二話
「お部屋は8帖のワンルームです。キッチンとは扉で仕切られていて、コンロは2口IHですから少し凝ったお料理も出来ますよ」
現在俺は不動産会社から紹介された物件の下見をしている。
壁紙は張り替えたばかりなのか真新しく清潔そうな白一面であった。
天井までは意外と高く、少し見るとロフトに上る為の梯子が見える。
「最近多いオール電化ではありませんが、光回線も完備していますし単身の方に人気があるんです」
単身向けの割りに意外と風呂も広い。
収納はまぁ、それなりだが元々私物の少ない自分としては充分といえる。
親から紹介された物件だったので自分の要望と合致するかが心配だったのだが、いきなり当たりを引いたかもしれない。
「ペットは応相談です。勝手に飼ったりせず、事前のご連絡頂ければ退去時の条件を再度お話した上で飼育頂けます」
「でも、お高いんでしょう?」
何処ぞの通販番組のような質問の仕方だが察して欲しい。
いきなりこんな条件の良い物件に当たったのだから、自分の中では非常に乗り気なのだ。
荷物を纏めて運んで各種手続きを行う事を考えると、少しでも早く決めておきたい。
「いいえ――――この間取りで何と、お家賃3万5千円です!」
「第一印象から決めてました。宜しくお願いしますっ!」
意外とノリの良い担当者・伊嘉瀬 舞(いかせ まい)さん――名刺を貰った時に漢字が分かったのだが――に腰を折り片手を差し出してボケを返す。
知らない人が見たらプロポーズ以外何者でもなかろうが、ここは下見物件で相手は不動産の女性担当だ。どう転んでも冗談としか受け取られまい。
案の定――――
「はい、末永く宜しくお願いしますね」
苦笑でやんわりと返された。
俺も面を上げて手を引っ込めると、既に準備していたのか書類の入っていると思われる不動産の社名や住所等が印字された封筒を胸に抱えている伊嘉瀬さんが目に映る。
何はともあれ、非常にあっさりと俺は新居を決める事が出来た。
渡されたリストの中には物件の契約に必要な印鑑や住民票などの書類、保証会社の利用を行うか等のお決まりの項目しかない。
敷金一か月分が必要になるが、礼金無しで即入居出来るのは本当に有り難かった。
幸い書類の用意は簡単に終わるものしかない。
敷金込みとはいえ予想より遥かに安価な価格で提示された為、資金の問題もあっさりクリアしてしまっている。
正直あまりにも簡単に新居が決まってしまった為、今日全部必要書類を揃えて提出しても良いくらいである。
このまま帰るか、と思った矢先に俺は伊嘉瀬さんに引き止められた。
「あのっ……、大島様はこちらにお一人で住まわれるご予定ですか?」
「? はい。その積もりですが何か……」
一人暮らしだと何か不動産から制限を掛けられるのだろうか。
そんな話は聞いた事が無いが、自分が知らないだけかもしれない。
軽く身構えると、伊嘉瀬さんは慌てた様子で両手を胸の前で左右に振った。
「あ、ち、違います! ペナルティとかじゃなくて、寧ろ逆なんです」
伊嘉瀬さんはそう言うと、用意していた袋とは別の緑色の書類袋から見慣れない書類を取り出してきた。
「これは弊社も参加している、各不動産会社で試験的に実施されている支援条件なんです。ご覧頂けますか?」
手渡しで寄越されたのは半紙程度の安いペラ紙。
お世辞にも何か重要事項を刷るようなものではない。
だが、内容は俺を驚かせるに余りあった。
「……【終身介助プラン】? 『対象者は独身の男性/女性。年齢制限無し。弊社の専属スタッフがお手頃価格で貴方の生活をサポートします』? ……何ですか、コレ」
「お忙しい単身向けに用意された、言ってみれば家政婦サービスです」
内容は極めてシンプル。
予め触れて欲しくない場所や物品の指定さえしておけば、それ以外の掃除洗濯、果ては食事の用意までしてくれるという個人向けサービスというものらしい。
あくまで試験的なものである為料金は発生せず、好評であれば正式サポートプランとして契約条件に盛り込もうかという動きがあるそうだ。
派遣する人員もリストから選べるらしく、契約した不動産会社立会いの下気に入った人材と簡単な面接も出来るらしい。
「はは。何か、至れり尽くせりですね。この人達の給料って、どういう形で支払われるんですか?」
「えぇ、それは弊社と契約された派遣社員扱いなので。当然弊社がお支払い致します。少なくとも専属スタッフからお客様方に何かを要求する事はありません。旦那様……じゃなくて単身の方のご利用が多くなれば、その分雇用も増えますので。言ってみればWin-Winの関係でしょうか」
「へぇ、プライバシーを守ってくれるならアリかなぁ……」
正直掃除洗濯は出来る自信があるが、続けられるかというと疑問が残る。
仕事の忙しさによっては洗濯物やゴミを溜め込んでしまう事もあるだろうし、こういうサポートは有り難い。
何より仕事の関係とはいえ引越し直後は不安なものだ。
友人も居なくは無いが、事情を把握している上で顔を突き合わせて話せる人間が傍に居た方が気が楽になるかもしれない。
「もしご利用をお考えでしたら、こちらもどうぞ。専属スタッフのリストです」
A4サイズ程度で厚さ1.5cmくらいのファイルを渡された。
中を開くと、俺は改めて驚く事となる。
おはようからお休みまで。貴方とずっと一緒にいます♥私を『使って』くれませんか?
愛を注げば注ぐだけ、貴方だけに尽くします。心からの幸せをお約束します♥
二次への愛情守ります♪でも……三次に走ってもいいんですよ?お気軽に『お申し付け』くださいな……♥待ってます♥
「……これ、【介助プラン】ですよね?」
「えぇ、間違いありませんよ」
そっとファイルを閉じて返す。
どう見ても風俗嬢の指名と紹介にしか見えない煽り文。
加えてそれぞれが絶世と言って良い美女揃い。年下年上褐色金髪――――選り取りみどりである。
その上で言うが、こんな誘い掛けられたら誰だって(男限定で)飛びつくだろう。
相手がこちらを人生の墓場に連れて行こうとする存在でなければ。
「皆、魔物娘ッスか……」
「試験段階ですが、大変好評なサービスですよ?」
それはどちらに好評なのだろうか。
正直恋人付き合いならまだ良いのだが、彼女達にとっては恋人=結婚相手である。
成人前で負う責任としては相当重い。
サービス自体は魅力的なのだが、如何せんリスクが高過ぎる。
家事は自分がやれば良いのだし、必要ならコンビニだろうがスーパーの半額惣菜だろうが事欠かない。
ここは介助プランは受けず、普通に入居手続きを進めるのが良いだろう。
「あの、俺は普通に――――」
「それで大島様? 気に入られた専属スタッフはいらっしゃいますか?」
▼ しかし まわりこまれてしまった!
この女性(ひと)、逃がす気無いのかよ……!
無言で『選ぶよな? な?』という圧力が俺を襲う。ここで反論出来たら勇者なのだろうが、生憎俺はただの町民Aだ。
何か打開策を考えない限り、ケッコンカッコガチである。
何かないのか、何か……何かっ!
いや待て、そうだ。この手は――――いけるのではなかろうか?
「すみません、伊嘉瀬さん。俺はこの中からは選べません。でも――――」
相手が何か言う前に畳み込む。そうしないといけないと、俺の中の生存本能が警鐘を鳴らすくらいの圧力だった。
「それは実体験が伴わないから実感出来ないのが原因だと思うんですよ。だから、伊嘉瀬さん。貴女で体験させて下さい。」
対象を伊嘉瀬さんにして乗り切る!
彼女はあくまで物件紹介のセールスレディ。
このような要求に応える義理も義務も無い筈だ。
怒るにしろ困るにしろ、彼女が俺に少しでも呆れればそれが隙になる。
後は何やかんやと有耶無耶にしてしまえば良い。
これが俺に出来る、起死回生の切り札である!
……余談となるが伊嘉瀬さんは相当美人である。
やや垂れた目元は大人しい動物のような愛嬌を振り撒き、肩に掛かる位の長さの髪は髪留めで結い上げられている。
胸は確実にD以上はあるだろうし、ベストで隠れているものの腰のくびれも綺麗な流線を描いている。
太腿はむっちりとして臀部同様タイトスカートを張り詰めさせているが、腰の位置が高いのかモデル顔負けな脚線美のお陰で肉感的ながらも細い印象を与えていた。
だが見たところどんなに美人でも所詮人間。
魔物娘を紹介する事に抵抗が無くても、このセクハラ紛いの発言であれば流石に引くだろう。
そう考えていた俺に、不意に柔らかい感触が走った。
俺の胸に寄り添うように手を置き、こちらを潤んだ瞳で見上げる伊嘉瀬さんである。
心なしか、少し呼吸も荒く紅潮しているようにも見えた。
「そうですか……それなら仕方ないですね。体験しないと、愛の素晴らしさは分かりませんものね♥」
満更でもないのかよ――――
宜しい。ならば彼女がどこまで俺のセクハラに耐えられるか。
勝負、といこうか。
14/08/06 23:03更新 / 十目一八
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