第十三話『蛮女』
青い緑が鬱蒼と生い茂り、不気味な鳴き声を発する怪鳥が空を自在に飛び回り、気配を殺している肉食獣の双つの瞳は草むらの中で赤く光っている。
彼等は密林の中を歩いていた。
「熱ぃなぁ」とキサラギは表情を渋くして、頬を止め処なく流れていく大粒の汗を乱暴に拭う。
「水分補給を」
「おぅ」
彼はレムが素早く差し出した水筒を傾けると、喉を豪快に鳴らしながらハニービーが集めた蜜を混ぜた氷水を飲んでいく。
火照っていた体が心地良く冷めていき、汗と一緒に流れ出てしまっていたスタミナが戻ってくるのを感じたキサラギは「うしっ」と小さくガッツポーズを決めて、自分に気合を入れ直した。
ゴーレムであるレムは汗こそかいていなかったが、粘りつくような暑さはやはり堪えるのか、オーバーヒート防止で額に『氷結』作用のある霊符を貼り付けていた。
「やはり、この依頼を引き受けたのは早計だったでしょうか、マスター」
「請けちまってから言っても仕方ないさ」と言いつつも、キサラギも一抹の後悔を、あえて無理矢理に引き締めている顔に滲ませていた。
二人が請けた仕事の仕事の内容は、この密林の中にしか生えていない薬草、喘息の特効薬になるカビの採取、また、可能ならば、1m10万の値で取り引きされる白金色の糸で巣を作るとされる、体長5cmにも満たない毒蜘蛛の捕獲だった。
運よく、密林に足を踏み込んでから三十分で、毒蜘蛛を見つけられたキサラギとレム。
つい先程、二人は琥珀色のカビの採取に成功し、今は喉の病に効くとされる薬草を探していた。
周囲を喧しく飛び回る蝿や蚊を忌々しげな面持ちで払いながら、キサラギは虫除けスプレーを自分に噴き付ける。
「高級レストランで飯を奢ってもらった上に、三つ全てを持ってくれば報酬も相場の倍額は出しても構わないって言われたら引き受けるしかねぇべ」
「ですが、蓄えは十分でしたよ」
「溜められる時に溜めとかないとな、今の時期」
キサラギは枝になっていた、マンゴーに形が似た赤い果物を抜刀音を立てずに切り落とす。そうして、鼻を近づけ、毒が無さそうな事を確認すると勢い良く齧りついた。
独特の甘みが口の中で何度も弾け、キサラギは頬を緩めてしまう。
「美味いな、これ」
もう一口と大きく口を開きかけたキサラギの肩が小刻みに跳ねた。レムも動物のそれとは違う、自分達に向けられている視線に気付いたのか、素早く周囲の気配を探る。
目配せを交わした二人は足を止めずに、そのまま前に進み続けた、もちろん、何かが飛んできたら素早く避けられるよう気を張りながら。
「マスター、獣ではありません」
「判ってる」とキサラギは口許だけで笑いながら、黒曜石を思わせる瞳に冷たい光を灯らせる。それでいて、その長躯からは微塵の闘気も滲み出させない。
彼の『技術(テクニック)』に、表情を作る顔の人工筋肉こそ動かさないが驚かされるレムであったが、草が踏まれる音、葉が擦れる音を耳で、枝と枝との間を飛び交う影を目で捉えていた。
「―――・・・何者でしょう」
「さぁね」と首を傾けたキサラギが果実を齧った次の瞬間、彼の右耳のすぐ傍を通り抜けていった矢が、木の幹にと軽い音を立てて突き刺さった。もし、今、彼がわずかに顔を動かさなければ、矢は右耳を貫き、そのまま引き千切っていただろう。
しかし、そんな事はまるで気にせず、種を吐き出したキサラギは、長さ30cm弱の矢が突き刺さっている箇所から橙色の煙が薄く上がっているのを見て、「麻痺毒の類か」とさほど驚いた風もなく呟き、歩調も緩めない。
「奴さん方は、俺を殺すんじゃなくて、捕まえる気でいるらしい」
上を向いて大きく開けた口の中に果物を落としたキサラギは、派手に果汁を飛ばしながら咀嚼していく。
そして、キサラギは予備動作を表に出さずに、いきなり走り出した。彼の筋肉の動きではなく、短くも濃い付き合いからある程度は、行動を読んでいたレムは彼に遅れずに後を着いていく。
二人が動いたのを合図にしたかのように、毒矢は次々と射られてきた。
腕前はかつて出会った、エルフ族の戦士・ヘリファルテには及ばないようだったが、地面へ瞬きをしている間に次々と突き刺さっていく数え切れない矢の量からしても、射手は一人ではないようだ。
左右からだけでなく、こんな雨霰のように矢を降らされては足を止めて、矢を防ぐ事すら難しい。
キサラギとレムはなるべく的を絞られないように、密林の中をジグザグ、時には、低い木の枝と枝の間を、まるで猿のように飛び交い、自分達が戦いやすい場所を目指す。
「マスター!! あちらに開けた場所が」
「おうっっ」とレムの声に、仰け反って矢を避けたキサラギは大声で返す。
二人は泥濘を撒き散らせて急な方向転換をかまし、そちらに全速力で走った。
ぽっかりと開けた場所に飛び出た瞬間、目に飛び込んできたそれにキサラギは苦笑いを漏らしてしまった。
「やっぱりかい、オイ」
その広場では、十数人の褐色の肌に禍々しいタトゥーが刻み込まれている美女、アマゾネス達が彼等を待ち構えていた。チラリと後ろを見れば、自分達の役目は終わったとばかりに、枝の上に立つ射手役のアマゾネスはもう構えを解いていた。
(まんまと、俺らはあの姉ちゃん達に、仲間が待っているここに誘導されちまった訳だ)
実を言うと、キサラギは襲撃者の正体が密林を住処とするアマゾネスである事、彼女達が自分達をここに誘導するつもりである事も、何となく察しが付いていた。数が多かった上に毒も鏃に塗られていたのも理由だったが、相手の意図に気付いていながら、わざとそれに乗ったのはキサラギの悪い癖が出たからだった。
アマゾネスと言えば、幼少の頃から戦う術のみを叩き込まれてきている生粋の戦士である。
ガチンコ勝負が大好きなキサラギとしては、一度、思い切り戦ってみたい相手だった。負けて夫にされるのも嫌なので、更にやる気になれる。
だが、思っていたより、アマゾネスの数が多い事に、キサラギは苦々しい笑みをつい漏らしてしまう。後ろで退路を塞いでいる者も含めると、三十人はいる。単身では少々、キツい数だ。
レムと協力すれば何とかなるか、とキサラギが考え始めた時に、一人のアマゾネスが飛び出てきた。
そして、彼女はカモシカの様に俊敏な動きで二人へと迫り、レムを半ば突き飛ばすようにしてキサラギの前に立つと、真剣な目を上から下へと何度も往復させる。
(この集団のリーダーじゃないみてぇだが・・・・・・相当、出来るな)
一目で、キサラギにはピンと来た。
尖った右耳は獣に齧られたのか、わずかに欠けており、左の頬には生々しい三本線が顎まで走っている。胸と腰に巻いているのは虎の皮―恐らく、皮の元の持ち主に刻まれたのだろうーのみで実に色っぽい。
背負っていた大の男ですら使えなさそうなトゥーハンドソードを抜き放った彼女は、鈍い光を放つ切っ先をキサラギへと向け、真夏の太陽を思わせる笑顔を見せた。
「お前、強いな?
私には判るぞ、そういう匂いがするからなっっ」
嬉しそうに、キサラギの首筋に擦り付くほど近づけている鼻を小刻みにひくつかせたアマゾネス。
「母(かか)様、コイツにするぞ」
振り返った彼女は、輿に乗っている美女に叫んだ。
ルビーを思わせる瞳、しっとりと潤んでいる肉厚の唇、スイカと表現できてしまうほどの乳房、それらも魅力的であった。だが、キサラギは彼女の身につけている魔獣―しかも、古代種―の物と思われる衣服、全身に濃密な戦闘を潜り抜けてきた日々を直感させる傷の数々、そして、離れていても背中がゾクゾクする程の野生的な雰囲気に、思わず口笛を吹いてしまった。
(あのアマゾネス、パンテーラさんと互角か、それ以上か)
かつて、魔王軍騎士団に籍を置いていた頃、自分をコテンパンに伸してくれたアマゾネスの事を、彼女を見て思い出すキサラギ。
(結局、俺、パンテーラさんには一回しか勝てなかった上に、最後の最後まで左足を使わせられなかったんだよなぁ)
「ジパングの血が混ざり合った孫娘も可愛いかも知れないわね」
「そうだろっ」
部族の長でもある母親の許しも得た事で、俄然、やる気満々になったらしく、キサラギの方に顔を戻した彼女の放つ闘気が膨れ上がり、周囲のアマゾネスは感嘆の声を漏らす。自然と、キサラギの右眉も動く。
(母親にはまだまだ敵わないが、他の戦士とは強さのクラスが一段階ばかり違うな)
でなければ、他の戦士が自分達を追い込む役など、大人しく引き受ける訳もない。
「私は偉大なるイスヒス族の長・ネムルの娘、パンティラスだ。
男、お前を私の夫にするぞ!!」
「ちなみに、俺に拒否権は?」
「異論があるならば、口でなく拳で語れ」
二カッと笑った、瑞々しい若さに溢れる戦士・パンティラスは剣を振り回した。
「名乗れ、私の夫」
「おいおい、まだ決まってないっつの」
(この姉ちゃんを倒せば、大人しく解放してもらえるだろ・・・乱戦も悪くないが、仕事の真っ最中だからな、しゃあない)
服を脱いで、キサラギが前に一歩ばかり出ようとした刹那、それまで黙っていたレムが突然、腕を横に伸ばして彼の進路を阻んだ。
「レム?」
怪訝な表情を浮かべつつも、キサラギは前に進もうとしたのだが、レムは頑として腕を下げようとはしなかった。
「おい、ゴーレム、決闘を邪魔するなっっ」
パンティラスは怒声を上げるが、レムは依然として顔色を変えない。
しかし、キサラギはいつもと同じ無表情のレムが、内心では顔に出ないほどの怒りを煮え滾らせている事に気付き、右眉を大きく動かした。
「私が戦います」
「何?!」とパンティラスは引っ繰り返った声を上げる。
「私が求めているのは男だ、強いな。
ゴーレムに用はない。
とは言え、私も鬼畜ではない。貴様の主が負けても、棄てずに使ってやるぞ」
レムの目尻がピクピクと痙攣した。
「私が戦っても構いませんよね、マスター」
ここまで闘争心を剥き出しにするレムを目の当たりにするのが初めてなキサラギは、しばらくの間、じっと彼女を見ていたが、どこか諦めるように天を仰ぐと剣を向けたままのパンティラスに背を向ける。
彼は悠然とした足取りで彼女の母親の方へと歩いていき、素早く制止しようとした戦士の頭上を飛び越えると、輿の隣に座り込んだ。
慌てて槍を突きつけ、キサラギを排除しようとした戦士を、ネムルはサッと手を上げて止め、「よい」と一言のみ呟いて下がらせた。
「好きに・・・思いっきり闘れよ、レム」
「はいっっ」
「そう言う事だ、パンティラスちゃんよ。
俺を夫にしたきゃ、俺の相棒であるレムに勝ちな。
そいつが負けたら、俺は潔く、アンタの夫になってやる」
胡坐をかいたキサラギの叫びに、パンティラスは一つクルリと剣を回した。
「壊してもかまわないか?」
「出来ると思うならやってみな。簡単に壊されるような相棒はいらねぇな、むしろ」
飄々と返したキサラギに、周囲のアマゾネスはギョッとさせられる。
「なるほど、そんな関係か」
「えぇ」
「少し、羨ましいな」
すると、パンティラスはおもむろに、剣を地面へと勢い良く突き刺した。
「武器を持っている男ならば、こちらも武器を使うが、女相手ならばコレだろう、やはり」
ニッと口の両端を歯茎が見えるほど上げた彼女は拳をレムへと突き出す。
「良いでしょう。もし、私が内蔵されている銃火器を使ってしまったら、私の負けで構いません。
どうぞ、皆さんで囲んで破壊なさってください」
レムもまた、拳を作り、前へと突き出す。
「その潔い精神、ますます気に入った」
まるで、極上の玩具を与えられた子供のような笑みを隠しもせずに浮かべるパンティラス。レムも眉も頬も動かしてはいなかったが、小刻みに上下している両肩から、彼女もまた昂奮している事がキサラギだけでなく、他のアマゾネスにも読み取れた。
ふと、ネムルが右手を高々と上げて、宙に大きく円を描いた。キサラギが何だと思う間もなく、アマゾネスが素早く、戦う二人を中心とするように囲み出す。そうして、あらゆる方向の退路を断つように、手にしている武器を彼女たちへと向けた。
「・・・・・・ふむ、リング完成って訳か」
アマゾネスらは戦いの熱気を更に高めるように激しい足踏みを始め、腹から吼えだす。その音量の凄まじさ、密林全体が揺らされるようだ。
レムに譲ったものの、アマゾネス達の魔力が篭もった雄叫びで、キサラギはウズウズしてしまう。
レムとパンティラスの緊張感と集中力が高まりきったのを、二人の放つ闘気から確認したネムルは傍らに控えていた、豹の皮で口許を覆い隠しているアマズネスに頷きかけた。
ネムルの右腕的存在と思われるアマズネスは彼女に頷き返すと、豊満な胸の谷間へと手を突っ込む。そうして、引き抜かれた手に握られていたのは単一電池ほどの大きさの物。
彼女は軽く膝を曲げると逞しい体を仰け反らせ、全力でそれを投げた。
五秒とかからずに最高地点まで到達したそれは、空中で破裂し、大きな音を放った。
彼等は密林の中を歩いていた。
「熱ぃなぁ」とキサラギは表情を渋くして、頬を止め処なく流れていく大粒の汗を乱暴に拭う。
「水分補給を」
「おぅ」
彼はレムが素早く差し出した水筒を傾けると、喉を豪快に鳴らしながらハニービーが集めた蜜を混ぜた氷水を飲んでいく。
火照っていた体が心地良く冷めていき、汗と一緒に流れ出てしまっていたスタミナが戻ってくるのを感じたキサラギは「うしっ」と小さくガッツポーズを決めて、自分に気合を入れ直した。
ゴーレムであるレムは汗こそかいていなかったが、粘りつくような暑さはやはり堪えるのか、オーバーヒート防止で額に『氷結』作用のある霊符を貼り付けていた。
「やはり、この依頼を引き受けたのは早計だったでしょうか、マスター」
「請けちまってから言っても仕方ないさ」と言いつつも、キサラギも一抹の後悔を、あえて無理矢理に引き締めている顔に滲ませていた。
二人が請けた仕事の仕事の内容は、この密林の中にしか生えていない薬草、喘息の特効薬になるカビの採取、また、可能ならば、1m10万の値で取り引きされる白金色の糸で巣を作るとされる、体長5cmにも満たない毒蜘蛛の捕獲だった。
運よく、密林に足を踏み込んでから三十分で、毒蜘蛛を見つけられたキサラギとレム。
つい先程、二人は琥珀色のカビの採取に成功し、今は喉の病に効くとされる薬草を探していた。
周囲を喧しく飛び回る蝿や蚊を忌々しげな面持ちで払いながら、キサラギは虫除けスプレーを自分に噴き付ける。
「高級レストランで飯を奢ってもらった上に、三つ全てを持ってくれば報酬も相場の倍額は出しても構わないって言われたら引き受けるしかねぇべ」
「ですが、蓄えは十分でしたよ」
「溜められる時に溜めとかないとな、今の時期」
キサラギは枝になっていた、マンゴーに形が似た赤い果物を抜刀音を立てずに切り落とす。そうして、鼻を近づけ、毒が無さそうな事を確認すると勢い良く齧りついた。
独特の甘みが口の中で何度も弾け、キサラギは頬を緩めてしまう。
「美味いな、これ」
もう一口と大きく口を開きかけたキサラギの肩が小刻みに跳ねた。レムも動物のそれとは違う、自分達に向けられている視線に気付いたのか、素早く周囲の気配を探る。
目配せを交わした二人は足を止めずに、そのまま前に進み続けた、もちろん、何かが飛んできたら素早く避けられるよう気を張りながら。
「マスター、獣ではありません」
「判ってる」とキサラギは口許だけで笑いながら、黒曜石を思わせる瞳に冷たい光を灯らせる。それでいて、その長躯からは微塵の闘気も滲み出させない。
彼の『技術(テクニック)』に、表情を作る顔の人工筋肉こそ動かさないが驚かされるレムであったが、草が踏まれる音、葉が擦れる音を耳で、枝と枝との間を飛び交う影を目で捉えていた。
「―――・・・何者でしょう」
「さぁね」と首を傾けたキサラギが果実を齧った次の瞬間、彼の右耳のすぐ傍を通り抜けていった矢が、木の幹にと軽い音を立てて突き刺さった。もし、今、彼がわずかに顔を動かさなければ、矢は右耳を貫き、そのまま引き千切っていただろう。
しかし、そんな事はまるで気にせず、種を吐き出したキサラギは、長さ30cm弱の矢が突き刺さっている箇所から橙色の煙が薄く上がっているのを見て、「麻痺毒の類か」とさほど驚いた風もなく呟き、歩調も緩めない。
「奴さん方は、俺を殺すんじゃなくて、捕まえる気でいるらしい」
上を向いて大きく開けた口の中に果物を落としたキサラギは、派手に果汁を飛ばしながら咀嚼していく。
そして、キサラギは予備動作を表に出さずに、いきなり走り出した。彼の筋肉の動きではなく、短くも濃い付き合いからある程度は、行動を読んでいたレムは彼に遅れずに後を着いていく。
二人が動いたのを合図にしたかのように、毒矢は次々と射られてきた。
腕前はかつて出会った、エルフ族の戦士・ヘリファルテには及ばないようだったが、地面へ瞬きをしている間に次々と突き刺さっていく数え切れない矢の量からしても、射手は一人ではないようだ。
左右からだけでなく、こんな雨霰のように矢を降らされては足を止めて、矢を防ぐ事すら難しい。
キサラギとレムはなるべく的を絞られないように、密林の中をジグザグ、時には、低い木の枝と枝の間を、まるで猿のように飛び交い、自分達が戦いやすい場所を目指す。
「マスター!! あちらに開けた場所が」
「おうっっ」とレムの声に、仰け反って矢を避けたキサラギは大声で返す。
二人は泥濘を撒き散らせて急な方向転換をかまし、そちらに全速力で走った。
ぽっかりと開けた場所に飛び出た瞬間、目に飛び込んできたそれにキサラギは苦笑いを漏らしてしまった。
「やっぱりかい、オイ」
その広場では、十数人の褐色の肌に禍々しいタトゥーが刻み込まれている美女、アマゾネス達が彼等を待ち構えていた。チラリと後ろを見れば、自分達の役目は終わったとばかりに、枝の上に立つ射手役のアマゾネスはもう構えを解いていた。
(まんまと、俺らはあの姉ちゃん達に、仲間が待っているここに誘導されちまった訳だ)
実を言うと、キサラギは襲撃者の正体が密林を住処とするアマゾネスである事、彼女達が自分達をここに誘導するつもりである事も、何となく察しが付いていた。数が多かった上に毒も鏃に塗られていたのも理由だったが、相手の意図に気付いていながら、わざとそれに乗ったのはキサラギの悪い癖が出たからだった。
アマゾネスと言えば、幼少の頃から戦う術のみを叩き込まれてきている生粋の戦士である。
ガチンコ勝負が大好きなキサラギとしては、一度、思い切り戦ってみたい相手だった。負けて夫にされるのも嫌なので、更にやる気になれる。
だが、思っていたより、アマゾネスの数が多い事に、キサラギは苦々しい笑みをつい漏らしてしまう。後ろで退路を塞いでいる者も含めると、三十人はいる。単身では少々、キツい数だ。
レムと協力すれば何とかなるか、とキサラギが考え始めた時に、一人のアマゾネスが飛び出てきた。
そして、彼女はカモシカの様に俊敏な動きで二人へと迫り、レムを半ば突き飛ばすようにしてキサラギの前に立つと、真剣な目を上から下へと何度も往復させる。
(この集団のリーダーじゃないみてぇだが・・・・・・相当、出来るな)
一目で、キサラギにはピンと来た。
尖った右耳は獣に齧られたのか、わずかに欠けており、左の頬には生々しい三本線が顎まで走っている。胸と腰に巻いているのは虎の皮―恐らく、皮の元の持ち主に刻まれたのだろうーのみで実に色っぽい。
背負っていた大の男ですら使えなさそうなトゥーハンドソードを抜き放った彼女は、鈍い光を放つ切っ先をキサラギへと向け、真夏の太陽を思わせる笑顔を見せた。
「お前、強いな?
私には判るぞ、そういう匂いがするからなっっ」
嬉しそうに、キサラギの首筋に擦り付くほど近づけている鼻を小刻みにひくつかせたアマゾネス。
「母(かか)様、コイツにするぞ」
振り返った彼女は、輿に乗っている美女に叫んだ。
ルビーを思わせる瞳、しっとりと潤んでいる肉厚の唇、スイカと表現できてしまうほどの乳房、それらも魅力的であった。だが、キサラギは彼女の身につけている魔獣―しかも、古代種―の物と思われる衣服、全身に濃密な戦闘を潜り抜けてきた日々を直感させる傷の数々、そして、離れていても背中がゾクゾクする程の野生的な雰囲気に、思わず口笛を吹いてしまった。
(あのアマゾネス、パンテーラさんと互角か、それ以上か)
かつて、魔王軍騎士団に籍を置いていた頃、自分をコテンパンに伸してくれたアマゾネスの事を、彼女を見て思い出すキサラギ。
(結局、俺、パンテーラさんには一回しか勝てなかった上に、最後の最後まで左足を使わせられなかったんだよなぁ)
「ジパングの血が混ざり合った孫娘も可愛いかも知れないわね」
「そうだろっ」
部族の長でもある母親の許しも得た事で、俄然、やる気満々になったらしく、キサラギの方に顔を戻した彼女の放つ闘気が膨れ上がり、周囲のアマゾネスは感嘆の声を漏らす。自然と、キサラギの右眉も動く。
(母親にはまだまだ敵わないが、他の戦士とは強さのクラスが一段階ばかり違うな)
でなければ、他の戦士が自分達を追い込む役など、大人しく引き受ける訳もない。
「私は偉大なるイスヒス族の長・ネムルの娘、パンティラスだ。
男、お前を私の夫にするぞ!!」
「ちなみに、俺に拒否権は?」
「異論があるならば、口でなく拳で語れ」
二カッと笑った、瑞々しい若さに溢れる戦士・パンティラスは剣を振り回した。
「名乗れ、私の夫」
「おいおい、まだ決まってないっつの」
(この姉ちゃんを倒せば、大人しく解放してもらえるだろ・・・乱戦も悪くないが、仕事の真っ最中だからな、しゃあない)
服を脱いで、キサラギが前に一歩ばかり出ようとした刹那、それまで黙っていたレムが突然、腕を横に伸ばして彼の進路を阻んだ。
「レム?」
怪訝な表情を浮かべつつも、キサラギは前に進もうとしたのだが、レムは頑として腕を下げようとはしなかった。
「おい、ゴーレム、決闘を邪魔するなっっ」
パンティラスは怒声を上げるが、レムは依然として顔色を変えない。
しかし、キサラギはいつもと同じ無表情のレムが、内心では顔に出ないほどの怒りを煮え滾らせている事に気付き、右眉を大きく動かした。
「私が戦います」
「何?!」とパンティラスは引っ繰り返った声を上げる。
「私が求めているのは男だ、強いな。
ゴーレムに用はない。
とは言え、私も鬼畜ではない。貴様の主が負けても、棄てずに使ってやるぞ」
レムの目尻がピクピクと痙攣した。
「私が戦っても構いませんよね、マスター」
ここまで闘争心を剥き出しにするレムを目の当たりにするのが初めてなキサラギは、しばらくの間、じっと彼女を見ていたが、どこか諦めるように天を仰ぐと剣を向けたままのパンティラスに背を向ける。
彼は悠然とした足取りで彼女の母親の方へと歩いていき、素早く制止しようとした戦士の頭上を飛び越えると、輿の隣に座り込んだ。
慌てて槍を突きつけ、キサラギを排除しようとした戦士を、ネムルはサッと手を上げて止め、「よい」と一言のみ呟いて下がらせた。
「好きに・・・思いっきり闘れよ、レム」
「はいっっ」
「そう言う事だ、パンティラスちゃんよ。
俺を夫にしたきゃ、俺の相棒であるレムに勝ちな。
そいつが負けたら、俺は潔く、アンタの夫になってやる」
胡坐をかいたキサラギの叫びに、パンティラスは一つクルリと剣を回した。
「壊してもかまわないか?」
「出来ると思うならやってみな。簡単に壊されるような相棒はいらねぇな、むしろ」
飄々と返したキサラギに、周囲のアマゾネスはギョッとさせられる。
「なるほど、そんな関係か」
「えぇ」
「少し、羨ましいな」
すると、パンティラスはおもむろに、剣を地面へと勢い良く突き刺した。
「武器を持っている男ならば、こちらも武器を使うが、女相手ならばコレだろう、やはり」
ニッと口の両端を歯茎が見えるほど上げた彼女は拳をレムへと突き出す。
「良いでしょう。もし、私が内蔵されている銃火器を使ってしまったら、私の負けで構いません。
どうぞ、皆さんで囲んで破壊なさってください」
レムもまた、拳を作り、前へと突き出す。
「その潔い精神、ますます気に入った」
まるで、極上の玩具を与えられた子供のような笑みを隠しもせずに浮かべるパンティラス。レムも眉も頬も動かしてはいなかったが、小刻みに上下している両肩から、彼女もまた昂奮している事がキサラギだけでなく、他のアマゾネスにも読み取れた。
ふと、ネムルが右手を高々と上げて、宙に大きく円を描いた。キサラギが何だと思う間もなく、アマゾネスが素早く、戦う二人を中心とするように囲み出す。そうして、あらゆる方向の退路を断つように、手にしている武器を彼女たちへと向けた。
「・・・・・・ふむ、リング完成って訳か」
アマゾネスらは戦いの熱気を更に高めるように激しい足踏みを始め、腹から吼えだす。その音量の凄まじさ、密林全体が揺らされるようだ。
レムに譲ったものの、アマゾネス達の魔力が篭もった雄叫びで、キサラギはウズウズしてしまう。
レムとパンティラスの緊張感と集中力が高まりきったのを、二人の放つ闘気から確認したネムルは傍らに控えていた、豹の皮で口許を覆い隠しているアマズネスに頷きかけた。
ネムルの右腕的存在と思われるアマズネスは彼女に頷き返すと、豊満な胸の谷間へと手を突っ込む。そうして、引き抜かれた手に握られていたのは単一電池ほどの大きさの物。
彼女は軽く膝を曲げると逞しい体を仰け反らせ、全力でそれを投げた。
五秒とかからずに最高地点まで到達したそれは、空中で破裂し、大きな音を放った。
11/12/02 10:22更新 / 『黒狗』ノ優樹
戻る
次へ