読切小説
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お肉の条件


 暖房の効いた部屋の中、青年は黙々とパソコンの画面を眺めている。
 流れているのは適当に借りてきたSF物のDVD。
 剣も魔法も魔物も出ない、序に言うと濡れ場も無い今時珍しい古いSF映画である。
 
 題材は何だったか。
 適当に鑑賞する中、青年は次に出てきたシーンで漸く思い出す。
 
 主人公は新人の警官。
 法律が裸足で逃げ出す治安の最悪な街の中、ギャングを追って片手を吹き飛ばされた挙句蜂の巣にされて息絶える。
 今、その警官が科学技術で復活し機械の体で職務に復帰したところだ。

 「……これ、リメイク版だと強姦シーンになってるんだよなー」

 原作では正面から蜂の巣な主人公だが、リメイク版だと教団出身の正義漢で相棒と共にバフォメットの主催するサバトに潜入する為に魔女の旦那と偶然を装い夜な夜な飲み交わしていた。
 結果サバトには無事潜入したものの、途中で正体がバレてしまい相棒共々その場で乱交。
 だが、主人公は相棒の犠牲で捕まるまでに本部に連絡を取っており相棒共々なんとか生還して人間としての一命を取り留める。
 
 しかし悲劇は終わらない。
 相棒はその一件で完全に主人公の娘と同年代――というか主人公の娘も範疇に入れて職務中に幼女を品定めするようになる。
 
 証拠はまだ無い。
 だが明らかに頭の中の大事なネジが纏めて吹っ飛び犯罪者の目をするようになった相棒に主人公は日々ストレスを覚え10円ハゲが出来た。
 
 毛根が尽きるのが先か忍耐が切れて鉛玉をぶち込むのが先か――痛む胃を薬で抑えつつ天を仰ぐ主人公にとあるメールが届く。
 内容は短く、選択肢はそれより短い。
 
 『正義と弱者を守る気はないか』

 Yesを選択した時から主人公は生まれ変わる。
 社会の正義を守り、幼き少女達を望まぬ結末から救う力を持つ者。

 【ロリコップ】の誕生である――――

 旧作とセットでお楽しみください、という広告スペースを作った某大手DVDレンタルショップの広告スペースから纏めて借りてきたのでリメイク版も手元にあるにはあるのだが、何故こうも原作から掛け離れたものを横に並べたのだろうか。
 最早別物と化していて間違い探しをするにしてもツッコミ疲れを引き起こしかねない。
 紛う事なき原作レイプである。

 他に何かないか手提げの中を見るが、中にあるのは
 
 ・天才で引き篭もりな弟を見かねた兄の造った、体で心を癒そうとするゴーレムに振り回される日常を描いた版権元の怖い作品、【パイマックス】。
 ・親に呼ばれて実家に帰った主人公が、初恋の子そっくりの少女と恋をする【帰省充】。
 ・【御面ファイター orz 〜まもむすと21人のコアオタク ディレクターズカット版〜】

 のみであった。
 もう少し考えて手を出せと言いたくなるラインナップである。
 だが、青年は作品のタイトルも中身もどうでも良かった。
 
 磨り減った目で画面を見つめる青年は、ただ何も考えずに没頭していたかったのだから作品は何でも良かったのである。
 兎に角、今日一日はもう何処にも行かずに引き篭もっていたいのだ。
 濁った目の奥で青年は今日起きた事を振り返る。

 

 今日は気温が低いが天気も良く、軽い気持ちでぶらついていた。
 当ても無く彷徨い、適当に友人とゲーセンに行くなりお茶菓子を買い足してごろ寝する予定でいたのだ。
 だが、今日は出掛けるとどうにも肉を勧められる。
 よって青年は誰にも干渉されないよう足早にDVDを借り、おもむろにコンビニエンスストアで立ち寄り甘味と中華まんを買い求め帰宅、自室でひたすら何級か判断しかねる作品群を消化するに至った。
 
 ――諸兄、どうか首を傾げないで欲しい。
 道行く度に人外の美人美少女が声を掛け、その度に一瞬でも出会いを期待したのに

 『こんにちは、霜降りって最高ですよね!』とか。
 『最近寒いわね。よければ肉を柔らかくしない?』とか。
 『いい天気ですね。ところで赤身は好きですか?』とか。
 『薄着ね。熟成って腐ってる事らしいわよ?』とか。

 日常会話に無理やり意味不明の会話を盛り込まれれば疑問符を浮かべない人間はいないだろう。
 あまつさえ濁してその場を去ろうとすると食い下がってくるのだから、健常な思考力の持ち主であれば何とかしてやり過ごしたいものである。
 あまりの必死さに「あー、いいッスね。好きですよええ」と適当に話を合わせ、逃げるように帰宅した青年の対応も致し方ないものであった。

 故に。

 「だからー、時代は今も昔も霜降りなんですって! オークが一番需要あるんですって!」

 「栄枯盛衰。彼は私が声を掛けた。私の体を解すべき」

 「脂肪だらけの体より無駄の無い幼女こそ至高。移りゆくムチより不動のロリだよ?」

 「むしろ肉体なんてスペース取るだけ邪魔よ。偉い人はそれが分からないのよ」

 この混沌した状況が生まれるのも致し方ないのである。
 各々の手に取っているのは青年が買い求めた甘味類の他、自分達で買ってきた食品類がところ狭しと並べられている。
 持ち寄ってきたのは飲食類だけでなく、青年と同じように各々の性癖が透けて見えるDVDの入った手提げ袋が一箇所に積まれていた。
 
 「豊かなおっぱい! 安産型のお尻! ちょっと油断したウェストで安定感三倍増! 肉感が前面突破なオークこそ今日という日にふさわしいんです!」

 「それを言えば私も負けていない。ついでに腰は締まってるから勝ってる。それと、寒いと運動しない。だからするべきそうすべき」

 「動く必要なんてないの! 子供は体があったかいから一緒に寝ればそれで十分暖まるんだから。お兄さんがしたいならするけど……♥」

 「いつもエロエロ。夢の中どころか枕元にだって這い寄る私が、一番彼を染められるわ」

 青年はDVDを入れ替え、顔すら向けないまま口を開く。

 「……もう終わりそう? 君等の話し合い」

 「「「「もうちょっと待って」」」」

 オークが、キョンシーが、ファミリアが、ウィル・オ・ウィスプが――――

 名前も分からない不法侵入者達が自分の所有権をかけて、それぞれの身体的特徴や優位性やらを語り始めてもう数時間。
 説明を求めてもまともな返答は得られず、退去を求めれば抜け駆けせんと色仕掛け。
 苦肉の策で話し合いで決着を付けさせようとしたは良いものの、今度は只の女子会となる始末。
 青年は最早何度目になるか分からない台詞を吐きながら、彼女達の持ち寄った何級か判断しかねる作品群に手を伸ばした。
15/11/29 23:59更新 / 十目一八

■作者メッセージ
お久しぶりです。十目です。
前回投稿日からどのくらい経ったのか(遠い目)。

皆様、今日はお肉食べましたか?
嫁をお持ちの方、食べましたか?
当方は羊肉を食べました。でも作品に出ない不思議。

不定期な当方ですが、また投稿出来たらなと思います。
今後もよろしくお願い致します。

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