読切小説
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No Title
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
 魔界から逃げ出し、行く当てもなく走り続けた。ココがどこなのかも分からない・・・生い茂る森を駆け抜け、日の当たる場所へ飛び出しやっとの思いで川までたどり着いた。いまだに呼吸が整わない、それでも乾ききった喉を潤そうと地面へ両膝を着けた。
 水面に移る自分の顔。泣き腫らした目。ただ、最愛の彼女に裏切られて、それが悲しくて一目散に逃げ出した。
そんなことを思い出した瞬間、一気に眩暈に襲われ川へと頭から落ちてしまった・・・
 急な川の流れに飲まれ、意識が遠のいてしまう。
(あぁ、駄目だ。でも、死んでも良いじゃないか。)
 大好きだった彼女に裏切られた、もう何も残ってない。ならいっその事・・・
 急な水の流れに揉まれながらそんな事を考えてしまった。






「っ!?」
 額に冷たい感覚が走り飛び起きた。
 見慣れない場所、洞窟だろうか?その天井から一滴の雫が降り注ぎ、目が覚めたようだ。
「あぁ、お目覚めですか?」
 と、声のするほうを向く。暗がりでよく見えない。その闇の奥からズルズルと重たい何かを引きずる様に、ゆっくりと這いずる様に近づいてくる女性。
「あ、貴女は・・・?」
 ようやく目の見える範囲まで入ってきた女性は丁寧に深々と頭を下げる。
「ここの水神様の巫女を務めさせて頂いております、白姫と申します。以後小、お見知りおきを・・・」
 そう挨拶する彼女の下半身、それは人とは別の形をしていた。そんな彼女が、ゆっくりと顔を上げると心配そうな顔で男の顔を覗き込む。
「大丈夫でございますか?」
「え、あぁ・・・はい。なんで、俺はここに・・・?」
 と、在り来たりな質問をする男。
「私がちょうど水浴びをしているときに、滝の上から降って参られたのでココへ連れて参りました。幸いにも怪我は無かったようですし、水神様のご加護ですわ、きっと。」
 瞳をキラキラとさせながら楽しそうに話す白姫。それを少し引き気味に聞く男。
「そ、そうですか・・・」
 はぁ・・・と溜息をもらす。
「あの、貴方様のお名前をお伺いしても宜しいですか?」
「俺、俺の名前は・・・」
 彼女に呼ばれていた名前、そんな物は思い出したくない。忘れたい、失くしたい・・・
「名前なんて、無いです。捨てられちゃいましたから・・・」
 自嘲気味にハハッと笑い、白姫の顔を見つめる。
「ならもうしばらくココに留まっては頂けませんか?」
「ココに?」
「こんな辺境の地ゆえ貴方様には少々退屈かも知れませぬが、行く当ても無いのでしたらと思い・・・失礼いたしました、忘れてください。」
「いや、あの・・・その・・・俺は・・・」
「はい?」
「もう行く当ても無いですし、もし邪魔でなければ・・・もう少しの間、ココに止めてもらえないでしょうか?」
「本当に宜しいのですか?」
「邪魔でなければ、なんですけど・・・」
「私、見ての通り人間じゃないですよ?」
「俺を捨てた人はサキュバスでしたから・・・」
「そうでしたか。宜しければ貴方様のお話を聞かせては頂けませんか?」
「俺の・・・?簡単な話ですよ。最初に出会った時に一緒に魔界へ行って、それからずっと彼女の城で暮らしてたんです。『貴方だけを愛してる。』って言ってくれたから、信じてたのに・・・」
 思い出し、涙が頬を伝わり、布団へと零れ落ちる。
「ある日彼女の部下の子達と散歩に出かけたんです。そして帰って彼女の部屋に行ったんです、そしたら彼女は見た事も無い男と・・・」
 悲しさと悔しさと寂しさで胸が一杯になる。もう感情を抑えられない。泣きながら濁声で彼女へ訴えかける。
「魔物なんてみんなそうなんですよね?男なんてただの道具でしかない、違いますか?ヤれれば皆良いんですよね?どんな奴だって・・・愛なんて、無いんだ・・・」
 一気に後悔が胸を締め付ける。彼女は関係無いのに、命の恩人にまで八つ当たりをしてしまった・・・
 でも、そんな男を優しく抱擁する様に、包み込む様に抱きしめる白姫。
「辛かったんですね?でも、もう大丈夫です。私だけは貴方様を裏切りません、約束しますわ。」
 優しい温もりに包まれると、急激に眠気が襲ってきた。そのまま彼女の胸の中で眠ってしまった・・・


 再び目を覚ますと、美味しそうな匂いと共になんとも家庭的なまな板と包丁の音がする。
「あ、あの・・・?」
「あぁ、起きられてしまいましたか?」
「はい・・・」
 ゆっくりと布団から立ち上がり、白姫の下へ向かう男。彼女の隣に立ち、昨日の出来事を思い出し、急に恥ずかしくなる。
「き、昨日は・・・その・・・お恥ずかしい姿を見せてしまい・・・」
「はい?」
「いや、その・・・ごめん、なさい・・・」
「さぁ、ご飯の仕度が出来ました。召し上がってくださいな。」
 手馴れた様子で机の上に皿を並べ、箸を二膳用意する。
「美味しそう・・・」
「ささ、こちらへお座りくださいな。」
 促されるまま彼女の言葉に従い、ゆっくりと腰を下ろす。二人で合掌し、彼女の作った飯を食べ始める。
「美味しい・・・」
 優しい味、暖かな温もり、どれもこれもが魔界には無い物ばかりで、とても長い間失くしていた様な、懐かしい味がする・・・
「凄く・・・美味しいです。」
 米を噛み締めながら、昨日の様に涙をこぼす。
「あれ、可笑しいな・・・なんで?」
 涙を拭取りながら誤魔化す様に笑う。それに返す様に微笑む白姫。
「そんなに喜んで頂けるとは思いませんでした。」
「あの・・・その・・・」
 まだ知り合って二日、それでも男は自分の感情に気がついていた。
「あの・・・俺・・・」
「なんでしょう?」
「たぶん、貴女の事が好きになったんだと思います。」
「え?」
 流石にこの一言には度肝を抜かれた様に目を見開く白姫。
「あの、白姫様・・・もし邪魔じゃなければ、俺を・・・その・・・貰ってくれませんか?」
「あの・・・その・・・私は・・・」
 尻尾の先を振りながら、高揚した両頬を手で押さえながら、恥らう様にアタフタする。
「ダメ、ですか?やっぱり迷惑ですよね?」
 困った子犬の様な目で見つめる男、それにドキドキする白姫。
「えぇ〜っと・・・これからはずぅ〜っと一緒ですよ、伴侶様?」
「俺を・・・捨てないで下さい、白姫様。」
 食を済ませると、どちらからとも無く抱きしめあう二人。ゆっくりと互いに見つめあい、熱い接吻を交わす。


〜fin♥〜
12/10/02 02:08更新 / F-16

■作者メッセージ
何系でもない系。

強いて言うなら、『特徴が無いのが特徴』と言った作品な感じです。

前日譚も書きたいな。
後日譚も書きたいよ。

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