連載小説
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幼女の街のデートと異変
『幼女の街』キュレポップ。暖かな日差しが降り注ぐその大通りには、数多くの魔物(幼女)とそのお兄様達が、各々の行きつけのお店で昼食を取ろうと仲良く手を繋いで歩いています。
いつもならばウィルマに『マスターがお兄ちゃんと一緒に歩く日はいつになるのかなぁ?』と茶化されたり(私の使い魔である貴女も一緒でしょうが!)、ミリア様の惚気話を延々と聞かされて内心で歯軋りしながら歩くこの道ですが、今日という日は一味違います!

そう、なぜならば。

「さて、リュガ君とウィルマ君は何か食べたいものはあるかい?」
「え、えっと、ハンバーグが食べたいです!」
「私もハンバーグっ!」

――隣には私の憧れの殿方、ハーメル様がいらっしゃるのですから!

私達は、まるでお人形さんのようにフリル大増量(当サバト比200%増)の甘ロリ服を着たウィルと、白い帽子とワンピース、そして首にネックレスに変化させたラブリー☆ステッキをかけた私でハーメル様の両隣を挟むようにしてその場所を歩いていました。
ところでどうでしょうこの服装の組み合わせは。色使い的には白基調で合わせつつも、可愛い系と清楚系で互いのギャップを引き立てる作戦なのです。あとですね、個人的にはこの肩から下げているポーチの花のワンポイントもお気に入りだったりします。
も、勿論下着の方も、ばっちりウィルと合わせていて……きゃーっ♪そこまではまだ気が早いでしょうか!?いえ、しかしこれはうら幼き肢体を持て余す魔物二人と、その意中の相手である殿方のデート。
明日の夜明けにはこの幼い身体をハーメル様の片腕に預けて微睡んでいる『お兄様』と『妹』になっていたとして、何か不自然な事があるでしょうか。いいえ、ありませんっ!
えへへ、しょうがないのでもう片方の腕枕はウィルに分けてあげましょう――♪

「……マスター、いきなり自称清楚系がしちゃいけない顔になってるよ」
「はっ!?」

……こっそりとウィルが耳打ちしてくれた言葉で、我に返ります。危ない危ない、危うく口の端から涎が垂れそうになっていました。

「ハンバーグだね。それなら美味しいお店があるんだ」
「さっすがハーメル、頼りになるぅ♪」

……ハーメル様には、気づかれていなかったようですね。セーフです。
それにしても、流石はハーメル様です。『ハンバーグか、どこがいいかなぁ……』などという迷いの素振りは微塵もありませんでした。頼れるお兄様オーラが半端ではありません……!
私達の歩幅に合わせて、ややゆっくりとした速度で歩くハーメル様の後ろに付いて行った先に現れたのは、暴力的なまでに香しいお肉の匂いを周囲に振りまいている一軒のお店。ハーメル様は慣れた動きでその扉を開けると、お店の中では多くのゴブリンさん達が、忙しそうにお料理の乗ったプレートを運んでいました。

「いらっしゃーい……あれ、ハーメルさんお久しぶりっす。ちょっと見ない間に二人も可愛い妹が出来てたんですか?」

私達の入店に気が付いたゴブリンさんの一人が、親しげな雰囲気でハーメル様に話しかけました。
普段ならば自分の知らないハーメル様の姿を知っている相手に僅かながらの嫉妬を覚えてしまうシーンですが――他人から『お兄様』と『妹』の関係に見られた事が、もう嬉しくて嬉しくて、全部吹き飛んでしまいました。
で、でも、今のところはまだきちんと否定しておかないと……

「え、えっとですね、私達とハーメル様は――」
「あはは、実はそうなんだ。何時にも増して美味しいハンバーグをお願いするよ」
「――っ!?」
「あちゃー、ハーメル様にはウチのボスを貰って頂きたかったんですけど、こんなに可愛い妹さんが二人もいらしちゃ仕方ないっすねー……。あ、ちょうど奥の席が空いたんで、そちらにどうぞ!」

そう言って、笑いながらゴブリンさんは厨房の奥へと消えていきました。
――ふふ、良いのですかハーメル様。未婚の魔物相手に、その台詞は冗談では済まされませ――ストップ!待ってウィル、ストップです!目がハートになる気持ちは分かりますが、流石にここで襲い掛かるのはマズいですから!暗くなったら私も協力しますので、どうか今は抑えて下さい!

「……大丈夫かい二人とも?すまない、気分を害してしまったかな……」
「いえ、私達は、全くそんなこと……♪」

むしろ、ある意味ピンチなのはハーメル様の方だと思うのですが、ハーメル様こそ身を固める覚悟は出来ていらっしゃいますでしょうか……?
ともあれ、私たちは店内を通り、先程言われた通り一番奥の席へと腰かけます。程なくして、私たちのテーブルには美味しそうなハンバーグと、その付け合わせが乗ったプレートが三枚運ばれてきました。
あれ?まだ、オーダーは聞かれてないハズなのですが……

「ああ、言ってなかったね。実はこの店のメニューはこのハンバーグだけなんだ。だから、座ると人数分のハンバーグが自動的に出てくるんだよ」
「へぇ、変わったお店ですね……」
「よっぽど味に自信があるんだねー」

実際、そのシステムでこれ程までに繁盛しているのですから、味の方は相当な物なのでしょう。
それは店の様子だけなく、目の前に並べられているハンバーグの外見、そして香りからもありありと想像する事ができます。
三人で手を合わせてから、ナイフとフォークをハンバーグに突き刺すと……その途端に肉汁が熱せられた鉄板の上に溢れ、ジュゥッ!という音と更なる香りを周囲に広げました。……ヤバい。ヤバいです。絶対美味しいやつですよこれ。
服に脂が撥ねないように、一口サイズにサイズに切り分けてから、そっと口の中に運ぶと――

「「――っ♪」」

――それはまるで、口の中で奏でられる味覚のオーケストラ。噛む度に肉汁が溢れるひき肉は絶妙な加減の胡椒で風味を整えられ、野菜を煮詰めて作ったと思われるソースを伴奏に力強い主旋律を奏でています。リズムを刻むのはややシャキシャキとした歯ごたえを残されている玉ねぎ。ほのかな甘みを感じさせるそれは濃厚な味わいの脂からしつこさのみを打消し、見事なハーモニーを奏でています。その美味しさに感激しているのはウィルも同じのようで、先程とは別の意味で目にハートマークを浮かべていました。

「良かった、気に入ってくれたみたいだね」

ウィルと共に、ハンバーグを咀嚼しながらこくこくと頷きます。ほっぺたがとろけそうな美味しさとは、まさにこのことでしょう。
――その後も、実に和やかにハーメル様とのお食事は続きました。

「もう、ウィル?つけあわせの人参もちゃんと食べなきゃダメですよ?」
「えー、だって嫌いなんだもん……。あ、ハーメルって人参好き?」
「好き嫌いはダメだよウィルマ君。ここの人参は甘くて美味しいから、勇気を出して食べてごらん?」
「ちぇー、あむっ……っ、本当だ、甘くて美味しいっ!?」

ころころと表情の変わるウィルマを見て、楽しそうに笑っているハーメル様。最初は(主に私が)緊張の為にまともに喋る事ができるか不安でしたが、これは結構いい雰囲気ではないでしょうか……?
す、少し勝負をかけてみましょう……!

「あの、ハーメル様。この後のご予定は、何かおありでしょうか……?」
「ああ、その事なんだけどね……実は二人に、話したい事があるんだ」
「……え、私達に?」

思わぬ返答に、ウィルと二人で顔を見合わせます。

「とても大切な話なんだ。出来れば、人目のない場所で話したいんだけれども……二人はこの後、大丈夫かい?」
「まっ……!?」

ま、まままままままさか――これはまさかの、ハーメル様からの愛の告白というパターンですか!?
そんな、まだ心の準備……は、とっくに出来ています。いつでも、どこでも、どこまでも。ウィルと共に、求められるままハーメル様の愛と欲望をこの身に纏わせて頂く所存です!

「……『まっ』?」
「い、いえ、何でもありませんっ!勿論ハーメル様にお付き合い――」

――ぴぴぴぴぴぴっ!!

私のセリフを半ばで遮ったその警告音は、私が肩からたすき掛けにしているポーチの中から発せられていました。これは、街中で何らかの事件が起こり、キュレポップの各所に設置されている通報ボタンが押された事を私達に知らせる受信型通信アイテムです。

すなわち。

「マスター!!」

先程までとはうって変わって、真剣な顔で私を呼ぶ使い魔に力強く頷き返します。
そう。すなわち、これは街の危機。私達の、出番です……!!

「申し訳ありませんハーメル様!私達、急用が出来てしまいまして――」
「……ああ、分かっているとも。だけど、その前に……少しだけ、こっちに来てくれないかな?」
「……え?」

言われるままに、座っているハーメル様の元へと歩み寄ります。
ハーメル様は紙ナプキンを手に取ると、私の口元をごしごしと拭い……優しく頭を撫でて、微笑みかけて下さいました。

「少しだけ、口元にソースがついてたよ。……頑張ってね。元気に帰ってくるんだよ」


――その言葉があれば、もう元気も勇気も百倍です!

「――っ、はいっ♪」
「むー、マスターだけずるいー……」

そんな私と、羨ましげに少し頬を膨らませたウィルは。ぺこりとお辞儀をして、通報信号の発信元目指して駆け出したのでした。





―――――――――――――――――――――





二人が、完全に視界から消えたのを確認して、上着の内ポケットから通信魔道具であるカード状の端末を取り出す。
嫌な予感がしていた。このタイミング、まさか……いや、『あの方々』が見張っている以上、滅多な事態にはならない筈だが……

「ああ、私だ。お前達、まさかとは思うが――」





―――――――――――――――――――――――





人通りの少ない路地裏を、数人の男たちが息も絶え絶えに走り抜けていた。男たちはぎらぎらと飢えた光を放つ目に焦りの色を浮かべ、所々にほつれが見える、着潰したような衣服を身に着けている。

「くそっ、ナリはガキの癖にどいつもこいつも化け物かよ!?」

腰から、半分に折れた剣を腰に下げた男が喚く。
男たちは、つい半刻前までこの街のとある店に押し入り強盗を行っていた。いや、正確には、行おうと得物を取り出した時点で、偶然居合わせたらしきオーガとワイバーンの幼女に武器を折られ、店の外まで投げ飛ばされてしまったのだが。
今の時代の魔物は、人間の女性に近い姿形になっている。人を喰らうことも無い。……その確信を得てこの街で一稼ぎしようとしていた『彼ら』だが、これは思っていた以上に厳しいかもしれない。

――こんな、馬鹿正直なやり方では。

そう、まだ自分達には次の目がある。だから、こんな所で捕まる訳にはいかない。

「――そこまでですっ!」

そんな彼らの前方に、二つの小さな影が立ち塞がった。

「……うん、特徴も人数も、犯人像とバッチリ一致だよ。マスター」

ウィルの言葉に私は頷き、続けて犯人たちへと大きな声で告げました。

「武器を捨てて、投降して下さい!抵抗しなければ、私達も危害は加えませんっ!」

しかし、男達がその言葉に従ってくれる様子はありません。各々が腰から下げた剣を抜き放ち……じりじりと、散開しながらこちらを取り囲むように近づいてきます。

「――仕方ありません、ウィル、行きますよ!」
「おっけー、マスター!」

片方の手で首から下げている待機状態の『マジカル☆ステッキ』を握り、もう片手にはポンッという音と共に人形サイズになったウィルマを乗せ、詠唱します。

「ラブリー☆チェンジっ!!」
「うおっ!?」

あふれ出る閃光に目を眩ませた男たちが顔を手で庇い、数歩後ずさります。
その光の中心で、私の髪は腰ほどまで伸び、元の栗色から輝くような金髪へと変化します。鳶色だった瞳もルビーのようなそれへと変わり、服装もフリルいっぱいの、ニーソックスとミニスカートの間から除く太ももが眩しいそれへと変化して――

「愛と魔法で悪を討つ――魔法幼女ラブリー☆ウィッチ、ただいま参上っ!!」

最後に杖モードに変化したラブリー☆ステッキ片手に、びしぃっ!とポーズを決めます!

「…………?」

目の前の男たちは、そんな私の姿を見て。やや呆気にとられたような顔で固まってしまっていました。
……い、いいんです、こういう反応も慣れてますから!恥ずかしくなんてありませんからっ!

「『束なれ、幾十もの雷――』!」

小型サイズに変化したウィルの肉体を介す事によって増幅された魔力が雷の姿を取り、ラブリー☆ステッキを帯電させます。
ステッキを構えたまま。跨って飛行する時の要領で、隙だらけの男の一人の傍へと一瞬で移動。槍術の要領で軽く鳩尾へと突きを喰らわせると、一瞬でその男は意識を失いました。普段、怪人ロリコーン相手に使っているものに比べれば出力は比べ物にならない程に絞っていますが、一般的な賊ならばこの程度の威力でも十分過ぎる程なのです。

「なッ――!?」

今更になって我を取り戻した一人が後ろから剣で切りかかってきますが、常に小型化したウィルと意識をシンクロさせている魔法幼女と化した私に死角はありません。振り向き様に受け止めれば、それだけで杖に帯びていた雷が剣を伝わり、肉体に損傷を与える事無く意識を刈り取り、彼は膝から崩れ落ちました。

バチバチと音を鳴らして帯電し続けるラブリー☆ステッキを片手に振り向けば。敵わないと判断したのか、既に背を向けて走り出している男2人の姿。
逃がしてなるものですか、私はその後ろ姿へと、ステッキの先で狙いを定めます。

「『――貫け、サンダースピア』っ!」

そして、発射された雷の槍が、二人の背中に吸い込まれる――

「……『ウォーターシールド』」

――寸前で、何者かが上空から放った水流の壁に阻まれてしまいました。
いえ、その声は確かに聞き覚えのあるものであり、その属性と合わせて、この魔法を発動した者の目星は、ついていました。
ただ……あまりにも静かなその声の調子と、明らかな犯罪者を庇うというシチュエーションが、その人物のイメージと、かけ離れていただけで。

そう。
私達の目の前に、現れたのは――

「怪人、ロリコーン……っ!?」
「…………」

私と男たちの間に降り立ったロリコーンは、一言も言葉を発する事無くこちらにステッキを突きつけ続けています。普段の、どこか胡散臭くも騒がしい彼の姿とは、あまりにもかけ離れた立ち振る舞いです。
でも、その声と、先程の魔法の癖のようなものは――間違いなく、私達が幾度も戦ってきた――正真正銘、本物の怪人ロリコーンのものでした。
……正直な話、私も、彼が本当に悪人だとは思ってはいませんでした。きっと、名前通り、幼女を愛するお調子者が、たまたま優れた力を持っているのだと、そう思っていたかったというのが本音です。
でも、この状況は……いえ、迷っている暇などありません。この男は、心に迷いを持ったまま倒せるような、甘い相手ではないのです。

私は先手必勝とばかりに、呪文を唱えようとして――

「お……おお、随分と遅い登場じゃねぇかハーメルさんよぉ?」
「――……え?」

――男の一人が発した言葉に、身体を硬直させました。

『い、今、ハーメルって……!?』

そして目の前の怪人は、呼びかけられたその名前を、否定しませんでした。

「……この姿でいる間は、その名で呼ぶなと言ったハズだ。認識疎外の仮面を付けている意味が無いだろう」

代わりに、自らをハーメル様だと名乗るその怪人は、明らかな苛立ちの混ざった声で男に返事を返します。
そして、その仮面に手をかけ。

「――――――!!!」

その仮面の下から現われた素顔は――見まごうこと無く、私達の想い人のものでした。

――え、いや、そんな、嘘です。どうして。どうして。どうして――

「それよりも、どういう事だ。まだ街に手は出さない約束のハズだろう」
「けっ、ちょっとぐらいいいじゃねぇか、遅いか早いかだけの違いだろ?」
「……目の前に居るのは、この街の治安維持部隊の頭角だ。私達が組んでいる事を明かして、どうやってこの街を強襲するつもりだ?計画を台無しにするつもりか」

目の前で行われている会話の内容はあまりに突拍子が無さ過ぎて、私の頭では理解が追い付きません。

「はー、める、さま……?」

いえ、理解したくありません。ハーメル様が、怪人ロリコーンだった。それは、まだいいとしましょう。そのハーメル様が、街を、強襲する?こんな、街を本当の意味で危険にさらしたような奴らと一緒に?
なんで、そんな――目の前が真っ白に塗りつぶされていくような、足元から冷たい何かが這い上がってきて、力が根こそぎ奪われていくような、そんなショックに思わずへたり込みそうになります。

「へへ、それなら丁度いいじゃねぇか。この場でお前がそいつを始末しちまえば、誰も俺たちが組んでいる事は知らず、戦力も減って……計画は盤石って事だろう?」
「……兎に角、仲間を担いでさっさと逃げろ。すぐに他の人員が飛んでくるぞ――そうなれば、もう一人では庇いきれん」

男達と交わされる会話を、私はもやのかかったような頭でぼうっと眺めていました。

『――マスター、来るよ!!』

ウィルの声で、はっと我に返ります。目の前には、既に数発の水弾が迫っていました。

「――っ!!」

咄嗟に、無詠唱でマジックシールドを発動させます。ギリギリで、まだ間に合うタイミングのはず……!!
不可視の壁に水弾が直撃すると同時……それは弾け、細かく拡散し――裏通りは、濃霧の如き水蒸気に包まれました。

――しまった、これは最初から、目くらましが目的で……!?

慌ててラブリー☆ステッキに風を纏わせ、視界を遮る霧を吹き飛ばした私が見た物は。
あまりにも普段通りな、人影一つない――幼女の街の、裏通りの姿でした。





――――――――――――――――――――





「……どう、しましょうか」

大通りの人混みの中を、ウィルと並んでとぼとぼと歩きます。
つい先程まで、この場所をハーメル様と三人で笑いながら歩いていたはずなのに。まるで、それが遠い世界で起こった出来事のように感じられてしまいます。

「報告、しない訳には……いかないよね……」

いつもはころころと楽しげに表情を変えるのが常のウィルも、流石に今回ばかりは動揺を隠せていません。
今でも信じたくはありませんが……しかし、怪人ロリコーンがハーメル様であるならば、納得がいってしまう事があるのも事実なのです。
それは、私達がいくら成長しても彼を捕まえるに至らなかったという事。おそらく、アレはロリコーン――ハーメル様が無限の戦闘能力の引き出しを持っていたのではなく。無意識に相手が想い人であると判断してしまった魔物の本能が、私達が設定した出力を大幅に下回る形で魔法を発動させていたのでしょう。
的確に幼女が嫌がるイベントを察知していたのだって、そうです。この街の約半分のお店に品物を運んでいるのは、ハーメル様の商会なのですから。何かあればそれを察知出来ないハズがありません。

つまり。どれだけ否定したくても、怪人ロリコーンはハーメル様で。

そして彼は、私達を裏切っていたという事。

「……っ、うぐっ、えぐっ……!!」

俯いた瞳から、ボロボロと涙が零れてきます。
隣を歩くウィルも、気配から察するに、きっと……。

涙を拭うハンカチを取り出そうと、ポーチの中身を手探りで探します。
滲んだ視界のまま、ハンカチを取り出すと……それと同時に、ハンカチの繊維が角に引っかかっていた一枚の冊子が、ぱさりと地面に落ちました。

「……っ?ますたー……?」

やはり涙声になってしまっているウィルの声に、反応すらせず。私はしゃがみ込んで、手に取ったそれをじっと見つめていました。
それは、我がサバト支部の会員全員に配られる『サバトのしおり』。その表紙には、ミリア様の(意外にも)達筆な筆跡で、サバトの基本理念が綴られています。

『魔物らしく、快楽に忠実であれ』
『幼い少女の魅力と背徳を伝えよ』

……。
ああ、そうか。

「……そっか、そうですよね」
「マスター、ねぇ、どうしたの……?」
「ウィル、私達は何をめそめそしていたんでしょう」

しおりを静かにポーチの中に戻し、私は確かな足取りで、キュレポップのサバト支部へと歩を進めます。

「……何を、って」
「では聞きますがウィル、私達の想い人は誰ですか?」
「それは、ハーメルで……でも、ハーメルは……」
「ええ。ハーメル様は恐らく、この街の敵になってしまいました」

先程ポーチから取り出したハンカチを、ウィルに手渡します。

「ですが、それが何だというのでしょう」
「……え?」

私の涙はもう、止まっていました。

「ハーメル様が敵だというのならば、私達が勝って、捕まえてしまえばいいだけの話です。ハーメル様が間違った道に進んでいるというのならば、幼女の魅力をその体に教え込み、私達が正してあげればいいだけの話です」
「マスター……」

――魔物らしく、快楽に忠実であれ。自分の欲望に、素直であれ。

「危険分子を国内に招く――恐らくは、相応に重い罪になるでしょうが……牢屋でも、どこでも。私はハーメル様のお傍にいるつもりつもりです」

――幼い少女の魅力と背徳を伝えよ。その魅力で、ロリコンのお兄ちゃんを増やせ。

「……ウィル、貴女は、一緒に来てくれますか……?」
「…………っ!」

私の言葉に、私の可愛い使い魔はぐしぐしと勢いよく涙を拭い。

「……っ、もー、私は使い魔なんだから、そんな風に言われたら断れないの分かってるでしょ?あーあ、もう。しょうがないなぁ……マスターだけじゃ頼りないし、私が一緒にハーメルを堕としてあげる!」
「……ありがとうございます、ウィル」

にへら、といつもの調子で笑うウィルに私も微笑み返し――二人並んで、サバト支部の扉の前へと立ちます。
ウィルと二人頷き合い、扉を開けると――そこには、愛用の大鎌に打粉をまぶし、楽しそうにお手入れをしているミリア様の姿がありました。

「あ、二人ともおかえりー!途中で出動してたんだよね?怪我はない?」
「ただ今戻りました!それよりミリア様、お伝えしたい事が――!」
「あはは、やっぱりハーメルがロリコーンだったの、ビックリした?ごめんね、二人にはもうちょっと早く教えてあげたかったんだけど……」
「そうなんです、ハーメル様は、怪人ロリコーンで……!!

 ……って、え……?」



……あの。何故。
……ミリア様がそれを知っているのですか……?



16/04/18 11:55更新 / オレンジ
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■作者メッセージ
ハンバーグだけでお腹を一杯にしたい気分です

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