11話:愚者は欠片を拾い行く
結局俺は原因を掴めないまま帰宅した。
誰も居ない家は暗く、主が帰還しても電灯のスイッチを入れなければ歓迎する気はさらさら起きないらしい。
「こっちは大きな手荷物があるってのに、少しは気を利かせる事が出来ないのかね」
そんな機能が無いのは百も承知だが、それでも愚痴らずには居られない。
全て一人でしなければならない面倒さを俺は痛感していた。
「……まぁ、ネタでやったのが悪いといえばそうなんだけどさ」
図書館で時間が余ったので暇つぶしに料理本もちょっと見てみた。
↓
あ、これ美味そうだな。
↓
あ、材料とか作り方凄ぇ簡単。
↓
作ってみっか!
で、材料抱えて帰ってくる。そこまではいい。
「なーんでこんなんまで買ったかねぇ……?」
商店街の肉屋で購入した際におまけでくれる定番とも言えるコロッケを齧りつつ、俺は手持ち一番の『お荷物』を床に置いた。
ボスン、と軽い音を立てて落下したのは成人男性の枕くらいに出来そうな全長60cmはありそうなトラ柄の猫のぬいぐるみである。
気晴らしに立ち寄ったゲーセンのクレーンゲームコーナーで偶々目に付いたのだが、妙に気になってしまい500円片手についチャレンジしてしまった。
で、結果。
何の問題もなく取れてしまった。
いや普通こういう目玉商品ってもっと取り難いんじゃないのか?
俺が学生の頃なんて割とアームのバネ弱くされてたりとか取り難い位置に調整されてたりとかザラだったぞ? 店長それでいいのか?
ちなみに商品名は『ゴロにゃん太君』というらしい。
昔同じシリーズの犬とセットで販売されていたのだが、その復刻版とあった。
見覚えがあるのは多分俺の子供の頃にCM等で流れていた映像や音が記憶にあるからだろう。
一回で取れたのはこの猫だけで犬は無理だった。
片方だけとは随分寂しいものだが、袋に入れてあるとはいえ成人男性がこんなものを同じファンシーさを醸し出す物体を両手に持って歩くよりは余程良い。
そう考えていたのだが、恥ずかしい思いをするのは別段一つでも二つでも同じという事を思い知ったのは帰路について暫く経った後だった。
取ってきた手前持ち帰ってしまったが、コイツの始末はどうするべきだろう。
「まぁ、いいか。後で考えよ」
図書館で見た料理だが、確かスパニッシュオムレツとかいったか。
ベーコンと卵は肉屋のおっちゃんが安くしてくれたし、ピーマンやら玉ねぎは家にあったしな。
ジャガイモは……帰りにコンビニでフライドポテト買っちまったからこれでもいいか?
飯は早炊きすればいいだろうし、作るのは楽勝そうだな。
「ま、俺がやるんだから失敗なんてまずしないしな」
俺は借りてきた本を開きながら分量を確認する。
えー、と? 卵は4個必要なのか。結構使うんだな……。
現時刻 PM20時。
俺はテレビの雑音と時折代わる番組を流し見ながら横になっている。
胃は鉛のように重く、収めた食物は既に胃袋の全部分を埋め尽くしつつあった。
消化は緩慢だが順調に行われているのが胃の収縮音で伝わってくる。
「分量って……何で四人前が前提なんだろうな……?」
気だるげに呻く俺の視線の先には、1時間前に作ったスパニッシュオムレツが半分ほど残ってラップに包まれていた。
一言で言えば、『分量通りに作ったら予想以上のボリュームだった』。
何を言ってるか分からねーだろうが、俺も分からねー。
印刷物の表記ミスとか文法の解釈違いとかじゃねー、もっと根本的な部分での誤謬が借りてきた本に有った気がしてならない。
何と言えばいいのだろうか、圧迫感の中の後悔と言うか人体の処理能力に過剰な期待をしたいと言うか。
端的に言うと、今お腹凄い苦しいです。ハイ。
「トマトソースにガーリックを混ぜたのがせめてもの救いか……」
アレのお陰で大分ボリュームを感じずに済んだのが幸いか。
濃い目の味付けのオムレツに酸味のあるあっさりしたソースを掛けたのが不幸中の幸いと言える。
もし市販のデミグラスソースなんてかけようものなら恐らく俺はトイレ直行だろう。
そんな事を考えていると、甲高い電子音が鳴り響いた。
テーブルに置いていた携帯からである。差出人は……あぁ、和夫か。
「よう、どうした? 今腹苦しいからあんまり喋りたくないんだが」
『藪から棒に随分だな。で? 探し物は見つかったか?』
探し物? ……いや、調べ物の事か。そういや電話口でそんな話してたよな。
「一応出てきたが、無いのと一緒だな。っていうかあそこガチでヤバイとこじゃねぇか! 俺等に何かあったらどうする気だったんだお前っ!!」
『なるようにしたさ。それと、俺の方も方々当たってみたんだが居たよ。イッセーの言ってた娘』
思わず居住まいを正してしまう。
どうやら俺が空振りでも親友の方は当たりを引いたようだ。
「…………どんな娘だ?」
『あー、そうだな。一言で表すのは少し難しいが……まず性格が明るい。それに一途だ。可愛いってところも保証する』
「いつ頃俺と接触があった?」
『……まぁ、今なら少しネタばらししてもいいか? 例の廃校舎に行った後の筈だったんだがな。現地合流。んでもって現地解散の予定だった。有るとしたらその時の筈だったんだけどな』
「『だった』って事は――――」
『あぁ。イッセーが行かないって言った少し後なんだが、メールに『また今度にしましょう』ってあったんだ。あっちも都合が悪かったらしい。そんな訳でお前さんは面識がなくて当然なんだよ』
「――――何だ、そんな事か」
つまり何だ。これは偶然の一致とかそんなものだったのか。
いや、和夫の交友関係で偶々俺の記憶に残ってた情報が少ない情報を元に美少女を作り上げたのかもしれない。
つくづく、夢も希望もない話である。
「どこぞの魔法少女のように『夢の中で合ったような』とかそんなんじゃないという事か」
『おいおい、その話じゃ彼女に失礼だぞ? 最後には目の前から居なくなっちまうじゃねぇか』
「そうだな、違いない」
電話口でお互い談笑する。
そうだ、そういえばもう一つ分かった事は無いんだろうか。
「そういやもう一人はどうだ? 10歳くらいの女の子の方」
もしかしたらその娘の妹とかかも知れん。
勝手に情報だけで脳内に作っちまった設定かも知れんから、さっきの話し同様すっきりしておきたかった。
『いや、兄妹姉妹が居る奴は全員当たったが、そのくらい離れていると下手すりゃ姪くらいになっちまうからな。流石に居なかった』
「そうか……こっちはもしかしたらってのが有ったわ。結構前の医療事故の話だ」
『医療事故? どんくらい前のだ?』
「12〜13年くらい前かな。魔法医療で人工心臓の移植についてだった」
『黎明期ってやつか。まぁ今はそんな事はまず無くなってるしな……もしかして、知ってる人だったか?』
「んな訳――――」
瞬間、脳裏に疑問が浮かぶ。
本当にそうだろうか?
俺はこの娘を本当に知らないのか?
どこかで合って居なかったか?
名前も何か、馴染みがないか?
情報は一気に脳裏に浮かび、続いて吐き出す筈の言葉を詰まらせてしまう。
『どした? もしかして本当に知ってる人だったのか?』
親友は気安く声を掛けてくる。
強いて普段との違いを言えば俺に何か起きたのではないかと不安が混じっているように感じる位か。
「いや――――何でもない。多分、知らない奴で合ってる」
その様子と何より俺自身の疑問が、曖昧な返答でその場を濁す事しかさせてくれなかった。
胃が重い。この重さは胃に収めた容量を超過した食材達のせいだけでは無い。
『そうか。そういやな、最近俺彼女が増えたんだよ。その娘達にお前の事話したら紹介したい娘が居るって言ってんだぜ! 用事の空いてる時教えてくれよ、調整するからさ』
「おいおい俺はいつも忙しい――――ってちょっと待てお前。今『増えた』って言ったか?」
『あ』(;゚Д゚)<ヤベ
増えた? ちょっと聞きました奥様、コイツ『増えた』って言いましたザマスよ?
俺の記憶にある限り人間は某水を吸って増量するワカメちゃんや分割して何体にも分かれる原生動物ではないので、十中八九こいつ二股してますですよえぇ?
「そおぅのだ、くううぅんん。ちよっとお、『お話』しようかあ……?」(゚益゚)ギリギリギリギリ
『あ、ごめんイッセー!電波が切れそう、あ、切れる、切れ……』Σ(´Д`lll)
一方的に、しかし唐突に会話が切られ空しい電子音がなるだけの小型機械と化した携帯電話を、俺は震える手で握り締める。
ミシミシと悲鳴を上げるそれはまるで俺がしてやりたい和夫への対処を代弁しているようであった。
「ざけんな、あの人畜無害モドキがああぁぁーーーっ!!!」
腹の苦しさも胸の内の不安も、この衝動に勝てはしなかった。
いくら表現に遠慮を重ねる俺でも分かる。
――――リア充爆発しろ。
この嫉妬という感情今勝るものは、今世界中探しても見つからない。
電話を切った後の男の表情は複雑だった。
どう声を掛けたものか、と思案している表情。
うっかり余計な事を口走ってしまったな、という逸らした視線。
己の迂闊さに苦笑いを浮かべながら、男――園田和夫は複雑な表情のまま手に持った携帯電話の電源を落としていた。
「どしたのダーリン〜。すごく困った顔してるけど〜」
ふわついた口調で話し掛けてくるのは彼の最初の伴侶、ゴーストのミスティである。
和夫との付き合いも時間こそ短いが、最早熟年夫婦のような関係を築き上げている。
その彼女は見たところ、彼は取り返すのが少々面倒な失敗をしてしまったようだ。
「うん、まぁ。ちょっとね」
辛うじてそう返すのが精一杯な和夫だが、ミスティは無邪気な笑顔のまま上目遣いで覗き込んでくる。
無言の接近は、隠し事は許さない。そう言っているようだった。
「仲の良い独り身の友人につい幸せ自慢をしちゃった、ってところなんだけど。どうしようか?」
「そうね〜」
それを聞くとミスティは腕を胸元で組みながらウンウン唸る。
ややあって、満面の笑顔を浮かべながら彼女は答えた。
「もう一人じゃない〜って教えてあげれば〜? 相手はすぐ近くにいるよ〜って〜」
そも、ミスティにとっては一成と花子(仮)が一緒に居る事で殆ど目的は達成出来ているのである。
こうまで進捗がないのは不思議に思うが、いずれミスティと和夫のようになるようにしかならない。
二人をくっつけた時点でもう結論が出ているのである。
結論付いて居るからこそ、自分の伴侶がこれ以上自分達――主に自分、だが――以外にかまけているのが心象宜しくない状態となっている。
だが、和夫はそうではないらしかった。
「それが出来たら苦労はしないんだよ、ミスティ」
提案自体は魅力的だが、友人の性格の致命的に悪い部分を正さねばそれを増長させる可能性すらある。
そうなればもう縁を切るしかなく、縁を切れば二人とも不幸になるのは目に見えている。
ふ、と和夫はミスティの言っていた事を思い出した。
(人間、自分の事は分からないもの、か)
確かにそうだ。
自分の考え、自分の行動。
目的を以って臨む筈のそれらを人は必ずと言っていいほど見失う。
最初に持っていた信念は解釈で意味を変える。
最初に行っていた行動も理由が別のものに置き換わる。
最初の自分を、いつしか忘れてしまう。
だから人は、他人の目を気にするのだろう。
他者の瞳に映る自分の姿を当初の自分に重ね合わせて。
変わっても、また元に戻れるように。
(――――もっと、周りを見て行動してくれればいいんだがね)
価値は所詮当人が決めるものだ。
評価は他人がするものだ。
鏡合わせの自分を通しても、映るのは無限に自分しか居ない。
自分の価値を延々と認め続ける『自分』が居るだけだ。
今だ以って親友の立場に居るものとしては、一成にいい加減『他人』を見て欲しかった。
「いい加減、評価される事から逃げるなよ。一成」
電源から落とした中折れ式の携帯電話を充電し始めながら、和夫はボソリと呟く。
きっと明日の着信履歴は凄い事になっているだろう。
が、その時はその時である。
それだけ脳裏に浮かべた後、彼は自身を呼ぶ団欒へと足を進めていく。
優先順位は矢張り、友情より愛情であった。
14/11/21 23:50更新 / 十目一八
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