連載小説
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5話:亡者は生者の夢の中

 

 まだ頭がはっきりしない。
 周囲の光景から整理する。
 此処は俺の部屋で、俺はベッドに寝ている。ここまではOK。
 見慣れた天井に壁のカレンダー。
 上体を起こすと見える朝の風景は最近めっきり見なくなったが、記憶にある分と違和感はない。
 
 で、目の前。
 
 誰も起こしに来る筈の無い空間に記憶にない人物が一人。
 陽光に切り取られた黒髪に緋色のヘアバンドがアクセントになっている少女。
 照らし出された顔は記憶にあるどの人物とも合致がしない割りに、違和感なく自分の中に馴染んでいる。

 ……この子、誰だっけ?

 頭の中身は未だ攪拌が続いているのかグルグルと纏まる様子がない。
 何と呼べば良いのか。
 そもそも彼女は誰なのか。
 自分との関係は一体どういうものなのか。

 何から聞くべきか整理出来ないで居ると、目の前の彼女が口を開いた。

 「まだ寝ぼけてるの?明日から異動なんだから、いい加減出社してデスク周り片付けなさいよ。イッセイ」

 名前呼びされるという事はそれなりに親しいのだろうか?
 関係がはっきりしない事にはどういった態度で接すれば良いのかサッパリだ。
 だが、見た目が自分より年下の少女にこうも寝起きにズケズケと言われては腹に来るものがある。

 「……何時まで寝ようが俺の勝手だろ。というか勝手に部屋に入るな」

 「あらあら、ご挨拶ね。それが甲斐甲斐しく世話を焼く恋人に言う言葉かしら?」

 あんなに情熱的に起こしてあげたのに、と続ける彼女。
 視線を辿ると俺の下腹部―――というか股間に集中している。
 自分も視線を下に向ける。
 やけに涼やかな風を感じると思ったよ。おはようマイサン…………って。

 「ぎゃああああああ!!! ナンデ!?ナンデマルダシ!!!???」

 バッという擬音がする位の勢いで下半身を隠し、下手人と思しき少女を見る。
 彼女は目に見えない煙草を吹かす仕草をし、こちらの視線に応えた。
 
 「良かったよ……、最高だった……」

 「おまっ!何考えてんだ!!朝っぱらから何しやがる!!!」

 俺の純潔、こいつに取られたんか!もうお婿いけない!!
 あまりの衝撃に眠気なんぞ何処かに行ってしまい、心の底から吼える俺。
 そんな俺の魂の叫びに少女は意外そうな表情を浮かべて固まった。

 「え、ちょっと待って。何でそんなに怒るのよ?私達結婚を前提にして付き合ってるじゃない、普段通りでしょ?」

 …………はい?普段通り?
 俺、毎回朝っぱらから絞られてる訳?
 そんな記憶は、あるような……ないような……?

 「やっぱり寝惚けるてるんじゃない。ホラホラ、ちゃっちゃと顔洗って。下にご飯あるからねー」

 そう言うと俺の机の前にある椅子に腰掛ける少女。
 背もたれを正面に抱く形で、両足は支柱を挟む形で軽く組まれている。
 スカートから伸びる足の根元にあるトライアングルが見えそうだが、幸い意識は欲望に持って行かれず当座一番の疑問を告げる事が出来た。

 「いや、オイ。そこに居ると着替えられないんだが?」

 今だ下半身が生まれたばかりの頃に戻っているのである。
 人類の文明を部分的に退行させられたままの格好ではその、なんだ。困る。

 「何で?私は別にイッセイのジュニアがぶらんぶらんしてても気にしないわよ」

 「俺が気にするのっ!つーか女の子が男のぶらんぶらんしてるの凝視すんなっ!!」

 「さっきまでそれ以上の事してたくせにー」

 ぎっこんばったんと椅子を前後に動かしては頬を膨らませて抗議の声を上げる小動物が目の前に生まれた。
 何だよコレ。クッソ可愛いじゃねぇかチクショウ。

 だが、彼女が言う事が本当ならあまり時間は無いという事になる。
 このやり取りが続くのであれば、実は余裕があるのかもしれないが本当なら会社に遅刻という大惨事が待っている。
 
 「ほらー、さっさと着替えてよ。私も一緒に行くんだし時間無いんだからー」

 ニマニマ笑っては俺の下半身丸出しを要求する自称恋人。
 正直俺、この変人のどこを好きになったんだろうか。
 顔はまぁ、美少女といって差し支えないんだが如何せん性格が残念すぎるというか、ステータスがエロ系統に全振りされてる。
 それ以前にさっきのコイツの発言だと、まさかこの外見で社会人なのか。
 ……嘘だ。絶対有り得ねぇ。

 「あ、それとも私に着替えさせて欲しいとか?仕方ない、イッセイは甘えん坊ですな〜?」

 何を思ったのか少女は床を傷める作業を中断し、その二本の足で再び大地を踏みしめようとしている。
 何かを企んでいるような表情は変わらず、恐らく碌でもない事を考えているのだろう。
 
 いやいや、待て。さっきコイツは俺に何をしていた?
 考えろ一成。コイツの行動、発言、俺との関係――――――全部含めて考えた結果、俺氏に稲妻走る。
 次の俺が取った行動は正に電光石火の如しだった。

 マットレスのシーツを剥がし腰に巻きつけ、即席のスカートとする。
 不恰好だがこの際仕方ない。
 物理的に輝く事はないが、俺のゴールデンボールは日中世間の目に晒してはならぬ至宝でありジョイスティックソードは来るべき時まで収めておくべき頼もしい武器である。
 使いどころを誤れば俺すら破滅に追い込みかねないのだから、多少の不恰好は受け入れなくては。
 
 そして彼女が座っている椅子の背もたれを片手で掴むと、そのまま一気に引っ張る。
 あまりの勢いに崩れるバランスを何とか立て直そうとする彼女は、結果的に椅子に再度座り込む形となり俺にされるがまま椅子ごと引っ張られていく。
 こういう時、椅子にキャスターが付いていて良かったと思う。
 開いた片手で部屋のドアを開けると入れ替わるように椅子ごと廊下に放り出し、素早く扉を閉めると鍵を掛けた。

 よし、これで安心して着替えられる――――――

 ドンドンドンドンッ!!

 ――――――訳が無かった。扉よ砕かけろとばかりの勢いで叩かれている。

 「ちょっと、何で閉めんのよっ!入れないじゃないっ!」

 「当たり前だ!閉まってんのに入れたら逆に怖いわっ!」

 「別に減るもんじゃないしいいでしょー?何で嫌がるのよ?」

 「減るの!俺の尊厳とか理性とか羞恥とか、ありとあらゆる物が減りますっ!」

 恋人だろうと親兄弟だろうと、普通成人してるのに丸出しの状態から着替えなんぞ見せんわっ!
 コイツその辺本当に分かってんのか?

 「そう……つまり自分だけ見せるのが嫌なのね?」

 うん?今おかしな事を言いませんでしたかな、コイツ。

 「分かったわ。なら私も脱ぐから一緒に着替えましょうか

 「お前は一回脳外科に行って来い。いいからっ!着替えたら行くから下で待ってろよっ!!」

 「チッ……分かったわよ。ちゃんと下りて来るのよ?二度寝はダメだからね」

 トントンと階段を下りる音がする。
 舌打ちかまして行きやがったよあのアマ…………どんだけ狙ってんだ。
 まぁ、兎に角着替えないとな。
 異動の準備当日に『下半身素っ裸の状態だったから体調崩しました』なんて洒落にならない。
 手っ取り早くベッドに放られていた寝巻き代わりのフリースズボンを履き、ドアの鍵を開ける。

 それにしても朝食ねぇ……。
 大きく分けてもパンか白飯が主食だろうが、何が出るのやら。
 もしかしたら今までも作ってくれてたのかもしれないが、実感が湧かない以上家族以外の手料理なんて俺は初めてだし否が応でも期待する。
 

 こういう生活だったら、俺も――――――


 ドアを開き足を踏み出した途端、大きく視界が揺れる。
 瞬間的に先程アイツごと廊下に出した椅子の存在を思い出した。
 崩れた体勢を立て直すべく手近な何かに手を伸ばしたのだが、次の瞬間俺は激しく後悔する事となる。
 俺が掴んだのが、あろう事かその椅子だったからだ。
 
 ここで思い出して欲しい。
 椅子にはキャスターが付いている。
 俺はその椅子に身を預けるような体勢で掴んでいる。
 キャスターにはブレーキが無い。
 予想出来た人、はい挙手。
 
 「ぉおおおおおおおおっ!?」

 崩れた体を立て直そうとする力を推進力に変えて俺選手、全力で廊下を疾走。
 しかしそれで終わる事を俺は瞬時に脳内で結論付けた。
 廊下というのは屋内であり、屋内には壁がある。
 外と内を隔てる境がある以上、内から外へ危険に向かう事も無ければ逆に危険が飛び込んでくる確率も非常に少ない。
 つまり何が言いたいかというと多少壁が凹むなり体の何処かをぶつけるなりするだろうが、被害は最小限で済むという結果になるのだ!
 最初こそ驚いてしまったが、どうという事はないな。うん。
 
 …………でも普通ビックリするじゃん?
 予告無しで視界が高速スライドすれば誰だって驚かざるを得ないじゃん?
 俺だって偶に冷静さを欠く事だってあるんだから大目に見て欲しい。
 って俺は誰に向けて弁明しているんだろうか。

 そんな事を考えていると不意に自分が何かから解放されたような感覚になる。
 体は羽のように軽く、自分の体重の一切を感じない。
 普段感じている重みが急に消えたからか、俺自身の思考もそれに釣られて真っ白になる。
 体と心のしがらみ全てが消えたような開放感が急に俺を包んだのだ。
 
 そう、まるで空を飛んでいるような――――――ん?空?

 次の瞬間、俺が目にしたのは段々と一定の間隔で並ぶ段差と濃い茶色の壁であった。
 だがおかしな事に壁と段差の合間は全く無く、壁は端を見る事が出来ないくらい高い。


 ――――――――――――床?


 それを思い浮かべた時、俺は全身に染み込むような衝撃を感じた気がした。
 

 





 
 何やら物凄い音がした瞬間、私は駆け出していた。
 この世界には私とイッセイしか居ない。
 音を自分から発するものなんて限られている上、その中でも騒音に分類されるものの可能性は最早一つ二つも無い。
 嫌な予感しかしないまま、私は未だ階段から降りてこないイッセイの元に急いだ。
 大の大人が駆けずり回れる程広く無いこの家は、程なくして私に目的のものを見つけさせてくれた。
 そこには、不自然に倒れたキャスター付きの椅子がその小さな車輪を空転させているだけで他に何も無い。
 完全に無人の状態であった。
 この状態は――――――

 「……隠れてる様子なんてない。単純に、起きたのね」

 そう私は、誰に聞かせるでもなく呟く。
 何て幸先の悪い……これから朝御飯食べさせあったり一緒に出掛けるつもりだったのに。
 私は腹の底から空気と一緒に残念な気持ちを吐き出した。
 彼が居ないのでは人間に化けている必要はない。
 窮屈なこの姿は、もう、解いてしまおう。

 二つに分かれていた程よく肉の付いた白い脚が、まるで飴細工のように溶けていく。
 それらはお互いを寄せ合うと太腿の下半分から爪先にかけて溶け合い、一つの塊となっていった。
 身体からは健康そうな血色が抜けていき、黒々とした髪は薄く光る緑白色に変わっていく。
 閉じていた瞳を開くと、鮮血のような色の瞳が変化する前とした後の私に残された唯一の共通点となった。
 
 「惜しかったわ……もうちょっとイッセイから精が欲しかったんだけどね」
 
 もう少しイッセイから直接精液を貰えれば実体化の目処も立つ。
 それに彼の体内に居るお陰で彼から発散される精は余すところ無く貰えているので無駄は無いのだが、矢張り直接の方が効率は段違いだし味も良い。
 何より私を見て吐き出してくれるその姿は、私と彼がお互いを所有している事を確認出来ているようで好きなのだ。
 
 「しょうがないわよね。起きたら此処、維持出来ないし」

 既に周囲は霞み始めている。
 元々有り得なかった蜃気楼のような儚さの中、私は小さく欠伸を噛み殺す。
 
 「……イッセイが起きるなら私はちょっと寝よ。人の記憶の再現って結構疲れるのねー……」

 私達ゴーストという種族には自分の想像や妄想を相手と共有出来るという種族的メリットがある。
 本来の使い方は『一方から一方に考えを流すだけ』なので相手が何を考えてようがあんまり関係ないのではあるが、考え方を変えるとナイトメアのような使い方も出来る。
 
 例えば自分が自分の部屋だと認識するのに一体どんな事をするだろう。
 家具の配置は基本として、他にもないだろうか。
 目覚まし時計の配置や置いている小物の色、形。
 お気に入りの俳優やアイドルのポスター。
 作りかけの模型や放り出したゲーム機でも良い。
 兎に角そこには自分の残した痕跡が有り、それを以って自分の居場所と認識しないだろうか。
 
 大まかにでも自分の部屋だと思えば人は記憶を掘り返す。
 掘り返せばまた次、次と情報は芋蔓式に引っ張られてくる。
 つまりそれを使えば相手の記憶や考えを元にして、ある程度融通の利く想像を展開出来るというものだ。
 
 加えて今回、私のような見ず知らずの美少女が目の前に居たとしよう。
 健常な男ならまぁ襲う。
 仮に私が男で自分の部屋という安全地帯の中ならそうするし、誰だってそーする。
 朝フェラで一発抜かれれば尚の事だと思っていた。
 でも、私の相手はちょっとプライドが高い傾向にあり人間の社会通念をいきなり損なうような真似はしないらしい。
 現状の認識、関係の把握、意思疎通の可否。
 それらを判断し、そこから行う然るべき対処を決定したようなのだ。
 
 現状の認識については彼、イッセイの部屋の再現をした。
 寝てる間に周囲を見渡して大まかな構造や配置を把握し想像する事でクリアー。
 関係に関しては元々私のものなので恋人でOK。
 カズオの事前情報では婚姻関係は全く無いそうなので、いきなり『夫婦です』と言うよりは相手も信じ易くなるだろうと思う。
 仕事云々の話に関しては完全に蛇足。
 どうにもイッセイは前勤めていた会社で嫌な思い出があるらしく、何度もそのイメージが入ってきた。
 もしかするとこの記憶が彼を苦しめているせいで彼の友人に心配されていたのかもしれない。
 
 夫が困っているなら妻が支えなくちゃ、と思って嫌なイメージを少しでも変えようと【彼が今の仕事を続ける判断をした】という情報を吹き込んだ。
 別に本当に仕事をして欲しい訳ではない。
 が、少しでも自分の過去に嫌な思いがあると引き摺ってしまうのは人間も魔物も同じだろうし。
 それが原因で弟さんとの関係が拗れつつあると聞いたので、ついでに二人の関係も直って欲しいと思って彼の苦手意識を変えようと考えたのだ。
 効果がどの程度出るか分からないけど、前向きに生きてくれるのであればこの位の嘘は許容範囲と思う。
 
 「……次はもっと……ディティールを細かくしとかないと……

 途切れちゃったから朝食のあたりからにしようかしら。
 それとも洗面台で顔を洗ってるイッセイの後ろから抱きついて驚かせてやろうかしら。
 次々やりたい事が浮かんでくるが、イッセイが寝てからにしよう。
 それまで私は充電して、元気な姿で会わないとね。

 ―――ふふ、今私、充実してるなー……

 ふよふよ移動しならがら、私は霞む世界の中で一際異彩を放つ扉を開け放つ。
 コレは私がイッセイの中に一時的に作り上げた【個室】である。
 場所はちょっとグロいので言えないが、まぁ色んな情報が集中するところであり色んな指令を出せるところと思ってくれればいい。
 精の巡りも悪くないし、彼の事を多く知れるので居心地も悪くない。
 わざわざ個室を作ったのは、万一彼に悪影響が出るのを防ぐ目的もある。

 私が通った後の扉は耳障りな音も立てずゆっくりと閉まっていった。
 扉から漏れる光は強く、私の溶けている暗闇すら遠慮なく入ってこようとする。
 小さくカチャリ、という音を立てて扉はそれを遮った。
 完全に閉じられた扉は壁か扉か分からなくなる。
 外側からもきっと周囲に溶け込んで同じようになっているだろう。
 この暗闇の中で私は横になる。
 
 近いうちに、彼という光を手に入れる為に。

14/04/19 00:41更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
十目です。気付けばこの作品を横に置いて半年近く放置というある意味快挙を成し遂げてしまいました。
当初は二月くらいに再開出来るかなー、と思っていたのですが甘かった。
三月くらいにホワイトデーネタ出したしやるかー、と意気込んでいたのですが予想外の出来事が。
言い訳をさせて頂ければ、仕事が忙しい程度ならまだ何とかなりました。
プラスして家庭の事情でゴタゴタしておりクロビネガどころかネットにも中々アクセス出来ない始末。
せめてちょっとずつ書こうと思ったのですが、暫く離れると今度はログインするのが怖くなったんです。
忘れられてるんじゃないか、とか碌にアクセスしてないのに投稿&復帰宣言は恥知らずじゃないのか、とか考えると止まりませんでした。

恥を忍んで復帰しようと考えたのは、仕事中の出来事が原因です。
仕事の関係上、とある製品に触れる機会が多いのですがその時見えた製品カラーの『ホワイト』が『※ワイト』に見えたんです。冗談のようですが本当でした。
当方、また不定期ではありますが投稿を続けて皆様の作品を拝見したく考えます。
宜しければまた今後とも、よしなに。

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