたが、ある年担ぎ手の一人が階段を踏み外して以来彼が一人で運ぶことになったのだ。その時に神輿を落とさず持ちこたえたのも清水で、それから一人で担ぐのを提案したのも清水だった。背後には彼の背丈の半分は軽く超える神輿が鎮座しており、それを一人で運んできた清水の剛力を示している。
「……服は大丈夫だと思います。でもええと…やっぱり仕来りは守った方が良いですよ」
「はっはっは…あいや、すまん。ま、準備ができたなら行こうかね。なに、心配しなさんな。村長方がいらっしゃるとこでは流石にわきまえるさ」
そう言うと清水は振り向いてしゃがみ込み、神輿の観音開きの扉を無造作に開ける。これから将太郎は贄としてこの神輿に担がれ、山の中腹にある社まで向かうのだ。清水は立ち上がって扉の前を空け、神輿にもたれかかった。
「さ、乗んなよ」
将太郎はしゃがみ込み神輿の中を覗き込んで固まった。
目の前に──神輿の中に何かがいる。
自分が座るはずの場所に、小柄なヒトの形をした赤い何かがこちらを向いて座っている。見ればその全身の赤色は御札だった。血のようにどす黒い赤の地に黒い文字が躍る札が幾枚も貼り付けられ、全身をくまなく覆っているのだ。それが神輿の中にまるでひな人形のお内裏様のように両手を揃えて座っている。異様だった。小説の一ページに整然と並んだ文字列の中で一文字だけが上下逆さまに印刷されているような、強烈な違和感があった。異形と対面したまま動けずにいたのは一瞬だろうか数十秒だろうか。そうしていると不意にそれの俯いていた頭がゆっくりと、不自然にゆっくりと持ち上がり、やがて──それと目が合った。
「────……」
それは笑っていた。土気色で、数え切れないしわが刻まれた顔の老婆だ。その顔の半分は全身と同じ赤黒い札に覆われていて見えないが、それは恐らく満面、にたにたと笑っていた。目を糸のように細め、黄ばんだ歯、とりわけ長く鋭い犬歯をむき出しにして笑っている。にも拘らず辺りは静まりかえっていた。げらげらと笑い声が聞こえてきそうなほど老婆は激しく笑っているのに、不自然なほどに何も聞こえない──気づけば川のせせらぎや木々の葉擦れさえも。異様な笑顔だった。将太郎は凍り付いたまま、笑う異形と見つめ合う。逃げようにも脚が動かない。叫ぼうにも肺が膨らまない。情けない掠れ声が喉から漏れるだけだ。
「あ……」
いつの間にか扉の縁には内側から手が掛かっていた。指先まで札が貼られた真っ赤な手だ。札の上からでもわかる程、からからにひからびている。ミイラのようだ。異形の手は蝶番ごと扉を掴んでいる。既に限界の角度まで開ききった扉にさらに力を込めているのか、蝶番がみしみしと軋み始めた。
(…扉を…神輿を壊して外に出ようと…こちらに来ようとしている…?)
将太郎はぼんやりとした頭で考える。
続いて二本目の涸れた手が内側から這い出してくる。奇妙なことに神輿の中、細った太ももに行儀良く揃えられた異形自身の両手は動いていない。
それじゃあ扉にかかった手はいったいどこから生えているんだ?
しかもそれで終わりではなかった。さらに三本目、四本目の手が現れて扉を掴んだのだ。どれもからからに乾燥し、爪の先まで札で覆われている。そして五本目、六本目。間もなく異形の手にぐっと力がこもった。真鍮の蝶番はとうに限界を超えて開ききり、ばかになってしまっている。小さく鋭い爪が食い込み白木の板がメキメキと悲鳴を上げはじめた。恐怖で将太郎の息が上がる。もはや瞬きすらできない。自分の浅く速い息の音まで聞こえなくなり、ぎりぎりと反っていた白木の扉が遂に──。
ばぎっ。
「将太郎っ」
清水の大声が響いた。思わず尻餅をつく。見上げると巨体のてっぺんから心配そうな顔がこちらを見つめていた。
「あ…はい…」
自分の喉から出たまともな声に──幾分かうわずってはいたものの──将太郎は安心した。同時に息が上がっていることを自覚して先の恐ろしい光景を思い出す。清水からゆっくりと目線を外し、神輿へ恐る恐る目を向けた。中には誰もいない。蝶番も壊れていなければ、扉も割れていない。半開きの扉は時折そよ風に吹かれ、きいきいと間の抜けた音を立てて揺れている。
何だったんだ、さっきのは?
「どうしたね、ぼうっとして。中にでけえ蜘蛛でもおったかい?」
「いえ…だ、大丈夫です、すみません」
ほうか、と清水は顎髭をなぜた。
「……」
最初に扉を開けたのは清水だ。絶対にあれが見えたはずだ。
(でも清水さんは…そういう事をする人じゃない。それに)
あの老婆の異様さと恐怖は明らかに脅かしや肝試しなどという次元ではなかった。まだ少し脚が震えている。
「にしても…随分でかい枝が折れたな」
「え?」
清水は二人の横を流れる川の幾分か上流、その向こう岸を指さす。そちらを見ると川を横切るように黒くごつごつした木の枝が横たわっていた。枝というよりかは幹と言ってもいいような太い枝だ。先ほどの大きな音はあの枝が折れた時に出たものだったようだ。
「うむ…健康そうな枝だが…付け根が虫にでも食われてたのかねぇ」
清水が首をかしげると、ごきりと豪快な音が鳴った。
「まあいいか。さあさ、そろそろ行かねえと。もうすぐ日が沈み始める。日がすっかり暮れる前には社の前の鳥居まで着かないといかん」
将太郎はのろのろと立ち上がり、再び神輿の前にしゃがみ込む。やはり今度は何もいないが、どうしても先ほどの異形の老婆が脳裏にこびり付いて離れない。乗っている間にあれがまた出てきたらどうしよう?
「はっはっは、やっぱり怖いんか。心配すんない…神輿に乗ってる間は俺がすぐ前にいるし、それに社の中だってそんな怖い場所じゃねえ。明かりもあるし布団もある…少々湿っぽいがな。分厚い扉に鍵もかけられるから熊かなんかは入って来られねえよ。それでもあんまし怖ければ──」
「大丈夫、大丈夫ですから」
恐がりだと思われるのも癪で、将太郎は意を決して神輿に乗り込む。中は古い木の匂いがした。好きな匂いだ。だがそれとは別に何か臭う。
「獣の臭い…?」
妙な臭いがある気がする。何か嫌な──。
「おう、すっぽり入ったな」
不意に清水の顔がぬっと現れ、将太郎の視界を占拠した。
「おっし、それじゃあ社に着いたら開けちゃるからな。鍵とか留め具はねえから、肘でもぶつけようもんならすぐに開いちまう。窮屈だからな、内側から開けて落っこっちまわないように気ぃつけんだぞ。あと俺が祝詞唱えてる間に間違えて開けるなよ。広場にはたっくさん人がいる。そこでご開帳しちまったら締まらねえからな」
扉がぱたりと閉じて、視界がほぼ真っ暗になる。
あの折れた木の枝の断面がまるでなにか大きな力で引きちぎられたかのようであったことは、遂に誰の目に触れることもなかった。
神輿の中の明かりは隙間から入ってくるごく僅かな日の光だけだ。それも曇り空の今日は薄暗い。視界は真っ暗だ。自然と神輿の揺れに意識が向くが、清水が気を遣って運んでくれているのか思っていたほどではなかった。
「酔っちまったらごめんなぁ」
清水のくぐもった声が聞こえた。彼の声が聞こえたのに安心したのもつかの間のこと、何も見えない暗闇が将太郎の恐怖をあっという間に高めていく。
社について扉を開けたらすぐ横にあいつがいた、なんてことは?
心臓がばくばくと暴れはじめる。今この時、自分の顔のすぐ横にあのしわくちゃの不気味な顔が潜んでいるのだ。気づいたときにはもう遅く、あの骨張った手が肩に、喉に、頭に張り付いて、爪が皮膚に食い込み──。
「───!!」
突如響いた清水の大声に将太郎の肩が跳ねた。祝詞だ。歩き始めてものの一、二分でもう広場前の鳥居にたどり着いたらしい。先ほどまでいた御水屋からここまで、軽く二百メートルはある。神輿を背負っていることを考えるととんでもない脚力だ。耳を澄ますと周りからはざわざわとした話し声が聞こえてきた。清水が担ぎ手を務めるのはこれで八度目。今やこの儀式はほとんど清水の剛力を見物する祭りのようになっている。重い神輿を軽々と背負い祝詞を山いっぱいにこだまさせるこの巨躯を見ようと、山道入口の広場に村中の人間が集まるのだ。
(大丈夫、大丈夫…)
大勢の人の気配のおかげで恐怖は徐々に薄れてきた。
(お祭りみたいなものだ。楽しい行事なんだ。さっきのは…怖がってたから、変なものを見たのかも)
無理矢理だが自分を納得させる。
(それに…明日帰ったらきっとごちそうだぞ)
贄は荒神に生命力を食われるということになっている。それを労うために、儀式の翌日は戻った男の子を囲んで大きな酒盛りが行われるのだ。昔はこの宴が村の成人式の役割であったし、儀式を終えた男子は同年代の子らの中でもとびきり箔がついたものだった。今は村にも文明と法律が通ったから大っぴらにはされないが、贄の子が翌日の宴で人生初めての酒を飲むという具合なのは変わらない。変わったことといえば今や同年代の子が一人もいないために箔うんぬんなど無くなってしまったことだろう。
「──かしこみかしこみぃもうすっ」
清水の堂々たる締めに、おぉっと歓声が上がった。儀式の本来の意味合いからすれば褒められたことではないのだろうが、神輿の中の空気まで明るくなったようで将太郎にとってはありがたかった。
やがてまた神輿が揺れ始める。縦揺れが大きいのは恐らく階段を上り始めたのだろう。日が沈み初め、いよいよ神輿の中は真っ暗だ。だが今は余り怖くない。帰ってからのごちそうのことだけを考えるようにして、将太郎はひたすらに揺られ続けた。
「本当にいいんかい、村長さん。浮舟のとこのぼうずを出しちまって…」
清水が鳥居の奥へ消えたのを見届け、村人たちは方々へ散っていく。その中で二つ、立ち尽くしたまま動かない人影があった。
「うむ…」
尾久藻村村長の石角権野介と清水の父、清水長治郎であった。
「『浮舟の家の者は贄に出してはならない』か…」
権野介は神妙な顔で腕組みをして奇妙な戒めを唱える。それは今や村の中でも二、三人しか知らない、儀式についての言い伝えだった。そしてその言い伝えの本質。おおよそ六百年前、浮舟家三代目宋次郎が自らの血を鍵として山の荒神を封じたことに至っては、もはや知るものは誰もいない。
「ああそうだ…事実俺の知る限り…今まで浮舟の家からは一回も贄には出させてねえ…破って何が起こるのかもわからん古い言い伝えではあるがね」
長治郎の顔は少し不安げだ。権野介は彼に向き直って答える。
「確かにその言い伝えには反するが…問題はあるまいよ、あそこは分家だし…そもそも『言い伝え』なんてこのご時世、なぁ?…実際儀式に出せる年の子は将太郎君だけだしな。それにジロちゃん、あんたんとこの息子、あれを見にくる観光客もいる。それで少しでも村が元気になればわしゃ嬉しい」
権野介はにやりと笑う。
「だからわしゃ実際…あの神輿が空っぽでもいいと思っとるよ…や、こりゃ失礼」
全く村長らしからぬ発言に長治郎はため息をつく。
「なんとも不謹慎というか、現実的というか…」
権野介は笑って言う。
「ジロちゃんが信心深すぎるんじゃ」
ふと真面目な顔に戻って権野助は続けた。
「なあ、この村がどれだけ持つ。将太郎君より下は生まれてないんだぞ。あの子もきっと都会に出る。そうすればきっとこの村は…うむ…うむ、終わることになろう」
「…村長さん」
「なら…気持ちよぉく駆け抜ける──言っちまえば太く短く終わるのがわしに合ってるだろ。なによりわしゃ村長だからな…盛り上げることができなかったならばせめて村の終わり方くらい…派手に綺麗にしたいんだ」
長治郎はまた一つため息をついた。先刻より短いため息だった。
「呑もうぜゴンちゃん。明日に向けての前哨戦と行こうじゃないか」
「ほっほっほ、なんならおとつい呑んだばっかりじゃあないかね」
やがて二人も散っていき、鳥居前の広場には夕暮れと静寂が訪れた。
とん、と軽い衝撃が尻に響いた。最後の鳥居を越え、神輿が地面に下ろされたようだ。少し酔ったのか軽い吐き気がある。扉が開くとしゃがみ込んでもなお大きい清水の巨体が四角に切り取られて見えた。後ろから真っ赤な夕暮れが後光のように差し込んでくる。明るさに目が慣れるまで少し掛かった。
「ちいと揺れたろう、すまんね」
「いえ…それほどじゃなかったです」
ありがとうございます、と伝えて神輿を降りた。
ここは山の中腹にある神社境内の入口。立ち上がって清水の隣に立つと、眼下には夕暮れに照らされて橙色に輝く稲穂の海が広がっている。幾万もの稲が風に揺られ、まるで本物の波立つ海のようだった。村の誇りである水田が作り上げる美しい眺めだ。だがどこか──。
(赤い…夕暮れの赤が鮮やかすぎる…ような)
「良い眺めだねぇ…おっと、流石にアラガミ様の御前だ、これ以上は俺の独り言って事にしとくかね」
快活に笑って清水は歩き始める。将太郎は首を小さく振ってその後に続いた。
石畳を少し歩けば、目的地である朱色の小さな社が見えてきた。その両手にはまるで忠実な家臣のように二本のイチョウが佇んでいる。山が遊び場の将太郎は幾度となくここに来ているが──もちろん普段社に入るのは禁じられているし入ったことはない──何度見ても絵になる眺めだ。社の壁の朱は鮮やかな色艶を保ち、屋根の緑青も美しい。イチョウの黄緑が良いコントラストを作っている。
「さて」
清水は社へ向かいながらぺらぺらと話し始めた。
「中にはキャンプ用の灯りが二つあるんだっけな。布団は隅っこに畳んである。閂はちと重いがその代わり頑丈だ。忘れずにかけた方が安心だなぁ。どうしても用を足したくなったら…木箱と袋があったはずだ……それぐらいかね」
やがて二人は社の目の前にたどり着く。清水は階段をとんとんと登り、扉を開けた。社の中に夕暮れの日差しが差し込むと、その奥で何かがきらりと光った。それと同時に木とカビの匂いがふわりと漂ってくる。
(それだけじゃない…あのとき…神輿に乗るときに少し嗅いだあの獣の臭いも)
将太郎は顔をしかめる。小さい頃から山は好きだ。だからそこにあふれる狸や鹿や熊の臭いも決して嫌いではない。
(でもこれはなんの獣だか少しもわからない…なんだか不安になる臭いだ)
隣では階段を降りてきた清水が社に向き直り、目を閉じて何か唱えている。記憶が正しければ無事に贄を奉納するのでご確認ください、というような内容だったはずだ。最後の祝詞はものの数十秒で終わった。後は将太郎が社に入って一つ夜を明かすだけだ。
「明日は日が出るころに到着しようかねぇ」
清水はそう呟いて、元来た道を引き返していく。心細くなった将太郎はこっそり振り向いて帰っていく清水を見送っていたが、大股でのしのし歩く彼の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
日は今にも沈みそうだ。時刻はおおよそ一九時前だろうか。境内が真っ赤に染まっている。少し風が強くなった。葉擦れの音がやけに大きく感じる。
(人の声みたい…いや、やめよう)
将太郎は生唾をごくりと飲み込んで、階段の上、社の中へ踏み込んだ。
キャンプ用ランタンは入ってすぐ右手にあった。扉を閉めないうちにそれを付ける。ツマミを回すと小さいランタンの割には明るい光がぱっと点いた。驚いたことにLEDのランタンだ。てっきり良くて白熱球、もしかしたら灯油ランタンが登場するかもしれないと思っていた。無機質で冷たい白い光が今は無性に暖かく頼もしい。扉を閉めて、閂をかける。ずっしりとしてなめらかな手触りの角材は、動かすのに少々手こずった。それから念のためにともう一つのランタンも確かめたが、これも問題はなさそうだ。片方は消して、最初に点けたランタンを部屋の真ん中に置く。部屋の四隅はまだぼんやりと薄暗い。見渡すと思ったより広い部屋だった。軽く十五畳ほどはあるだろうか。奥の隅には畳まれた布団と枕、それから小さな木箱が置いてある。その隣、正面の壁の真ん中には小さな台座があった。
(お供え物か何かかな?)
しかしやけに静かだ。気密性が高いのか、先ほどまでの風と葉擦れの音が扉を閉めると全く聞こえない。まるで社の中に追い立てられたようだと将太郎は思った。不自然に思えるほどの静寂がずっしりと重い。
(…早々に寝てしまおう)
まだ寝るには早いだろうが、部屋に立ちこめたこの奇妙な雰囲気は将太郎にはどうにも耐えがたかった。
そうと決まれば寝床の準備だ。昔ながらの白い布団は触れてみると確かに少々湿っぽかった。しかし敷き布団を広げてみればカビも虫食いも見当たらない綺麗なもの。枕と掛け布団も真っ白で清潔だ。もっとぼろぼろの寝床を想像していた将太郎は拍子抜けした。
「さてと……」
床に就こうとした将太郎の視界に、あるものが映る。部屋の奥にある台座だ。その上に置いてあったのはお供え物ではなかった。
「鏡…?」
台座の上のそれは鏡だった。扉を開けたときにきらりと光ったのはこれだったに違いない。大きな丸皿のような鏡には傷一つ無く、天井の木目を反射している。
「なんか変な形だな…」
薄暗闇にぼんやりと見える丸い鏡は中央が四角に抜けていて、古銭のような形をしている。何かの祭具だろうか。目を凝らすが自分がランタンの影になってよく見えない。将太郎は足元のランタンを持ち上げ鏡にかざした。
「あ……」
将太郎は絶句した。
血のように強烈な赤黒い色が目に飛び込んできたのだ。忘れようもない、あの異形が全身に纏っていた札のどす黒い赤だ。
鏡は中央に穴が開いていたのではない。札が貼り付けられていたのだ。赤い地に黒々とした文字。間違いなくあの札だった。
思わず将太郎は後ずさりする。
「う、うわ」
踵に布団が引っかかって体勢を崩してしまった。ランタンを腹に抱え込んで尻餅をつくと、綿の掛け布団がぼすっと鈍い音を上げた。
「……」
音だ。音がした。今回はあの時のような不気味な静けさは訪れなかった。思わず布団をぎゅっと握りしめると、衣擦れの音がする。掌で叩くと詰まった綿がたんたんと返事をした。
(だ、大丈夫、大丈夫…)
「だいじょうぶ…」
ぼそりと唱える。声も無事に出た。心臓が落ち着いてくる。心拍が遅くなっていくのがはっきりと感じられる。大丈夫だ。あの時のようにはならない。将太郎は元気づき、ゆっくりと頭を上げて鏡へ視線を戻す。相変わらず札は貼ってあるままだが、それだけだ。今度は敢えて素早く、何事もなかったかのように部屋を見渡す。どこにも老婆はいない。天井にも、床にも。
(…僕が今よりもっと小さいときに、なにかの儀式でこの鏡の御札を見たことがあるのかも…それで御水屋のあれは何か…何かのきっかけで、変な形で頭が思い出した、きっとそうだ)
これ以上妙なものが目に入らないよう、将太郎はいそいそと布団に潜り込む。あとはランタンのツマミを逆に回して灯りを消して、それで目を閉じるだけだ。
ツマミをぐるりと回す。白い光が消える。その間の瞬間に、横になった視界の片隅に、将太郎は見てしまった。
鏡に貼られていたはずの札が、忽然と姿を消していた。
かさり。
紙の擦れる音が鳴った。すぐ横だ。冷や水を浴びせられたように一気に全身が冷えていくのを感じる。音は同じ音なのに、今度はほっとしないどころかみぞおちに氷を押し込まれたような気分だ。夏の夜中に布団に包まれているはずの体はがたがたと震え、じっとりと、しかし止めどなくわき出てくる冷や汗で濡れている。将太郎は今ぎゅっと目をつぶっていた。
「────……」
絶対に何かがいる。最初に老婆を見たときと同じだ。あの雰囲気。静けさの向こうで、この世界のものではない何かが確かに息をしているという確信がある。
「──……──…」
遂に息づかいが聞こえはじめた。その『何か』が静けさの壁を越えた。静けさを越えてこちらの世界に入ってきたのだと悟る。
次第に息づかいが近づいてくる。最初は微かだったのがゆっくりと大きくなっていく。あの異形の顔が将太郎の顔に近づいてきているのを想像するだけで失禁してしまいそうだ。
「──!─…!」
いまや『それ』は恐らく将太郎の目と鼻の先。獲物を狙う獣のようなざらついた息づかいが耳元で響いている。それどころか生ぬるい吐息が首に掛かってきた。もう限界だった。
「う、うう…っ」
将太郎は布団から素早く手を出し、すぐ横にあるランタンを探し当てる。目を閉じたまま手探りでツマミを見つけ、一気にぐるりと回した。
瞼の裏がぱっと明るくなる。途端に何者かの気配がひっこんだ。だがそれでも安心はできない。将太郎は掛け布団を頭までひっかぶり、ほの明るく息苦しい空間の中でじっと体の震えが収まるのを待った。
何秒、何分、いや何時間だろうか、将太郎はずっとそうしていた。そのまま寝られたらいいのにと思ったがとても眠れる気分ではない。息苦しさにもやがて限界が来る。なんとか震えの収まった両手で掛け布団をずらして頭を出すと、ひんやりとした空気がダムを開いたように肺に流れ込んだ。当然目は閉じたままだ。ランタンに瞼を照らされたまましばらく呼吸を整える。熱気で湿っていた顔や手もしばらくすると乾いてすべすべになった。なめらかな布団の布地が肌に心地よい。
(いない、いない…きっといないさ、気配も消えた)
あの息づかいは消えた。吐息も感じない。あれは去ったに違いない。将太郎は大きく息を吸い込んで、少し息を止めて、それから大きく息を吐いた。そうするとなんだか急に疲れがやってきた。
(あれだけ緊張してたんだ、当たり前だよ)
波が押し寄せるように眠気がやってくる。瞼の裏を赤く照らすランタンが煩わしい。灯りを消して、さっさと寝てしまおう。
(すぐに寝ちゃえば幽霊やお化けなんていてもいなくてもおんなじさ)
手を横に伸ばしてランタンを探す。なかなか見つからない。手を横に振ってもなめらかな木の床の手触りを感じるだけだ。もっと奥だろうか。ぐっと手を伸ばして振ってみてもやはり見つからない。体を布団からはみ出させても手はランタンを探し当てなかった。
(ああもう)
しびれを切らした将太郎はぱちりと目を開けた。
視界いっぱいに、女の顔が広がっていた。
「……ひ、いっ………」
文字通り目と鼻の先に異形の顔があった。赤黒い札、土気色の顔。ぼさぼさで黒い髪の毛が将太郎の顔に垂れている。胸より下は上の方へ伸び、暗がりに潜んでよく見えない。天井からぶら下がるようなあり得ない体勢だ。気がつくと将太郎はしょろしょろと尿を垂れ流していた。股の方の布団がじんわりと湿るが、無論そんなことを気にする余裕はない。
「あ…あぁ……」
異形の顔に貼られた札が、ゆらゆらと揺れ始める。顎の方から剥がれ始めているのだ。将太郎はしびれた頭で直感的に理解する。この赤黒い札は化け物を封じていたものだったのだ。それが剥がれるということはつまり──。
かさり。札が将太郎の顔に落ち、鼻先、それから眉頭を滑って枕に落ちた。獣の臭いがした。
「ひひ、ひひひっ…ひひひひひひひひひひひっ」
異形はぎらぎらと黄金色の双眸を光らせて笑っていた。老婆ではなく初老の女の顔だったが、禍々しい笑みは間違いなくあの異形のものだ。目を細め、牙をむき出しにして、にたにたと──いや、今やげらげらと笑っている。将太郎は頭だけでなく全身がじんわりとしびれていくのを感じていた。金縛りに近い感覚だ。恐怖が限界を超えて、そう、あの蝶番のように限界を超えてしまって体がばかになり、ぐにゃぐにゃの肉人形になっていくようだった。
「ひ、ひひひっ…」
異形は笑うのをやめて将太郎をじっと見据える。そうして顔を近づけてくる。もともと近かった顔と顔がもっと近づく。黄金色の瞳が将太郎を射すくめたままにゆっくりと大きくなっていく。鼻先が触れるか触れないかというところで、突然女は大きくふうっと息を吐いた。生温かい吐息が将太郎の顔に掛かる。むせかえるほどに濃いあの獣の臭いが小さな鼻腔に充満する。それと同時に将太郎の腰の辺りに金縛りとは違う、じんわりとした甘いしびれが走った。
「あっ……?」
再び尿を漏らしてしまったようだった。だが先の失禁とは違い、妙にとろりとした何かがとくとくと心拍を打つように尿道口から漏れ出している。それが精通である事を将太郎は知らなかった。もちろん、その初めてが恐ろしくいびつな形で訪れてしまったことも。
かさ、かさり。今度は体の下の方から音がした。辛うじて動く目で腹の方を見やれば、女の体から剥がれた赤黒い札が幾枚も落ちてきていた。事態は悪い方向に向かっている。本能的にそう理解できる。
女はまた息を吐いた。口を獲物の鼻元に近づけて逃げられないようにして、徹底的に鼻を犯してくる。先ほどよりも長い息だった。体に力が入らず息を止める事もできない将太郎は、その吐息をまともに吸い込むしかない。まるで呼吸を交換しているかのようだ。
「あ、ああぁ…」
またあの甘いしびれが来た。柔らかいままの陰茎が力なく震え、尿を失禁するように精液を漏らす。恐怖と快楽とに同時に支配され、将太郎の頭は混乱している。異形はまだ息を吐くのをやめない。精液も栓が抜けたかのようにとろとろとこぼれ続ける。布団の中、既に袴の尻の方は溜まった精液でどろどろで、股ぐらの前にも後ろにも大きな濡れ染みができていた。
かさり、かさり。止めどなく赤い札が剥がれ落ち、まるで雪のように将太郎の体に降り注ぐ。不思議なことにそれにつれて女の顔はどんどんと若返り、その双眸も輝きを増していく。
数十秒ほどは吐息を浴びせられただろうか。女はようやく息を吸い始め、またすぐにだめ押しのごとくもう一吐きする。もはや女の口は将太郎の鼻に触れんばかりで、直接その肺に息を吹き込んでいるようだった。
「うぐ…」
将太郎の小さな体はぐったりとして、その呼吸ははあはあと荒い。頬も紅潮している。焦茶色の瞳は初めての快感に曇り、据わってしまって動かない。異形の女に見つめられながら、少年は脱力した体を小さく震わせてひたすら精液を吐き出し続ける。異様で背徳的な光景だった。
やがて射精の勢いが収まりはじめた。垂れ流しだった精液が途切れ途切れになり、止まる。
異形の全身を覆っていた札はもはや半分もない。頭には先ほどまでは無かった大きな角が生えていた。禍々しく捻れたそれは一突きでヒグマも殺せそうな重厚さだ。歳は初老だったのが二十ほどの娘に若返り、土気色でしわだらけだった肌は不気味ながらも瑞々しい翡翠色に変貌を遂げている。腹側の札はほぼ全て剥がれ落ち、柔らかそうな胸が重力で垂れて少年の目の前に惜しげも無く晒されていた。一方将太郎の上には幾枚もの札が積もり重なり、白かった布団を真っ赤に染め上げている。
不意に将太郎の右の耳元で、どすんと鈍い音が鳴る。見れば、毛皮から鋭く分厚い爪の覗く巨大な手が自分の顔のすぐ横に据えられていた。熊の手にも見えるがしかしどんな獣とも違う、化け物の手だ。掌だけで人の赤ん坊ほどはあろうか。化け物は肩までは人のなりをしているが、それより先の腕は異様に大きくまた太く、そして厚い毛皮を纏っている。みしみしと軋む無垢の床は、化け物が遂に質量を持ってこの世にやってきたことを示していた。
(おおきな…蜘蛛…?)
部屋の壁にはランタンの光でできた影が映っている。それを見るに女の体の背後には何かとてつもなく巨大な塊があって、それからさらに幾本もの脚か何かが生えているようだった。化け物が足踏みをすると爪が床に打ち付けられ、硬質で重い音が打楽器の重奏のように鳴り響く。
現実離れした状況をぼんやりと眺めていると、女は巨大な手をおもむろに床から浮かせた。それは床を撫で布団を這い、その鋭利な爪を将太郎の首の裏に潜り込ませる。分厚くずっしりとした爪は冷たくなめらかで、その根元を覆う黒々とした毛皮はネコヤナギの花穂のようにふわふわとしていた。首筋を撫でるこの世のものとは思えない感触に、将太郎は思わずぶるりと身震いする。直後、左腰と敷き布団の間にも同じような感触が潜り込んで、次の瞬間将太郎の体はふわりと空中に持ち上がった。掛け布団はいつの間にかどこかによけられている。
化け物の腕に力が入り、少年の体を抱き寄せる。体と体が密着した。女の上体は並の男どころかあの清水よりも大きく、将太郎の胸は女の鎖骨に、腰は豊満な胸に押し当てられる格好になる。
(やわらかい…あったかい…)
少年の小さな体躯はまるで型でも取るかのようにみっちりと化け物の女体に包み込まれてしまった。死人のような体色とは裏腹に女の身体はほんのりと温かい。つきたての餅のような柔らかさの奥に屈強な筋肉が走っているのがはっきりと感じられる。
(…きもち、いい……?)
抱擁はきつくもゆるくもなく、温かい布団に包まれたような感覚に将太郎は脱力してしまう。恐怖がゆっくりと快楽に取って代わられていく。
女が体を起こすと、将太郎の体も起き上がる。そのまま体を持ち上げられ、やがてその足先が布団を離れてふわりと浮くと、白い袴の中に溜まっていた大量の精液が裾からどろりとこぼれて垂れ落ちた。敷き布団の上にじんわりと広がっていく精液だまりからはほかほかとした熱気と湿り気、そして少年が嗅いだことのない青臭い匂いが漂っている。
女は左手で将太郎の小さな頭をがっしりと抱え込み、右手で背中を支えている。脚も逃げられないよう巨大な蜘蛛の前顎で押さえつけられているが、将太郎の視界は妖しげな笑みを浮かべる女の顔に占拠されており他に何も見えない。
れろりと女の口から舌が出てきた。大きく長いそれは毒々しい紫に染まり、唾液でぬらぬらと光っている。先から唾液が糸を引いて垂れた。女はそのまま顔を近づけ、将太郎の右頬を舐めあげる。
「うぅ…」
温かくぬめぬめとした舌の感触に背筋がぞくりと震える。先刻の吐息が僅かに鼻腔をくすぐり、未熟な肉棒は期待するようにひくりと跳ねた。女は右頬だけでは満足せず、鼻先、額や左頬をべろべろと舐め回す。頭はいつの間にか両の手で押さえつけられ、顔を背けることもできない。少年のまだ幼さの残る顔は徹底的に舐め回され、しゃぶりつかれ、蹂躙されていく。柔らかくねっとりとした紫の舌が顔中を這い回り、たちまち将太郎の顔はよだれまみれにされてしまった。顔中に唾液をすりこまれ淫靡な匂いをこすりつけられて陰茎はびくびくと震えたが、もう撃ち止めなのかこぼれた精液は僅かだ。
舌の愛撫は長く続いた。餌が無くなっても皿を舐め続ける犬のように、女は将太郎の顔を貪り続ける。将太郎はといえば時折体をひくひくと痙攣させるだけで、一切されるがままになってしまっている。壊れた蛇口のようだった小さな陰茎は今や力なく震えるのみで、白濁はおろか透明なつゆさえ一滴も出てこない。
「…ひひっ」
女の笑い声が惚けていた頭を現実に引き戻す。将太郎はくらくらと揺れる視界の真ん中に異形の女のにやけ顔を捉えた。女はいやらしい音を立てながら舌をしまい、口を開く。
「浮舟のガキか…なんとなんと、憎たらしいのぅ」
「………っ!」
首筋に鳥肌がたつ。なめらかだがどこか掠れている声。ざらついているのにどこか耳に心地良い声。今まで聞いたどの声とも似ていないそれは、鼓膜を通っただけで思考をぼんやりと曇らせていく。
「僥倖、僥倖よ。憎たらしいあの男に封じられて幾百年…」
女は機嫌が良いのか、にやにやと笑いながら饒舌に喋る。囁くように小さいのに、やけにはっきりと聞こえてくる。まるで頭の中で喋られているようだ。
「まさか他でもない彼奴の血筋に助けられるとはなぁ………きひひひっ」
笑うと同時に女の瞳がきらりと妖しく光った。瞬間、立ちくらみのように頭がぼうっとする。視界の中で金色の瞳だけがくっきりと輝いて、そこから目が離せない。
「ほれ、精をよこせ」
「あ、ああ…ふあぁ…」
自らの白濁で汚れた陰茎が、再び精液を吐き出そうとひくひくと震えた。もちろん震えるだけで何も出ては来ない。だが射精どころか勃起してもいないのに、快楽だけは背筋を走る。精液ではなく精を抜き取られている事など、将太郎にはわかるはずもない。恐怖はすべて快感で塗りつぶされてしまったのか、その顔はすっかり蕩けてしまっていた。
「ひひ…可愛いのう…」
呟きながらも女の瞳はきらきらと妖しい光を浮かべている。当然将太郎は視線を逸らす事もできず、柔らかく大きな女体に包まれたまま精を捧げ続ける。快楽の眼差しに浮かされ、蜘蛛の異形と見つめ合ったまま体を震わせているのだ。
不意に女が顔を近づけてきた。あっという間に唇と唇が触れあい、女の長く大きな舌が少年の口の中に侵入してくる。蛇のようなそれは歯茎を軽くなでてから上あご、頬の裏を舐め回し、そして舌に絡みついた。彼の小さな口は侵入者を拒むこともできないままに容赦なくなぶられていく。口が塞がれているので鼻で息をしようとすると、むせかえるような淫臭が鼻腔に充満した。
「ん、んんん…んく…ん…く……」
女の口からは唾液がたっぷりと送り込まれ、将太郎も抵抗せずにそれを飲み込む。唾液はほんのりと甘くとろとろとしていて、少年がいままで口にしたどんな飲み物よりも甘美な味をしていた。身体だけでなく臓物まで彼女に包まれているような錯覚が将太郎を襲う。肺もはらわたも、ゆっくりとこの異形に溺れていく。
やがて女はゆっくりと舌を引き抜きはじめた。異形の快楽に魅了されてしまった少年は、いまや無意識に彼女の舌に吸い付いてしまっている。まるで娼婦が男根を吸うように、少年の唇が太くぬめった舌を扱いていく。舌が全て引き抜かれると、名残を惜しむかのように唇同士が銀糸でつながった。少年の喉が上下するのをめざとく見つけ、異形の女はにんまりと笑う。
「ひひ…せっかくご先祖様がやっとの思いでこの大蜘蛛を封印してくれたのにのう…」
ふわふわとした頭に女の声が響く。最早その言葉の意味の半分も将太郎には理解できていない。
「…すけべ小僧め…封を解きおった上に…ひひひっ、儂のよだれに夢中か?」
「うう…な、に……」
何を訊かれているんだろう?必死に考えようとするが頭が全く回転しない。妖しい声と瞳、そして口づけで蕩けてしまった今、正常な思考など働くわけがなかった。
「おう、よいよい解らずとも…お前は身も心も蕩けておればそれでよい…お?」
気づけば胸に押しつけられた腰の辺りに抵抗を感じる。先ほどまで柔らかいままだった陰茎が充血し、いじらしい主張をはじめているのだった。勃ちかけのそれは精液でどろどろに汚れた袴の上から乳房に押さえつけられ、苦しそうに震えている。女はにやりと笑って舌なめずりした。
「ふむ…子供には強すぎたかの?ここまで速く効くとは…」
そう言うと女は将太郎の袴の帯に爪をかける。少し力を入れただけで絹の帯は豆腐に包丁を入れるように裂けてはらりとほどけてしまった。小便やら精液やらですっかり重くなった袴はそれだけでずり落ちはじめる。しかし女は待ちきれないようで、蜘蛛の前顎を袴に引っかけ無理矢理ずり下ろした。
「…あっ…まっ、てぇ…っ」
すっかり勃起した男根は袴から飛び出すと同時に上に跳ね、女の豊満な乳の間に挟み込まれてしまった。精液まみれでぬるぬるのそれは何をされずとも谷間の奥へ奥へと飲み込まれていく。
「ひひ。待てとな?しかし腰のそれは…ひひひ、自ら挟まれにきておるようだのう?」
意地悪な顔で女は囁くが、将太郎はもうそれどころではない。年相応の小さい肉棒は竿の根元から亀頭の先まで乳に飲み込まれてしまい、温かく柔らかい肉に甘く締め付けられている。動かされてもいないのに、そして精液はすでに涸れるまで搾られたはずなのに、腰の奥から何かがせり上がってきた。将太郎の細い両腕が無意識のうちに女のがっしりとした背中に回される。
「ふあ…あああぁ……ん、ぅっ…」
肉棒がびくんと跳ねた。勢いよく精液が狭い道を通り、外へ放たれる。亀頭の辺りが放たれた精液でじんと熱くなっていく。先ほどまでの失禁のような射精とは違い、まるで鉄砲水のような勢いで白濁が吐き出される。粘ついた精液が大きく膨らんだ肉棒を通っていく感覚は初めてで、ただでさえ霧の掛かっていた頭が真っ白に染まってしまう。搾精とは違う、勃起してする初めての射精。それが妖魔の胸の中でというのだから、快楽に耐性などない少年が正気でいられる筈がない。
「…っ……は、うぅ……」
蕩けきって半開きの口からよだれがとろりと垂れた。焦茶色の瞳は快楽に濁り、女の眼差しに魅入られたまま動かない。収まりきらなかった精液が翡翠色をした胸の隙間から玉になってあふれる。
「おうおう、たっくさん出しおったの…乳が孕んでしまいそうじゃ」
女は快楽に堕ちてしまった小さな人間と、精液で汚された自分の胸を交互に見つめる。全身と同じく翡翠色の頬は心なしか赤く染まり、息もやや荒い。
「…くふふ…まっこと可愛いのぅ…」
女は熱っぽい声で呟くと、再び紫の舌を出す。しなやかに伸びるそれはまず将太郎の口の端からこぼれる唾液を舐め、ついで胸に吐き出された精液を舐め取りに掛かった。
「ん…うまい」
ぴちゃぴちゃと淫猥な音を立てながら、紫色の舌が乳房の上を這って綺麗にしていく。精液を舐め取っては口に運び、舐め取っては口に運ぶその繰り返し。舌は谷間の奥にまで入り込んで、白濁にまみれて口へ戻っていく。視線の呪縛が解かれた将太郎の瞳は、今度はその淫らな光景に釘付けになった。無論肉棒はまだ乳肉に挟まれたままで、相変わらずとろけそうな感触に甘やかされ続けている。こんな状況では勃起は到底収まりそうにない。精液を綺麗に舐め取り終えた女は嬉しそうに笑った。
「んひひ♪元気だのぅ、もう一度胸で果てるか?ひひ、好きなだけ…たぁんと甘えていいぞ?」
背中に先ほどまでとは違う硬質な感触が押し当てられた。蜘蛛の脚が背に一本あてがわれたのだが、もちろんそんなことは将太郎の目には入らない。女は自由になった両腕を自らの胸に横から押し当て、おもむろに圧迫しはじめた。
「あ…っ…」
途端に将太郎の顔が快感の色に染まる。もっちりとした乳房が肉棒全体をじわじわと締め付けはじめたのだ。それだけで少年は快楽に喘いでしまう。予想通りといった様子で女はにんまりと笑った。
「そう急くな小僧…お楽しみはこれからだのに…」
そう言うなり、女は両腕をゆったりと上下に動かしはじめた。
「あっ、あ、ああぁ…っ」
両の乳房は先刻の『掃除』によって、淫毒を含んだ唾液でぬるぬるだ。そのぬめった乳肉で竿から亀頭までをゆっくりと擦り上げられると、緩慢な動きでもあっという間に射精感を高められてしまう。
「ま、また…でる…」
「ひひひっ♪出せ出せ…ほれ、はようしろ♪」
女がぬるぬるの乳房をぐっと下にずらすと、中から桃色に膨れた亀頭が露わになった。そのままとどめとばかりに両腕に力が込められ、一際強い締め付けが肉棒を襲う。
「あ…すご…♪」
将太郎がうわごとのように呟くやいなや、亀頭が大きく膨らんでびくりと跳ねた。今度は空中に向かって白濁がはぜる。大量の精液が放尿のように放物線を描いて飛び出し、女の髪や顔、胸にかかって汚した。一度、二度、三度。亀頭が苦しそうに跳ねる度に熱い白濁が勢いよく放たれ、女の上体に白いレースをかけていく。粘っこい精液は髪や肌にべったりと張り付いたまま垂れ落ちもしない。四度目の律動で白濁が女の右目にかかった。すぐに舌が伸び、瞼にのった精液をべろりと舐め取る。喉元をこくりと上下させてそれを飲み下すと、女は満足げににやりと笑って将太郎の頭を軽くはたいた。
「くひひっ♪罰あたりめ…アラガミ様の顔に精液を引っかけるとは」
「…ご、ごめん、なさい…?」
訳もわからず謝る将太郎を、異形は愛おしそうに見つめる。強靱な両腕を今度は将太郎の両脇に差し込み、同時に前顎を開いた。女が腕を伸ばすと少年の小さな体はぶらりと薄暗闇に宙づりになる。二つの躰の間には唾液や精液の糸がかかった。
「あ…」
ついさっきまで自分を包み込んでいた温かく柔らかな肉の感覚がなくなり、思わず将太郎は表情を曇らせる。
「んふ♪切ない顔をしおって…案ずるな、出すものには出す場所があるというだけの話」
「わ、うわ……な、なにこれ…」
女はそう言うなり身をかがめ、将太郎を床に寝かせる。しかし背中に触れるのはそこにあるはずの湿った布団ではなかった。ぶにぶにとした妙な弾力のある感触。冷えて固まりはじめた餅のようだ。手で触れてみるとねばねばとしていて、耳たぶのような硬さをしている。
「小便くさい寝床は嫌じゃろうと思うての…儂の住処じゃ。これで時の流れも気にせずまぐわえるのう、ふひひ♪」
気づけばランタンの白い灯りは消え、その代わりに蝋燭の橙色の灯りがそこかしこでゆらゆら揺れている。余りにも非現実的な状況に頭の理解が追いつかない。それでなくても強すぎる快楽をたたき込まれたせいで思考がふわふわしているのだ、将太郎はまさしく狐につままれたような顔をしていた。女はそんな様子を眺めてにやにやと笑っている。
「…あ…あれ…?」
ふと気がつくと右手が全く動かない。先ほど触れた床はどうやら鳥もちのようになっているようで、どれだけ引っ張っても少し伸びるだけで全く離れない。踏ん張ろうと思わずもう片方の手も床についてしまい、あっという間に床の磔になってしまった。鳥もちめいたそれは蜘蛛の異形が吐き出した糸で織られた寝床だ。作り手以外は触れてしまえば最後どれだけもがいても逃れられない、文字通りの蜘蛛の巣。
(…にげないと)
しかし腕を動かそうものならますます蜘蛛の糸がまとわりつき、身動きが取れなくなっていく。快楽に惚けていた顔に少しだけ恐怖の色が戻った。胴体は白装束を纏っているのでその中で辛うじて動かせるが、両手と頭はべったりと蜘蛛の巣に絡め取られておりびくともしない。首も動かせない状況に恐怖がつのり、頭がパニックに陥りはじめる。
「た、たすけ──」
「これ、よそ見をするな」
声と同時に影が落ちる。見上げると巨大な体躯の上であの異形の顔がこちらを見下ろしていた。その全身を観察するのは初めてであったので、将太郎は大きな蜘蛛の形をした異形をまじまじと眺める。
巨大な毛むくじゃらの蜘蛛。その腹の上には蜘蛛の頭の代わりに人間の女の上半身が乗っている。海外の童話に出てくるケンタウロスのようだと将太郎は思った。体の表面にはまだ所々あの赤い札が貼り付けられているが、どれも端の方から剥がれかけてひらひらと揺れている。しかしそんなことは気にならない。既に将太郎の目は──。
(きれいで…見てるだけで、どきどきする……)
女のそのなまめかしい顔と躰に釘付けになっていた。村には同じ年代の女子などいなかった。夜這いなどの風習もないごく一般的な村で、一人だけの子供として育った将太郎に女性経験などあるわけがない。もちろんなまめかしいなどという形容を知るはずもなかった。しかしその幼い体は本能に刻みつけられた反応として、心臓の拍動を速め、顔を上気させ、男根を再び大きく膨らませはじめている。
「そうそう、それでよい…」
異形はべたつく蜘蛛の糸の床を滑るように動き、蜘蛛の体で将太郎の体に覆い被さって来る。人間の体の股に当たる部分が丁度将太郎の目の前に差し出された。
「…………くひひっ」
女は妖しげに笑う。股は牛か何かの頭蓋骨で隠されており、奥に何が潜んでいるかは見えない。それでもその隠された『何か』があるということははっきりと感じられた。そこからは明らかにほかほかとした熱気が放たれており、それと一緒にあの濃い獣の匂いも漂っている。それを嗅いだだけで小さな肉棒はひくりと反応し、その口からは先ほどの射精で残っていた精液がにじみ出した。まるで条件反射だ。
ぽたりと、少年の下腹部に何かが垂れる。見ると、透明な粘液が頭蓋骨の口から糸を引いて垂れ落ちてきていた。牛の骸骨がよだれを垂らしているかのように見える。
「小僧、盛りのついた雌牛を見たことがあるか…?」
「へ…?」
唐突な問に将太郎はぽかんとする。そもそも盛りのつくという言葉がよくわからない。女は軽く笑って続ける。
「あれはそうなると股からつゆをだらだらと垂れ流しはじめるのよのぅ、ほれ丁度…ひひ、こんな風に…」
「………っ!」
女は大きな掌で骸骨を鷲掴みにし、横へずらす。その奥に隠されていたものが露わになる。濡れそぼった黒い毛の奥で蠢く、桃色の肉。いくつも重なった襞がぐちゅぐちゅと音を立てて絡み合い、誘うようにゆっくりと開いたり狭まったりを繰り返している。開く度に奥からはどろりと透明な粘液があふれ、下に垂れ落ちて将太郎の腹を汚す。とろみのついたそれは温かいというよりかはむしろ熱い。
「失礼だとは思わんか?それでついたあだ名が牛の鬼、ウシオニじゃと…」
粘液はへそに腹にと垂れ落ち、あふれて床へこぼれ落ちる。粘液自体が熱いのに加え、触れた部分がじんじんと疼き始めた。
「…やれやれ…すでに聞こえてはおらんかの?」
しゃべり続ける女をよそに、将太郎の視線は妖しく蠢く肉筒にすっかり奪われてしまっている。まるでズームアップしたかのように、それしか目に入っていない。息を荒くして瞬きもせずにじっと女陰に見入っている。肉棒は心臓に合わせてゆらゆらと揺れ、時折蜘蛛の柔らかい腹をかすめてひくりと跳ねる。先端からはウシオニほどではないが先走りがあふれ、乾きはじめていた亀頭を再び濡らしていた。
「んふ…先に言っておくが」
ウシオニはするすると体を後退させ、愛液をこぼし続けるその股ぐらを肉棒の真上にぴたりと据えた。
「『こっち』の効きは…」
ウシオニは腰を下ろし始めた。ゆっくりと肉壺の入口が下がって、肉棒へ近づいていく。愛液で繋がっていた二つの体が徐々に近づき、やがて触れるか触れないかというところでぴたりと止まった。その間も女陰は愛液をあふれさせ続け、亀頭から竿までをどろどろに汚している。将太郎の息は目に見えてさらに荒くなり、走り回った犬のような呼吸だ。何をされているのかもわかっていないのに、目だけを動かして今にも繋がりそうな凹と凸をまじまじと見つめている。
「よだれの比ではないから……のっ♪」
「あっ…ふあ、あああぁ……っ♪」
ウシオニは一気に腰を沈めた。肉棒がにゅるんと飲み込まれる。熱い肉壁が肉棒をずっぷりと包み込み、大量に備わった襞をざわざわと動かして侵入者に愛液を塗り込む。腰を動かされてもいないのに膣自体がなまめかしく蠢き、はやく射精しろといわんばかりに肉棒を虐めるのだ。発情した女性器を散々見せつけられて興奮していた少年に我慢ができるはずもなかった。
「………っ…」
もう声も出ない。僅かに見える肉棒の根本がどくどくと膨れ、中に精液を注ぎ込んでいることを示している。目には見えないが先ほどまでのどの射精よりも大量に精液を放っているのがはっきりと感じられた。無意識に目をつむろうとするとウシオニの手で無理矢理瞼を開かせられ、ぎらぎらと輝く双眸と視線を合わせることを強制される。
「まだじゃ、出せ」
「〜〜っ…」
命令されただけで収まりかけていた射精の勢いが戻る。膣の中で肉棒がびくびくと暴れて、捧げ物のように精液をまき散らす。吐き出された精液は出た先からじゅるじゅると吸われ、奥へ奥へと飲み込まれていく。
「まだまだ」
「あう、ううぅ…!」
無理矢理顔を押さえつけられ目を開かされて、至近距離で搾精の魔眼を見せつけられる。脚がぴんと伸びて腰ががくがくと震え、陰茎から精液が絞り出された。それでも一度に出せる量には限界があるのか射精の勢いは確実に弱まってきている。
「むぅ…もう我慢できん♪」
「ひっ…ひゃあっ…!?」
接合部からじゅぶっと水音がなった。途端に将太郎の顔は快楽に歪む。精液ではなく肉棒そのものに直接吸い付かれたのだ。襞がより強くまとわりつき肉棒に精をねだる。とりわけ亀頭への責めは苛烈だった。雁首の溝に引っかけるように襞が絡みつき、出っ張りを磨くように何度も往復する。雁首を舐め溶かすような動きと赤子の吸啜のような吸い付きを同時にかけられ、再びあっけなく射精が始まった。
「うぅ……も、もう…でな…い…」
「たわけ、出ておるではないか」
その言葉の通り、何度目の射精かにも拘らず肉棒はどぷどぷと精液を吐き出している。呼吸は弱々しく、全身の力も抜けている。それなのに男根だけは大きく膨れ、ウシオニの膣に精液を献上し続けているのだ。
「んふふ…腹もへそも金玉もみーんな愛液まみれにしてやったからのぅ…よだれもごくごく飲んでおったし…臓物もいまごろ子種作りに大忙しじゃろうて♪」
「あ…あぁ…」
話している間にも射精は止まらない。少しでも勢いが衰えようものならすぐに肉襞がぎゅうと竿に抱きつき、亀頭を舐め回して精液を催促する。しかして搾り取られた精液は接合部からあふれ出ることもなく、全てウシオニの腹へ飲み込まれているようだ。
(きもちいいの…とまんない…)
ウシオニはウシオニで顔が赤らみ、息が上がっている。やがて我慢できないといった様子で腰が揺れはじめた。上下に揺さぶったりぐりぐりと腰を捻ったりして、精液を催促している。
「ひゃ、ん……だめっ、それだめぇ…!」
「可愛い…かわいいっ…うひひっ♪」
もはや将太郎の懇願はウシオニの耳には入っていないようだ。自分の体に溺れる獲物が愛おしくてたまらないというように、涙とよだれでぐずぐずになった少年の顔を見つめている。すでにその眼差しには魔力はこもっておらず、快楽と情欲だけに染め上げられていた。
「ん、きもち、いい…きもちい…」
「ふふ、儂もきもちいいぞ小僧…ほらぁ、もっと出して…っ♪」
最早その命令にはいささかの魔力も込められていないのに、自然と将太郎は射精をはじめてしまう。脳味噌はすべて快楽に占領されて、他のことを考える隙間はない。
(きもちいい…もっと…きもちよくなりたい…)
「……」
その目にゆさゆさと揺れる乳房が映る。汗と唾液でぬらぬらと光って、なまめかしく揺れる翡翠色の胸。見ているとあの温かさと柔らかさが脳裏をよぎる。
「ん…小僧、どうした押し黙って…」
もう恥ずかしいという気持ちもない。もっと気持ちよくしてほしい、将太郎の頭にはそれだけだ。
「…さっきの…ぎゅってするやつ、して……?」
「〜〜っ!」
ウシオニの顔は真っ赤に染まる。目尻が下がって口元が緩んで、喉はごくりと生唾を飲み下す。
「も、もう知らんからの?そんな風に誘惑しおって…浮舟のガキのくせに、この儂をっ…」
ウシオニは半ば叫ぶように呟くと、既にほとんどはだけていた白装束を切り裂く。露わになった白くて薄い胸板を、間髪入れず乳房で押しつぶす。体格差のせいでその大きな乳房は顔にまで押しつけられた。獣臭とはまた違う雌の匂いが将太郎の鼻腔に充満する。それだけで肉棒はびくびくと震え、明らかに射精の勢いが増した。
「んふ、ふひひっ♪おっぱいを顔にあてただけで射精か?かわいいのう♪」
「ん…むぐ、むぅ…」
全身が温かい柔肉に包まれたまま、前後にゆさゆさと揺すられる。まるで腹から胸、顔まで性感帯になってしまったようで、揺さぶられている最中にも射精は止まらない。床に固定された両手はいつしかウシオニの両手に絡め取られ、ぎゅっと握りしめられている。射精の波が来る度に指先に力が込められ、まるで恋人同士のように手と手同士がきつく握られる。
「えへへ…恋仲みたいだのぅ♪もう離してやらんからな、ずうっとこのままじゃ♪」
ウシオニが少し体を縮めると、胸の隙間から将太郎の顔がのぞいた。ウシオニは有無も言わさずその幼い唇に吸い付く。将太郎は侵入してきた舌を拒むこともせず、それどころか小さな舌を必死に動かしてウシオニのそれと絡ませようとしはじめた。
「ん…むふ…♪」
ウシオニはにやりと口角を上げ、腰を浮かす。そのまますぐに思い切り腰同士を打ち付けた。
「んぐっ!?」
将太郎は目を白黒させる。もう一度腰が浮く。叩きつける。浮かせて、叩きつける。今までなかった乱暴な責めが、口づけをされたままの将太郎を襲う。口内をねっとりとかき回される刺激と、肉棒を激しくなぶる上下運動の刺激。二つの全く異なる快楽に頭が混乱する。混乱したからといって帰結が変わるわけでもない。再び射精が始まった。
「んぐ、むぐうぅ…!!」
ウシオニは射精の最中も腰ふりをやめない。ぱちゅぱちゅと派手な水音を立てながら、射精が終わるまで陰茎をいたぶり続ける。ところが腰ふりは射精が終わった後も止まらなかった。
「ん、んん〜!!」
ウシオニは変わらず少年の口の中を蹂躙しながら、にやにやと笑っている。間もなく射精が止まったはずの肉棒が再びぶるりと震え、精液を漏らしはじめた。魔眼ではなく単純に暴力的な快楽で導かれた連続射精。少年の腰はかくかくと震え、顔は苦悶に歪む。それでも精液が尿道を通り始めると腰から背中へびりびりと快楽が伝わっていき、頭を真っ白に染め上げた。二度目の射精が収まりはじめるとようやく腰ふりもゆっくりに戻る。将太郎はまるで全力疾走した後のように息が上がっている。口は塞がれているので鼻で大きく呼吸をすると、やはり淫毒を含んだ呼気を思い切り吸い込んでしまった。最初のあれを忘れたかと言わんばかりに失禁めいた射精が始まる。勃起自体は収まっていないのに射精特有の痙攣はなく、精液がゆっくりと肉棒の中を通って外へ押し出されていく。連続射精のすぐ後にだめ押しのように強制吐精。ただでさえくらくらしていた頭にはもはや「きもちいい」さえ浮かばなくなって、赤子のようにただ言語化されない快不快が存在するのみである。いうまでもなく今あるのは快だけだ。放心状態で抵抗はおろか舌を絡め合うこともできなくなった将太郎を前に、ウシオニはようやく長い舌を引き抜いた。長い間繋がった口腔内で温められた紫色のそれからはほかほかと熱気が漂っている。ウシオニは自分の口の周りのよだれを舌なめずりして舐め取り、満足げに笑いながら高らかに宣言する。
「おこがましいぞ小僧。お前はただ求めたものを与えられておればそれでよい」
一方的な提案、というより命令は将太郎の耳に届いても頭には入っていない。過度な快楽に頭が耐えきれずに気絶してしまったのだ。
「儂が口をなぶってやろうという最中に自ら快楽を貪りに来るなど生意気千万…ん、寝てしもうたか」
ウシオニは繋いでいた両手を離し、汗でまとまって顔に掛かった少年の黒髪をやさしくかきあげた。つい先ほどまで快楽に喘いでいたせいか、涙の浮かんだ目尻や気の抜けた眉にその名残が見て取れる。
「………ひひ」
ウシオニは両手を少年の顔に添えて、その蕩けたままの幼い寝顔をじっと見つめる。少年の頬にぽたりとよだれが垂れた。彼女の顔も、まるで鏡写しのように慈愛と情欲で蕩けてしまっている。
「ずうっと一緒じゃ…ふひひ」
女がそう呟くといくつもの蝋燭の灯りがふっと消えた。暗闇には獣と古い血の臭いだけが残った。
男子──そう、男子である。これについて少し詳しく述べねばなるまい。古来日本において人身御供に身を捧げてきたその多くは女子である。これには女、子供が清い存在であるから、若しくは生贄にしても集団にとってリスクが少ないからなど様々な理由が考えられるが──話が本筋と外れるので割愛する。いずれにせよなぜこの村においては男子が生贄とされるのか、その理由が重要だ。
結論から言うと、荒神が女の神なのである。そしてこれは時が経つにつれ忘れ去られていったある決まり事を語る上で忘れてはならないことでもある。
贄の儀式については、以下の通り守らねばならない約束がいくつか存在する。
ひとつ、贄は山に踏み入る前にその身を流水で清めねばならない。
ひとつ、贄は身を清めてから社までの道のりにおいて土を踏んではならない。また誰かと口を開いたり、目を合わせたりしてもいけない。
ひとつ、贄と担ぎ手以外は儀式の晩は山に踏み入ってはならない。
ひとつ、贄は夜が明けて迎えが来るまで自ら社の扉を開け外に出てはならない。
現在村に語り継がれている約束はこの四つであるが、実は先述したようにもう一つだけ、とうに忘れ去られてしまった五つ目の約束事が存在する。それは即ち誰も思い出さなかった、つまり長年にわたり贄が何事もなく山から帰ってこられたことの裏返しでもあるのだが。
ひとつ、贄も担ぎ手も、絶対に赤い女と目を合わせてはならない。
その日はあいにくの雨模様であった。夏の盛りに降る雨にしては蒸すわけでもなく、やけに肌寒い。おかげで川に入って身を清めているうちにすっかり体が冷えてしまった。正絹の白装束は齢十五の少年の体には少し大きかったが、着てみれば袖丈が長いのが冷えた体にありがたい。
「おう、なかなか様になるねぇ将太郎」
陽気な低い声に振り向くと、そこには大柄で色黒な髭男が立っていた。立ち上がったヒグマのような巨体の上で、上機嫌なイヌのような人なつこい顔がにこにこと笑っている。
「おじさ…あっ」
何気なく返事を返そうとして、将太郎ははっとした。身を清めたら社にたどり着くまでの道中誰とも話をしたり目を合わせたりしてはいけないのだった。今のやりとりで清めの効きが切れてはいないだろうか。しまったという顔の少年に、しかし大男は構わず話しかけてくる。
「真面目だねぇ…気にするない、こいつぁ古くさいだけの妙ちきりんな儀式だよ。肝試しみたいなもんさ。アラガミ様なんて本当にいるわけはなかろう?俺が贄のときだってしきたりなんぞ破ってばかりだったが…」
男は両の腕を広げてにやりと笑った。自分の胴ほどはありそうな腕に将太郎は思わず見入る。
「今もこうしてぴんぴんしてるものなぁ…な?そんでどうだ、帯なんかがいっぱいあるけども上手く着られたかい?」
仕来りは破って当然とでもいうようにべらべらと話しかけてくるこの男の名は清水清司。米農家をやっている彼はその巨体に見合う村一番の力持ちで、神輿の担ぎ手を例年任されている。担ぎ手といえば普通は大勢で、本当に小さい神輿を担ぐにも四人は必要だ。だが彼は子供一人入るサイズの神輿を一人で軽々と運んでしまう。昔は若者六人で担いでいたが、ある年担ぎ手の一人が階段を踏み外して以来彼が一人で運ぶことになったのだ。その時に神輿を落とさず持ちこたえたのも清水で、それから一人で担ぐのを提案したのも清水だった。背後には彼の背丈の半分は軽く超える神輿が鎮座しており、それを一人で運んできた清水の剛力を示している。
「……服は大丈夫だと思います。でもええと…やっぱり仕来りは守った方が良いですよ」
「はっはっは…あいや、すまん。ま、準備ができたなら行こうかね。なに、心配しなさんな。村長方がいらっしゃるとこでは流石にわきまえるさ」
そう言うと清水は振り向いてしゃがみ込み、神輿の観音開きの扉を無造作に開ける。これから将太郎は贄としてこの神輿に担がれ、山の中腹にある社まで向かうのだ。清水は立ち上がって扉の前を空け、神輿にもたれかかった。
「さ、乗んなよ」
将太郎はしゃがみ込み神輿の中を覗き込んで固まった。
目の前に──神輿の中に何かがいる。
自分が座るはずの場所に、小柄なヒトの形をした赤い何かがこちらを向いて座っている。見ればその全身の赤色は御札だった。血のようにどす黒い赤の地に黒い文字が躍る札が幾枚も貼り付けられ、全身をくまなく覆っているのだ。それが神輿の中にまるでひな人形のお内裏様のように両手を揃えて座っている。異様だった。小説の一ページに整然と並んだ文字列の中で一文字だけが上下逆さまに印刷されているような、強烈な違和感があった。異形と対面したまま動けずにいたのは一瞬だろうか数十秒だろうか。そうしていると不意にそれの俯いていた頭がゆっくりと、不自然にゆっくりと持ち上がり、やがて──それと目が合った。
「────……」
それは笑っていた。土気色で、数え切れないしわが刻まれた顔の老婆だ。その顔の半分は全身と同じ赤黒い札に覆われていて見えないが、それは恐らく満面、にたにたと笑っていた。目を糸のように細め、黄ばんだ歯、とりわけ長く鋭い犬歯をむき出しにして笑っている。にも拘らず辺りは静まりかえっていた。げらげらと笑い声が聞こえてきそうなほど老婆は激しく笑っているのに、不自然なほどに何も聞こえない──気づけば川のせせらぎや木々の葉擦れさえも。異様な笑顔だった。将太郎は凍り付いたまま、笑う異形と見つめ合う。逃げようにも脚が動かない。叫ぼうにも肺が膨らまない。情けない掠れ声が喉から漏れるだけだ。
「あ……」
いつの間にか扉の縁には内側から手が掛かっていた。指先まで札が貼られた真っ赤な手だ。札の上からでもわかる程、からからにひからびている。ミイラのようだ。異形の手は蝶番ごと扉を掴んでいる。既に限界の角度まで開ききった扉にさらに力を込めているのか、蝶番がみしみしと軋み始めた。
(…扉を…神輿を壊して外に出ようと…こちらに来ようとしている…?)
将太郎はぼんやりとした頭で考える。
続いて二本目の涸れた手が内側から這い出してくる。奇妙なことに神輿の中、細った太ももに行儀良く揃えられた異形自身の両手は動いていない。
それじゃあ扉にかかった手はいったいどこから生えているんだ?
しかもそれで終わりではなかった。さらに三本目、四本目の手が現れて扉を掴んだのだ。どれもからからに乾燥し、爪の先まで札で覆われている。そして五本目、六本目。間もなく異形の手にぐっと力がこもった。真鍮の蝶番はとうに限界を超えて開ききり、ばかになってしまっている。小さく鋭い爪が食い込み白木の板がメキメキと悲鳴を上げはじめた。恐怖で将太郎の息が上がる。もはや瞬きすらできない。自分の浅く速い息の音まで聞こえなくなり、ぎりぎりと反っていた白木の扉が遂に──。
ばぎっ。
「将太郎っ」
清水の大声が響いた。思わず尻餅をつく。見上げると巨体のてっぺんから心配そうな顔がこちらを見つめていた。
「あ…はい…」
自分の喉から出たまともな声に──幾分かうわずってはいたものの──将太郎は安心した。同時に息が上がっていることを自覚して先の恐ろしい光景を思い出す。清水からゆっくりと目線を外し、神輿へ恐る恐る目を向けた。中には誰もいない。蝶番も壊れていなければ、扉も割れていない。半開きの扉は時折そよ風に吹かれ、きいきいと間の抜けた音を立てて揺れている。
何だったんだ、さっきのは?
「どうしたね、ぼうっとして。中にでけえ蜘蛛でもおったかい?」
「いえ…だ、大丈夫です、すみません」
ほうか、と清水は顎髭をなぜた。
「……」
最初に扉を開けたのは清水だ。絶対にあれが見えたはずだ。
(でも清水さんは…そういう事をする人じゃない。それに)
あの老婆の異様さと恐怖は明らかに脅かしや肝試しなどという次元ではなかった。まだ少し脚が震えている。
「にしても…随分でかい枝が折れたな」
「え?」
清水は二人の横を流れる川の幾分か上流、その向こう岸を指さす。そちらを見ると川を横切るように黒くごつごつした木の枝が横たわっていた。枝というよりかは幹と言ってもいいような太い枝だ。先ほどの大きな音はあの枝が折れた時に出たものだったようだ。
「うむ…健康そうな枝だが…付け根が虫にでも食われてたのかねぇ」
清水が首をかしげると、ごきりと豪快な音が鳴った。
「まあいいか。さあさ、そろそろ行かねえと。もうすぐ日が沈み始める。日がすっかり暮れる前には社の前の鳥居まで着かないといかん」
将太郎はのろのろと立ち上がり、再び神輿の前にしゃがみ込む。やはり今度は何もいないが、どうしても先ほどの異形の老婆が脳裏にこびり付いて離れない。乗っている間にあれがまた出てきたらどうしよう?
「はっはっは、やっぱり怖いんか。心配すんない…神輿に乗ってる間は俺がすぐ前にいるし、それに社の中だってそんな怖い場所じゃねえ。明かりもあるし布団もある…少々湿っぽいがな。分厚い扉に鍵もかけられるから熊かなんかは入って来られねえよ。それでもあんまし怖ければ──」
「大丈夫、大丈夫ですから」
恐がりだと思われるのも癪で、将太郎は意を決して神輿に乗り込む。中は古い木の匂いがした。好きな匂いだ。だがそれとは別に何か臭う。
「獣の臭い…?」
妙な臭いがある気がする。何か嫌な──。
「おう、すっぽり入ったな」
不意に清水の顔がぬっと現れ、将太郎の視界を占拠した。
「おっし、それじゃあ社に着いたら開けちゃるからな。鍵とか留め具はねえから、肘でもぶつけようもんならすぐに開いちまう。窮屈だからな、内側から開けて落っこっちまわないように気ぃつけんだぞ。あと俺が祝詞唱えてる間に間違えて開けるなよ。広場にはたっくさん人がいる。そこでご開帳しちまったら締まらねえからな」
扉がぱたりと閉じて、視界がほぼ真っ暗になる。
あの折れた木の枝の断面がまるでなにか大きな力で引きちぎられたかのようであったことは、遂に誰の目に触れることもなかった。
神輿の中の明かりは隙間から入ってくるごく僅かな日の光だけだ。それも曇り空の今日は薄暗い。視界は真っ暗だ。自然と神輿の揺れに意識が向くが、清水が気を遣って運んでくれているのか思っていたほどではなかった。
「酔っちまったらごめんなぁ」
清水のくぐもった声が聞こえた。彼の声が聞こえたのに安心したのもつかの間のこと、何も見えない暗闇が将太郎の恐怖をあっという間に高めていく。
社について扉を開けたらすぐ横にあいつがいた、なんてことは?
心臓がばくばくと暴れはじめる。今この時、自分の顔のすぐ横にあのしわくちゃの不気味な顔が潜んでいるのだ。気づいたときにはもう遅く、あの骨張った手が肩に、喉に、頭に張り付いて、爪が皮膚に食い込み──。
「───!!」
突如響いた清水の大声に将太郎の肩が跳ねた。祝詞だ。歩き始めてものの一、二分でもう広場前の鳥居にたどり着いたらしい。先ほどまでいた御水屋からここまで、軽く二百メートルはある。神輿を背負っていることを考えるととんでもない脚力だ。耳を澄ますと周りからはざわざわとした話し声が聞こえてきた。清水が担ぎ手を務めるのはこれで八度目。今やこの儀式はほとんど清水の剛力を見物する祭りのようになっている。重い神輿を軽々と背負い祝詞を山いっぱいにこだまさせるこの巨躯を見ようと、山道入口の広場に村中の人間が集まるのだ。
(大丈夫、大丈夫…)
大勢の人の気配のおかげで恐怖は徐々に薄れてきた。
(お祭りみたいなものだ。楽しい行事なんだ。さっきのは…怖がってたから、変なものを見たのかも)
無理矢理だが自分を納得させる。
(それに…明日帰ったらきっとごちそうだぞ)
贄は荒神に生命力を食われるということになっている。それを労うために、儀式の翌日は戻った男の子を囲んで大きな酒盛りが行われるのだ。昔はこの宴が村の成人式の役割であったし、儀式を終えた男子は同年代の子らの中でもとびきり箔がついたものだった。今は村にも文明と法律が通ったから大っぴらにはされないが、贄の子が翌日の宴で人生初めての酒を飲むという具合なのは変わらない。変わったことといえば今や同年代の子が一人もいないために箔うんぬんなど無くなってしまったことだろう。
「──かしこみかしこみぃもうすっ」
清水の堂々たる締めに、おぉっと歓声が上がった。儀式の本来の意味合いからすれば褒められたことではないのだろうが、神輿の中の空気まで明るくなったようで将太郎にとってはありがたかった。
やがてまた神輿が揺れ始める。縦揺れが大きいのは恐らく階段を上り始めたのだろう。日が沈み初め、いよいよ神輿の中は真っ暗だ。だが今は余り怖くない。帰ってからのごちそうのことだけを考えるようにして、将太郎はひたすらに揺られ続けた。
「本当にいいんかい、村長さん。浮舟のとこのぼうずを出しちまって…」
清水が鳥居の奥へ消えたのを見届け、村人たちは方々へ散っていく。その中で二つ、立ち尽くしたまま動かない人影があった。
「うむ…」
尾久藻村村長の石角権野介と清水の父、清水長治郎であった。
「『浮舟の家の者は贄に出してはならない』か…」
権野介は神妙な顔で腕組みをして奇妙な戒めを唱える。それは今や村の中でも二、三人しか知らない、儀式についての言い伝えだった。そしてその言い伝えの本質。おおよそ六百年前、浮舟家三代目宋次郎が自らの血を鍵として山の荒神を封じたことに至っては、もはや知るものは誰もいない。
「ああそうだ…事実俺の知る限り…今まで浮舟の家からは一回も贄には出させてねえ…破って何が起こるのかもわからん古い言い伝えではあるがね」
長治郎の顔は少し不安げだ。権野介は彼に向き直って答える。
「確かにその言い伝えには反するが…問題はあるまいよ、あそこは分家だし…そもそも『言い伝え』なんてこのご時世、なぁ?…実際儀式に出せる年の子は将太郎君だけだしな。それにジロちゃん、あんたんとこの息子、あれを見にくる観光客もいる。それで少しでも村が元気になればわしゃ嬉しい」
権野介はにやりと笑う。
「だからわしゃ実際…あの神輿が空っぽでもいいと思っとるよ…や、こりゃ失礼」
全く村長らしからぬ発言に長治郎はため息をつく。
「なんとも不謹慎というか、現実的というか…」
権野介は笑って言う。
「ジロちゃんが信心深すぎるんじゃ」
ふと真面目な顔に戻って権野助は続けた。
「なあ、この村がどれだけ持つ。将太郎君より下は生まれてないんだぞ。あの子もきっと都会に出る。そうすればきっとこの村は…うむ…うむ、終わることになろう」
「…村長さん」
「なら…気持ちよぉく駆け抜ける──言っちまえば太く短く終わるのがわしに合ってるだろ。なによりわしゃ村長だからな…盛り上げることができなかったならばせめて村の終わり方くらい…派手に綺麗にしたいんだ」
長治郎はまた一つため息をついた。先刻より短いため息だった。
「呑もうぜゴンちゃん。明日に向けての前哨戦と行こうじゃないか」
「ほっほっほ、なんならおとつい呑んだばっかりじゃあないかね」
やがて二人も散っていき、鳥居前の広場には夕暮れと静寂が訪れた。
とん、と軽い衝撃が尻に響いた。最後の鳥居を越え、神輿が地面に下ろされたようだ。少し酔ったのか軽い吐き気がある。扉が開くとしゃがみ込んでもなお大きい清水の巨体が四角に切り取られて見えた。後ろから真っ赤な夕暮れが後光のように差し込んでくる。明るさに目が慣れるまで少し掛かった。
「ちいと揺れたろう、すまんね」
「いえ…それほどじゃなかったです」
ありがとうございます、と伝えて神輿を降りた。
ここは山の中腹にある神社境内の入口。立ち上がって清水の隣に立つと、眼下には夕暮れに照らされて橙色に輝く稲穂の海が広がっている。幾万もの稲が風に揺られ、まるで本物の波立つ海のようだった。村の誇りである水田が作り上げる美しい眺めだ。だがどこか──。
(赤い…夕暮れの赤が鮮やかすぎる…ような)
「良い眺めだねぇ…おっと、流石にアラガミ様の御前だ、これ以上は俺の独り言って事にしとくかね」
快活に笑って清水は歩き始める。将太郎は首を小さく振ってその後に続いた。
石畳を少し歩けば、目的地である朱色の小さな社が見えてきた。その両手にはまるで忠実な家臣のように二本のイチョウが佇んでいる。山が遊び場の将太郎は幾度となくここに来ているが──もちろん普段社に入るのは禁じられているし入ったことはない──何度見ても絵になる眺めだ。社の壁の朱は鮮やかな色艶を保ち、屋根の緑青も美しい。イチョウの黄緑が良いコントラストを作っている。
「さて」
清水は社へ向かいながらぺらぺらと話し始めた。
「中にはキャンプ用の灯りが二つあるんだっけな。布団は隅っこに畳んである。閂はちと重いがその代わり頑丈だ。忘れずにかけた方が安心だなぁ。どうしても用を足したくなったら…木箱と袋があったはずだ……それぐらいかね」
やがて二人は社の目の前にたどり着く。清水は階段をとんとんと登り、扉を開けた。社の中に夕暮れの日差しが差し込むと、その奥で何かがきらりと光った。それと同時に木とカビの匂いがふわりと漂ってくる。
(それだけじゃない…あのとき…神輿に乗るときに少し嗅いだあの獣の臭いも)
将太郎は顔をしかめる。小さい頃から山は好きだ。だからそこにあふれる狸や鹿や熊の臭いも決して嫌いではない。
(でもこれはなんの獣だか少しもわからない…なんだか不安になる臭いだ)
隣では階段を降りてきた清水が社に向き直り、目を閉じて何か唱えている。記憶が正しければ無事に贄を奉納するのでご確認ください、というような内容だったはずだ。最後の祝詞はものの数十秒で終わった。後は将太郎が社に入って一つ夜を明かすだけだ。
「明日は日が出るころに到着しようかねぇ」
清水はそう呟いて、元来た道を引き返していく。心細くなった将太郎はこっそり振り向いて帰っていく清水を見送っていたが、大股でのしのし歩く彼の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
日は今にも沈みそうだ。時刻はおおよそ一九時前だろうか。境内が真っ赤に染まっている。少し風が強くなった。葉擦れの音がやけに大きく感じる。
(人の声みたい…いや、やめよう)
将太郎は生唾をごくりと飲み込んで、階段の上、社の中へ踏み込んだ。
キャンプ用ランタンは入ってすぐ右手にあった。扉を閉めないうちにそれを付ける。ツマミを回すと小さいランタンの割には明るい光がぱっと点いた。驚いたことにLEDのランタンだ。てっきり良くて白熱球、もしかしたら灯油ランタンが登場するかもしれないと思っていた。無機質で冷たい白い光が今は無性に暖かく頼もしい。扉を閉めて、閂をかける。ずっしりとしてなめらかな手触りの角材は、動かすのに少々手こずった。それから念のためにともう一つのランタンも確かめたが、これも問題はなさそうだ。片方は消して、最初に点けたランタンを部屋の真ん中に置く。部屋の四隅はまだぼんやりと薄暗い。見渡すと思ったより広い部屋だった。軽く十五畳ほどはあるだろうか。奥の隅には畳まれた布団と枕、それから小さな木箱が置いてある。その隣、正面の壁の真ん中には小さな台座があった。
(お供え物か何かかな?)
しかしやけに静かだ。気密性が高いのか、先ほどまでの風と葉擦れの音が扉を閉めると全く聞こえない。まるで社の中に追い立てられたようだと将太郎は思った。不自然に思えるほどの静寂がずっしりと重い。
(…早々に寝てしまおう)
まだ寝るには早いだろうが、部屋に立ちこめたこの奇妙な雰囲気は将太郎にはどうにも耐えがたかった。
そうと決まれば寝床の準備だ。昔ながらの白い布団は触れてみると確かに少々湿っぽかった。しかし敷き布団を広げてみればカビも虫食いも見当たらない綺麗なもの。枕と掛け布団も真っ白で清潔だ。もっとぼろぼろの寝床を想像していた将太郎は拍子抜けした。
「さてと……」
床に就こうとした将太郎の視界に、あるものが映る。部屋の奥にある台座だ。その上に置いてあったのはお供え物ではなかった。
「鏡…?」
台座の上のそれは鏡だった。扉を開けたときにきらりと光ったのはこれだったに違いない。大きな丸皿のような鏡には傷一つ無く、天井の木目を反射している。
「なんか変な形だな…」
薄暗闇にぼんやりと見える丸い鏡は中央が四角に抜けていて、古銭のような形をしている。何かの祭具だろうか。目を凝らすが自分がランタンの影になってよく見えない。将太郎は足元のランタンを持ち上げ鏡にかざした。
「あ……」
将太郎は絶句した。
血のように強烈な赤黒い色が目に飛び込んできたのだ。忘れようもない、あの異形が全身に纏っていた札のどす黒い赤だ。
鏡は中央に穴が開いていたのではない。札が貼り付けられていたのだ。赤い地に黒々とした文字。間違いなくあの札だった。
思わず将太郎は後ずさりする。
「う、うわ」
踵に布団が引っかかって体勢を崩してしまった。ランタンを腹に抱え込んで尻餅をつくと、綿の掛け布団がぼすっと鈍い音を上げた。
「……」
音だ。音がした。今回はあの時のような不気味な静けさは訪れなかった。思わず布団をぎゅっと握りしめると、衣擦れの音がする。掌で叩くと詰まった綿がたんたんと返事をした。
(だ、大丈夫、大丈夫…)
「だいじょうぶ…」
ぼそりと唱える。声も無事に出た。心臓が落ち着いてくる。心拍が遅くなっていくのがはっきりと感じられる。大丈夫だ。あの時のようにはならない。将太郎は元気づき、ゆっくりと頭を上げて鏡へ視線を戻す。相変わらず札は貼ってあるままだが、それだけだ。今度は敢えて素早く、何事もなかったかのように部屋を見渡す。どこにも老婆はいない。天井にも、床にも。
(…僕が今よりもっと小さいときに、なにかの儀式でこの鏡の御札を見たことがあるのかも…それで御水屋のあれは何か…何かのきっかけで、変な形で頭が思い出した、きっとそうだ)
これ以上妙なものが目に入らないよう、将太郎はいそいそと布団に潜り込む。あとはランタンのツマミを逆に回して灯りを消して、それで目を閉じるだけだ。
ツマミをぐるりと回す。白い光が消える。その間の瞬間に、横になった視界の片隅に、将太郎は見てしまった。
鏡に貼られていたはずの札が、忽然と姿を消していた。
かさり。
紙の擦れる音が鳴った。すぐ横だ。冷や水を浴びせられたように一気に全身が冷えていくのを感じる。音は同じ音なのに、今度はほっとしないどころかみぞおちに氷を押し込まれたような気分だ。夏の夜中に布団に包まれているはずの体はがたがたと震え、じっとりと、しかし止めどなくわき出てくる冷や汗で濡れている。将太郎は今ぎゅっと目をつぶっていた。
「────……」
絶対に何かがいる。最初に老婆を見たときと同じだ。あの雰囲気。静けさの向こうで、この世界のものではない何かが確かに息をしているという確信がある。
「──……──…」
遂に息づかいが聞こえはじめた。その『何か』が静けさの壁を越えた。静けさを越えてこちらの世界に入ってきたのだと悟る。
次第に息づかいが近づいてくる。最初は微かだったのがゆっくりと大きくなっていく。あの異形の顔が将太郎の顔に近づいてきているのを想像するだけで失禁してしまいそうだ。
「──!─…!」
いまや『それ』は恐らく将太郎の目と鼻の先。獲物を狙う獣のようなざらついた息づかいが耳元で響いている。それどころか生ぬるい吐息が首に掛かってきた。もう限界だった。
「う、うう…っ」
将太郎は布団から素早く手を出し、すぐ横にあるランタンを探し当てる。目を閉じたまま手探りでツマミを見つけ、一気にぐるりと回した。
瞼の裏がぱっと明るくなる。途端に何者かの気配がひっこんだ。だがそれでも安心はできない。将太郎は掛け布団を頭までひっかぶり、ほの明るく息苦しい空間の中でじっと体の震えが収まるのを待った。
何秒、何分、いや何時間だろうか、将太郎はずっとそうしていた。そのまま寝られたらいいのにと思ったがとても眠れる気分ではない。息苦しさにもやがて限界が来る。なんとか震えの収まった両手で掛け布団をずらして頭を出すと、ひんやりとした空気がダムを開いたように肺に流れ込んだ。当然目は閉じたままだ。ランタンに瞼を照らされたまましばらく呼吸を整える。熱気で湿っていた顔や手もしばらくすると乾いてすべすべになった。なめらかな布団の布地が肌に心地よい。
(いない、いない…きっといないさ、気配も消えた)
あの息づかいは消えた。吐息も感じない。あれは去ったに違いない。将太郎は大きく息を吸い込んで、少し息を止めて、それから大きく息を吐いた。そうするとなんだか急に疲れがやってきた。
(あれだけ緊張してたんだ、当たり前だよ)
波が押し寄せるように眠気がやってくる。瞼の裏を赤く照らすランタンが煩わしい。灯りを消して、さっさと寝てしまおう。
(すぐに寝ちゃえば幽霊やお化けなんていてもいなくてもおんなじさ)
手を横に伸ばしてランタンを探す。なかなか見つからない。手を横に振ってもなめらかな木の床の手触りを感じるだけだ。もっと奥だろうか。ぐっと手を伸ばして振ってみてもやはり見つからない。体を布団からはみ出させても手はランタンを探し当てなかった。
(ああもう)
しびれを切らした将太郎はぱちりと目を開けた。
視界いっぱいに、女の顔が広がっていた。
「……ひ、いっ………」
文字通り目と鼻の先に異形の顔があった。赤黒い札、土気色の顔。ぼさぼさで黒い髪の毛が将太郎の顔に垂れている。胸より下は上の方へ伸び、暗がりに潜んでよく見えない。天井からぶら下がるようなあり得ない体勢だ。気がつくと将太郎はしょろしょろと尿を垂れ流していた。股の方の布団がじんわりと湿るが、無論そんなことを気にする余裕はない。
「あ…あぁ……」
異形の顔に貼られた札が、ゆらゆらと揺れ始める。顎の方から剥がれ始めているのだ。将太郎はしびれた頭で直感的に理解する。この赤黒い札は化け物を封じていたものだったのだ。それが剥がれるということはつまり──。
かさり。札が将太郎の顔に落ち、鼻先、それから眉頭を滑って枕に落ちた。獣の臭いがした。
「ひひ、ひひひっ…ひひひひひひひひひひひっ」
異形はぎらぎらと黄金色の双眸を光らせて笑っていた。老婆ではなく初老の女の顔だったが、禍々しい笑みは間違いなくあの異形のものだ。目を細め、牙をむき出しにして、にたにたと──いや、今やげらげらと笑っている。将太郎は頭だけでなく全身がじんわりとしびれていくのを感じていた。金縛りに近い感覚だ。恐怖が限界を超えて、そう、あの蝶番のように限界を超えてしまって体がばかになり、ぐにゃぐにゃの肉人形になっていくようだった。
「ひ、ひひひっ…」
異形は笑うのをやめて将太郎をじっと見据える。そうして顔を近づけてくる。もともと近かった顔と顔がもっと近づく。黄金色の瞳が将太郎を射すくめたままにゆっくりと大きくなっていく。鼻先が触れるか触れないかというところで、突然女は大きくふうっと息を吐いた。生温かい吐息が将太郎の顔に掛かる。むせかえるほどに濃いあの獣の臭いが小さな鼻腔に充満する。それと同時に将太郎の腰の辺りに金縛りとは違う、じんわりとした甘いしびれが走った。
「あっ……?」
再び尿を漏らしてしまったようだった。だが先の失禁とは違い、妙にとろりとした何かがとくとくと心拍を打つように尿道口から漏れ出している。それが精通である事を将太郎は知らなかった。もちろん、その初めてが恐ろしくいびつな形で訪れてしまったことも。
かさ、かさり。今度は体の下の方から音がした。辛うじて動く目で腹の方を見やれば、女の体から剥がれた赤黒い札が幾枚も落ちてきていた。事態は悪い方向に向かっている。本能的にそう理解できる。
女はまた息を吐いた。口を獲物の鼻元に近づけて逃げられないようにして、徹底的に鼻を犯してくる。先ほどよりも長い息だった。体に力が入らず息を止める事もできない将太郎は、その吐息をまともに吸い込むしかない。まるで呼吸を交換しているかのようだ。
「あ、ああぁ…」
またあの甘いしびれが来た。柔らかいままの陰茎が力なく震え、尿を失禁するように精液を漏らす。恐怖と快楽とに同時に支配され、将太郎の頭は混乱している。異形はまだ息を吐くのをやめない。精液も栓が抜けたかのようにとろとろとこぼれ続ける。布団の中、既に袴の尻の方は溜まった精液でどろどろで、股ぐらの前にも後ろにも大きな濡れ染みができていた。
かさり、かさり。止めどなく赤い札が剥がれ落ち、まるで雪のように将太郎の体に降り注ぐ。不思議なことにそれにつれて女の顔はどんどんと若返り、その双眸も輝きを増していく。
数十秒ほどは吐息を浴びせられただろうか。女はようやく息を吸い始め、またすぐにだめ押しのごとくもう一吐きする。もはや女の口は将太郎の鼻に触れんばかりで、直接その肺に息を吹き込んでいるようだった。
「うぐ…」
将太郎の小さな体はぐったりとして、その呼吸ははあはあと荒い。頬も紅潮している。焦茶色の瞳は初めての快感に曇り、据わってしまって動かない。異形の女に見つめられながら、少年は脱力した体を小さく震わせてひたすら精液を吐き出し続ける。異様で背徳的な光景だった。
やがて射精の勢いが収まりはじめた。垂れ流しだった精液が途切れ途切れになり、止まる。
異形の全身を覆っていた札はもはや半分もない。頭には先ほどまでは無かった大きな角が生えていた。禍々しく捻れたそれは一突きでヒグマも殺せそうな重厚さだ。歳は初老だったのが二十ほどの娘に若返り、土気色でしわだらけだった肌は不気味ながらも瑞々しい翡翠色に変貌を遂げている。腹側の札はほぼ全て剥がれ落ち、柔らかそうな胸が重力で垂れて少年の目の前に惜しげも無く晒されていた。一方将太郎の上には幾枚もの札が積もり重なり、白かった布団を真っ赤に染め上げている。
不意に将太郎の右の耳元で、どすんと鈍い音が鳴る。見れば、毛皮から鋭く分厚い爪の覗く巨大な手が自分の顔のすぐ横に据えられていた。熊の手にも見えるがしかしどんな獣とも違う、化け物の手だ。掌だけで人の赤ん坊ほどはあろうか。化け物は肩までは人のなりをしているが、それより先の腕は異様に大きくまた太く、そして厚い毛皮を纏っている。みしみしと軋む無垢の床は、化け物が遂に質量を持ってこの世にやってきたことを示していた。
(おおきな…蜘蛛…?)
部屋の壁にはランタンの光でできた影が映っている。それを見るに女の体の背後には何かとてつもなく巨大な塊があって、それからさらに幾本もの脚か何かが生えているようだった。化け物が足踏みをすると爪が床に打ち付けられ、硬質で重い音が打楽器の重奏のように鳴り響く。
現実離れした状況をぼんやりと眺めていると、女は巨大な手をおもむろに床から浮かせた。それは床を撫で布団を這い、その鋭利な爪を将太郎の首の裏に潜り込ませる。分厚くずっしりとした爪は冷たくなめらかで、その根元を覆う黒々とした毛皮はネコヤナギの花穂のようにふわふわとしていた。首筋を撫でるこの世のものとは思えない感触に、将太郎は思わずぶるりと身震いする。直後、左腰と敷き布団の間にも同じような感触が潜り込んで、次の瞬間将太郎の体はふわりと空中に持ち上がった。掛け布団はいつの間にかどこかによけられている。
化け物の腕に力が入り、少年の体を抱き寄せる。体と体が密着した。女の上体は並の男どころかあの清水よりも大きく、将太郎の胸は女の鎖骨に、腰は豊満な胸に押し当てられる格好になる。
(やわらかい…あったかい…)
少年の小さな体躯はまるで型でも取るかのようにみっちりと化け物の女体に包み込まれてしまった。死人のような体色とは裏腹に女の身体はほんのりと温かい。つきたての餅のような柔らかさの奥に屈強な筋肉が走っているのがはっきりと感じられる。
(…きもち、いい……?)
抱擁はきつくもゆるくもなく、温かい布団に包まれたような感覚に将太郎は脱力してしまう。恐怖がゆっくりと快楽に取って代わられていく。
女が体を起こすと、将太郎の体も起き上がる。そのまま体を持ち上げられ、やがてその足先が布団を離れてふわりと浮くと、白い袴の中に溜まっていた大量の精液が裾からどろりとこぼれて垂れ落ちた。敷き布団の上にじんわりと広がっていく精液だまりからはほかほかとした熱気と湿り気、そして少年が嗅いだことのない青臭い匂いが漂っている。
女は左手で将太郎の小さな頭をがっしりと抱え込み、右手で背中を支えている。脚も逃げられないよう巨大な蜘蛛の前顎で押さえつけられているが、将太郎の視界は妖しげな笑みを浮かべる女の顔に占拠されており他に何も見えない。
れろりと女の口から舌が出てきた。大きく長いそれは毒々しい紫に染まり、唾液でぬらぬらと光っている。先から唾液が糸を引いて垂れた。女はそのまま顔を近づけ、将太郎の右頬を舐めあげる。
「うぅ…」
温かくぬめぬめとした舌の感触に背筋がぞくりと震える。先刻の吐息が僅かに鼻腔をくすぐり、未熟な肉棒は期待するようにひくりと跳ねた。女は右頬だけでは満足せず、鼻先、額や左頬をべろべろと舐め回す。頭はいつの間にか両の手で押さえつけられ、顔を背けることもできない。少年のまだ幼さの残る顔は徹底的に舐め回され、しゃぶりつかれ、蹂躙されていく。柔らかくねっとりとした紫の舌が顔中を這い回り、たちまち将太郎の顔はよだれまみれにされてしまった。顔中に唾液をすりこまれ淫靡な匂いをこすりつけられて陰茎はびくびくと震えたが、もう撃ち止めなのかこぼれた精液は僅かだ。
舌の愛撫は長く続いた。餌が無くなっても皿を舐め続ける犬のように、女は将太郎の顔を貪り続ける。将太郎はといえば時折体をひくひくと痙攣させるだけで、一切されるがままになってしまっている。壊れた蛇口のようだった小さな陰茎は今や力なく震えるのみで、白濁はおろか透明なつゆさえ一滴も出てこない。
「…ひひっ」
女の笑い声が惚けていた頭を現実に引き戻す。将太郎はくらくらと揺れる視界の真ん中に異形の女のにやけ顔を捉えた。女はいやらしい音を立てながら舌をしまい、口を開く。
「浮舟のガキか…なんとなんと、憎たらしいのぅ」
「………っ!」
首筋に鳥肌がたつ。なめらかだがどこか掠れている声。ざらついているのにどこか耳に心地良い声。今まで聞いたどの声とも似ていないそれは、鼓膜を通っただけで思考をぼんやりと曇らせていく。
「僥倖、僥倖よ。憎たらしいあの男に封じられて幾百年…」
女は機嫌が良いのか、にやにやと笑いながら饒舌に喋る。囁くように小さいのに、やけにはっきりと聞こえてくる。まるで頭の中で喋られているようだ。
「まさか他でもない彼奴の血筋に助けられるとはなぁ………きひひひっ」
笑うと同時に女の瞳がきらりと妖しく光った。瞬間、立ちくらみのように頭がぼうっとする。視界の中で金色の瞳だけがくっきりと輝いて、そこから目が離せない。
「ほれ、精をよこせ」
「あ、ああ…ふあぁ…」
自らの白濁で汚れた陰茎が、再び精液を吐き出そうとひくひくと震えた。もちろん震えるだけで何も出ては来ない。だが射精どころか勃起してもいないのに、快楽だけは背筋を走る。精液ではなく精を抜き取られている事など、将太郎にはわかるはずもない。恐怖はすべて快感で塗りつぶされてしまったのか、その顔はすっかり蕩けてしまっていた。
「ひひ…可愛いのう…」
呟きながらも女の瞳はきらきらと妖しい光を浮かべている。当然将太郎は視線を逸らす事もできず、柔らかく大きな女体に包まれたまま精を捧げ続ける。快楽の眼差しに浮かされ、蜘蛛の異形と見つめ合ったまま体を震わせているのだ。
不意に女が顔を近づけてきた。あっという間に唇と唇が触れあい、女の長く大きな舌が少年の口の中に侵入してくる。蛇のようなそれは歯茎を軽くなでてから上あご、頬の裏を舐め回し、そして舌に絡みついた。彼の小さな口は侵入者を拒むこともできないままに容赦なくなぶられていく。口が塞がれているので鼻で息をしようとすると、むせかえるような淫臭が鼻腔に充満した。
「ん、んんん…んく…ん…く……」
女の口からは唾液がたっぷりと送り込まれ、将太郎も抵抗せずにそれを飲み込む。唾液はほんのりと甘くとろとろとしていて、少年がいままで口にしたどんな飲み物よりも甘美な味をしていた。身体だけでなく臓物まで彼女に包まれているような錯覚が将太郎を襲う。肺もはらわたも、ゆっくりとこの異形に溺れていく。
やがて女はゆっくりと舌を引き抜きはじめた。異形の快楽に魅了されてしまった少年は、いまや無意識に彼女の舌に吸い付いてしまっている。まるで娼婦が男根を吸うように、少年の唇が太くぬめった舌を扱いていく。舌が全て引き抜かれると、名残を惜しむかのように唇同士が銀糸でつながった。少年の喉が上下するのをめざとく見つけ、異形の女はにんまりと笑う。
「ひひ…せっかくご先祖様がやっとの思いでこの大蜘蛛を封印してくれたのにのう…」
ふわふわとした頭に女の声が響く。最早その言葉の意味の半分も将太郎には理解できていない。
「…すけべ小僧め…封を解きおった上に…ひひひっ、儂のよだれに夢中か?」
「うう…な、に……」
何を訊かれているんだろう?必死に考えようとするが頭が全く回転しない。妖しい声と瞳、そして口づけで蕩けてしまった今、正常な思考など働くわけがなかった。
「おう、よいよい解らずとも…お前は身も心も蕩けておればそれでよい…お?」
気づけば胸に押しつけられた腰の辺りに抵抗を感じる。先ほどまで柔らかいままだった陰茎が充血し、いじらしい主張をはじめているのだった。勃ちかけのそれは精液でどろどろに汚れた袴の上から乳房に押さえつけられ、苦しそうに震えている。女はにやりと笑って舌なめずりした。
「ふむ…子供には強すぎたかの?ここまで速く効くとは…」
そう言うと女は将太郎の袴の帯に爪をかける。少し力を入れただけで絹の帯は豆腐に包丁を入れるように裂けてはらりとほどけてしまった。小便やら精液やらですっかり重くなった袴はそれだけでずり落ちはじめる。しかし女は待ちきれないようで、蜘蛛の前顎を袴に引っかけ無理矢理ずり下ろした。
「…あっ…まっ、てぇ…っ」
すっかり勃起した男根は袴から飛び出すと同時に上に跳ね、女の豊満な乳の間に挟み込まれてしまった。精液まみれでぬるぬるのそれは何をされずとも谷間の奥へ奥へと飲み込まれていく。
「ひひ。待てとな?しかし腰のそれは…ひひひ、自ら挟まれにきておるようだのう?」
意地悪な顔で女は囁くが、将太郎はもうそれどころではない。年相応の小さい肉棒は竿の根元から亀頭の先まで乳に飲み込まれてしまい、温かく柔らかい肉に甘く締め付けられている。動かされてもいないのに、そして精液はすでに涸れるまで搾られたはずなのに、腰の奥から何かがせり上がってきた。将太郎の細い両腕が無意識のうちに女のがっしりとした背中に回される。
「ふあ…あああぁ……ん、ぅっ…」
肉棒がびくんと跳ねた。勢いよく精液が狭い道を通り、外へ放たれる。亀頭の辺りが放たれた精液でじんと熱くなっていく。先ほどまでの失禁のような射精とは違い、まるで鉄砲水のような勢いで白濁が吐き出される。粘ついた精液が大きく膨らんだ肉棒を通っていく感覚は初めてで、ただでさえ霧の掛かっていた頭が真っ白に染まってしまう。搾精とは違う、勃起してする初めての射精。それが妖魔の胸の中でというのだから、快楽に耐性などない少年が正気でいられる筈がない。
「…っ……は、うぅ……」
蕩けきって半開きの口からよだれがとろりと垂れた。焦茶色の瞳は快楽に濁り、女の眼差しに魅入られたまま動かない。収まりきらなかった精液が翡翠色をした胸の隙間から玉になってあふれる。
「おうおう、たっくさん出しおったの…乳が孕んでしまいそうじゃ」
女は快楽に堕ちてしまった小さな人間と、精液で汚された自分の胸を交互に見つめる。全身と同じく翡翠色の頬は心なしか赤く染まり、息もやや荒い。
「…くふふ…まっこと可愛いのぅ…」
女は熱っぽい声で呟くと、再び紫の舌を出す。しなやかに伸びるそれはまず将太郎の口の端からこぼれる唾液を舐め、ついで胸に吐き出された精液を舐め取りに掛かった。
「ん…うまい」
ぴちゃぴちゃと淫猥な音を立てながら、紫色の舌が乳房の上を這って綺麗にしていく。精液を舐め取っては口に運び、舐め取っては口に運ぶその繰り返し。舌は谷間の奥にまで入り込んで、白濁にまみれて口へ戻っていく。視線の呪縛が解かれた将太郎の瞳は、今度はその淫らな光景に釘付けになった。無論肉棒はまだ乳肉に挟まれたままで、相変わらずとろけそうな感触に甘やかされ続けている。こんな状況では勃起は到底収まりそうにない。精液を綺麗に舐め取り終えた女は嬉しそうに笑った。
「んひひ♪元気だのぅ、もう一度胸で果てるか?ひひ、好きなだけ…たぁんと甘えていいぞ?」
背中に先ほどまでとは違う硬質な感触が押し当てられた。蜘蛛の脚が背に一本あてがわれたのだが、もちろんそんなことは将太郎の目には入らない。女は自由になった両腕を自らの胸に横から押し当て、おもむろに圧迫しはじめた。
「あ…っ…」
途端に将太郎の顔が快感の色に染まる。もっちりとした乳房が肉棒全体をじわじわと締め付けはじめたのだ。それだけで少年は快楽に喘いでしまう。予想通りといった様子で女はにんまりと笑った。
「そう急くな小僧…お楽しみはこれからだのに…」
そう言うなり、女は両腕をゆったりと上下に動かしはじめた。
「あっ、あ、ああぁ…っ」
両の乳房は先刻の『掃除』によって、淫毒を含んだ唾液でぬるぬるだ。そのぬめった乳肉で竿から亀頭までをゆっくりと擦り上げられると、緩慢な動きでもあっという間に射精感を高められてしまう。
「ま、また…でる…」
「ひひひっ♪出せ出せ…ほれ、はようしろ♪」
女がぬるぬるの乳房をぐっと下にずらすと、中から桃色に膨れた亀頭が露わになった。そのままとどめとばかりに両腕に力が込められ、一際強い締め付けが肉棒を襲う。
「あ…すご…♪」
将太郎がうわごとのように呟くやいなや、亀頭が大きく膨らんでびくりと跳ねた。今度は空中に向かって白濁がはぜる。大量の精液が放尿のように放物線を描いて飛び出し、女の髪や顔、胸にかかって汚した。一度、二度、三度。亀頭が苦しそうに跳ねる度に熱い白濁が勢いよく放たれ、女の上体に白いレースをかけていく。粘っこい精液は髪や肌にべったりと張り付いたまま垂れ落ちもしない。四度目の律動で白濁が女の右目にかかった。すぐに舌が伸び、瞼にのった精液をべろりと舐め取る。喉元をこくりと上下させてそれを飲み下すと、女は満足げににやりと笑って将太郎の頭を軽くはたいた。
「くひひっ♪罰あたりめ…アラガミ様の顔に精液を引っかけるとは」
「…ご、ごめん、なさい…?」
訳もわからず謝る将太郎を、異形は愛おしそうに見つめる。強靱な両腕を今度は将太郎の両脇に差し込み、同時に前顎を開いた。女が腕を伸ばすと少年の小さな体はぶらりと薄暗闇に宙づりになる。二つの躰の間には唾液や精液の糸がかかった。
「あ…」
ついさっきまで自分を包み込んでいた温かく柔らかな肉の感覚がなくなり、思わず将太郎は表情を曇らせる。
「んふ♪切ない顔をしおって…案ずるな、出すものには出す場所があるというだけの話」
「わ、うわ……な、なにこれ…」
女はそう言うなり身をかがめ、将太郎を床に寝かせる。しかし背中に触れるのはそこにあるはずの湿った布団ではなかった。ぶにぶにとした妙な弾力のある感触。冷えて固まりはじめた餅のようだ。手で触れてみるとねばねばとしていて、耳たぶのような硬さをしている。
「小便くさい寝床は嫌じゃろうと思うての…儂の住処じゃ。これで時の流れも気にせずまぐわえるのう、ふひひ♪」
気づけばランタンの白い灯りは消え、その代わりに蝋燭の橙色の灯りがそこかしこでゆらゆら揺れている。余りにも非現実的な状況に頭の理解が追いつかない。それでなくても強すぎる快楽をたたき込まれたせいで思考がふわふわしているのだ、将太郎はまさしく狐につままれたような顔をしていた。女はそんな様子を眺めてにやにやと笑っている。
「…あ…あれ…?」
ふと気がつくと右手が全く動かない。先ほど触れた床はどうやら鳥もちのようになっているようで、どれだけ引っ張っても少し伸びるだけで全く離れない。踏ん張ろうと思わずもう片方の手も床についてしまい、あっという間に床の磔になってしまった。鳥もちめいたそれは蜘蛛の異形が吐き出した糸で織られた寝床だ。作り手以外は触れてしまえば最後どれだけもがいても逃れられない、文字通りの蜘蛛の巣。
(…にげないと)
しかし腕を動かそうものならますます蜘蛛の糸がまとわりつき、身動きが取れなくなっていく。快楽に惚けていた顔に少しだけ恐怖の色が戻った。胴体は白装束を纏っているのでその中で辛うじて動かせるが、両手と頭はべったりと蜘蛛の巣に絡め取られておりびくともしない。首も動かせない状況に恐怖がつのり、頭がパニックに陥りはじめる。
「た、たすけ──」
「これ、よそ見をするな」
声と同時に影が落ちる。見上げると巨大な体躯の上であの異形の顔がこちらを見下ろしていた。その全身を観察するのは初めてであったので、将太郎は大きな蜘蛛の形をした異形をまじまじと眺める。
巨大な毛むくじゃらの蜘蛛。その腹の上には蜘蛛の頭の代わりに人間の女の上半身が乗っている。海外の童話に出てくるケンタウロスのようだと将太郎は思った。体の表面にはまだ所々あの赤い札が貼り付けられているが、どれも端の方から剥がれかけてひらひらと揺れている。しかしそんなことは気にならない。既に将太郎の目は──。
(きれいで…見てるだけで、どきどきする……)
女のそのなまめかしい顔と躰に釘付けになっていた。村には同じ年代の女子などいなかった。夜這いなどの風習もないごく一般的な村で、一人だけの子供として育った将太郎に女性経験などあるわけがない。もちろんなまめかしいなどという形容を知るはずもなかった。しかしその幼い体は本能に刻みつけられた反応として、心臓の拍動を速め、顔を上気させ、男根を再び大きく膨らませはじめている。
「そうそう、それでよい…」
異形はべたつく蜘蛛の糸の床を滑るように動き、蜘蛛の体で将太郎の体に覆い被さって来る。人間の体の股に当たる部分が丁度将太郎の目の前に差し出された。
「…………くひひっ」
女は妖しげに笑う。股は牛か何かの頭蓋骨で隠されており、奥に何が潜んでいるかは見えない。それでもその隠された『何か』があるということははっきりと感じられた。そこからは明らかにほかほかとした熱気が放たれており、それと一緒にあの濃い獣の匂いも漂っている。それを嗅いだだけで小さな肉棒はひくりと反応し、その口からは先ほどの射精で残っていた精液がにじみ出した。まるで条件反射だ。
ぽたりと、少年の下腹部に何かが垂れる。見ると、透明な粘液が頭蓋骨の口から糸を引いて垂れ落ちてきていた。牛の骸骨がよだれを垂らしているかのように見える。
「小僧、盛りのついた雌牛を見たことがあるか…?」
「へ…?」
唐突な問に将太郎はぽかんとする。そもそも盛りのつくという言葉がよくわからない。女は軽く笑って続ける。
「あれはそうなると股からつゆをだらだらと垂れ流しはじめるのよのぅ、ほれ丁度…ひひ、こんな風に…」
「………っ!」
女は大きな掌で骸骨を鷲掴みにし、横へずらす。その奥に隠されていたものが露わになる。濡れそぼった黒い毛の奥で蠢く、桃色の肉。いくつも重なった襞がぐちゅぐちゅと音を立てて絡み合い、誘うようにゆっくりと開いたり狭まったりを繰り返している。開く度に奥からはどろりと透明な粘液があふれ、下に垂れ落ちて将太郎の腹を汚す。とろみのついたそれは温かいというよりかはむしろ熱い。
「失礼だとは思わんか?それでついたあだ名が牛の鬼、ウシオニじゃと…」
粘液はへそに腹にと垂れ落ち、あふれて床へこぼれ落ちる。粘液自体が熱いのに加え、触れた部分がじんじんと疼き始めた。
「…やれやれ…すでに聞こえてはおらんかの?」
しゃべり続ける女をよそに、将太郎の視線は妖しく蠢く肉筒にすっかり奪われてしまっている。まるでズームアップしたかのように、それしか目に入っていない。息を荒くして瞬きもせずにじっと女陰に見入っている。肉棒は心臓に合わせてゆらゆらと揺れ、時折蜘蛛の柔らかい腹をかすめてひくりと跳ねる。先端からはウシオニほどではないが先走りがあふれ、乾きはじめていた亀頭を再び濡らしていた。
「んふ…先に言っておくが」
ウシオニはするすると体を後退させ、愛液をこぼし続けるその股ぐらを肉棒の真上にぴたりと据えた。
「『こっち』の効きは…」
ウシオニは腰を下ろし始めた。ゆっくりと肉壺の入口が下がって、肉棒へ近づいていく。愛液で繋がっていた二つの体が徐々に近づき、やがて触れるか触れないかというところでぴたりと止まった。その間も女陰は愛液をあふれさせ続け、亀頭から竿までをどろどろに汚している。将太郎の息は目に見えてさらに荒くなり、走り回った犬のような呼吸だ。何をされているのかもわかっていないのに、目だけを動かして今にも繋がりそうな凹と凸をまじまじと見つめている。
「よだれの比ではないから……のっ♪」
「あっ…ふあ、あああぁ……っ♪」
ウシオニは一気に腰を沈めた。肉棒がにゅるんと飲み込まれる。熱い肉壁が肉棒をずっぷりと包み込み、大量に備わった襞をざわざわと動かして侵入者に愛液を塗り込む。腰を動かされてもいないのに膣自体がなまめかしく蠢き、はやく射精しろといわんばかりに肉棒を虐めるのだ。発情した女性器を散々見せつけられて興奮していた少年に我慢ができるはずもなかった。
「………っ…」
もう声も出ない。僅かに見える肉棒の根本がどくどくと膨れ、中に精液を注ぎ込んでいることを示している。目には見えないが先ほどまでのどの射精よりも大量に精液を放っているのがはっきりと感じられた。無意識に目をつむろうとするとウシオニの手で無理矢理瞼を開かせられ、ぎらぎらと輝く双眸と視線を合わせることを強制される。
「まだじゃ、出せ」
「〜〜っ…」
命令されただけで収まりかけていた射精の勢いが戻る。膣の中で肉棒がびくびくと暴れて、捧げ物のように精液をまき散らす。吐き出された精液は出た先からじゅるじゅると吸われ、奥へ奥へと飲み込まれていく。
「まだまだ」
「あう、ううぅ…!」
無理矢理顔を押さえつけられ目を開かされて、至近距離で搾精の魔眼を見せつけられる。脚がぴんと伸びて腰ががくがくと震え、陰茎から精液が絞り出された。それでも一度に出せる量には限界があるのか射精の勢いは確実に弱まってきている。
「むぅ…もう我慢できん♪」
「ひっ…ひゃあっ…!?」
接合部からじゅぶっと水音がなった。途端に将太郎の顔は快楽に歪む。精液ではなく肉棒そのものに直接吸い付かれたのだ。襞がより強くまとわりつき肉棒に精をねだる。とりわけ亀頭への責めは苛烈だった。雁首の溝に引っかけるように襞が絡みつき、出っ張りを磨くように何度も往復する。雁首を舐め溶かすような動きと赤子の吸啜のような吸い付きを同時にかけられ、再びあっけなく射精が始まった。
「うぅ……も、もう…でな…い…」
「たわけ、出ておるではないか」
その言葉の通り、何度目の射精かにも拘らず肉棒はどぷどぷと精液を吐き出している。呼吸は弱々しく、全身の力も抜けている。それなのに男根だけは大きく膨れ、ウシオニの膣に精液を献上し続けているのだ。
「んふふ…腹もへそも金玉もみーんな愛液まみれにしてやったからのぅ…よだれもごくごく飲んでおったし…臓物もいまごろ子種作りに大忙しじゃろうて♪」
「あ…あぁ…」
話している間にも射精は止まらない。少しでも勢いが衰えようものならすぐに肉襞がぎゅうと竿に抱きつき、亀頭を舐め回して精液を催促する。しかして搾り取られた精液は接合部からあふれ出ることもなく、全てウシオニの腹へ飲み込まれているようだ。
(きもちいいの…とまんない…)
ウシオニはウシオニで顔が赤らみ、息が上がっている。やがて我慢できないといった様子で腰が揺れはじめた。上下に揺さぶったりぐりぐりと腰を捻ったりして、精液を催促している。
「ひゃ、ん……だめっ、それだめぇ…!」
「可愛い…かわいいっ…うひひっ♪」
もはや将太郎の懇願はウシオニの耳には入っていないようだ。自分の体に溺れる獲物が愛おしくてたまらないというように、涙とよだれでぐずぐずになった少年の顔を見つめている。すでにその眼差しには魔力はこもっておらず、快楽と情欲だけに染め上げられていた。
「ん、きもち、いい…きもちい…」
「ふふ、儂もきもちいいぞ小僧…ほらぁ、もっと出して…っ♪」
最早その命令にはいささかの魔力も込められていないのに、自然と将太郎は射精をはじめてしまう。脳味噌はすべて快楽に占領されて、他のことを考える隙間はない。
(きもちいい…もっと…きもちよくなりたい…)
「……」
その目にゆさゆさと揺れる乳房が映る。汗と唾液でぬらぬらと光って、なまめかしく揺れる翡翠色の胸。見ているとあの温かさと柔らかさが脳裏をよぎる。
「ん…小僧、どうした押し黙って…」
もう恥ずかしいという気持ちもない。もっと気持ちよくしてほしい、将太郎の頭にはそれだけだ。
「…さっきの…ぎゅってするやつ、して……?」
「〜〜っ!」
ウシオニの顔は真っ赤に染まる。目尻が下がって口元が緩んで、喉はごくりと生唾を飲み下す。
「も、もう知らんからの?そんな風に誘惑しおって…浮舟のガキのくせに、この儂をっ…」
ウシオニは半ば叫ぶように呟くと、既にほとんどはだけていた白装束を切り裂く。露わになった白くて薄い胸板を、間髪入れず乳房で押しつぶす。体格差のせいでその大きな乳房は顔にまで押しつけられた。獣臭とはまた違う雌の匂いが将太郎の鼻腔に充満する。それだけで肉棒はびくびくと震え、明らかに射精の勢いが増した。
「んふ、ふひひっ♪おっぱいを顔にあてただけで射精か?かわいいのう♪」
「ん…むぐ、むぅ…」
全身が温かい柔肉に包まれたまま、前後にゆさゆさと揺すられる。まるで腹から胸、顔まで性感帯になってしまったようで、揺さぶられている最中にも射精は止まらない。床に固定された両手はいつしかウシオニの両手に絡め取られ、ぎゅっと握りしめられている。射精の波が来る度に指先に力が込められ、まるで恋人同士のように手と手同士がきつく握られる。
「えへへ…恋仲みたいだのぅ♪もう離してやらんからな、ずうっとこのままじゃ♪」
ウシオニが少し体を縮めると、胸の隙間から将太郎の顔がのぞいた。ウシオニは有無も言わさずその幼い唇に吸い付く。将太郎は侵入してきた舌を拒むこともせず、それどころか小さな舌を必死に動かしてウシオニのそれと絡ませようとしはじめた。
「ん…むふ…♪」
ウシオニはにやりと口角を上げ、腰を浮かす。そのまますぐに思い切り腰同士を打ち付けた。
「んぐっ!?」
将太郎は目を白黒させる。もう一度腰が浮く。叩きつける。浮かせて、叩きつける。今までなかった乱暴な責めが、口づけをされたままの将太郎を襲う。口内をねっとりとかき回される刺激と、肉棒を激しくなぶる上下運動の刺激。二つの全く異なる快楽に頭が混乱する。混乱したからといって帰結が変わるわけでもない。再び射精が始まった。
「んぐ、むぐうぅ…!!」
ウシオニは射精の最中も腰ふりをやめない。ぱちゅぱちゅと派手な水音を立てながら、射精が終わるまで陰茎をいたぶり続ける。ところが腰ふりは射精が終わった後も止まらなかった。
「ん、んん〜!!」
ウシオニは変わらず少年の口の中を蹂躙しながら、にやにやと笑っている。間もなく射精が止まったはずの肉棒が再びぶるりと震え、精液を漏らしはじめた。魔眼ではなく単純に暴力的な快楽で導かれた連続射精。少年の腰はかくかくと震え、顔は苦悶に歪む。それでも精液が尿道を通り始めると腰から背中へびりびりと快楽が伝わっていき、頭を真っ白に染め上げた。二度目の射精が収まりはじめるとようやく腰ふりもゆっくりに戻る。将太郎はまるで全力疾走した後のように息が上がっている。口は塞がれているので鼻で大きく呼吸をすると、やはり淫毒を含んだ呼気を思い切り吸い込んでしまった。最初のあれを忘れたかと言わんばかりに失禁めいた射精が始まる。勃起自体は収まっていないのに射精特有の痙攣はなく、精液がゆっくりと肉棒の中を通って外へ押し出されていく。連続射精のすぐ後にだめ押しのように強制吐精。ただでさえくらくらしていた頭にはもはや「きもちいい」さえ浮かばなくなって、赤子のようにただ言語化されない快不快が存在するのみである。いうまでもなく今あるのは快だけだ。放心状態で抵抗はおろか舌を絡め合うこともできなくなった将太郎を前に、ウシオニはようやく長い舌を引き抜いた。長い間繋がった口腔内で温められた紫色のそれからはほかほかと熱気が漂っている。ウシオニは自分の口の周りのよだれを舌なめずりして舐め取り、満足げに笑いながら高らかに宣言する。
「おこがましいぞ小僧。お前はただ求めたものを与えられておればそれでよい」
一方的な提案、というより命令は将太郎の耳に届いても頭には入っていない。過度な快楽に頭が耐えきれずに気絶してしまったのだ。
「儂が口をなぶってやろうという最中に自ら快楽を貪りに来るなど生意気千万…ん、寝てしもうたか」
ウシオニは繋いでいた両手を離し、汗でまとまって顔に掛かった少年の黒髪をやさしくかきあげた。つい先ほどまで快楽に喘いでいたせいか、涙の浮かんだ目尻や気の抜けた眉にその名残が見て取れる。
「………ひひ」
ウシオニは両手を少年の顔に添えて、その蕩けたままの幼い寝顔をじっと見つめる。少年の頬にぽたりとよだれが垂れた。彼女の顔も、まるで鏡写しのように慈愛と情欲で蕩けてしまっている。
「ずうっと一緒じゃ…ふひひ」
女がそう呟くといくつもの蝋燭の灯りがふっと消えた。暗闇には獣と古い血の臭いだけが残った。
20/02/03 00:31更新 / キルシュ