暗躍する宇宙恐竜 斜陽の帝国
世界に怨嗟の声が満ちつつある。人間でなく、魔物娘のだ。
生きていたかつての宿敵。残虐非道だった旧魔王軍と互角に渡り合った人類史上最大最強の国家エンペラ帝国。それが再び歴史の表舞台に姿を現し、魔物娘によって奪われつつある世界を再び人類の手中に収めるべく、各所でその暴威を振るう。
彼等は圧倒的に強い。しかしそれ以上に、卑劣で残忍、そして容赦がない。まるでかつての魔物の振る舞いをなぞっているかのようだった。
だがそれでも、そんな彼等を魔王を始め魔物娘達は受け入れようとした。彼等を生み出した発端はある意味自分達にあったからだ。自分達の責任を棚に上げ、何故彼等だけを責めることが出来よう。けれども、彼等と分かり合うことは未だ出来ていない。
彼等は魔物絶滅こそが人間界を平和と繁栄に導く道であると本気で信じていた。だから魔物と手を結ぶことは絶対に無いし、魔物娘の存在とその変化を理解する気も無かった。彼等にとって魔物はいつまで経っても人喰いの化物であり、人間にとって害でしかない存在なのだ。
そんな頑なな彼等に対し、一部の魔物娘はとうとう和解を諦め始めた。エンペラ帝国軍の戦士達の人間離れした獰猛さと残忍さ、卑劣さから『奴等は人間ではない』と吐き捨てる者さえいた。そして、ついには故郷を滅ぼされ家族を殺された者から『エンペラ帝国軍は殲滅すべき』という強硬な意見が出始めたのだ。
そんな世の流れに魔王は悩み、そして恐れていた。人間と魔物は殺し合うという、神々の定めたくだらない“設定”。両者はその宿命からようやく解き放たれつつあるにもかかわらず、彼等は魔物娘を殺し、その数を減らすことで自覚なくそれを元に戻そうとしていたのだ。
そして、魔物娘の中にもまた彼等を敵視する者達が増えつつある。彼等に攻め滅ぼされた地域や国家の被害者達を中心に、愛と肉体を交わすのでもなく、あえてその生命を絶って被害を最小限に食い止めるべきという考えが広まり始めた。
恨むなとは言えないが、かと言って復讐を肯定することは出来ない。それを魔王自身が許してはならないのだ。魔物の王である彼女がそれを許せば、それを大義名分、免罪符として復讐が始まる。敵の虐待や殺害を行えば、結局彼女等が恨んでいる敵と同じ存在へと成り果て、彼等の言う嘘を魔物娘自身が真実へと変えてしまう。
けれども、魔王の懸念も空しく、魔物達の意思は着々とエンペラ帝国軍殲滅の方向へと傾きつつあった。
ーー浮遊島王城、中庭ーー
『Mキラーザウルスの修理には時間がかかっているようだな』
『はっ』
Mキラーザウルスをレスカティエよりなんとか取り戻すも大破させてしまった件で、ヤプールは皇帝より詰問を受けていた。
『帝国軍中、貴様の超獣軍団が一番金がかかっている。もちろん、それに見合う成果を出しているとは解ってはいるが、一番金と材料と手間のかかったオモチャをクズ鉄に変えるのはいただけぬな』
跪く老人に対し、皇帝は椅子に座ってジャスミン茶を啜りながらそれを見下ろす。普段は横柄・尊大なヤプールであるが、この時ばかりは大人しくお叱りを受けるしなかった。
『返す言葉もございませぬ』
『あとどれぐらいで直りそうか?』
『“最終決戦”も近うございます。故に、ただ機体を修復するのでなく、下半身には現在開発中の決戦用装備の多脚ユニット、上半身には【インペリアルキャノン】を追加中です。それらの改造と修復に後一ヶ月は必要かと……』
『一ヶ月か……』
ヤプールの言葉を聞き、皇帝はなんとも言えない表情になる。突貫工事でやれと言っても、あれほどの精密機器では時間優先でやらせればかえって不具合が出かねない。一ヶ月というのはヤプールの方としても余裕を持って見積もったのでなく、最速でという意味だろう。
『あれほどの精密機器だ。そう容易く直らぬのは分かっているがな……』
渋る皇帝からは修理と改造如きにそう長く時間をかけたくないという思いがヤプールには見て取れた。
『直るまでの間、あれ抜きで貴様らはなんとかやれそうか?』
『それは勿論』
皇帝に疑念を晴らすべく、ヤプールは自信満々に主張する。
『超獣軍団はとても優秀です。現に五百年前、あのような物がなくとも化け物どもと殺り合っていたではありませぬか』
鉄砲がようやく発明された頃、超獣軍団はそれらを用いて魔物どもと戦っていた。当時はまだ黎明期、粗末な物であったが、それを改良し、魔物どもにも通じる実用的な武器へと変えたのはヤプールの功績の一つである。
『そこまで申すのなら、これ以上余から言うことはない』
別に超獣軍団の保有する兵器はMキラーザウルスだけでない事は皇帝も知っている。
『だが、“次”はない。それをよく覚えておけ』
『はっ…』
ヤプールは跪いた状態からさらに平伏したのだった。
『………………』
『不思議そうな顔をしておるな?』
無言でティーカップにお茶を注ぐアイシアの顔を見て、皇帝は尋ねた。
あれほどの兵器を破壊される失態にもかかわらず、ヤプールは軽い叱責だけで済まされた。皇帝の傍らでアイシアは今のやり取りを眺めていたのだが、皇帝が信賞必罰を旨とする割には随分甘い処分を下したという感想を抱いたのである。
『恐れながら、普通は何らかの厳罰が下されるものかと存じます』
『確かに。“普通なら”、な』
『と、仰いますと?』
『奴の代わりの出来る者は今の帝国におらぬのだ』
ヤプールほど科学技術に通じた男はエンペラ帝国には存在しない。それは今も昔もそうだ。
『ヤプールだけではない。メフィラス、グローザム、デスレム、アークボガール……皆そうだ』
『………………』
『奴等ほどの人材はもう得難い。いや、二度目は得られぬであろう』
珍しく憂鬱な表情で皇帝は少女へと語った。
『だからこそ罰せられぬ。だからこそ失えぬのだ』
『………………』
主君の表情とこの言葉で、聡明な少女は理解した。
七戮将の失態とその隠蔽についても皇帝は薄々察してはいたが、それを罰することは出来なかった。あれほどの人材の代わりはいなかったため、けじめをつけることは出来なかったのだ。そのため、七戮将が失態を犯しても尚放置せざるを得なかった。
魔物娘に敗れてより数百年。長い年月をかけ人工の物とはいえ再び多数の領土を得て安定、回復したかと思われたエンペラ帝国だが、五百年前の将兵は未だ健在である。
言い換えれば、人材登用の不振及び人材の枯渇は末期的であり、世代交代に完全に失敗していたとさえ言える有様だったのだ。
『! 陛下、宰相閣下より御連絡です』
『あぁ、そういえば今日見せたい物があると申しておったな』
女官と語らっていたところで、同じく傍らに侍っていた親衛隊員がメフィラスよりの連絡を繋ぐ。
『ついて参れ』
『はっ!』
皇帝は立ち上がると、アイシア及び親衛隊と共に王城地下4階にあるメフィラスの研究室に向かって歩いていった。
『これはこれは陛下。このようなむさ苦しい所へわざわざお越しくださり恐悦の至りです』
『挨拶はよい。早速だが見させてもらおうか』
『はっ』
研究室内にて皇帝は椅子に座り、シアタークリスタルより上映される映像を部下達と眺める。
『具体的な説明はのちほど。まずはこちらの映像を御覧ください』
『! これは……』
そこには驚愕の光景が映っていた。
『………………』
『ご不快にさせてしまい申し訳ございません』
映像を見終わった皇帝は著しく不快な気分になっていた。
『気に入らぬな。これは逆説的に『人間である限り魔物に敵わない』と証明しているに等しい』
『ですが、得られる力はあまりにも強大です。それは陛下も御理解なさっておられるはずです』
『だが、欠点も代償も大きすぎる。そもそも、正味保ってどのぐらいなのだ?』
『何もせぬままでは恐らく半日ほど。目一杯暴れたとしてその半分ほどでしょう』
『短すぎる。果たしてそれで奴等に通じるのか?』
『十分でしょう。後は適合者の数さえ揃えられれば、例え魔王であろうと殺せます!』
先ほどのヤプール以上に、メフィラスの言葉には自信が満ち溢れていた。
『使う必要はない』
『陛下!?』
しかし皇帝は気乗りしないようで、メフィラスの提案を却下した。通ると思っていた魔術師も驚愕する。
『使うにしても、その判断は余が下す。余の許可なき使用は許さぬ』
『……はっ』
『行くぞ』
『『『『はっ』』』』
そう呟いて皇帝は部下達と部屋を出ていった。
『………………』
主君が出ていくまで頭を下げていたメフィラスだが、その顔は明らかに不満そうであった。
(なんと勿体ない。まだ未完成だが、使えば魔物どもなど一網打尽に出来るものを!!)
もちろん“欠点”を理解していないわけではない。だがそれを補って余りある絶大な力を帝国軍に与えるのだ。
とはいえ、主君の言葉は絶対。例え宰相であるメフィラスといえど、勝手な使用は許されなかった。
(とはいえ、研究の凍結まではされなかった。これは陛下がその有用性をお認めになったという事です)
しかし、『研究を止めろ』とまでは言われなかった。即ち、いざという時はそれらを提供する義務がメフィラスにはあるという事だ。
『………………』
自室で葉巻を吸いながら、皇帝は物思いに耽っていた。
『先ほどの映像の事ですか?』
傍らに控えていたアイシアだが、憂鬱そうな皇帝を見て声をかけた。
『そうだ』
皇帝は口から煙を吐き出しながら答えた。
『其の方はあれについてどう思った?』
『女である私には殿方の申される戦ごとは分かりません。ですが、そんな私でさえ宰相閣下が強く勧めてくるほどの事はある、と先ほどの映像を見て思いました』
『そうか………』
求めていた答えではなかったのか、皇帝はちょっと残念そうであった。
『ダメでしたねぇ』
ヤプールが工廠でMキラーザウルスの修理に勤しむ中、メフィラスは愚痴りに来ていた。
『今は忙しいのだ。愚痴なら後で聞いてやる』
『愚痴はついでですよ。例の物の増産は順調か確認に来るついでにね』
『……お前は本物か?』
『いいえ、偽物です』
『……いくら年寄りとはいえ、それぐらい自分で確認に来い。わざわざ分身を使ってまで愚痴を言いに来られるのも鬱陶しいしな』
目の前の男が偽物だと気づき、呆れるヤプール。
メフィラスが調達した材料を素に、ヤプールの工場で調合、増産が進められていた。現在、当座の目標となる数を既に合成済みである。
そして、それを確認しに今来たわけだが、呆れたことに魔術師は面倒臭がって魔術で作り上げた自分と寸分違わぬ分身を送ってきていた。分身の見聞きした情報は本体に送られるので、自分は動く必要が無くなるのである。
『仕方ありませんよ。今の魔王になってから、使い魔もおいそれと使えませんからねぇ』
『それについては同意だ。おかげでやりにくくなってかなわん』
メフィラスの言葉に同意し、苦虫を噛み潰したような顔でヤプールは吐き捨てる。
『本来ならMキラーザウルスも無線操縦式にしたかったが、インペライザーのように魔物化されてはたまらんからな』
かつてエンペラ帝国に存在したアイアンゴーレム『インペライザー』は魔物の上級種族にも負けぬ性能を誇った傑作機であった。だが、現魔王の時代となってからは魔物娘化した挙句全機逃亡し、魔王軍に寝返る有様だった。
今の時代、蝙蝠や鼠のような小動物からゴーレムのような木偶人形まで、全てが魔物娘化する危険を孕んでいる。Mキラーザウルスほどの巨体とて、自立起動出来るようにすれば何らかの悪影響を受けるかもしれないため、わざわざ人が乗り込んで操縦する方式にしなければならなかった。
『ま、その話は置いておいて……私としてはこれを実用化したいのですよ』
『フン、陛下の疑念も無理はない。得られる力は強大とはいえ、まだデメリットが多すぎる。研究自体はこの地に移ってきてより始まったが、未だ理想にはほど遠い』
『それをどうにかするのが我々の仕事じゃありませんか』
『確かに。だが使用者の死亡、短い活動継続時間、適合者の確保ーー問題は山積みだ』
『解決には後100年は必要かもしれません』
その概念自体はエンペラ帝国晩年よりあったが、それを形にするための研究はエンペラ帝国の立て直しを優先したこともあってか難航した。ようやく実用化段階まで達したのはつい最近の話である。
それでも皇帝がその使用を嫌悪・渋ったように、種々の欠点は未だ解消されておらず、使用時の高すぎるリスクから運用法でさえ確立されていなかった。
『だが……我等はともかく、皆はもうそれ以上待てまい』
しかしそれでも、ヤプールは帝国の切実な現状を知るが故、その完成を待つことは出来ないと考えていた。
『ならば、今の段階で投入するしかありません』
『魔術師元帥(グランドマスター)様は簡単に仰るな……』
同じ合理主義者であっても両者の考え方は異なっていた。
『命を惜しんでいては魔物どもには勝てませんよ』
『言いたいことは分かる。だがな、使った者は例外なく死ぬ。持続時間も短い。
我々は未だその問題を解決出来ておらぬ』
『そんな事は重々承知の上ですよ。ですが、それでもこれは必要なのです』
もちろん、魔王軍相手に使わず勝てるのならばそれにこした事はない。だが、問題はその先である。
『魔物の次は神。我々が神々を滅ぼし、下剋上を果たすためには必ず要ります』
『……それは分かっているさ』
救世主とは“神殺しの戦士”。魔物以上に人類を苛み、弄んできた神々より人類を守護し、滅ぼすために生まれた存在である。
言い換えれば、人類で神と対抗しうるはエンペラ一世ただ一人しかいない。如何に七戮将ほどの戦士といえど神相手に戦えば善戦が良いところで、遅かれ早かれ敗れて殺されるだろう。
メフィラスが勧めたのはそんな絶望的な戦力差を覆すための革命的手段であった。けれどもそれは戦いにおいて手段を選ばぬ皇帝でさえ嫌悪する、完全に一線を越えたもので、あっさり却下されてしまった。
『だが、今の完成度では魔物には勝てても神には勝てぬ』
帝国の切実な現状を知り、完成を待つことが出来ないと考えていたヤプールが危惧していたのはそこだった。
『使用可能なのは現在隊長・副隊長級、もしくは皇帝直轄軍などそれに準ずる強さを持つ者のみ。一般兵では使用したところで敵味方の区別もなく暴走する問題は解決していない』
『今はそれで十分ではありませんか。神々との戦いの際には、あとは私の魔術でどうにか“操縦”しますよ』
『使用時には大抵の魔術は弾かれる。お前ほどの者がそれを忘れたのか?』
『なぁに、その時までにはなんとかしますよ。なにせ私は魔術師元帥、魔術の探究と行使は一番の得意分野ですからね』
圧倒的な魔術耐性を持つ相手であろうと問題なく操る術をこの魔術師は持っている。レスカティエ最強の勇者であるウィルマリナですら、あの時もっと時間をかければ傀儡化出来たであろう。仮に彼の持つ術が現時点で効かないとしても、少々の時間があればそんな相手でも通用する専用の術を開発出来る。
『………………』
しかし、ヤプールはそんな同僚の楽観的な見通しを危惧していた。いくらこの男がエンペラ帝国のNo.2の実力者とはいえ、戦場という極限の状況下でエンペラ帝国軍の多数の兵士一人一人を細かく操ることなど出来るのだろうか。
『ングッ…ングッ…ングッ…ングッ……ウィ〜〜、ゲフッ!
グローザム、知っているか? メフィラスが例の物を陛下にプレゼンしたが却下されてしまったそうだ』
デスレムは特大のボトルに入った赤ワインをラッパ飲みしながら、グローザムに尋ねた。
『ほう』
王城内のグローザムの自室にて、凄まじい自重に耐えられる特別製の椅子に座りながら、デスレムとグローザムは雑談をしていた。
『さもありなん。脳味噌以外機械化した俺でも多少躊躇はする』
『その言い方では、最終的に使うのを選ぶように聞こえるが?』
『当然だ。それで勝てるのなら喜んで使う。例え機械化して生き永らえた命を失うと分かっていてもな』
『フッ…』
豪胆なグローザムらしい答えを聞き、デスレムは笑った。
『だが俺やお前のような者はともかく、部下にまでそれを強制されるとなると話は別だ』
グローザムは配下の氷刃軍団に愛着があった。それらをわざわざ使い潰されるとなると作戦上必要な事ではあっても面白くはない。
『グオオ……そこは俺も同じだ』
デスレムもまた配下の爆炎軍団に愛着があった。同じく、使い潰される事は面白くない。
『陛下の創る新しき世界。その姿を見るのが俺達だけというのもなんとも寂しい話ではないか』
『確かに』
『使わずに済むならそれにこした事はないが……』
『グオオオオ……神相手なら覚悟せねばならぬか』
しかし、この二人もまた現状は理解していたため、メフィラスの策に乗らねばならぬ事は内心面白くなかったが、受け入れる覚悟はしていた。二人とも配下に愛着はあるが、それを優先したばかりに魔王軍に敗れては元も子もないからだ。
『エンペラ帝国軍の戦士たる者、戦場での死は覚悟している。だが、それでもせめて名誉ある死をーー奴等はせめて人間のまま死なせてやりたい』
『グオオ……陛下も同じお気持ちであろう。だからこそ拒否されたのだ』
『だが、得られる力は確かに強大だ。遅かれ早かれ、陛下もそれを受け入れる時は来るだろうな』
グローザムの声音は普段の彼らしからぬ何処か哀しそうなものであった。
ーー親魔物領ヒヴァハン国・首都ウルゲンチーー
「な、何だよこれ……ひどすぎる」
最早何だったのか分からないほどに砕かれた瓦礫の広がる光景は廃墟、いや荒野としか呼べなかった。あまりの惨状を見たクレアと部下達は言葉を失う。
「どんな戦い方をすればこんな風になるんだよ……」
ディーヴァであるクレアは魔王の命により各地を転戦、魔王軍及びディーヴァの中でも高い勝率を誇っていた。勝利後捕虜とした兵士は数千を超え、隊長に至っては貪婪軍団のサドラを始め、なんと6名である。
武功を挙げ続けるクレアであったが、神出鬼没の帝国軍は次から次へと国や都市を襲撃し、魔王軍はいつも迎撃側。獰猛残忍な敵との激戦が続き、段々と心身ともに疲弊しつつあった中、今回訪れた都市の被害は想像を遥かに超えたものであった。
「生存者はまだ見つかっておりません。各人引き続き瓦礫の中から捜索しております」
「まだ1人も!? ウルゲンチは人口10万超えの大都市だよ!?」
部下のモスマンからの報告を受け、クレアは驚愕する。それほどの規模を誇る都市をエンペラ帝国軍は事も無げに襲い、ここまで破壊し殺戮し尽くしたのか。
『うわああああああああああああああああああああああんん!!!!』
「っ!」
そんな中、突如大きな泣き声が辺りに響き渡る。クレアが声のした方に振り返ると、薄汚れてボロボロの格好をしたコボルドらしき小さな女の子が大泣きしていた。
「可哀想に……」
これほどの被害の中で生き残れたのはまさに奇跡としか言いようがない。
「もう大丈夫。怖いものは行ってしまったよ」
クレアは女の子の元まで行き、優しく抱き締めた。
『うっうっううわああああああん』
女の子もクレアにしがみつき、啜り泣く。
「「「「「「「「………………」」」」」」」」
部下達も皆悲痛な面持ちでその光景を見つめていた。
「………?」
だが、勘の鋭いクレアはそこで違和感を感じた。
「…っ!!」
そして、優しく抱き締めていたはずの女の子を無慈悲に突き飛ばしたのである。
「!?」
「隊長何を!?」
驚く隊員達。女の子を急に突き飛ばすのを見たのだから無理もない話である。
『うわああああああああん!!!!』
安心していたのも束の間、女の子は再び火がついたように大泣きした。
「もういいよ。芝居は」
先ほどの優しい声音とは真逆の、抑揚のない冷酷な声でクレアは女の子に告げる。
「隊長…?」
「何を言ってるんです?」
皆面食らうのも無理はない。気づいたのはクレアだけだったからだ。
「滅茶苦茶巧妙に化けてるよね。アンタから一瞬殺気が出なきゃ気づかなかった」
『………………ふっくっくっくっく』
もう騙しきれないと思ったらしい。突き飛ばされて倒れていたコボルドは起き上がり、魔物娘らしからぬ邪悪な表情を浮かべ、さらには明らかに先ほどとは異なる『男の声』で笑い出す。
『やれやれ……下等生物の分際で、存外に勘は鋭いらしい』
「!?」
「何だ一体!?」
コボルドの体から白霧が噴き出し、全身を覆う。
「な…」
霧はすぐに晴れたが、そこにコボルドの姿は無い。代わりにいたのは銀灰色のローブに身を包んだ魔術師らしき一人の男であった。
『思っていたより早く正体を明かすことになるとはね!』
エンペラ帝国軍雷電軍団・ザラブ隊隊長
ザラブ・“ブラザー”プラニット
「もう用事が済んだから帰ったと思ってたよ」
『あぁ、今ちょうど終わったところだ』
「あっそう。うちらもアンタらを捕まえなきゃなんないんだよ」
うんざりした様子でクレアは語り、両手の爪を突き合わせて金属音を鳴らす。
やることはいつもと変わらない。こいつを叩きのめし、魔王城に運ぶだけだ。
『ひい、ふう、みい………う〜ん、ざっと数えて二千程度か』
すぐさま戦闘態勢に入ったクレアだが、ザラブは余裕の態度を崩さず、敵の数を数えていた。
『この数程度に使うのはちと危険だな。それに君は今話題のベルゼブブだろ?』
「あん? 何の話?」
訝しむクレアをよそに、ザラブはモバイルクリスタルを起動する。
『あー、こちらザラブ! この数相手に使うのはリスクが高い!
それと、敵隊長は最近話題のあのベルゼブブだ!』
クレアは知らなかったのだが、短期間で隊長を6人も捕らえたことでエンペラ帝国において今ではすっかり有名人だった。ベルゼブブとしては例外的にバフォメットやドラゴン以上の強敵扱いを受けており、遭遇した場合は余程有利な状況でない限りは撤退するよう各軍団に通達されていたのだ。
『今回必要なデータはもう取れた。これ以上余計なリスクを負う必要はない』
ウルゲンチ殲滅及び“データ収集”は既に完了済み。強敵相手の暗殺も失敗した以上、これ以上敵地に留まるつもりはザラブには無かった。
『では、ごきげんよう』
「あっ! 待てっ!」
クレアは即座に飛び蹴りを繰り出すも、命中する前にザラブは姿を消してしまったのだった。
「ちっくしょぉぉぉぉ!!!! 逃げ足だけは早いんだからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ザラブ及びその配下はこれだけの惨劇を引き起こしながらあっという間に逃走してしまった。クレアは悔しがり、頭の触角が天を衝くばかりに上を向いたのだった。
ーー浮遊島王城・メフィラスの執務室ーー
<こちらザラブ。データ収集は完了いたしました>
『ご苦労さま』
<ビラ、パラゴン、キングザウルス、ノコギリン、ツルク、フリップ、ガルバラードの魂も無事回収出来ました>
『よろしい。あとで私が蘇生しておきましょう』
<はっ。それでは失礼いたします>
『さて……』
メフィラスはモバイルクリスタルのスイッチを切ると、机の上に置いてある毒々しい色の液体の入ったスキットルを眺める。
『ウルゲンチを滅ぼすのに七体で数時間。結果としては悪くありませんが、陛下を説得するにはまだ説得力が弱すぎますかね』
故にもっとデータを集め、実験を繰り返して改良せねばならない。そうしてもっと安全かつ強力な物を作り上げなければ、皇帝は納得しないだろう。
生きていたかつての宿敵。残虐非道だった旧魔王軍と互角に渡り合った人類史上最大最強の国家エンペラ帝国。それが再び歴史の表舞台に姿を現し、魔物娘によって奪われつつある世界を再び人類の手中に収めるべく、各所でその暴威を振るう。
彼等は圧倒的に強い。しかしそれ以上に、卑劣で残忍、そして容赦がない。まるでかつての魔物の振る舞いをなぞっているかのようだった。
だがそれでも、そんな彼等を魔王を始め魔物娘達は受け入れようとした。彼等を生み出した発端はある意味自分達にあったからだ。自分達の責任を棚に上げ、何故彼等だけを責めることが出来よう。けれども、彼等と分かり合うことは未だ出来ていない。
彼等は魔物絶滅こそが人間界を平和と繁栄に導く道であると本気で信じていた。だから魔物と手を結ぶことは絶対に無いし、魔物娘の存在とその変化を理解する気も無かった。彼等にとって魔物はいつまで経っても人喰いの化物であり、人間にとって害でしかない存在なのだ。
そんな頑なな彼等に対し、一部の魔物娘はとうとう和解を諦め始めた。エンペラ帝国軍の戦士達の人間離れした獰猛さと残忍さ、卑劣さから『奴等は人間ではない』と吐き捨てる者さえいた。そして、ついには故郷を滅ぼされ家族を殺された者から『エンペラ帝国軍は殲滅すべき』という強硬な意見が出始めたのだ。
そんな世の流れに魔王は悩み、そして恐れていた。人間と魔物は殺し合うという、神々の定めたくだらない“設定”。両者はその宿命からようやく解き放たれつつあるにもかかわらず、彼等は魔物娘を殺し、その数を減らすことで自覚なくそれを元に戻そうとしていたのだ。
そして、魔物娘の中にもまた彼等を敵視する者達が増えつつある。彼等に攻め滅ぼされた地域や国家の被害者達を中心に、愛と肉体を交わすのでもなく、あえてその生命を絶って被害を最小限に食い止めるべきという考えが広まり始めた。
恨むなとは言えないが、かと言って復讐を肯定することは出来ない。それを魔王自身が許してはならないのだ。魔物の王である彼女がそれを許せば、それを大義名分、免罪符として復讐が始まる。敵の虐待や殺害を行えば、結局彼女等が恨んでいる敵と同じ存在へと成り果て、彼等の言う嘘を魔物娘自身が真実へと変えてしまう。
けれども、魔王の懸念も空しく、魔物達の意思は着々とエンペラ帝国軍殲滅の方向へと傾きつつあった。
ーー浮遊島王城、中庭ーー
『Mキラーザウルスの修理には時間がかかっているようだな』
『はっ』
Mキラーザウルスをレスカティエよりなんとか取り戻すも大破させてしまった件で、ヤプールは皇帝より詰問を受けていた。
『帝国軍中、貴様の超獣軍団が一番金がかかっている。もちろん、それに見合う成果を出しているとは解ってはいるが、一番金と材料と手間のかかったオモチャをクズ鉄に変えるのはいただけぬな』
跪く老人に対し、皇帝は椅子に座ってジャスミン茶を啜りながらそれを見下ろす。普段は横柄・尊大なヤプールであるが、この時ばかりは大人しくお叱りを受けるしなかった。
『返す言葉もございませぬ』
『あとどれぐらいで直りそうか?』
『“最終決戦”も近うございます。故に、ただ機体を修復するのでなく、下半身には現在開発中の決戦用装備の多脚ユニット、上半身には【インペリアルキャノン】を追加中です。それらの改造と修復に後一ヶ月は必要かと……』
『一ヶ月か……』
ヤプールの言葉を聞き、皇帝はなんとも言えない表情になる。突貫工事でやれと言っても、あれほどの精密機器では時間優先でやらせればかえって不具合が出かねない。一ヶ月というのはヤプールの方としても余裕を持って見積もったのでなく、最速でという意味だろう。
『あれほどの精密機器だ。そう容易く直らぬのは分かっているがな……』
渋る皇帝からは修理と改造如きにそう長く時間をかけたくないという思いがヤプールには見て取れた。
『直るまでの間、あれ抜きで貴様らはなんとかやれそうか?』
『それは勿論』
皇帝に疑念を晴らすべく、ヤプールは自信満々に主張する。
『超獣軍団はとても優秀です。現に五百年前、あのような物がなくとも化け物どもと殺り合っていたではありませぬか』
鉄砲がようやく発明された頃、超獣軍団はそれらを用いて魔物どもと戦っていた。当時はまだ黎明期、粗末な物であったが、それを改良し、魔物どもにも通じる実用的な武器へと変えたのはヤプールの功績の一つである。
『そこまで申すのなら、これ以上余から言うことはない』
別に超獣軍団の保有する兵器はMキラーザウルスだけでない事は皇帝も知っている。
『だが、“次”はない。それをよく覚えておけ』
『はっ…』
ヤプールは跪いた状態からさらに平伏したのだった。
『………………』
『不思議そうな顔をしておるな?』
無言でティーカップにお茶を注ぐアイシアの顔を見て、皇帝は尋ねた。
あれほどの兵器を破壊される失態にもかかわらず、ヤプールは軽い叱責だけで済まされた。皇帝の傍らでアイシアは今のやり取りを眺めていたのだが、皇帝が信賞必罰を旨とする割には随分甘い処分を下したという感想を抱いたのである。
『恐れながら、普通は何らかの厳罰が下されるものかと存じます』
『確かに。“普通なら”、な』
『と、仰いますと?』
『奴の代わりの出来る者は今の帝国におらぬのだ』
ヤプールほど科学技術に通じた男はエンペラ帝国には存在しない。それは今も昔もそうだ。
『ヤプールだけではない。メフィラス、グローザム、デスレム、アークボガール……皆そうだ』
『………………』
『奴等ほどの人材はもう得難い。いや、二度目は得られぬであろう』
珍しく憂鬱な表情で皇帝は少女へと語った。
『だからこそ罰せられぬ。だからこそ失えぬのだ』
『………………』
主君の表情とこの言葉で、聡明な少女は理解した。
七戮将の失態とその隠蔽についても皇帝は薄々察してはいたが、それを罰することは出来なかった。あれほどの人材の代わりはいなかったため、けじめをつけることは出来なかったのだ。そのため、七戮将が失態を犯しても尚放置せざるを得なかった。
魔物娘に敗れてより数百年。長い年月をかけ人工の物とはいえ再び多数の領土を得て安定、回復したかと思われたエンペラ帝国だが、五百年前の将兵は未だ健在である。
言い換えれば、人材登用の不振及び人材の枯渇は末期的であり、世代交代に完全に失敗していたとさえ言える有様だったのだ。
『! 陛下、宰相閣下より御連絡です』
『あぁ、そういえば今日見せたい物があると申しておったな』
女官と語らっていたところで、同じく傍らに侍っていた親衛隊員がメフィラスよりの連絡を繋ぐ。
『ついて参れ』
『はっ!』
皇帝は立ち上がると、アイシア及び親衛隊と共に王城地下4階にあるメフィラスの研究室に向かって歩いていった。
『これはこれは陛下。このようなむさ苦しい所へわざわざお越しくださり恐悦の至りです』
『挨拶はよい。早速だが見させてもらおうか』
『はっ』
研究室内にて皇帝は椅子に座り、シアタークリスタルより上映される映像を部下達と眺める。
『具体的な説明はのちほど。まずはこちらの映像を御覧ください』
『! これは……』
そこには驚愕の光景が映っていた。
『………………』
『ご不快にさせてしまい申し訳ございません』
映像を見終わった皇帝は著しく不快な気分になっていた。
『気に入らぬな。これは逆説的に『人間である限り魔物に敵わない』と証明しているに等しい』
『ですが、得られる力はあまりにも強大です。それは陛下も御理解なさっておられるはずです』
『だが、欠点も代償も大きすぎる。そもそも、正味保ってどのぐらいなのだ?』
『何もせぬままでは恐らく半日ほど。目一杯暴れたとしてその半分ほどでしょう』
『短すぎる。果たしてそれで奴等に通じるのか?』
『十分でしょう。後は適合者の数さえ揃えられれば、例え魔王であろうと殺せます!』
先ほどのヤプール以上に、メフィラスの言葉には自信が満ち溢れていた。
『使う必要はない』
『陛下!?』
しかし皇帝は気乗りしないようで、メフィラスの提案を却下した。通ると思っていた魔術師も驚愕する。
『使うにしても、その判断は余が下す。余の許可なき使用は許さぬ』
『……はっ』
『行くぞ』
『『『『はっ』』』』
そう呟いて皇帝は部下達と部屋を出ていった。
『………………』
主君が出ていくまで頭を下げていたメフィラスだが、その顔は明らかに不満そうであった。
(なんと勿体ない。まだ未完成だが、使えば魔物どもなど一網打尽に出来るものを!!)
もちろん“欠点”を理解していないわけではない。だがそれを補って余りある絶大な力を帝国軍に与えるのだ。
とはいえ、主君の言葉は絶対。例え宰相であるメフィラスといえど、勝手な使用は許されなかった。
(とはいえ、研究の凍結まではされなかった。これは陛下がその有用性をお認めになったという事です)
しかし、『研究を止めろ』とまでは言われなかった。即ち、いざという時はそれらを提供する義務がメフィラスにはあるという事だ。
『………………』
自室で葉巻を吸いながら、皇帝は物思いに耽っていた。
『先ほどの映像の事ですか?』
傍らに控えていたアイシアだが、憂鬱そうな皇帝を見て声をかけた。
『そうだ』
皇帝は口から煙を吐き出しながら答えた。
『其の方はあれについてどう思った?』
『女である私には殿方の申される戦ごとは分かりません。ですが、そんな私でさえ宰相閣下が強く勧めてくるほどの事はある、と先ほどの映像を見て思いました』
『そうか………』
求めていた答えではなかったのか、皇帝はちょっと残念そうであった。
『ダメでしたねぇ』
ヤプールが工廠でMキラーザウルスの修理に勤しむ中、メフィラスは愚痴りに来ていた。
『今は忙しいのだ。愚痴なら後で聞いてやる』
『愚痴はついでですよ。例の物の増産は順調か確認に来るついでにね』
『……お前は本物か?』
『いいえ、偽物です』
『……いくら年寄りとはいえ、それぐらい自分で確認に来い。わざわざ分身を使ってまで愚痴を言いに来られるのも鬱陶しいしな』
目の前の男が偽物だと気づき、呆れるヤプール。
メフィラスが調達した材料を素に、ヤプールの工場で調合、増産が進められていた。現在、当座の目標となる数を既に合成済みである。
そして、それを確認しに今来たわけだが、呆れたことに魔術師は面倒臭がって魔術で作り上げた自分と寸分違わぬ分身を送ってきていた。分身の見聞きした情報は本体に送られるので、自分は動く必要が無くなるのである。
『仕方ありませんよ。今の魔王になってから、使い魔もおいそれと使えませんからねぇ』
『それについては同意だ。おかげでやりにくくなってかなわん』
メフィラスの言葉に同意し、苦虫を噛み潰したような顔でヤプールは吐き捨てる。
『本来ならMキラーザウルスも無線操縦式にしたかったが、インペライザーのように魔物化されてはたまらんからな』
かつてエンペラ帝国に存在したアイアンゴーレム『インペライザー』は魔物の上級種族にも負けぬ性能を誇った傑作機であった。だが、現魔王の時代となってからは魔物娘化した挙句全機逃亡し、魔王軍に寝返る有様だった。
今の時代、蝙蝠や鼠のような小動物からゴーレムのような木偶人形まで、全てが魔物娘化する危険を孕んでいる。Mキラーザウルスほどの巨体とて、自立起動出来るようにすれば何らかの悪影響を受けるかもしれないため、わざわざ人が乗り込んで操縦する方式にしなければならなかった。
『ま、その話は置いておいて……私としてはこれを実用化したいのですよ』
『フン、陛下の疑念も無理はない。得られる力は強大とはいえ、まだデメリットが多すぎる。研究自体はこの地に移ってきてより始まったが、未だ理想にはほど遠い』
『それをどうにかするのが我々の仕事じゃありませんか』
『確かに。だが使用者の死亡、短い活動継続時間、適合者の確保ーー問題は山積みだ』
『解決には後100年は必要かもしれません』
その概念自体はエンペラ帝国晩年よりあったが、それを形にするための研究はエンペラ帝国の立て直しを優先したこともあってか難航した。ようやく実用化段階まで達したのはつい最近の話である。
それでも皇帝がその使用を嫌悪・渋ったように、種々の欠点は未だ解消されておらず、使用時の高すぎるリスクから運用法でさえ確立されていなかった。
『だが……我等はともかく、皆はもうそれ以上待てまい』
しかしそれでも、ヤプールは帝国の切実な現状を知るが故、その完成を待つことは出来ないと考えていた。
『ならば、今の段階で投入するしかありません』
『魔術師元帥(グランドマスター)様は簡単に仰るな……』
同じ合理主義者であっても両者の考え方は異なっていた。
『命を惜しんでいては魔物どもには勝てませんよ』
『言いたいことは分かる。だがな、使った者は例外なく死ぬ。持続時間も短い。
我々は未だその問題を解決出来ておらぬ』
『そんな事は重々承知の上ですよ。ですが、それでもこれは必要なのです』
もちろん、魔王軍相手に使わず勝てるのならばそれにこした事はない。だが、問題はその先である。
『魔物の次は神。我々が神々を滅ぼし、下剋上を果たすためには必ず要ります』
『……それは分かっているさ』
救世主とは“神殺しの戦士”。魔物以上に人類を苛み、弄んできた神々より人類を守護し、滅ぼすために生まれた存在である。
言い換えれば、人類で神と対抗しうるはエンペラ一世ただ一人しかいない。如何に七戮将ほどの戦士といえど神相手に戦えば善戦が良いところで、遅かれ早かれ敗れて殺されるだろう。
メフィラスが勧めたのはそんな絶望的な戦力差を覆すための革命的手段であった。けれどもそれは戦いにおいて手段を選ばぬ皇帝でさえ嫌悪する、完全に一線を越えたもので、あっさり却下されてしまった。
『だが、今の完成度では魔物には勝てても神には勝てぬ』
帝国の切実な現状を知り、完成を待つことが出来ないと考えていたヤプールが危惧していたのはそこだった。
『使用可能なのは現在隊長・副隊長級、もしくは皇帝直轄軍などそれに準ずる強さを持つ者のみ。一般兵では使用したところで敵味方の区別もなく暴走する問題は解決していない』
『今はそれで十分ではありませんか。神々との戦いの際には、あとは私の魔術でどうにか“操縦”しますよ』
『使用時には大抵の魔術は弾かれる。お前ほどの者がそれを忘れたのか?』
『なぁに、その時までにはなんとかしますよ。なにせ私は魔術師元帥、魔術の探究と行使は一番の得意分野ですからね』
圧倒的な魔術耐性を持つ相手であろうと問題なく操る術をこの魔術師は持っている。レスカティエ最強の勇者であるウィルマリナですら、あの時もっと時間をかければ傀儡化出来たであろう。仮に彼の持つ術が現時点で効かないとしても、少々の時間があればそんな相手でも通用する専用の術を開発出来る。
『………………』
しかし、ヤプールはそんな同僚の楽観的な見通しを危惧していた。いくらこの男がエンペラ帝国のNo.2の実力者とはいえ、戦場という極限の状況下でエンペラ帝国軍の多数の兵士一人一人を細かく操ることなど出来るのだろうか。
『ングッ…ングッ…ングッ…ングッ……ウィ〜〜、ゲフッ!
グローザム、知っているか? メフィラスが例の物を陛下にプレゼンしたが却下されてしまったそうだ』
デスレムは特大のボトルに入った赤ワインをラッパ飲みしながら、グローザムに尋ねた。
『ほう』
王城内のグローザムの自室にて、凄まじい自重に耐えられる特別製の椅子に座りながら、デスレムとグローザムは雑談をしていた。
『さもありなん。脳味噌以外機械化した俺でも多少躊躇はする』
『その言い方では、最終的に使うのを選ぶように聞こえるが?』
『当然だ。それで勝てるのなら喜んで使う。例え機械化して生き永らえた命を失うと分かっていてもな』
『フッ…』
豪胆なグローザムらしい答えを聞き、デスレムは笑った。
『だが俺やお前のような者はともかく、部下にまでそれを強制されるとなると話は別だ』
グローザムは配下の氷刃軍団に愛着があった。それらをわざわざ使い潰されるとなると作戦上必要な事ではあっても面白くはない。
『グオオ……そこは俺も同じだ』
デスレムもまた配下の爆炎軍団に愛着があった。同じく、使い潰される事は面白くない。
『陛下の創る新しき世界。その姿を見るのが俺達だけというのもなんとも寂しい話ではないか』
『確かに』
『使わずに済むならそれにこした事はないが……』
『グオオオオ……神相手なら覚悟せねばならぬか』
しかし、この二人もまた現状は理解していたため、メフィラスの策に乗らねばならぬ事は内心面白くなかったが、受け入れる覚悟はしていた。二人とも配下に愛着はあるが、それを優先したばかりに魔王軍に敗れては元も子もないからだ。
『エンペラ帝国軍の戦士たる者、戦場での死は覚悟している。だが、それでもせめて名誉ある死をーー奴等はせめて人間のまま死なせてやりたい』
『グオオ……陛下も同じお気持ちであろう。だからこそ拒否されたのだ』
『だが、得られる力は確かに強大だ。遅かれ早かれ、陛下もそれを受け入れる時は来るだろうな』
グローザムの声音は普段の彼らしからぬ何処か哀しそうなものであった。
ーー親魔物領ヒヴァハン国・首都ウルゲンチーー
「な、何だよこれ……ひどすぎる」
最早何だったのか分からないほどに砕かれた瓦礫の広がる光景は廃墟、いや荒野としか呼べなかった。あまりの惨状を見たクレアと部下達は言葉を失う。
「どんな戦い方をすればこんな風になるんだよ……」
ディーヴァであるクレアは魔王の命により各地を転戦、魔王軍及びディーヴァの中でも高い勝率を誇っていた。勝利後捕虜とした兵士は数千を超え、隊長に至っては貪婪軍団のサドラを始め、なんと6名である。
武功を挙げ続けるクレアであったが、神出鬼没の帝国軍は次から次へと国や都市を襲撃し、魔王軍はいつも迎撃側。獰猛残忍な敵との激戦が続き、段々と心身ともに疲弊しつつあった中、今回訪れた都市の被害は想像を遥かに超えたものであった。
「生存者はまだ見つかっておりません。各人引き続き瓦礫の中から捜索しております」
「まだ1人も!? ウルゲンチは人口10万超えの大都市だよ!?」
部下のモスマンからの報告を受け、クレアは驚愕する。それほどの規模を誇る都市をエンペラ帝国軍は事も無げに襲い、ここまで破壊し殺戮し尽くしたのか。
『うわああああああああああああああああああああああんん!!!!』
「っ!」
そんな中、突如大きな泣き声が辺りに響き渡る。クレアが声のした方に振り返ると、薄汚れてボロボロの格好をしたコボルドらしき小さな女の子が大泣きしていた。
「可哀想に……」
これほどの被害の中で生き残れたのはまさに奇跡としか言いようがない。
「もう大丈夫。怖いものは行ってしまったよ」
クレアは女の子の元まで行き、優しく抱き締めた。
『うっうっううわああああああん』
女の子もクレアにしがみつき、啜り泣く。
「「「「「「「「………………」」」」」」」」
部下達も皆悲痛な面持ちでその光景を見つめていた。
「………?」
だが、勘の鋭いクレアはそこで違和感を感じた。
「…っ!!」
そして、優しく抱き締めていたはずの女の子を無慈悲に突き飛ばしたのである。
「!?」
「隊長何を!?」
驚く隊員達。女の子を急に突き飛ばすのを見たのだから無理もない話である。
『うわああああああああん!!!!』
安心していたのも束の間、女の子は再び火がついたように大泣きした。
「もういいよ。芝居は」
先ほどの優しい声音とは真逆の、抑揚のない冷酷な声でクレアは女の子に告げる。
「隊長…?」
「何を言ってるんです?」
皆面食らうのも無理はない。気づいたのはクレアだけだったからだ。
「滅茶苦茶巧妙に化けてるよね。アンタから一瞬殺気が出なきゃ気づかなかった」
『………………ふっくっくっくっく』
もう騙しきれないと思ったらしい。突き飛ばされて倒れていたコボルドは起き上がり、魔物娘らしからぬ邪悪な表情を浮かべ、さらには明らかに先ほどとは異なる『男の声』で笑い出す。
『やれやれ……下等生物の分際で、存外に勘は鋭いらしい』
「!?」
「何だ一体!?」
コボルドの体から白霧が噴き出し、全身を覆う。
「な…」
霧はすぐに晴れたが、そこにコボルドの姿は無い。代わりにいたのは銀灰色のローブに身を包んだ魔術師らしき一人の男であった。
『思っていたより早く正体を明かすことになるとはね!』
エンペラ帝国軍雷電軍団・ザラブ隊隊長
ザラブ・“ブラザー”プラニット
「もう用事が済んだから帰ったと思ってたよ」
『あぁ、今ちょうど終わったところだ』
「あっそう。うちらもアンタらを捕まえなきゃなんないんだよ」
うんざりした様子でクレアは語り、両手の爪を突き合わせて金属音を鳴らす。
やることはいつもと変わらない。こいつを叩きのめし、魔王城に運ぶだけだ。
『ひい、ふう、みい………う〜ん、ざっと数えて二千程度か』
すぐさま戦闘態勢に入ったクレアだが、ザラブは余裕の態度を崩さず、敵の数を数えていた。
『この数程度に使うのはちと危険だな。それに君は今話題のベルゼブブだろ?』
「あん? 何の話?」
訝しむクレアをよそに、ザラブはモバイルクリスタルを起動する。
『あー、こちらザラブ! この数相手に使うのはリスクが高い!
それと、敵隊長は最近話題のあのベルゼブブだ!』
クレアは知らなかったのだが、短期間で隊長を6人も捕らえたことでエンペラ帝国において今ではすっかり有名人だった。ベルゼブブとしては例外的にバフォメットやドラゴン以上の強敵扱いを受けており、遭遇した場合は余程有利な状況でない限りは撤退するよう各軍団に通達されていたのだ。
『今回必要なデータはもう取れた。これ以上余計なリスクを負う必要はない』
ウルゲンチ殲滅及び“データ収集”は既に完了済み。強敵相手の暗殺も失敗した以上、これ以上敵地に留まるつもりはザラブには無かった。
『では、ごきげんよう』
「あっ! 待てっ!」
クレアは即座に飛び蹴りを繰り出すも、命中する前にザラブは姿を消してしまったのだった。
「ちっくしょぉぉぉぉ!!!! 逃げ足だけは早いんだからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ザラブ及びその配下はこれだけの惨劇を引き起こしながらあっという間に逃走してしまった。クレアは悔しがり、頭の触角が天を衝くばかりに上を向いたのだった。
ーー浮遊島王城・メフィラスの執務室ーー
<こちらザラブ。データ収集は完了いたしました>
『ご苦労さま』
<ビラ、パラゴン、キングザウルス、ノコギリン、ツルク、フリップ、ガルバラードの魂も無事回収出来ました>
『よろしい。あとで私が蘇生しておきましょう』
<はっ。それでは失礼いたします>
『さて……』
メフィラスはモバイルクリスタルのスイッチを切ると、机の上に置いてある毒々しい色の液体の入ったスキットルを眺める。
『ウルゲンチを滅ぼすのに七体で数時間。結果としては悪くありませんが、陛下を説得するにはまだ説得力が弱すぎますかね』
故にもっとデータを集め、実験を繰り返して改良せねばならない。そうしてもっと安全かつ強力な物を作り上げなければ、皇帝は納得しないだろう。
20/07/12 16:48更新 / フルメタル・ミサイル
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