1.病室から
「移動、ですか?」
ベットに横になったまま、16歳ぐらいの少年が訪ねる。
少年の名前はロア・フレイン。数週間前に魔王軍に保護される。
「そう。この地方の反魔物派は全部制圧したからね。私達の任務はとりあえず完了なのよ。」
答えるのはここの司令官である、アヌビスのアネット・エルフィンストーン。
司令官らしい判断力・指揮能力を持ち、指揮官らしからぬ変態性を兼ね備えたアヌビスである。
「本部からこの辺りの治安維持のために、別の部隊がやって来るの。だから私達は本部に戻る事になったわ。……実際はもうちょっと細かい事情があるんだけど、面倒だからオリビアにでも聞いておいて頂戴」
「あの……私はどうなるんでしょう?」
少年は少し不安そうに訪ねる。
「うん、本来はこの砦において行く事になるんだけど……総司令から、あなたも本部に連れて来るように言われたの。」
「そうですか、良かった……」
おいて行かれるのが不安だったのか、ロアはほっと息をつく。
「オリビアが戻ってきて、準備が整い次第すぐに出発するわ。」
「……そう言えば、オリビアさんは?」
「教会とつながりのある奴隷商人を潰しに行ってるわ。前々からあいつら悪質だったからねぇ…」
そう言いながら見舞いに持って来られていた果物をもぐもぐと食べ始めた。
「あ、このバナナおいしい。」
その頃。
荒れた道をガタガタと音を立てて馬車が走っていた。
馬車には金髪のリザードマンと、他に何人かの魔物達が乗っていた。
「……あの、隊長?」
リザードマンにデュラハンが話しかける。
リザードマンの名はオリビア・リズレイ。馬車に乗っている第一部隊の隊長を勤めている。
現在は奴隷商人の裏市場を制圧し、砦に戻る途中である。
奴隷商人達は別の部隊が回収する手筈だ。
「……あ、すまん。聞いてなかった。何だ?セラ。」
セラと呼ばれたデュラハンがおそるおそる訪ねる。
「隊長、その……まだ怒ってます?」
「怒ってるって、何を?」
セラは少しもじもじとしながら、「部屋、のぞいた事……」と、小さな声で答えた。
「あぁ……アレか……」
数日前、病室でロアの看病をしていたところをアネット、第一部隊のメンバーに覗き見された件の事だ。
「あの、その、わた、私……」
「別に怒ってなんかないさ。どうせアネットに唆されたんだろ?」
「は、はい……」
「……安心しろ。バッチリ説教しておいた。」
「ありがとうございます……(あの人は説教くらいで反省しないんだろうけど)」
二人の後ろで話を聞いていた、オーガのフィルがからかうように言う。
「その割には楽しそうにのぞいてたよな!」
「うん、目がイキイキしていた。」
アマゾネスのマールも、便乗して頷く。
「なぁっ……!?」
顔を真っ赤にして慌て出すセラ。
「……セラ、私はお前にも説教しなきゃならないのか?」
「とととととんでもありません!そそ、そんなことは……!」
「いや、冗談だよ、そんなに慌てるな。」
「あ、あ、慌ててなんか!」
「ん?慌ててないのか?本当に?顔真っ赤だけど今どんな気持ち?」
「フィ、フィルさん!」
任務が無事終了し、どこか和やかな雰囲気で帰路に就く一同。
マールは隊員と談笑しているオリビアを見て、以前と比べて表情が柔らかくなったな、と思った。
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砦に着くと、兵士たちがやけに慌ただしく動き回っている。
「……なんだ?」
「おや、オリビア隊長。」
兵士がオリビアに気づき、駆け寄ってきた。
「お帰りなさい。交代が決まったみたいですよ。」
「交代?本部の舞台とか?」
「ええ。その件でアネットさんが探してましたよ。ロア君のお見舞いに行ってるみたいですから行ってみては?」
「ああ、ありがとう。」
ガシャガシャと、身につけた鎧が重い音を立てる。
「交代か…。そういえば、もう1年も経つんだったな。」
「アネット、いるか?」
「あら、帰ってきたのね」
病室ではアネットが果物を食い漁っていた。
「オリビアさん、お帰りなさい」
お見舞いで持ってこられたバスケットの中にあった果物は、ほとんどが皮となってゴミ箱に入っている。
「アネット……見舞いの果物!お前が全部食べたのか?」
「おいしかったわ」
「そこはどうでもいい!それはロアの見舞いに持ってこられたやつだろうが!」
「いいじゃない、本人がこんなに食べられないって言ってるんだし……」
のれんに腕押し、ジパングにはそんな言葉があるそうだが、こんな状況を指すのだろうか。
「いいから、その手に持っているものをバスケットに戻せ!」
アネットの手から無理やりオレンジを奪い取ると、バスケットに叩き込む。
「ああん!楽しみにとっておいたのにぃ!」
「だから!お前のために用意されたものじゃないだろうが!」
「お、落ち着いてください!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人と、おろおろとそれを止めようとするロア。
騒ぎを聞いて駆け付けた看護婦に怒られるまで、二人は騒ぎ続けた。
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「……それで?私を探していると聞いたが、何の用だ?」
騒ぎが終わると、どこか疲弊したオリビアと、相変わらず元気そうなアネットの姿があった。
「うん、本部に戻ることになった。ロアと、それからファナト教会の女の子も一緒にね」
「なんだって?ロアも?」
オリビアは少し怪訝そうな顔をする。
ファナト教会で保護された少女、イライザは、もともと住んでいた村が本部に近いらしく、
「なんでも、司令官がロアに会いたいそうなのよね。」
「ロアに……?なんでまた……」
「さあ?まぁ、あの人も変わってるからね。実際に聞くしかないんじゃない?聞いてもわかんないかもしれないけど。……ま、とりあえずそんなわけだから準備をしておいて頂戴」
「了解だ。……ロア。お前に分も私が準備しておくから、お前はまだ寝ていろ。いいな?」
「はい。わかりました」
そう言って、オリビアは病室を後にした。
「……行ったわね」
「えっ?」
「オリビアよ!……よし、それじゃあ改めて!いただきまー……」
ガチャッ
「そういえばロア。おまえの荷物だが……」
「あっ」
「……」
「……エヘッ☆」
「貴様というやつはあああ!」
一週間後。
「ここが、北方魔王軍の本拠地……!?」
砦から馬車に揺られること丸3日。
町の中央にそびえたつ大きな城を見て、ロアは絶句していた。
今までいた砦も決して小さくはなかったが、目の前の町、そして城はそれすらかすむような大きさだった。
「驚いた?本拠地なんて言ってるけど、実際は都市みたいなものなのよ。」
石畳でできた広い道を通り、中央に立つ城に馬車を走らせる。
「あの城に私たちの総司令官がいるの。これから今回の任務の報告に行くのよ。」
「すごく、すごく大きいんですね!すごい!」
城を見て嬉しそうにはしゃぐロアをみて、オリビアとアネットは思わず苦笑する。
「まぁ……見た目は、な……」
「?」
「私たちも最初はそう思ったんだけどねー」
「???」
何のことを言っているのかよくわからずに、ロアはきょとんとした表情を浮かべた。
「……ところでアネット、報告の間、こいつはどうするんだ?」
「ああ、一緒に連れてくるように指示が来てるわ。ファナト教会でのことが聞きたいみたい。」
ファナト教会。
オリビアが教会の過激派にとらえられた際、ロアが単独で突っ込んだ教会のことだ。
ロアをアネットが調べた時には“魔力が全くない”はずだったのに、、その教会でロアは肉体強化魔法のようなものを使ったのだ。
「魔法にしては体への負担が大きすぎるし……なんなのかしらね?」
「さあな。私は魔法に関しては専門外だ。バフォ様に聞く以外ないだろう。」
――――――――――――――――――――――――――――――
「バフォ様。第一部隊の馬車が見えました」
「おぉ、来たか。……指令室に通す準備をしておけ。」
「了解であります」
「……久し振りじゃのう、んふふ」
嬉しそうに、楽しそうに、そしてどこか懐かしそうに―――
彼女は笑った。
13/06/22 13:53更新 / ホフク
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