7.決闘
「……見たいというならば見せてやるが、店の中で暴れるわけにはいくまい。表で相手をしてやる。」
ふと辺りを見回してみると、客たちが不安そうに二人を見ていた。
「そう、だな。すまん、少々頭に血が上っていたようだ」
「店主!迷惑をかけたな!代金はここに置いておく!」
カウンターに代金を置くと、マントを翻して店の外に出る。
オリビアも先ほどのニセモノたちをロープで縛り上げると、「後で軍の者が引き取りに来る」と声をかけ、店の外へと出る。
太陽は真上にある。雲一つない青空の下で、二人の戦士が対峙する。
二人が対峙すると再び周りに人垣ができる。
ウェールズが刀の柄に手を掛け、再び、低く低く構える。
それと同時にオリビアもナイフの要領で警棒を構えると、空気がピリピリと張りつめる。
「さて……今まで剣を見せろと言う輩はいたが、足さばきを見たいという奴は初めてだ……」
「……少し気になることがあってな。聞いたところで答えるとも思えんのでな」
「まあ、そうだろな。自分の手の内を好き好んでひけらかすような変わり者はそうそういないだろうよ」
ククク、と唇を歪めて笑う。
気が付くと、オリビアの口角も吊り上がっていた。強敵との対峙に、心のどこかで喜びを感じているのはリザードマンの運命なのだろうか。
「来い!」
「お望みとあらば……しっかりと目に焼き付けるがいい!」
ウェールズが低く走り出す。それに応じるようにオリビアも走り出し、戦いが始まった。
「ッ…!」
地を這うように走り、気が付いたときにはすでに目の前にウェールズが迫っていた。とっさに首を守るように警棒を構えると同時に腕に衝撃が走る。
警棒が弾き飛ばされそうになるのを必死で抑え込む。
剣筋を見ることすらかなわなかった。刹那の瞬間に刀が抜かれ、首を狙っていた。
「……咄嗟に首を守ったか。なかなかやるな」
「お前こそ、かなり早いな…!危うく首が飛ぶところだ」
「なあに、初めから寸止めのつもりだった。首が飛ぶようなことはないから安心しろ」
峰打ちとはいえど、あのスピードで首食らってしまえばただでは済まないだろう。全く油断することはできない。
そして、当然のことながら、パワーも相当なものだった。決して軽くはない刀をこのスピード、それも片手で振るうのだ。
「(やはり、あの賞金は伊達ではなかったか!)」
オリビアと同様に、ウェールズも驚いていた。
「(剣の動きが見えていたのか、それとも咄嗟に首を守っただけか?いずれにせよ、相当な反応だな)」
じりじりと距離を詰める。一層空気が張り詰め、ギャラリーも息を呑んで戦いを見守っていた。
「足を見るだけのつもりだったが……こちらからも仕掛けさせてもらう」
「クク、リザードマンという種族はやはり面白い。いいだろう!かかってこい!」
今度はオリビアから仕掛ける。ウェールズの間合いの外からジリジリと近づき、隙を伺う。一瞬でも隙ができたら突っ込めるように、一挙一動を見逃さないように限界まで神経を集中させる。
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一方そのころ
オリビアと別れたロアは、道端のベンチに腰掛けて再び本を読んでいた。
「……」
オリビアならば大丈夫だろう、と完全に安心しきっているのか、これ幸いと本をひたすらむさぼるように読む。
「……」
遠くから何やら男の汚い怒号が聞こえてきたが、まあオリビアに叩きのめされるだろうと無視する。
自分の中の知識欲が刺激され、次から次へと読みたくなる。
「(この魔法とさっきの魔法を使えば別の効果が表れるに違いないけどその時は…)」
「ぶっ殺す!」なんていかにもチンピラが言いそうなセリフが聞こえたが、チンピラ程度がオリビアに勝てるとは思えないので再び無視。
集中しているからか、もともとの性格が知りたがりなのか、かなりの速度で読み進めていた。
「(血液中に魔力が含まれてるなら、血でルーン文字を書けば魔法が使えるかもしれない)」
そんな考えを持ってしまったら最後、試さずにはいられなかった。さっそく近くの露店で売っていた刺繍針と紙を買い、指に傷をつける。
痛みはあるが、好奇心が勝っていた。
紙に血液でルーン文字を書く。見様見真似のため、本に比べるとガタガタと歪んでいる。
ガギン!と金属同士のぶつかる音が聞こえた。まだチンピラが粘っているのだろうか?
「よし、書けた」
魔法を発動させようと試みると、文字がぼんやりと光を放ち始めた。
「あ!出来たかな?」
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いったいどれだけの時間がたったのだろうか。
集中している間は時間の流れが遅く感じる時がある。オリビアも同じであった。ただでさえ高い集中力を維持し続けるというのは中々に厳しいものである。
それを相当な猛者の前で、というのはさらに精神を消耗させるものだ。
相手の息遣い、筋肉の動き、脈拍までもが感じられるほどに集中する。
一瞬でも隙ができた時を狙わなければ勝つことはできない。
もっとも、集中しているのは相手も同じだ。こちらが隙を見せてしまえば、神速の居合が叩き込まれるだろう。
対峙した状態が永久に続くかと思われたその時だった。
ボン!と何かが爆発するような音が聞こえ、ウェールズの意識がそちらに逸れる。
そこから先は意識的に行ったものではない。相手の意識が逸れた場合を想定した動きを確実に行うだけ。
相手の懐に飛び込む。少しでも刀から遠ざかるため、ウェールズの鞘とは反対方向に回り込むように。
警棒をナイフに見立てて、相手の急所――この場合は喉を狙う。
ウェールズの意識がこちらに向いたがもう遅い。
警棒を喉元に突きつける。
「……降参だ。俺の負けだな」
ギャラリーから歓声が上がる。互いに緊張が解け、武器を収める。
「ふぅっ…!いや、こんな緊張感のある戦いは久しぶりだった。楽しかったよ」
「いや、俺の方こそこんなに歯ごたえがある相手は久々だった。負けるとも思っていなかったんだがな」
さっきの爆発音に助けられた。いったい何の音だったのだろうか?
ふと視線を横にずらすと、髪の先を焦がしたロアがベンチに座りながら固まっていた。
「……ロア、何をした?」
「いや、ちょっと……魔法の練習を」
原因はこの少年の好奇心だったようだ。
14/12/14 16:32更新 / ホフク
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