最終訪問:とある自宅の未来選択
※最後まで長く1万字超です。
年の瀬が迫る度に寒さは厳しさを増して行く。
雪こそ降らないものの、吐く息の白さは日々大きく見えるようになり道なりの植物には日中でも霜が降りるようになった。
吹き荒ぶ寒風に首を潜めながら人々は道を歩いていた。
「うー……さぶ……」
かくいう俺――斑鳩 豪もその一人である。
借りたDVDの入ったバッグを背負い、途中のコンビニで買った缶コーヒーの温かさを頼りに停めてあるMTBまで向かう。
〈レイディエンド〉で貨物船を無力化した後。
結局俺が放射した魔力は貨物船の魔力炉を直撃、俺やカートリッジ内にあった魔物娘の魔力――あの時は天宮姉妹とメフィルさんのものだったらしいが――で魔力炉内の魔力は吹き飛ばされて天高く昇っていった。
その後が少々騒ぎになり、真っ暗だった空が桃色の魔力光でピンク色に染まり魔力が雲と結合してそのまま雪を降らせたのだがその雪が魅了と催淫の効果を持っていたらしく街では普段より番や伴侶を得る男女が多く発生。
俺達は既に退避を終えておりその恩恵に与る事はなかったのだが、この事態の原因は何かと究明するような動きもあったらしい。
だが、その時は俺のお袋を含め有志でリリム達が名乗りを上げ『原因は自分たちのサプライズである』と公言した。
リリムなら仕方ない。
そんな空気の中追求はお開きになったのだが、その後ろには先生の影があったとかなかったとか。
それと全力の魔力放射による影響もあり、全身に走る地獄の筋肉痛が原因で俺は少しの間入院する事になった。
大事には至らなかったのが幸いだったが、他の入院患者に影響が出ないようにと先生の知り合いの居る病院の個室を宛がわれて様子見となった。家が俺の知らないところで小金持ちだった事が判明した瞬間である。
金銭面の他にも、両親には大分迷惑を掛けた事を後ほど聞かされたので頭が上がらない。
検査の結果俺の体の魔力量は常人と大差ないまでに低くなっていたらしく、病院側としても2日程で収まった常人の筋肉痛患者を無為に入院させる必要はないと判断して目出度く退院した。
ちなみに何処で聞きつけたのか、ボランティアで回っていた時の家族が見舞いに来てくれて地味に涙腺にきたのは内緒だ。
「まぁ、一時的なものらしいんだけどな。早いところ先生には抑制具を作って貰わないと」
先生もソラさんと一緒に見舞いに来てくれたのだが、病院側の検査結果を見た先生は俺の体質の更なる変化について教えてくれた。
まず一つ、薬物による抑制が消えた事で今まで抑えられていた俺の体が急速にその魔力生成量を増やしたらしい。
ただ増やしただけでなく魅了も中級クラスのリリムに匹敵する程に変化したらしく、最早先生でも時間を掛けないと対策が取れない状態との事だった。
二つ、魅了効果の範囲が狭まったらしい。
これは生成量と質が上がったのはより魔力を使うのに適した個体に進化した結果、体側が動かすのに必要な魔力の発散を抑える為に取った防衛反応ではないかというのが先生の言だった。
とはいえ相手を長い間直視すると魅了の魔眼と大差なくなるらしいので再調整した薬を飲むよう指示をされている。
ここまで聞くと生物兵器への道まっしぐらなのだが、先生は抑制具を作れればそれらも収まるだろうと説明を加えてくれた。
俺の変化を促されたのは俺自身の体が薬による抑圧から解放されたのが理由だが、【祝福鎧】〈レイディエンド〉はその状態の俺を自身が稼動する為の魔力循環サイクルに引き込んでいたのが判明した。
俺の全力状態の情報を〈レイディエンド〉が記憶した為、抑制具を作って〈レイディエンド〉と同期し定期的に魔力を〈レイディエンド〉側に送ればより安全に日常生活を送れるだろう、というのが先生の言い分だ。
勿論俺に断るという選択肢は無いので、完成を今か今かと待っている日々である。
「それにしても寒いな。もしかして親父とお袋、ただ外に出たくないだけだったんじゃないか?」
二人とも年末の大掃除をしているのだが、洗剤が足りなくなったり雑巾の枚数が足りなかったりと色々抜けていた。
時間も午後に差し掛かろうという時なので、休憩がてら俺が買出し担当として自転車を漕ぐ事となった。
尚ついでに娯楽もと俺の趣味でレンタルで何か借りてきて欲しいと言われたのでいくつか見繕い終わったところが今である。
ちなみに借りたのはリメイクされる前のSF映画や無難な恋愛作品だ。
リメイク版は魔物娘を新たにキャスティングに加えて魔王印の倫理委員会監修の作品となっている為無駄にエロが投入されている作品が多い。
んなもん投下したら両親が盛って俺が全部掃除しないといけなくなるので、選別には非常に時間を費やした。
ぼんやりとMTBを漕いで家に着くと、見慣れない乗用車が一台停まっていた。
基本的に艶やかな黒なのだが、バンパーやホイール部分がショッキングピンクで彩られておりお世辞にも趣味がいいとは言えない。
……まさか、俺が買出しに行っている間にお袋が新車でも買ったのだろうか。
空恐ろしい事を考えて自宅の玄関を開けると、見慣れない靴が並んでいる。
一つは子供が履けそうなブーツだが、もう一つは成人男性が履くような革靴だ。
親父かお袋の客人だろうか。
玄関から居間の談笑が聞こえる。
どうやら来客中で間違いないようだった。
「ただいまー、いらっしゃー……い?」
「はぁい♥ 豪君久しぶり」
「め、メフィルさん!? 何でここに?」
手をひらひらさせながらメフィルさんが軽い挨拶を交わしてくる。
今日は何処かの軍服のような出で立ちだが、俺が名前を呼ぶとメフィルさんが座ったまま両手を頬に当ててクネクネと揺れだした。
「あらー♪ 名前覚えててくれたんだ、お姉さん嬉しいわー♥。で、も。『さん』は要らないわよ♥」
「豪君ったら知らない間にこんな可愛い彼女が居たのね♪ お母さんもお父さんも安心しちゃった♪」
お袋、何でリオのカーニバルみたいな格好してんだ。
それがアンタの来客時の正しい姿なのか。
「僕としては英才教育が実を結ばなかったのは残念だけど、豪が決めた事だからね。うるさく言うのは野暮だよね」
俺を他所に和やかな空気を作る悪魔二人。
この状況で唯一の味方と思えた父親――ショタ状態で女装中――は、勝手に俺が決めた事にしている。
完全な置いてきぼり状態である俺に誰か説明下さいよ、誰か。
「あー、ちょっと良いかね? メフィル。彼が困惑しているようなので我々がお邪魔している説明をした方が良いのではないかな」
カッチリとしたビジネススーツを着込んだ丸眼鏡の男性がやんわりと自己を主張する。
このコスプレ集団の中だと個性が弱いように思えるが、ここは一般常識が罷り通る筈なので男性は寧ろ空気を呼んでいる筈である。
が、何か物足りなく感じるのは俺もこの空間に毒されているからだろう。
「初めまして。斑鳩 豪君……で良かったかな? 私はSIGの現地協力員をしている真崎 久(まさき ひさし)という者だ。宜しく頼む」
「あ、どもッス」
席を立つところから手を差し伸べるまで極自然な動作なので見逃すところだったが、俺は服で右手を拭き取ると差し出された久さんの右手を掴んで軽い握手をした。
大した力を込めた様子もないのに、真崎さんの握る力は柔らかい印象とは違って力強い。
「聞けば現地のSIG隊員よりも早く事件を白日の下に晒し、解決に導いたとか。若いのに大したものだな、君は」
「いや、偶然ッスよ。偶々掛かりつけの医者が起こした手違いが原因ッスから」
面と向かって褒められるのは正直いくつになっても恥ずかしい。
だが、久さんは満足そうに微笑むと握手を解き持参したらしいケースを取り出しテーブルに置いた。
鍵を開け留め具を外して中を開くと、中には正装の軍服のようなものと帽子、それに勲章が入っていた。
「本来私のような民間協力者が行うべきではないのだろうが、君は表沙汰に出来ない存在らしいし私に縁があると聞いたよ。そこに居るメフィルの薦めもあってこの度私が君にSIG経由で預けられた勲章を贈る事となった。是非受け取ってくれ」
勲章といっても少し大きめのネックレス位のもので、もし知らなければアクセサリーといっても通じるかもしれない。
細かい装飾が施された魔界銀に楯のが縁取られ十字が重なっている。
十字で仕切られた左上には魔物の瞳を象形化した小さな魔法石と蝙蝠の羽・右上に光芒と天使の羽根・右下に剣の紋が有り左下は空欄だ。
「この勲章は別名『サタン・クロス』と言ってね。身に着けているとその場に居る指揮官と同等かそれ以上の権限が与えられる。言ってしまえばSIG隊員である事を示す身分証としての側面もあるんだよ。……しかし、あの時助けた少年がまさか私と同じ道を選ぶとは。人の縁とは実に妙なものだな」
「へ? いや。俺がなりたいのはサンタクロースで…………あれ、まさか」
俺は必死に幼い頃の記憶を掘り起こした。
あの時のサンタが真崎さんだとすると、あの時暴れてた人が着てたのって……?
「あのー……真崎さん。俺を助けてくれた時、どうやって助けてくれたんですか? 俺、記憶があいまいで……」
「あぁ、君は幼かったから記憶が薄かったか。私は〈紅叫(スカーレット・クライ)〉という自発的に攻撃と防御が可能な外套型のマジックアイテムを所有していてね。便利なので常に着ているんだが、それを使ったよ」
赤い……外套……、じゃああの時の誘拐犯の台詞ってまさか――
〜豪 回想中〜
「その赤い外套、その印、貴様……サンタクロースか!」→×
「その赤い外套、その印、貴様……サタンクロスか!」→○
〜豪 回想終了〜
「紛らわしいわ!」
思わず発した大声にその場の全員が驚きの表情を浮かべるが構わない。
俺の目指した将来って全然別の職種じゃねぇか!
サンタさん関係ないよ! 子供の夢守ってるけど物理的に守ってない方で合ってるよ!
何かおかしいと思ってたけど純真な子供心のまま信じちゃってたよ!!
「豪君、昔から助けてくれた人の事自慢げに話してたから……てっきりSIGに入りたいのかと思ってたわ」
「子供の拙い言い間違いだと思って気にしてなかったからね」
「拙い言い間違いだと気付いてるならその時点で直せよ! 勘違い甚だしいじゃん俺!」
俺の両親、ボケ担当でツッコミ不在か!
どっちかツッコミ役だったら俺の将来こんな曲がり道になってない。
見ろ、そこの二人なんて『あぁそっち系かー』みたいな表情作りながら生温かい視線送ってんぞ!
「(エ△エ) だがサンタクロースのボランティアも篩(ふるい)の一つでな。あながち間違いでもないぞ」
「本来の意図と違った時点で不正解だろ――って先生!? どっから入った!?」
「(エ△エ) 普通にドアからだ。訪問が面倒だったから研究所のドアと空間を繋げたが」
《(=゚ω゚)ノ 豪君コンチャ》
いけしゃあしゃあとふんぞり返って茶を啜りながら答える先生と、先生の隣で軽く手を上げながら挨拶をしてくるソラさん。
「先生まで……というかボランティアが篩の一つってどういう事だ?」
「(エ△エ) む、茶が温いな。ソラ、全員分淹れ直してくれ」
《(b’A’)b 了解です。所長》
「聞けよ!?」
自宅のように寛ぎ始める先生と、それを日常風景のように受け入れる両親。
知った顔だけどアンタ等それでいいの?一応他人よこの人。
ほら、あんまりな出来事にメフィルさんと真崎さんだって――
「あぁすみません。私のは温めで頼めますか。妻の影響か熱いのは苦手でして」
「私は熱くて濃い目のが欲しいわ……好きなのよ、熱くて濃いのが」
馴染んでらっしゃるーーーー!!??
というかメフィルさん、頼むならソラさんの方見て! 俺お茶汲みしないッス!
ソラさんが消えると先生は話し始めた。
「(エ△エ) で、篩の話だが。要は在野に有能な人員が居ればスカウトしたいという事だ。君が体験したのはほんの一部だがSIGはそれなりに激務でね。気力体力魔力精力――頭一つ抜きん出ている人材の確保はしておきたいんだよ」
つまりこういう事か。
普通の魔物娘と番うならそれで良し。
番えない上に使えそうなら引っこ抜いてしまえと。
……何とも長期的な視点と活動だなオイ。
「(エ△エ) その位長い目で丁度良いのさ。我々は人間と戦いたい訳ではないからな。それに君のように在野に置いて居たら心配な者も少なからず居るからね。迅速に対応する為に抱え込むというのも理に適った行動なのだよ」
「ちなみに……俺がSIGに参加する事を断ったら?」
どうせ何もないのだろうが。
一応聞いておいて損はないだろう。後で『聞かれてない』っていちゃもん付けられても困るし。
「その時は賠償請求する事になるわね。埠頭の再建と吹き飛ばした倉庫と持ち主への慰謝料総額でこれくらい」
メフィルさんが寂しい胸元から一枚の書類を取り出すとこちらに向けてきた。
いち、じゅう、ひゃく……わぁ、ゼロがいっぱいー。
「って阿呆かこの額、一介の学生が払えるわけねぇだろ!?」
俺の貰ったバイト代より桁二つ多いわ!
何これボッてんの!? 水一杯で1万とかそんなレベルなの!?
「(エ△エ) いやぁ無人だと思ってたら個人名義で輸送業やってる人の倉庫も混じってたようでね。メンゴメンゴ」
「そう思うならアンタが払ってよ、何でもするから!」
「(エ△エ) ん? 今何でもって言ったかね?」
迂闊……圧倒的迂闊……!
先生が俺に興味を持っていないとしてもこの人にだけは言うべきではなかった。
ついいつものノリで突っ込んだが時既に遅し。
「(エ△エ) いやぁ、〈レイディエンド〉を経由できる抑制具の製作も進んでいるし、例の洗脳術式も解除出来たからね。君がSIGに入隊した時の為に〈レイディエンド〉を短時間で装着出来るような機能を盛り込もうと思っているんだ。ちなみに交換可能な小型魔力カートリッジ、スキャナーを使う方と小型魔法陣を刻んだ板を読み込ませる方とどっちが良いかね?」
「腰ベルト前提!?」
まずい。
この研究バカの欲望に付き合っていたら色んな方面からのバッシングで俺の人生という旅が終わってしまう。
先生に頼るのだけは絶対に止めた方がいい。
「そうだ。親父、お袋――」
この際、どんなに情けなくても両親に頼る方が一番無難だ。
ゴメン、ちゃんと返すから今だけ――
「今ご入隊頂きますと、ご本人様だけでなくご家族様にももれなく魔界豚のハム詰め合わせと洗剤セット、それと福利厚生の一部減額が――」
「あ、ハムおいしそうだね。魅蘭」
「本当ね、翔ちゃん。洗剤も足りなくなってたから助かるわー」
この家族、ノリノリである。
というか俺の価値洗剤セット以下ッスかそうですか。
目の前の視界が歪むが、真崎さんが何とも言えない表情を浮かべていたのは分かった。
ええー……前門に変態技術者、後門に姉御系ロリ悪魔って何この選択肢。
どっちを選んでも俺の平凡な人生が無くなりそうなんですが。
そんな事を考えていると、玄関の呼び鈴が響く。
――――逃げ道、降臨。
「俺が出る!」
両親や来客に応対させる訳にいかないしな!
俺に心当たりはないし、きっと両親だろそうに決まっている。
普段はまず訪問者の顔をモニター越しで確認するんだが、そんな悠長な事はしていられない。
幸いバッグは居間に近い廊下側に置いているからそれを引っ掴んでドアを引く。
余談になるが、家の玄関はこの国では珍しい引き戸だ。
「はい、はーい。今開けますよー」
全力の作り笑顔で応対するべく玄関を開けると――――
「……よぉ、ガキ。いつぞやは世話になったなぁ」
…………どなた?
しかも口ぶりからすると俺の知り合いみたいなんですが。
この寒いのにホットパンツとTシャツとジャケットだけで、手足は真っ黒な獣毛に覆われて爪が伸びている。
大きく膨らんだ胸元とそれに引っ張られて伸びるTシャツがくびれた腰と臍を如何なく外気に晒していた。
真っ黒いのは獣毛だけではなく顔も、本来白目になっている部分ですら黒い。
暗闇から獣が型作られたらこのような姿になるのだろうか。
目の前のケモミミお姉さんは訝しげに眉を顰め、その下にある灼熱色の瞳を燃え上がらせた。
「……お前、あの時のガキだよな? 別人じゃないよな? 匂いが一緒だもんな」
「豪君、どうしたのー……あら、貴女」
あまりに対応が長かったからか、後ろからお袋達が現れてきた。
俺の後ろに居るお袋の姿を確認すると、目の前のケモミミお姉さんは露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「アンタも居たのか……て事はこのガキ、アンタのガキか?」
「そうよー♪ 自慢の息子だわ♪」
「フフーン♪」
誇らしげに胸を張るお袋と親父。
というか親父、いい加減女装止めろ。
結果的に退路が更になくなった状況だが、二人が知り合いなら俺はお役御免って事で。
「おぉ、豪殿。お加減宜しいですかな」
そう考えた先で、聞き覚えのある声がした。
「マイティス、久しぶりだなー。元気だったか?」
「お陰様で妹とも再会出来ました。豪殿の御母上とアマル殿、メフィル殿には頭が上がりませぬ」
マイティスとは先生の研究所で別れてから会っていなかった。
俺が入院していた事もあるのだが、マイティス側は言ってしまえば犯罪者だ。
司法によって裁かれ、その刑が決まるまで接触出来なかったのである。
ちなみに今のマイティスは枯葉色のハイネックにグレーのスラックスを履き、茶色の革靴を履いている。 アイボリーのPコートに赤と白の縞模様のマフラーを巻いて暖を取っていた。
飾り気のない格好だが、マイティスが着ると上品な誂えに見えるから不思議だ。
「つか、マイティス。その人誰だ? 俺の知ってる人か」
「おぉ、これは失礼。紹介がまだでありましたな」
ケモミミお姉さんの肩を掴むとそのまま己に抱き寄せる形でマイティスは口を開く。
「この度ご迷惑をお掛けしましたお詫びとお世話になり申したお礼を兼ねて紹介致します。妻のパーシスです」
「は?」
目が点になる。
コレが? あの、パーシス?
いや確かに振り返ると似たような言葉遣いだったけど、あのパーシス!?
「一体なんでそんな姿に……」
「……半分以上はテメェのせいだがな。貨物船ぶった斬る時にお前かあのリッチかどっちか知らねぇが魔力制御をしくじりやがったろう。その余波が俺に直撃してこのザマだ」
「自分とパーシスは分けて捕縛されましたからな。自分が呼び出された時、既にパーシスはあの姿でした」
「ちなみに変えたのは私でーす。もう、魔力侵食が末期になって苦しそうだったから見てられなくってー」
「……SIGでも刑が決まる前に魔物娘化されるとは思ってなかったわ。そのお陰で有力な情報をいくつも引き出せたんだけどね」
我が親ながら何て無茶苦茶。
だがパーシスがお袋を苦手に見る理由がまだ分からない。
魔物娘化されたんなら、抱くならどっちかというと恨みじゃないのか?
その疑問も速攻で氷解する事となったが。
「んふふー♪ あの時のパーシィーちゃん可愛かったわー。切なげな声で『マイティスぅ……マイティスぅ……』って。嫌いな筈なのに何で呼んじゃったのかしらねー?」
「ばっ……! い、言ってねーよっ! 何適当な事言ってんだぶん殴るぞコラ!!」
「きゃー♪ 怖ーい。狼さんに食べられちゃうー♪」
「ヘルハウンドだ! 変えた奴が忘れんな!」
俺を押しのけてお袋に掴み掛かろうとするパーシスと、それを器用に避け続けるお袋。
二人が家の奥に移動した時点で、俺はマイティスに振り返った。
「マイティス、お前アイツで本当に良かったのか? 言っちゃなんだがアイツはお前を殺しかけたんだぞ?」
「存じておりますよ。だからこそなのです。豪殿は魔物娘が番や子供をどう思うか――ご存知ですかな?」
「そりゃ――」
子供は命に代えても守ろうとするし、伴侶は裏切る事無く全身全霊で愛するのが魔物娘だ。
人間の命は何にも代えて尊重するし、正直過去の言動はどうあれパーシスもそうなるだろう。
「パーシスは罪を重ねすぎました。命を奪い子供を奪い信頼を裏切って生きてきました。だが今まで表に出る事のなかった『何かを愛する』という部分が備わったのです。当然、過去の己の所業を思い出し煩悶する事でしょう……。自分もかつての彼女は疎ましく思っておりましたが、今の彼女を見ると放っておけぬのです」
「司法でも彼女の魔物娘化はするべきだという意見が出ていたのよ。子を取られた親の気持ちを思い知らせる意味でも、その方が刑罰として相応しい、とね」
「あ――――」
自己嫌悪はやり場のない怒りだ。
己にぶつけようとも命を粗末に扱う事は難しく、かといって耐えるはもっと難しい。
パーシスは己の許されるかどうかさえ怪しい罪の重みに、これからずっと耐えなくてはいけない。
「彼女が本当の意味で自分自身を許せるようになるその日まで、自分は彼女を支え続けようと思うのです。これも、惚れた弱みというものですかな」
微笑むマイティスの顔に恨みや憎しみはもう伺えない。
彼もまた、自分自身の罪と向き合っていくのだろう。
その重みに潰れそうになるからこそ、同じ境遇の者を放ってはおけなかったのだと思う。
「……アンタさ、良い男だな」
「滅相もない。自分には豪殿程の甲斐性はないもので――さぁ、皆様方。出番ですぞ」
「甲斐性? つか、まだ誰か居るのか?」
もう豪君のお腹一杯なんで勘弁して欲しいんですが。
というかさっきの話が有耶無耶になってるようなので退避したい。
行き先は邪魔を覚悟で末理(まつり)の家か、、もしくは俊哉あたりを拝み倒すか。
既に先の事まで決めていたのだが、マイティスが避けた後ろに見覚えのある小さな人影が見えた。
「豪様、お久しぶりです♪」
「でーす♪」
「あー、確か愛生ちゃんと愛弓ちゃんだったね。久しぶり」
マイティスの件で関わった二人だが、最近とんと見なかったので無事諦めて貰えていたと思ったのだが。
正直嫌な予感がする。
それに加え――――
「ちなみに、その後ろに居る着膨れダルマさんはお友達?」
手足があるので着ぐるみのように見えるが、ニット帽を深く被りマフラーで首元埋めて大きめのダウンジャケットの下に更に暖かそうなものを詰めていそうな完全防寒少女がそこに居た。
何故少女と分かるかというと、後ろで束ねられている垂れた長髪とスカートを履いているところからだ。
「友人ではない、ライバルだ」
「その声……もしかして美奈ちゃん?」
「うむ」
本人は鷹揚に頷いたつもりかもしれないが、正直微妙な上下動しか分からなかった。
というより前は見えているのだろうか。
「美奈ちゃん、さっきみんな仲良くって言ったじゃない。わすれちゃった?」
多少舌足らずな口調で美奈ちゃんの後ろから覗き込むように現れる。
何だろう。さっきから最近知った顔と異様に出くわすな。
「皆久しぶりだな。どした? 何か用か?」
「そうね。それは私も聞きたいわ」
後ろから軍服の制帽を指先でクルクルと回しながらメフィルさんが声を掛けてくる。
正直後ろを振り返った事を後悔した。
身長低い筈なのに威圧感半端ねぇ。俺が何をした。
「また会ったわね小鳥ちゃん。わざわざ私と彼の門出を祝いに来てくれたのかしら。悪いわね」
「居たのですか、偽装ロリさん。私達は忙しいのです。立って目を開けたまま寝言を言わないで下さい」
「今更だけど愛生ちゃんって嫌いな奴には結構毒舌だよな。メフィルさん、愛生ちゃんに何かした?」
「知らないわ。あの子が勝手に絡んでくるのよ」
威圧感の対象が愛弓ちゃんに移ったので、俺は幾分楽になった隙にメフィルさんに質問したのだが帰返ってきたのは素っ気無い一言だった。
「兎も角、邪魔をしないで下さい。私達は忙しいので。……さ、豪様。急いでくださいまし」
「急ぐって?」
「女の口から言わせるんですの……? 相変わらず豪様はいけずですね、勿論私達の愛の巣ですわ」
「…………私『達』?」
たっぷり数十秒間を置いて、出てきたのはそんな一言だった。
ごめん、本当に俺も何が何だか分からない。
「えぇ。ここに居る全員、とある方から豪様のご自宅がどこにあるか教えていただいた者ばかり。聞けば豪様をお慕いする者同士ではありませんか。でしたら誰か一人が選ばれるより全員で愛していただいた方が良いかと思いまして。お父様にお願いして一棟邸宅を用意させていただきました」
嫌な予感的中。
ここまで押しが強い子だとは……薄々感じてはいたけどこの子ちょっと無茶しすぎでしょ。
それ以前に誰だよ、俺の家の住所教えた奴!
「(エ△エ) ●REC」
「お前かコノヤロウォォォォオオオウ!」
俺の魂の咆哮に対し、嬉々としてビデオカメラを片手に保持する先生。
俺には分かる! アイツが悪だ!
行くも退くも出来ない状況で、俺の意思に反して視界が大きく動く。
俺の胸倉を掴んでメフィルさんが全力疾走したせいだと気付いたのは少し後だった。
「逃げるわよ」
言うが早いか魔法陣を展開すると、メフィルさんは俺をその中にぶん投げる。
――――っておい、これ何処に繋がってるんだよ!
「お前も敵か、メフィルゥゥゥゥッ!!」
「あら、やっと呼び捨て? 意外にシャイなのね」
「俺どこ行くのー!?」
「近くて遠いところよ。具体的には万魔殿」
俺の後に続いて入ってきたのか、メフィルが少し遠い位置から俺の叫びに律儀に答えてくる。
「お、追うのです! 豪様が拉致されました! 総員、出合え!」
「「「了解!」」」
「(エ△エ) 近くで撮らなきゃ意味がないじゃないか……仕方ない、ソラ。僕等も豪を救出に行こう」
《(*`・ω・)ゞ 了解!》
尚、俺が救出されたのは俺の体感で数分後。
現実世界では本当に年が変わるギリギリくらいだった。
年の瀬が迫る度に寒さは厳しさを増して行く。
雪こそ降らないものの、吐く息の白さは日々大きく見えるようになり道なりの植物には日中でも霜が降りるようになった。
吹き荒ぶ寒風に首を潜めながら人々は道を歩いていた。
「うー……さぶ……」
かくいう俺――斑鳩 豪もその一人である。
借りたDVDの入ったバッグを背負い、途中のコンビニで買った缶コーヒーの温かさを頼りに停めてあるMTBまで向かう。
〈レイディエンド〉で貨物船を無力化した後。
結局俺が放射した魔力は貨物船の魔力炉を直撃、俺やカートリッジ内にあった魔物娘の魔力――あの時は天宮姉妹とメフィルさんのものだったらしいが――で魔力炉内の魔力は吹き飛ばされて天高く昇っていった。
その後が少々騒ぎになり、真っ暗だった空が桃色の魔力光でピンク色に染まり魔力が雲と結合してそのまま雪を降らせたのだがその雪が魅了と催淫の効果を持っていたらしく街では普段より番や伴侶を得る男女が多く発生。
俺達は既に退避を終えておりその恩恵に与る事はなかったのだが、この事態の原因は何かと究明するような動きもあったらしい。
だが、その時は俺のお袋を含め有志でリリム達が名乗りを上げ『原因は自分たちのサプライズである』と公言した。
リリムなら仕方ない。
そんな空気の中追求はお開きになったのだが、その後ろには先生の影があったとかなかったとか。
それと全力の魔力放射による影響もあり、全身に走る地獄の筋肉痛が原因で俺は少しの間入院する事になった。
大事には至らなかったのが幸いだったが、他の入院患者に影響が出ないようにと先生の知り合いの居る病院の個室を宛がわれて様子見となった。家が俺の知らないところで小金持ちだった事が判明した瞬間である。
金銭面の他にも、両親には大分迷惑を掛けた事を後ほど聞かされたので頭が上がらない。
検査の結果俺の体の魔力量は常人と大差ないまでに低くなっていたらしく、病院側としても2日程で収まった常人の筋肉痛患者を無為に入院させる必要はないと判断して目出度く退院した。
ちなみに何処で聞きつけたのか、ボランティアで回っていた時の家族が見舞いに来てくれて地味に涙腺にきたのは内緒だ。
「まぁ、一時的なものらしいんだけどな。早いところ先生には抑制具を作って貰わないと」
先生もソラさんと一緒に見舞いに来てくれたのだが、病院側の検査結果を見た先生は俺の体質の更なる変化について教えてくれた。
まず一つ、薬物による抑制が消えた事で今まで抑えられていた俺の体が急速にその魔力生成量を増やしたらしい。
ただ増やしただけでなく魅了も中級クラスのリリムに匹敵する程に変化したらしく、最早先生でも時間を掛けないと対策が取れない状態との事だった。
二つ、魅了効果の範囲が狭まったらしい。
これは生成量と質が上がったのはより魔力を使うのに適した個体に進化した結果、体側が動かすのに必要な魔力の発散を抑える為に取った防衛反応ではないかというのが先生の言だった。
とはいえ相手を長い間直視すると魅了の魔眼と大差なくなるらしいので再調整した薬を飲むよう指示をされている。
ここまで聞くと生物兵器への道まっしぐらなのだが、先生は抑制具を作れればそれらも収まるだろうと説明を加えてくれた。
俺の変化を促されたのは俺自身の体が薬による抑圧から解放されたのが理由だが、【祝福鎧】〈レイディエンド〉はその状態の俺を自身が稼動する為の魔力循環サイクルに引き込んでいたのが判明した。
俺の全力状態の情報を〈レイディエンド〉が記憶した為、抑制具を作って〈レイディエンド〉と同期し定期的に魔力を〈レイディエンド〉側に送ればより安全に日常生活を送れるだろう、というのが先生の言い分だ。
勿論俺に断るという選択肢は無いので、完成を今か今かと待っている日々である。
「それにしても寒いな。もしかして親父とお袋、ただ外に出たくないだけだったんじゃないか?」
二人とも年末の大掃除をしているのだが、洗剤が足りなくなったり雑巾の枚数が足りなかったりと色々抜けていた。
時間も午後に差し掛かろうという時なので、休憩がてら俺が買出し担当として自転車を漕ぐ事となった。
尚ついでに娯楽もと俺の趣味でレンタルで何か借りてきて欲しいと言われたのでいくつか見繕い終わったところが今である。
ちなみに借りたのはリメイクされる前のSF映画や無難な恋愛作品だ。
リメイク版は魔物娘を新たにキャスティングに加えて魔王印の倫理委員会監修の作品となっている為無駄にエロが投入されている作品が多い。
んなもん投下したら両親が盛って俺が全部掃除しないといけなくなるので、選別には非常に時間を費やした。
ぼんやりとMTBを漕いで家に着くと、見慣れない乗用車が一台停まっていた。
基本的に艶やかな黒なのだが、バンパーやホイール部分がショッキングピンクで彩られておりお世辞にも趣味がいいとは言えない。
……まさか、俺が買出しに行っている間にお袋が新車でも買ったのだろうか。
空恐ろしい事を考えて自宅の玄関を開けると、見慣れない靴が並んでいる。
一つは子供が履けそうなブーツだが、もう一つは成人男性が履くような革靴だ。
親父かお袋の客人だろうか。
玄関から居間の談笑が聞こえる。
どうやら来客中で間違いないようだった。
「ただいまー、いらっしゃー……い?」
「はぁい♥ 豪君久しぶり」
「め、メフィルさん!? 何でここに?」
手をひらひらさせながらメフィルさんが軽い挨拶を交わしてくる。
今日は何処かの軍服のような出で立ちだが、俺が名前を呼ぶとメフィルさんが座ったまま両手を頬に当ててクネクネと揺れだした。
「あらー♪ 名前覚えててくれたんだ、お姉さん嬉しいわー♥。で、も。『さん』は要らないわよ♥」
「豪君ったら知らない間にこんな可愛い彼女が居たのね♪ お母さんもお父さんも安心しちゃった♪」
お袋、何でリオのカーニバルみたいな格好してんだ。
それがアンタの来客時の正しい姿なのか。
「僕としては英才教育が実を結ばなかったのは残念だけど、豪が決めた事だからね。うるさく言うのは野暮だよね」
俺を他所に和やかな空気を作る悪魔二人。
この状況で唯一の味方と思えた父親――ショタ状態で女装中――は、勝手に俺が決めた事にしている。
完全な置いてきぼり状態である俺に誰か説明下さいよ、誰か。
「あー、ちょっと良いかね? メフィル。彼が困惑しているようなので我々がお邪魔している説明をした方が良いのではないかな」
カッチリとしたビジネススーツを着込んだ丸眼鏡の男性がやんわりと自己を主張する。
このコスプレ集団の中だと個性が弱いように思えるが、ここは一般常識が罷り通る筈なので男性は寧ろ空気を呼んでいる筈である。
が、何か物足りなく感じるのは俺もこの空間に毒されているからだろう。
「初めまして。斑鳩 豪君……で良かったかな? 私はSIGの現地協力員をしている真崎 久(まさき ひさし)という者だ。宜しく頼む」
「あ、どもッス」
席を立つところから手を差し伸べるまで極自然な動作なので見逃すところだったが、俺は服で右手を拭き取ると差し出された久さんの右手を掴んで軽い握手をした。
大した力を込めた様子もないのに、真崎さんの握る力は柔らかい印象とは違って力強い。
「聞けば現地のSIG隊員よりも早く事件を白日の下に晒し、解決に導いたとか。若いのに大したものだな、君は」
「いや、偶然ッスよ。偶々掛かりつけの医者が起こした手違いが原因ッスから」
面と向かって褒められるのは正直いくつになっても恥ずかしい。
だが、久さんは満足そうに微笑むと握手を解き持参したらしいケースを取り出しテーブルに置いた。
鍵を開け留め具を外して中を開くと、中には正装の軍服のようなものと帽子、それに勲章が入っていた。
「本来私のような民間協力者が行うべきではないのだろうが、君は表沙汰に出来ない存在らしいし私に縁があると聞いたよ。そこに居るメフィルの薦めもあってこの度私が君にSIG経由で預けられた勲章を贈る事となった。是非受け取ってくれ」
勲章といっても少し大きめのネックレス位のもので、もし知らなければアクセサリーといっても通じるかもしれない。
細かい装飾が施された魔界銀に楯のが縁取られ十字が重なっている。
十字で仕切られた左上には魔物の瞳を象形化した小さな魔法石と蝙蝠の羽・右上に光芒と天使の羽根・右下に剣の紋が有り左下は空欄だ。
「この勲章は別名『サタン・クロス』と言ってね。身に着けているとその場に居る指揮官と同等かそれ以上の権限が与えられる。言ってしまえばSIG隊員である事を示す身分証としての側面もあるんだよ。……しかし、あの時助けた少年がまさか私と同じ道を選ぶとは。人の縁とは実に妙なものだな」
「へ? いや。俺がなりたいのはサンタクロースで…………あれ、まさか」
俺は必死に幼い頃の記憶を掘り起こした。
あの時のサンタが真崎さんだとすると、あの時暴れてた人が着てたのって……?
「あのー……真崎さん。俺を助けてくれた時、どうやって助けてくれたんですか? 俺、記憶があいまいで……」
「あぁ、君は幼かったから記憶が薄かったか。私は〈紅叫(スカーレット・クライ)〉という自発的に攻撃と防御が可能な外套型のマジックアイテムを所有していてね。便利なので常に着ているんだが、それを使ったよ」
赤い……外套……、じゃああの時の誘拐犯の台詞ってまさか――
〜豪 回想中〜
「その赤い外套、その印、貴様……サンタクロースか!」→×
「その赤い外套、その印、貴様……サタンクロスか!」→○
〜豪 回想終了〜
「紛らわしいわ!」
思わず発した大声にその場の全員が驚きの表情を浮かべるが構わない。
俺の目指した将来って全然別の職種じゃねぇか!
サンタさん関係ないよ! 子供の夢守ってるけど物理的に守ってない方で合ってるよ!
何かおかしいと思ってたけど純真な子供心のまま信じちゃってたよ!!
「豪君、昔から助けてくれた人の事自慢げに話してたから……てっきりSIGに入りたいのかと思ってたわ」
「子供の拙い言い間違いだと思って気にしてなかったからね」
「拙い言い間違いだと気付いてるならその時点で直せよ! 勘違い甚だしいじゃん俺!」
俺の両親、ボケ担当でツッコミ不在か!
どっちかツッコミ役だったら俺の将来こんな曲がり道になってない。
見ろ、そこの二人なんて『あぁそっち系かー』みたいな表情作りながら生温かい視線送ってんぞ!
「(エ△エ) だがサンタクロースのボランティアも篩(ふるい)の一つでな。あながち間違いでもないぞ」
「本来の意図と違った時点で不正解だろ――って先生!? どっから入った!?」
「(エ△エ) 普通にドアからだ。訪問が面倒だったから研究所のドアと空間を繋げたが」
《(=゚ω゚)ノ 豪君コンチャ》
いけしゃあしゃあとふんぞり返って茶を啜りながら答える先生と、先生の隣で軽く手を上げながら挨拶をしてくるソラさん。
「先生まで……というかボランティアが篩の一つってどういう事だ?」
「(エ△エ) む、茶が温いな。ソラ、全員分淹れ直してくれ」
《(b’A’)b 了解です。所長》
「聞けよ!?」
自宅のように寛ぎ始める先生と、それを日常風景のように受け入れる両親。
知った顔だけどアンタ等それでいいの?一応他人よこの人。
ほら、あんまりな出来事にメフィルさんと真崎さんだって――
「あぁすみません。私のは温めで頼めますか。妻の影響か熱いのは苦手でして」
「私は熱くて濃い目のが欲しいわ……好きなのよ、熱くて濃いのが」
馴染んでらっしゃるーーーー!!??
というかメフィルさん、頼むならソラさんの方見て! 俺お茶汲みしないッス!
ソラさんが消えると先生は話し始めた。
「(エ△エ) で、篩の話だが。要は在野に有能な人員が居ればスカウトしたいという事だ。君が体験したのはほんの一部だがSIGはそれなりに激務でね。気力体力魔力精力――頭一つ抜きん出ている人材の確保はしておきたいんだよ」
つまりこういう事か。
普通の魔物娘と番うならそれで良し。
番えない上に使えそうなら引っこ抜いてしまえと。
……何とも長期的な視点と活動だなオイ。
「(エ△エ) その位長い目で丁度良いのさ。我々は人間と戦いたい訳ではないからな。それに君のように在野に置いて居たら心配な者も少なからず居るからね。迅速に対応する為に抱え込むというのも理に適った行動なのだよ」
「ちなみに……俺がSIGに参加する事を断ったら?」
どうせ何もないのだろうが。
一応聞いておいて損はないだろう。後で『聞かれてない』っていちゃもん付けられても困るし。
「その時は賠償請求する事になるわね。埠頭の再建と吹き飛ばした倉庫と持ち主への慰謝料総額でこれくらい」
メフィルさんが
いち、じゅう、ひゃく……わぁ、ゼロがいっぱいー。
「って阿呆かこの額、一介の学生が払えるわけねぇだろ!?」
俺の貰ったバイト代より桁二つ多いわ!
何これボッてんの!? 水一杯で1万とかそんなレベルなの!?
「(エ△エ) いやぁ無人だと思ってたら個人名義で輸送業やってる人の倉庫も混じってたようでね。メンゴメンゴ」
「そう思うならアンタが払ってよ、何でもするから!」
「(エ△エ) ん? 今何でもって言ったかね?」
迂闊……圧倒的迂闊……!
先生が俺に興味を持っていないとしてもこの人にだけは言うべきではなかった。
ついいつものノリで突っ込んだが時既に遅し。
「(エ△エ) いやぁ、〈レイディエンド〉を経由できる抑制具の製作も進んでいるし、例の洗脳術式も解除出来たからね。君がSIGに入隊した時の為に〈レイディエンド〉を短時間で装着出来るような機能を盛り込もうと思っているんだ。ちなみに交換可能な小型魔力カートリッジ、スキャナーを使う方と小型魔法陣を刻んだ板を読み込ませる方とどっちが良いかね?」
「腰ベルト前提!?」
まずい。
この研究バカの欲望に付き合っていたら色んな方面からのバッシングで俺の人生という旅が終わってしまう。
先生に頼るのだけは絶対に止めた方がいい。
「そうだ。親父、お袋――」
この際、どんなに情けなくても両親に頼る方が一番無難だ。
ゴメン、ちゃんと返すから今だけ――
「今ご入隊頂きますと、ご本人様だけでなくご家族様にももれなく魔界豚のハム詰め合わせと洗剤セット、それと福利厚生の一部減額が――」
「あ、ハムおいしそうだね。魅蘭」
「本当ね、翔ちゃん。洗剤も足りなくなってたから助かるわー」
この家族、ノリノリである。
というか俺の価値洗剤セット以下ッスかそうですか。
目の前の視界が歪むが、真崎さんが何とも言えない表情を浮かべていたのは分かった。
ええー……前門に変態技術者、後門に姉御系ロリ悪魔って何この選択肢。
どっちを選んでも俺の平凡な人生が無くなりそうなんですが。
そんな事を考えていると、玄関の呼び鈴が響く。
――――逃げ道、降臨。
「俺が出る!」
両親や来客に応対させる訳にいかないしな!
俺に心当たりはないし、きっと両親だろそうに決まっている。
普段はまず訪問者の顔をモニター越しで確認するんだが、そんな悠長な事はしていられない。
幸いバッグは居間に近い廊下側に置いているからそれを引っ掴んでドアを引く。
余談になるが、家の玄関はこの国では珍しい引き戸だ。
「はい、はーい。今開けますよー」
全力の作り笑顔で応対するべく玄関を開けると――――
「……よぉ、ガキ。いつぞやは世話になったなぁ」
…………どなた?
しかも口ぶりからすると俺の知り合いみたいなんですが。
この寒いのにホットパンツとTシャツとジャケットだけで、手足は真っ黒な獣毛に覆われて爪が伸びている。
大きく膨らんだ胸元とそれに引っ張られて伸びるTシャツがくびれた腰と臍を如何なく外気に晒していた。
真っ黒いのは獣毛だけではなく顔も、本来白目になっている部分ですら黒い。
暗闇から獣が型作られたらこのような姿になるのだろうか。
目の前のケモミミお姉さんは訝しげに眉を顰め、その下にある灼熱色の瞳を燃え上がらせた。
「……お前、あの時のガキだよな? 別人じゃないよな? 匂いが一緒だもんな」
「豪君、どうしたのー……あら、貴女」
あまりに対応が長かったからか、後ろからお袋達が現れてきた。
俺の後ろに居るお袋の姿を確認すると、目の前のケモミミお姉さんは露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「アンタも居たのか……て事はこのガキ、アンタのガキか?」
「そうよー♪ 自慢の息子だわ♪」
「フフーン♪」
誇らしげに胸を張るお袋と親父。
というか親父、いい加減女装止めろ。
結果的に退路が更になくなった状況だが、二人が知り合いなら俺はお役御免って事で。
「おぉ、豪殿。お加減宜しいですかな」
そう考えた先で、聞き覚えのある声がした。
「マイティス、久しぶりだなー。元気だったか?」
「お陰様で妹とも再会出来ました。豪殿の御母上とアマル殿、メフィル殿には頭が上がりませぬ」
マイティスとは先生の研究所で別れてから会っていなかった。
俺が入院していた事もあるのだが、マイティス側は言ってしまえば犯罪者だ。
司法によって裁かれ、その刑が決まるまで接触出来なかったのである。
ちなみに今のマイティスは枯葉色のハイネックにグレーのスラックスを履き、茶色の革靴を履いている。 アイボリーのPコートに赤と白の縞模様のマフラーを巻いて暖を取っていた。
飾り気のない格好だが、マイティスが着ると上品な誂えに見えるから不思議だ。
「つか、マイティス。その人誰だ? 俺の知ってる人か」
「おぉ、これは失礼。紹介がまだでありましたな」
ケモミミお姉さんの肩を掴むとそのまま己に抱き寄せる形でマイティスは口を開く。
「この度ご迷惑をお掛けしましたお詫びとお世話になり申したお礼を兼ねて紹介致します。妻のパーシスです」
「は?」
目が点になる。
コレが? あの、パーシス?
いや確かに振り返ると似たような言葉遣いだったけど、あのパーシス!?
「一体なんでそんな姿に……」
「……半分以上はテメェのせいだがな。貨物船ぶった斬る時にお前かあのリッチかどっちか知らねぇが魔力制御をしくじりやがったろう。その余波が俺に直撃してこのザマだ」
「自分とパーシスは分けて捕縛されましたからな。自分が呼び出された時、既にパーシスはあの姿でした」
「ちなみに変えたのは私でーす。もう、魔力侵食が末期になって苦しそうだったから見てられなくってー」
「……SIGでも刑が決まる前に魔物娘化されるとは思ってなかったわ。そのお陰で有力な情報をいくつも引き出せたんだけどね」
我が親ながら何て無茶苦茶。
だがパーシスがお袋を苦手に見る理由がまだ分からない。
魔物娘化されたんなら、抱くならどっちかというと恨みじゃないのか?
その疑問も速攻で氷解する事となったが。
「んふふー♪ あの時のパーシィーちゃん可愛かったわー。切なげな声で『マイティスぅ……マイティスぅ……』って。嫌いな筈なのに何で呼んじゃったのかしらねー?」
「ばっ……! い、言ってねーよっ! 何適当な事言ってんだぶん殴るぞコラ!!」
「きゃー♪ 怖ーい。狼さんに食べられちゃうー♪」
「ヘルハウンドだ! 変えた奴が忘れんな!」
俺を押しのけてお袋に掴み掛かろうとするパーシスと、それを器用に避け続けるお袋。
二人が家の奥に移動した時点で、俺はマイティスに振り返った。
「マイティス、お前アイツで本当に良かったのか? 言っちゃなんだがアイツはお前を殺しかけたんだぞ?」
「存じておりますよ。だからこそなのです。豪殿は魔物娘が番や子供をどう思うか――ご存知ですかな?」
「そりゃ――」
子供は命に代えても守ろうとするし、伴侶は裏切る事無く全身全霊で愛するのが魔物娘だ。
人間の命は何にも代えて尊重するし、正直過去の言動はどうあれパーシスもそうなるだろう。
「パーシスは罪を重ねすぎました。命を奪い子供を奪い信頼を裏切って生きてきました。だが今まで表に出る事のなかった『何かを愛する』という部分が備わったのです。当然、過去の己の所業を思い出し煩悶する事でしょう……。自分もかつての彼女は疎ましく思っておりましたが、今の彼女を見ると放っておけぬのです」
「司法でも彼女の魔物娘化はするべきだという意見が出ていたのよ。子を取られた親の気持ちを思い知らせる意味でも、その方が刑罰として相応しい、とね」
「あ――――」
自己嫌悪はやり場のない怒りだ。
己にぶつけようとも命を粗末に扱う事は難しく、かといって耐えるはもっと難しい。
パーシスは己の許されるかどうかさえ怪しい罪の重みに、これからずっと耐えなくてはいけない。
「彼女が本当の意味で自分自身を許せるようになるその日まで、自分は彼女を支え続けようと思うのです。これも、惚れた弱みというものですかな」
微笑むマイティスの顔に恨みや憎しみはもう伺えない。
彼もまた、自分自身の罪と向き合っていくのだろう。
その重みに潰れそうになるからこそ、同じ境遇の者を放ってはおけなかったのだと思う。
「……アンタさ、良い男だな」
「滅相もない。自分には豪殿程の甲斐性はないもので――さぁ、皆様方。出番ですぞ」
「甲斐性? つか、まだ誰か居るのか?」
もう豪君のお腹一杯なんで勘弁して欲しいんですが。
というかさっきの話が有耶無耶になってるようなので退避したい。
行き先は邪魔を覚悟で末理(まつり)の家か、、もしくは俊哉あたりを拝み倒すか。
既に先の事まで決めていたのだが、マイティスが避けた後ろに見覚えのある小さな人影が見えた。
「豪様、お久しぶりです♪」
「でーす♪」
「あー、確か愛生ちゃんと愛弓ちゃんだったね。久しぶり」
マイティスの件で関わった二人だが、最近とんと見なかったので無事諦めて貰えていたと思ったのだが。
正直嫌な予感がする。
それに加え――――
「ちなみに、その後ろに居る着膨れダルマさんはお友達?」
手足があるので着ぐるみのように見えるが、ニット帽を深く被りマフラーで首元埋めて大きめのダウンジャケットの下に更に暖かそうなものを詰めていそうな完全防寒少女がそこに居た。
何故少女と分かるかというと、後ろで束ねられている垂れた長髪とスカートを履いているところからだ。
「友人ではない、ライバルだ」
「その声……もしかして美奈ちゃん?」
「うむ」
本人は鷹揚に頷いたつもりかもしれないが、正直微妙な上下動しか分からなかった。
というより前は見えているのだろうか。
「美奈ちゃん、さっきみんな仲良くって言ったじゃない。わすれちゃった?」
多少舌足らずな口調で美奈ちゃんの後ろから覗き込むように現れる。
何だろう。さっきから最近知った顔と異様に出くわすな。
「皆久しぶりだな。どした? 何か用か?」
「そうね。それは私も聞きたいわ」
後ろから軍服の制帽を指先でクルクルと回しながらメフィルさんが声を掛けてくる。
正直後ろを振り返った事を後悔した。
身長低い筈なのに威圧感半端ねぇ。俺が何をした。
「また会ったわね小鳥ちゃん。わざわざ私と彼の門出を祝いに来てくれたのかしら。悪いわね」
「居たのですか、偽装ロリさん。私達は忙しいのです。立って目を開けたまま寝言を言わないで下さい」
「今更だけど愛生ちゃんって嫌いな奴には結構毒舌だよな。メフィルさん、愛生ちゃんに何かした?」
「知らないわ。あの子が勝手に絡んでくるのよ」
威圧感の対象が愛弓ちゃんに移ったので、俺は幾分楽になった隙にメフィルさんに質問したのだが帰返ってきたのは素っ気無い一言だった。
「兎も角、邪魔をしないで下さい。私達は忙しいので。……さ、豪様。急いでくださいまし」
「急ぐって?」
「女の口から言わせるんですの……? 相変わらず豪様はいけずですね、勿論私達の愛の巣ですわ」
「…………私『達』?」
たっぷり数十秒間を置いて、出てきたのはそんな一言だった。
ごめん、本当に俺も何が何だか分からない。
「えぇ。ここに居る全員、とある方から豪様のご自宅がどこにあるか教えていただいた者ばかり。聞けば豪様をお慕いする者同士ではありませんか。でしたら誰か一人が選ばれるより全員で愛していただいた方が良いかと思いまして。お父様にお願いして一棟邸宅を用意させていただきました」
嫌な予感的中。
ここまで押しが強い子だとは……薄々感じてはいたけどこの子ちょっと無茶しすぎでしょ。
それ以前に誰だよ、俺の家の住所教えた奴!
「(エ△エ) ●REC」
「お前かコノヤロウォォォォオオオウ!」
俺の魂の咆哮に対し、嬉々としてビデオカメラを片手に保持する先生。
俺には分かる! アイツが悪だ!
行くも退くも出来ない状況で、俺の意思に反して視界が大きく動く。
俺の胸倉を掴んでメフィルさんが全力疾走したせいだと気付いたのは少し後だった。
「逃げるわよ」
言うが早いか魔法陣を展開すると、メフィルさんは俺をその中にぶん投げる。
――――っておい、これ何処に繋がってるんだよ!
「お前も敵か、メフィルゥゥゥゥッ!!」
「あら、やっと呼び捨て? 意外にシャイなのね」
「俺どこ行くのー!?」
「近くて遠いところよ。具体的には万魔殿」
俺の後に続いて入ってきたのか、メフィルが少し遠い位置から俺の叫びに律儀に答えてくる。
「お、追うのです! 豪様が拉致されました! 総員、出合え!」
「「「了解!」」」
「(エ△エ) 近くで撮らなきゃ意味がないじゃないか……仕方ない、ソラ。僕等も豪を救出に行こう」
《(*`・ω・)ゞ 了解!》
尚、俺が救出されたのは俺の体感で数分後。
現実世界では本当に年が変わるギリギリくらいだった。
15/01/04 00:40更新 / 十目一八
戻る
次へ