連載小説
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滑稽なる宇宙恐竜 影法師と魔姫
 ーードラゴニアーー

「来たか」

 三度目となる邪悪なる者達の到来。ドラゴニア女王デオノーラは普段の彼女らしからぬ不機嫌そうな声で呟いた。

「あれほどの強者の群れならば、本来ならば歓迎するところ。だが、心根がな……」

 竜の女王は実に惜しいといった様子で嘆息する。エンペラ帝国軍の実力はここ数日の交戦でよく知ったが、同時に魔物への凄まじい怒りと憎しみ、怨念の強さもまた思い知らされた。特にそれらは魔物に対する極めて卑劣・悪辣な戦いぶりとして表れ、誇り高き竜達はそこを嫌悪していたが、彼等の高い実力をさらに凶悪なものとしているのも事実である。
 とはいえ、ドラゴニアの魔物娘の中でも豪胆な者の一部は、そんな凶悪集団であっても「気にしない」と豪語する者もいる。強き者を夫として望むドラゴニアの魔物娘の姿勢としては喜ばしいのだろうが、デオノーラとしては内心複雑なものがあった。

「!」

 遠方の敵を魔術で探っていたデオノーラだったが、その中に混じっていた最悪の男の存在に気がつく。

「私でさえ今まで感じたことの無いほどの凄まじい魔力と闘気。あやつがエンペラ・ヤルダバオート一世か……」

 エンペラ帝国軍の侵攻を二度撃退したドラゴニア。だが、それが敵の首魁であるエンペラ一世の怒りを買い、皇帝にして帝国最強の戦士である彼自身を呼び寄せてしまった。

「……小娘(バーバラ)も敗れたと聞く。私でも対処は出来んか……?」

 デオノーラは竜王バーバラをも小娘呼ばわりするほど齢を重ねた竜である。だが、そんな彼女でさえ皇帝相手に戦いを挑み勝利出来るかと訊かれれば、首を縦に振ることは出来ない。

「………業腹だが……」

 意を決したデオノーラは玉座に備え付けられたモバイルクリスタルを起動した。





 ーードラゴニア北西部ーー

 異次元を経由して現れたエンペラ帝国軍1万はドラゴニア北西部より15kmほど離れた地点に布陣した。

『ほう、早速出迎えてくれたか』

 親衛隊に囲まれながら、皇帝は上機嫌で空を仰ぐ。敵の到来を察知し、数多の死線を越えてきた彼等でさえ滅多に見れないほどの夥しい数のドラゴンやワイバーンが彼等を囲むように現れた。

「撃て!」

 会敵早々、宣戦布告の口上もなしに竜達は火球や熱線を地上の帝国軍に向けて放った。

『………』

 降り注ぐ無数の攻撃を見た皇帝は、無言で指をパチンと鳴らす。

『【ペダニウム・ハリケーン】!!』
『【秘剣・爆裂青龍剣】!!』
『【フレイムロード】!!』
『【吸引アトラクタースパウト】!!』
『【マルチヘルサイクロン】!!』
『【サテライトランチャー】!!』
『【レインボー・シャワー】!!』
『【キャンドル・オーキッド】!!』
『【魔物娘必殺光線】!!』
『【超振動波】ァァァァ!!』

 それを合図に各隊隊長、兵士達が火器や魔術、必殺技で迎撃する。

『わざわざ遠い所への出迎え、まこと大儀である』

 天地からの激しい攻撃の応酬が続く中、皇帝は臆せず竜達に感謝の意を伝える。

『もう死んでよいぞ』

 続けて、彼女等の役目は終わったとばかりにそう告げた。

『各隊は迎撃を続けろ。親衛隊は余と共に来い』
『『『『『『『『はっ!!』』』』』』』』

 天の竜と地の直轄軍。激しい戦闘が続く中、ロベルガー率いる皇帝親衛隊が先行し、敵の攻撃を掻い潜り、あるいは敵を叩き落とし、進路を切り拓く。そして、その後ろで皇帝は浮遊魔術を使って空にフワフワ浮きながら、悠然と進む。

「ッ!」

 皇帝をドラゴニアに向かわせるわけにはいかない。
 竜属は他の魔物娘以上に齢を重ねた個体が多い。故にかつてのエンペラ帝国軍の暴威、そして救世主の実力を理解している者がほとんどである。

「うああああ! 逃がさないよ〜〜!」

 皇帝の進路上のちょうど隣で戦っていたワームは目の前の敵との戦いを放り出し、皇帝の背後から襲いかかる。いつもの美しい姿ではない、巨大で強力な蛇竜の姿でだ。

「んーー!?」

 巨体に似合わぬ俊敏な動きで跳躍したワームは皇帝の体を呑み込むほどに大きく口を開け、頭上から噛みつこうとした。
 だが、そこで近づいてきた何かが身体中に突き刺さる。

「な、何これぇ!? と、鳥!?」

 飛んできたのはカラスほどの大きさの『鳥』ーーに似た何か。突如大量に現れたそれは生物でなく金属で出来た物なのか、ワームの鋼鉄以上に硬い鱗を突き破り、全身に刺さっていく。

「い、痛いっ! 痛いぃぃ! 離れてよぉぉ!!」

 ワームは悲鳴を上げて倒れ、大地をのたうち回る。しかし、鳥達のクチバシは尚も蛇竜の全身に喰い込み、やがて身体中から多量の血が噴き出した。そしてついに絶叫を上げて痙攣したかと思うと、そのまま動かなくなった。

『お怪我はございませんか、陛下?』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・皇帝親衛隊第八分隊隊長
 “円盤大怪鳥”サタンモア・ウィップアーウィル
 
『ああ』

 主君の危機に駆けつけたのは、直径3mほどのフリスビー状の『空飛ぶ円盤』に乗った細身の男。さらに、左腕には鷲や翼竜を思わせる形状の巨大な赤黒い盾を装備している。

『【リトルモア】。相変わらずの威力よな』
『お褒めに与り光栄であります』

 主君からの賞賛を受け、頭を垂れるサタンモア。彼の盾には所々穴が開いており、そこからマジックドローン【リトルモア】を発射することが出来る。大きさこそ小さいもののサタンモアの魔力で多数を生成出来、ワームを無力化させたことからも威力の説明は要らぬだろう。

『ああそれと、やっぱり乗せてくれぬか』
『仰せのままに』

 撃墜の危険性を恐れ、皇帝は自身の円盤は用意していなかった。しかし、自力で移動してみたらそれはそれで面倒に感じたのだった。
 
『よし。このまま突っ切るぞ!』
『はっ!』

 サタンモアの円盤に同乗したエンペラは右手からの光線と左手からの衝撃波で集る竜達を撃墜しつつ、ドラゴニアに向かった。





『余は頭目を仕留める。お前達は此奴等の相手をしておれ』
『『『『『『『『はっ!』』』』』』』』

 やがて巨大な霊峰の麓に辿り着いた皇帝御一行。しかし、その山頂に向かうのは皇帝ただ一人である。
 襲いくる大量の竜どもの相手は親衛隊に任せ、皇帝は再び浮遊魔術でふわりと浮き上がり、山頂を目指し飛んでいく。

(今後の課題の一つは浮遊円盤の飛行高度の底上げだな……)

 親衛隊の浮遊円盤では山頂まで辿り着けないため、面倒でも自力で行くしかない。もっとも、そこが徒歩でなく飛行なのが皇帝らしさというべきか。

『チッ』

 忌々しげに舌打ちする皇帝。しかし、それは自力でまた飛ばなければならないからではない。
 ここは竜皇国と言われるドラゴニア。いくら仕留めようが、まだまだ数多くの飛竜がいた。それらが飛び交い、親衛隊に襲いかかっていたのを見たからだ。

『あまり遊んでられぬな』

 そう言って山頂目掛け加速しようとした瞬間、一体のワイバーンが皇帝に襲いかかる。

「ガァッ!!」
(おっ♥)

 足代わりに丁度よいーーと嬉しそうに笑みを浮かべる皇帝は、鋭い牙の生えた巨大な口の噛みつきをひらりと避ける。初撃を躱されたワイバーンはそのまま離れていったかと思いきや、すぐさま空中でUターン。今度はすれ違いざまに左の翼を当てようとする。

『フ……』

 皇帝も高速で迫りくるワイバーンを迎え撃つかーーと思われたが、目の前から消えてしまう。

「!」
『ここだ』
「!!??」

 なんと皇帝はワイバーンにも気づかれぬほどの速さで背中に乗っていた。

「が……がっ…」

 そして皇帝が左腕で締め上げていたのは、このワイバーンの夫である竜騎士であった。

「や……やめろ……!」
『ならば余が何をしたいか、そして貴様がそれに従わねばどうなるか分かるな?』
「わ……分かった……」

 拒否権は無い。夫の命を人質に取られては魔物娘には何も出来ない。ましてや、今それをやっているのはよりにもよって人類最強の男である。このワイバーンが少しでも皇帝を振り落とそうとしたり、違う場所に行こうとする素振りを見せれば、即座に夫の首と頭が砕かれるのは明らかだった。

『良い子だ……』

 酷薄な笑みを浮かべ、皇帝は締め上げた男と共に巨大な飛竜の背に座った。

『では、行け』
「………………」

 ワイバーンは大人しく山頂を目指して飛ぶしかなかった。途中、事情を知らぬ他の竜が夫婦を助けようと何度かやってきたが、その末路は言うまでもないだろう。





『大儀であった』

 山頂に辿り着き、皇帝は飛竜から飛び降りる。同時に、解放された夫と共にワイバーンはすぐさま逃げていった。

(すっかり夜……いや違うか)

 見上げれば辺りはすっかり夜ーーではない。霊峰に沿って飛ぶ内、空模様も晴天から曇天へ、明緑魔界から暗黒魔界へと変化していた。だから夜の暗闇と見紛うばかりに暗いのである。

『暗いな……何も見えん』

 皇帝も人間である。あまりに暗いとさすがに目が見えない。辛うじて少し先に城が聳えているのが分かる程度である。

『仕方ない。明るくするか』

 そんな軽いノリで、皇帝は右手に持った双刃槍の穂先に魔力を収束させ始める。しかも鋒は山頂の城に向けられており、その結果何が起きるのかは明らかであった。

「そんな軽い気持ちで城を吹き飛ばそうとするな」
『んん?』

 背後の暗闇より声をかけられた皇帝は魔力の収束をやめて振り返る。すると、朧げながらも誰か立っているのが見えた。

『貴様は?』
「デオノーラ……と言えば分かっていただけるかな?」
『ほう。これは良い』

 先ほどまでと違い、現れたのは人型の魔物だった。声からして女であり、闇の中で辛うじて分かる程度だが、背中からは一対の翼、臀部からは身長と身の丈ほどの尻尾が生えているのが見える。

『そちらからわざわざ来るとは。手間が省けた』

 敵の首領が目の前に現れた途端、皇帝は嬉しそうな様子を見せる。

『魔界、それも暗黒魔界は特に居心地が悪いのでな。さっさと仕留めて帰るとしよう』
「二度撃退されているのに随分強気な発言だな。なぁ、皇帝陛下?」

 臆面もなく竜の女王を仕留めると息巻く彼に対し、ドラゴニアの戦力の前に爆炎軍団とジェロニモン隊は敗れて帰ったのを揶揄するデオノーラ。

『爆炎もジェロニモン隊も、共にエンペラ帝国軍の精鋭。それらを破ったことは誉めてつかわす』
「誉められるようなことではない。むしろ勝って当然だからだ。
 罪なき弱者を蹂躙しているだけの輩なぞ、我がドラゴニアの敵ではない」
『フッ……』
「何がおかしい」

 鼻で笑う皇帝。そこに不快感を覚えた女王は問いただす。

『同じことを余は今まで貴様等に申しておったのでな』

 魔物は人間を害し、傷つけ、殺し、喰らうーー彼等は今までそれをうんざりするほど見てきた。今更説明するまでもないが、魔物は常に人間を脅かし、滅ぼそうとしてきた邪悪な存在なのである。
 魔物と戦い、殺し滅ぼすことは善行、正義そのもの。疑いようのない“常識”なのだ。
 ところが、その邪悪な生命体が今度は自身を弱者と主張し、それを蹂躙するエンペラ帝国軍を悪だ何だと言うのだから、当然おかしいと思うに決まっている。

「魔物は最早人を害すことも、殺すこともない」
『それはもう聞き飽きた。だがな、そう感じたことはない』
「哀れな。魔物娘を見続けて尚、それが解らぬとは」

 声色からして、このドラゴンが本気で皇帝を哀れんでいるのは明らかであった。もちろん、皇帝はそこが気に入らなかった。

「かつての魔物を憎むあまり目が曇ったか?」
『魔物は大して変わっておらぬ。牡が牝になっただけだ』
「そうとしか見れぬのか。まことに残念だな」

 哀れみというよりは呆れだが、竜の女王は嘆息する。

「だが、それでもまだ汝は救いようがある」
『ほう?』
「真の外道ならば、いくら強者であろうと魔物娘は見向きもせぬわ。汝に惚れた者がいるということは、まだ更生の余地があるということ」

 デオノーラはリリムのミラがエンペラに恋をしたことを知っていた。

「猜疑心を捨て、曇りなき目で己を恋い慕う者を見よ。さすれば過ちに気づくであろう」

 そして皇帝を見て、ミラの恋は叶うとデオノーラは確信した。

『………………』

 竜の女王の言葉を聞き、皇帝は苦虫を噛み潰したような不快そうな表情になった。

「リリムに見初められるなど稀も稀。それこそ滅多にないことなのだぞ?」
『化物に好かれても嬉しくはない。それも魔王の娘と、よりにもよって余の妻の姿を模した不届き者とあってはな』
「素直でないな。本当は嬉しいくせに」

 そう言って、さっきとは逆に今度は竜の女王が笑った。

『不愉快な女よ。貴様とはこれ以上喋っても特に得るものはなさそうだ』

 その態度が癇に障る。故に皇帝はここで問答を打ち切った。

「そうか、それは残念だ。私は汝のことをもっと知りたかったのだが」
『ならば、あの世で仲間に尋ねるがよかろう』
「断る。ドラゴニアの女王が未通女(おぼこ)で死ぬのは格好がつかんのでな!」

 槍先より放たれる誅滅の極光。それを竜の女王は口から吐く火球で迎撃する。

『………』
「くっ!」

 光線同士は衝突後相殺されるも、お互いの魔力が反応して爆発する。その余波で山頂の居城は窓ガラスが割れ、表面の外壁がひび割れ、一部が吹き飛んだ。

『未通女と申したか。ならば、とびきり太くて硬い物をくれてやろう』

 そう宣う皇帝は残忍な笑みを浮かべる。竜の女王に槍が向けられたままであるが、これが何を示しているかは言わずもがなであろう。










 エンペラ帝国軍は現在六つの軍団に分かれている。メフィラスの雷電軍団、デスレムの爆炎軍団、グローザムの氷刃軍団、アークボガールの貪婪軍団、ヤプールの超獣軍団、そして皇帝直属の皇帝直轄軍である。
 皇帝直轄軍は七戮将麾下の他軍団と違い、皇帝直属なだけに帝国軍の中でも選び抜かれた一騎当千の強者、猛者で構成されている。当然、重要あるいは苦戦が予想される戦でのみ投入され、その度期待に恥じぬ戦いぶりを見せた。
 かつてデルエラに陥落させられる前、レスカティエはエンペラ帝国の領土だった時期があったが、その際攻め落とす際の主力となったのは直轄軍である。
 かつて世界一の勇者産出国で知られたレスカティエ、そしてそこで育った勇者達。直轄軍は彼等と真っ向からぶつかるもーーたった三日で壊滅に追いやってしまった。レスカティエが降伏したのはそれから間もなくのことだ。
 そうして直轄軍の強さは世界に知れ渡り、あらゆる敵対勢力を震え上がらせた。前魔王ですら迂闊に手出し出来なかったほどである。










(BGM:覇邪降臨)

 彼等が談笑するのは戦の後、積み上げた屍の上でと決まっている。

『ヒュッヒュッ。第一陣は潰せたな』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・アトラー隊隊長
 “蝋人形師”アトラー・ブラックオーキッド

『あと、どれぐらい残ってるんだろうなァ』
『分からぬ。ドラゴニアの戦力の正確な情報は、我等も教団の連中も知らぬからな』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・テンペラー隊隊長
 “極暴兄弟・兄 極悪のテンペラー”テンペラー・ヴィラニアス

『かまわないさ。いくらいようと、魔物は全て殺すだけ』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・ヤドカリン隊隊長
 “アシュタロン・ハーミットクラブ”ヤドカリン・オルバ

『それが陛下の御命令なのだから』
『ガモモモ。そうだな、いくらいようがかまわねぇ』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・ガモス隊隊長
 “残酷遊戯”ガモス・ストロアシッド

『殺しは愉しいからなぁ。いればいるだけ、愉しみが増すってもんだ』
『きへへ。そうそう♥』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・バードン隊隊長
 “火山怪鳥”バードン・ルフ

『それが魔物なら尚更だわ♥』
『………………』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・キングジョー隊隊長
 “超合金人(ペダニウム・マン)”キングジョー・ジャガージャック

『………………』
『ワシは出来る限り強い奴を殺したい』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・ガルタン隊隊長
 “草原の覇者”ガルタン・ハーン

『いくら多数を殺しても、カスみたいな雑魚魔物ばかりでは大した自慢にも手柄にもならぬだろう?』
『それなら今回のドラゴニアはうってつけの場所だな』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・ヒッポリト隊隊長
 “地獄の銅像職人”ヒッポリト・ジャタール

『なにせ、ここは世界最大の竜の巣だ。手柄になる獲物がそれこそ腐るほどいるというもの』
『ギャギャギャギャ。確かに!』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・タイラント隊隊長
 “極暴兄弟・弟 暴君タイラント”タイラント・ヴィラニアス

『まだまだ手柄を挙げられるぜェ!』
『ピキキキキ。爆炎の尻拭いをさせられるのは気に入らねぇが……』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・プリズマ隊隊長
 “妖光結晶”プリズマ・ラミエル

『手柄を立てるにはこれ以上ねぇ場所だよな』
『キシャー! 手柄以前に、かつて陥し損ねた国だ!』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・ゴモラ隊隊長
 “古(いにしえ)の力”ゴモラ・トゥー

『皇帝直轄軍の名にかけて、女王共々この世から消してやろうや!』

 ドラゴニアはレスカティエと違い、地理上の問題及びエンペラ一世崩御という幸運に恵まれて、最後までエンペラ帝国の支配下に入ることはなかった。けれども、その歴史も今日までとなるやもしれない。

『ん』

 まだ周囲の骸も冷めきらぬ中、談笑する隊長達。兵士達も同様に敵だったものの上に腰を下ろしていたが、一人が付近でポータルの開通を確認する。

『あー隊長、敵さんがやって来ましたよ』
『おぉ〜〜っと。休憩時間は終了か……』
『ちゃっちゃーと駆除しちゃいましょう』

 将兵は椅子代わりの骸から皆立ち上がり、臨戦態勢に入るがーー

『あ?』

 魔方陣から出てきた者の姿を見た時、彼等は意識を失った。





『!』

 何か嫌なものを感じ、戦闘中にもかかわらず皇帝は後ろを向く。

「ハァ……ハァ………」

 無傷の皇帝に対し、肩で息をするデオノーラは両の翼膜にいくつもの穴が開き、尻尾は半ばから切れて断面が剥き出しとなっていた。さらには甲殻は所々砕けて欠損し、生身の部分も傷を負い口端を含め流血していない所の方が珍しい。

『貴様……』

 女王の方へ向き直った皇帝。しかしその声には余裕がなく、むしろ怒り、さらには焦りが感じられるものだった。

「ゲフッ……本来は我々だけで対処したかったが、さすがに救世主である汝自らが来るとなってはそうも言ってられぬのでな………」

 デオノーラには竜としての、強者としての矜持はあるが、それでも領民に多大な犠牲を強いてまで貫くものではない。

「故に恥を忍んで、我が“母”へと助けを乞うたのだ」

 だから、彼女は今回“母”と慕う主君へと助力を求めた。

『母? ということは奴が来るのか?』
「いいや。汝一人のため、わざわざ来てはくださるまい」
『よく言う』

 以前エンペラを捕らえる際も、魔王軍最強の実力者達総出だった。にもかかわらず、魔王が今回来ないというのは実に愚かというもの。

『甘く見られたものだが、都合は良い。邪魔が入らずに貴様の首を穫れる』

 だが、敵が馬鹿ならそれだけやりやすいというものだ。とはいえ、魔王が来ないと分かった途端、皇帝も安堵してはいたが。

「確かに陛下はいらっしゃらないが……心強い味方は寄越してくれたぞ」

 それを教えるように、デオノーラはくいと顎を突き出す。

『!』

 また後ろを振り向くと、いつの間にかポータルが彼の背後10mほどに開いていた。

『貴様は……』

 そこより現れたのは先日の王魔界での戦いの際、皇帝の影よりいでし者。

『陛下、またお会い出来ましたね』

 皇帝の亡き妻を偲ぶ心が王魔界の魔力と結びつき、命を持って形を成したーーーーそれも亡き妻の姿形を模って、思い出の日々と同じ微笑みを向けながら。

『おのれ……また余の前にその姿で現れたか!!!!』

 しかし、だからこそ皇帝の怒りは凄まじい。亡き妻との思い出の日々を侮辱されたに等しかったからだ。
 皇帝はつい今まで弄んでいた竜の女王を放り出し、凄まじい怒気を放ちながら亡き妻の贋作と対峙した。





「あらあら、呆気ないものね」

 前魔王でさえ迂闊な手出しは出来なかったとされた皇帝直轄軍だが、勝利の美酒に酔いしれていた今、制圧するのは容易かった。

「勝って兜の緒を締めよ、とジパングの諺にあるけれど、正しかったみたい」

 銀髪の三編みを後ろに垂らしたリリムは出現早々幻術を使い、世界最強の軍隊を瞬く間に無力化。無敵の軍勢1万人は残らず倒れ、意識を失っていた。

「さて、邪魔者はいなくなった」

 しかし、そんなことを誇る余裕は今彼女にはない。お預けをくらい続けていたリリムの両目は暗く澱んでおり、好いた男をただ舐り、犯すことに脳内が侵食されつつあったのだ。

「さ〜て、あの人は何処にいるのかな♥」

 妖艶に笑うも、女は何処か狂気じみた雰囲気も漂わせていた。
21/01/03 02:33更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:皇帝親衛隊

 皇帝直轄軍の内、皇帝エンペラ一世の身辺警護を担当する部隊。ただし、戦時においては他の軍団・部隊同様戦闘に参加することもある。
 エンペラ帝国軍の最精鋭である直轄軍の中でもさらに忠誠心と戦闘能力の高い者を選りすぐっており、直轄軍の中でも最上位の強さを誇る。またその任務上、直轄軍と対立関係にある他の軍団からも例外的に一目置かれている。
 統括するのは親衛隊総隊長兼第一分隊隊長ロベルガー。彼の隊を含め、13の分隊が存在する。
 親衛隊は文字通りの“超エリート”・“世界最強の部隊”であり、国民にも広くその存在は知れ渡っている。かつて親衛隊の隊員の一人が休みを貰って故郷に里帰りしたところ、その報せを聞いた付近の盗賊・ヤクザ者といった悪党どもが自分達を討伐しにきたのだと勘違いして皆逃げてしまったという話があるほどだ。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33