プロローグ
やあっ! 良い子の皆、元気かな?
俺の名前は斑鳩 豪(いかるが ごう)。
今年はそろそろ進路を決めないといけない高校二年生だ!
―――ってそんな事言ってる場合じゃなくて。
フィィィィィイイイイン!
今後ろから迫ってくる宇宙世紀っぽい効果音から全力で逃げてるんだけどな!
イイイイイン! ゴッ! ボス!!
あ、ゴミ袋の山に突っ込んだ。
一応こっちも小回りの利くMTBに乗ってるから直線以外でも何とか差は開けるんだが、やっぱり馬力が足らないのか向こうがこっちより踏破力が高いのか。
相手が一直線に突っ込んで自爆しているんだが、一気に突き放せない。
今年雪が降らなくて路面も凍ってないのが本当に助かる、全開にしてこけたら洒落にならないしなぁ……。
ィィィィン……
お、どうやら離れたからこっちを見失ったらしいな。
音がどんどん小さくなっていく。
本当、なんであんな物騒なものに追われなきゃならないのか分からんよ。
もしかしたら知らないところで恨みでも買ったのか……?
今日はクリスマス・イヴ。
町中が色とりどりに輝き、老若男女問わず舞い上がる日。
そしてサンタさんがプレゼントを良い子の皆に配る前日だ。
既に冬休みに入っている学生達もその高揚から逃れられる事はなく、お祝いしたり恋人と二人っきりで過ごしたり。
はたまたバイトに精を出したりと様々だった。
ちなみに俺は級友とこの休みをどうするか、という事や年末年始は一緒に参拝に行くか等と電話で何の気なしに話していた。
「で、末理(まつり)は今年どうするんだ? やっぱり縁(えにし)ちゃんと過ごすのか?」
末理とは俺の級友だ。
入学前に悲しい事件があったそうだが、その事件を経て今はゾンビとして生まれ変わった幼馴染の縁ちゃんと恋人同士だそうだ。
羨ましい限りである。
『勿論。去年は豪に付き合って参加したけど終わった後たっぷり搾られてなぁ……。いやぁ、可愛かったよ。ずっと離してくれないんだ』
「もげろ。色々もげろコンチクショウ。お願いだからこっちが一人身だって知ってて惚気んな下さい」
訂正、激しく羨ましい。
俺に彼女が居ないのは何故なんだ! 魔王様なんとかしてくれよ! 堕落神様でもいいから!!
『へ? まだ豪って一人身だったのか?』
「そうだよ! 知ってて聞くんなら彼女くれよお願いだから! 嫁でも可!!」
『落ち着けよ……望みがグレードアップしてるぞ。お前沙耶ちゃんとは違うのか?』
末理の言う紗耶ちゃんとは、日藤沙耶(ひとう さや)。
言ってしまえば末理にとっての縁ちゃんと同じで、俺の幼馴染だ。
ただ、末理と縁ちゃんの関係とは少し違う。
「沙耶は妹みたいなもんだ。美人だし可愛いとは思うけど、それだけだな」
『ふぅん……じゃあ今までプレゼント配った家の娘はどうなんだ? 一人くらいストライクな娘は居なかったのか?』
「いや。中学時代から配って歩いてるけど、俺が付き合いたい娘は居なかった」
俺は住んでいる町内のボランティアでサンタクロースをやっている。
毎年必ずプレゼントを配る正規登録されているサンタクロース達とは違い、仕事の内容は午前中から午後の明るい時間に掛けてお菓子を配ったり、家の飾り付けを手伝ったりする程度のものに過ぎない。
ここで恋人や伴侶を得るケースも無くはないが俺はある拘りがあるので今の今まで相手が居なかった。
『あぁ、確か年上好きだったよな。豪って。こんだけ続けてて相手居ないのはある意味凄いね』
「応よ。俺だって告白した後既に付き合ってる人が居るとかいう『狙ってんの?』と思いたくなるタイミングの悪さはなんとかなって欲しいわ」
姉に告白して振られた後その姉から妹と付き合わないかと持ちかけられた事もあったが、違うんだよ。
俺が付き合いたかったのは貴女の方なんですよ、お姉さん。
……まぁ、彼女欲しさ以外でもサンタクロースはやりたいんだけどな。
プレゼントを渡した時に向けられる笑顔とか、貰ったプレゼントを早く開けたくて瞳が輝いている子供達を見るのが大好きだ。
正規のサンタクロースには及ばないけど確かにその瞬間、俺はサンタなんだよ。
自分より幼い子供達にサンタクロースが居るっていう事と、そのサンタクロースには誰だってなれるって事を教えたいんだよ。
どんな形でも信じていれば必ず叶うって気持ちを持って欲しいんだ。
それに、俺がサンタクロースを続ける理由は他にもある。
俺はサンタクロースという存在が未だに気になってしょうがないからだ。
というのは前述した理由とは別に昔、俺が誘拐されかけたらしい時の事だ。
らしい、というのは俺自身当時の記憶が曖昧だから。
結構報道されたし10年くらい前だが新聞が残ってれば載ってもいるだろう。
だが実感が殆ど残っていない。
唯一記憶にあるのは全身真っ赤な衣服を身に纏って強面のおっさん達を蹴散らした姿だけ。
真正面から銃で撃たれても消えるように避け、当たったとしても意に介さず正面から叩き潰す。
まるで友人が進めてきたアメコミのヒーローのようだった。
避けて。
殴って。
吹き飛ばして。
まるで台風のように暴れまわっていた。
今思い出してもなにやら仰々しいが、幼い頃の俺はこれをサンタクロースだと聞かされた。
当時、事前に友人達から仕入れていた情報との食い違いに驚きを隠せなかったのは未だに鮮明に記憶している。
幼馴染の沙耶は『良い子にしていれば枕元にプレゼントを置いてくれる優しいお爺さん』と言っていた。
クラスの友人達も何人か同じ事を言っていたが、『両親がサンタクロースだ』という派閥が台頭し授業時間を三時間分も費やして激しい口論と発展した。
後に、お互いの主張に対し不可侵とする事を明文化した書面がクラス内に掲示される事で和解に至ったのだが、それは別の話とさせて貰う。
近所に住んでいる趣味の多いお兄さんに聞いてもその日はバイトとやらが忙しい、という返答と『リア充共めっ……見ていろ、必ず……!』という謎の発言と共に自転車に乗って去っていった。
これは参考にならない、と思いお兄さんの家の近くに住んでいるサキュバスのお姉さんに聞いてみたのだが『うーん……分からないわね』と苦笑いで返された。
ちなみに何度か隣のお兄さんと親しいのか、とかお兄さんに彼女は居るのか、等聞かれたが趣味が合うので何度か顔を会わせている事と先程の発言をしていた事を告げたところ、目の色が変わったのが怖かった記憶がある。
教えてくれたご褒美、として幾ばくかの菓子を貰い別れたのだが幼いながらに何故かお兄さんを売り渡してしまったような罪悪感が芽生えた。
だが、得たのは罪悪感ばかりではない。
先程のサキュバスのお姉さんからの一言は自分の指針となったのだ。
『もしかしたら、貴方がサンタさんになれば本当の事が分かるかもしれないわね?』
調べても分からないなら自分がなってしまえば良い。
この発言は衝撃が走った。
お姉さんにはお兄さんが行った場所から帰ってくるであろう時間を伝えて別れ帰路に着く。
俺の脳裏は最早一つの事で埋め尽くされていた。
サンタクロースになる。
単純にして明快な、しかし気付かなかったこの道は、俺の中に大きく食い込み成長しても自分の中に残る事となる。
進路の第一、第二、第三希望にそれを書いた程だ。書いたら怒られた。
しかし俺が真剣な事とまだ卒業まで一年ある事が功を奏し、この件は家族と良く話し合う事で落ち着いている。
『豪、本気でサンタクロースになるつもりかい? 豪くらいの運動神経なら今からでも推薦で進学とか体力を使うところの就職とか考えてもいいと思うんだけど』
級友の声で我に返る。
少し昔を思い出していたせいもあって話の流れがどうなっているのか分からなかったが、その質問には自信をもって返答できる。
「ああ、成る。この町内みたいな支部じゃなくグリーンランドにあるって噂の本部に勤めたい」
『噂じゃなくて本当にあるんだけどね。……まぁ、あんまり沙耶ちゃん泣かせないようにね?』
「? 何で沙耶が出てくるのか分からんが。分かった」
本部に勤めればきっとサンタクロースの真実が明らかになる筈だ。
それを知る為に俺は今まで下積みをしてきた。
知ったところでそれがどうした、という人も居るかもしれない。
でも俺はどうしても知りたいんだ。
『納得』したい。
『納得』しなければ他の可能性がどうしても入ってこないからだ。
『納得』しなければ先に進む事が出来ないからだ。
『納得する』という事は『未来へ進む為』に必要な事だから、俺はサンタクロースを目指す。
末理の言っていた沙耶の事は気になるが、今日自宅前で別れた時も特に不審な点は無かったし気に留めておくだけでいいだろう。
何か言いたげだったが問い質しても何でもないって言ってたし。
本人が話したい時まで待っておくのが一番だろう。
そう思い俺は明日の準備を始める。
明日はクリスマス。
この支給された真っ赤な服で俺は明日各ご家庭に現れる一日限りのサンタクロースになる。
思わず頬が緩む。
子供達の笑顔が、今から楽しみで仕方なかった。
14/12/19 00:30更新 / 十目一八
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