6."ウェールズ・ドライグ"
「……」
「なあ、ロア」
先ほどから黙ったまま道を歩いているロアに、オリビアは呆れたような声で言った。
「魔法が使えるとわかって嬉しいのはわかるが、歩きながらと言うのは感心しないな」
「あ……」
ロアはベラからもらった魔法に関する本を読んでいた。
魔物たちの間では快楽を得るために使用されることも多いルーンなども記述されており、魔法初心者にもわかりやすいと人気の本だ。
分かり易く、厚さも程々、値段も手頃と3拍子揃ったベストセラーである。
魔法が使えるとわかったことがよほど嬉しかったのか、ここまで歩きながら読んでいたのが、流石に止めることにした。
「気持ちはわかるが、続きは帰ってからにしておけ。怪我するぞ」
「はい……」
名残惜しそうに本を鞄にしまおうとしたところで、人の騒めく声が聞こえた。
ふと、辺りを見回してみると、酒場の周りに何やら人だかりができている。
どうしたのだろうかと近寄ってみると、店の中から怒号が聞こえてきた。
「……様子を見てくる。ロア、お前はここで待っていろ」
「わかりました。お気をつけて」
ロアも察したのか、おとなしく人垣の外側で待機する。
「失礼、軍の者です。何かありましたか?」
「ああ、なんでも賞金首がお店でごねてるらしくて……人斬りで有名な奴らしくって、下手に近づくと怖いし……」
「わかりました。どうもありがとうございます」
ヤジ馬たちを押しのけ、オリビアは店に入る。
とは言っても、今持っている装備は警棒だけだ。あまり無茶はできない。
「いいだろぉ?ちょっとくらいよぉ!」
「そんな、困りますよ!」
「んなこというなよ、兄貴を誰だと思ってんだ?天下の人斬りウェールズ様だぜ?」
「ヒヒ、大人しく兄貴の言うこと聞いとけよ!兄貴を怒らせたらお前なんて真っ二つだぜ?」
店の中ではガラの悪い男3人組が店員を囲み、ニタニタと下卑た笑いを浮かべながら大声をあげていた。
テーブルの上には大量の皿が放置してあった。おそらく、食べた後になってから金を払わない、と言い出したのだろう。
リーダー格らしき男は白髪に黒装束の大柄な男で、腰にはロングソードをぶら下げている。
左腕はギラギラとした安っぽい光沢を放っており、まるで鎧のようだ。
以前軍で見た「ウェールズ=ドライグ」の情報と一致している。
半年ほど前、とある町に入って以来消息を絶っており、死亡説まで流れたが、一ヵ月ほど前に生存が確認された。
「(……警棒だけで倒せるか?)」
目の前の男はいかにも小物と言った風貌だ。しかし、人は見かけによらないという。
ウェールズ・ドライグ。半年前、中立地帯の草原で起こった戦に参加した際。たった一人で相当数の兵士を切り捨て、敵国であるフウム王国の騎士"パブロフ=カルロ=ド=メナード"および、フウム王国第二王子・カールを仕留めたという。
その首には多額の賞金が懸けられている。
"噂"の通りであればまず無理だろうが、見過ごすわけにはいかない。
「ほう…あの賞金首の”ウェールズ=ドライグ”さんかい?あんたが?」
「あ?」
オリビアが男たちに近づこうとした直前のことだった。カウンターで静かに酒を飲んでいた男がふらりと立ち上がる。
ボロボロに汚れたマントを身に纏い、深くフードをかぶっているため顔は見えない。
「おう、なんだてめーは?」
「ずいぶん態度がでかいじゃねーか」
「兄貴にケンカ売ろうってのか?」
いかにもと言った様子で三人が男に近寄る。
脅しをかけるつもりなのか、安っぽい刃物をちらつかせている。
「ケンカ?お前は何を言ってる」
ゴキン!と、固いもの同士がぶつかる嫌な音が店内に響く。
刃物を持ったチンピラの顔に、男の左腕が叩き込まれていた。
男の左腕もまた、銀色の金属で覆われていた。最も、先ほどウェールズと名乗った男の腕とは違い、錆び付いてくすんだ金属の腕に光沢は無い。
「賞金首なんだろうが。命を狙われるとは思っていなかったのか?ん?」
殴られたチンピラは完全に伸びてしまったようだ。
金属の塊で殴られたようなものなのだから当然と言えば当然ではあるが、あまりに情けない姿だった。
「てめえ!」
「ぶっ殺してやる!」
残された二人が、ナイフではなく腰の剣を抜いた。
今度は脅しではなく本気で殺しに行くようだ。
、
「ひひひ、兄貴の剣術の腕を知らねえのか?」
「神速の剣術と呼ばれてる俺の剣裁き!思い知れっ!」
オリビアも流石に止めようと腰の警棒に手を伸ばしたところで、思わず動きを止めた。
男の殺気にだ。
カラン、と乾いた音がして、二本の剣が床に落ちる。
「な……」
二人の剣を持っていた手の甲に、深い切り傷が刻まれていた。
いつの間に抜いたのかぼろマントを羽織った男の手には蒼く輝く刀が握られていた。
「……お前のような"ニセモノ"がいるせいで、こっちは迷惑しているんだ。"俺"は食事代をけちるために剣をふるったりはしないし、そもそも俺の左腕は義手だ。そんな安っぽい鎧と一緒にするな。
」
そう言いながらフードをまくった男は、鋭い目つきで睨み付ける。
灰色の髪が僅かに揺れ―――
「ニ、ニセモノだと!?何を言ってやがる!俺が、この俺がウェールズ・ドライグ―――」
ヒュッ、と空気を裂く音が聞こえた後、パチンと鞘に納める音が鳴ると同時に、ウェールズと名乗った男の髪がはらりと床に落ち、つるりと禿げ上がった頭があらわになる。
「俺の髪はここまで白くないし、ハゲてもいない」
「……ヅラ?」
オリビアが呟くと、野次馬たちの中から笑い声が上がった。
ウェールズ―――いや、ウェールズのニセモノが顔からつるりとした頭まで、真っ赤にしながら震えている。
「ぶっ殺す!」
ニセモノの男が傷つけられなかった方の手にナイフを握り、突っ込んだ。
頭に血が上っているのだろう。何も考えずに突っ込んでいるようにしか見えない。
―――その時だった。ぼろマントの男が刀の柄に手を掛けると、体を床に沈めるように姿勢を低くする。
「……!」
そのまま、影が地面を這うように男が走る。
それと同時に、羽織っていたボロボロのマントがはらりと床に落ち、その下から赤黒い、まるで血のような色をしたマントが顔を出した。
―――オリビアはこの男の動きを"知っていた"。幼少の頃の記憶が頭の中に鮮明に浮かび上がる。
「かっ……」
一瞬のことだった。ニセモノが小さく声を上げると同時に床に倒れこむ。
「峰打ち、というやつだ。……そこのお前」
呆然と立ち尽くすオリビアに、ぼろマントの男が声をかける。
「その胸当ての紋章……。北方魔王軍の者だな?ウェールズ・ドライグのニセモノだ。食い逃げの未遂と恫喝あたりで牢屋にでもぶち込んでおいてくれ」
「あ、ああ……」
「全く……いくらなんでも、こういう輩のせいでつまらん罪をかぶせられるのは勘弁してほしいものだ」
ブツブツと文句を言いながらカウンターに腰かけ、もう一度酒を飲もうとした男にオリビアは声をかける。
「……失礼ながら!先ほどの言動からウェールズ・ドライグ殿とお見受けする!」
「……そうだ。それで?決闘の申し込みならお断りだ」
「いや、勝ったら嫁にしてくれとかそういう話ではない」
「剣を教えてくれ、と言うのも無しだ。……弟子をとるつもりはない」
「それも違う。……先ほどの足さばきについてだ」
オリビアの言葉に、男―――本物のウェールズ・ドライグはグラスを止める。
「俺の足が……どうしたって?」
「誰に教わったものだ?」
ウェールズもゆらりと立ち上がる。
「それを聞いてどうする」
「私の予想が当たっているなら……聞きたいことがある」
オリビアも腰から警棒を引き抜く。
「その足さばきを……もう一度見せてもらいたい」
「嫌だ、と言ったら?」
「無理やりにでも見せてもらうっ!」
「なあ、ロア」
先ほどから黙ったまま道を歩いているロアに、オリビアは呆れたような声で言った。
「魔法が使えるとわかって嬉しいのはわかるが、歩きながらと言うのは感心しないな」
「あ……」
ロアはベラからもらった魔法に関する本を読んでいた。
魔物たちの間では快楽を得るために使用されることも多いルーンなども記述されており、魔法初心者にもわかりやすいと人気の本だ。
分かり易く、厚さも程々、値段も手頃と3拍子揃ったベストセラーである。
魔法が使えるとわかったことがよほど嬉しかったのか、ここまで歩きながら読んでいたのが、流石に止めることにした。
「気持ちはわかるが、続きは帰ってからにしておけ。怪我するぞ」
「はい……」
名残惜しそうに本を鞄にしまおうとしたところで、人の騒めく声が聞こえた。
ふと、辺りを見回してみると、酒場の周りに何やら人だかりができている。
どうしたのだろうかと近寄ってみると、店の中から怒号が聞こえてきた。
「……様子を見てくる。ロア、お前はここで待っていろ」
「わかりました。お気をつけて」
ロアも察したのか、おとなしく人垣の外側で待機する。
「失礼、軍の者です。何かありましたか?」
「ああ、なんでも賞金首がお店でごねてるらしくて……人斬りで有名な奴らしくって、下手に近づくと怖いし……」
「わかりました。どうもありがとうございます」
ヤジ馬たちを押しのけ、オリビアは店に入る。
とは言っても、今持っている装備は警棒だけだ。あまり無茶はできない。
「いいだろぉ?ちょっとくらいよぉ!」
「そんな、困りますよ!」
「んなこというなよ、兄貴を誰だと思ってんだ?天下の人斬りウェールズ様だぜ?」
「ヒヒ、大人しく兄貴の言うこと聞いとけよ!兄貴を怒らせたらお前なんて真っ二つだぜ?」
店の中ではガラの悪い男3人組が店員を囲み、ニタニタと下卑た笑いを浮かべながら大声をあげていた。
テーブルの上には大量の皿が放置してあった。おそらく、食べた後になってから金を払わない、と言い出したのだろう。
リーダー格らしき男は白髪に黒装束の大柄な男で、腰にはロングソードをぶら下げている。
左腕はギラギラとした安っぽい光沢を放っており、まるで鎧のようだ。
以前軍で見た「ウェールズ=ドライグ」の情報と一致している。
半年ほど前、とある町に入って以来消息を絶っており、死亡説まで流れたが、一ヵ月ほど前に生存が確認された。
「(……警棒だけで倒せるか?)」
目の前の男はいかにも小物と言った風貌だ。しかし、人は見かけによらないという。
ウェールズ・ドライグ。半年前、中立地帯の草原で起こった戦に参加した際。たった一人で相当数の兵士を切り捨て、敵国であるフウム王国の騎士"パブロフ=カルロ=ド=メナード"および、フウム王国第二王子・カールを仕留めたという。
その首には多額の賞金が懸けられている。
"噂"の通りであればまず無理だろうが、見過ごすわけにはいかない。
「ほう…あの賞金首の”ウェールズ=ドライグ”さんかい?あんたが?」
「あ?」
オリビアが男たちに近づこうとした直前のことだった。カウンターで静かに酒を飲んでいた男がふらりと立ち上がる。
ボロボロに汚れたマントを身に纏い、深くフードをかぶっているため顔は見えない。
「おう、なんだてめーは?」
「ずいぶん態度がでかいじゃねーか」
「兄貴にケンカ売ろうってのか?」
いかにもと言った様子で三人が男に近寄る。
脅しをかけるつもりなのか、安っぽい刃物をちらつかせている。
「ケンカ?お前は何を言ってる」
ゴキン!と、固いもの同士がぶつかる嫌な音が店内に響く。
刃物を持ったチンピラの顔に、男の左腕が叩き込まれていた。
男の左腕もまた、銀色の金属で覆われていた。最も、先ほどウェールズと名乗った男の腕とは違い、錆び付いてくすんだ金属の腕に光沢は無い。
「賞金首なんだろうが。命を狙われるとは思っていなかったのか?ん?」
殴られたチンピラは完全に伸びてしまったようだ。
金属の塊で殴られたようなものなのだから当然と言えば当然ではあるが、あまりに情けない姿だった。
「てめえ!」
「ぶっ殺してやる!」
残された二人が、ナイフではなく腰の剣を抜いた。
今度は脅しではなく本気で殺しに行くようだ。
、
「ひひひ、兄貴の剣術の腕を知らねえのか?」
「神速の剣術と呼ばれてる俺の剣裁き!思い知れっ!」
オリビアも流石に止めようと腰の警棒に手を伸ばしたところで、思わず動きを止めた。
男の殺気にだ。
カラン、と乾いた音がして、二本の剣が床に落ちる。
「な……」
二人の剣を持っていた手の甲に、深い切り傷が刻まれていた。
いつの間に抜いたのかぼろマントを羽織った男の手には蒼く輝く刀が握られていた。
「……お前のような"ニセモノ"がいるせいで、こっちは迷惑しているんだ。"俺"は食事代をけちるために剣をふるったりはしないし、そもそも俺の左腕は義手だ。そんな安っぽい鎧と一緒にするな。
」
そう言いながらフードをまくった男は、鋭い目つきで睨み付ける。
灰色の髪が僅かに揺れ―――
「ニ、ニセモノだと!?何を言ってやがる!俺が、この俺がウェールズ・ドライグ―――」
ヒュッ、と空気を裂く音が聞こえた後、パチンと鞘に納める音が鳴ると同時に、ウェールズと名乗った男の髪がはらりと床に落ち、つるりと禿げ上がった頭があらわになる。
「俺の髪はここまで白くないし、ハゲてもいない」
「……ヅラ?」
オリビアが呟くと、野次馬たちの中から笑い声が上がった。
ウェールズ―――いや、ウェールズのニセモノが顔からつるりとした頭まで、真っ赤にしながら震えている。
「ぶっ殺す!」
ニセモノの男が傷つけられなかった方の手にナイフを握り、突っ込んだ。
頭に血が上っているのだろう。何も考えずに突っ込んでいるようにしか見えない。
―――その時だった。ぼろマントの男が刀の柄に手を掛けると、体を床に沈めるように姿勢を低くする。
「……!」
そのまま、影が地面を這うように男が走る。
それと同時に、羽織っていたボロボロのマントがはらりと床に落ち、その下から赤黒い、まるで血のような色をしたマントが顔を出した。
―――オリビアはこの男の動きを"知っていた"。幼少の頃の記憶が頭の中に鮮明に浮かび上がる。
「かっ……」
一瞬のことだった。ニセモノが小さく声を上げると同時に床に倒れこむ。
「峰打ち、というやつだ。……そこのお前」
呆然と立ち尽くすオリビアに、ぼろマントの男が声をかける。
「その胸当ての紋章……。北方魔王軍の者だな?ウェールズ・ドライグのニセモノだ。食い逃げの未遂と恫喝あたりで牢屋にでもぶち込んでおいてくれ」
「あ、ああ……」
「全く……いくらなんでも、こういう輩のせいでつまらん罪をかぶせられるのは勘弁してほしいものだ」
ブツブツと文句を言いながらカウンターに腰かけ、もう一度酒を飲もうとした男にオリビアは声をかける。
「……失礼ながら!先ほどの言動からウェールズ・ドライグ殿とお見受けする!」
「……そうだ。それで?決闘の申し込みならお断りだ」
「いや、勝ったら嫁にしてくれとかそういう話ではない」
「剣を教えてくれ、と言うのも無しだ。……弟子をとるつもりはない」
「それも違う。……先ほどの足さばきについてだ」
オリビアの言葉に、男―――本物のウェールズ・ドライグはグラスを止める。
「俺の足が……どうしたって?」
「誰に教わったものだ?」
ウェールズもゆらりと立ち上がる。
「それを聞いてどうする」
「私の予想が当たっているなら……聞きたいことがある」
オリビアも腰から警棒を引き抜く。
「その足さばきを……もう一度見せてもらいたい」
「嫌だ、と言ったら?」
「無理やりにでも見せてもらうっ!」
14/08/20 21:59更新 / ホフク
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