連載小説
[TOP][目次]
第十二話『番付』
 「ありがとうございました。
 また、よろしく・・・あ」
 新聞売りのハーピーに代金を支払い、新聞を広げたレムは驚きの声を漏らす。危うく、力の加減を忘れかけ、新聞紙は真っ二つになりそうになる。
 「マスター、これを御覧になってください」とレムは、つい今しがたに捕獲した、体が何十本も繋がった極上のソーセージで出来ているソーセー蛇で作ったホットドッグを齧っているキサラギの眼前に破れんばかりに力いっぱいに広げている新聞を突きつける。
 彼女の声はいつになく弾んでいたので、キサラギは左眉を上げた。
 「何だよ」
 もごもごと頬を膨らませながら噛んでいたパンを、砂金砂糖を一杯半だけ入れた紅茶で流し込みながら、彼はレムから新聞を受け取る。
 「ここを見てください」
 レムが指した記事を見たキサラギの右眉が跳ねる。そうして、「ほぉ」と彼も思わず、素直な驚きを口に出してしまう。
 「私達の事が載っています」
 「ペトラ団壊滅。ラピス、捕縛される」
 「無名の剣士、お手柄。近々、ランキング入りか」

 財布の中身が寂しくなりだしていた、キサラギとレムは地方ギルドから、一つの仕事を請けた。
 それが、その界隈の村を荒らしまわっていた、ゴブリン率いる強盗団の捕縛。
 基本、貧乏人の家には押し入らず、村長などの金や食糧を溜め込んでいる家ばかりを狙う集団で、魔物娘らしく男は襲ったが、女子供には決して手を出さない、ある種の「筋」は通していた。人間の男の部下が女性に乱暴を働こうとした時は、棍棒で容赦なく睾丸を叩き潰し、他の男達への見せしめにしていたらしい。
 一件や二件ならまだしも、さすがに被害が大きくなりだし、彼等は近隣の村と相談を重ね、ギルドに依頼した・・・・・・それが半年前。
 これまで、自分の実力に自信を持ち出した、もしくは箔を付けたい新人冒険者が名乗りを上げて挑んだものの、返り討ちにあってしまっていた。
 一人一人の戦闘力はそれほど高くはないのだが、リーダーの指揮が見事で、一匹狼を気取る者は、ゴブリンの見事な連携の前では手も足も出ず、精も尽きるまで犯されてしまうのがオチだった。
 しかし、村が出せる報酬も限度がある為に、チームの上限は三人までだった。中には惜しい所まで行けた者達もいたらしいが、最後の最後で力尽きてしまったようだ。
 つい先日にも食糧を持っていかれて、村長らが途方に暮れていた時に村を訪ねてきたのがキサラギとレムだった。
 彼等から詳しい話を聞いた二人は早速、ギルドへと足を運んで手続きを済ませた。
 この依頼を受けた理由は勿論、旅費を稼ぎたいからでもあったが、単にストレスを発散したかったというのもあった。
 何せ、旅費を入れていた財布を掏った男を捕まえたものの、既に金の大半をギャンブルに使われてしまっていたのだ。両手足の指の骨を親指のみ残して砕いてから警察署の玄関前に捨て置いてきたが、それでも鬱憤は晴れなかった。
 そこに、公然と大暴れが出来て、その上、雀の涙とは言え、報酬が貰えると言う仕事があるのだから飛びつかないはずがない。
 彼はレムに中央の広場に集まった村人を守るように告げると、自分は一つしかない入り口の前で、適当な長さの木の棒を素振りして、体を温めながらペトラ団がやってくるのを待ち構えていた。
 腰に愛刀こそ差してはいたが、よほどの事が無ければ、刃の方を使おうとは思っていなかった。何せ、依頼の内容は「捕縛」である、抹殺ではない。全員、斬り倒してしまうと、報酬は貰う事ができない。
 ペトラ団は彼が予想した通りの時間にやってきた。彼女らはこれから略奪行為を働く村の入り口で、一人の男が立っているのに気付いて足を止めた。
 「・・・来たな」
 ニヤリと口の左端を上げたキサラギは腰の刀をゆっくりと抜く。
 そうして、再び、前進を始めたペトラ団に自分から突っ込んでいった、甲高い笑い声を放ちながら。
 「村には一歩も踏み入れさせない」とか「怪我をしたい奴だけかかってこい」などの威嚇を込めた脅し文句を叫ぶ時間すら、今の彼には惜しかった。そもそも、キサラギは人間の男も、ゴブリンも一人として逃す気は微塵もなかった。
 皆殺しにしてやろうとも思っていなかったが、少なくとも、これまでの悪行を反省するくらいの痛みを味わうべきだと考えていたキサラギ。
 いきなり、とんでもない速度で自分達に真っ直ぐ突っ込んでくるキサラギには度肝こそ抜かれたが、ペトラ団もそれなりに修羅場を潜ってきたようで、リーダーの一喝ですぐに平静さを取り戻し、棍棒や石斧を高々と振り上げながら、キサラギを迎え撃とうとした。
 いつものように村の人間が雇った新人冒険者だと思っていたゴブリン達。
 しかし、彼女達はキサラギが刀を一振りした瞬間に、突っ込んでいった男達が吹き飛ばされて宙に舞ったのを目の当たりにさせられ、自分達の考えが甘かった事を思い知らされる。
 受身も取れず、顔面や尻から地面に落ちた男達の腕や足はありえない方向を向き、傷を押さえて呻いている者はまだ良い方で、大半の男は白目を剥いて小刻みに痙攣してしまっている。
 「気を引き締めな!」と言うリーダーの叱咤よりも速く動くキサラギ。
 一番前にいた、隻眼のゴブリンが振り下ろした棍棒を乱切りにすると、ガラ空きの腹部に前蹴りを叩き込む。そうして、膝を一気に伸ばして、胃液がせり上がってきた彼女を続けて攻撃を繰り出そうとしていた赤髪のゴブリンに向かって蹴り飛ばした。当然、突っ込んできたゴブリンは避けられず、咄嗟に仲間を受け止めようとしたが、キサラギの蹴りの威力は凄まじかったようで、そのまま一緒に吹っ飛ばされてしまう。
 「このっ」と胴を狙って振り抜かれた石斧を鞘で受け止め、絶妙な小技でゴブリンのバランスを崩させたキサラギは刀を振るう。一瞬後、手首から肩まで一本の線が伸び、栗色の髪のゴブリンは血が噴出した左腕を押さえて、その場に蹲った。
 「おりゃ」と双子らしいゴブリンが左右から息がピッタリの攻撃を繰り出してきたが、膝のバネだけで彼女らの頭より高く跳び上がった彼は空中に静止すると、両足で双子のゴブリンの後頭部を軽く押して、そのまま額を激突させてしまう。視界いっぱいに極彩色の火花が散りばめられた二人は重なるようにして地面に崩れ落ちていく。
 気を失った双子には目もくれず、地面に爪先が付いた瞬間、爆発的なダッシュ力で驚愕と恐怖で体が強張ってしまっているゴブリン達へと襲い掛かるキサラギ。
 よりも早く動いたのは、ペトラ団のリーダー・ラピスだった。本来なら、キサラギは自分の伴侶にしたいくらいの強さだったが、彼女は仲間の命を選んだ。
 露わになっている部分の肌に刻まれている刀傷や打撲痕からも判るように、ラピスも生温い日常を送ってこなかった魔物娘だったが、彼女とキサラギの間には実力差があり過ぎた。
 彼女がカットラスを突き出すよりも先に、キサラギの回転切り(峰打ち)が決まる。自分の肋骨が折られる音を耳の奥ではっきりと聞きながら、リーダーは真っ直ぐに宙を飛んでいき、大木の幹にぶつかり、顔を伏せたままで動かなくなった。
 「ボス!!」と残ったゴブリンは悲痛な声を放って、彼女の元へ向かおうとした。
 しかし、「余所見厳禁」と素早く行く手を阻んだキサラギは、彼女達の命乞いをするかのような引き攣った顔を見ても、容赦なく刀を振るう。
 剣風に吹き飛ばされたゴブリンは次々と地面へと落ち、小高い丘を作っていく。そして、彼女らは四肢を幾度か痙攣させた後、ガクンと首から力が抜けた。
 「レム!! 終わったぞ」
 村の外から叫んだキサラギの声にレムは駆け足で彼の元に馳せ参じ、警察に連行すべくペトラ団を縛り上げていく。
 「ありがとうございます」と自分に次々と感謝の言葉を言いに来る村人達に、適当に相槌を返すキサラギの表情は幾らか晴れやかな物になっていた。
 翌日、キサラギとレムは手首と足首を縄で縛ったラピスを連れて、街へと向かった。彼はラピスに部下だけは助けて欲しいと懇願されてしまい、仕方なく、彼女だけを警察に引き渡す事に決めた。
 その代わり、見逃したゴブリンと男達は、これまで迷惑をかけてきた村の復興を助ける事を約束させた。
 村人等は全てのゴブリンを捕まえない事にあまりいい顔をしなかったが、長の命令とキサラギに完膚なきまでに負けて随分と大人しくなってしまった彼女らの姿に警戒心が溶けたのか、最終的には首を縦に振った。
 元々、力もある上に手先が器用であるゴブリンらは家屋や家具の修理を見事にこなし、また、手の空いた時には村の女子供に髪飾りなどを作ってやり、随分と喜ばれた。
 後で聞いた話だが、中には村にそのまま居ついたゴブリンに求婚した男もいるらしい。

 「まぁ、半ば奇襲だったからな」
 「それでもお見事でした」
 短期間で、表情が豊かになりだしているレムは、嘘くさくない笑顔でキサラギを誉めちぎる。
 「しかし、ペトラ団を潰した程度じゃ、ランキング入りできたって50番代がいいトコだろ」
 キサラギは憂いを帯びた溜息を漏らすも、レムは大きく首を横に振り、彼の尻の下を細く美しい白い指で示す。
 「これで40位代に食い込めます」
 地面に這い蹲っている、青髪のリーゼントの背中にキサラギは腰を下ろしていた。イイ一発を貰ってしまったのか、見た目によらず結構な体重のキサラギに椅子代わりにされているにも関わらず、右頬が痛々しく腫れ上がっている彼はピクリとも動いていなかった。
 「オーク使いのレアン・ジャオウアを捕まえたとなれば確実です、マスター」
 レムは右の親指を勇ましく立てるも、キサラギは微苦笑を返す。
 「そうか? 実際、大した事はなかったぞ、こいつ等」
 彼が肩を叩いていた丸めた新聞紙で示した先には、縄で縛りあげられた三人のオークが転がされていた。近くには、砕かれたハンマー、山刀、ブーメランが落ちている。
 「誰が弱いってのよ!?」
 「アンタが化け物すぎるんです!!」
 「人でなしぃ」
 「レアン様から、さっさとどきなさいよ!!」
 「ブッ飛ばされたいんですか?!」
 「馬鹿ヤロー」
 罵声を飛ばしてくるオーク三姉妹。
 だが、彼女達の罵詈雑言は唐突に止まる。
 素早く耳を塞いだ手を退かし、キサラギが顰めた目を向ければ、レムの手首から出現している銃口と、縛り上げられて身動きの取れないオーク三姉妹の周囲に開けられた無数の穴からは火薬臭い白煙が細く立ち上っていた。口を閉じたオークは顔にびっしょりと汗をかいている。
 「マスター・・・・・・」
 「何だ?」
 「豚肉料理では何がお好きですか?」と右手首の銃口を引っ込め、左手首の超高速振動ナイフのグリップを握りながら、無表情でレムはキサラギに問うた。
 唐突な質問にもキサラギは眉一つ動かさずに、顎を指先で軽く擦ってから、淡々と答えた。
 「やっぱ、丸焼きかねぇ」
 その答えと同時に、レムが足元に向けた右の掌から、真っ赤な炎が噴き出す。草がチリチリと焼かれる様を見せ付けられた彼女らの顔は真っ青に変わり果てていた。オーク特有の血色の良さなど、今の怯えている彼女達からは微塵も窺えなかった。
 「・・・・・・次、私のマスターに暴言を吐いたら、コンガリ焼きますよ、この口汚いメス豚ども」
 無表情だけに殺気立っている事が丸解りのレムに、右の掌を向けられたオーク三姉妹は慌てて飛び起きて姿勢を正すと、壊れた水飲み人形よろしく、首を縦に激しく振った。
 「マスター、豚の丸焼きは次の街まで我慢して下さい」
 武器を引っ込め、振り返ったレムはキサラギに優しく微笑みかけた。本気で、オークの丸焼きを目の前で作られたらどうしようか、と内心、ビビリまくっていたキサラギは苦笑を浮かべて頷き返すだけに留めておいた。
 
 翌月、キサラギは毎月末、書店に並べられる教団発行のランキング本の、冒険者部門と剣士部門に名を載せた。前者は50位、後者は47位であった。
 レムはこの結果に憤慨していたが、当のキサラギは「こんな物だろう」と軽く流し、確実な一歩目を踏み出した事を握り締めるランキング本で確信し、笑みが込み上げてくるのを抑えるのに必死であった。
 明らかに、頬の内肉を噛みながら、本を立ち読みしている彼に、周囲の客たちは訝しげな視線を送っていた。
11/11/23 15:25更新 / 『黒狗』ノ優樹
戻る 次へ

■作者メッセージ
感想、お待ちしています

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33