連載小説
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猫村さんと俺の午後から宵の口にかけてB
 猫村さんとは、そもそも俺にとっていったいどんな人間であるのかを確かめるため、俺はぼんやりと、あの夜の俺と猫村さんの出会いを、もう一度最初から思い出していた。


 親父とつまらないことで喧嘩して(原因は何だったっけ。確か、服装がどうこうというような話が発端だった気がする。今となってはどうでもいいことだけど)
 ついに父親に手を上げそうになった俺は、そんな自分に愕然として、またそんな自分を見つめる親父の、冷静に失望したような目に恐怖して、何かとてもいたたまれない気持ちで外に飛び出したのだった。
 俺は最初、もう二度と家に帰らないつもりで家を出たが、しかしそんな決心は国道沿いの薄暗く小雨の降る道を歩いていると、たちまちにして消え失せてしまった。
 惨めさと罪悪感と空腹とで、ほとんど自暴自棄になっていたのだ。
 夜道の中、煌々と輝くコンビニエンスストアの中に入ると、俺は微かに震える手で商品に手を伸ばした。それをジャケットの下に忍ばせることを考えたが、しかし結局出来なかった。俺の中に残る良心は、今となっては幸運なことに、俺をその小さな、しかし重要な犯罪から引き留めたのだ。俺は時々、もしもあの時実際に万引きをしてしまっていたらどうなっていただろうということを想像する。
 親への反抗にも、万引きにも失敗しいよいよ情けない心持ちで俺は外に出た。
 しかし、そんな俺に目をつけ後を追い、路上で引き留め、自分の家に引き上げた女性がいた。それが猫村さんだったのだ。
 後で彼女の語ったところによると、その時の彼女は、捨て猫を見つけてしまい、見捨てるに見捨てられないような気持だったのだという。
 彼女の作ってくれたホットココアのせいで、思わず俺は泣き出してしまった。その夜俺は、猫村さんの家で夕飯を作ってもらった。何かお礼がしたいと思い、連絡の為にラインの交換をしたのが、俺と猫村さんの付き合いの始まりだったのだ。
(お礼、お礼、……お礼かー)


 そこまで回想していた時、俺はハッとした。寄りかかっていた扉が開き、後ろに倒れそうになったのだ。
「うおっとっ」
 この路線は、途中のこの駅だけホームが他の駅と反対側にあることをうっかり忘れていた。何人かの乗客が体勢を崩した俺を見た。俺はちょっと照れくさくて、笑いながら座席のすぐ側にある鉄製のポールを掴んで立った。
 とりあえず俺は、家にいったん帰ることに決めた。今の時間ならば、両親は、少なくとも親父は、間違いなく家に帰ってなかっただろうからだ。

 家でしばらくぼんやりとしていると、もう少しだけ落ち着きが戻ってきた。俺はもうしばらくの間は猫村さんとは顔を合わせられないような気がした。
(今度外食するときは、また別のやつを誘おう。友達とか、後輩とか)
 家に帰ってからしばらく時間が経って、少しは日の長くなった春と言っても、もうこの時間になると、薄暗さがあたりにみち始めていた。それは今俺がいるこの部屋でも同じだった。
 今は春休みのただなかであったから、声を掛ければ誰かは付き合ってくれるだろう。さもなくば、家で焼きそばでも作るより他ない。俺は料理ができなかったから、そういう時はもっぱらインスタント食品に頼ってばかりいた。
 仕事の早い母親に昼食を作って欲しいとは言いだしづらかった。私学の学校に通学する俺を子に持つ両親は、二人ともがお互いに同じだけの額の収入を得ていた。二人の収入無くしては、俺は私立の高校、並びに大学に続けて通学できることは決して無かった。
 俺はこのことに関しては、両親に対し、あの父親に対してでさえも、とても深い感謝の念を抱いていたのだ。だからこそ、俺は両親を困らせることはしたくなかったし、親父とのいさかいの際も、強く出ることが(自主的に)なんとなく出来なかったのだ。
 そういう訳であるから、この大きな家を持て余しながら、冬の長い夜に一人で眠りにつくことも、またそんな時に、何かこらえきれないような寒さに似た感情を押し殺すことになってしまったのも、やむを得ないことだったのだろう。
 そんなことを考えながら、部屋の電気もつけずに俺がソファーの上に寝転がってかなりの時間が経った。
そうして次第に眠気のようなものを覚え始めていた時に、外から車の音がした……。


19/08/03 10:17更新 / マモナクション
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■作者メッセージ
ちなみに、新藤君を拾った夜、猫村さんは夜中に小腹が空いたので、夜食の鳥のささみを買いにコンビニに来ていました。
8月3日修正 本文が長かったので修正しました。

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