Past
「いち、に……さん……し、ご……」
ライルは仰向けにして並べられた6人の死体を調べていた。
怪物の死骸周辺を調べながら捜索隊の帰りを待っていた時、突然南の方角から音が鳴った。
今まで聞いた事のない、火薬を破裂させたような音が断続的に聞こえたのでその場にいた部隊を引き連れてその方向に行ってみると、
そこには部隊の最小単位である6人が、ほとんど固まった状態で倒れていた。複数出した捜索隊のうちの1つであった。
「…はち、きゅう」
彼らの身体にあった傷は合計9。全て小さな穴のような傷だ。
(傷1つが3人、傷2つが3人。全て胸か頭の急所……)
足跡と倒れていた位置からして、2人が直進し、4人は散開しようとしていた事が分かった。だがその間隔はあまりに狭い。
(極めて短時間で全滅した事になるな……1人でか? 複数か? だとしても……)
敵は手ごわい。妙な術や怪物を操るのもそうだが、6人全てを1回か2回の攻撃で急所を正確に捉えて仕留めるなど、相当の技量がある証拠だ。
後ろを振り向いた。
理由はそれぞれ違うだろうが、兵士達の表情からは怒りが見える。
「諸君、見ての通りだ。生き残りがいる。そしてそいつは、壁に向かっている。逃げ込まれる前に仕留めるぞ。各部隊ごと整列!」
兵士達は表情を切り替え、慌ただしく動き始めた。
(どこにいる……?)
落ち葉が擦れ、土が歪む。
黒いゴムの塊が、地面を潰す。
落ち葉が擦れ、土が歪む。
鱗と3本の爪が、地面に食い込む。
2人は山道を壁に向かって進んでいた。
斜面はそれほど急ではないが、腐葉土は表面の落ち葉が湿って滑りやすい為、1歩1歩力を込めて歩かなければならない。
(遅れて…ないな)
自分のすぐ後ろを歩くコカトリスを視界の端に入れた時、彼は素直に関心した。
彼女の身体能力を少しでも測る為に速めに歩いているが、遅れる事なくぴったりと着いて来ている。
見たところ、彼女の外見年齢は10代半ば。同じ年頃の人間なら登山部員とかでもない限り、凸凹で滑りやすい森の中をこの速さで歩く事などできないだろう。
(荷物が無いからかもしれないが……それでも流石は魔物って所か)
自分の額には既に汗が雫を作り始めているが、コカトリスの表情は不安の色こそあるものの疲れは見受けられず、汗1滴かいていない。
早くも魔物と人間の体力差を実感し始めた時、彼女がおずおずと口を開いた。
「あのっ…」
「何だ?」
「壁に着いたら、私はどうなるの?」
当然の疑問だな、と思った。
彼女は自分達の事を殆ど知らないし、壁の向こうにある開拓地も見た事がないのだから。
「この作戦が終わるまで、安全な場所で保護する」
不安を助長させないよう、本来の「拘束」という表現は避けて答えた。
「パトリアとは、味方じゃないの?」
パトリアというのは、北側の宗教国家の現地名だ。
「敵だよ。お前らがやって来る前からずっと」
「本当に? 魔物と…戦ってるじゃない」
どうやら、自分達は魔物が人を食うとする主神教を信じているから魔物と戦ったと思われているようだ。
(違うんだよなぁ。あんなの信じてる奴なんかウチにはいないし、そもそもあんな北みたいな典型的カルト教団な考えはしてねぇよ)
「そうだな…例えば、新しい町に引っ越して来たとしよう。引っ越したらまずは、隣に住んでる人に挨拶をするよな?」
「…うん」
「引っ越してすぐに挨拶に行った訳だよ。『初めまして。隣に引っ越して来たG.U.Nと申します。これから仲良くやっていきましょう』って」
「ジーユーエヌ?」
「俺たちの国の名前だ。そしたらお隣のパトリアさんはこう言ってきた。『仲良く? ふざけるな。お前の家と財産を全部よこせ。そしてお前は俺の奴隷になれ』ってな。どう思う?」
「め、滅茶苦茶だよそんなの! ありえない!」
「そうだ、ありえない。で断ったら、武器を持って家に押し入ろうとしてきた。だから追い返した。でもまだ懲りてなくて、今度はドアじゃなくて庭から押し入ろうとしてる」
コカトリスは文字通り開いた口が塞がらないといった表情をしている。それを見て、彼は少し安堵した。
少なくとも彼女は、パトリアの態度がおかしいと思う程度には自分達と似たモラルを持っているという事だ。もしこれで「え? 何がおかしいの?」という反応だったら、後々彼女を説得しなければならない時にややこしい事になるかもしれない。
「そんな感じだ。向こうが『よろしく。こちらこそ仲良くしましょう』って言っときゃ、味方になってたかもな」
「そうなんだ……」
「ああ。俺たちとしても、味方は多いに越した事はない」
「………」
会話が途切れた。沈黙が流れる。
「あ、あの…! もう1つ質問、いい?」
「…訊けよ、いくらでも。答えられる範囲でならな」
魔物に自国の情報を喋るというのは、下手をすればスパイ扱いされる可能性もある。
しかし、安全な壁まではまだ遠い。敵は位置も数も分からず、もしかしたらそこらじゅうにいるかもしれない。木々や枝葉で視界は悪い。
一瞬先には屍になるかもしれないという現実と不安を少しでも和らげるために心は逃避の道として会話を求めた。
話しかけてきたコカトリスも、同じなのかもしれない。
「ジーユーエヌって、どういう意味なの?」
「俺たちの言葉で、『国際連合政府』の略だ。何十もの国を統合して、1つにした」
「そんな事、できるの?」
「できる訳ない……普通ならな。だが、そうしなきゃならない時が来た」
「俺たちの世界では当初、200以上の国に約70億の人間がいた」
各地で紛争は起きていたが、国同士に限ってはギリギリのバランスで戦争を思い止まる、風前の灯のような平和が続いていた。
しかし、それは突然終わりを告げる。
「ある日突然、侵略者が星の向こうからやって来た」
奴らは、歓迎ムード一色の民衆たちに死と絶望という礼で答えた。
「そいつらの目的は分からない。分かってたのは、人間を必ず殺すって事だけ。交渉も降伏も、一切応じなかった」
「人類は戦った。でも殆ど歯が立たなかった」
国家は次々と陥落し、人はそれ以上のペースで減っていった。
「国と人の数が4分の1ぐらいに減った頃になって、ようやく人類はそれまでの対立、国境、宗教の違いを越え、一丸となって奴らに対抗しようと決めて、1つの国に統一した」
それが国際連合政府(Government of United Nations)。ここにきてようやく人類は全てのしがらみを捨てる事ができたのだ。
「でもその時にはもう遅かった」
人口、文明、技術力、生産力の急激な減退。戦力の低下はもう取り返しのつかないレベルに達していた。
「5つあった大陸は1つしか住めなくなり、人口も20分の1以下になった」
いちばん小さな大陸に押し込められた人類は、目前に迫る滅びの運命にただ怯えるしかなかった。
「そんな矢先、いきなりこの世界に飛ばされたって訳だ」
ここまでは誰でも知っている事だ。数年後には歴史の教科書にも載るだろう。
(G.U.Nを構成する51ヶ国の名前を全て答えなさいとかテストで出るかもな)
前を歩く男が語る、悪魔の国の話。
突拍子もなさすぎて、言われた事が簡単に信じられない。
故郷では、彼らが滅亡寸前だったなど。
先ほど目の当たりにした黒い杖や、さんざん噂に聞いた怪物たち。
教団のみならず魔物娘の軍勢すら簡単に打ち倒せる軍事力を持っているはずの悪魔たちですら歯が立たなかったという侵略者。
どこまで恐ろしく、残酷な世界に彼らはいたのだろうか。
そしてその事を、授業で歴史を教えるかのように話す彼。
人口が20分の1にまで減ったのなら、彼も家族や大切な人を亡くしていたっておかしくないはずなのに。
「悲しく…ないの? そんなに沢山、死んだのに」
と訊くと、彼は少し驚いた顔をして考える素振りを見せた後、言った。
「う〜ん……ここまで来たらな、近しい人が死んだとか誰でもあったしな。珍しくもない」
「それに、俺たちは助かった。絶対死ぬはずだったのが、ここに飛ばされてな。奴らから逃げれたってだけでも奇跡だ」
「だったら、死んだ皆の分も精一杯生きないとな。ウジウジしてるだけじゃ飢え死にだし、それで滅びちゃ皆にも顔向けできねえよ」
「…そっか。そうだね」
彼らは、前を向いて生きようと決めたのだ。
先に死んだ人たちが必死で守った命を無駄にしない為に。
右も左も、分からない物だらけのこの世界で、彼らなりに生き抜こうと必死だったのだろう。
「それにさ、もし70億全員がここに来たらお前らどうなるよ? 逆ハーじゃなきゃ食いきれないぜ?」
想像すると、少し可笑しかった。逆ハーレムなんて魔物娘には有り得ない事だが。
「…暗くなるな。もう少し歩いたら、休むか」
傾いた太陽が、山に隠れ始めた。
ライルは仰向けにして並べられた6人の死体を調べていた。
怪物の死骸周辺を調べながら捜索隊の帰りを待っていた時、突然南の方角から音が鳴った。
今まで聞いた事のない、火薬を破裂させたような音が断続的に聞こえたのでその場にいた部隊を引き連れてその方向に行ってみると、
そこには部隊の最小単位である6人が、ほとんど固まった状態で倒れていた。複数出した捜索隊のうちの1つであった。
「…はち、きゅう」
彼らの身体にあった傷は合計9。全て小さな穴のような傷だ。
(傷1つが3人、傷2つが3人。全て胸か頭の急所……)
足跡と倒れていた位置からして、2人が直進し、4人は散開しようとしていた事が分かった。だがその間隔はあまりに狭い。
(極めて短時間で全滅した事になるな……1人でか? 複数か? だとしても……)
敵は手ごわい。妙な術や怪物を操るのもそうだが、6人全てを1回か2回の攻撃で急所を正確に捉えて仕留めるなど、相当の技量がある証拠だ。
後ろを振り向いた。
理由はそれぞれ違うだろうが、兵士達の表情からは怒りが見える。
「諸君、見ての通りだ。生き残りがいる。そしてそいつは、壁に向かっている。逃げ込まれる前に仕留めるぞ。各部隊ごと整列!」
兵士達は表情を切り替え、慌ただしく動き始めた。
(どこにいる……?)
落ち葉が擦れ、土が歪む。
黒いゴムの塊が、地面を潰す。
落ち葉が擦れ、土が歪む。
鱗と3本の爪が、地面に食い込む。
2人は山道を壁に向かって進んでいた。
斜面はそれほど急ではないが、腐葉土は表面の落ち葉が湿って滑りやすい為、1歩1歩力を込めて歩かなければならない。
(遅れて…ないな)
自分のすぐ後ろを歩くコカトリスを視界の端に入れた時、彼は素直に関心した。
彼女の身体能力を少しでも測る為に速めに歩いているが、遅れる事なくぴったりと着いて来ている。
見たところ、彼女の外見年齢は10代半ば。同じ年頃の人間なら登山部員とかでもない限り、凸凹で滑りやすい森の中をこの速さで歩く事などできないだろう。
(荷物が無いからかもしれないが……それでも流石は魔物って所か)
自分の額には既に汗が雫を作り始めているが、コカトリスの表情は不安の色こそあるものの疲れは見受けられず、汗1滴かいていない。
早くも魔物と人間の体力差を実感し始めた時、彼女がおずおずと口を開いた。
「あのっ…」
「何だ?」
「壁に着いたら、私はどうなるの?」
当然の疑問だな、と思った。
彼女は自分達の事を殆ど知らないし、壁の向こうにある開拓地も見た事がないのだから。
「この作戦が終わるまで、安全な場所で保護する」
不安を助長させないよう、本来の「拘束」という表現は避けて答えた。
「パトリアとは、味方じゃないの?」
パトリアというのは、北側の宗教国家の現地名だ。
「敵だよ。お前らがやって来る前からずっと」
「本当に? 魔物と…戦ってるじゃない」
どうやら、自分達は魔物が人を食うとする主神教を信じているから魔物と戦ったと思われているようだ。
(違うんだよなぁ。あんなの信じてる奴なんかウチにはいないし、そもそもあんな北みたいな典型的カルト教団な考えはしてねぇよ)
「そうだな…例えば、新しい町に引っ越して来たとしよう。引っ越したらまずは、隣に住んでる人に挨拶をするよな?」
「…うん」
「引っ越してすぐに挨拶に行った訳だよ。『初めまして。隣に引っ越して来たG.U.Nと申します。これから仲良くやっていきましょう』って」
「ジーユーエヌ?」
「俺たちの国の名前だ。そしたらお隣のパトリアさんはこう言ってきた。『仲良く? ふざけるな。お前の家と財産を全部よこせ。そしてお前は俺の奴隷になれ』ってな。どう思う?」
「め、滅茶苦茶だよそんなの! ありえない!」
「そうだ、ありえない。で断ったら、武器を持って家に押し入ろうとしてきた。だから追い返した。でもまだ懲りてなくて、今度はドアじゃなくて庭から押し入ろうとしてる」
コカトリスは文字通り開いた口が塞がらないといった表情をしている。それを見て、彼は少し安堵した。
少なくとも彼女は、パトリアの態度がおかしいと思う程度には自分達と似たモラルを持っているという事だ。もしこれで「え? 何がおかしいの?」という反応だったら、後々彼女を説得しなければならない時にややこしい事になるかもしれない。
「そんな感じだ。向こうが『よろしく。こちらこそ仲良くしましょう』って言っときゃ、味方になってたかもな」
「そうなんだ……」
「ああ。俺たちとしても、味方は多いに越した事はない」
「………」
会話が途切れた。沈黙が流れる。
「あ、あの…! もう1つ質問、いい?」
「…訊けよ、いくらでも。答えられる範囲でならな」
魔物に自国の情報を喋るというのは、下手をすればスパイ扱いされる可能性もある。
しかし、安全な壁まではまだ遠い。敵は位置も数も分からず、もしかしたらそこらじゅうにいるかもしれない。木々や枝葉で視界は悪い。
一瞬先には屍になるかもしれないという現実と不安を少しでも和らげるために心は逃避の道として会話を求めた。
話しかけてきたコカトリスも、同じなのかもしれない。
「ジーユーエヌって、どういう意味なの?」
「俺たちの言葉で、『国際連合政府』の略だ。何十もの国を統合して、1つにした」
「そんな事、できるの?」
「できる訳ない……普通ならな。だが、そうしなきゃならない時が来た」
「俺たちの世界では当初、200以上の国に約70億の人間がいた」
各地で紛争は起きていたが、国同士に限ってはギリギリのバランスで戦争を思い止まる、風前の灯のような平和が続いていた。
しかし、それは突然終わりを告げる。
「ある日突然、侵略者が星の向こうからやって来た」
奴らは、歓迎ムード一色の民衆たちに死と絶望という礼で答えた。
「そいつらの目的は分からない。分かってたのは、人間を必ず殺すって事だけ。交渉も降伏も、一切応じなかった」
「人類は戦った。でも殆ど歯が立たなかった」
国家は次々と陥落し、人はそれ以上のペースで減っていった。
「国と人の数が4分の1ぐらいに減った頃になって、ようやく人類はそれまでの対立、国境、宗教の違いを越え、一丸となって奴らに対抗しようと決めて、1つの国に統一した」
それが国際連合政府(Government of United Nations)。ここにきてようやく人類は全てのしがらみを捨てる事ができたのだ。
「でもその時にはもう遅かった」
人口、文明、技術力、生産力の急激な減退。戦力の低下はもう取り返しのつかないレベルに達していた。
「5つあった大陸は1つしか住めなくなり、人口も20分の1以下になった」
いちばん小さな大陸に押し込められた人類は、目前に迫る滅びの運命にただ怯えるしかなかった。
「そんな矢先、いきなりこの世界に飛ばされたって訳だ」
ここまでは誰でも知っている事だ。数年後には歴史の教科書にも載るだろう。
(G.U.Nを構成する51ヶ国の名前を全て答えなさいとかテストで出るかもな)
前を歩く男が語る、悪魔の国の話。
突拍子もなさすぎて、言われた事が簡単に信じられない。
故郷では、彼らが滅亡寸前だったなど。
先ほど目の当たりにした黒い杖や、さんざん噂に聞いた怪物たち。
教団のみならず魔物娘の軍勢すら簡単に打ち倒せる軍事力を持っているはずの悪魔たちですら歯が立たなかったという侵略者。
どこまで恐ろしく、残酷な世界に彼らはいたのだろうか。
そしてその事を、授業で歴史を教えるかのように話す彼。
人口が20分の1にまで減ったのなら、彼も家族や大切な人を亡くしていたっておかしくないはずなのに。
「悲しく…ないの? そんなに沢山、死んだのに」
と訊くと、彼は少し驚いた顔をして考える素振りを見せた後、言った。
「う〜ん……ここまで来たらな、近しい人が死んだとか誰でもあったしな。珍しくもない」
「それに、俺たちは助かった。絶対死ぬはずだったのが、ここに飛ばされてな。奴らから逃げれたってだけでも奇跡だ」
「だったら、死んだ皆の分も精一杯生きないとな。ウジウジしてるだけじゃ飢え死にだし、それで滅びちゃ皆にも顔向けできねえよ」
「…そっか。そうだね」
彼らは、前を向いて生きようと決めたのだ。
先に死んだ人たちが必死で守った命を無駄にしない為に。
右も左も、分からない物だらけのこの世界で、彼らなりに生き抜こうと必死だったのだろう。
「それにさ、もし70億全員がここに来たらお前らどうなるよ? 逆ハーじゃなきゃ食いきれないぜ?」
想像すると、少し可笑しかった。逆ハーレムなんて魔物娘には有り得ない事だが。
「…暗くなるな。もう少し歩いたら、休むか」
傾いた太陽が、山に隠れ始めた。
17/04/16 15:26更新 / 貧弱マン
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