救急車がタクシーではないようにですね
便利な世の中になった。
以前と比べて、ほしいものがずいぶんと簡単に手に入る。
自分にとって最もありがたいのは、食事だ。
連絡一つで、すぐに料理が運ばれてくるようになったのは、非常にありがたい。
面倒な買い出しも必要なくなった。
人によっては便利になったこの社会を批判するが、自分はこれでいいと思う。
便利を意図的に不便にすることはできても、不便を意図的に便利にすることはできないから。
過去の緩やかな生活が懐かしいならその生活を続ければいいのだ。
自分は別に懐かしく思わないから、今の社会技術を思う存分利用している。
さて、今日の夕飯は何にしようか。
昨日はかなり油が濃いものだったから、今日は野菜多めにしようか。
メニューを決めたところで、受話器を取る。
二十分もすれば、ハーピーが夕食を持ってきてくれることだろう。
食事が届いた。
受け取る際にハーピーが一言。
あたしも一緒に食べちゃわない? だそうだ。
聞かなかったことにして、料金を払い、おかえりいただいた。
扉の外で何やら言っているが、食事が冷めるので無視。
一日にたった三回しかない至福の時間。
料理とはすごい。生きるために必要な作業を、できるだけ楽しく、快適にしようと、先人たちが努力してきた成果。
自分は建築技師だ。
自分で言うのも何だが、腕はいいと思う。
魔物娘と生活を共にする社会になってから、建築という学問は複雑になった。
魔物娘たちは人間のように地面に足をついて生活する種族ばかりではない。
空を飛ぶもの、壁を通り抜けるもの、炎を纏うもの、そのすべてが共生できる建物を立てることは非常に難しい。
今町では再開発が行われている。
次から次へと仕事が舞い込んでくる。
うれしい悲鳴というやつだ。
時間が取れない。
料理を作る時間などない。
わずかに睡眠をとり、朝が来る。
仕事に没入。
あっという間に昼。
いつものように出前を取る。
今日の配達人は新顔だった。
新しく入社したらしい。
やや緊張しているのがよくわかる。
態度がどことなくぎこちない。
毎日会うことになるだろうからよろしくと私は言った。
「よろしくお願いします」
あわてた様子でそう返してきた。
その様子に、今までのハーピーのような下心が見えなかった。
私は彼女に興味を持った。
それからしばらく、これといった理由もなく、配達のたびに彼女と会話をするようになった。
お互いの仕事の様子、天気、家庭事情、さまざまなことを教えあった。
彼女は魔物娘にもかかわらず、男の経験がないらしい。
それほどまで欲求がないのだという。
不思議なこともあるものだ。
ある日、いつものように夕食を配達してもらうと、彼女の様子が変だった。
「どうしてわかるんですか?」
彼女は驚いた。
動揺を隠しているつもりだったらしい。
毎日会って話をしている。さすがにわかる。
そういうと、彼女は理由を打ち明けた。
食事配達サービスを、性処理のために利用する男は、少ないながらもいる。
配達してきたハーピーを家に連れ込むのだ。
それを望むハーピーもいるためか、あまり会社も状況を改善しようとはしていないらしい。
「乱暴されそうになったんです」
相手はただの人間の男だ。ハーピーの力で逃げられたらしいが、彼女のトラウマになっていることは見ればわかった。
私はその話を、ただただ聞いて、相槌を打つことしかできなかった。
しかしそれでも、彼女は
「聞いてくれてありがとうございます」
そう言ってくれた。
再開発がいよいよ盛り上がり、私の仕事も増えてきた。
連日徹夜。さすがに疲れが溜まってきた。
「少し休まれたほうがいいんじゃないですか?」
彼女にも心配された。
しかし、休むわけにはいかない。
休むわけには……。
限界が近いことは自分でもわかった。
一番の幸せであったはずの食事がのどを通らない。
だが、まだ仕事は残っている。
……仕事……。
私は意識を失った。
目が覚めると病院だった。
なぜ病院に自分がいるのか、最初はよくわからなかった。
話を聞くと、彼女が私が倒れているのを発見したらしい。
そのまま、彼女は私を病院まで飛んで運んだらしい。
大の大人を一人で、大変だっただろうに……。
注文をしたわけでもないのにどうして私の家に来たのか、彼女に聞いた。
「いつも注文してくださるのにそれがないから……、それに、疲れているみたいでしたし……」
そう彼女は答えた。
思わず私は彼女を抱きしめた。
「ひっ……」
彼女は小さく悲鳴を上げた。
「乱暴されそうになったんです」
いつかの彼女の言葉を思い出した。
私は、済まない、と言った。
一日の入院を終え、病院を出て、家で仕事を再開する。
宅配を頼んだ。
宅配人は彼女ではなかった。
食事はあまり楽しくなかった。
再開発もおおよそ終わり、街並みが新しくなった。
ある日の配達、彼女がやってきた。
食事を渡した後、顔を伏せて彼女はこう言った。
「この前はごめんなさい……」
何を言っているのか、謝るべきはこちらの方だし、感謝こそすれ、何を怒るのだろう。
こちらこそ済まなかった、私はそう言った。
彼女は我が家の玄関から出ようとしなかった。
彼女が私に抱き着いてきた。
「ごめんなさい……」
私は彼女を抱きしめ返した。
悲鳴は聞こえなかった。
以前と比べて、ほしいものがずいぶんと簡単に手に入る。
自分にとって最もありがたいのは、食事だ。
連絡一つで、すぐに料理が運ばれてくるようになったのは、非常にありがたい。
面倒な買い出しも必要なくなった。
人によっては便利になったこの社会を批判するが、自分はこれでいいと思う。
便利を意図的に不便にすることはできても、不便を意図的に便利にすることはできないから。
過去の緩やかな生活が懐かしいならその生活を続ければいいのだ。
自分は別に懐かしく思わないから、今の社会技術を思う存分利用している。
さて、今日の夕飯は何にしようか。
昨日はかなり油が濃いものだったから、今日は野菜多めにしようか。
メニューを決めたところで、受話器を取る。
二十分もすれば、ハーピーが夕食を持ってきてくれることだろう。
食事が届いた。
受け取る際にハーピーが一言。
あたしも一緒に食べちゃわない? だそうだ。
聞かなかったことにして、料金を払い、おかえりいただいた。
扉の外で何やら言っているが、食事が冷めるので無視。
一日にたった三回しかない至福の時間。
料理とはすごい。生きるために必要な作業を、できるだけ楽しく、快適にしようと、先人たちが努力してきた成果。
自分は建築技師だ。
自分で言うのも何だが、腕はいいと思う。
魔物娘と生活を共にする社会になってから、建築という学問は複雑になった。
魔物娘たちは人間のように地面に足をついて生活する種族ばかりではない。
空を飛ぶもの、壁を通り抜けるもの、炎を纏うもの、そのすべてが共生できる建物を立てることは非常に難しい。
今町では再開発が行われている。
次から次へと仕事が舞い込んでくる。
うれしい悲鳴というやつだ。
時間が取れない。
料理を作る時間などない。
わずかに睡眠をとり、朝が来る。
仕事に没入。
あっという間に昼。
いつものように出前を取る。
今日の配達人は新顔だった。
新しく入社したらしい。
やや緊張しているのがよくわかる。
態度がどことなくぎこちない。
毎日会うことになるだろうからよろしくと私は言った。
「よろしくお願いします」
あわてた様子でそう返してきた。
その様子に、今までのハーピーのような下心が見えなかった。
私は彼女に興味を持った。
それからしばらく、これといった理由もなく、配達のたびに彼女と会話をするようになった。
お互いの仕事の様子、天気、家庭事情、さまざまなことを教えあった。
彼女は魔物娘にもかかわらず、男の経験がないらしい。
それほどまで欲求がないのだという。
不思議なこともあるものだ。
ある日、いつものように夕食を配達してもらうと、彼女の様子が変だった。
「どうしてわかるんですか?」
彼女は驚いた。
動揺を隠しているつもりだったらしい。
毎日会って話をしている。さすがにわかる。
そういうと、彼女は理由を打ち明けた。
食事配達サービスを、性処理のために利用する男は、少ないながらもいる。
配達してきたハーピーを家に連れ込むのだ。
それを望むハーピーもいるためか、あまり会社も状況を改善しようとはしていないらしい。
「乱暴されそうになったんです」
相手はただの人間の男だ。ハーピーの力で逃げられたらしいが、彼女のトラウマになっていることは見ればわかった。
私はその話を、ただただ聞いて、相槌を打つことしかできなかった。
しかしそれでも、彼女は
「聞いてくれてありがとうございます」
そう言ってくれた。
再開発がいよいよ盛り上がり、私の仕事も増えてきた。
連日徹夜。さすがに疲れが溜まってきた。
「少し休まれたほうがいいんじゃないですか?」
彼女にも心配された。
しかし、休むわけにはいかない。
休むわけには……。
限界が近いことは自分でもわかった。
一番の幸せであったはずの食事がのどを通らない。
だが、まだ仕事は残っている。
……仕事……。
私は意識を失った。
目が覚めると病院だった。
なぜ病院に自分がいるのか、最初はよくわからなかった。
話を聞くと、彼女が私が倒れているのを発見したらしい。
そのまま、彼女は私を病院まで飛んで運んだらしい。
大の大人を一人で、大変だっただろうに……。
注文をしたわけでもないのにどうして私の家に来たのか、彼女に聞いた。
「いつも注文してくださるのにそれがないから……、それに、疲れているみたいでしたし……」
そう彼女は答えた。
思わず私は彼女を抱きしめた。
「ひっ……」
彼女は小さく悲鳴を上げた。
「乱暴されそうになったんです」
いつかの彼女の言葉を思い出した。
私は、済まない、と言った。
一日の入院を終え、病院を出て、家で仕事を再開する。
宅配を頼んだ。
宅配人は彼女ではなかった。
食事はあまり楽しくなかった。
再開発もおおよそ終わり、街並みが新しくなった。
ある日の配達、彼女がやってきた。
食事を渡した後、顔を伏せて彼女はこう言った。
「この前はごめんなさい……」
何を言っているのか、謝るべきはこちらの方だし、感謝こそすれ、何を怒るのだろう。
こちらこそ済まなかった、私はそう言った。
彼女は我が家の玄関から出ようとしなかった。
彼女が私に抱き着いてきた。
「ごめんなさい……」
私は彼女を抱きしめ返した。
悲鳴は聞こえなかった。
14/01/05 23:10更新 / 辰野