読切小説
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ノットフレンドアンデッド


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

最近、二つの悪夢を見る。
怖くない悪夢と、怖い悪夢。
家族に拒絶される夢は怖くない、突き飛ばされたり冷たい目で見られても平気だ。
それは嘘でも強がりでもなくて、本当はとても優しい人達だと知っているから、それが現実ではないとすぐにわかる。
不安が生み出した幻でしかないと思える。
現実じゃないから怖くない。
だからこそ、夢は現実に近ければ近いほど怖いものになる。
家族を自分のせいで悲しませてしまう夢がそうだ。とても現実的で、きっと実際にそうなってしまうだろうと知っている。
これはいつか未来に起こる現実なのだと受け止めてしまう。
だからきっと受け止めきれなかった分が、目の端からこぼれてこぼれて、止まらないのだろう。
そうでなければ、この身体からこんなに液体が出てくる筈はない。
ああ、嫌だ。
また彼に迷惑そうな顔をされてしまう。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



とりあえず山田墓丸(やまだ はかまる)と呼んでほしい、僕はしがない高卒アルバイターだ。一応酒を飲んでも捕まらない年齢ではある。
墓丸は本名じゃなくてあだ名だが、少なくともこの物語の中で僕の本名が呼ばれる事は稀だろうから別にそこは覚えなくても問題ない。
え?なんで墓丸だって?なんか中学の頃に教科書に骨のイラストばっか描いてたらそういうあだ名で呼ばれたから。

「ぐすっ、ん、ぐ、ぅええええええ…っ……はか、はかまる…はかまるぅ……っ!」

で、さっきから僕の腕の中でえぐえぐ泣きじゃくってる白いモンスターが僕の元親友、川口無久郎(かわぐち むくろう)。
名前からしてもちろん男だ、生きていた頃は。
少年期特有の高い声にも似たソプラノを震わせ、腰まで伸びた銀糸のようなセミロングの髪を揺らす人型の異形は、胸部こそおっぱいなどと呼ぶにはやや貧し…慎ましやかではあるが。
しかしその髪と同じ銀色の長い睫毛や、片腕で簡単に包み込めてしまう細い肩、きゅっとくびれた腰は、その身体が間違いなく女性である事を主張している。
ただし、彼女の容姿を説明するにはこれでは不十分だ、むしろ詐欺に等しい。

瞳の色は血のような紅。
そこに全ての血を使い切ったと言わんばかりに肌は血色を許さない白。
顔の片側はガイコツのような仮面で覆われており、首元も骨のような器官で覆われている。
背中からも白い裸体を包み込むように肋骨のような鋭利な器官が回り込んでいるが、露出度を下げるという観点からすると明らかに力不足で白い肌がそりゃもう見えまくってる。というかむしろ裸ニーソや裸エプロンに近い、裸ボーンとでも称するべき謎の趣があって、全裸よりもよほど目の保養になる。
そして極め付けに、その四肢がだいたい上は肩のあたりから下は腿のあたりから、剥き出しの骨そのものなのだ。しかも関節からはちらちらと鬼火のような青い燐光が漏れ出ている。恐らく筋肉無しで骨の手足を動かすための魔力か何かだろう。
それらの特徴は彼女が女の子であると同時に、紛れもなく異形の存在でもあるのだと語っていた。

このスケルトンという魔物娘は街中ではそうそうお目にかかれないタイプだと思う。
魔物娘という一昔前までファンタジーの産物だったものがいつのまにか日常に浸透し、異世界のゲートがどうとか、魔物娘は実在した!とか、テレビで特集が組まれても大抵の人は「いや知ってますけどねー」で聞き流すし、僕も「まーうちのバイト先にもいるくらいだからなー」って感じだった。
魔物娘という条理を超えた存在が世に認知されたところで、戦争が無くなったわけでもなければ貧困が解決したわけでもないし、テレビでは毎月のように不登校や自殺のニュースが流れ、それまで社会に溢れていた不条理は依然として世界に在り続けている。
なべて世はこともなし、それが僕を取り巻く現実だったはずなんだけど、なんの因果か今は魔物娘になってしまった元親友と一つ屋根の下で暮らしている。
他人事なら羨ましい限りのことだし、僕だって男友達がいれば自慢したかもしれないが、でもよりにもよってなぜスケルトンなのか。
なんせこいつらは人間の骨に淫魔の魔力が宿ると生まれるというのだ、怖い。リアルに死人が蘇るっていうのがまず普通に怖すぎる。
つまりこいつは川口家の墓の下に埋まった骨壷から、こっそりと抜け出してきた事になるわけだが、ひっくり返された墓とか骨壷が今どうなっているのか考えるだに恐ろしい。警察沙汰になっていないといいのだけど。
で、ひょんなことから色白銀髪美少女アンデッドとして蘇ったかつての親友は、なんやかんやで僕の家に居候を決め込んでいる。
それは別にいいのだがこの居候、ときどき夜中に飛び起きて騒ぎ出し僕の安眠を妨害するのだ。ちょうど今のように。

「おーいむくろ、いいかげん泣き止めよ。つーか離れろ、僕のTシャツぐっちゃぐちゃじゃん」

"むくろ"というのは「生前から女だった」と主張する彼女の自称するところの本名である。
そんな彼女からすれば無久郎という男の名前は気に入らないらしく、むくろと呼ばれるたびにどこか照れたように、嬉しそうにはにかむ。
その表情にふと心臓が跳ねそうになるたび、自分の単純さに辟易する。見た目がいいならなんでもいい、男なんてそんなもんである。
とはいえ、この心境に至るまで少しの自問自答はあった。
最初はもう少しぞんざいに扱うつもりだったのだ。
こいつは元親友で元男なのだ、呼び名とか無久郎でいいじゃないか、半音違いだぞ。というかなんで僕がこんな押しかけ居候のご機嫌なんか伺わなくちゃいけないんだ。
それで二、三度試して分かった。無理だ。
彼女は無久郎という「男の名前」で呼ばれると、微笑むのだ。噛み潰した苦虫の味を隠すようようなぎこちない笑顔。それを見ると胃が重たくなるような感覚に襲われる自分を自覚して、無理だった。
卑劣なり川口むくろ、いっそ追い出してしまおうかとも思った。
むくろは元親友だ、もう親友なんかじゃない。彼女の白い身体のように僕達の関係は白紙に戻っていて、赤い眼をした赤の他人だ。そういえば職場に魔物娘の先輩がいたじゃないか?彼女に押し付ければいい。
なるほど名案だ、最初からそうすればよかった。
そう思ったので実行したが、断られた。

「ひ、拾ったからには、責任持って、面倒みなさい」

捨て猫かよ。
いや、なんとなくこうなる事は分かってたのだ。理不尽な事に、通報したら駆けつけてくれたエジプトっぽい感じの犬耳の婦警さんや市役所の魔物課のツノ生えたシスターさんも同じような反応だったから。

「あー…そっかぁ…スケルトンかぁ…スケルトンがわざわざ君のところに…なら君が何とかするのが一番丸く収まるというか、詳しく説明するのは野暮というか、うん。君も男の子なら頑張りなさい」
「んー施設とか引き取りとか、そういうのは無いですねー。アンデットの方でしたら生活費も殆ど趣向の問題ですし…あっ、山田様が婚約者として申請していただければ少し助成金が…えっいらないんですか?残念…」

他に「骨の怪物みたいな女がうちに上がり込んできたんすけど」なんて言われて助けてくれる相手には、さすがに心当たりが無い。
中学生の頃は僕が頼みもしないのに人の心に踏み込んでくるお節介な馬鹿野郎が一人、いつも隣に居たのだけど。
今はそいつが悩みの種である。



ε==3 ε==3 ε==3



「で、どしたん。訳くらい言え」
「…こわいゆめ見た」
「そか」

ぐしぐしと人のTシャツで鼻をかむ元親友。
鼻水出るのかよ、骨のくせに。顔半分を覆うガイコツ面がゴツゴツ当たるし。
悪夢を見たというのは、最初夜中に起こされた時からなんとなくわかっていた。
突然ひとり暮らしの部屋に上がり込まれて以来、かれこれ三週間になるか。
こうして夜泣きよろしく起こされてはぐずぐず泣かれるのも五度目だ。

「よしよし、怖かったな。洗濯機にかけたタオルって放置すると固くなるよな、のりのよくきいた浴衣なんかもそう言うのだけど、日本語においてこうしたオノマトペは昔から数え切れないほど痛っ!小指の骨でつつくなよ、地味に痛いぞそれ」
「ぐすっ…それは怖かったじゃなくて、ゴワかった…!」

ツッコミができるくらいには落ち着いてきたようだ。そっと白い身体を引き剥がす、力加減を間違えば壊してしまいそうな華奢な肩だ。
途端、むくろはいやいやをするように頭を振って胸元にしがみついてきた。

「おいおい、甘えんぼかよ」

波打つ銀色の髪からは名前も知らない花の香り。瞬きの間、時間が止まったかのような気がした。
ふと時計を確認すると、午前3時。
この時間に起こされるのもなんだか慣れてきてしまった。

「じゃあどんな夢見たんだ」
「…よく覚えてない」

そうは言うけど目を逸らしすぎだ、相変わらず嘘つくの下手だなこいつ。
まあ僕も敢えてその辺を指摘はしないというか、したくてもできないのだ。
秘密を抱えるというのは苦しい、知っているのに知らないふりをするのもまた同様だ。
バイト先で知り合ったドッペルゲンガーの先輩に手伝ってもらって、むくろの夢を盗み見しようとなんてしなければ、僕もこんな思いをせずに済んだのだろうか。

先輩についてはここでは詳しくは語るまい。
バイトの休憩時間中に店の裏で先輩と先輩の彼氏さんと先輩の彼女さんが三人でチュッチュしてるのを見ちゃったとか、彼女さん悪魔っぽい尻尾出ちゃってたりとか、そんな非モテの男子にとってあまりにもショッキングな場面をいちいち思い出したくないとかいう事情も特にない。ないったらない。
まあ一応、出会いに感謝はしているのだ。

ひとつ、例え話をしよう。
ある雨の夜、君が居留守を使ってるのに30分以上も無言で玄関のチャイムを連打してくる不審者が出たとする。
君はそいつを撃退するため、まず顔を確認しようとドアスコープを覗いた。
そしたら半分骸骨面で青白い肌の銀髪少女が、たった今墓穴から出てきましたって感じの泥だらけの姿でこちらの方を向き

「…私…中学で一緒だった…川口、むくろ…久しぶり」

とかわけのわからん事を言ったとしたら、どうするよ?
もしリアルに魔物娘の知り合いがいて魔物娘慣れしてなかったのなら、僕が持ち出したのは泥を拭いてやるためのタオルではなく、斧かチェーンソーになっていた事だろう。
ーー閑話休題。
ええと何の話だったっけ?
そう、僕が夜中に飛び起きた元親友の悪夢について深い追求を出来ない理由だ。
実に単純な事で、むくろが一体何の夢を見てこうなっているのか、僕は既に知っているのだ。



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突然ひとり暮らしの部屋に上がり込まれて以来、かれこれ二週間と五日。
つまりは今からほんの一昨日の事だった、夜泣きのしつこい居候を何とかして黙らせるべく僕は先輩に相談をした。

「わ、わかった。それで、や、山田君のお家に居候してる、元親友の、ス、スケルトンちゃんの悪夢を、何とかする方法だけど…」
「ちょっと待って怖い怖い怖い先輩怖い!?さらっと流そうとしてるけど元親友とかスケルトンなんて僕一言も言ってないっすよ!なんで分かるんすか!?」
「だって山田君、い、いつも骨とか、ガイコツのグッズ、持ってる。魔物娘の気配も、アンデット系。れ、連想するなっていう方が、難しいよ」
「あー…なるほど」
「や、山田君のご家族、みんな元気だって、この前実家から、お、おみかん分けてもらった時ね、聞いたから。山田君は彼女いない歴=年齢って、この前の休憩時間に言ってたし、な、なら、消去法で、幼馴染とか、親友かなって」
「先輩って喋り方はコミュ障丸出しだけどキレ者っすね…」
「き、きっとその子、山田君が好きなものに、なったんだよ。魔物娘だから、ね」
「はぁ…そんなもんすか」
「ま、まずは原因、悪夢の内容とか、し、調べると良いんじゃ、ないかな」
「でもあいつ、聞いても教えてくれないんすよ」
「じゃ、じゃあその夢。こっそり、の、覗いちゃお?」
「できるんすか!?やったー!」
「い、いちきゅっぱ、10回払いで、いいよ?」
「金取るんすか!やだー!!僕の先輩は優しそうな幼女の顔して平気でこういう事する人なのだ、幼さゆえの残酷さと言うべきか、彼氏さんはきっとドMのロリコンもとい菩薩もかくやという聖人に違いないと僕は確信し痛い痛いすんませんでした彼氏さんロリコン呼ばわりはNGでしたねごめんなさい!バールのようなもので脇腹をグリグリしないで下さい!買います!買わせていただきます!!」

まあ一括で払ったわけだが。さらば1万9千800円。
まんまと乗せられた僕は先輩から貰った魔界的なアイテムでむくろの夢を覗いてみることにしたのだ。



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深夜、リビングのソファで毛布にくるまった美少女の見る夢を、自室から壁越しにヘッドホンのようなマジックアイテムで盗み聞き、同時に双眼鏡のようなマジックアイテムで覗き見る僕。
はい、どう見ても変態です、本当にありがとうございました。
先輩曰く魔物娘の中にはナイトメアとかいう種族がいて、夢の世界を自由に行き来できるらしい。その話を聞いた時は僕も盗聴とか覗きじゃなくて直に夢の中に入れた方が良いと、そう思った。
だが二度とそんな事は思うまい、経験者として言わせてもらうが他人の夢なんていたずらに覗くものではないのだ。

「なんだよ、これ」

気がついたら僕は汗だくで息を荒げ、身につけたマジックアイテムをベッドにかなぐり捨てていた。
漏れ出た声は、僕の喉から出たとは思えないほどか細く震えていた。
吐き気がした。
今でも思い出す程に行き場のない感情をえぐり出されるそれは、むくろが自分の家族に拒絶される場面がテレビ番組を切り替えるように次々展開されるという光景だった。
ある場面では父親に「お前のような化物が息子なものか」と突き飛ばされていた。
別の場面では妹に「お姉さんなんか知らない、お兄ちゃんを返してよ」と怒鳴られていた。
兄に「警察を呼ぶぞ」と脅えられていた。
祖父と祖母に念仏を唱えられていた。
叔父に塩を投げられていた。
叔母に悲鳴を上げられていた。
飼い犬に噛み付かれていた。
夢特有のちぐはぐな場面転換で、僕もよく知る暖かで優しい人達が、見たことのない顔をする様を見せつけられる。5分でギブアップ、そして吐き捨てるしかできなかった。

「なんだよこれ、なんだよ…!」

僕は想像した。
夢を見ているとき、それを見る本人が夢だとはっきり自覚できる事は多くないだろう。夢はたとえ夢と分かっていても妙な現実感を押し付けてくるのだ。むくろのぼんやりとした無防備な意識に叩きつけられる、拒絶、否定、怒り、恐怖。
なんだよこれは、ふざけるな馬鹿野郎、一度や二度じゃない、うなされていたのは今日が初めてじゃないんだぞ。
僕は彼女がすすり泣きながらためらいがちに寝室に入って来る日以外も、ほとんど毎日うなされていた事を知っていた。でもどうすればいいかなんて分からなかったから、知っていて放置していたのだ。
彼女を家に上げてから1週間ほど経った日から、おそらく毎晩。その度に僕は、「またか、いい加減にしてくれよ」なんて思って布団を被り直していた。
喉元まで熱いものが込み上げて溢れそうになって、思わず口元を抑える。地面がグラグラと揺れているようで、よく見たら膝が震えていた。
あんな光景、普通は眠るという行為そのものがトラウマになる。そして少なくとも身近な誰かに相談する。声を上げて助けを請う。
そうするのが当然で、むくろにとって頼りにできる人間は僕しかいない。
だがむくろは何も言わなかった、一人で耐え続ける事を選んだ。居候だから、迷惑だからと、そんな遠慮をさせていたのは他でもない僕だった。
それでも、彼女は理由を説明しなくとも何度か寝室に入ってはきた。耐えきれなかった夢があったという事だ。
これ以上の悪夢があるというのだとしたら、それが夜泣きの原因に違いなかった。



ε==3 ε==3 ε==3



答えは次の日に明らかになった。
むくろは悪夢を見て、僕はそれを覗いて、そして冒頭の場面に立ち返る。
夜泣きの時は決まって壁の向こうからすすり泣きの声が聞こえて、しばらくすると遠慮がちにむくろが寝室に忍び込んでくるのだ。

「…墓丸……起きてる?」
「……………おう」

いつもはこの後、少しだけ居ていいかなんてむくろが聞いてきて、僕は迷惑そうに了承するのだが。

「…え、なに、急に」

白く小さな頭を抱え込むようにして、僕はむくろを抱きしめた。

「どうせ泣くんならもう少し思い切り泣け、馬鹿」
「……でも」
「胸貸すくらい迷惑でも何でもない、そのかわりなるべく早く泣き止んでくれ、僕も眠いんだ、ほれ早く」

こう言う言い方をしてやらないと素直に甘えられない、変に意地を張る性格は昔のままだ。
むくろは最初こそ戸惑ったようだったが、すこしきつめに抱きしめると、安心したようにこちらに体重を預けてきた。
力加減を間違えてしまえば折れてしまいそうな小さく頼りない身体。
通算で五回、僕は今までむくろをただ部屋に入れて、しばらく刺すような沈黙を味わって、もう大丈夫と嘘をついてリビングのソファに戻る彼女を首をかしげながら見送るだけだった。

「ぐすっ、ん、ぐ、ぅええええええ…っ……はか、はかまる…はかまるぅ……っ!」

恥も意地もなく子供のように泣きじゃくる、彼女の心を折ってしまう悪夢の正体。それを知ってしまった今となっては、もうそんな態度は取れそうにもない。
それは大切な家族に拒絶される夢などではなかった。
母親に、涙を流して謝られる夢だった。

『ごめんね、無久郎…女の子に、産んであげられなくて…』

ああ、おばさんならそう言いそうだと。思ってしまった。

『ごめんね…』

その言葉は、無久郎の葬式の時におばさんが自分の胸を裂くように呟いていたのと同じ響きだった。
むくろには自分が男だったという記憶は無い。
けど自分の家族の優しさは覚えているから、拒絶される夢なら所詮は夢だ現実じゃないと自分に言い聞かせる事は出来たかも知れない。
川口家の人々は懐が深い。何年も前に死んだ次男が生き返ったと聞けば女になってようが妖怪になってようが会いたがるし、喜んで受け容れてくれるだろう。そのくらい無久郎という少年は愛されていた。
悪夢は嘲笑う。だからどうした、そんな事が何の救いになるのだと。
不安が生み出す幻などより、現実的な予測の方がよほど彼女にとっては耐え難いのだ。
あの家族ならむくろの事情など汲み過ぎるほどに汲んでしまうだろう、記憶が歪んでいることなど1日と保たずに見抜かれてしまうだろう。
この僕がそうだったように。
むくろの歪んだ記憶の中では、生前の自分は川口「むくろ」という名前の「女の子」だった事になっていた。むくろは自分の本当の名前が川口「無久郎」という男の名前である事に、僕が真っ先に指摘して初めて気づいた。
同じような名前をした僕の親友と今の彼女とでは、同じところと違うところがあるのだ。
好きだった色やマンガが同じだ、遊びに行った遊園地の名前も覚えてる、当時のクラスメイトの顔と名前も一致する。
けど思い出の内容が微妙に違う。
まるでパラレルワールドの住人みたいだった。
歩き方が違う。
表情が違う。
確かな面影があるが違う。
しかし似ている。
いや、やっぱり違う。
でも同じところもある。
そんな葛藤を抱えながら彼女を受け入れたとして、家族の心の底に澱のように積み重なる負担は決して少なくないだろう、それは想像に難くない。
だからその先の可能性を垣間見せる夢が、現実的な重みを持ってむくろの心を打ちのめした。
彼女が夜中に飛び起きて泣きじゃくるのは、決まってその夢を見てしまった日なのだ。

これは僕の責任だ。

記憶のあいまいな、でも細かな癖や考え方から川口無久郎本人としか思えない女の子。むくろを家に入れたばかりの頃、僕は彼女の事を家族の元へと帰すべきだと思っていた。
とても僕一人の手に負える事態ではないし、事情を説明すればきっと受け容れてくれるだろう。今でもそう信じている事に変わりはない。
それで、本人の気持ちも考えずに

『せっかく生き返ったんだから家族に会いに行ってやったらどうなんだ。そしたらお前が男だったって確認も取れるだろ』

などと言ってしまった馬鹿野郎がこの僕というわけだ。
その時の彼女は僕の話を表情一つ変えずに黙って聞いていたが、心の中は恐怖と不安で荒れ狂っていたに違いない。
むくろが悪夢を見始めたのも、たぶんその日からだ。だからもう、家族に会えなどと軽い気持ちで言えなくなった。
むくろは自分に起こった変化に心が追いついていない。いつかは会いに行くべきだとしても、今はまだ早すぎる。



ε==3 ε==3 ε==3



そして、時は現在。
夜中に飛び起きてぐずぐず泣き出す居候をどうにかすべく、僕は妙案を思いついた。

「むくろ、今夜は僕のベッドで一緒に寝ろ。ていうか一人で寝れるようになるまでそうしろ」
「…………なんで?」
「夜泣きがうざい。居候だからって変な遠慮すんな」
「…なに、企んでる」
「元から無口だったけど死んでから拍車がかかったなお前。元親友を少しは信用しろ」
「…元って、なに」
「むくろよ、男だった記憶が少しも残ってないとしても分かれ、想像力を働かせろ。僕はやりたい盛りの童貞だぞ、魔物娘に転生した親友が居候で添い寝でしかもすげー美少女だったらお前、据え膳すぎるだろう。軽いし、いい匂いするし、サラサラのふわふわだし、貧乳だし、腰細いし、お前が僕の立場だったら異性として意識せずに居られるか?」
「…助平」
「うっせ。いいか、元が男だろうが僕はお前を異性として扱う。元親友だからって迂闊に肌を見せたり距離感を間違うのが間違いの元になるんだ、そんなんいつか理性を失くしてケダモノになるにきまってる」
「…ド助平」

ドレッドノート級スケベの称号を獲得した結果、僕の評価がジェットコースターの如く急降下。二人で道端のエロ本スポットを漁った日々はどこへ行ったというのか。
いや、それならそれでいい。警戒してくれているくらいがちょうどいい。
だってこいつシャンプーとか僕と同じやつ使ってるのに、すれ違うときにふわふわしたいい匂いがするのだ。しかも記憶が歪んでるせいかふとした仕草が完全に女の子で、元が男と分かっていてもドキッとする。
そんなのと親友だから大丈夫などという緩みきった精神で添い寝してみろ。一つ屋根の下、男女二人きり、何も起きないはずがない。

「はい、そうなったら身寄りのない魔物娘さんは抵抗すらできずおっとこれ以上は言えないなあぐへへへへって感じになります。僕は頑張って我慢しますので、君もちゃんと自衛して下さいね。…いいか僕はハッキリと忠告したからな!?頼むぞマジで!」
「…指をさすな、うざい」
「嫌なら早く一人で寝れるようになれ、幼稚園児かお前は。さーそうと決まったら寝室にゴーだむくろ、行くぞー」
「…はなせ、やめろ、ひとりで寝れる、寝れるようになるから」
「はいはいそれはいつになるんですかー?何時何分何秒地球が何回回った時ですかー?」
「…うざい」

スケルトンはとても力の弱い魔物娘のようだ。こんにゃく問答を繰り返しつつ、僕は抵抗する元親友を自室までズルズルと引きずり、布団の中に押し込めるのだった。
ベッドに入るとすぐ隣、正確にはベッド脇の方から抗議の声が聞こえてくる。

「…あの、墓丸」
「んー、どした。早く寝とけ」
「…なにこれ」
「何って、添い寝だろ?」
「…ベッドと布団じゃ、添い寝って言わない」
「嫌がってた割には細かいなおい。いいか男女だぞ、同じ部屋で寝てたら実質添い寝だろ。つーか同じ布団だったら間違いが起きかねないだろ。僕の理性を試すな」
「…わかった、もういい」

ホッとしたような、でもどこか不貞腐れたような様子に(貞操を守る気があるのか無いのかわからんなこいつ)と、一抹の不安を覚えながら。僕も眠りについたのだった。
目を閉じる前にふと隣を覗き見ると、むくろは大人しく眠ってくれたようだった。
不気味なくらいに白い能面のような顔でも、安らかな寝顔はまるで天使のようだ。
なんて感想は、ちょっと気障ったらしいだろうか。

元はと言えば、悪夢の原因は僕にある。
むくろがうなされるようになったのは、僕が家族に会いに行く事を勧めたり、自分が「元から女の子だった」と主張する彼女に生前の写真を見せたりしてからだ。
特に名前の矛盾について指摘したり、生前男だった頃の無久郎の写真を見せたのは非常にまずかった。
あれを見た後のむくろの、世界でたった一人ぼっちになってしまったかのような表情を、僕は決して忘れる事が出来ないだろう。
人は過去の記憶から自分が自分であるという安心を得ることが出来る。自分の記憶が致命的な部分で歪んでしまっているという証拠を突きつけられて、そんな彼女が思い出せない自分を呪ってしまったのだとすれば、やはり僕の責任に違いない。
僕は僕で死んで蘇った元親友に対して思うところもあるし、その経緯についてどうしても言ってやらなければならない事もあるのだが…それはそれ、これはこれだ。
幸い、あえて異性として意識すればこそ「元は男だしまあいいか」と油断してラッキースケベなイベントが起こる事もなく、それ以来むくろが悪夢にうなされることもなくなった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

悪夢の種類は多岐に渡る。
未来の夢はそんなに怖くないはずだった。
幸せな夢なんて見たくなかった。
恋人ができる夢なんて、見たくなかった。
本当はそんな事ありえないって、思い知らされているから。
嫌になるくらい冷静に、浅ましい自分の欲望なのだと理解できてしまう。
もう見たくない、おぞましい。
彼と私がとても綺麗な服を着て、隣に。
馬鹿な私。
彼がそんな風に笑いかけて、顔と顔を近づけて、なに嬉しそうにしてるんだか。
そんな事が現実に起こる筈が無いから、夢の中の私にどうしようもなく嫉妬してしまう。
そんな事をしてくれるはずのない現実の彼に憤ってしまう。『あなたの彼女だったのに、どうして覚えてないの』って。
本当は彼女なんかじゃなくて、女の子ですらなくて。
私は彼の親友でしかない、男の子だった。
それを全部忘れてしまったのは、本当は私の方なのに。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



事件が起きたのは、添い寝(添い寝と言ったら添い寝なのだ)を始めてから何事もなく二週間が過ぎたあたりだった。
なんだかんだでむくろとの同棲が始まってから一ヶ月、僕は早くも油断してしまっていた。

「清々しい朝だなあ、ところで心なしか身体が重たく動かしづらぃおっふぉっ!?」

朝起きたら元親友の美少女なモンスターっ娘が僕にがっしり抱きついていた。こいつ布団とベッドという寝相対策の高低差をあっさり無視して潜り込みやがった、しかも足まで絡めて抱き枕風味だ。
これはなるほど、いわゆるだいしゅきホールドというやつで「…んぅ」とかなんか色っぽい吐息を漏らして身じろぎする仕草が密着した身体からダイレクトに伝わって、朝だったこともあり僕は思わず勃起した…ってダメじゃん。

「っの…!やろっ!くっ、意外と強っ!離せっ…!おおおおどっせえい!!」

ガラガラ、ポイッ、ガシャーン。
渾身の力で引き剥がした元親友を、僕は窓から投げ捨てた。

「…ひどくない?」

地面に落ちた衝撃でバラバラになった元親友は首を元の位置に嵌め直しながら抗議してきた。スケルトンってマジでスケルトンなんだなあと感心、してる場合じゃない。

「お、ま、え、が、悪い。なに最近おとなしく寝れてると思ったら急に襲って来てくれちゃってんの!?見ろ僕のこの顔を!めっちゃ熱い!赤くなってるのが自分でも分かるぞ!こちとらいい歳して童貞なんだぞ!?いいかお前この言葉を胸に刻め、美少女の自覚!!!!」
「…意味不明」
「だってお前美少女が朝布団に潜り込んで来てみろ、朝勃ちじゃすまないだろ?やっちゃうかも知れないだろなんかこういけない事を!元親友とか男とか、中身がおっさんとか人工知能とか動物とか概念とか、今は美少女なんだからそういうの関係ないのです」
「…ちんこもげろ、発情期の猿野郎」
「お馬鹿!女の子がちんこなんて言うんじゃありません!」
「…おかんかよ」

おかしい。抱きついてきたのはそっちなのにそして今は彼女の方が明らかに身体中土まみれで小汚いのに、なぜ僕がゴミを見るような目で見られている。
あと口調が変わった。なんか先週あたりからだ、彼女なりに自分が生前は男だったという事実に向き合おうとしているのか、少しずつ口調を男寄りにする事にしたようだ。
でも一人称は『私』のまんまだし、女の子が無理して男の演技をしてる感がひしひしと伝わってきてなんかちょっと、いやすごい可愛い萌える。

「ってそうじゃない!」
「?」

窓枠に頭を叩きつける僕は極めて冷静だ。こちらを見上げるむくろの目が段々と可哀想なものを見るような目になってきた。

「えー…ごほん、とにかくこれに懲りたら自衛を心掛けること。次にやったらちんこ擦り付けるとか、胸揉むとか、とにかくセクハラするからな。絶対するからなマジで、やると言ったら本気でやるぞ僕は」
「…私は、別にいいよ。墓丸なら」
「は?おまっ、お前いま、すごい事言ったな」
「…冗談だよ」
「いや、僕は全然いけるけどお前…お前視点でそれがOKだったら、お前ホモじゃん…も、もしかして生前からか?そうなのか?僕の中に微かな疑念が生じた、それはまだ小さな欠片に過ぎなかったがいずれは冬山を転がり落ちる雪玉のように成長するのだ、それは猜疑心という人類が持つ普遍の痛っ!?大腿骨を投げるのはよせ!たんこぶできちゃうだろ!」
「…冗談だって言ってるだろ、朗読芸やめろ」
「ええ〜ほんとにぃ?」
「…しつこいっつーの」
「ほんとにござるかぁ?」
「…ほんとにござる」

ふと。
あ、これ行けるぞと思った。
いつものノリだ…って言っても10年は昔のいつもだけどな!それでも、泣きそうなくらい懐かしい僕と『無久郎』の会話だ。
希望が見えた気がした。
今朝のハプニングは何かの間違いだ、もしかしたら記憶が元に戻るかも、また親友に戻れるのかも知れないと。
だけど。

「…それに、男だったとか、覚えてない」



あっ。

「…だから、仕方ないだろ、わかんないよ」

わかんないって、何だ。
僕の気持ちか。
やばい。
人間というものは不思議なものです、感情のスイッチがあらぬところに付いている。



「………ははっ」

自分の喉から出たとは思えないくらい、乾いた笑いが漏れた。
理屈としては、わかんないと言うその声が心なしか苛ついているように、まるで男であった過去など無かったことにしてしまいたいかのように聞こえたのが、うん。
良くなかったのだと思います。
迂闊にも、カチンときてしまいました。

「…そりゃ、まいったね。じゃあ覚えてないわけだ!二人でライダーキックの練習したり、三丁目の河原でエロ本漁ったり、小便どっちが遠くまで飛ばせるか勝負したりとか」
「…そ、そんなことしてない」
「したんだよお前が忘れただけで。そうですか!記憶にございませんか!」
「…ぇ、と、それは」
「ロック聞きながら僕たちもバンド組もうぜって、野球観ながら僕達もエースになろうぜって、明日になったらまた別の夢の話すんのに、飽きずに馬鹿みたいに夢の話してさ」
「…あ…」
「おっさんになっても、爺さんになっても、ずっと親友だぞってさ。覚えてるのは僕だけか」
「…ッ!覚えてない……そんなの………!」

僕はなにをしているんだろう。
言うまいとしていた事だったのに、勝手に口が動いて止まらなかった。
せっかく明るい雰囲気で1日を過ごせそうだったのに、台無しにしてしまっている。むくろが怯えた顔をするのも御構い無しで、僕は。

「魔物娘だかなんだかで、女になったって、生き返ったって、それで僕との友情は全部チャラかよ」

僕は最低だ。

「あの、墓丸…ごめ
「謝んな」
「ごめん、覚えてなくて」
「謝んなっつーの!」

土のついた身体だけタオルで拭いてやって、その日は互いに言葉を交わすことなくバイトに出た。
先輩が「ひ、ひどい顔してる、今日は早く帰ったら?」って言ってたけど、何のことか分かりたくなかった。
バイトが終わって帰ってからも「ただいま」も「おかえり」も無し。
むくろはずっと何かを言いたそうにしていたけど、結局寝る前になってようやく、ベッド脇の布団の中から聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で一言

「ありがとう」

とだけ言った。
何に対してのありがとうだよ、部屋から追い出さないでいてくれてとか、そういう事なら怒るぞ。喧嘩したくらいで追い出さねえよ、お前はいつも一言足りないんだよ。
僕はわけもなくイライラして何かを言い返そうとしたけど、どうまとめていいのか分からなかったから、言うのをやめた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

せっかく折り合いがつきそうだったのに。
絶対に言ってはならない事を、分かっていたのに言ってしまった。
「俺達、おっさんおばさんになっても、爺さん婆さんになっても、ずっと一緒だ」
生きていた頃に彼が言ってくれた告白の言葉。
歪んだ記憶だと認めるのが悲しくて、耐えられなくて、否定してしまった。
だからきっと、彼も同じくらい悲しかったのだろう。
私の馬鹿、もう一度死んでしまえ。
終わった、嫌われたに違いない。
そう思ってたのに、帰ってきた彼が、私がまだ居るのを確認してホッとしたような顔をした時。
ほんの少し期待してしまったのだ。
もしかして私のこと、女の子として好きになってくれてるんじゃないのか。
最低、ふてぶてしい、浅ましい、恥ずかしい、消えてしまいたい。
私は結局、どうしても彼の気持ちが欲しいのだ。
それは気持ちだけじゃなくて、彼の言うようなセクハラなんかより、もっとすごいことをしたいって。
具体的に、生々しいくらい、ちょっと自分でも引くくらいの事を、ほんとは考えてて。
おぞましいと思うのに。
自分で自分が止められない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



朝起きたら味噌汁のいい匂いがしていた。

「…朝ごはん」
「おう」
「…作ったぞ」
「あっはい、オハヨウゴザイマス」

丸一日口をきかなかった翌朝の開口一番がこれである。
やっべこれどういう状況!?むくろが料理?復讐?昨日の仕返し?あの骨っぽいというか骨そのものでしかない指で菜箸掴めんの?不安しかないんですけど一体どんなアンデッド料理が待っているのでしょうか!と内心では戦々恐々としていたのだが。
出てきたのは味噌汁と白米、刻み海苔、たくあん、玉子焼き、ししゃも、煮豆。
意外と普通だった。

「二人分あるのな…」
「…私も食べるからな」
「まじか!?」
「…まじだ」

対面に座って二人でいただきますと手を合わせ、箸を取る。

「ちなみにこの居候、料理はおろか食事らしき食事をするのも今日が初めてだ。つまりむくろがこの姿になってから同じ食卓で飯を食うのも今日が初めてという事になる」
「…いいから食べろ」

こいつ昨日まで『私はお腹空かないから』って言って食事は取らなかったのに、ん?よく考えたらお腹が空かないと言っただけで飯を食えないとは一言も…

「あれ?そういや確か、魔物娘の主な栄養源って…むぐ」
「…いいから食べろって言ってるだろ」

口に玉子焼きを突っ込まれたので黙々と箸を進める。死んだ当時のままの精神年齢ならほぼ中学生のはずなのに僕が自分で作るやつより美味くてムカつくし、なんか自然な流れで『はい、あーん』的なこそばゆい事をされた気がするが、深く考えないようにしよう。
それにしても、どうして今日になってこんな人間臭い行動を始めたのか。
なんだか急に服を着せてないのが申し訳なくなってきた。スケルトンの身体は何処か作りものめいた造形なので、半端に服を着せるよりはむしろ全裸の方が自然体に見えるので今まではそこまで気にしていなかったのだが、一度その造形美を裸だと意識してしまうと途端に目のやり場に困ってしまう。

「「…あのね(さ)、墓丸(むくろ)」」
「………」

ハモった。
え、なにこれ。なにこの空気!?
うわー恥ずかしい、なんだこのラブコメみたいな沈黙は。
しばらくお互いに隙を見つけようとするガンマンのように睨み合って、なんだか馬鹿らしくなってふっと笑い合った。
肩の力が抜けたところで、最近になって聞き慣れてきた涼やかな少女の声が朝の空気に心地よく響いた。

「…私の、魔物娘の栄養源は男の精だ。飢えるとその、欲しくなって、自分の意思で止めるのは難しい、と思う」

唐突な説明だったが、無久郎…いや、むくろらしい簡潔な答えだった。昨日僕のベッドに潜り込んだのは本能的な行動だったという弁解って意味だと受け止めておく。

「ズズー…おい待てよ、やばくね?味噌汁すんごい美味いんだけど、調理師なれるってこれ」
「…おまえの能天気さのがよっぽどやばい。というか味噌汁を口でズズーって言いながら啜るな、器用か」

そのなんとも所帯染みた物言いに、心なしか目の前の少女が昨日までよりもずっとしゃんとした様子なのにやっと気づいた僕だった。
真っ直ぐにこちらの目を見て話す彼女を見た。生前の無久郎の面影がないでもないけど、まつ毛長いし、髪の毛サラサラだし、吸い込まれそうな深い紅色の目が宝石みたいだし。
やっぱり別人としか思えない美少女っぷりだ。

「…今まで悪かった、反省してる。栄養源の事とか、私の家族の事とか、男としての記憶とか。よく考えたら私、解決しなきゃいけない問題から目を逸らして、墓丸に寄りかかってばっかりだったよな」
「お、おう。ていうかお前そんな長文で喋れたんだな…」
「…茶化すなよ」

むくろは一旦箸を置くと深く深呼吸をして、覚悟を飲み込むように息を止め、吐き出すように言った。
スケルトンに深呼吸って必要か?いや空気読んでツッコミは控えるけど。

「…墓丸。私、ちゃんとしようと思う。記憶とか、家族に会いに行くのはもう少し待って欲しいんだけど。栄養源の事なら、少なくとも墓丸を襲ったりせずに済む方法を思いついた」
「ああ、そっか。お前が飢えると僕が性的な意味で襲われるのか」
「…最初からそう言ってるだろ」
「で、なんだよその方法って」
「…ぇき」
「え?なんて?」
「…だからその、だ、唾液を……だな、くれればいい」
「は?」

ぽちゃん。たくあんが味噌汁に落ちた。
さっき僕はこいつを美少女と評したな、あれは撤回する。美少女はバイト暮らしの成人男性を捕まえて唾液をくれなんて要求してはいけない。

「おい待てむくろこの野郎ふざけんなよ唾液だと!?唾液って言ったか今!もしかしてアレか!?口移しでか!?」
「…そう、口移し…いや、何言ってるんだろ私。ち、違う、今の無し。引くな、逃げるな、あと箸を人に向けて喋るな、いいから最後まで聞けよ。墓丸がな、この、私の分のご飯をな、よく噛むだろ。それを、その、ここに。一旦出してくれれば…だな」
「………………(絶句)」
「…………頼む」
「………………おう、そっか」

ふーん、スケルトンも慌てるし必死になるし、恥ずかしがるし顔を赤らめるんだなあ(現実逃避)。
「おうそっか」じゃないんだけど他に何を言えというのか。目の前には差し出された茶碗とその中に当然白飯。まだ半分も残っているこれを口に含んでモグモグやれというのか、そして戻せと。僕は行き場を無くした箸を空中に彷徨わせた。
どうしよう、激しくこの場から逃げ出したくなってきた。咀嚼した飯を口から出して食べさせるって何だよ、赤ちゃんかよお前は、下手すると間接キスとかよりよっぽど恥ずかしいぞ。
でもそれやらないと夜這いとかされるっていう事か、あれ?それはそれで僕は別に損してなくないか?むしろ役得じゃないか?いやでもなんかやだよそれ、やっぱりそれって脅迫じゃん。
混乱のあまりとりとめのない思考の渦に囚われた僕は分かっていなかった。むくろなりの『ちゃんとする』っていうのはそういう事じゃないという事に。

「…そうだよな、嫌だよな。ならすぐに出て行くよ」

時間が止まった。
いや違う、止まったのは僕の思考だ。
むくろは最初からそのつもりで、僕が要求を飲まない事を見越してこの話を始めたのだ。
羞恥プレイか強姦か、どっちも嫌ならそれじゃあ仕方ないなと。
結局自分では半分程度しか食べていない朝食を残して、むくろはゆっくりと腰を上げた。
ほっそりとくびれて持ちやすそうな、エーデルワイスのように白い少女の腰がスローモーションで持ち上がっていく。
出て行くつもりだ。
どこから?僕の家からだ、これからむくろは僕の家から出て行って、行きずりの男と関係を結ぶための旅に出るのだ。そうしないと飢えて死ぬから。
ていうかもう死んでるけど、とにかくどこか僕とは無関係な所で誰かとそういう事をしに行くのだ。
死んで蘇った元親友の、むくろの華奢で白くてすべらかな身体を知らない男の手が這い回る様を想像しそうになって、頭のどこかでなにか線のようなものが切れる音に遮られた。

「…今まで世話になった、ありがとう。これからは栄養源になってくれる人を自分で探す。これ以上……『親友』に、迷惑…
「っそんな事させられるわけないだろ馬鹿か!!いろよ此処に!いいよ!やってやるよそんくらい!!」
…かけらん、な、い…もんな…?」

中腰のままフリーズしたむくろの目の前で彼女の分の白飯をひったくると、かっ込んでもぐもぐと咀嚼する。
呆気に取られたむくろの視線を一身に浴びながら、僕は元の茶碗にでろでろになった白飯を吐き出した。病人に緊急措置として流動食を作ってやるみたいなものだ、こんな事は恥ずかしくもなんともない。
元親友のTS美少女をどこの馬の骨とも知れない男に差し出すより百倍マシ…いや、そうじゃないそれは違う。僕にはもう親友なんて居ない、目の間に居るのはただよく知っているだけの女の子だ、そう扱うと決めた。
あくまで一般的な常識として知り合いの中学生くらいの女子を路頭に放り出す事が倫理にもとるというだけの話なのだ、僕は冷静だ独占欲なんて抱いていない。
来客用の茶碗は新調しよう、今使ってるやつは全部むくろにくれてやる。今度下着も込みで服を買ってあげよう。むくろ用のシャンプーとかボディーソープを用意してやろう、歯磨きセットもだ。ベッドをリサイクルに出して僕も布団で寝よう。魔物娘の通う学校とかあるんだろうか、先輩に聞かなきゃ。
なんで今までそうしていなかったんだよ最初からそうしろよ。ちゃんとしてなかったのは僕の方じゃないか。ああ、分かったよ、僕もちゃんとするよ。
だからむくろ、頼むから。
もう何処にも行くな。

「さあ食え」

僕はそう言うと、むくろに茶碗を差し出した。

「…ええぇ」
「いやドン引くなよ、言い出したのお前だろが」
「…墓丸さ、私にどう接していいか分かんなくてずっと悩んでただろ、だから」
「知らん後にしろ。いいから早く食え、冷めるぞ」
「…本当にいいの?」
「良いって言ったろ。二度も言わすな」
「…分かった、分かったよ、食べる。食べるけど、恥ずかしいから向こう向いてろ」
「あっはい」

うん、そりゃあやっぱり恥ずかしいよな。
遠慮する割にはさっきからお粥みたいになった白飯をちらちらと盗み見て早く食べたそうにしてるような気もするんだけど、僕は何も見ていない。
間を持たせるために箸と味噌汁を掴んで後ろを向く。

「窓の外から雀の鳴く声がする。チュンチュンと朝の静謐な空気にのどかなBGMが添えられる中、僕は自分の唾液で分解されつつある白米を中学生くらいの女子(元親友)に食べられようとしているのだ。ああ、早まった事をしたかも知れない。なんなんだこれは、どうしてこうなったあ痛っ!?助骨を投げるなよ、助骨を!刺さったら危ないだろ!」
「…黙ってろ、ぶちころすぞ(震え声)」
「ごめんなさい」

羞恥でプルプルと震える少女の姿を幻視する。
背中からは恐る恐る茶碗を持ち上げる気配がして、気のせいかスゥーっと鼻から息を吸うような音が聞こえたような気がした。
おいちょっと待て何をしている、まさか匂いを嗅いでいるんじゃないかと思った直後

「…む…んぅ……ふ、ぅん…」

コクン

「…ぁ…ふ♡」

エッッッッッッッッッロ!?
人の出した食べ物で遊ぶなと声を大にして言いたい。
くぐもったかすかな咀嚼音だとか喉を鳴らす音とか、なんか鼻から抜ける感じの艶っぽいため息まで聞こえるんですけど、僕が味噌汁を啜る音なんか比べ物にならないくらいお下品だと思うんですけどそこんとこどうなんでしょうか!

「……んっ…ぉぃしぃ…♡」

味わってんじゃねーよ!!!!!
魔物娘の栄養源については先輩ならなんか知ってるかもしれないし、可及的速やかに聞いておこうそうしよう。

「…異性として扱うって」
「ははははいぃなんの話でしょうか!?」
「…どうしたん?」
「なんでもありません!」

訝しげな声から小さく首を傾げる姿を想像した。清潔感に満ちた少女の魅力を最大限に引き出しているのが見なくても分かる。唾液くれとか変態要求するくせに声だけでその破壊力は反則だと思う。
おかしなものを見るような気配を醸し出すのを止めろ、お前のせいだよちくしょう馬鹿野郎、なんで僕がこんなに緊張しなきゃいけないんだ。

「…墓丸、私を異性として、女の子として扱うって話したよな。覚えてるか?」
「あ、ああ、覚えてるよ」
「…それ、無理してるだろ。墓丸と暮らしてみて、自分の記憶が歪んでるって事はよく分かった。墓丸が本当に求めてるのは私じゃなくて、男の『川口無久郎』だって事も」

肩が跳ねた。
急に変な事を言い出すものだから、それは違うぞとすぐに否定できなかった。
むくろの目には僕があの川口家の人達の姿をした悪夢の住人達のように、性別の変わったむくろを受け止めきれずにいると、そういう風に見えていたのだろうか。

「っ…そん、な事は、ないと、思うが」
「…あるよ」
「違うそうじゃない、それは違う、違うんだぞむくろ。僕はちゃんとお前を女の子として」
「…見れてない」
「見れてるよ」
「…心の中で私のこと、ずっと『無久郎』って呼んでる」
「やめろ、僕の内心を勝手に捏造するな」
「…いいんだよ。私も、せめて思い出くらいは取り戻したい」
「…………」


「…親友に戻りたいよ、墓丸」


思わず、僕は振り向いた。
ハンマーで殴られたような衝撃だった。
僕が見たのは『親友に戻りたい』という言葉とは裏腹に、抗いがたい何かに耐えるかのように瞳を潤ませ、上気した顔で切なげな吐息をかすかに漏らすむくろの姿だった。
そんなむくろの顔は僕に何かを訴えようとしていて。何処か蠱惑的ですらある表情は、ぞっとするくらい綺麗で。
なんでそんな顔をするんだよ、むくろ。
それじゃまるで、お前が僕の事を好きみたいじゃないか。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

吐き気がする。
彼を騙した、嘘をついた。
親友という言葉をつかって、出て行く振りまでして彼の優しさにつけ込んだ。
神様、いるなら今すぐに地獄に落として下さい。
男の心を掴むためならどんな事も平気でやってのける卑怯者がここにいます。
できないのなら私の記憶を元に戻して下さい。
彼に必要なのは私なんかじゃない、彼の親友だった男の子です。
女の私は消えてしまっても構いません、私なんか最初から居なければ良かったんです。
どうか、川口無久郎を彼に会わせてあげて下さい。
お願いします。
今すぐじゃないと駄目。
でなければ私、もう。
さっきからずっと。
むねのあたりがザリザリと削れているの。
蓋をしていたのに。
壊れてしまう。
彼を好きだという気持ちに、耐えられない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…キスも、したい」

言葉は唐突だった。
それを発したむくろが自分自身の言葉に呆然としていたのは、果たして何秒だったろうか。「親友に戻りたい」「キスをしたい」二つの言葉が頭の中でどうにもうまく繋がらないままにぷかぷかと思考の海をたゆたっていて、僕達にはそれが何時間ものように感じられた。
むくろの言葉で唐突じゃないものの方が珍しいけど、今回はその中でもピカイチだ。

「うわあ、こいつ今取り返しのつかない事言ったな」

と僕は思った。いや口に出してた。
だってお前、親友に戻りたいって言った直後にそれはないだろ。

「…え、私いま、なにか言った?」

ギギギと音がしそうなぎこちなさで顔ごと目線を逸らして、むくろはそうのたまった。
おいおいついに自分の発言に対して難聴系主人公ムーブを決めてきたよ。
残念ながら僕は聴力には自信があるんだ、今なら行間に隠れた心の声すら拾える自信がある。

「キスもしたいって」
「…言ってない」
「言った」
「…幻聴」
「言ったんだよ、さてはお前親友に戻りたいって言うのは嘘…いや違うな、無理してるだろ。なんだよ、お前だって人の事言えないじゃないか」
「…してない、私のは本心だ…っ顔を、覗きこむなっ!」
「僕の事、好きなのか」
「…ち、がう」
「僕はむくろの事を嫌いじゃない」
「…………っ!」
「じゃあここを出て行くってのも、僕と一緒に居たいからだったのか。引き止めて欲しかった。居ていいって僕に言わせたかったんだな」
「…そんなこと」

気がついたらむくろの腕を掴んでいた。

「…あ」
「泣きそうな目だ、頬も少し赤い。恥ずかしいのか、嬉しいのか?こういう事されたかったのかお前」
「…離せ、っ離して、なあ、墓丸」
「質問の答えになってないぞ」
「ん、ぁっ…い、や、やめろ墓丸っ、何でそんな、怒って」

ん?怒ってる?
むくろの言葉に一瞬だけはっとなり手を離す。けれど僕はすぐにその手をもう一度捕まえて、強引に引き寄せた。
手を離された瞬間、彼女が残念そうな顔を浮かべたのだ。
それを見逃してやるほど、今の僕はお人好しじゃない。

「んっ!?ふぁ、ん、ちゅ…ぁ、は」

ムードもへったくれもない、噛み付くような乱暴なキス。顔半分を覆ってる仮面が邪魔くさいけど、これも顔の一部なら受け入れてやる。
唇を奪われたむくろは目を白黒させて、貪られたファーストキスの余韻を吐き出す。
そのまま2、3秒ぼうっとしていたが、はっとなって剥き出しの白骨そのものの指を自分の唇に当てた。

「今…キス、した…の?」
「したよ。したかったんだろ」
「…ッ!」

キッ、と。
むくろは泣きそうな、小さな子供が風船を取られたみたいな目で僕の事を睨みつける。

「違う、こんなの、せっかく私、親友に戻ろうって、なのになんでこんな、こんな事…っ!」

泣くな、震えるな、そんな目で僕を見るな。
お前に大事なものを傷つけられたような表情を向けられる筋合いはない。
彼女の感情的な面が垣間見えるたび、堰を切ったように何が僕の中で暴れまわる。

「嫌ならちゃんと抵抗しろよ、無防備なんだよお前」
「違う、触られっ…んっ、触られたり、キ、キスとかされると、ちから抜けるから、だから」

嘘をつくな、わざとだろ。誘ってるんだろ淫乱。こうして欲しかったんだろう?お望み通りにしてやってるんじゃないか。
僕の親友は取っ組み合いの喧嘩の最中に、鼻から抜けるような色っぽい息を吐いたりしない。
キスされて、目を潤ませたり赤くなったりしない。
僕はまるで何かに衝き動かされたけだものか何かかのように、目の前の少女の身体をまさぐった。胸や腰はツルツルとした触感で、人間のそれよりも少し硬質な、ゴムのような弾力を返してくる。
作り物みたいな触り心地だけれど、むくろの身体は少しだけ温かくて、薄い胸を掴めば鼓動のようなものすら感じる。
ああ、哀しいくらいに、こいつは生きている。
だったら僕は怒るに決まっている、怒らなければならない、僕はそうしなければならないのだ。
僕と川口無久郎は、親友だったのだから。

「あ、ゃん、はなせ…っ、やめろ墓丸ぁっ、だめだって…だめ…あっ」
「はぁっ、はぁっ、くそ、クソッ!!僕はな!ずっと怒ってるんだぜ、むくろっ!」
「んぁっ、やめ、揉むな…やだ、こんな無理矢理みたいなの、嫌だ…なんで…っ」


「お前が黙って死ぬからだろ!!!!」


思わず感情が怒声として漏れてしまう。
それは僕の心が、むくろが生きているという現実にようやく直面したという事だった。
むくろが身じろぎをやめ、信じられないものを見るような目で僕を見た。
自分が今どんな顔をしているのか、僕には分からない。
刺すような沈黙が僕達を包み込んだ。

「…あ、れは。事故…」
「事故に見せかけた自殺だ、お前が死んだ後の調査で判明してる。日本の警察舐めんじゃねえよ」
「あ、ぅ、うそ、そんな」

僕がどうしてもむくろを親友だと思えなくなってしまったのは、人間じゃなくなったとか、女になったとか、そんな生半可な理由じゃない。
川口無久郎は死んだ。
自殺だった。
誰にも、何も言わず、親友だった筈の僕にすら理由を告げずに自らの命を絶った。
親友だと思ってたけど、どうやらそれは僕だけだったようだ。こいつは裏切り者だ。僕との友情を裏切ったのだ。
むくろは言い訳を探すように所在なく目を泳がせるが、僕はその頬を強引に掴んでこちらを向かせる。

「なんで死んだ」
「そ、れは…」
「それも忘れたか。じゃあ何覚えてんだよお前、悩みとか、何か困ってるなんて、聞いたこと無かったよ。なあ、なんで僕に一言も相談しなかった?そんなに頼りなかったか?そんなに僕は信用なかったのか?むくろ…お前にとって僕は、その程度の『親友』だったのかよ」
「ひっ……ち、ちがう」

なんで怯えるんだよ、むくろ。違うだろ、そうじゃないだろ、お前にとって僕はそういう目で見る相手じゃないはずだろう。
なんでお前、言い訳しようとしてるんだよ。
逆だっただろう。どんな怖いものだって二人なら大丈夫、二人一緒なら何にだって立ち向かえる。
僕達はそうだった筈だろう?そう思ってたのは僕だけだったって言うのかよ。
なのに、なんでお前が僕の事を怖がるんだよ。

「ちがうって、何が」
「私は、墓丸を…」
「…巻き込みたくなかったとか、迷惑かけたくなかったとか言うのかよ?困った時に頼らなくて何が…何が親友だっ!?なあおい!!そうだろうが!!」
「…ごめん、なさいっ」
「………………謝るんじゃねえっ!!クソックソックソクソクソクソッ!!ちくしょう!!!何でお前は…僕はお前にとって何だったんだよ!!!死んでんじゃねーよ馬鹿野郎!!」
「…はか、まる?」

吼えて、喚き散らして。
気がついたら僕は泣いていた。
いい歳した大の男が、悔しくて、情けなくて、涙と鼻水を垂れ流していた。
「ふざけんな…馬鹿野郎、何が親友だよ………親友が自殺したってのに、なんも、してやれてなかったじゃねえかよ……」

そうだ。
馬鹿野郎は僕の方だ、親友失格なのは僕の方なのだ。親友が死ぬほど苦しんでいたのに、何一つとして分かってやれなかった。
ふと、髪をくしゃりと撫でるものがあった。骨の指が僕をあやすように撫でていた。

「…ありがとう」
「ぐず…なんで礼なんか言うんだよ、意味わかんねえ…」
「…ありがとう墓丸、うまく言葉にできないけど。なんていうか、すごく救われた」

涙が引っ込むまでの少しの間、むくろは自らの死について僕を責めるでもなく、何か弁明をするでもなく、ただ僕の頭を優しく撫で続けた。
異性に頭部を触られるというのは存外に恥ずかしく、強い抵抗を感じるものだ。きっと彼女以外の女性だったのなら僕は羞恥といたたまれなさに耐えきれないのではないか。
だからこそ、むくろならいいかと思ってしまうほどには彼女に再び心を許してしまっている自分がいる。自覚するのが、またなんとも言いがたい羞恥を呼び起こすのだった。
悪夢を見て泣いていた彼女が僕に頭を撫でられていた時も、同じくらい恥ずかしかったのだろうか。

「なあ、むくろ」
「…うん?」
「もう、黙ってどこかに行くなよ」
「…うん」
「ここに居ろよ、居ていいから。僕が居て欲しいから、ここに居てくれ」
「…………私も、ここに居たい」

今まで何一つしてやれなかった分、むくろのために何かをしてやりたい。今の自分にできる限りのことをしてやろうと、僕は思った。



ε==3 ε==3 ε==3



「…なにこれ」

それは僕が醜態を晒すだけ晒した次の日の朝だった。
天気は快晴で胸のすくような日曜日、外に出かけるにはもってこいの日和だ。
朝食もそれに相応しく、味噌汁に白米に鮭の塩焼き、ゴボウとニンジンのきんぴらに半熟玉子とアスパラのベーコン巻きと安定のメニューだ。
だというのに、清々しい朝の空気は冷え切っていた。
食卓のご飯を、もっと言えばむくろの方にのみ飯茶碗のかたわらに置かれている物体をジト目で睨みながら彼女は言った、なにこれと。
それは100円ショップで買った小皿にラップで蓋をしたもので、これ自体は何ら食卓に並んで問題があるようなものではない。
ということはつまり、小皿に入った白濁液の方が問題なわけだ。

「精液だ、食べていいぞ」
「…いらないよ死ね変態」

僕はあと何回この少女にゴミを見るような目で蔑まれればいいのだろうか。
誓って言うが女子中学生くらいの居候に今朝搾りたての精液をご飯に乗せて食べさせようとしていても、魔物娘の正しい栄養源を提供しているだけであって決して変態行為では…いやどう考えても変態だな、うん。

「わかった、これはすぐ捨てる」
「…ぇっ」

一瞬の沈黙。
ゴミ箱に向かう体勢のまま振り返る僕。
全力で明後日の方向に目を逸らす女子中学生くらいの居候。全力すぎてスケルトンは間接を外して両手で頭部を持てば首が180度回転するというどうでもいい魔物娘知識がまた一つ増えてしまった。
こんな時、そういうのはデュラハンでやれと思いつつ背後に回り込んで簡単には目を逸らさせないのが僕の流儀だ。

「むくろさん!?お前『えっ』って言ったな今すごく残念そうになあ!?取り消せよ!僕に変態って言った事を取り消せよお!!」
「…いいいい言ってない」
「面白いくらい目が泳いでるぞ!?」
「…ちがっ、違うから。その、せぃ、ぇ…とか、欲しくない。私、そんな変態じゃないから」
「落ち着けエロ魔物娘、僕は理解ある人間男子だ。というか昨日の唾液要求の時点でそこら辺は手遅れだと思うんだがとりあえず首を元に戻しなさい」
「…だって、これ以上墓丸に変態とか、淫乱とか、思われたくない」

グイグイ、コキン、と音を立てて外した首をはめ直してから、改めてぷいとそっぽを向いたままふてくされたような声を出す骨娘。
変態だの淫乱だの言う前になんだこの面白い生き物。ならどうやって腹を満たせばいい、僕にどうしろというのだ。
外ではスズメが鳴いている。奴らはこの奇怪な一連の会話にまるで関係ないのにBGMとして間を持たせてくれているのだ、彼らの稼いだ時間を無駄にしてはならない。

「あーえっと、じゃあ、体液ならなんでも良いのか」
「…わからないけど、鼻水とか…お、おしっこは…さすがにやだな」
「発想がえげつないわ!一応言っておくけどそんなん僕も嫌だからな!?とするとやっぱり唾液とか…汗とかになってくるか」
「…あ、汗!?お風呂の水だと薄まってるだろうし、ということは墓丸の身体を、直に、舐め…!?そんなの、えっちすぎるじゃん……」
「えっちすぎるのはお前のその発想力だと僕は思うんだ」
「…墓丸のえっち」
「クソっ理不尽だけど上目遣いに言われると可愛い!!」

さっきからスズメに申し訳なくなってくる内容の会話しかしてないな僕達。

「あ、血とかどうだ。指を軽く切る程度の量でなんとかなるといいんだけど」
「…精液でいい」
「即決!?」

震え声で面白い生き物は変態を享受した。
こいつ1分と保たずに落ちやがった…。

「…そんな事させるくらいなら変態でいい、淫乱でいい、精液がいい。だから…お願いだから…っ」
「目に涙ためるほど嫌か!?」
「…墓丸は、私が墓丸のために毎日自分の身体を切り刻むって言ったらどう思うの」
「あっうんそりゃ死ぬほど嫌だ、僕が悪かった」

すったもんだの末、間をとって昨日と同じ唾液飯にした。唾液飯を食べるむくろはやっぱりめちゃくちゃエロかった。
むくろ曰く、魔物娘の本能で精液を欲しいとは思ってしまうけど淫乱だと思われたくはないし、さすがに精液はいろいろと取り返しがつかなくなるからという事だった。
実のところ僕は先輩から魔物娘の生態についてはある程度聞いていたから、何がどう取り返しがつかなくなるのかは知っている。
魔物娘は基本的に淫乱で変態だが身持ちが固いそうだ。プレゼントされた精液を飲むなんて行為は生涯のパートナーにだけ許すことで、これと決めた相手以外の精液をそもそも欲しいと思わない。
ええとつまり、むくろが僕の事をどう思ってるかなんて事は今更疑いようもないのだけど、でも生涯のパートナーに選ぶつもりもないという事なのだろうか?分からん。
昨日むくろに「ここに居て欲しい」と言った時、枕詞に「ずっと」をつける勇気がなかった自分の臆病さが恨めしい。
だから知りたいのだ、むくろが僕にどうして欲しいと思っているのか。
それをこれから確かめようと思う。

「「ごちそうさまでした」」
「なあ、唾液飯って美味いか」
「…次にそれ聞いてきたらお尻に肋骨刺してやるから」
「おーこわ、じゃちょっとバンザイしてみ」
「…?」
「なに首かしげてんだよ可愛いな」
「…かっ!わ………!?」

固まった隙に背後に回ってセーターを着せる。
ふーん、ギリギリ股間が隠れるくらいか?エッチじゃん。
こりゃ男物しかなくてもズボンも履かせないとだな。あと2時間程度の事なので我慢してもらおう。

「…んぶ、ちょっと待て、待って墓丸、説明!」
「お前の服買いに行くんだよ。一緒に行くぞ、買い物デート」
「…ばっ、普通に買い物で、いいっ!デートとかっ、わざわざ、言うな!」
「照れてる照れてる。お前ほんと僕のこと好きなんだな」
「…知らないっ!」

ぷいとそっぽを向いたむくろは耳まで赤くなって、噛み締めるように小声で

(…デートって、つまり、デートなわけで、私と墓丸がデート…うわ、うわぁ…)

などと両手で顔を隠しながら呟いていた。なんだこの可愛い生き物。
もちろん僕は一字一句聞き逃さなかったが、流石に聞こえていないふりをしておくべきだろう。
ともかく、そういうことになった。

「…あの、墓丸。ホントに行くの?今から?」
「今から。ホントもウソもあるか、さ、行くぞむくろ」

晴れ渡る青空の下、まだ半信半疑な様子でいるむくろの手を取りながら駅前のショッピングモールへと歩く。
計画なんて大層なものはなく、ただ服を買いに行くってだけのちょっとしたお出かけだ。それでも足取りは軽く、柄にもなくウキウキしている。
僕は今日、元親友と買い物デートするのだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

夢を見ている。
起きているのに、夢の中にいる。
彼が私の不気味なくらい細くて硬い手を握って、照れ臭そうに「白くてすべすべだな」って言ったり。
着衣室から出てきた私を見て「それは似合ってない」とか「これは大人すぎ」とか真面目くさった顔をしたり。
じゃあどれがいいって聞いたら「ぶっちゃけなに着ても可愛いから分からん」って返すのが、本当にずるかったり。
カフェで一緒にホットケーキを食べたり、UFOキャッチャーで取った変なぬいぐるみを押し付けられたり。
ばったり出会った彼の仕事場の先輩がすごく可愛くて、その人間の女の子と殆ど変わらない容姿に、自分の歪さが嫌になって逃げ出したくなった。
でもその先輩さんが去り際に「お幸せに」って言ってくれたのが嬉しかった。
全部初めてだった。
そういえば私の中では恋人だった筈なのに、デートをした記憶なんて一度も無かった。
やっぱり私の記憶は歪んでるんだろう。
でもその歪んだ記憶にしかなかった筈の、夢のような現実の中に今、彼といる。
彼は私の事が嫌いじゃないと言ったけど、好きだとは言ってくれなかった。
じゃあ、どう思ってるんだろう。何か思ってくれてるんだろうか。
この夢が壊れてしまうのが怖くて、聞けない。聞きたくない。
ここに居ていいと言ってくれた。
嘘でも同情でも、罪悪感でもいい。
彼の側に私が居てもいいという現実だけで、溺れてしまいそうなくらい幸せなのに。
もう私にはそれだけでいいのに。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「…馬鹿」
「うん、まあ、これは流石に馬鹿だったかな」

気がついたら初デートの締めくくりにラブホに来ていたのだった。
っておい。

「…本当に馬鹿、変態、性欲猿、ケダモノ」
「いや、なんかショッピングモールを出たあたりから記憶があやふやなんだけど、僕達なんでここに居るんだっけ。とりあえず先輩に明日休むって連絡しとこ」

やたら広いふかふかのベッド、両端に座る僕とむくろ、ピンクだとばかり思ってたら以外と普通の色の照明、修学旅行で泊まった普通の旅館より充実したシャンプーだの化粧品だの髭剃り用のクリームだのといったアメニティー、明らかにエロ用途のでかい鏡、宿泊料金は二人分で五千円ちょっとだけどなんか『ご予約いただいておりますので♡』とか言われて財布から取り出した樋口さんを突き返された。
うん、どう考えてもラブホだ。
なぜかラブホにお決まりの3時間程度のご休憩コースとかは料金表には無くて、聞いてみたら『どうせ誰も使わないコースですので』と答えたフロントの人が青肌でツノと羽と尻尾生えててむちむちばいんばいんでめっちゃ笑顔で非人間的なまでに美人で(なぜかこのとき涙目のむくろに太ももをつねられた気がする)、というかどう見てもデーモンだったから、魔物娘御用達のラブホで間違いない。
むくろは肉がついてれば安産型に違いない尻を別にすれば360度どこからどう視姦してもまごうことなく特に胸のあたりが哀しいくらいに未成年なのに『うちは問題ありませんわうふふ』の一言で普通にスルーされたのも、なるほどそういう事なら頷ける。
だが何故だ、流石の僕も初デートでラブホに入るほど性欲魔獣ではないはずだった。
なんかマジでどうしてこうなったのか分からない。靄のかかった記憶を辿ってみても

『くくく、ちょいとお待ちなさいそこ行く二人』
『我ら通りすがりのカップルウォッチング魔物娘の会…いやぁ休日のショッピングモールは宝の宝庫ですなぁ』
『な、なんだあんたら…うっ!?』
『フン、ゲイザーの目を真正面から睨み返す度胸は買うぜオニーサン、さあ次はお前だ骨っ子』
『…墓丸に何するの!…あっ!?』
『って弱っ!?なんだこの骨っ子ちょろいぞ、ほんとに魔物娘か?』
『くくく、少食ですなぁ…なまじ精神力のある人間あがりは、これだから見るに耐えない』
『世話が焼けるよな、ほんとな』
『くくく、どうしてやりましょうなぁ』
『ラブホ予約しといたで、ぶち込んどき』
『『『『さすが刑部の姉御ォ!』』』』

みたいな会話の後に記憶が途切れた気がしてならないのだが。
というかどう考えても過激派の魔物娘による通り魔的犯行としか思えないのだが、果たしてこれは僕の無意識による責任転嫁なのだろうか!?

「うん、これは不可抗力というやつだな、泊まろう。そしてあわよくば致そう」

緊張した空気を緩めるための発言だったが、体感温度は下がった。
少なくとも、自分の身体を庇うようにして僕から距離を取る骨少女が僕の今の発言をどう捉えたかは、その突き刺さるような氷点下の視線で丸わかり…ん?あれ?突き刺さる感がないというか、さっきからむくろがこちらのことを見ていない。

「…フロントの人の胸ばっかりジロジロ見て、サイテー」
「怒るポイントそこ!?おーい、むくろ。冗談だってば、機嫌なおしてくれ、ほら何もしないから」
「…近づくな、信じないからそんな言葉」

あっ気づいた、こいつまんざらでもない。
だって身体ごとそっぽ向いてるのに足だけ160度くらい回ってこっち向いてるし。壁の方ばかり見てると思ったら鏡を使ってチラチラこっちの様子伺ってるし。
ど、どうする山田墓丸(21歳童貞)!?ここは強引に行くべきか?いや否だ、断じて否。
むくろの中でどうしても踏み越えられない一線があるからこういう態度なら、せめてそれが何なのか分かってから事に及びたい。
変態だの性欲猿だの言われるのは別にその通りだと思うからいい、むくろのことは普通に好きだし、ヤりたいし、ここ数日のオカズとかずっとむくろだったし。

けれど僕はそれ以上に、彼女に嫌われたくはないのだと思う。

なるほど、僕達はじれったいのかも知れない。
通りすがりの魔物娘に世話を焼かせるくらい、みていられないくらいに。
じゃあせいぜい見てるがいい、これが僕のやり方だ。

「ふっふっふ、その通り。本当はあんなことやこんなことしたくてたまらないぜむくろぉ、ホイホイついてきたが運の尽き、どこにも逃げられないぞお」
「…そうやってすぐ茶化す」

両手をわきわきさせながらカニ歩きで寄ってくる僕の姿に、むくろは呆れたように息を吐いた。
目線を合わせて、ベッドの上に座るお姫様の前に膝を立ててしゃがみこむ。

「…あっ、な、なに急に。どうしたの」
「むくろ、僕を信じてくれていい」
「…ふざけてばかりの人は信じません」
「じゃあ真面目に言うけど、僕はお前を無理矢理押し倒したり本気で嫌がるようなことはしない。許してくれるまで、お前を抱かない。さ、どうしたいか言ってみな」

我ながら気持ち悪いくらい真面目な台詞。浮いた歯のガタガタ鳴る音が聞こえてくるようだ。
むくろはそんな僕の言葉を真剣な表情で受け止めると、視線を落とした。
それは何か大切なものがあっさりと壊れてしまって、足元に転がったそれをぼうっと眺めているようだと思った。

「…なんで、そんなこと言うの」
「お前が大事だからだ」
「…気持ちは、嬉しい」
「気持ちだけじゃない、大事にしたいんだ」
「…もう十分すぎるくらい、痛いくらい大事にされてる」
「なあむくろ。昨日からずっと思ってたんだけど、もしかしたらお前はお前自身のこと嫌いで…自惚れじゃなければ、僕の事を好きになっちゃいけないとか考えてたのかもしれないけど、僕は」
「…だめ」
「むくろ?」
「…墓丸、それは…言っちゃだめ、だめだから、聞かないから!」



「なんでだよ、僕は…僕もお前が好きだ。それだけのことだろ」



両手で耳を塞いだむくろの顔からぷしゅーっと湯気が出た。元が白いから、赤くなると分かりやすい。
手が骨なんだから、耳を塞いだところで指の隙間から声は聞こえてしまうのだ。
そんな様子を僕は可愛らしいと思うべきなのだろうけど、身体の内側から湧き出るものを必死で抑えつけるようにもじもじと身をくねらせている姿は、ひどく扇情的で。

「…うぅ、だって、一度でも墓丸と…その。そういう事したら、私もう、取り返しがつかない」

親友には戻れなくなる。

「泣くなよ、馬鹿。いいんじゃないか、取り返しなんてつかなくても。添い寝して唾液飯食べさせてキスして、挙げ句の果てにデートして、たった今告ったんだぞ僕は」
「…人間じゃないんだよ、私、生きてすらいない」
「はい魔物娘差別反対、あと今はどう見ても生きてんだろ、むしろ生前より生き生きしてるように見えるくらいだ」
「…でも、私、こんな身体だよ、白くて、硬くて」
「エロい身体してると思うぞ、すげー可愛いし。一つ屋根の下で我慢すんの大変だって、前にもそういう話したろ」
「…私、中学のままなのに、墓丸、大人になってて」
「それは確かに問題だ、お前が三、四年間くらい黙ってくれさえいれば僕は犯罪者にならずに済むな」
「…変態」

嬉しそうにはにかんで、むくろは涙を拭った。

「むくろ」
「…ん」
「返事、まだ聞いてないぞ」
「……………するなら、その、うちがいい」
「よし、じゃあ帰るか」
「…白円(はくま)くん」
「ぶっ!?ど、どうした急に本名呼びなんて」
「………勃ってる」

ふと自分の下半身を見るとズボンに見事なテントが出来ていた。

「………」
「………」

『お前を無理矢理押し倒したり、本気で嫌がるようなことはしない』という、それなりに頑張って格好つけたつもりの台詞が急速に色褪せていく。
この場合、身体は正直だから仕方ない、生理現象だ、通り魔の暗示がまだ効いている、などと言い逃れをしようと思えばできる。
だがそれは潔くないだろう、ならどうするか?見ていろ、これが僕の答えだ!

「…ふっ、やれやれバレてしまっては仕方がない。無論先ほど宣言した通り無体な真似は決してしない、約束を違えるつもりは毛頭ないとも。だがしかし、据え膳食いたくて辛抱堪らんというのもまた偽らざる本心であり、僕はどうにもこういう場面で格好がつかない男なのである。(ここで手をわきわきさせながらカニ歩き)ぐへへへ、スケベしようやお嬢ちゃん!ぶっちゃけ本音を言うと今すぐここでおっぱじめても全然……あの、むくろさん?」
「…あ、うん、なに?」
「そろそろ何か投げるなり突くなりして止めてくれないと僕は延々喋り続けないといけなくなるんだけど、なんか大丈夫か?」
「…ごめん。ちょっとぼーっとしてる、あたま、追いついてないかも」
「いてっ…いや今つつかれても…まあ、いいか、帰ろうぜ」
「…うん」

幸いキャンセル料金は取られるような事はなかったのだが、青肌巨乳美人に呼び止められた。

「お客様、当ホテルはイチャラブ濃厚子作りセックスしないと出られません♡」
「「…うそでしょう?」」
「あらあら、デーモンは嘘はつきませんわ♡たま〜に本当のことを言・わ・な・い・だ・け☆」
「ちくしょう覚えてろよカップルウォッチング魔物娘の会…っ!」
「…許すまじ」
「どうしてもとおっしゃるのであればこの書類に本日中にイチャラブ濃厚子作りセックスすると明記して下さいませ」
「わあい悪魔契約っぽい書類きたーこわーい」
「…目が笑ってない」
「うふふまたのご利用をお待ちしておりますわ♡」

という愉快なやり取りがあり、フロントの悪魔で受付なお姉さんにお土産だとかで変な札を渡された。
ホテルを出たら外はすっかり暗くなっていて、アパートに着くまでむくろは僕の股間をぼーっと見つめたり、たまに無言で腰にしがみついていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ふらふら、する。
どうしよう、どうすれば、いいんだろう。
うまくいくわけがない、ずっとそばに居られるわけがない、心から受け入れてくれるわけじゃない。いつか終わる、明日にでも破綻する。そう思っていたのに。
あまりにもあっさりと、私の不安は壊されてしまって。
心が身体に追いつかなくて。
だってもう壊されてしまった。私を止めてくれるものが無くなってしまった。
だったらもう良いよね。
頭の中が真っ白で、それは耐えがたい空腹のように急き立てる。
さわって、嗅いで、舐めて、甘噛みして、啜って、擦って、絞って、飲み込んで、声を出させて、撫でられて、褒められて、挿れられて、押されて、ひっくり返されて、見られて、突かれて、鳴かされて、出されて、注がれて、泣き出して、抱き締められて、許されて、甘やかされて、絆されて、守られて、溶かされて、壊されて、掻き回されて、繋がれて着せられて脱がされて乗られて縛られて弄られて開かれて暴かれてそれから…っ♡
うわ、うわあ…
なにこれ止まらない。だめだ私、完全に危ないヒトだ。あ、ヒトじゃないからいいのか。やっぱりよくない。
いけない事ばかり考えてる。
そんな悪い子だから、いっぱい罰を受けて当然で。頑張って我慢したから、少しくらいご褒美があってしかるべきで。
だから何度でも、いろんなことをして、されてしまいたい。
もっと。
さっきみたいに。
もっと「好き」って、言って欲しい。
私のこと、誰よりも好きになって欲しい。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


僕達はアパートの部屋に帰ると玄関の明かりをつけて扉を閉め、隣で一緒に靴を脱ぐ。
途中でむくろが力が抜けたようにこちらの肩に頭を押し付けてきた。銀髪が揺れて、蛍光灯の光を妖しく反射する。

「おっと、どうしたむくろ」
「…あたまぼーっとして、ちから入らないかも」
「お、おいそれって大丈夫か?」
「……だから、いま何されても、抵抗できないよ」

そう言ってむくろは全体重を預けてきた。
頼りないくらいに軽い、少女の重さがしっとりとのしかかる。
思わず唾を飲んだ。

「誘ってんのか」
「…いちいち確認するな、童貞ぃんっ!?んっ、んぅー!」

言い終わるか終わらないかのうちにOKと判断して唇を奪う。童貞がこういう事をするのに度胸がないとかあるとかはもう関係なくて、正直下半身からの衝動に耐えるのがそろそろきつかった。
勢い余って前歯をごちんとぶつけながら、むくろの小さな口にむしゃぶりつく。
お互いの顔の全体像が見えないくらい近くて、いつもより温度高めの鼻息が互いの顔にあたる。
むくろは口の中もいい匂いだった。
突いたら差し出すように伸びてくる素直な舌も、こちらの唾液を塗り込んでやった無垢な歯茎も、自分の唾液を吸い出されたら恥ずかしそうに吸い返してくる内頬も、甘くねっとりとした熱い空気を纏っていて、キスをするとその発情したような匂いで肺が満たされるのだ。

「…ぷあっ、はっ、はぁ、はー…っん、いきなりっ、ふー、ひどい、はぁ、へ、へたくそっ!」
「はぁっ、ふぅ…まだセカンドキスなんだから、大目に見ろ。ていうか、その割には楽しんでたよな、息とかすごい発情した匂いだし」
「…はっ…!?発情した匂いなんてっ、して、ない…っ」
「してるって。あっなんか我慢できない、もうここでするか?」
「…冗談。今靴脱ぐから、寝室まっ、でぇ、ちょっと、だめ待ってんふっ、んっ、んっ!」

待てない。
ちんちんが痛いくらいに勃起してて今すぐにでも挿れたいくらいだ、童貞だから穴の場所とかよくわからないけど。
とにかく寝室まで我慢するためには少しでも発散させないと。むくろの白くなめらかな唇に吸い付きながら、魔物娘用の靴屋で買ったスケルトン用の靴を脱がせてやる。
小さなリボンが装飾されたヒール低めの黒いパンプス。スケルトンの骨の足でも不自由なく歩ける魔法の靴だ。
デートの時は靴紐を足首の骨に結んで普通のスニーカーを履かせていたのだけど、非常に歩きにくそうだったので真っ先にこれを買った。
口を塞がれ口内を蹂躙されながら勝手に履物を脱がされるというのはそれなりに無体だろうだけど、許してほしい。

「ん!んん〜っ!…っふ、んぁぷ、ふーっ、ん、んっ、んうん、んんっ………ん………!」

互いの鼻息を頬にぶつけながら、小さくて細い身体が恥ずかしそうにもがくのを片手で抱きしめるようにして押さえつけながら、空いた方の手で片方づつゆっくりと靴を奪っていく。

「んんっ!?」

脱がせる指先でそっとなぞっていく、かかとは踵骨、足首に繋がる距骨、舟状骨、土踏まずのあたりの立方骨と楔状骨、第一から第五までの中足骨の先端が地面に触れる部分で、そこからそれぞれの指骨である基節骨、中節骨、末節骨が順番に外気に触れていく。

「…ん!……んぅっ、んん〜っ!?んっ……!んっ……んんん〜…………っぷぁ、ちょっと…はかまぅんっ!?ん!ん〜〜っ!!………んっ………ふぅっ!……んん…………っ♡」

右足が終わったら次は左足だ。当然キスは続行、むくろが口の中で恥ずかしそうな悲鳴をあげた。
女の子の小さな足だという事は骨だけでも分かるもので、そのカタチを本人に教え込むように、ゆっくりと脱がせていくのだ。
わかるか?お前は足の先まで女の子で、エッチで可愛いんだぞ、むくろ。分かったら僕以外の男の前で、裸足の骨とか見せるなよ。
言い聞かせるように舌の上に溜めた唾液を流し込むと、むくろはそれを迎え舌で根こそぎ吸い上げて口の中でゆっくりと味わうように転がして、少しずつ嚥下していく。
女の子の靴を脱がせるという行為に、僕は馬鹿みたいに興奮していた。

「…ん……ふっ、ぷあ、はっ!…っはー!は、はあっ、あ、は…んぐ……はぁー………はぁ」

唇を離すと唾液の橋が溢れて落ちた。
うわ顔が真っ赤。息もいっそう荒い。
むくろは潤んだ目でこちらを上目遣いに睨みつけて、ひどく辱められたみたいな表情をしていた。

「はぁ、は………なんだよ、感じちゃったのか、キスしながら靴脱がせただけで」
「…っあんな……いやらしい………っ墓丸の馬鹿、変態……馬鹿変態………っ」

最後まで言葉にならず、むくろはぷいとそっぽを向いて吐き捨てた。
良かった。僕がエッチだと思う事とむくろがエッチだと思う事が同じだ、そんな些細なことが無性に嬉しい。僕は満足気に舌を出してみせた。
やばい、下半身の衝動がだいぶ精神にキてる。
早く寝室にむくろを運んでしまわないと、もう一度脱がすために靴をまた履かせてしまいそうだ。まだ玄関だけど今すぐここで犯したい。
でもだめだ、むくろは寝室まで待って欲しいと言った。
抱き上げる、運ぶ、ヤる。運ぶ間はいじくり回して発散する、これで行こう。
というわけで左腕でひょいとむくろのお人形さんのような華奢な肢体を持ち上げる。いわゆるお姫様だっこの片腕版だ。
骨の身体は硬くなめらかで軽いはずなのに、スケルトンの少女の身体はふわふわとした危うさと吸い付くようなしっとりとした手触り、そして軽くとも確かな生命の重みを腕に伝えてきた。
これから彼女とセックスするのだと思うと興奮が収まりそうもない。空いた方の手でいたずらしながら自室に歩を進める。

「…ぅひあ!?」
「お、これは気持ちいいのか。痛かったら言えよ」
「…ぃい、いまどこ触って!?…あっ!ん」
「大腿骨と寛骨臼の間の、股関節って言ったら分かるか?そこを爪の先でカリカリっと。スケルトンてすごいよな、普通なら触れないデリケートな部分が剥き出しだ」
「…ゃ、めっ、だめ、へん、へんなの、ぃた、くは…痛くは、ないけど、あ、へぁ、あ、あっ」

そこが弱点であるという発想は、普段むくろの骨が外れてから元に戻ったりする時の動きを見て生まれたものだ。
関節から関節へ、まるで見えない糸で引っ張っているかのように見えた、それが着眼点だった。
普段外気に触れない関節はバラバラになった時に魔力の糸を伸ばしてくっつけるための噴出孔となるのではないか。
ならばそこは比較的魔力が通りやすいのでは、ガードが薄いのでは、つまり性的な意味でも弱点なのではないか!!
だとすればそこを愛撫される快感の強さは脇の下や膝裏などのくすぐったい箇所を弄られるのとそう変わらない。

「……ぁ、ああっ、あっあっ…ぅあ、はぁっ、んぅ…ぁ……」

その証拠にむくろの目がトロンとなってきている、力が抜けるのか心なしか少し重くなった。
きっとスケルトンの骨の四肢は関節が性感帯になっているのだ。そうでなければむくろがただ敏感体質なだけだ。

「どっちにしろむくろはエロいって事だよな」
「…なんの、話…っあ、だめっ、みぞ、深いとこだめぇ…♡あっ、う、やめっ、押すな、撫でるな、引っ掻くぅう、うぁっ♡あ…そんな……そんなところぉ、自分でも触ったことっ………あぅ……ないのにぃ♡ぃあ、あっ♡……あっ、だめ、だめっ!ほんと………ぁ♡………だ、めぇ……………っ!」

炙るような前戯。
むくろの白い身体を桃色の焔でちりちりと焦がしていく。
魔物娘と人間は性行為において対等ではない、こちらは一度の行為で数回絶頂したら体力は尽き、精神の糸も切れてしまうとして、相手はその10倍絶頂しても意識を保って居られるらしい。
ならどうすれば満足させてやれるかというと、本番以外でなるべく念入りにイかせれば良いという単純な答えに至る。
前戯において素人童貞でしかないこの僕がどれだけその差を埋める努力をしたところで、追い詰め過ぎるということはない筈だ、多分。

「着いたぞむくろ、じゃあやろうセックス」
「…直截すぎる…………っ、ぁ、だ…っ馬鹿、もう、もうそれいい…あっ♡いい、から…やめ、んっ……はぁっ、あ…♡」
「初めては痛いって言うだろ、ちゃんとほぐさないと」

正直、もうあまり理性が残ってる気がしない。下半身から脊髄を通って脳に至るまで、茹だったように熱い。早くヤりたい、したい、むくろを気遣う余裕がない。
乱暴にして嫌われたくないという一心で、危ういところで踏みとどまっている自覚すら曖昧だ。
だから、本格的に頭が回らなくなる前に少しでも準備をしてやらないと。
月明かりに照らされた寝室のベッドにむくろをそっと横たえると、乱暴に雨戸を閉めて息苦しいシャツを脱ぎ捨てる。
視界の端でラブホ土産のお札がいつのまにか壁に張り付いてるのが見えたがどうでもいい。
常夜灯をつけてからむくろの服も脱がせにかかった、ボタンをちまちまと外すのがもどかしくて、引き裂いてしまいたくなる衝動に抗いながら。

「じゃあやるからな…直に、柔らかいとこも硬いとこも、全部触って、ほぐして…それから…」
「…もう、いいから……ほんと…魔物娘だから、大丈夫…ぁっ♡…だからあっ♡……やめ、聞け、よぉ……♡」
「あーうん、そっか…確かに…なんか人間より濡れやすいとか即ハメしても痛くないマジカル性器とか、むしろちょっと痛いくらいが好きな子もいるとか聞いたことある気がする」
「…ち、ちがっ…わ……ないと……思う…けど…うん、そう…思う。だから…ぁひぃ!?な、なんれ♡…なんれぇ♡」
「眉唾だろそういうの、全部疑うわけじゃないけど念のためな、念のため…」
「…あっ♡…ぜんぜん…♡…くぅ♡…信じて…ないぃ…はあぅ…♡」

興奮で感覚が鋭敏になったのか、むくろが感じているのが分かる。僕の手がなだらかな胸をゆっくりと撫で、陶器を弄り回すように肌の上を這い回るたび、白骨の肢体が息を荒げて快楽に身をよじるのだ。
そっと肋骨をずらして、ピンと張りつめた乳首を指で転がすと、押し殺した声に艶かしい色が混じっていく。
大腿骨を膝近くから根元まで撫であげて、秘所の近くで止めると、切なげに熱い吐息を漏らす。
スケルトン。骨のように、打てば響くような素直で淫らな体。
僕の拙い手でも感じているのだ、単純に嬉しくて仕方がない。
感じる事への羞恥、それともまだ的外れな罪悪感のようなものでも抱いているのだろうか、彼女は真紅の瞳を潤ませ、必死で顔を逸らして僕の方を見ないようにしている。

「なあこっち向けよむくろ、感じてる顔見せろ…」
「…や……♡…言い方……ぁ♡…意地が、悪い…♡…んっ♡」

頬に手を添えてこちらを向けさせると、さして抵抗もなく、ひやりとした中に隠しきれない熱を感じた。
改めて見るとむくろはとても可愛い女の子だ、顔半分を覆う骸骨の面すら愛嬌がある。
薄暗い部屋の中でも浮かび上がる銀糸の髪、白く透き通った顔が上気して薄く朱に染まり、つるりとした小さな唇から漏れる吐息には明らかな熱情が感じられて、所在なさげに揺れている真紅に濡れたルビーのような瞳は、ずっと見ていたいと思えるほどに。

「目」
「………ふぇ?」
「綺麗だよな…」
「…っ!?ぁ…ひう”ぅ”っ♡♡♡♡」
「ん、今のって…軽くイくとかいう、女子特有のアレか?むくろって言葉責めとか好きなタイプだったり」
「…は……♡…ぁ…♡…いきなり、そこ、触るから…だぁ♡……バカ、アホっ、スケベ野郎…♡」

いきなり触ったら怒られるような場所を、つまりは女性器をまさぐったわけで、そんな僕がバカでアホで度し難いスケベ野郎であることになんら異論はない。男はみんなスケベ野郎なのだ。
だが今はより重大な事実を報告しておかなければならない。むくろのそこは、このバカでアホでどうしようもないスケベ野郎の童貞が、それでも童貞なりに気持ちよくしてやらねばと頑張った結果…

「めちゃくちゃ濡れてるじゃあないか」
「…言うなぁ…♡…だから、大丈夫だって、言った…ぁ♡い”っっっ…〜〜〜っ♡」

声にならない叫びを上げてむくろが軽いオーガズムを迎える。
原因は言わずもがな僕なのだが、具体的には膣内に人差し指と中指を突っ込んでくちゅくちゅやった、というか現在進行形だ。ちょっと濡れ具合を確かめるつもりが一心不乱、やめられない止まらない。

「…あ♡ちょっとまって♡それ待って…ぇ♡…まあ”っっ♡って…てばぁ〜っ♡♡」

ビクンビクンと未発達でいたいけな異形の女体を震わせながら絶頂の度にピュッピュと小さく潮を吹く様は、童貞の理性をジェンガにホームランバットぶちかますが如く容易く崩壊させたのだ。
懸命に紳士ぶっても所詮人類はモンキーなのだなあと、崩壊した理性の瓦礫を足蹴に煩悩が虚しい勝利に酔っている。

「…あ”♡あ”♡あ”♡い”ぃ♡……はかぁっ♡…まあ”っ♡…も”♡イっで♡イっだぁ♡…から♡イっでるから♡…やめ♡♡…あ”♡…っやめ”え”ぇぇ〜〜〜〜〜〜っ♡♡♡」
「あっごめん、射精してて聞いてなかった」

無論嘘であり、聞こえていたけど止まれなかったというのが正しい。
だが射精は本当だ、やってしまった。むくろの潮吹きに興奮が閾値を超えたのだ、僕のパンツはこれ早く洗わないと明日ガビガビになってしまうぞ。
いやどうでもいいんだそんなことは、ガビガビになっとけ。

「…はー♡…はー♡……こ…この♡……くそ童貞♡……変態ちんちん♡……早漏ちんちん♡…だだ漏れちんちん♡はぁ、はぁ、はかまるの…美味しそうな…匂いの……これぇ♡ここに、ちんちん、精子…っ♡ここに♡いっぱい♡」
「動き怖っ!?ちょま、ちょっと待てむくろうわぁ」

アクメ直後で足腰立たないのか、ゾンビみたいな迫真の動きでズルズルと無駄撃ち精子塗れの股間に這い寄るスケルトンのむくろちゃん。
薄暗い部屋の中むくろの赤い目は爛々と輝いている。ふしゅーふしゅーと息も荒く、よくよく見たら瞳孔にハートマークとか浮かんでやしないかと思ったが確かめる余裕もなく、僕は足を取られてベッドに倒れこんだというか引きずりこまれた。

「…じゅちゅるるるるる!ちゅっ!ちゅちゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「んほぁあん!?」

こ、股間に吸い付…っ!なんだ今何されたんだ!一瞬意識飛んだぞ!?

「…んっ♡は…おぃし♡……もっと♡」

その声と少し濃くなった自分の精臭で、服の上からキスだけで射精させられたのだと遅れて理解する。
いや、いやいやいや。マジか、魔物娘マジか。どういうテクニックだよ人智超えてるだろ。

「ちょ、むくろやめぁぁっ…はぅう…っ!?」
「…ちゅっ……ふっ、はふゃむぁむもふへい…はわひーほえ♡(フッ、墓丸のくせに可愛い声♡)」
「あっやば、まて一旦落ち着こうむくろさん話せば分かるぅふっ!?お、おほぉん!?」

二度、三度の衝撃に情けない声を上げさせられ、思わず腰を引いて逃げる僕だったが、むくろがその一瞬で骨指をフックのようにしてパンツまで滑り込ませたことにより、ジーンズごとスポーンと。

「しま…っ!?」

呆気なく脱がされた二重防壁、精液まみれでベトベトな陰茎が露わにされてしまった。
押さえつけるものがなくなり、ぶおんと音が鳴りそうな勢いで跳ね上る。天を突くかのようにガチガチに勃起したそれがむくろの鼻先を掠めた。

「…ぁ♡……匂い、すごい♡」

心なしか普段の勃起より一回り大きくなっているような気がするし、二度の射精後なのにまるで意に介していない。
赤い瞳を爛々と輝かせるむくろ、これはまずい、下着越しの刺激だけで腰に電撃を喰らったような衝撃的快感、後ずさろうにもすでに尻の下に枕の感触、背後は間違いなく壁である。
このままでは…やられる!

「待て待て待て待て、ステイむくろ!ステイ!プリーズ!降参!股間の匂いを嗅ぐな犬かお前は!?」
「…はぁ…くさい♡くさいのに、嫌じゃない、くさいのがいい♡はかまるくさいのがいいの♡はかまるの匂い…はかまるの…はかまるのぉ♡」
「聞けよ!いわお願い聞いて下さいむくろ様、あちょ、ごめん許して僕が悪かったあっはぁぁあんっ!」
「…じゅるるるるるるるるるるっ♡♡♡」
「イ”ッッッッッッッッッッ!?………ふぁ………は……ぁ…」

イッた。
情け無用の発情スケルトン。
命乞い虚しく射精直後で敏感な無防備童貞チンポに吸い付かれ、わずか5秒で屈服した僕だった。魔物娘の圧倒的ポテンシャルを前にしていまだかつてないスピード感で情けない声をあげて精液を搾り取られた屈辱を、僕は一生忘れないだろう。

「うぅっ…経験値ゼロのフェラチオとすら呼べない浅い吸い付きで二度も……二度もいいようにイかされた…っ!もうお婿に行けないっ!」
「…ん、くちゅ♡…ふー♡……ふー♡…っんん♡…………………っく、ふっ…ふふ……なんか…悔しがり方に、余裕があるのが…癪だけど…しょ、所詮は…っ♡にんげ…っん♡………ぁは♡」

シーツに顔を埋めながら搾り取った精液の喉越しで腰をビクビク震わせて勝ち誇るむくろ。
この時僕は魔物娘達が時折「エロ」魔物娘と巷で囁かれている理由を理解した。
挑発するような言葉がいじましくて、震える腰つきがけしからんくて、上目遣いで上気した表情がたまらなくて、細い身体にへばりつく銀髪が興奮を掻き立て、貧乳だが一丁前にピンと立っている乳首が微笑ましい、ひんやりとした質感の肌が汗まみれなのが最高だ。
エロい、何もかもがエロい、むくろエロい。
襲っちゃうぞ。

「…ぁ」
「つかまえた…!」

肩を掴んで、押し倒して、覆い被さって、互いの目を合わせた。
いわゆる正常位というやつで、これからする事を意識して、鼓動が大きく、早くなる。
むくろの息をする音と、僕の息をする音が重なって、熱い。

「………ん」

おずおずと脚を、大腿骨を開いて、むくろは骨の指でそっと秘所を割り開く。
常夜灯の薄暗がりでも分かるくらい、シーツまで滴る愛液が僅かな光をてらてらと淫靡に反射していた。

「おぉ……」

準備万端で、ちょっと感動だ。

「………っ♡……そういうの、いいから…っ!………………はやく♡ここっ…ここに♡………ぃ、いわせんな……♡」
「そ、そうだな…じゃ、その、挿れるぞ」
「…うん」

くちゅり。

「くぅっ」
「…んっ♡」

先っぽを入り口に触れさせるだけで腰が抜けそうになるのを堪え、つぷ、と。
抵抗なく肉棒の先端が埋まって、きゅうと亀頭を抱きしめられるように締まる媚肉の感触の中、少しずつ腰を落としていく。
滑らかでひんやりとした肌とは裏腹に、膣内は灼けるようにグチュグチュ煮えていた。突き進む途中にふと引っかかりを感じて、ああ元男でも膜はあるんだなと、元男という事実に抵抗を感じない自分に安堵した。

「はぁ…はぁ………くっ……むくろ…!」

荒い息で射精を堪えながら、一度、二度、口を吸う。
不思議な事に全く萎えない。どこからそんなに湧いてくるのか精力が漲るようで、もう何度か射精すれば落ち着くという気すらしない。

「…ぁい…♡……いいよ♡」
「まだ何も言ってないだろが……!」
「………いいよ、墓丸にならなにされても」
「ぉぐっ!?」

やばいうっかりイきかけた。下手したら心臓止まるぞ、卑怯だろそれは。
頼むからこういう事はちゃんと言わせてくれ。

「むくろの初めて、もらうからな」
「………ん♡」

深呼吸。
ぐい、と。力を込めて突き入れるとぶちぶちと千切れる感触が返ってきて、ぎゅううううっと肉棒が柔らかく締め上げられた。
結果、脳髄が焼き尽くされた。

「…〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ♡」
「お”おっ…!………ぉ…………っ!」

処女喪失、童貞卒業、これが初めてのセックス。
達した。
僕は馬鹿みたいな間抜け声を上げて、むくろは音にすらならない嬌声で叫びながら。
どくどくと精液を吐き出す感覚と、熱く柔らかなものに締め付けられる感覚。
しばらく明滅した視界が落ち着くのを待って、それからある程度息が整うのを待って、最後に心臓がバクバクいわなくなるのを待とうとして、多分繋がったままの距離感じゃ無理だと悟るまで、僕達は動かなかった。
やがてどちらからともなく、口を吸いながら好きな人の名前を呼び始めた。

「…むくろ………」
「…はか、まる………」
「むくろ…むくろっ…ん、むくろ……むくろ……っ………むくろぉ……」
「…墓丸…墓丸ぅ…ん…ぷぁ、はか…まる…んっ…んっ………はぁ♡…墓丸……っ♡」

ことここに至っては行為に意味があるのかなんて考えには及ばない、僕達はただ、したいだけのことをしていた。
繋がったままでキスの雨を降らせながら、互いに名前を呼びあう。
そんなことが嬉しくて、何故か切なくて。

けれど。ふと、感情に空白ができる。

むくろの頬に一筋の涙が流れて、僕は少しだけ困惑したのだろうと思う。
分からなかった。嬉し涙なら良かったのに、どうして、なぜ彼女はそんなに哀しそうな顔をするのだろう。
疑問を視線に乗せると、震える声で答えが返ってくる。


「…ごめん、ね」


………はい?

「…わたしが、はかまる…好きに、なったせいで…だから……ごめん、なさい…っ……私からはもう、離れられそうに…ない………」

思考がフリーズした。

「……………………は?」

えーーーーっとつまり、こういう事かな?
僕のことが好きになりすぎて自分じゃどうしようもないけど、迷惑なら僕が離れてくれればいい的な?え、なに言ってんの今更。つまりあれか?今僕はラブホでの告白を無かった事にされてるのか?一時の気の迷いとか思われてるのか?
はーなるほど、なるほどね。
はー、そうですか。
はー…………。

「は?おいどういう意味だよそれ分かんねーよふざけんなよ分かって言ってねーだろお前も」
「…だから……好きに…なって…ごめん…にゃひい"っ!?……だめ、そこだめっ♡もっとやさしひぅ"っ♡あ、あ、あ、つよい♡つよしゅぎぃ♡にぁ"っ♡な"んっ!にゃんれ"え!?あやまった♡あやまったのに"ぃ♡♡♡」

おっとまずい待て待て冷静になれ、落ち着けよ僕。ちょっと今のは本気でキレかけたぞ僕。
膣の奥を二、三発小突くくらいでもむくろはひんひん泣くようなので、いじめるのはこのくらいで勘弁してやらないといけないだろう。
でも今のはむくろが悪い。
恨めしげな目線を送ってくるむくろに反省の様子はこれっぽっちもない。それどころか、涙をためたジト目は僕に謝罪か何かを要求しているように見える。
え、何?僕が譲らないといけない流れなのこれ?うん、でも本人がどうして怒られているのか分からないのに怒っても意味が無いっていうか、こっちも怒りたいわけじゃないんだよな。
仕方ないなもう、全く。あとでちゃんと優しく諭すとして、ここは一つ、大人の度量ってやつを見せる時なのかも知れない。
はーやれやれだ、世話の焼ける元親友を持つとほんっっっっとうに苦労するぜ。

「あのな、むくろ。ちょっとだけ、怒らずに僕の話を聞いて欲しいんだけどさぁ…




…………………………………いいっ加減にしやがれこのクソ馬鹿たれっ!!!」
「ひい"んっ♡♡♡」

どちゅんと音を立てるほど、ひときわ力を込めてむくろの腰を下へと打ち付け、すかさず子宮の中に精液を押し込むかのようなピストン。
ズチュッズチュッズチュッズチュッ!汗みずくの尻が太腿の上に落ちる音に合わせて、乱暴に快楽を打ち込まれたむくろの銀髪がキラキラと汗を飛び散らす。
むくろの身体は素晴らしくエロい匂いを部屋中に充満させて、もっと優しくして下さいと命乞いをしてくるのだけど、誰が許してやるもんか。

「いっぺんぶち犯してやる… 」
「ひっ♡」

僕が低い声で囁いた妄言に本気の怯えを見せるむくろだったが、逃げようとしても足腰に力が入らないのか、かろうじて動く腕だけでなんとかシーツを握るくらいの事しかできない。
大腿骨に肉がついていれば尻だけ大人なのがわかる以外は中学生と見紛うほど犯罪的な体躯を、成人男性の膂力が容易く押さえつける。
大人を本気で怒らせると怖いのだという事をわからせてやるのだ。

「いいかこの……このっ……こっ………………ああもう言葉が出ねえ!今度!そんな事!言ったら!!言ったらなあ!?ぶち犯す!!!」
「……も"♡もっ♡もう、あっお、犯しっい"♡犯しでるぅ!ひっ、ひぅゔん♡♡やめ♡おくっ奥だめえええ♡…あ”♡入る♡せーえき♡あかちゃんのへやに♡入るの♡あつっ…あたま♡へん♡へんに…なるのぉ♡♡♡♡」

昼間の静謐な様からは想像も出来ない乱れっぷり。
膣内出しをした後に膣が緩む暇を与えず快楽を叩き込む事で勃起ちんこと濡れまんこが密着したまま中を掻き回し、時々打ち付けるようにピストンする、こうする事で逃げ場のない精液が必然的に狭い子宮口へと流れ込むんじゃないかなという童貞なりの浅知恵だが、どうやらうまくいったようだ。
すっかりしつけられて大人しくなったばかりの膣内をほじくり返された上に、無理矢理精液まで流し込まれたむくろとしてはたまったものではなく、いとも簡単に泣きが入ってしまう。
対面座位で抱きしめられながらオナホのように無遠慮に扱われ、蕩けきった瞳で頬を緩ませて、だらしなく舌を出し、呂律の回ってない鳴き声でよがる、そんな情けない顔を隠すこともできずにいるむくろ。
最高にエロくて、少なくとも五回は射精したのに勃起が止まるところを知らない。暴力的なまでに固く屹立した肉棒が、オールナイト行けるぜ相棒!とばかりに熱く血を滾らせる。

「おーそーかそーか、ったく嬉しそうな顔しやがって。鏡見てみるか?お?ふにゃっふにゃしてるぞお前、メス顔だメス顔」
「…し、してに"ゃあ"っ!?そんな♡してぇ♡にゃひい"♡♡」
「っく、あー締まる。なんだこれくそ気持ちいいわ。すげーわ、語彙が死ぬわ…えっ、お前気持ちよくないの?まじで?俺すごい気持ちいいんだけど…そうかー、ごめんなーあんま気持ちよくさせられなくってぇ…さぁっ!!!!」
「…い"っっ♡♡♡♡♡♡♡♡」

ゆったりと快楽をなじませるような動きから不意打ちできついのを一発。尻から脳天まで衝撃が伝わったかのような声を出して、むくろは今夜何度目かもわからないアクメに晒される。
全身の筋肉が収縮し、膣内がきゅううう!と肉棒を丹念にかつ執拗に根元から揉み解し、その快感と引き換えに貪欲に精液を搾り取ろうとする。

「ぐあっ!きっつ!マジ…締めすぎっ!出そう!出る!出る出る出る出る……!っあ!…が……ふっ」

まだ出てない大丈夫、いや大丈ばない。ちょっと出ちゃったかもレベルでギリギリ我慢してる。早く出して楽になりたいが、もっと長く味わってもいたい。と、そんな葛藤を知ってか知らずか、むくろは全身でチンポを煽って膣内出しを誘ってくる。
膣のひだというひだが肉棒に柔らかく捻れ絡みつき、容赦なく擦り締め上げて要求するのだ、ある限りの子種を寄越せ、精巣に入ってる精子を全て吐き出せと。
間違ってもアンデットの女性器がしてはいけないような、生命の根源的欲求を満たすための生き生きとした膣の動き。
いつになくおしゃべりなスケルトンの少女、そのふやけきった喘ぎ声よりもなお、おまんこの方が雄弁だった。

「あ♡いまだめ♡できちゃ♡ぜったいできちゃう♡♡♡あかちゃんっ♡できちゃうから♡だめぇ♡♡」
「いいじゃんできても、僕とむくろの子だろ、最高だよ責任とらせろよ…嫌、だったら…メス顔で…おねだりすんな…よ!…我慢!すんの!きっついんだぞっ!」
「あい"っ!?へぁ♡♡は、はかまるがぁ♡勝手に、えっちするからぁ♡♡♡」

身体は媚び媚びだけど言葉では必死でレイプ拒否。これだけ言動が乖離した女の子というのもそうそういるもんじゃない。
なんか言い逃れしてくるけど、退路を与えるような真似をするほど僕はこいつに甘く接してやるつもりはない。決して、絶対にだ。ひーひーよがらせて、余計な事なんて考えさせなければいい。
大体、他に当てなんて無いと言ったのは彼女自身で、ここに居たいと言ってくれたのも記憶に新しい。
もう、彼女は十分過ぎるほどにいろんなものから逃げてきた。もうどこにも逃げなくていい。僕はもう二度と、こいつをどこにも逃さないと決めたのだ。

「はぁ…はぁ…じゃあさ、むくろ。僕とは親友だから恋人になんかなれないって言えよ、そしたらこれ、一旦やめにしよう」
「…っ!?なんでそんな、むり、いやむりじゃな…いや、でっでも、あの、腰、こしが、抜けて」
「じゃあハッキリ決めろ。結婚か親友か、ちなみに制限時間5分な」
「…!?え、うぅ、うううううううぅっ」
「うーうー言ってもダメ。どっちつかずは無理なんだよ、少なくとも僕はな…親友に恋とか絶対無理、ありえない」

僕はそう言ってむくろに現実を突きつける。小動物みたいにプルプル震えながらこの世の終わりのような顔をしても、膣内のチンポが膨らむだけだ。
見るがいい我がベッドの惨状を、精液と愛液と汗と小便でぐっちゃぐちゃだ。もはや寝具ではなく使用済の交尾用マットだ!
こいつは僕との友情を命ごとドブに捨てておいて、都合よく生き返ったりして美少女なんかになっておめおめ戻ってきてくれた上に元親友の僕なんかに恋しちゃってくれて本当にありがとう!いや違うそうじゃなくて!
とにかく裏切り者なのだ。もはや僕と彼女の間には友情のゆの字もありはしない。
これだけ快楽目的のどろぐちゃセックスをしておいて、お互いの境界がわからないくらいめちゃくちゃくっついて触り合って身体を擦り付けて、僕はむくろの、むくろは僕の体液塗れで、どうしようもなく交ざり合ってしまったのだから。
それで今更、親友に戻るなんて虫が良すぎる。

「だからむくろ、選べ」
「…な、にを♡」
「二択だ。結婚するか、全部無かった事にして親友に戻るか」
「…あ、ぅ」

面白いくらいに目が泳ぎまくるむくろ。
こんな二択、今や快楽中毒者になってしまったむくろにとっては無いにも等しい選択肢だ。親友に戻ればセックスできない。親友はセックスなんてしないから。
頭の中ぐちゃぐちゃになってるだろうに、そんな理由で決めてしまっていいのか迷えるのは大したものだと思う。

「……ううっ♡じゃ、じゃあ全部…無かったことにい"っ♡♡♡♡♡」

むくろさん、アヘってるところ恐縮なんだけどその台詞リテイク。
往生際が悪いにも程がある。地の文とか心の声を読めとまでは言わない。せめて会話の流れから察して欲しい。これはそんな糾弾の抽送である。
では改めて。

「この期に及んでヘタレんな!!!っぁ…空気…!読めよっ!…結婚っ!一択だろっ!そこはーっ!!!!」
「…や♡なんっ♡♡で♡ひぅ♡やっめ♡やめぇっ♡♡だってわたし、ばけも"っ♡♡♡めいわ"ぁ"っ♡♡くひぃ♡ぁ、わたしなんかあ"っ!?あ"♡それずるひっ♡おちんちんずるいよぉ♡」

ズルもクソもない、こっちはもう泣きそうだ。化物だの迷惑だのって、そんな悲しい台詞を最後まで言わせてたまるか。

「は…っ、むくろさん、むくろさん…っ、いいかな?リピート…アフター…ミー…ッ…『私ははかまるのお嫁さんになって』……っ『毎日いっぱいチュッチュします』…」
「…ひぁ♡…や、やぁ…♡耳元で…そんな…だめ、そんな幸せすぎるの♡…ぜったい……だめえ♡」
「いいからっ!言えってば…!結婚するって言えっ!妊娠しろ……っ!家族になれ…なって、なってくれよ頼むからっ!」

最早どちらが追い詰められているのか分からなくなって、僕の言葉は殆ど懇願だった。
だってもう本当は、僕の方が彼女無しでは生きていけない。

「…ひ♡…いぐ、イッ♡♡♡♡はぁ…また♡イク、い”っ♡ぁ、まって、無理…無理ぃ…♡」
「ぐぅ…っ、あ”っ!言えほらっ!言えっ!首っ…縦に振るだけで!あっぐ…おっ……いいっ!からっ!」
「…だめっだめえ♡…イク♡イク、いっちゃ、い、イくぅッ♡……イクッ♡♡♡…………ひぃ"っ♡イックぅうううううう♡」
「っがああああ!っくあ、クソっ!っのやろ、気持ち良すぎんだよっ!!も、我慢、無理だって!っは…っは……言!え!よ!」
「あっ♡…あっ♡……あ"〜〜〜♡……ぁう、あぐ、すん、すんっ…だめ…だよぉ…♡」

またそうやってぐずりだす。生き返ってからこっち泣いてばかりだな、むくろ。僕はお前のこと、泣かせてばかりだ。
なあ、いつか絶対、昔みたいに笑わせてやるよ。
お前が生きてた頃みたいには戻れないけど、そのくらいのもの、取り戻したっていいじゃないか。
だから。

「結婚っ!して下さい!!」
「…あっ♡や♡♡やぁ♡……や"ぁっ♡♡」
「お願いします……っ!!!!!!」
「…あ”!あ”!?は…あ”っ…♡あ”あ”♡♡
あ”〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ♡♡♡」

射精した。むくろの子宮口に亀頭を押し付けての無許可の膣内出し。
完全に孕ませレイプであるが、困ったことに、視界が霞むくらい気持ちいい。

「…ぁづ……ぁ…♡…ひ♡ひぐぅ♡おなか…あづぐで…イっちゃ♡…ひあっ♡ひあぁ……♡」

むくろは僕の腕の中でビクビクと身体を震わせ、力尽きたようにくたりと肩に頭を置いてきた。
散々泣いてたくせに、今までのは本気じゃなかったみたいに、堰を切ったように涙を溢れさせて。

「………っぅ…はか、まる…ぅ」
「ぜ…は…なん、だよ………」
「…すき」

知ってるよそんなこと。

「…すき、だったの」

知ってたよ、そんなこと。
なんでお前が自殺したのか。それが命を投げ出すに足る理由だなんて気づいていなかっただけで、その理由を僕は最初から知ってたんだ。
知っていたのだと気がついたのは、ついさっきだったけど。
あまりにも遅すぎたけど、でも。
やっと気づいてやれた。



『…墓丸、生まれ変わったらおれ、女になる』
『ついにくるったか無久郎』
『…そしたら、おれが付き合ってやんよ』
『おい、僕に来世まで待てと言うのかおまえは、てゆーかホモかよ』
『…ホモじゃねーよ。お前は今世じゃ彼女できないから、可哀想だろ』
『ぶはははは、ひでーよ真顔で言いおったよ、俺の親友は人間じゃねーな!』
『…だろ?おれ人間超えてるから』
『ふざけんなし』
『…いって、ふざけてねーし』
『『あはははははは……』』
『ってちょ、むくろ、どうした?』
『…ちょっと笑いすぎたかも』
『泣くほど笑ってなくね?』
『…そうでもねーよ』



「…思い、出したの。わたし、親友なのに、男同士なのに、墓丸のこと、ずっと…っ、ごめ、ん…ごめんなさい、生きてた頃から…ほんとは、ずっと!ずっとぉっ!!」
「お前なんか親友じゃない、お嫁さんだ」
「…う"ぅうううううっ!!」

しばらく、泣き続ける元親友を慰めるように頭を撫で続けた。

「おーよーしよしよし、大丈夫か?結婚するか?」
「…ぐすん……………するぅ」
「もっかい言って?ちゃんと」
「……………………………………け、けっこん…する、します………川口むくろは…墓丸の………山田白円(はくま)くんの、お、お嫁さんに…………なり、ます…」

むくろは白い顔を赤らめて、消え入るような小声で呟くと、しなりと両腕を首に絡めて甘えてくる。
いよっしゃおらああああああああああああっ!言質取ったあああああ!!イエス!イエエエエエッッス!!むくろ俺の嫁!!!むくろ・イズ・俺嫁!っだああああ!!!(魂の叫び)
…ふぅ。

「しまった、録音しとけば良かった」
「…ばか」

それから僕達は、互いに何を言うでもなく寝ながら見つめ合ったり、抱きしめ合ったり、頬にキスをしたりしていた。
わけもなく笑みが零れて、瞳の奥が熱くなった。

しばらくしたら泣き疲れたのか、イキ疲れたのか。静かな寝息が耳元から聞こえてくる。
僕も今日はいろいろと限界だから、寝る前に少しだけ。幸せそうな彼女の寝顔に、伝えきれなかった事を言っておこうと思った。

「なあむくろ…僕はお前に夢中だ。すげー愛してる、大好きだぞ」

耳元で囁くと、その顔からぼひゅーと湯気が出た。
…おいふざけんなよ寝たふりかよ!
恥ずかしくて死にたいのは僕の方なのに、なんでこいつの方が派手に照れてて死体なんだろうか、世の中の理不尽ここに極まれりだ。

「ばっ、おま、お前な…っ……お、起きてんじゃねえよっ!はよ寝ろ!」
「…す、すぴーっ…すすっぴー…!」
「面白いくらい寝息作るの下手だな!?」

ああ。
また馬鹿な事やってるな、僕達。
僕とむくろは結局、こういうやりとりを一生続けて生きていくのかも知れない。
彼女の生前も死後もそこだけは変わらないのだと思うと、奇妙な安堵が湧いた。
気がついたら僕は眠ってしまっていて、久しぶりに昔の夢を見た。



ε==3 ε==3 ε==3



小学校低学年の頃から、僕はやたらと骨を描くのが好きで、ガイコツだらけのノートや教科書を同級生にからかわれたり、女子に気味悪がられたりした事があったけど、そんな事は御構いなしだった。
人には人の、僕には僕の生きる世界があって、他人に理解される必要なんてない。
だがある日そんな僕だけの世界に、というかノートに、土足で乱入してきた侵略者が現れた。
それが川口無久郎だった。

『何すんだお前!?返せよ!僕のノートだぞ!』

お楽しみのラクガキタイム、もとい休み時間に僕のノートを横合いからいきなり取り上げると、奴はささっと可愛くデフォルメされたガイコツのゆるキャラを油性ペンで描き込んでみせて、ドヤ顔でこうのたまった。

『…おれの方が上手い』

控えめに言ってクソガキである。
当然僕はブチギレてそいつに殴りかかった。そして返り討ちにされた。
それからそいつは頼みもしないのに休み時間になると絵のコツを教えに隣のクラスからやって来て、僕も僕でなんだこのうっとおしい変人はと思いながらも負けっぱなしなのが癪なので付き合ってやっていた。
そうして度々喧嘩や馬鹿話をしながら同じ中学にまで入学する頃になって、気がついたら僕と無久郎は、親友になっていたのだ。
もうすぐ目覚める時の思考だから忘れてしまうのだろうけど、ふと気になった。
いつから無久郎は僕の事が好きだったのだろう、どれだけの間、想いを自分の中に閉じ込めて、どれだけ言えずに、どれだけ悩んでいたのだろう。



ε==3 ε==3 ε==3



朝起きて隣を見たら、白い顔がよだれを垂らして幸せそうな間抜け面を披露していた。
やっぱり魔物で、骨で、女の子で、確かにそこに居た。
想いを遂げたら男に戻ってましたとか、成仏しましたとかいうオチもない。スケルトンのむくろだ。
いつか聞いたバイト先の先輩の言葉が蘇る。

『き、きっとその子、山田君が好きなものに、なったんだよ。魔物娘だから、ね』

案外、そういう事だったのかも知れない。
まあ仮に男に戻っても改めて後ろの穴に突っ込んで雌になってもらうから何も問題はない。でもこのタイミングで成仏とかされたら一生立ち直れる気がしないのでホッとした。
そんな僕の内心を知ってか知らずか、隣のスケルトンは朝の静謐な空気の中にあって、呑気でしまりのない無様な寝顔を恥ずかしげもなく晒している。
思わず枕元の携帯端末で写真を撮って保存した。後で印刷して額縁に入れて飾ろう、また一つ家宝が増えてしまったぜ。

「今日も最高に可愛いな、お前」

僕は嫁になった元親友の白くてお間抜けな頬に口づけをしたくなって、顔を近づけた。
そしてある事に気がつく。

「…むくろ、顔真っ赤だぞ」
「…な、なってなんむぅっ!?んっ!んーーーーーーーーーーーー!?」

起きてないふりが相変わらずド下手だった。もう起こしてしまう心配がなくなったのでベロチューに変更。
ふと、ご近所迷惑が今更になって気になったが、壁に張り付いたお札に「防音」の二文字が見て取れた。すげーな受付の人。
丁度いい、どうせ今日はバイトを休むのだ、一日中イチャイチャしてやれ。
19/08/19 01:46更新 / 蛇草

■作者メッセージ
このあとむくろの実家に挨拶に行って親にめちゃくちゃ泣かれてから祝福される。

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