一軒目:とあるサキュバスのご家庭
AM8:00
俺達は朝早くから町内のサンタクロース暫定支部前に召集された。
支部といえば聞こえはいいが、本日配るお菓子の入った袋と飾りつけ要請のある各ご家庭への割り当てをする大型テントの前に集合しただけの状態だ。
グループは四人一組。あまり一つの家庭に多く派遣しても邪魔になるだけなので少数での行動となる。
今回も参加者は多く、その殆どが独身。
それを考えると人数が少ないと思われがちだがお邪魔するのはあくまで家庭を持っている魔物娘や人間のお宅。
最初の人選で旦那さんが不在の時に不貞を働こうとする輩は全て落とされており、かつ伺うご家庭も伴侶や恋人が居ない可能性のあるお宅はかなり限られてくる。
そもそも人間のお宅ではその場での告白はほぼスルーされる上に、魔物娘のお宅でもこの時期は忙しいので感謝こそされどお手伝いさんとしての認識が強い為、滅多に昼間カップルが出来る事は無い。
独身でボランティアサンタが構成されているのは単純に【何か有った時の保険】程度でしかないのだ。
尚、夜プレゼントを配る正規サンタクロースは逆にサンタ自体がプレゼントとして求められるケースが多い。
理由は様々だが、一例として
・伴侶を得るのに困っている友人に恋人を贈りたい。
・種族のせいかあまり出会いが無い。
・一人身が寂しい。
等が有る。
正規サンタクロースは入れ替わりが激しく、独身であれば男性/女性/インキュバス/魔物娘問わず一定のサンタクロース経験と身体能力テストの合格、本人のやる気があれば何時でもなる事が出来る。
正規サンタクロースになると住んでいるところの支部で正規メンバーとして登録され生活に困らない程度の給与が支給される上、福利厚生も保証される。
望めば住居も与えられる事があり、多くのメリットを求め訪れる人材達により需要と供給の安定が図られていた。
最も結婚すればサンタを止めざるを得ないが、一年間バイトとしてでも働いていれば自然と貯蓄が出来る程度の給料は貰える。
それに経験を買われてそのまま支部の後進を育てる部署に転向する者も少なくない。
支部側としても勝手を知っている身内で固めた方が都合が良い為、ここでも需要と供給がされている状態となる。
ここに居る独身部隊はその殆どがボランティアを続ける事で正規サンタクロース、もしくはその事務職や教育係への道が約束されているのでボランティアの段階で焦る必要が無いのだ。
多少肉体的に辛くてもそれ以上に誰かの笑顔を見る事に生き甲斐を感じる集団。
殆ど善意の草食系で構成されているのがボランティアサンタクロースの特長ともいえるだろう。
やがてグループ毎に指定区域が指示されると、各々持ち回りの区画ごとに散っていった。
今日俺等に割り振られたお宅は四軒。
さて、気合入れていきますか!
AM9:00
小さいながらも白い二階建ての家。
清楚な服装なのに匂い立つような妖艶さを醸し出す奥さんの隣には、娘さんだろうか。
外見だけだと親譲りの癖のあるウェーブの掛かったショートカットで15〜16歳程の少女と父親の血が濃いのかストレートの髪をサイドテールにした10歳に届くか届かないかという幼女が並んで出迎えてくれた。
「本日はお忙しいところ推し掛けてしまい申し訳ありません。支部から派遣されて参りました、サンタクロースです」
グループ内の年長と思しき男性が定型文での挨拶を交わす。
それに応じて奥さんが応えた。
「伺っております。本日はどうぞ、宜しくお願いします」
穏やかな微笑みを付けて返してくる。
サキュバスのイメージとはかけ離れた朗らかな笑顔に、全員声に出さないが色めきだった。
……まぁ、そうだろうなぁ。
服の上でも分かるくらい出るとこ出てて引っ込むところは引っ込んでる。
二人に娘が居るとは思えないくらいの体型に歳相応の色香。
サファイアのように煌くウェーブの掛かったロングヘアは後ろで一つに纏められている。
そんな美人に社交辞令とはいえ微笑みかけられたら、俺も相手が既婚じゃなかったらその場で結婚を前提にしたお付き合いを申し込んでるよ。
年長者は流石というか、思考の復帰も速かった。
「こ、こちらこそ。それでは、何処からお手伝い致しましょう?」
奥さんが案内しようとした矢先、それまで黙っていた幼女が唐突に俺に声を掛けてきた。
「サンタさんだー! ねぇ、プレゼントっていつくれるのー?」
ててて、と小さな歩幅で歩いてきて、星を散りばめたような輝く瞳で俺を見上げる幼女。
それを窘めようとする奥さんより先に、長女と思しき少女が声を掛けた。
「愛紗(アイシャ)、お行儀悪いわよ。良い子にしてなきゃサンタさん達困っちゃうじゃない」
「うー……、ごめんなさい」
存外聞きわけが良いのか。
あっさりと引き下がる幼女――アイシャに俺は微笑んだ。
「いいんだよ、気持ちは分かるからね。プレゼントは別のサンタさんが持ってくるから、今はこれで我慢してくれるかい?」
屈んで幼女と同じ視線になり、持っていた袋からお菓子を取り出す。
小袋に分けられた一口サイズのクッキーは手作りで、ボランティアサンタ達に持たされる必須アイテムだった。
お菓子を目にしたアイシャは心から嬉しそうな笑顔を綻ばせる。
思わず俺も頭を撫でると顔を真っ赤にして奥さんより早く家の中に入ってしまった。
奥さんと長女、それに年長サンタが朝から微笑ましい光景が見れたものだ、と言わんばかりに揃って苦笑する。
――全く、これだからサンタクロースは止められない。
屋内で指示されたのは居間の飾り付けを二名。
屋外の飾り付けと掃除を二名だった。
俺は屋外担当で、俺と同年代と思える男と作業をしていた。
「しっかし魔物娘って美人揃いだよなー。さっきの反応とか可愛すぎだろ」
飾り付けを終え残すは後片付けのみ。
作業も一段落つけるところになったところで、それまで作業のやり取りだけしていた同年代の男が話しかけてきた。
「あぁ、あの頭撫でられた時の反応?そうだな、サンタ冥利に尽きるよな」
確かに可愛かった。だが、コイツがロリコンの可能性もあるのでここはサンタ視点での返答を返しておく。
「だろ!? そう思うだろ? 可愛い無垢な子供に夢を与える! サンタ志願して良かった〜!」
……どうやらロリコンではなかったようだ。
危惧した返答ではなかったのに安心して俺は続ける。
名前を呼ばなくても意思疎通できる国に生まれて良かった、と思う瞬間である。
「しかし意外と仕事が少なかったよな。なんつーか、既に準備が終わってたような。そんな感じ」
「それは俺も思った……というか、確かに大きな飾りなんかは女の子だけじゃ無理だろうけど幾ら何でも少な過ぎる」
不思議に思ったのはそこだ。
掃除はする程散らかっても汚れてもおらず、飾り付けも大きいもの以外は全て済んでいた。
確かにボランティアが居れば捗ろうが旦那さんが居て出来ていないという事はまず有り得ない程度なのだ。
更に男は続けた。
「そういやさっき、ちょっと気になる事があったんだけどさ……」
家人の視線の通らない場所に俺を連れて行き、こっそりと耳打ちしてくる。
「さっきの嬢ちゃんのリーダーを見る目、何か熱っぽい感じがしたんだよな。もしかしたら」
「成る程……婿入りの可能性有り、と」
先程はカップルが生まれる事は滅多に無い、と言ったが可能性が全く無い訳ではない。
もしこの男の言う事が中ったら、少し負担が増える事になる。
「もしそうなら、しっかり送り出してやろうぜ。あ、お前さんもその可能性はあるからな。安心しろ祝ってやる」
「何で俺も?」
本気で分からないんですが。
そう返したところ、男は顔に手を当てて芝居がかった様子で天を仰ぎ見た。
「おいおいおいおい、まさかさっきのお嬢ちゃん放っておくのか? 今は小さい女の子だが、ありゃ良い女になるぜ?」
うむ、分からん。
分からんが盛大に勘違いされているのは分かる。
仕方ない、誤解されるのは嫌なんで解いておくか。
「もしかしてさっきの小袋お菓子渡して頭撫でた時のか? 単に知らない奴に頭撫でられて恥ずかしかっただけだろ」
「え、お前さん本気で言ってる? どう控え目に見ても『年上の優しいお兄さんを意識しちゃいました』っていう姿だったぞ? アレ」
「多分気のせいだぞ、それ。毎年あんな娘ばっかりだから」
「なん……だと……?」
俺の返答に固まる男。
単に恥ずかしがられる事と惚れられるのは違うだろ。
お菓子一つで私をプレゼント(はぁと)とかどんだけチョロいんだよ。
まず有り得ねぇ。
「待て、貴様……今『毎年』と言ったか? 毎年あんな嬉し恥ずかし胸キュンイベントを体験しているというのか……?」
プルプルと震える目の前の男。どうした、寒いのか。
「何だ胸キュンイベントって。でも不思議だよなー。このボランティア終わると町歩く度何か視線を感じるんだが。何でだろうな?」
「無自覚……だと……!? 落ち着け、素数を、素数を数えるんだ……! 素数は孤独な数字、俺と同じ孤独……ガフッ」
「おいぃぃぃぃっ!? しっかりしろ! まだ一つも数えてねえぞ!!??」
膝から倒れ付す男を支える俺。
ぐったりしていて正直重い。
「俺は……俺はお前が憎い……恵まれている事に気付かないお前が憎い……」
「ああ、うん」
何やら芝居がかった様子で時世の句を読み上げつつある男。
「だが、同時に尊敬もしよう……男としては許し難いが、『漢』としては尊敬する……っ!」
「さいで」
手をプルプルと震えさせながらこちらに伸ばしてくる男。
その姿はこちらに伸ばす掌に全ての生命力を注ぎ込んでいるかのように、とても儚い。
僅かな衝撃でも壊れてしまいそうなその姿に、俺は黙って待ち――
「こっち終わったぞー。外は終わったか?」
「あ、はーい。終わりましたー」
――付き合ってられないのであっさり放り投げた。
部屋のゴミ箱に手元のゴミをシュートインする気軽さで支えを外した為、どしゃあと力無く地面に落とされる男。
良いところに入ったのか咳き込んでいる。
開けたドアから不思議そうな顔をしている年長サンタ。
「どうしたんだ? 彼」
「分かりません。持病だそうですが、放っておけば治るので心配しないで欲しいそうです」
「そ、そうか。それで、ちょっと言い辛いんだが二人ともこっちに来てくれないか」
気まずそうに苦笑いを浮かべこちらを呼びつける年長サンタ。
復活してきた芝居男に視線を投げると、小さく頷いてきた。
どうやら彼の予想が中ったようである。
AM10:00
全ての作業はつつがなく終了した。
というかやる事が殆ど無い上に力仕事だけだったので、時間が過ぎるのがあっという間に感じられる。
手伝いの終了したお宅の玄関前で、奥さん、愛紗、長女の横に年長サンタが腕を組まれて立っていた。
「皆、すまない。俺は今日この娘と過ごす事になったから後を頼む」
照れ笑いを浮かべながら切り出す年長サンタ。
「もう、『この娘』じゃなくて亜理紗(アリサ)よ? タイチ。……私の部屋の飾り付け、手伝ってね?」
「ごめんごめん。――今日は亜理紗と過ごす事になったから、後を頼む」
アンタ、名前あったのか。
そんな失礼な事を思い浮かべていたところ、タイチと呼ばれた年長サンタの次に年上の男が前に出た。
「分かりました。後の三軒は任せて下さい。それとタイチさん、良いクリスマスを」
タイチさんから今後の予定表と地図を右手で受け取ったサンタクロースは、左手を差し伸べて握手を求めてきた。
アリサさんが組んでいた腕を解くと、タイチさんもしっかりとそれを握り返す。
引き継がれるサンタ魂。
俺と横の男は自然と拍手をし、家人もそれに倣ってくれた。
タイチさんを加えたご家族に見送られ次のお宅に向かおうとした時、服を引っ張られた感覚がした。
アイシャちゃんだ。
「まって、サンタのお兄さん。まだ終わってないの」
どういう事か。
視線を合わせる為に屈んでみると、彼女の目は真剣な光を宿していた。
「お兄さん、わたしと今日いちにち過ごしてください。わたしだけのサンタさんになってください」
まだ少し舌足らずな滑舌での精一杯の告白。
表情は真剣そのもので、期待と不安が入り混じっている。
……この顔は、誤魔化せないなぁ。
「愛紗ちゃん、で良かったかな?」
首を大きく縦に振る愛紗ちゃん。
俺も真剣な表情になり、彼女に応える。
「愛紗ちゃん、君の真剣な思いは確かに受け取った。君を一人の女性として見た上で返事を返させて貰うよ」
彼女から申し出られた『恋人になってくれ』という願いを踏みにじる形で。
「済まないが、辞退させて頂くよ。俺はまだ『皆の』サンタクロースで居たいんだ」
自分のサンタにはなってくれない、というニュアンスは伝わったのか。
彼女を含め周囲が凍り付く。
俺は構わず続ける。
「俺はね。サンタクロースになりたくて仕方ないんだ。ずっと子供の頃からの夢――そう、愛紗ちゃんよりもまだ小さい時からの夢だ」
壊れ物を扱うかのように彼女の両肩に手を添える。
一瞬彼女が跳ねるように動くが、落ち着いてくれたようで手を払い除けたりはされなかった。
「君くらいの子供達が喜ぶ顔が好きだ。夢と期待に胸を膨らませてサンタの到着を待ちわびる姿が大好きだ。望んだプレゼントを手にして喜ぶ姿は堪らなく大好きだ」
顔はなるべく真剣な表情を崩さないように。
目には可能な限りの誠意を込めて。
視線を逸らさず、彼女を見る。
「俺は沢山の子供達の笑顔が見たい。言い訳ではあるが、だからこそ君だけのサンタクロースにはなれない……許して欲しい」
最初は泣きそうな表情だった愛紗ちゃんも、こちらが真剣に話した事で納得したのかもうその翳りは無い。
「わかった……でも聞いてもいい?」
「? 何かな、俺に答えられる事なら何なりと」
「お兄さんはわたしが小さいから断ったわけじゃないんだよね? おっきくなったら、わたしだけのサンタさんになってくれる?」
わぉ、答え辛い質問きたわー。
これって下手すると俺の人生ルート一直線だよ。
しかし俺の語彙はもうネタ切れだ。
……仕方ない、切り札といくか……。
「俺は皆のサンタを目指してるからね、そこは譲れない。でも、愛紗ちゃんが俺が皆のサンタで居させてくれるなら俺は君のサンタにもなれるよ」
【奥義】遠回しにお断りします、断固(迫真)。
今まで数々のピンチを乗り切ってきたこの奥義、破れるものなら破ってみるがいい!
「うん! いいよ!!」
……奥義 敗れる。
くっ、だがまだだ……まだ終わらんよ!
「でも、俺より格好いい人や優しい人がきっと見つかるだろうからね。俺の事は愛紗ちゃんが憶えてくれていたらでいいよ」
【奥義派生】時間が解決してくれるさ。
如何な魔物娘といえど、時間という絶対の支配者には抗えまい。
時間が経てば俺は過去の人って事で。
さて、ここらで切り上げないと時間が無くなる。
只でさえ一人減ったからな。
急がないと。
「じゃあね、愛紗ちゃん。縁があったらまた」
腰を浮かして今度こそ次のお宅へ。
一軒目でこれとは、今年は中々ハードになりそうだ。
「まって!お兄ちゃんの名前、まだ聞いてない」
それもそうか。愛紗ちゃんの名前は間接的に知っただけだが、こっちだけ知っているのは流石に不公平だな。
「斑鳩 豪(いかるが ごう)だ。皆の笑顔が大好きなサンタクロースだよ」
多少見栄を張り、以前別の級友の兄から(半ば強制的に)教えて貰った『逝けメンスマイル』とやらを併せて使う。
級友の兄は人間か疑いたくなる表情をこれで作ったので、同じ事を俺がやれば相手から寄り付かれない。
悪いが夢の障害となるかもしれない愛紗ちゃんには、これで俺に苦手意識を持って貰おう。
「あ……♥」
効果は抜群だったようで、アイシャちゃんはその場にへたり込んでしまった。
腰を抜かした彼女にご家族が寄っていくのが尻目に俺達は次のお宅へと進んでいった。
「いやはや、彼にあんな特技があったなんて知らなかったな」
最早家族の一員と認識されたタイチ――フルネーム、藤原 太一(ふじわら たいち)は愛紗まで近寄るとその異常に気付いた。
「亜理紗、すまないんだけど愛紗ちゃんの着替えを頼めるかな?」
未だ焦点の合わない視線と紅潮した顔、荒い吐息のまま豪を見送った後も動こうとしない愛紗。
彼女は動かないのではない。動けないのだ。
彼――豪から向けられた笑顔だけで腰が抜けている。
「亜理紗?」
様子のおかしい出来たばかりの恋人に呼び掛けると、漸く亜理紗は復帰したようだ。
「え、えぇ。今やるわ」
程度の違いこそあれど彼女も似たようなものだった。
いや、その隣に佇む奥さん、二人の娘を持つアレイシアさんも同じような状態となっている。
「タイチさん……申し訳ないのですけれど私、旦那様のところに行っても大丈夫かしら……?」
子供を大事にする魔物娘の親が、先程豪の放ったスマイルで情と欲の葛藤に苛まれている。
思わず冷や汗を流す太一だが、やはり彼の復帰は速かった。
「大丈夫ですよ。お義母さん。娘さん二人は僕が責任を持って預かります」
言うが早いか、アレイシアは収納していた羽を広げる。
時折スカートから覗く尻尾は感情を表しているようで、右に左に忙しなく動いている。
刹那。爆音。
「アナターーー♥! 今行くわーーーーーー♥♥♥!!!」
火照った体を冷ますように、そのまま天高く舞い上がり飛翔するアレイシア。
寒空の中果たして納まるのかも疑わしい炎は燃え上がり、彼女の旦那を捕らえて離さないだろう。
――頑張って、お義父さん。
まだ見ぬ義父に敬礼を送り、彼は伴侶の待つ第二の自宅に入っていった。
14/12/20 23:59更新 / 十目一八
戻る
次へ