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第06話 沼地の征服者
リエルにチョーカーをはめてから、一週間が経過した――らしい。断言はできない。
魔界では昼夜で明度が逆転していて、僕の日数感覚はいまいちハッキリとしていないからだ。
……リエルとずっと交わっていたせいでもあるんだろうけど。

サキュバスは男との交わりによって魔力を溜められる――らしい。
また無責任な言い方になったけど、これはリエルを見ていると間違いないように感じる。
そしてリエルには、その魔力を使ってやるべきことがあるようだ。
「そうのんびりと奴隷になってるわけにはいかないのよね」
『のんびりと奴隷になってる』って、凄い表現だよね……



「この異界の国を、元の『大きな世界』へ送り返してあげないとね」
「国を――送り返す?」
大きなスケールの話題に戸惑う。
そういえば、ここは『大きな世界に従属した、小さな世界』だったんだっけ。
「この異界にある人間の国は、元々は『大きな世界』にあったのよ。
 そろそろ……って時に突然消えちゃったから、その地域の魔物娘たちは凄くおかんむり。
 もう既に交易ルートも作られていたから、周りの地域も不便を強いられているわ」
何が「そろそろ……」だったんだろうか……まあわかるけど。
「お母様も憂慮して、魔王軍の魔法研究機関であるサバトに調査させたわ。
 その結果、魔物娘に敵対する主神という神が創った、新しい異界と国を発見したのよ」
要するに、新しい世界を創って、そこへ国を丸ごと放り込んだわけかな?
敵対する神様だの、世界を創るだの、国を放り込むだの、本当にスケールが大きい……
「消えた国の周辺に居た魔物娘たちには、主神の支配するこの異界へと渡る力は無かった。
 けれど、人間の居ない野原に放っておくのはかわいそう。
 だから、心優しいお母様はリリムの一人に、異界へ彼女らを案内するように命じたのよ」
「そのリリムが、リエル?」
リエルはうなずいた。
「だから、この世界の大将は私じゃない――ここを人間は誤解しているんだけどね。
 この国の勇者を狙っていた、サラマンダーっていう身に炎を宿したトカゲの魔物娘よ。
 司と一緒の時は楽しんでいたみたいだけど、今もあのキャンプに住んでいるわ」
あの城は本当にひどい所だったのがわかった――他に勇者がいたなんて話は聞いてない!
その勇者さんのことも有効活用できずに、サラマンダーに捕まえられちゃったんだろう……
『楽しんでいた』って単語はスルーしよう。
「まあ、一回済んだらまた楽しまないといけないんだけどね」
って、結局交わるんじゃないか……いいけど。



それからは、交わり半分・儀式半分という生活が始まった。
リエルは一日の半分を儀式に使い、その間は岩山の上の方に籠(こ)もっている。
儀式自体には手伝えることは何もない。僕の一日の半分は空くことになった。



そのような生活が、一月ばかり続いた。



僕の剣と狼の爪が打ち合う。音が鳴らされる。
その爪と競り合っているのは、農具運びの時に貰ったあの剣(つるぎ)――
僕の魔力を込めた魔界銀の剣を手にして、その挑戦を現実のものとして成り立たせていた。
もちろん、向き合った『魔物』は、ゲームのような恐ろしい姿形をしていない。
その凛々しい姿をしたワーウルフという魔物に対して、僕の全ての知性は、
「やはり、匂いでわかるんだな!」という結論を出し――この剣戟(けんげき)へと繋がる。
今までの人生で見たことのなかった、広く明るい草原や深く暗い森。
アスファルトどころか砂利の整備すらない道を踏みしめ、剣を振るう。
この世界を支配しつつある、
『沼地の島の岩山に棲む、リエルという極めて強力なサキュバス』を、
僕が本当の意味で支配できるようになるために。



戦いは負けた、と言うべきだ。
僕と一人のワーウルフが打ち合っている間に、他のワーウルフに木箱を開けられてしまった。
魔界豚の燻製(くんせい)を奪い、略奪者は森の奥へと姿を消していく。

僕は、リエルを置いて帰るつもりはない。
この世界で生活していく力を付けるためにも、あの物資輸送を単独でやってみたのだ。
流石にいきなり一人で外へ出る自信はなかったけど、こちらの世界の本を読んでいたら、
「魔物娘は魔物娘の夫は襲わない」という一文が目に入ったのだ。

……しかしどうも、自分一人や家族の分程度の食料品を行商人からかっぱらうことは、
魔物娘の常識からすると『襲う』うちには入らないらしい。
だいたい毎回奪われる。相手は複数、一人と向き合ったら手押し車は無防備になるわけで……
まあ全てを奪われるわけではないし、リエルの話では彼女たちは重要な戦力であるらしい。
天使ならぬ狼の取り分ということで、ある程度は割り切るようにしている。

僕の目的地は、以前のとは違う大きな町だ。件(くだん)の村は既に『返されて』いる。
数少ない税の供給原を絶たれ、城は大変だろうけど、僕にとっては知ったことではない話だ。
ちなみにそっちの村へ再訪した時には、もう略奪に頼ってはいないように見えた。
根拠もある。期間から考えれば信じ難いことに、荒れ地のほとんどを畑に戻していたのだ。
……キャンプで見たような魔物娘が普通に村民として住んでいたことも追記しておく。



さっき少しだけ触れたけど、僕は魔法を学び始め、少しだけなら使えるようになった。
そもそも、あの素早いワーウルフと打ち合えていることも、その魔法の恩恵だったりする。
ただ、呪文を唱えてどかーんみたいな魔法は、今でも使えない。

「『やさしい付呪(ふじゅ)・3上(じょう)』? 1や2はないの?」
その付呪――道具に魔法を込める魔法――が、僕がわずかに使えるようになった魔法系統だ。
「ないわよ。付呪はそれが最初の教本ね」
リエルが持ってきた本は、ネーミングといい、装丁(そうてい)といい、大きさといい……
まるで、小学校の教科書のようにしか見えなかった。
そして前書きには、付呪を行うのが初めてであるかのような前提の言葉がか並んでいる。
小学校の教科書を引っ張りだして魔法を学ぶ……そんな映画があったような気もする。
「これが、僕に一番向いていそうな魔法?」
「……これが無理なら、もう諦めた方がいいかな。司はインキュバスについて勘違いしてる。
 インキュバスは魔物娘に精を捧げる存在なんだから、自分で何かをする必要はないし、
 人間がインキュバスになったからって、必ずしも劇的な変化が起きるわけじゃないわよ?
 【鑑定】と相性が良さそう、って理由でのチョイスだから、期待されても困るかな」
……見事に見透かされている。
そして、リエルにここまで厳しいことを言われたのは初めてかもしれない。

そのような懸念はあったのだけど、やはり【鑑定】と付呪は相性が良かったらしく、
教本の始めのほうに書かれていた初歩的な魔法を、わずかながら使えるようになった。



魔法と言えば、その時にひとつ重要なことをリエルから打ち明けられた。
「……それにね、魔法に関しては、私にもちょっと問題があるのよね。
 そもそも私の魔力は、お母様や他のリリムのように万能じゃないのよ」
本当に秘密にしなければならない、リエル自身の弱点を明かしてくれたのだ。

実は、単体のリエルはさほど強くはない。

魅了、幻影、強化、癒し……そう、仲間がワラワラいないと活用しにくい魔法ばかりだ。
そして、前に説明したことを思い出して欲しい――征服の暁には、仲間は全員いなくなる。
……同じ弱点を持つ系統でも、魔法の習得に熱が入ったのは想像に難(かた)くないと思う。



魔力の影響で空が薄暗くなる。魔界化した土地に入った。
まもなく、少し軽くなってしまった荷物とともに町へ到着する。
今回は広場とかで売り払ってはいけない荷物。ちゃんと最後まで送り届ける義務があるのだ。
周囲はお祭りのような喧騒に包まれており、先に辿り着いたらしき別の運び屋の手押し車や、
飲食物や武具や魔法用品を扱う露店で、所狭しといった状態になってしまっている。
「――司ぁ♥」
金色の髪をした人間のように見える少女が僕を認め、飛びかかるように抱き付いてきた。
「早かったわね!」
そう、リエルだ。
「司、すぐ帰る?」
「帰らない! ちゃんと見届ける!」
柔らかさに理性が危うくなりながらも、自分の意志を表明する。

……ここは、あの城の城下町。当然、既に陥(お)ちている。
そう、今日は決戦の日なのだ。
「もう、城の中はヘロヘロになっちゃってるのよ? 何も心配は要らないのに……」
昔、こういうお祭りみたいなある意味酷い攻城戦があったという話があるけど、
あれは自軍の士気を保ちながら城の士気にダメージを与える目的があったはずだ。
リエルは優秀なリーダーだと思うけど、武器まで売ってるのは少し違うような気がする。
「真面目ねぇ。勇者様ってみんなこうなのかな……? もう一人は前線の陣に張り付きだし」
この国の元々の勇者とサラマンダーの夫婦のことだ。
「勇者はいない、召喚の神器は使い捨てと発覚、斧は反応が消えた――主神が回収したのよ」
これは数日前にも聞いた。だから、もう勝っているという話らしい。
「それでも、見届けるよ」
これだけは、押し通す。
「……わかった。陣から前には出ないでね」



魔物娘の都市と化した城下町では、耳を澄ますと交わりの嬌声が聞こえてくる。
二人でゆっくり食事を取ると、次第に月が昇り、辺りに魔力の光が漂い始めてきた。
信じ難いことに花火が上がる――やっぱりお祭りにしか見えないよね。

「そろそろ、始まりそうかな」
僕たちは席を立った。
魔物娘でごった返す通りを進み、城前の陣地へ行く。
町には主に夫婦になっている魔物娘が多かったが、陣地には独身の魔物娘が多いようだ。
夫婦がいない、というわけではない。国の終わりを見届けるインキュバスたちがいる。
……あの勇者さんも、そういう側面があるんだろう。
「もう始まっちゃってるわね…… 楽勝みたいだし、行くのやめようかな」
リエルの発言の通り、攻撃は既に始まっていた。
扉が開け放たれており、見張りらしき兵士は既に魔物娘に押し倒されていた。
「これは酷いわね…… 私無視して始めちゃっても平気なわけだ」
瞑想のように瞳を閉じて、リエルはつぶやいた。何かを感じているように見える。
多分、普通の意味で酷いのではないんだろう。リエルは明らかに……しらけている。
「これなら、司も中に入れるわね」
そうなる予感はしていたけど、それで本当にいいのだろうか?



僕たちは、本当に城の中に入ってしまった。
「終わったわね」
「ごめん、感情的に同意できない」
「あの岩山を手に入れた時は、もう少し苦戦していたわよ。あの勇者もいたしね」
流石のリエルも苦笑いをしている。
目当ての映画が満席で、トボトボと映画館の中を見学するカップルのように見えていそうだ。
「これで、全部返してあげられるわね」
周囲ではオークが兵士を押し倒し、営みの嬌声を響かせている。中にはあの時の門番もいる。
ふと後ろを振り返ると、開け放たれた木窓の外に一際大きな花火が見えた。

階段を上がり、玉座の間に出た。
玉座でも営みが行われている。
最早どうでもいい。更に上へ行く。



扉を開き、バルコニーに出た。
「人間はもういないから、みんなここまでは来ないみたいね」
リエルはベランダに近付く。
風に吹かれ、金色の髪が軽くたなびいた。
僕も進み、ベランダから町を見下ろしてみる。
町は、淫らで美しい魔力の輝きに満たされていた。
あのひとつひとつが、夫婦の営みなんだろう……

「司」
女の子の声がした。
振り返るとそこには、指を組んで祈るように瞳を閉じたリエルがいる。
次の瞬間、首枷から光の鎖が現れ、少女の腕をそのままの状態で縛める。
「ぁん……!」
鎖の先端は、僕の手の中にある。
それを引く。リエルは僕の腕の中に飛び込んできた。
自由な方の手で少女の顎を持ち上げ、自分へと近付ける。
「司ぁ……♥」
無抵抗な囚われの姫はその唇を奪われ、柔らかい感触を健気に捧げている。
見えない力で持ち上がった金色の髪が、白金の輝きを放ち始める。

「【囚われの姫は、征服者に手篭め】 【籠の鳥は、悲哀の生贄】」

黄金と白金の美しさを併せ持つ沼地の姫。
征服者である自分は、今夜も彼女を穢すべく、上気した肌を包むその衣へ手をかけた。
12/12/27 20:00更新 / 鉄枷神官
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■作者メッセージ
皆様、ありがとうございます。
これで、初作品を完結させることが出来ました。

反省点としては、冒険と陥落劇を混ぜたせいで、話のバランスが悪かったことですね……
何を描(えが)くべきなのか、しっかりと照準を絞るようにしないと!

司がエンチャント系の魔法使いだったのは、またまた没設定のの名残です。
最初に考えていた話は、「ずっと人間のターン!」というとんでもない問題がありました。
それを解決したら、エンチャントの出番が無くなったというバカバカしいオチです……

それでは、次の作品を考えたいと思います。
皆様、本当にありがとうございました!



……リエルは「ヒロインではないリリム」が必要になったら、使い回すかもしれませんw

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