連載小説
[TOP][目次]
第十四話『決闘』
 その瞬間、お互いに土煙が高々と舞い上がるほど地面を強く蹴りつけ、パンティラスとレムは相手に迫る、振り上げた拳に敵意を込めて。
 ほとんど、同タイミングに繰り出した強烈な右フックが、互いの頬に叩き込まれた。
 その威力は音に見合って凄まじかったようで、レムとパンティラスの体が大きくグラついた。しかし、二人とも軸足を咄嗟に踏ん張り、地面に倒れ臥す事だけは免れた。
 体勢を戻したのは、ほぼ同じタイミングだったが、先に攻撃を繰り出したのはパンティラスの方だった。
 一発にしか見えなかった五連発のショートアッパーがレムの腹部に叩き込まれ、彼女の足がわずかに地面から離れた。
 「っつ?!」 
 特殊合金製であるが故に、レムの体重は見た目以上に重い。そんな彼女をわずかとは言え浮かせるほどの威力が込められたパンティラスの打撃力に、キサラギは感嘆の意を覚えた。
 だが、レムも負けてはいない。パンティラスの頭部を両手で掴むと、浮かび上がらされた事を逆に利用して、高さのある頭突きを彼女の額にブチ込んだのだ。
 「あぅっっ」
 鈍い音と共に、割れた額から鮮血が勢い良く散る。予想もしていなかったレムの頭突きをもろに喰らってしまったパンティラスの足元はおぼついていない。
 レムは両足が地面に着くと、すぐさま次の攻撃を放つ。
 遠心力と全体重が拳に乗せられた、顎狙いのバックブロー。
 目が泳いでいるパンティラスはその攻撃を何と、体に染み付いている反射だけで躱した。そうして、威力こそ足りないが牽制としては十分なローキックでレムを遠ざけた。
 止め処なく流れ続ける血を乱暴に拭ったパンティラスは、腰巻を千切って額にきつく巻きつけて止血を図る。レムもまた、五連発のショートアッパーを貰ってしまった腹部を擦って、人工臓器に影響が出ていない事を確認する。
 再び、地面を思い切り地面を蹴りつけて、相手に迫る彼女達。
 パンティラスは真っ直ぐに突っ込んできたレムへ捻りを加えた左ストレートを放った。しかし、誰もが拳がレムの鼻骨を砕くと思った時、彼女の姿がパンティラスの視界から消え失せていた。
 「うおおおおお」
 瞬間、周囲のアマゾネスがどよめいた。
 レムは頭と肩の些細な動きでパンティラスを騙してパンチを打たせ、当たる寸前で体勢を低く落とし、彼女の意識と視点が自分の上半身がある半瞬の内に、彼女の前に出ている右足にタックルを仕掛けたのだ。
 表情をきつく変えたパンティラスが自分の腕から足を抜こうとするよりも速く、レムは抱えている足を一気に高く持ち上げた。
 レムはそのまま足を抱えたままで上体を折るようにしながら、パンティラスを地面へと倒し、マウントポジションを取る気でいたのだが、パンティラスの身体能力は彼女の推測を超えていた。
 倒されそうになった刹那、パンティラスは残っている左足の指全てで地面を全力で掴み、その上、上半身の筋力のみでバランスを取った。そうして、自分の足に組み付いているレムの頭を地面に叩きつける気持ちで押さえつける。まさか、相手を倒せないとは思っていなかったレムの手が緩んでしまう。そこを見逃さず、パンティラスは半回転して足を抜く。
 普通なら、そこで平常心を取り戻す為に距離を置きそうなものだが、パンティラスは足を抜くと、そのまま、もう半回転して未だに上半身を起こせていないレムと向かい合うと、素早く腕を彼女の首へと伸ばした。
 絞め技の一つ、ギロチンである。
 彼女はレムの頭を脇に抱えると二の腕を、人間の頚動脈に相当するであろうパイプが通っている箇所へと当てる。彼女はそのまま後ろには倒れ込まずに、首へと回した腕でもう一方の手首を掴んで、一気にレムの首を絞め上げて落とそうとする。
 だが、心の内に拭いきれなかった焦りがあったのか、ギロチンは完全に極まっていなかった。
 レムは首を絞められている状態なのも構わず、パンティラスの腿を抱えると、力任せに持ち上げ、半ば彼女の胸に体を預けるようにして地面へと彼女の背中を勢い良く叩きつけた。
 レムの頚骨、パンティラスの背骨が嫌な悲鳴を上げた。
 痛みを堪え、レムは首を抜いて拳を落とそうとしたが、間一髪でパンティラスは地面を転がって、鼻骨陥没をギリギリで免れた。
 レムはピンク色に濁った口内潤滑液を吐き出し、パンティラスは口の端から垂れている胃液を拭う。互いを本気の怒気で染まった瞳で睨む、二人はどこか楽しそうだった。
 「青年」
 不意にネムルに呼びかけられ、キサラギは「何ですかね?」と首を軽く傾げながら彼女の方に視線をやる。
 「酒はいける口か?」
 「まぁ、人並みに」
 「では、一献」と椰子の実を割って作った、味のある素朴な杯をキサラギに差し出してきた。頭を小さく下げたキサラギが手に持った杯に、ネムルは自ら、橙色の酒を注いでやった。長のそんな行動に、付近のアマゾネスは瞠目したものの、注意を出来る立場ではないのか、黙っていた。
 「どうも」と礼を述べたキサラギは杯を一気に煽った。
 「うおっ、強っっ」
 しかし、喉を焼くような辛さではない。酸味は強めだが、後味は爽やかで食道を通って胃まで痺れるような清涼感が広がる。
 「イスヒス族に伝わる果実酒だ」
 ネムルは腹を擦っているキサラギに、今度は酒瓶を突き出す。彼女の意図を理解した彼は酒瓶を受け取ると、彼女のグラスに酒を注ぐ。ネムルもまた、一気に煽り、大きく息を吐き出す。
 「大概の男は一口で意識を失ってしまうがな。
 これを一気飲みして、しっかりと意識を保っていられたのは私の夫・スフィダンテ以外で、お前が初めてだ、男」
 どこか嬉しそうな彼女の口から、二十年以上も前ではあるが、『不屈の鷲(レントゥス・アクィラ)』の異名で讃えられていた世界で三番目に優れていた冒険者の名前が出た上に、難易度の高い遺跡を攻略中に行方不明になった彼が自分の夫だと告げられたキサラギは一瞬、絶句してしまう。
 「なら、あの娘は『不屈の鷲』の血を引いてるって訳っすか」
 「ほぉ、懐かしい二つ名だな」
 魔王軍騎士団の古参から聞きかじっただけの話ではあるが、スフィダンテは若き頃、教団側の兵士に招集され、彼女達は彼一人にかなり苦戦を強いられたらしい。しかし、教団への信仰心を崩壊させるような事件があったのか、突然、スフィダンテは軍を抜けてしまった。
 教団軍を任されていた指揮官は怒り、同時に焦った。軍の快進撃は、どんな惨敗からも立ち直り、どんな劣勢の中からでも好機を見出せる彼がいたからだった。当然、エースを失った教団軍は魔王軍に押し返されてしまい、戦力はしばらく拮抗した、と記録にはあった。
 一方、上官の鼻っ面に辞表をパンチと一緒に叩きつけてきたスフィダンテだったが、背中が焼けるようなスリルの中でしか自分が生きられない事を自覚していたのか、これまでの生活で体に染み込ませて来た経験をフルに生かせる冒険者となった。
 彼は瞬く間に、多くのダンジョンを攻略し、順位を上げていった。
 しかし、ある日、突然、彼は表舞台から姿を消してしまう。驕りが過ぎて死んだ、魔道に引きずり込まれたなど色々な噂こそ飛び交ったものの、唯一無二の真実を知る当の本人が二度と人々の前にその姿を見せなくなってしまったのだから、その失踪は今日まで謎のままであった。
 (まさか、アマゾネスの夫になっていたとは・・・・・・まぁ、何ら、おかしくもないが)
 「強い訳だ。さっきから見てて、どうも違和感を覚えるな、と思っていたんだが、あの戦い方は軍隊で叩き込まれる物に近い。
 彼女はアマゾネスの戦い方と、父親から教わった戦い方をミックスしてるな」
 レムにハイキックを繰り出したパンティラスを見て、彼は納得したように幾度か頷く。
 「ほぉ、なかなかに鋭い推察力だ。
 青年、お前の考えている通りだ、娘は父親からも喧嘩の仕方を教わっている」
 感嘆の声を漏らしたネムルはキサラギの杯に酒を注いでやる。
 「つまり、あなたは『不屈の鷲』に勝った訳だ」
 「ギリギリの戦いだったがな。
 “もし”の話になるが、スフィダンテの足がもう1cm長かったら、私が負けていた・・・いや、首の骨を折られ、死んでいたか」
 キサラギが抑えもせずに叩きつけてくる闘気を、何気なく受け流しながら、ネムルは懐かしそうに目を細めた。
 彼は周囲のアマゾネスが自分に向けている殺気を無視し、問いを重ねる。
 「・・・スフィダンテはまだご存命で?」
 「他の部族との争いで、娘を庇って右目と左足の膝から下を失ったが元気だ、夜は特にな」
 「そうですか」とキサラギは安心と落胆が入り混じった呟きを漏らした。そんな彼を見て、ネムルは喉で笑う。
 「私の旦那に喧嘩でも吹っ掛けるつもりでいたか?
 言っておくが、片翼を捥がれていても、『不屈の鷲』はお前には負けんぞ」
 「・・・・・・売りつけてもいいんですか? 目ん球が飛び出ちまうくれぇの高値で」
 「別に止めたりはせん」とどこか達観したような表情を浮かべた彼女は、串に刺して焙った蜥蜴を齧りながら肩を竦める。
 「見て、話した限り、お前と旦那は似たタイプだ。
 顔を合わせたら、どちらが強いのかを白黒つけたくなるのは当然だろう。
 それを止めるのは、誇り高きアマゾネスとして野暮と言うものだ」
 「それはありがたい話だな。
 でも、止めておくか」
 キサラギは盛られていたフルーツに手を伸ばす。
 「何じゃ、臆病風に吹かれたか?」
 「ぶっちゃけ言えば。
 何十年も前とは言え、あなたの胸にそんなデカい傷を刻む相手と戦って、少ないダメージで勝てるほどの実力は、悔しいが俺はまだ練れてない。
 だから、戦わない、負けたくないから」
 「ふむ、それはつまり、十分な実力を身に付けられたら、戦いを挑みに来ると解釈していいのかな?」
 キサラギは首を縦にも横にも動かさず、ただ微笑んだままでいた。そんな彼の態度に、ネムルは「面白い奴だ」と笑い、酒を煽る。
 一方、レムとパンティラスの一騎打ちは熾烈さを増していた。
 再び、お互いの頬に同時に放ったフックが入り、今度は二人とも派手に吹っ飛んでしまう。
 まだ震えが止まっていない足で、しっかりと立ち上がった彼女達は違和感を覚えたのか、しばらく口をモゴモゴとさせ、真っ二つに折れた奥歯を吐き出す。
 「いいパンチだ」
 「貴女こそ」
 不敵に笑いあったレムとパンティラスは一気に飛び出し、相手が打撃の有効範囲内に入った瞬間に足を止め、壮絶な殴り合いを始めた。
 「やぁぁぁぁぁ」
 二人を囲んでいるアマゾネスが、更に興奮し、腹から叫ぶ。
 二人とも急所以外は守らない。顔があらぬ方向を向く度に鮮血が舞う。
 しかし、レムもパンティラスも手の動きを全く緩めない。一瞬でも止まったら、その瞬間を相手に突かれてしまうと解っているからだ。
 「オオオオォォォォ」
 レムの右ストレートが顔に入れば、パンティラスは肝臓打ちを叩き込む。
 「アアアアッッッッ」
 パンティラスが脇腹に膝蹴りをブチ込んできたら、レムは間髪入れずに固く組み合わせた両拳を勢い良く鳩尾に突き込んだ。レムの右脇腹、パンティラスの鳩尾が嫌な音を上げて凹む。
 レムが足払いで倒し、馬乗りになろうとすれば、パンティラスは勢いを逆に利用して前蹴りで跳ね飛ばす。
 パンティラスがサイドポジションから腕ひしぎ十字固めを決めようとすれば、レムは彼女の脛に拳を思い切り叩き込む。
 既に、肉は何倍にも腫れ上がり、骨も軋んでいる。
 なのに、二人はまるで攻撃を止めない。
 自分を鼓舞するような、獣の声に近い雄叫びを腹の底から放ち、打撃と蹴りを繰り出し合う。
 また、折られた歯が宙に飛び、周りの応援にも更に熱が入る。
 「パンティラス様、頑張れぇぇぇぇ」
 「ゴーレム、負けるなぁぁ」
 「ちょっと、何、敵を応援してるのよ」
 「頑張ってる奴を応援して、何が悪いの?」
 「痛っ!? 何するのよ!!」
 「なっ、殴ったわね、アンタ!!」
 「前々から、アンタ、気に入らなかったのよ」
 「それはコッチの台詞よ、ペチャ鼻のぺちゃパイ」
 「んなぁ・・・今日こそ、決着つけるわよ!!」
 「上等よ!! 泣いたって許してあげないんだから!!」
 レムとパンティラスの純粋な闘気に中てられたか、アマゾネスらは感情をぶっ放し、自身の闘争本能に従い、派手に争い出してしまった。
 「む、まだ二人が戦っていると言うのに、何を・・・・・・」と呆れたようにボヤきつつも、ネムルの目は優しい。まるで、箍が外れたようにはしゃぎまくっている子供を見ているような母親の眼差しのようだった。
 「しようのない娘らだ」
 一喝を以て止めようとした彼女をキサラギが不意に手で制す。
 「止めるのはちょっと待ってもらえるか」
 「・・・好きにするといい」
 口の端を耳に届いてしまいそうなほど吊り上げ、歯茎を剥き出して野生的な笑みを隠そうともしないキサラギ。彼の瞳がギラギラと光っているのを見たネムルは肩を竦め、浮かせかけていた腰を落とす。
 ネムルの了承を得られたなら問題ないとばかりに、刀を地面に勢いも良く突き刺したキサラギは服を脱ぎ捨て鍛え抜かれた上半身を露にする。
 良い具合に磨がれている彼の筋肉に、ネムルは思わず生唾を飲んでしまった。その音があまりに大きかった上に生々しいものだから、キサラギは若干、引き攣った表情を浮かべてしまう。
 しかし、怯えが顔に出ていたのも一瞬ばかり、キサラギは忽ち、戦闘狂(ケンカバカ)の笑みを色濃く剥き出しにした。
 アマゾネスにも劣らない雄叫びを臍の下から放ったキサラギは、一切の躊躇なく騒乱の渦の中に飛び込んだ。
 数秒後、幾人かのアマゾネスが宙に舞い、地面に背中や尻から落ちる。
 それまで、敵意を仲間へと向けていた彼女達だったが、自分達の中に高ランクの男が自分から突っ込んできたとなれば話も違ってくる。
 長の娘であるパンティラスが婿にすると決めた男である以上、手は出せないが、パンティラスは今、彼の相棒と決着を付ける事に忙しい。ならば、今の内にキサラギを負かしてしまえば、彼女は強く出られないし、自分達は逆に強く出られる。また、アマゾネスとして強い男を伴侶と出来る事はそれだけで羨望の対象となり、地位の向上も図れるだろう。
 そうと決まれば、仲違いをしてる場合ではない。かと言って、協力する気など毛頭、無かった訳だが。
 アマゾネス達は、彼を夫にするのは自分だと心に決め、次々と襲い掛かっていく、待ってましたとばかりに吼え猛るキサラギへと。
11/12/07 18:32更新 / 『黒狗』ノ優樹
戻る 次へ

■作者メッセージ
感想、お待ちしてます
>11/12/2様
>白澤様
元気の出るコメント、ありがとうございました
これからも頑張って、驕らずに描き続けます!!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33