アヌビスさんと追いかけっこ
アキレスは非常に焦っていた。薄暗い路地裏を上下右左と猛スピードで駆け抜ける。息は乱れ栗色の髪は額に張り付き、時折足がもつれて転びそうになる。普段なら軽々と飛び越えられる筈のレンガ塀がやたらと高い。この階段はこれほど長かったろうか。この街の地図をほぼ全て頭に入れている彼にとってそれはあり得ないことだった。これまでに無い動揺を自覚しつつ、それでも彼はまだ幼い少年とは思えないほどの身体能力を駆使して追手を振り切ろうとする。あの日から変だったんだ、くそっ。もはや悪態を口から吐く余裕もない。心の中で神を呪いながらアキレスは数日前を思い返していた。
あれは悪くない一日だった。アキレスは街一番の逃げ足を持つ盗人を自負していた。まだ10歳と3ヶ月だがその膂力は並の大人の比ではない。加えて街の道なら大通り、路地裏問わずほぼ全て覚えている。人混みに紛れ込んだり入り組んだ道を素早く通り抜けたりはもちろんのこと、壁をよじのぼって屋根伝いに走り抜けるのもお手の物だ。少なくとも鎧を着て槍や短剣を持った自警団に、身軽で裸足の彼が追いつかれることなど万に一つもあり得なかった。その日も例によって自警団員のリザードマンを容易く振り切りうち捨てられた山小屋に帰還したアキレス。その懐にはよく熟れたリンゴが2個入っていた。市場で失敬したものだ。あっという間に2つとも食べ終わった彼は川辺へ向かう。彼は水浴びを日課としている。清潔感は泥棒にも必要だ。人混みの中では身なりを整えるだけで格段に目立たなくなる。上機嫌で鼻歌を歌いながら川から上がった彼は最初の異変に気付いた。置いておいた筈の服がない。アキレスは服を2着持っている。先ほどまで着ていた服は川で洗って近くに干してあるが、着替えるために置いていたもう一着がない。なんとなく薄気味悪かったが身の危険はなさそうだったので、その時は服が乾くまで裸で過ごした。
次の日は昨日消えた服の代わりを探しに街に出た。しばらく不用心な家を物色していたアキレスは、二階の窓を開け放した家に目星をつけた。ところがそのときまたもや異変に気付く。どうにも誰かに見られている気がするのだ。無論アキレスは罪人であるから追手は居て当然なのだが、自警団の連中が漂わす雰囲気とはどうにも違うものを感じる。腰のあたりの鳥肌が立つといえばよいのか、敵意は感じないが妙な視線だ。路地裏をしばらく走り回ると気配が消えたので、安心した彼は先ほどの家から動きやすそうなシャツとパンツを頂いた。
そして問題の今日である。朝飯を調達するべく街に繰り出した彼を襲ったのは昨日と同じ視線であった。しかも昨日より強いというか、もはや隠す気が無い。まるで見ているぞと誇示しているかのようだ。アキレスは小さく舌打ちしてから昨日同様街を駆け抜ける。どんな相手でも5分以上は持たないだろう、経験則から彼はそう確信していた。事実昨日のあの視線はほんの数分で消えている。しかし今日のそれは何分たっても消えなかった。ゆうに10分は走り続けただろうか。それでも視線は消えない。この時点でアキレスは相当焦っていた。まさか昨日の視線の主はアキレスを追い切れなかったのではなく、自らの意思で追うのをやめただけだったのか。言いしれぬ不安が心を覆う。今日は帰るべきかとも考えたが、彼のプライドがそれを許さなかった。視線の主はこちらが逃げているのに気付いた上で試してきている。見ているだけで一向に近づいてこないのはそういうことだろう。ならば意地でも振り切ってやろう、逃げ足に自信と誇りを持つアキレスはそう考えてしまったのだった。まずは呼吸を整える。次に準備運動だ。さっきのは遊びだった、そう心に言い聞かせながら全身の動きを確かめていく。どうせ最初から相手には見られてるんだ。ストレッチまで見せつけてから正々堂々と逃げ切ってやる。アキレスは闘志の高まりを感じた。そして大きな深呼吸を一つ、すぐ近くの路地裏に入る。そのまま駆け出しはせずに即座に壁をよじ登った。2,3軒ほどの平坦な屋根を数歩で駆け抜けすぐさま飛び降りる。この間わずか5秒ほど。距離にして軽く50メートルは移動した。だが当然視線は消えない。アキレスも承知の上ですぐさま移動を再開する。着地点は道がより入り組んだ場所だった。この地区は表通りの裏にあるせいか再開発が進んでいない。家が密集していて薄暗く、所々に崩れかけた空き家もある。逃げるには格好の場所だ。さあ走り出そうとしたその時だった。
「鬼ごっこかな?」
突如どこからか響いた正体不明の声にアキレスは総毛立つ。低くなめらかな女性の声だ。さながらコントラバスのような美しい声色だった。無論アキレスにはコントラバスについての知識も、美しいなどと感嘆する余裕もない。瞬時に体中の本能が警報を鳴らし、間髪入れず弾ける様に走り出していた。だが後ろから声はついてくる。
「じゃあ私が鬼だね。ふふ」
じっとりとした嫌な汗で背中にはシャツが張り付き、呼吸が乱れ始める。一方で謎の女性は雑談でもするように話しかけてくる。その楽しそうな声に、アキレスの焦りは増す一方だ。先ほどまでの闘志はあっという間に吹っ飛び、とにかく逃げることのみを考えていた。どうやっても逃げ切れないのではないか、そんな疑念が心の片隅に巣食い始める。そして考え事は容赦なく判断力を鈍らせてしまう。ここを曲がってその先を左だ、そう思い曲がった先はなんと行き止まりだった。視界に広がるレンガの壁に頭が真っ白になる。どこで曲がり損ねたのか、いやいくつか手前で曲がってしまったか。
「くそっ」
何も考えられずに必死で壁をよじ登る。今日の仕事はやめだ。ここで登って屋根伝いに走って、最短で街から出る。それで終わりにしよう。屋根の縁に手をかけ一気に身体を起こす。屋根に着地し視界が開けるとともにアキレスは絶句した。
すぐ目の前に人が立っていたのだ。まさかあの女性か…いやまだ声の主かどうかはわからない。後ずさろうとしたアキレスの一縷の希望はあっけなく打ち砕かれた。
「もう終わりかい?」
からかうようなその声は間違いなくあの低い声で、こちらを射すくめるようなその視線は間違いなくあの妙な視線だった。既に限界まで早まっていた心臓がまた加速し始める。なぜ振り切れないのか。僕の全力でどうして逃げ切れない。そんな意味の無い問いがぐるぐると頭を巡る。
「良い匂いだからね、絶対に『嗅ぎ失わない』さ」
何かを取り出しながら、アキレスの心を読んだかの様に彼女は言った。彼女がその手に持つものを見て彼はまたもや言葉を失う。
それは一昨日消えたアキレスの服だった。
自分の身に想定外のことが起こりすぎたからだろうか。立ち尽くすアキレスは逆に超然とした眼で彼女を観察していた。褐色の肌、黒い耳と尻尾と手足。アヌビスだ。あのとき服が消えたのはこいつの仕業だった。それから僕の匂いを覚えてここまで尾行された。イヌの嗅覚は伊達じゃないってことか。思考が終わると今度はやり場のない怒りがわいてきた。服を盗まれ、その匂いで延々と尾けられた。逃げ切れなかったことへの悔しさ。匂いを嗅がれることへの羞恥。彼のプライドはひどく傷ついていた。
「…ふざけるなっ」
アキレスは顔を真っ赤にして叫ぶと勢いよく屋根を飛び降りる。火照った顔を走った風でなんとか冷ましながら大通りに入り込み、朝市でごった返す人の群れに身を任せる。少年の彼はたちまち人混みに見えなくなった。並の人間であれば彼が突然消え去ったと錯覚する程の手際だ。加えてアキレスが狙ったのは匂いだった。香水をつけた通行人や焼きたてのパン、強い香りを漂わせる果物。様々な匂いがアキレス自身の匂いを覆い隠していた。いかに鋭い嗅覚の持ち主といえどこれでは手が出まい。あのまとわりつく様な視線もいつしか消えた。なんとか逃げ切ったという達成感がわいてくるが、まだ油断はできない。アキレスは怪しまれない様に後ろを振り返りつつ、街の門を目指す。次第に人がまばらになり、門が近づいてくる。衛兵に見つからないように門の横をよじ登れば脱出成功だ。最後にもう一度後ろを振り向いて確認する。大丈夫だ。視線も気配も追いかけてはきていない。前に振り返りつつ門を回り込もうと素早く角を曲がろうとしたその時、向かいからやってきた誰かとぶつかってしまう。勢い余って抱きつく様な格好になってしまった。手短に謝り先へ行こうとしたが相手がなかなか離してくれない。
「ぶつかったのは謝るよ、急いでるから早く離してく…」
「こんどこそつかまえたよ」
もう逃げ切ったと思っていたアキレスが状況を理解するよりも早く、その誰かは彼の両手を後ろ手に縛り上げてしまった。
「……そんな…」
無論言うまでも無く、先ほどのアヌビスである。彼女は二の句を継がせずアキレスを軽々と持ち上げた。俗に言うお姫様だっこの形だ。恥ずかしくはあったが、もうアキレスに逃げ出す気力は残っていなかった。
「匂いで隠れるのは流石だったけど君、裸足の音って結構独特なんだよ。ま、とりあえず同行願おうか」
アヌビスはとてつもないスピードで路地裏を移動しながらとんでもないことを口走る。あの喧噪の中からアキレスの足音だけを聞き分けたという。これは逃げ切れないわけだ。アキレスはもうどこか逃走を諦めてしまった自分をぼんやりと自覚した。
2分ほど移動しただろうか。アキレスはどこかの路地裏に下ろされた。その手つきは丁寧だ。あたりは見知らぬ住宅街。いつも登るようなレンガ造りの家は見当たらない。代わりになめらかで真っ白な外壁の、見るからに高級そうな家々が立ち並んでいる。アキレスが暗記している「ほぼ全て」の例外。この街の上流階級が住む高級住宅街だ。防犯レベルの高さときれいに区画された広い道、極めつけは登りづらい壁。リスクが高すぎるためにアキレスが手を出してこなかった地区である。まだ日は昇りきっておらず、二人が立つ場所は家の陰になっていて薄暗い。アヌビスはアキレスを壁際に立たせてからにこやかに話し始めた。
「ここはあんまり知らないだろう?ここ数週間見てたけど一回もこっちには来なかった」
アキレスは半ば脱力気味に応える。
「あんた、僕をつけまわして何が楽しいの?」
「そりゃあ私は自警団の者だもの。泥棒を追いかけるのが仕事さ。とにかく危ない物持ってないかチェックさせてもらうね。…まず上から」
アヌビスはそう言うなりアキレスの背中に手を回してきた。今度はアキレスが抱きつかれる様な格好だ。驚いて抵抗しようとするも後ろ手で縛られている彼は動けない。アヌビスはそのまま顔を近づけ、アキレスの首元に顔を埋める。長くてさらさらした焦げ茶の髪が首筋にあたってくすぐったい。褐色の首筋からはかすかに汗の匂いがした。普通に吸って吐いてをするのがなんとなく躊躇われて、少年は彼女に息が当たらないくらい浅く呼吸を繰り返す。そのままじっとこらえていたアキレスだったが突如その身体が跳ね上がる。アヌビスが耳に熱い吐息を吹き込んできたのだ。なんとか声は抑えた少年に彼女は小さく笑って続ける。
「おや…耳に何か隠しているのかい?これはしっかり調べないと…だね」
そのまま何度も息を吹き込まれる。アキレスは思わず抵抗しようとするが体験したことのない快感に身体が弛緩してしまい、立っているのがやっとだった。アキレスの引き締まった胸板にはアヌビスの胸が押しつけられ、柔らかい弾力と熱を伝えてくる。同時に彼女の高鳴る鼓動も。いや、これは僕自身の鼓動だろうか。アキレスにはもうわからない。やがて呼吸は荒くなり、脚ががくがくと震え出す。かすれた声が喉から漏れ出すと、アキレスは羞恥から頬をあかくしてそっぽを向いた。
「まだ名乗ってなかったけど…アキレスくん、私は自警団団長のチェロっていうんだよ。よろしくね」
チェロは耳元でそう囁くや否やアキレスの耳に舌を這わせてきた。次は耐えられなかった。アキレスは大きな声を漏らし彼女にもたれかかる。いままで出したことのない自身の嬌声にアキレスはひどく狼狽した。自分が自分でないようだ。すると突如チェロはアキレスを自分から引きはがした。検査が終わったのかと安心したアキレスが顔を上げると、しかしそこにあったのは先ほどまでとは打って変わって色欲でぎらついたチェロの双眸だった。アキレスの表情に怯えの色が走る。チェロはそんなことは気に留めず両手の縄を切り裂き、壁に手をつかせて言い放つ。
「おとなしくしてなきゃだめだろう?まだ検査中なのに」
文句を言いたげなアキレスに彼女は後ろから抱きつき、シャツの下の胸板をまさぐる。そしてまだきれいな薄桃の蕾を探し当てると肉球の腹でふにふにと虐め始めた。アキレスは乳首をいじったことはおろか自慰すらしたことがないので、それ自体は快楽には結びつかない。だがチェロが先ほどよりも激しく耳を舐め回し始めると、どの刺激がどの快楽なのか、そんなことは直ぐにわからなくなってしまった。チェロは耳介の凹凸の隅々までを丁寧に舌でなぞってくる。アキレスの耳はすぐに唾液まみれにされてしまった。唾液の水音と熱い吐息とをゼロ距離で浴びせられ、アキレスの頭は真っ白だ。もはや喘ぎ声は止めどなく漏れ、四肢が脱力する代わりに手足の指先がひくひくと痙攣し出す。次第にアキレスの乳首は熱を帯びて膨らみ、いじらしい主張を始めた。
「胸に何かあるね…ふふふ、これもじっくり調べないと」
今まで肉球で押しつぶされていただけの乳首に鉤爪が引っかけられる。少しずつ感度を高めていたそれらは確実に快楽を伝え始めた。実はチェロが魔力を流し込んで開発を早めていたのだが、アキレスには知るよしもない。アキレスはというともう座り込む寸前だった。背後から全身を包む熱くて柔らかな肢体、鼓膜にまとわりつくような低い囁き声、脳みそを溶かすような熱い息。それに加えて赤く充血した乳首が爪で何度も何度も弾かれる。その度に自分の喉からはいやらしい声が漏れ、勝手に指先に力が入る。それでも今座り込んだらまた理不尽に苛烈な責めがやってくるかもしれない。なけなしの理性を総動員してアキレスは姿勢を維持していた。
「…じゃあ、次は下。ここはいろいろ隠しやすいから丹念に調べないとね」
柔らかな肉球が胸から腹、腹から鼠径と順に撫で回してくる。
「すべすべできれいだね…毎日水浴びしてるものね」
アキレスにはもうのぞき見を非難する力もない。できるのはただただ跳ねる体と漏れ出る嬌声を抑えようとすることだけだ。
やがてチェロの手はアキレスのペニスにたどり着く。小ぶりで皮がむけきっていないそれは痛いほどに怒張し、先端は既に先走りでぬるぬるだった。
「んん?これは何?」
チェロはわざとらしくおどけて肉棒を両手の肉球で揉み始める。先走りは二つの肉球に絡みつき、肉棒全体に塗り広げられた。肉球はねちゃねちゃといやらしい音を立てながらじっくりと少年のそれを揉みくちゃにして、腰が抜けそうな快楽を与えてくる。
「皮の中を確かめないといけないね」
爪で優しく皮が引っ張られる。壁に手をついてなんとか立っているアキレスは自分のものの皮がむかれるのをなすすべもなく見下ろすことしかできない。粘液のおかげかすぐに亀頭はあらわになった。赤く膨らんだそれを覗き込んだチェロは上気した顔で舌なめずりする。もはや彼女は何も言わないままアキレスの前にしゃがみこみ、びくびくと震える肉棒に顔を近づけて鼻を鳴らしながら匂いを嗅ぎ始めた。脱力しそうな少年の脚をがっしりと掴み、夢中になって嗅ぎ続ける。自分のペニスが女性に嗅がれる様子は女性経験の無いアキレスにはあまりにも背徳的な光景だった。時折鼻や口が触れるたびにそれはびくりと跳ね上がり、先端からは透明な粘液がにじみ出す。やがて亀頭表面にたまりきらないそれはとろりと糸を引いて地面にたれた。チェロは口を開いて赤い舌を差し出すと、アキレスの股の下で粘液の糸を受け止める。舌はそのまま上へ粘液を追っていき肉棒へたどりつくと、裏筋から亀頭までをゆっくりと舐めあげた。そしてチェロは舌に亀頭をのせたまま大きく口を開けて、脈打つそれをほおばる。
「あっ、や…やめてっ」
肉棒に熱い粘膜が密着した。狭い口内で裏筋が徹底的になぶられると同時に竿全体に強い吸い付きをかけられる。傍からは咥えられているだけに見えるが口内では舌がねっとりと絡みつき蠢いており、ぬちぬちという水音を響かせていた。まるで魂を吸い出されてしまうかのような感覚に、アキレスは反射的に腰を引こうとした。しかしいつの間にか腰をチェロに抱きしめられていたため少しも逃げることができない。抵抗できないまま延々と肉棒にしゃぶりつかれ、じわじわと腰の周りに快感が広がっていく。
「こら、にげないの」
チェロが咥えたままもごもごと口を動かすと、舌の動きと声帯の振動が容赦なくアキレスを追い詰める。口の中で亀頭が膨らみびくびくと律動を始めると、チェロは鼻息も荒くそれに吸い付いたままゆっくりと頭を前後させた。
「まって…ほ、ほんとに…だめ…っ」
細く震える声での懇願も空しくとどめとばかりに吸い付かれた肉棒は、大きく跳ねると同時に大量の精液を吐きだし始めた。口内にぶちまけられた精液をチェロは貪欲に飲み込んでいく。射精中にじゅるじゅると吸い付かれる快楽は破滅的で、アキレスは頭がおかしくなってしまいそうだった。数十秒間の長い射精が終わった後も、チェロはなかなか肉棒から口を離してくれない。尿道に残った精液やカウパー液まで残らず吸い出されているのだ。射精後の疲労感とじんわりと精液が漏れ出す心地よさとで、アキレスはついにその場にへたり込んでしまった。ようやく解放された肉棒は唾液でてらてらと光り、チェロの唇と細い銀糸でつながっている。眼の焦点も合わず放心していたアキレスだったが、休む暇も無く押し倒される。柔らかい肉球で睾丸を揉まれると、半立ちだった肉棒は途端に大きくなり始めた。
「んふふ…依存性が強そうな液体だったから押収させてもらったけど…この分だとまだまだ隠してそうだねえ?」
「あ…う…」
抵抗する力も尽きた小動物に、黒い狼は淫らな囁きを投げかける。閑静な住宅街の片隅に響く水音は一日中やむことはなかった。
あれは悪くない一日だった。アキレスは街一番の逃げ足を持つ盗人を自負していた。まだ10歳と3ヶ月だがその膂力は並の大人の比ではない。加えて街の道なら大通り、路地裏問わずほぼ全て覚えている。人混みに紛れ込んだり入り組んだ道を素早く通り抜けたりはもちろんのこと、壁をよじのぼって屋根伝いに走り抜けるのもお手の物だ。少なくとも鎧を着て槍や短剣を持った自警団に、身軽で裸足の彼が追いつかれることなど万に一つもあり得なかった。その日も例によって自警団員のリザードマンを容易く振り切りうち捨てられた山小屋に帰還したアキレス。その懐にはよく熟れたリンゴが2個入っていた。市場で失敬したものだ。あっという間に2つとも食べ終わった彼は川辺へ向かう。彼は水浴びを日課としている。清潔感は泥棒にも必要だ。人混みの中では身なりを整えるだけで格段に目立たなくなる。上機嫌で鼻歌を歌いながら川から上がった彼は最初の異変に気付いた。置いておいた筈の服がない。アキレスは服を2着持っている。先ほどまで着ていた服は川で洗って近くに干してあるが、着替えるために置いていたもう一着がない。なんとなく薄気味悪かったが身の危険はなさそうだったので、その時は服が乾くまで裸で過ごした。
次の日は昨日消えた服の代わりを探しに街に出た。しばらく不用心な家を物色していたアキレスは、二階の窓を開け放した家に目星をつけた。ところがそのときまたもや異変に気付く。どうにも誰かに見られている気がするのだ。無論アキレスは罪人であるから追手は居て当然なのだが、自警団の連中が漂わす雰囲気とはどうにも違うものを感じる。腰のあたりの鳥肌が立つといえばよいのか、敵意は感じないが妙な視線だ。路地裏をしばらく走り回ると気配が消えたので、安心した彼は先ほどの家から動きやすそうなシャツとパンツを頂いた。
そして問題の今日である。朝飯を調達するべく街に繰り出した彼を襲ったのは昨日と同じ視線であった。しかも昨日より強いというか、もはや隠す気が無い。まるで見ているぞと誇示しているかのようだ。アキレスは小さく舌打ちしてから昨日同様街を駆け抜ける。どんな相手でも5分以上は持たないだろう、経験則から彼はそう確信していた。事実昨日のあの視線はほんの数分で消えている。しかし今日のそれは何分たっても消えなかった。ゆうに10分は走り続けただろうか。それでも視線は消えない。この時点でアキレスは相当焦っていた。まさか昨日の視線の主はアキレスを追い切れなかったのではなく、自らの意思で追うのをやめただけだったのか。言いしれぬ不安が心を覆う。今日は帰るべきかとも考えたが、彼のプライドがそれを許さなかった。視線の主はこちらが逃げているのに気付いた上で試してきている。見ているだけで一向に近づいてこないのはそういうことだろう。ならば意地でも振り切ってやろう、逃げ足に自信と誇りを持つアキレスはそう考えてしまったのだった。まずは呼吸を整える。次に準備運動だ。さっきのは遊びだった、そう心に言い聞かせながら全身の動きを確かめていく。どうせ最初から相手には見られてるんだ。ストレッチまで見せつけてから正々堂々と逃げ切ってやる。アキレスは闘志の高まりを感じた。そして大きな深呼吸を一つ、すぐ近くの路地裏に入る。そのまま駆け出しはせずに即座に壁をよじ登った。2,3軒ほどの平坦な屋根を数歩で駆け抜けすぐさま飛び降りる。この間わずか5秒ほど。距離にして軽く50メートルは移動した。だが当然視線は消えない。アキレスも承知の上ですぐさま移動を再開する。着地点は道がより入り組んだ場所だった。この地区は表通りの裏にあるせいか再開発が進んでいない。家が密集していて薄暗く、所々に崩れかけた空き家もある。逃げるには格好の場所だ。さあ走り出そうとしたその時だった。
「鬼ごっこかな?」
突如どこからか響いた正体不明の声にアキレスは総毛立つ。低くなめらかな女性の声だ。さながらコントラバスのような美しい声色だった。無論アキレスにはコントラバスについての知識も、美しいなどと感嘆する余裕もない。瞬時に体中の本能が警報を鳴らし、間髪入れず弾ける様に走り出していた。だが後ろから声はついてくる。
「じゃあ私が鬼だね。ふふ」
じっとりとした嫌な汗で背中にはシャツが張り付き、呼吸が乱れ始める。一方で謎の女性は雑談でもするように話しかけてくる。その楽しそうな声に、アキレスの焦りは増す一方だ。先ほどまでの闘志はあっという間に吹っ飛び、とにかく逃げることのみを考えていた。どうやっても逃げ切れないのではないか、そんな疑念が心の片隅に巣食い始める。そして考え事は容赦なく判断力を鈍らせてしまう。ここを曲がってその先を左だ、そう思い曲がった先はなんと行き止まりだった。視界に広がるレンガの壁に頭が真っ白になる。どこで曲がり損ねたのか、いやいくつか手前で曲がってしまったか。
「くそっ」
何も考えられずに必死で壁をよじ登る。今日の仕事はやめだ。ここで登って屋根伝いに走って、最短で街から出る。それで終わりにしよう。屋根の縁に手をかけ一気に身体を起こす。屋根に着地し視界が開けるとともにアキレスは絶句した。
すぐ目の前に人が立っていたのだ。まさかあの女性か…いやまだ声の主かどうかはわからない。後ずさろうとしたアキレスの一縷の希望はあっけなく打ち砕かれた。
「もう終わりかい?」
からかうようなその声は間違いなくあの低い声で、こちらを射すくめるようなその視線は間違いなくあの妙な視線だった。既に限界まで早まっていた心臓がまた加速し始める。なぜ振り切れないのか。僕の全力でどうして逃げ切れない。そんな意味の無い問いがぐるぐると頭を巡る。
「良い匂いだからね、絶対に『嗅ぎ失わない』さ」
何かを取り出しながら、アキレスの心を読んだかの様に彼女は言った。彼女がその手に持つものを見て彼はまたもや言葉を失う。
それは一昨日消えたアキレスの服だった。
自分の身に想定外のことが起こりすぎたからだろうか。立ち尽くすアキレスは逆に超然とした眼で彼女を観察していた。褐色の肌、黒い耳と尻尾と手足。アヌビスだ。あのとき服が消えたのはこいつの仕業だった。それから僕の匂いを覚えてここまで尾行された。イヌの嗅覚は伊達じゃないってことか。思考が終わると今度はやり場のない怒りがわいてきた。服を盗まれ、その匂いで延々と尾けられた。逃げ切れなかったことへの悔しさ。匂いを嗅がれることへの羞恥。彼のプライドはひどく傷ついていた。
「…ふざけるなっ」
アキレスは顔を真っ赤にして叫ぶと勢いよく屋根を飛び降りる。火照った顔を走った風でなんとか冷ましながら大通りに入り込み、朝市でごった返す人の群れに身を任せる。少年の彼はたちまち人混みに見えなくなった。並の人間であれば彼が突然消え去ったと錯覚する程の手際だ。加えてアキレスが狙ったのは匂いだった。香水をつけた通行人や焼きたてのパン、強い香りを漂わせる果物。様々な匂いがアキレス自身の匂いを覆い隠していた。いかに鋭い嗅覚の持ち主といえどこれでは手が出まい。あのまとわりつく様な視線もいつしか消えた。なんとか逃げ切ったという達成感がわいてくるが、まだ油断はできない。アキレスは怪しまれない様に後ろを振り返りつつ、街の門を目指す。次第に人がまばらになり、門が近づいてくる。衛兵に見つからないように門の横をよじ登れば脱出成功だ。最後にもう一度後ろを振り向いて確認する。大丈夫だ。視線も気配も追いかけてはきていない。前に振り返りつつ門を回り込もうと素早く角を曲がろうとしたその時、向かいからやってきた誰かとぶつかってしまう。勢い余って抱きつく様な格好になってしまった。手短に謝り先へ行こうとしたが相手がなかなか離してくれない。
「ぶつかったのは謝るよ、急いでるから早く離してく…」
「こんどこそつかまえたよ」
もう逃げ切ったと思っていたアキレスが状況を理解するよりも早く、その誰かは彼の両手を後ろ手に縛り上げてしまった。
「……そんな…」
無論言うまでも無く、先ほどのアヌビスである。彼女は二の句を継がせずアキレスを軽々と持ち上げた。俗に言うお姫様だっこの形だ。恥ずかしくはあったが、もうアキレスに逃げ出す気力は残っていなかった。
「匂いで隠れるのは流石だったけど君、裸足の音って結構独特なんだよ。ま、とりあえず同行願おうか」
アヌビスはとてつもないスピードで路地裏を移動しながらとんでもないことを口走る。あの喧噪の中からアキレスの足音だけを聞き分けたという。これは逃げ切れないわけだ。アキレスはもうどこか逃走を諦めてしまった自分をぼんやりと自覚した。
2分ほど移動しただろうか。アキレスはどこかの路地裏に下ろされた。その手つきは丁寧だ。あたりは見知らぬ住宅街。いつも登るようなレンガ造りの家は見当たらない。代わりになめらかで真っ白な外壁の、見るからに高級そうな家々が立ち並んでいる。アキレスが暗記している「ほぼ全て」の例外。この街の上流階級が住む高級住宅街だ。防犯レベルの高さときれいに区画された広い道、極めつけは登りづらい壁。リスクが高すぎるためにアキレスが手を出してこなかった地区である。まだ日は昇りきっておらず、二人が立つ場所は家の陰になっていて薄暗い。アヌビスはアキレスを壁際に立たせてからにこやかに話し始めた。
「ここはあんまり知らないだろう?ここ数週間見てたけど一回もこっちには来なかった」
アキレスは半ば脱力気味に応える。
「あんた、僕をつけまわして何が楽しいの?」
「そりゃあ私は自警団の者だもの。泥棒を追いかけるのが仕事さ。とにかく危ない物持ってないかチェックさせてもらうね。…まず上から」
アヌビスはそう言うなりアキレスの背中に手を回してきた。今度はアキレスが抱きつかれる様な格好だ。驚いて抵抗しようとするも後ろ手で縛られている彼は動けない。アヌビスはそのまま顔を近づけ、アキレスの首元に顔を埋める。長くてさらさらした焦げ茶の髪が首筋にあたってくすぐったい。褐色の首筋からはかすかに汗の匂いがした。普通に吸って吐いてをするのがなんとなく躊躇われて、少年は彼女に息が当たらないくらい浅く呼吸を繰り返す。そのままじっとこらえていたアキレスだったが突如その身体が跳ね上がる。アヌビスが耳に熱い吐息を吹き込んできたのだ。なんとか声は抑えた少年に彼女は小さく笑って続ける。
「おや…耳に何か隠しているのかい?これはしっかり調べないと…だね」
そのまま何度も息を吹き込まれる。アキレスは思わず抵抗しようとするが体験したことのない快感に身体が弛緩してしまい、立っているのがやっとだった。アキレスの引き締まった胸板にはアヌビスの胸が押しつけられ、柔らかい弾力と熱を伝えてくる。同時に彼女の高鳴る鼓動も。いや、これは僕自身の鼓動だろうか。アキレスにはもうわからない。やがて呼吸は荒くなり、脚ががくがくと震え出す。かすれた声が喉から漏れ出すと、アキレスは羞恥から頬をあかくしてそっぽを向いた。
「まだ名乗ってなかったけど…アキレスくん、私は自警団団長のチェロっていうんだよ。よろしくね」
チェロは耳元でそう囁くや否やアキレスの耳に舌を這わせてきた。次は耐えられなかった。アキレスは大きな声を漏らし彼女にもたれかかる。いままで出したことのない自身の嬌声にアキレスはひどく狼狽した。自分が自分でないようだ。すると突如チェロはアキレスを自分から引きはがした。検査が終わったのかと安心したアキレスが顔を上げると、しかしそこにあったのは先ほどまでとは打って変わって色欲でぎらついたチェロの双眸だった。アキレスの表情に怯えの色が走る。チェロはそんなことは気に留めず両手の縄を切り裂き、壁に手をつかせて言い放つ。
「おとなしくしてなきゃだめだろう?まだ検査中なのに」
文句を言いたげなアキレスに彼女は後ろから抱きつき、シャツの下の胸板をまさぐる。そしてまだきれいな薄桃の蕾を探し当てると肉球の腹でふにふにと虐め始めた。アキレスは乳首をいじったことはおろか自慰すらしたことがないので、それ自体は快楽には結びつかない。だがチェロが先ほどよりも激しく耳を舐め回し始めると、どの刺激がどの快楽なのか、そんなことは直ぐにわからなくなってしまった。チェロは耳介の凹凸の隅々までを丁寧に舌でなぞってくる。アキレスの耳はすぐに唾液まみれにされてしまった。唾液の水音と熱い吐息とをゼロ距離で浴びせられ、アキレスの頭は真っ白だ。もはや喘ぎ声は止めどなく漏れ、四肢が脱力する代わりに手足の指先がひくひくと痙攣し出す。次第にアキレスの乳首は熱を帯びて膨らみ、いじらしい主張を始めた。
「胸に何かあるね…ふふふ、これもじっくり調べないと」
今まで肉球で押しつぶされていただけの乳首に鉤爪が引っかけられる。少しずつ感度を高めていたそれらは確実に快楽を伝え始めた。実はチェロが魔力を流し込んで開発を早めていたのだが、アキレスには知るよしもない。アキレスはというともう座り込む寸前だった。背後から全身を包む熱くて柔らかな肢体、鼓膜にまとわりつくような低い囁き声、脳みそを溶かすような熱い息。それに加えて赤く充血した乳首が爪で何度も何度も弾かれる。その度に自分の喉からはいやらしい声が漏れ、勝手に指先に力が入る。それでも今座り込んだらまた理不尽に苛烈な責めがやってくるかもしれない。なけなしの理性を総動員してアキレスは姿勢を維持していた。
「…じゃあ、次は下。ここはいろいろ隠しやすいから丹念に調べないとね」
柔らかな肉球が胸から腹、腹から鼠径と順に撫で回してくる。
「すべすべできれいだね…毎日水浴びしてるものね」
アキレスにはもうのぞき見を非難する力もない。できるのはただただ跳ねる体と漏れ出る嬌声を抑えようとすることだけだ。
やがてチェロの手はアキレスのペニスにたどり着く。小ぶりで皮がむけきっていないそれは痛いほどに怒張し、先端は既に先走りでぬるぬるだった。
「んん?これは何?」
チェロはわざとらしくおどけて肉棒を両手の肉球で揉み始める。先走りは二つの肉球に絡みつき、肉棒全体に塗り広げられた。肉球はねちゃねちゃといやらしい音を立てながらじっくりと少年のそれを揉みくちゃにして、腰が抜けそうな快楽を与えてくる。
「皮の中を確かめないといけないね」
爪で優しく皮が引っ張られる。壁に手をついてなんとか立っているアキレスは自分のものの皮がむかれるのをなすすべもなく見下ろすことしかできない。粘液のおかげかすぐに亀頭はあらわになった。赤く膨らんだそれを覗き込んだチェロは上気した顔で舌なめずりする。もはや彼女は何も言わないままアキレスの前にしゃがみこみ、びくびくと震える肉棒に顔を近づけて鼻を鳴らしながら匂いを嗅ぎ始めた。脱力しそうな少年の脚をがっしりと掴み、夢中になって嗅ぎ続ける。自分のペニスが女性に嗅がれる様子は女性経験の無いアキレスにはあまりにも背徳的な光景だった。時折鼻や口が触れるたびにそれはびくりと跳ね上がり、先端からは透明な粘液がにじみ出す。やがて亀頭表面にたまりきらないそれはとろりと糸を引いて地面にたれた。チェロは口を開いて赤い舌を差し出すと、アキレスの股の下で粘液の糸を受け止める。舌はそのまま上へ粘液を追っていき肉棒へたどりつくと、裏筋から亀頭までをゆっくりと舐めあげた。そしてチェロは舌に亀頭をのせたまま大きく口を開けて、脈打つそれをほおばる。
「あっ、や…やめてっ」
肉棒に熱い粘膜が密着した。狭い口内で裏筋が徹底的になぶられると同時に竿全体に強い吸い付きをかけられる。傍からは咥えられているだけに見えるが口内では舌がねっとりと絡みつき蠢いており、ぬちぬちという水音を響かせていた。まるで魂を吸い出されてしまうかのような感覚に、アキレスは反射的に腰を引こうとした。しかしいつの間にか腰をチェロに抱きしめられていたため少しも逃げることができない。抵抗できないまま延々と肉棒にしゃぶりつかれ、じわじわと腰の周りに快感が広がっていく。
「こら、にげないの」
チェロが咥えたままもごもごと口を動かすと、舌の動きと声帯の振動が容赦なくアキレスを追い詰める。口の中で亀頭が膨らみびくびくと律動を始めると、チェロは鼻息も荒くそれに吸い付いたままゆっくりと頭を前後させた。
「まって…ほ、ほんとに…だめ…っ」
細く震える声での懇願も空しくとどめとばかりに吸い付かれた肉棒は、大きく跳ねると同時に大量の精液を吐きだし始めた。口内にぶちまけられた精液をチェロは貪欲に飲み込んでいく。射精中にじゅるじゅると吸い付かれる快楽は破滅的で、アキレスは頭がおかしくなってしまいそうだった。数十秒間の長い射精が終わった後も、チェロはなかなか肉棒から口を離してくれない。尿道に残った精液やカウパー液まで残らず吸い出されているのだ。射精後の疲労感とじんわりと精液が漏れ出す心地よさとで、アキレスはついにその場にへたり込んでしまった。ようやく解放された肉棒は唾液でてらてらと光り、チェロの唇と細い銀糸でつながっている。眼の焦点も合わず放心していたアキレスだったが、休む暇も無く押し倒される。柔らかい肉球で睾丸を揉まれると、半立ちだった肉棒は途端に大きくなり始めた。
「んふふ…依存性が強そうな液体だったから押収させてもらったけど…この分だとまだまだ隠してそうだねえ?」
「あ…う…」
抵抗する力も尽きた小動物に、黒い狼は淫らな囁きを投げかける。閑静な住宅街の片隅に響く水音は一日中やむことはなかった。
20/02/05 20:23更新 / キルシュ