連載小説
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2話:会うは地獄、合わぬも地獄。



 俺こと細田一成(ほそだ いっせい)は困惑していた。
 昇降口を潜ると、既にそこは異様を呈していたからだ。
 かつては多くの学生達が行き来したであろう大型の下駄箱。
 今はさぞ草臥れて見る影もなくなった、寂れた光景。
 在りし日の姿を思い起こさせる、郷愁を誘う廃墟の門。
 日常であった筈の異界。
  
 それが、俺が入る筈だった場所の入り口であった筈だ。

 「……何で飾り付けられてんだ?コレ」

 明かりこそ乏しいものの紙で作った花や輪っかを繋いだ飾りが規則性を持ち並べられ、正面には妙に丸っこい可愛らしい字で【歓迎!お二人様!】とカラフルに書かれた紙が貼られている様は成る程、別の意味で恐ろしい。
 掃除もしっかりしているようで埃臭さも一切ない。
 何というか、どう見てもこれは浮浪者などの先住民が居る事を示唆しているのではなかろうか。
 入り口で固まっていると後ろから俺を連行してきた悪友の園田和夫(そのだ かずお)が追いついてきた。

 「おいイッセー、どうした?前行かねぇのか?」

 「いや、ちょっとアレ見てくれ。どう思う?」

 横に動いて視界を確保させてやり、懐中電灯で件の貼り紙をライトアップする。
 案の定呆れていた。

 「凄く…怪しいです…。連れて来てなんだが帰っていいか?」

 流石に和夫もコレは怪しいと感じたらしい。
 面倒な事になりそうな予感も同じくしているようだ。

 「ここまで来てただ帰るのも癪だし、お前の呼んだお仲間がまだ居るだろ?せめてそいつ等に挨拶でもしてから帰ろうぜ」
 
 俺は兎も角、他の連中を呼んだ和夫が無言で帰るわけにもいくまい。
 歩いていれば他の連中にも会うだろう。
 やばければ全力で逃げればいいだろうし問題ない。
 
 「あ、あぁそうだったな。悪ぃ。ただ何があるか分からないし一緒に行くか?」

 和夫からの提案は至極妥当だろう。
 こういった場所で暴力的な思考を持つ輩や世間様から離れて暮らしている連中と鉢合わせると大体碌な事がない。
 数年前までは男は殺され身包み剥がされ、女は身包み剥がされ犯され殺されるという事が少なからずあったらしい。
 だが、少し前からニュースなどで取沙汰されている魔物娘という種族が現れてからはそういった話は噂を含めて一切聞かなくなっている。
 実際にお目に掛かった事はないのだが、こちらでいう幽霊や妖怪を物凄く可愛く、あるいは美人にした容姿で人間とも非常に友好的であったとされている。
 ネットでも噂は絶えず、都市伝説や怪談、宇宙人飛来説等は彼女達が関わっていたという流言蜚語まで現れる始末。
 中には彼女達を娶ったというスレッドも増えつつあるのが現状である。
 仮にそんな存在があるのなら、ここに居る危険分子なぞとっくの昔に駆逐されているだろう。
 さっさと終わらせて帰りたいので手分けして行く事にした。

 「昇降口で毒気が抜かれたわ。左右に分かれて階段上っていって、目に付いた奴が居れば挨拶すればいいんじゃないか?居なかったりタイミングが合わなくてもお前とは会うだろうし、一番上の階で会ったら一緒に帰るってのでどうよ?」

 「…まぁ、そっちがいいなら構わないが」

 俺の提案はあっさりと受け入れられ、お互い何の気なしに散策、その後合流する事となった。
 俺と反対方向へ歩いていった和夫を他所に、まずは一階から散策を始める。
 少し歩くと一階のトイレやら保健室やらが並んでいる光景が薄闇に浮かび上がる。
 まずは【保健室】と書かれたプレートの部屋に入ってみる。

 右手側に寝台は二台。
 両方ともカーテンは開け放たれているが、誰かが使った形跡は一切ない。
 正面を向くと薬品棚と机、保険医と生徒が使う椅子らしきものがあるものの資料は全て撤廃されており薬品棚も空だった。
 何か隠れている様子もない為、この部屋を後にする。

 扉から出て左を向き、進もうと懐中電灯の光を向けると人影が動いた気がした。
 和夫の呼んだ奴か?呼び掛けてみる。
 
 「おーい、誰か居るのか?園田のツレだけど、アンタも呼ばれたのか?」

 静寂。
 全く返答がない為、もしかしたら見間違いだったのかもしれない。
 気にはなるが先にある廊下か目の前の階段かを選ばなくてはならない。
 
 廊下の先には右手側にトイレらしきところがある。
 電気が通っているわけではないので照射距離と範囲に劣る懐中電灯では満足な視界の確保は難しいだろう。
 何か居そうな雰囲気はある。

 左手側にも部屋があるが、位置から考えると教室とは考え辛い。
 外から何かを搬入する為の出入り口かも知れない。

 やや左手にある階段は少し変わった構造で、少し上ると踊り場がありL字になって上の階に続いているようだった。
 
 (階段行くか…?)

 少し悩んでいると、踊り場から上に続く階段の上階付近に何か揺らめいているものが見えた。
 布のようだが、ぼんやりと闇に浮かんでいるようでハッキリしない。
 だが、何か居たのは確実だろう。寄ってみる。
 踊り場付近まで階段を飛ばして上ると、上階の廊下付近へ流れて消える物体が見えた。
 
 髪だ。

 「おーい、誰か居るんだな?先客か?」

 消えた後にたなびく位長い髪、というだけなら相手が男性も有り得るが、そんな気はしなかった。
 闇に溶けて消える位儚い淡さの燐光を弾くのであれば女性に違いないだろう。
 これで男だったらどれだけ髪に気を使ってるのか。

 「子猫ちゃん、一匹発見ってか?」

 沈んでいた心が躍ってきた。
 あれだけ遠目でも綺麗な髪なら、さぞ美人だろう。そう決めた。
 俺は躍る心に動かされるように一段飛ばしで階段を駆け上がった。








 ≪CQ、CQ。こちらヘイズ。ターゲットを視認した。指示をどうぞ≫
 
 霧煙のように薄らとした存在感を漂わせる少女が外見と容姿からは似合わない呼び掛けを行っている。
 ゴシックロリータと呼ばれる衣装に非常に近い服飾を身に纏った少女は淡く光る緑色のストレートのロングにフリルの多いカチューシャを付けており、無表情に空き部屋から出てきた男性を見下ろしている。
 動かぬ表情に男性を見据える紅いガラスのような瞳は西洋人形じみた上品さを彼女に与えており、呼び掛けた相手の指示を待つ。
 
 ≪もう見つかったの〜?はや〜い≫

 ≪…どちらかというと見つけた、だな。とっくに上階に達してると思っていたから私が見つける事は無いと思っていた≫
 
 企画提案者のミスティが応答する。
 その返答に、対象の男相手に聞こえぬ毒を吐いて返すヘイズ。
 ヘイズとしてはとっくに上階に上ってきてその階に待機しているであろう他のゴーストが見つけるとばかり思っていたので、ゆっくりと下りてもう片方の男を後から追おうと思っていたところだった。
 普段であれば壁や床を透過して進むのだが、彼女もこの建物にそれなりの愛着を持っており、最後になるかもしれないこの住まいを感じながら進もうと土地の魔力を使って実体化していた矢先の出来事だった。
 表情や声には出ていないが、彼女は相当に驚いている。

 ≪取り敢えず誘うか?上に誘導しなければならないのだろう?≫

 ≪そうね〜お願い〜。…終わったらあの人追うの〜?≫

 ≪ああ。もう片方の男性は遠巻きに見ていたが私の好みだ。誠実そうな所が特に素敵だな≫

 
 発声器官が在る訳でもなく、思考を特定の相手に向けて発信している為口元は全く動いていない。
 が、ヘイズの緊張や期待がある種の揺らぎとなってミスティに届いた。
 
 ≪そう〜。成功を祈ってるわ〜≫

 ミスティからの念話が切れた。
 折り良くターゲットも上階に興味を示した様子が伺えた為、ヘイズはゆっくりと移動する。
 こういった場合このような行動が正しいのか分からないが、動いている物体を見れば追いたくなる事位は彼女も理解していた。
 上ってくる音を確認すると、ヘイズは廊下の窓から透過し外へと抜けていった。







 「ふぅ…、さて子猫ちゃんはどこかな〜?」

 階段一段飛ばし如きで体力消耗が大きかったのは計算外だったが、これからロン髪美人(推定)と仲良くなる苦労であるなら喜んで受け入れる。
 軽く乱れた呼吸を整えながら廊下の左右を照らして見渡す。
 矢張り暗闇を充分に照らし出すだけの光量は出せない為、極限られた部分を暗闇から切り取るだけに留まる懐中電灯の光。
 あまりにも静まり返るこの場所に、心なしか自分の中に怯えが顔を覗かせたのが感じられた。
 
 今更ながら護身用の鈍器程度にしか使えないのでは、と思ってしまう。
 さっきのだって唯の見間違えで、実は光の屈折か何かを自分の期待していたものとして見ていただけでは、と思う。
 さっさと終わらせて和夫と合流して、笑い話のネタにでもすればいいのでは、と怖気づいてしまう。

 自分の中の負の感情が、自分の輝きを塗り潰そうとする感覚。
 憶えのある感覚に、俺は頭を振り払って追い出そうとした。

 「…興醒めだな。さっさと上に行くか」
 
 背後には上階に続く階段。
 振り向いて上に上がろうとすると、小さく硬質な音が響いた。
 例えば、窓を軽くノックしているような少し篭った硬質の音。
 俺は慌てて見回すが、それらしき音源は無い。
 周囲が暗いから反響した音がどこから来ているのかも分かり辛い。
 ……いや、居た。

 左手側の廊下の突き当たり。
 濃紺色の背景に浮かび上がるように小柄な姿がぼんやりと浮き彫りされている。
 距離があるので分かり辛いのだが、手の甲で背面の窓を軽く叩いてこちらを見ている。
 
 「お、そこに居たのか。君も園田に呼ばれてきたのか?他に人は居ないのか?」

 最初の出会いが肝心だからな。なるべくフレンドリーに話し掛ける。
 ゆっくり歩いてこちらが敵意が無い事を相手に伝えつつ近寄る。
 近づくと、どうやら十台半ばか後半くらいの少女のようだ。
 俯いているので顔の造作は分からないが、肩まで伸びているセミロングの髪とやや長めの前髪が特徴の娘のようだ。
 闇に浮かぶ体型もバランスがよく、俺も悪くないと思う。
 そうと決まれば話は早い。
 まずは何気ない雑談と連絡先の交換だ。
 さり気なく肩に手を回して和夫と会わせる為に連れて行くのでも良い。
 俺が一人で来ると思っている和夫が鳩が豆鉄砲食らったような顔をするのが目に浮かぶ。

 「それとも君一人?俺もツレが居るんだけどさ、はぐれちゃって。二人で一緒に行かない?」

 そろそろちゃんと顔も見れるかな?と思った矢先彼女はこちらから見て左側に滑るように移動するとそのまま消えていった。

 「え?ちょっと、何で逃げんの!?」

 やっと人に会えたと思って近寄ったら露骨に避けられた。
 何故だ!俺のどこに落ち度があったのか!?
 下心なんて絶対に見せない、鏡の前で練習しているイケメンスマイルを披露しただけだぞ!?
 いや…、もしや。

 彼女が消えた先を見ると、上下に伸びる階段が見つかった。
 どうやらこの建物は左右と中央に上下階に繋がる階段を設けているらしい。
 設計した奴阿呆か。
 どんだけ階段好きなんだよお前。

 心の中で悪態を吐いて上の方を見てみると、居た。
 先程のセミロング少女だが、今は逃げずに踊り場を折り返した上の階の隙間からこちらを覗いている。
 相変わらず目元が隠れているので顔全体の造作は分からないが、一見して相当可愛い部類に入ると分かった。
 警戒されているようだが、俺が話し掛ければそれも解けるだろう。
 
 「君ぃー、逃げる事ないじゃん。もしかして俺が怖いー?」

 もしそうなら別の手立てが必要だ。
 だが、その必要はなかったらしい。彼女は口元に手を当てて首を小さく横に振った。

 「そうなんだ、じゃあ園田って奴知ってる?」
 
 またも首を横に振られる。和夫とも知り合いではないらしい。
 よし、怖がられてもないし和夫の知り合いでもない。
 なら今からお知り合いになって、あいつを驚かそう。

 「そっち行っていいかな?園田って俺のツレなんだけど、上で合流する予定なんだ」

 彼女は少し悩み、小さく縦に頷いた。
 
 「今からそっち行くからちょっと待ってて」

 ゆっくり階段を上る。
 自分に紳士の印象を持たせる目的もあるが、何よりがっついているようで格好悪い。
 俺という存在から溢れる輝きがその程度で減じるとは思えないが、わざわざ悪い印象を持たせる要素を残す必要もないだろう。
 そう、悪い要素は無かった筈。
 なのにまた彼女は奥へと消えていった。

 「また逃げた!?ちょっ、ホント何なんだ!?」

 流石に傷ついた。
 もう体裁がどうのと言ってられない。
 和夫に自慢する為にも、まずは彼女を捕まえて理由を聞かないと。
 逃げた理由が大した事がなければそれを理由に俺のいう事を聞いて貰う。
 またも一段飛ばしで階段を駆け上がると、すぐ右手側にトイレが見つかった。
 その向かいには【資料室】と書かれたプレートが掲げられている部屋もあるがそちらに逃げたのではないのは俺には分かる。

 単純だ。奥の女子トイレの扉が、今まさに閉まらんとしているからだ。

 「…大丈夫だよー、怒ってないからねー。ちょっとお兄さんと話して欲しいだけなんだー」

 とはいえ、此処まで和夫を含め誰とも会わなかったのだ。
 そして誘うように誘導し、終着点が密室である女子トイレ。
 男女が密室に二人きりであれば、『お話』で済む訳が無い。
 
 思えば和夫を知らない、というのも嘘だったのではないか?
 俺が呼ばれる事を知って和夫が誘った娘達の何人かが気を変えたのかもしれない。
 ただ、一度断っておいてやっぱり一緒に行く、というのが気になってしまい現地で合流する運びとなったのではないか。
 それならば俺を避けるように行動したのも納得できる。
 会えたはいいが気恥ずかしくなってつい離れてしまったのだろう。
 ならば心身ともに俺が慰めてやらなければならない。
 
 全く、自分の洞察力と推理力が高いから良かったものの他の男であれば彼女達に望まぬ狼藉を働いていたかもしれない。

 「子猫ちゃーん♪お兄さんは怒ってないから、出ておいでー」

 女子トイレに入るのは若干勇気が要ったが、そこは彼女の為だ。
 俺を必要とする者の為に行う致し方ない行為なので咎められる事も無いだろう。
 恐らく場所は一番奥だと確信した。
 そこだけ扉が閉じている。
 もう、逃げられない。







 ≪そろそろ来る頃だとおもうけど〜。レインちゃん、どうかしら〜?≫

 最初にヘイズから報告があった時間からおおよその到着時間を予想し、ミスティがその階を担当しているゴーストに念話を送った。
 程なくして、レインと呼ばれたゴーストから念話の返信が届く。

 ≪あの、ターゲット発見しました!まだこっちには気付いてません!≫

 ≪予想どおりね〜。今どんな様子〜?≫

 ≪え、と…なんかキョロキョロしてます!あ!でもそのまま階段上りそうです!≫

 レインの目に映る男は、そのまま背後の階段を上って上階に移動しようとしていた。
 このままでは誘導ルートを外れてしまう事を危惧したミスティは、レインに指示を出した。

 ≪レインちゃん〜、今どこかしら〜?≫

 ≪え?誘導ポイントですから廊下の端っこです≫

 ≪じゃあ〜、ちょっとそこの窓ノックしてくれないかしら〜?≫

 ≪え?は、はい!≫

 言われるがままに窓をノックするレイン。
 その音に気付いたのか、男が近寄ってくる。

 ≪…ミスティ。現在ターゲットが接近中です!≫

 ≪あら〜誘導成功ね〜。ありがと〜≫

 ≪どうもです。ついでに隊長、自分はこのまま花さんにバトンタッチすればOK。ですよね?≫

 ≪そう〜。…もしかして、男の人気に入っちゃった〜?≫

 似非軍人口調で問いかけるレインに、ペースを崩さず答えるミスティ。
 まさか好みのタイプだったか?と一瞬考えたミスティに切り捨てるように答えるレイン。

 ≪いえ、全くそんな事はないです。琴線にも触れません≫

 ≪そう〜、じゃあどうしたの〜≫

 ≪いえ、一見して隠しきれてない邪な光の宿った視線で全身嘗め回されたような感覚が走りまして。腹立つんでぶん殴ってきていいですか?≫

 ≪あらあら〜、私達に言われるなんて相当ね〜。でもダメ〜、花ちゃんに全部任せてあげて〜≫

 男はこのやり取りに気付かず、鷹揚に声を掛けてきた。

  「お、そこに居たのか。君も園田に呼ばれてきたのか?他に人は居ないのか?」
 
 ≪ソノダって誰でしょう?隊長≫

 ≪たぶん〜、一緒に来た男の人の事じゃないかしら〜≫

 念話越しに抑えたような含み笑いが聞こえる。
 疑問に思う前に尚同じ声で呼び掛けられる。

  「それとも君一人?俺もツレが居るんだけどさ、はぐれちゃって。二人で一緒に行かない?」

 ≪ミスティ隊長。自分、決めました。これ終わったらもう片方に行きます…。こいつ生理的に受け付けないです…!≫

 根拠不明な自信を全身から漲らせ、丸められた没原稿を開いたような歪んだ皴を顔面に刻んでいる人間(仮)。
 どのように筋肉を動かせばそのような表情が作れるのか分からない位だが、目鼻の位置と口角の上がり方から笑顔らしい。
 
 ≪(トラウマものの顔だわ…)≫

 ≪世の中いろんな人がいるのね〜≫

 レインの考えた事にまでしっかりと相槌を打つミスティ。
 レインは彼我の距離がまだ充分開いている時に、あらかじめ決めてあった誘導ルートへ移動する。
 ターゲットの男性は鼻白んでレインを追ってくる。誘導結果は上々といえよう。

 ≪あとは花ちゃんに連絡してバトンタッチ〜。…あら〜?≫

 ≪どうしたんです?隊長≫

 ≪…う〜ん、ちょっと、ね〜。花ちゃんが準備にもう少しだけ時間がほしいって〜≫

 ≪んなっ!?どうすんですか!もう階段上ってきてますよ!?≫

 既に階段を踏み始めていたターゲット。
 このままでは上りきるのも時間の問題である。

 ≪レインちゃん〜、少しでいいから間を持たせて〜?≫

 ≪はあああっ!?無理!無理ですよ!気持ち悪さ半端じゃないですよ!?≫
 
 ≪お願い〜、本当にちょっとでいいから〜≫

 ≪いやいくら何でも無理≪お願いね〜♪≫っておいいいぃぃっ!隊長おぉーーーー!!!≫

 あっさりと押し付けられて途方に暮れるレイン。
 そんなやり取りはいざ知らず、ターゲットの男性はレインの姿を認めると猫撫で声で声を掛けてくる。

 「君ぃー、逃げる事ないじゃん。もしかして俺が怖いー?」

 砂糖を含んだ油のような重さの声で掛けられた声は、有る筈の無い胃袋に鉛のように流れ込んできた。
 気分の悪さに戻しそうになりながら、レインは手を口元に当てて小さく首を横に振る。
 その後に続くソノダという人物を知っているかに関しても同様に首を横に振る。

 「そっち行っていいかな?園田って俺のツレなんだけど、上で合流する予定なんだ」

 その言葉にレインは追い詰められる。ミスティからはまだ何も連絡がないのだ。
 留めるべきか。通すべきか。
 
 躊躇していると、ミスティから念話での連絡が入った。

 ≪おまたせ〜レインちゃん。じゅんびかんりょ〜よ〜≫

 たった二言三言言葉を交わしただけで体の奥から酸っぱいものが逆流しそうな感があったレインにとって、その知らせは正に九死に一生。地獄に仏である。

 ≪了解!…後、花さんに言伝お願いできます?≫

 ≪なにかしら〜?≫

 ≪『頑張ってください』と。正直、自分にはあの相手は無理です≫

 ≪わかったわ〜。誘導おねがいね〜≫

 そろそろ自身の耐久も限界なのだろう。
 レインは小さく頷くと、そのままターゲットの視界から消えていった。
 後ろから浴びせかけられる怒声は無視し、一目散に到着地である3階女子トイレの一番奥に移動する。

 ≪花さん、後よろしく!≫

 レインは直接声を掛けられない位ダメージが大きいのか、口元を押さえたまま通り過ぎざまに【花子】の掲げていた手に自分の手を打ち合わせる。
 ハイタッチをしつつフェードアウトする同胞に、【花子】は念話でお礼を伝える。
 

 皆の繋いでくれた努力を自分に出来る限りの努力で最高の形にする。

 
 同胞の繋いでくれた絆を胸に、【花子】は握った拳を自分の掌に打ちつけた。
 舌なめずりをしつつ闇に融けるように薄らぐ彼女は僅かに動く扉を凝視する。

 「さぁ、いらっしゃい旦那様。最高の夜をプレゼントするわ♪」

 足音が迫る。
 最早凝視しなければ輪郭の視認すら危うい状態で、【花子】は人生の伴侶を待ち構えた。

13/11/16 10:35更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
お久しぶりです。繁忙期なんて大嫌い、十目でございます。
大した内容でもないのに更新が遅れるのは心苦しい次第。
このような駄文でもご覧頂ければ幸いです。

今回は書き溜め分に修正を加えての投稿となります。
ホラー要素皆無ですが、次回では頑張ります。
・・・頑張ってホラー見て書きます。えぇ・・・。

余談ですが、本編最後のシーンは○○ダム○GEの○イタスさん登場シーンを見ながらの執筆でした。
花さんの男らしさが伝わればいいな、と思います。

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